刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第20話 アドム(兄)の力 と アグニ(弟)の誇り

赤い光を纏った紅い瞳の剣奴ーータハトは無数の剣士たちを相手に構えていた。

 

だが、一人の剣士が口を開く。

 

「……アドム様の右腕よ、もうよい。我らの役目は終わった」

 

「? というと?」

 

次々と剣士たちは刀を鞘に納めていく。

 

「アドム様は、アグニ様の待つ広間に到着したようだ。先ほど影から報せがあった」

 

「我らは広間へと向かう。そなたも急げ」

 

言いながらそそくさと移動する剣士たちを見てタハトは赤目を抑えながら腰に刀を納めた。

 

「よし、急がなきゃな。リアさんも大丈夫かな?」

 

言いながら屋敷の中へ入ると、廊下でノびた無数の剣士たちにポカンとする。

 

そして中央に立っている白い僧侶服を着た青い髪の美女は項垂れている。

 

見れば、紋様が全て斬られていた。

 

「リアさん! 無事だね!!」

 

「……ああ、タハトさん。無事って、無事に見えます? この程度の人たちに紋様を全て斬られました、こんな屈辱……!!」

 

相当に落ち込んでいるような彼女にタハトは即座に言った。

 

「まま、今回は仕方ないよ! それよりアドムがアグニ様の所に着いたみたいだから、行こう!!」

 

「……アドム様が?」

 

「アイツもリアさんみたいな美人さんに見てもらった方が気合入ると思うしさ!!」

 

「……そうですか。いきましょう」

 

歯を食いしばって悔しさに倒れていた剣士達を睨み下ろしていたリアだが、タハトに言われて気を取り直したようだ。

 

そそくさと場を離れてアドムとアグニが立ち合う広間へと向かった。

 

そして二人が見たのは、信じられない光景だった。

 

アドムの長脇差とアグニの長脇差が正面からぶつかり、アドムのモノがアッサリと折られたところだった。

 

ーーーー

 

昨日ーー深夜。

 

1人、街道に出て森の中に入り素振りを行う男。

 

赤い革ジャケットに白いアンダーシャツ、青いジーンズに黒のブーツを履いた黒髪青目の青年。

 

アグニ・ヴィンテージであった。

 

彼はカイトに父からの言伝で明日、アドムを母親が眠る墓に案内するようにと指示があった。

 

ーー ただし、アグニ様の気が済んでからで良いとのことです。

 

自分の気が済んでからで良い。

 

つまり、兄アドムへのわだかまりと拘りを捨てる為にも挑んでも良いということだ。

 

(仮に真っ向勝負を挑んだところで、本気になった兄に勝てるかは分からん。赤目になられたら間違いなく勝てない。だが、赤目のアドムに勝つことこそが俺の夢だった……)

 

自分の実力を考える。

 

兼貞ありきでも勝てるわけがない。

 

相手は当代最強の二つ名を祖父からも父からも認められた男にして天才そのものだ。

 

ヴィンテージ家の全てをぶつけた上で勝てる条件を突き付けてなお、自分の勝率は低い。

 

「……結局、俺は剣士でしかないということか。勝ちたいなどと思いながらも。勝つために手段を選ばないと決めたにもかかわらず。俺はアドムとの真っ向勝負を諦めきれないでいる」

 

自嘲気味に笑いながら月光に照らされた兼貞を見る。

 

捨てられないのは剣士としての拘りゆえか、アグニとしての誇りゆえか。

 

そんな取り留めのないことを考えていたからか、背後に気配を感じるのが遅かった。

 

「……貴様は!!」

 

振り返りながら兼貞を青眼に構えると目の前にヴィンテージ屋敷に現れた赤髮の異形が立っていた。

 

異形は鋭い三角形のような目付きでアグニを睨んでくる。

 

「よう。鍾鬼の血を引くガキ……」

 

「……」

 

睨んでは来るが、闘う気が無いのは姿勢を見れば分かる。

 

アグニは、そう判断するも相手の強さに兼貞を青眼に構えたまま問いかけた。

 

「俺に何の用だ、異形。確かーー泰鬼だったな」

 

「テメエに確かめたいことがあってな」

 

「なんだ?」

 

目は切らずに相手を見たまま問いかけるアグニに泰鬼は一つ頷いた。

 

「屋敷で出会った時、俺様の顔に見覚えを感じたか?」

 

「……感じたーーような気はする。お前は赤目になったアドムと同じ気配をしていた」

 

「俺様の名に聞き覚えはあるか?」

 

「……いや」

 

「フン、その反応で分かった。テメエは鍾鬼の血を引いてはいるが、ヤツの気配は薄いな」

 

それだけを呟くと泰鬼はアグニに背を向けて去ろうとする。

 

「おい、お前は。お前はアドムと、どんな関係なんだ?」

 

「……さあな」

 

「……何故お前は赤目になったアドムと同じ目の色をしている? 同じ気や力を持っている?」

 

「それを聞いてどうすんだ? 鬼神力なんぞ、テメエの中にもあるだろうが。もっとも鬼神の血を引いているとはいえ人間の範疇の修行をしているテメエが、俺様やアイツのように鬼神力を纏えるこたぁねえだろうがな?」

 

その言葉にアグニは今度こそ、刀を相手に向けて構える。

 

「……俺の中にも、アドムと同じ力が眠っているというのは本当か?」

 

「あ? テメエ、そんなことも知らなかったのか。人間ってのは、つくづく面倒くさい生き物だ。自分ができることを一々、他人から言われなきゃ気付けねぇ」

 

「……どうすれば、アドムと同じ力を身に纏える?」

 

その問いかけに鬼神泰鬼は振り向くとジッと瞳を覗き込んできた。

 

「俺は、アイツに勝ちたい……」

 

「……フン」

 

瞬間、泰鬼の足元から赤い光のオーラが噴き出して全身に纏わせる。

 

それだけで木々は揺れ、生き物は離れる。

 

それほどの気だった。

 

だがアグニはジッと鬼神泰鬼の姿を見ている。

 

「やはり、アドムと同じ力……! この力が、俺の中にも眠っている……?」

 

「俺様の鬼神力を感じて、テメエの中にざわつくものがあるのなら。ソイツを開放してみろ」

 

「……」

 

その言葉にアグニは己の中ーー胸の奥に感じるざわつきを視る。

 

(恐怖ではない。あの力への憧憬を、俺は昔から持っていた。あの力を振るえるのならば。本当に俺の中に眠っているというのならば、使わずには居られない……)

 

赤目のアドムの姿と酷似しているのはゴッドブレスを使用した際のヴィンテージの剣士だ。

 

ならば、この泰鬼の呼吸を真似ればどうなる?

 

胸の奥ーー渦巻く力の波。

 

憧憬、恐怖、渇望、願望。

 

それら感情のうねりなのか、それとも目覚めたくても目覚められない鬼神の血が、力がざわついているのかをアグニは分からない。

 

鬼神の呼吸に合わせる。

 

それだけで胸の中に渦巻く澱みが取れるような気がする。

 

それどころか、流れる血に「気」ではなく「力」が渡っていくのを感じる。

 

まるで今までそうなるように作られていたものを使わずに居たような感覚だ。

 

懐かしいようなーー初めて使うような、奇妙な相反する感情をアグニは感じていた。

 

「抑えるな。放ってみろ、テメエの中にある鬼神力を!!」

 

「……ウォオオオオオオオッ!!」

 

体中に迸る何かを感じて喉の奥から叫ぶと己の声とは思えない程に大きく人とも獣とも違う何かの咆哮が放たれる。

 

先ほどの泰鬼と同じ力の開放が起こり、アグニの全身から赤い光が噴き出していた。

 

「こ、これは。この溢れんばかりの力は……!?」

 

「……フン。目覚めた時のために技で代用してやがったから、使いこなすのは早ぇじゃねぇか」

 

思わず泰鬼を見るアグニに向けて続ける。

 

「ソイツが俺様や鍾鬼が使っていたーー鬼神力開放だ。屋敷でテメエや他の奴らが見せたのは、その紛い物って訳だ」

 

その言葉にアグニは頭でなく感覚で理解していた。

 

この力を使って振るう前提でヴィンテージの技があることを。

 

「……これで赤目のアドムとも打ち合える」

 

「勝てるかは知らねぇがな……。アイツは強ぇ。俺様が鍾鬼を最も強く感じるのがアイツだ。だが、アイツは最も鍾鬼から離れている」

 

「鍾鬼。何度も聞くが、その名前はいったいなんだ? 何故、その名を聞くたびに俺の中の血が騒ぐ?」

 

「そいつを俺様が教えてやる義理はねえ。知りたきゃ自分で調べやがれ、鍾鬼のガキ」

 

そう言うと泰鬼は力を納めて背を向ける。

 

「じゃあな。せいぜい、アイツに勝てるように頑張りやがれ」

 

「……勝てると思うか?」

 

「そこまで知るか。だが……」

 

アグニを振り返って泰鬼は言った。

 

「俺様が教えてやったその力は、俺様と同族のみが纏えるものだ。その誇りを汚すんじゃねぇ」

 

「……」

 

「闘う前から勝てるかどうかなんぞ考えてんじゃねぇ、人間。勝つために挑め」

 

「……!!」

 

それだけ言うと今度こそ泰鬼は去っていった。

 

「……勝つために、か」

 

兼貞を握る右手を見つめてアグニは全身に纏わる力を馴染ませようと呼吸をする。

 

鬼神の呼吸。

 

鬼神の力。

 

鬼神の血を使って鬼神そのものとなる能力を。

 

驚いたことに、呼吸するだけで今まで使ったことが無いはずの感覚を受ける。

 

この力こそが、鬼神力だと理解していた。

 

瞳に映るのは、この世の理。

 

肌に感じるのは、微生物を含めた生命体の視線や意思。

 

昂る心を理性が静かに見つめているーーそんな感覚だ。

 

「この力があれば、俺はアドムと正面から打ち合える。それが分かれば、それでいい……!!」

 

真綿に水滴を吸収させるように瞬く間に身体に鬼神力を浸透させるアグニ。

 

その力も才能もまた、アドムに似て非なるものだった。

 

ーーーー

 

ど、どういうことだ?

 

いくら長脇差しにヒビや刃毀れがあったとしても、あの化け物みたいな白拍子相手に橋の木材で闘えていたアドムが正面から刀を折られるなんて。

 

初めて見た。

 

アドムと対峙するのは鏡のように同じ顔と服装をした美丈夫ーーアグニ様だ。

 

服の色こそ違うが、アグニ様の服装はアドムと全く同じものだった。

 

ヴィンテージの剣士の服だ。

 

丈の短い肩当てが付いたレザージャケットにアンダーシャツ、デニムズボンに革製の剣帯。

 

日本(元の世界)だと、そのままバイクに乗れそうな格好だ。

 

折られた長脇差を目で見据えるとアドムは床に放り捨ててから腰の刀を抜いた。

 

「腕を上げたな、アグニ」

 

「ああ、アンタに一泡吹かせたくてな。さあ、続きをやろうか」

 

「……ああ。語ろう、アグニ。この剣で……語りあおう」

 

青い気を身に纏い、青い光を目から放ちながら二人の同じ顔をした剣士は同時に八双に構える。

 

どちらも隙がない。

 

カイトさんは僕に言った。

 

剣術のみならば僕の実力でもアグニ様は手こずると。

 

だけど、本当にそうか?

 

今のアグニ・ヴィンテージという剣士からは、アドムにも匹敵する重圧を感じた。

 

同時に姿が消える。

 

両者、中央で剣をぶつけ合っていた。

 

アドムは唐竹、アグニ様は胴薙ぎをぶつけ合って鍔迫り合いになっている。

 

「……この力の波動。まさか、アグニ様も使えるというの?」

 

「? どうした、リアさん?」

 

「この勝負、アドム様は不利です」

 

横で呟くリアさんに問いかけるとアドムとアグニ様の二人を睨みつけたままリアさんは言った。

 

「どういうわけかは知りませんが、アグニ様はアドム様と同じ力に目覚めている……」

 

「……え?」

 

その言葉に僕は、何故か納得していた。

 

アグニ様から感じる重圧が、昨夜鬼神と戦っていた時とは別人のようだったからだ。

 

今のアグニ様はまるでーーアドムがもう一人居るような感覚だ。

 

至近距離で睨み合う双子の剣士。

 

同時に刀を弾き合うと二人は高速移動で屋敷の外へと跳び出る。

 

「ここじゃ狭いってことか!!」

 

「追うぞ、見失うな!!」

 

僕の言葉に応えるようにカイトさんも叫ぶと僕らは急いで庭の方へと移動した。

 

移動した先では、この広い庭を所狭しと駆け回るアドムとアグニ様が居た。

 

幾千も刻まれる青い斬撃。

 

強烈な剣閃は、空間に幾筋も引かれて火花があちらこちらで散っている。

 

その衝撃で岩にヒビが入り、剣風で地面が彫られている。

 

「これが本気のアドムか? 赤目にならなくても、アイツこんなに強いのかよ……」

 

ヴィンテージ家で見せていたアドムとは別人だ。

 

速さも強さも技のキレも桁違いだ。

 

なのにーーそれとまともにアグニ様は打ち合えている。

 

「……アグニ様が、これ程の強さだったとは」

 

隣でカイトさんも僕と同じ感想を漏らしていた。

 

それはそうだろう。

 

こんな桁違いに強いなんて誰も思わない。

 

いつもは涼しいアドムの顔には汗がにじみ出ていて、歯は剥き出しで食いしばっている。

 

目つきは険しく眉間にしわがよるほどにしかめられている。

 

対峙するアグニ様も同じだけど、僕はアドムがあんな顔をしていることの方が衝撃だった。

 

あの弁慶のような白拍子とも楽しんでいたアドムが、あそこまで汗を流しているなんて。

 

だけどーー目は見開かれている。

 

口許は引きつっているようにも見えるがーーアレは、楽しさと緊張感がないまぜになっている証拠だ。

 

アグニ様の強烈な左横薙ぎをアドムは身を屈ませて避けると下から斬り上げる。

 

アグニ様は身を反転させて唐竹を放って互いの手元をぶつけ合うように斬撃を相殺する。

 

「ぅおおおお!!」

 

「ぁああああ!!」

 

互いに叫びながら気を斬撃に載せて放つも相殺して双方後方へ吹き飛ぶ。

 

左手を地面に付いて両足で溝を作りながら着地する両者。

 

余りの勝負に忘れていたけど、アドムもアグニ様も持っているのは数打品の安刀。

 

刃を潰されているから強度も脆い。

 

僕がアドムの刀の様子を見ようと目を見張るけど、その前にアドムは高速移動で動いている。

 

ひと息吐く暇がない。

 

「……これがアドム・ヴィンテージの本気ですか」

 

「僕も初めて見たよ。そしてソレと過不足なく対等に渡り合えるなんて……アグニ様もとんでもない」

 

気が満ちている。

 

放てば放つほどに動きが鋭く速くなっている。

 

まるで、どちらの力が上かを知るために戦っているように見える。

 

二人は言葉での会話はしていない。

 

だけどーーこの刀の一挙手一投足が、あの兄弟にとっての会話なんだ。

 

一つ一つ斬り結ぶ斬撃が、二人の会話を雄弁にしている。

 

その時、強烈な右の横薙ぎをアグニ様が放った。

 

頑強で巨大な飾り岩をアグニ様が一閃して真っ二つにした。

 

「なんと!? 刃を潰した安刀でーー飾り岩を斬った!?」

 

「強い……! アグニ様、こんなに強いのか!?」

 

思わず叫ぶカイトさんと僕の横でリアさんが目を見開いた。

 

「アドム様……っ!」

 

アグニ様が振り切った横薙ぎの長脇差に向けて斬撃が振り下ろされる。

 

乾いた音が響いてアッサリとアグニ様の長脇差が半ばからへし折れた。

 

この時、初めて二人は動きを止めて互いに見合う。

 

何も言わずに二人の口許は穏やかに緩められていた。

 

もっとも、その眼は見開かれ気が満ち々ちている。

 

「刀を抜けよ、アグニ……」

 

「……ああ」

 

それだけを応えるとアグニ様は腰の刀を抜き放った。

 

安刀とは思えないほどにキラキラと光る美しい刀身。

 

それを霞に構える。

 

アドムは青眼に構えて迎え撃とうとする。

 

その時、僕はハッキリとアドムの刀の状態が見れた。

 

刃毀れし、刀身には幾筋も白い線が引かれている。

 

いつ折れてもおかしくないほどにボロボロだ。

 

「アドムの技でも、アグニ様の剣戟を捌き切れていない……!!」

 

「……当然でしょう。おそらくは、アグニ様の力はアドム様と同等。この闘い、刀が折られても負けというのが条件です。では、今の刀の状態でアドム様とアグニ様がぶつかればどうなるでしょう?」

 

リアさんは続ける。

 

「ヴィンテージの剣士総出でアドム様の刀を消耗させられれば、その分アグニ様が有利になる試合です。現に今、アドム様の刀は刃毀れしていつ折れてもおかしくない。だけどアグニ様の刀は新品同様。これでは実力差が相当にないと勝てるわけがない」

 

言い切るリアさんに僕も思わず項垂れそうになる。

 

負けるのか、アドム?

 

お前はーー最強だっていってたろうが!!

 

その時、僕の目の前でアドムの瞳が真っ赤に染まった。

 

太陽のように赤い光を放つ瞳ーー同じ色の光を身に纏う。

 

「……勝負だ、アグニ」

 

「ああ、決着をつけよう。俺たちの戦いに」

 

瞬間、信じられないことが起こった。

 

アグニ様の瞳も真っ赤に染まったんだ。

 

アドムと全く同じ色、同じ力を身に纏っている。

 

「……!!」

 

アドムも呆然とアグニ様を見ている。

 

その表情に向けてアグニ様は不敵な笑みを浮かべた。

 

「アンタにそんな顔をさせられるなんてな。この力を手に入れた甲斐があったぜ」

 

「……アグニ、お前」

 

「力は元々、俺の身にあった。それを自覚できずに負けるのだけは、納得できん。赤目のアンタに勝ってこそ意味がある……」

 

目を見開いていたアドムが瞳を鋭くして青眼に構えなおす。

 

「見事だ。それでこそヴィンテージ家当主アグニ・ヴィンテージだ」

 

「……まだだ、アンタに勝ってそれを証明する。俺自身に……!! でなければ母を守れなかった俺を俺は許せないままだ」

 

条件が五分になれば、当然刀の状態で差が出る。

 

まずいぞ、アドム。

 

どうすんだ、アグニ様は本当にお前と同じ力を、技を、強さを持っている!!

 

このまま闘ったら、負けるぞ!!

 

そんな僕の心の声を聴いたようにアドムはニッと笑みを浮かべてアグニ様を見ると青眼に構えた刀の柄から左手を離しーー腰の短刀の柄に添えた。

 

そのまま短刀を抜き放ち、左手の短刀を前に出して横に右手の刀を霞に構える。

 

「……二刀流!?」

 

初めて見た構えだと言うのに隙がない。

 

なんだ、アドム?

 

お前ーー二刀流も使えんのかよ!?

 

これにアグニ様は目を見開くと青眼に構えを変えた。

 

鋭い踏み込みと共に刀を振り上げてーー振り下ろす。

 

強烈な唐竹割りをアドムの頭上に目掛けて放つアグニ様。

 

アドムは前に出した短刀と霞に構えた刀を交差させて受け止めた。

 

短刀に斬撃を受けさせて衝撃を刀で止める。

 

「……!!」

 

目を見開くアグニ様にアドムは不敵な笑みを返すと左手の短刀でアグニ様の刀を弾き、右手の刀で袈裟懸けに斬りつけていく。

 

刀を弾かれたアグニ様はアドムの袈裟懸けを左に見切ると返す刀を振ろうとして左手の短刀で右肩の紋様を斬られた。

 

(! コイツ、俺が踏み込むのを読んでる!?)

 

目を見開くアグニ様にアドムは笑みを返すと擦り抜けて構えなおす両者。

 

(落ち着け、ヤツの動きを読め。ようやく赤目のアドムとまともにやり合えるようになったんだ。勝つためにも冷静でいろ……!!)

 

呼吸を整えながらアグニ様は青眼に構えなおそうとしてーーそこへアドムが突っ込んだ。

 

「息つく暇も与えないつもりだ、アイツ!」

 

「当然です。実力差がほとんどないのならば、相手が体制を整える前に攻めるのが定石……」

 

「もっとも、それくらいはアグニ様とて分かっているだろう。さて、どう攻めます? アドム様」

 

僕の言葉にリアさんとカイトさんが応えてくれる。

 

凄まじい猛攻が始まった。

 

烈火のような勢いでアドムが両手の刀を振るっている。

 

その一筋一筋の斬撃は、空間をハッキリと断ち切っていた。

 

それほどまでに強い。

 

アグニ様は、それでも表面上は笑みさえ浮かべて凌いでいる。

 

「す、凄い。あのアドムの凄まじい連撃を完全に見切ってる……!!」

 

「アドム様の動きに惑わされるな。今の刀の状態を考えれば不利なのはアドム様だ」

 

左手に持った短刀の左横薙ぎをアグニ様は後方に上体を反らして鼻先で見切ると次に来る右手の刀での唐竹を左へと体を躱す。

 

見極めている。

 

アドムの刀をへし折るタイミングを。

 

そしてアドムの頭上に刀を叩きつけるタイミングを見極めている。

 

「時間切れを狙えば、このまま凌ぎ切ればアグニ様の勝ちでしょう。けれど、そのような事は考えていないようですね」

 

「だけどーーアドムの勝ち目はどこだ!?」

 

僕が叫ぶと同時に二人の影が交差して擦れ違いざまにアドムの肩の紋様から血糊が噴き出る。

 

アグニ様の腰のあたりからも血糊がにじみ出ていた。

 

二人とも左側の肩の紋様が斬られている。

 

後一撃、先に入れることができればアドムが勝つ。

 

残り時間は絶望的な後、1分。

 

同時に踏み込みながらアドムは両手の刀を振るい、アグニ様も両手持ちで刀を振るう。

 

空間に三度描かれる無数の斬撃の檻。

 

「この二人、とんでもない。残り時間1分を切ってから、更にギアを上げた」

 

「……紛れもなく名勝負。しかし、勝つのは一人」

 

「決着の時はーー今」

 

僕らの言葉を肯定するかのように激しかった二人の動きが止まる。

 

赤目のアドムとアグニ様。

 

どちらも身に纏う光を更に輝かせて力を引き上げるのが分かった。

 

残り10秒。

 

アグニ様の安刀も既にボロボロになっているが、アドムほどではない。

 

刀の状態で言うのならばアドムは最初から最後まで不利だった。

 

それを短刀を使った二刀流で無理やり繋いでいたに過ぎない。

 

それでも、それでもアドム・ヴィンテージはアグニ・ヴィンテージを追い詰めた。

 

「さすがだ、兄上。アンタは、いつも俺の想像の上を行く」

 

「……それを言うならお前もだ、アグニ。お前は、俺が思っていた以上に。いや、これまで出会ったどの剣士よりも強い」

 

「楽しいひと時だった。だが、次で決まりだ。この俺の渾身の一撃で終わらせる!!」

 

「そうだな、アグニ」

 

そう言いながらアドムは左手に持った短刀を腰の鞘に戻すと両手でボロボロの刀を握った。

 

お互いに八双に構えあう。

 

刀身から強烈な青い光を放ち始めている。

 

アレはーーヴィンテージ流奥義!!

 

「「レギン・レイヴ!!」」

 

同時に鏡写しのように袈裟懸けに空間を斬り、光の斬撃から強烈な野太い光線が放たれる。

 

「アグニィイイイイッ!!!」

 

「アドムゥウウウウッ!!!」

 

咆哮と共に蒼銀の光と光が互いの中央でぶつかり合い、押し合う。

 

「とんでもない力と力のぶつかり合いだ!!」

 

「これ程とは……!! これが全力の奥義だというのか!!」

 

「……素晴らしい。これこそ鬼神の力そのもの」

 

屋敷どころか都市一つ消し飛ばすんじゃねえかってレベルの光の爆発があってーー世界は元通りに戻る。

 

「クッ……!!」

 

「……」

 

立っているのはアドム一人。

 

アグニ様は技を放った場所から数10メートル後方の位置でうつ伏せに倒れて両腕で地面を付いた状態でアドムを見上げている。

 

「……アドム様!!」

 

「やったぜ、アドム!!」

 

「勝負あり!!」

 

僕とリアさんが手を取り合って喜ぶ中、カイトさんが宣言する。

 

「勝者ーーアグニ・ヴィンテージ!!」

 

「え?」

 

思わず僕がカイトさんを見上げると彼は静かに顎でアドムの方を示した。

 

「右手に持っていた刀が砕け散っている」

 

「……技の威力に耐えられなかったからか!!」

 

そしてアグニ様を見れば、彼の刀はボロボロにはなっていたが折れてはいない。

 

負けたのか、アドム……!

 

ショックを受ける僕を置いてアドムの前にアグニ様が立ち上がって歩み寄る。

 

「全力で撃ってくれたんだな、兄上」

 

「……ああ。それがお前への礼儀だ」

 

「そうか」

 

そのまま溜息を一つ吐いてカイトを見た。

 

「俺の負けだ、カイト」

 

「え?」

 

そう言ってアグニ様は自分の胸に着いた紋様を見せる。

 

そこからは血糊が流れていた。

 

「兄上の刀が砕け散る前に、兄上のレギンレイヴが俺の胸を打ち貫いていた」

 

「ーーなんと!?」

 

そう言うと刀を鞘に納めて赤目から黒に近い青目に戻るアグニ様。

 

アドムもアグニ様と同じように力を納めて青目に戻った。

 

双子の兄弟は互いに顔を見合う。

 

アグニ様が口を開いた。

 

「まったく、ここまでやって勝てないとは。恐れ入りましたよ、兄上」

 

「いや、今の勝負。俺は全力を尽くしただけだ。だがお前は、最後まで刀の状態を見ながら技を振っていた。ヴィンテージの試練として見ればお前の勝ちだ、アグニ」

 

「何をたわけたことを」

 

呆れ半分の表情でアグニ様はアドムを見る。

 

「どのような勝ち方であれ勝ったのは兄上です。試練としても立ち合いとしても俺は負けた。この上ない程の恥ですが不思議と気分は悪くありません」

 

「だがーー!!」

 

「勝負に対して純粋であった貴方と、雑念を最後まで捨てきれなかった俺の差でしょう。最後の奥義の威力の差がそれを物語っている」

 

言うとアグニ様は身支度をすると言ってアドムから離れる。

 

「兄上も母上に会われるのでしたら、身支度を整えください。従者の方々も」

 

「アグニ……!! 俺は、今の勝負は納得いっていないぞ!!」

 

そう言うとアドムにアグニ様は呆れたような表情で言った。

 

「昔から兄上は意固地だ。なんでもいいから、さっさと身支度してください」

 

「お前な……!! こんな納得行かない勝ち方があるかよ!! もう一度勝負しろ、この野郎!!」

 

「時間が時間ですので、ほら。さっさと行きますよ、アドム。タハトとお連れの方、急いでください」

 

そう言いながらアグニ様はアドムと共に去っていった。

 

騒ぎながらアグニ様と共に歩いていくアドムを見て僕はちょっと目頭が熱くなる。

 

「良かったな、アドム」

 

そんな僕に気付きながらもカイトさんは何も言わずに服を着替えるようにと屋敷内に促してくれた。

 

ーーーー

 

「やるじゃねぇか。鬼神にしてはまだまだだが、人間にしちゃ悪かねぇぜ。ガキども……!」

 

赤い髪の鬼神は、そう呟いてヴィクトリア城からヴィンテージ屋敷を見下ろしていた。

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