第21話 獅子の剣王と鬼神の剣士
これが……アドムの母さんの墓、か。
広大な王家の土地、緑の芝生が目に優しい公園の一角にその小さな墓はぽつんとあった。
僕の目の前で黒髪の双子が肩をならべてひざまずき、墓石に向かって頭を垂れている。
花を捧げる二人を僕が見ている。
その光景は不思議と僕がタハトになる前、日本と言う国で見た墓参りを思い起こさせた。
鏡合わせのように同じ顔の双子。
人間離れした美しさは、まるで一枚絵のように時が止まったように感じる。
しばらくしてアドムが目を墓に向けて口を開いた。
「ありがとう、アグニ。こうして母上に面会できるとは思わなかった」
淡々としているが、かなりの情感がこもった兄の声にアグニ様は少し穏やかに聞こえる調子で応える。
「あなたがクロードの尻ぬぐいをしなければ、父の申し立てを聞き入れなければ、もっと早くここには来れたと思いますよ」
「アグニ、俺はお前に嫌われてると思ってた。親父殿も、俺を疎んでいると思っていた。俺がこの屋敷に必要とされていないと感じていた」
そこでアドムは墓からアグニ様の方に顔を向けた。
アグニ様は激情を隠した美しい蒼の瞳でアドムを真っ直ぐに見ている。
激しい怒りと悲しみ、そして愛だ。
「馬鹿なことを。親父殿はどうか知らないが、俺たちは血を分けた双子の兄弟だろう。なにも聞かず、なにも言わず、勝手に自分だけで話を進めて俺の前からいなくなりやがって。おかげで俺は、このがんじがらめの王都にーーヴィンテージという檻に囲われている。アンタが好き放題やってくれたからな。まったく勝手な兄貴だ」
その複雑な感情をアドムは正しく理解し、頭を垂れた。
「すまない。それと……、ありがとう。アグニ」
「……アンタは昔から弱音を吐かない。自分の意思を言わない。でも、これからはそうじゃないんだろ?」
そこでアグニ様は僕をーーアドムではまず見ない爽やかで穏やかな笑顔でふり返った。
「弟として礼を言う。昔より今の兄はよほどまともだ。まともに人間をしている。お前が、兄の傍にいたからだな。感謝する、タハト」
このひと、いろいろストレートだな! ……じゃねえ。
「も、もも、もったいないお言葉……です。もともとアドムはこんなやつーーじゃない。こんな方だった記憶しかないんですけどね、僕は」
こんな屈託なくアドムのことをアドムと同じ顔をした青年に朗らかに褒められるとは。
なんだか、複雑な心境です。
そんな僕の心のうちとは対照的に穏やかな笑顔でアグニ様は続けてくる。
「なら、お前が仮面を取ってくれたんだな。父や俺にはこんな素顔は見せてくれなかったよ」
「いろいろ恨みがましく聞こえるぞ、アグニ」
「十数年ぶりに会ったんだ。恨み言のひとつも言わせろ。ね、母上」
「…………」
間髪入れずに返され、アドムが押し黙った。
その様子に僕は思わず吹き出す。
「それ言われたら弱いよな。アドム(主人)」
「弱くて当然だ。なあ、アドム(兄上)?」
なんとなくだけど、僕とアグニ様ーー気が合う感じがした。
僕達は二人して憮然としたアドムを笑い、墓石の前から立ち上がる。
「…母上。また、参ります」
アドムがそう告げるのを僕は心から良かったと見ていた。
墓地を後にして公園に行くと鉄柵の向こうにリアさんとカイトさんが立っている。
「すまない、待たせたな。リアさん」
「いいえ。それではーー?」
「ああ、陛下に会いに行く」
アドムの墓参りが終わり、公園を出てぼくらは王城に向かって城下町を歩いていた。
ーーーー
王城か……。
アドムが王都を出されて十数年経つのに、王都の活気や景色は変わらない。
以前見たままだった。
固く冷たく閉ざされた城門も。
「どうした、タハト?」
物思いにふけながら、整備された石畳を見つめているとアグニ様が声をかけてきた。
「ん? あ、いいえ……なんでも。なんでもありません。アグニさま」
「顔色が優れんな。体調が悪いのか?」
「…いえ、大丈夫です!」
いろいろ鋭いな。
咄嗟に大丈夫と言ってしまったが、アグニ様の目はジッと僕の顔を見つめている。
「あまりヴィンテージ次期当主を甘く見るなよ。城下町に入ってから、明らかに顔色が悪くなってる」
「甘く見るなんて、そんなつもりはーー」
アグニ様に返しながら、リアさんやカイトさんが僕の顔を覗き込んでくるのを感じていた。
「タハト」
「お? おう」
後ろから声をかけられ、振り返るとアドムがいた。
「お前はリアさんと城下町で待っててくれ」
「いや、でもさ。影の役割は……」
「お前はタハトだ。俺の影じゃない。だからお前は、お前の生き方を尊重しろ」
そう言いながらアドムは僕の肩を軽く叩いてからリアさんを振り返って言った。
「すまないが、タハトを頼む」
「………ええ。もちろんですわ、アドム様」
青い髪の美女は、美しい笑顔でアドムに応えた。
女の人に守られてばかりだな、僕は。
僕とリアさんを見比べてからアグニ様はアドムに頷いた。
「そういうことか。ならば行くぞ、アドム」
「ああ。久しぶりのクロード殿下、いや陛下か。単刀直入に聞くが、変わったか?」
「その話は城内でーー」
「そうだな」
二人が肩を並べて城門の前に立つと巨大な門はゆっくりと開いた。
門をくぐって歩いて行く双子の剣士と、その背に続く壮年の影士。
彼らが中に入り、再び門は固く閉ざされた。
昔みたいに城の前に立っただけで吐き気をもよおすことはなくなってる。
でも……やっぱりだめだな。
体が拒絶反応を起こしてる。
此処は、僕が貴族に壊されかかった場所だから。
ーー城内の回廊にて
「よろしかったのですか? ヴィンテージの嫡男が影を
静かにーーだが、強めにカイトはアグニーーそして、アドムに告げる。
「………」
応えずに真っ直ぐに歩くアドムの横でアグニは肩を竦めてカイトを向いた。
「それを言うならカイト。俺に影はいないぜ。ヴィンテージ家の次期当主だがな。お前は親父殿の影だ」
「…私は二代にわたって影を務められること、光栄に思っております」
真顔で返すカイトにアグニは呆れた表情に変わった。
「心の底から思ってそうだな、あいかわらず」
「親父殿の洗脳もそこまで行くと大したもんだな。数年ぶりに見るが……変わらないな」
横目で呟くアドムに、カイトが視線を鋭くして言う。
「アドム様。ヴィンテージの嫡男と言えどアスラ様への無礼は、それぐらいにしていただきたい。貴方が辺境に隠居されたアブラ様の領内で、剣術にうつつを抜かし遊びほうけている間に王の剣として。ヴィンテージ家を護るためアスラ様がどのように動かれたか。そのためにアグニ様が、どれだけ身を粉にしたか! それを知らぬ貴方が迂闊なことをおっしゃられては困る………!!」
「そうか。悪かった」
対するアドムは立ち止まってカイトの目をジッと見つめて淡々と告げた。
その透き通る深い湖の如き底知れぬ蒼を睨みつけるようにカイトは見返した。
そんな二人の張り詰めた空気を壊すようにアグニがアドムの横に割って入る。
「とはいえアドム。お前は父上に言われて王都を追放され、しかもクロードの濡れ衣まで着せられてる。父にーーヴィンテージに思うところがないとは俺も思っていないよ」
「アグニ様!」
「俺も、最近の父上の采配に思うところがあってな。だが、それは俺たちの勝手な意思だ。直接父上に伝えはしないから安心しろ」
淡々とした言い分だが、父親に対する畏敬の念が消えたかのようなアグニの言葉にカイトは眉間を深く刻んだ。
(アドム様に出会ったが故か、それとも昨日の立ち合い時に見せた赤眼の力のせいか? 顔以外は似ても似つかなかった双子がまるで瓜二つだ。あの力は十数年のアスラ様の英才教育すらも簡単に打ち破るというのか。これでは……)
そんなカイトの思惑を他所にアグニは静かに玉座の間前にて歩を止める。
「そろそろ謁見の間だな。ここから先は私語を慎め」
「やれやれ。相変わらず堅っ苦しいな、城内は」
「当たり前だ。ではゆくぞ、アドム」
「ああ」
双子の美男子は、ゆっくりと玉座の間に入った。
赤い絨毯が敷かれた石畳の上の玉座に、豪奢な白い服と王冠、赤いマントを羽織る獅子の鬣を思わせる輝きの金髪の青年が座っていた。
青年の名は、クロード・パジャ・ヴィクトリアだ。
「やっと来たか、アドム。待ちわびたぞ」
微笑みかけるクロード王に対しアドムは静かに礼をする。
「クロード陛下にあらせられましては変わらずのご壮健ぶり、祝着至極にございます」
「堅苦しい挨拶は止せ。俺と貴様の仲だ。久方ぶりに顔を見れて嬉しいぞ」
気安く語り掛けるクロード王に首を垂れたままアグニの眼が細められる。
(何をほざくか。貴様の下らん趣味のせいでアドムは……)
「それにしてもこうして並びたててみるとそっくりだな」
「は?」
顔を上げ、怪訝そうな顔をするアドムにクロードはニヤリと肉食獣のような笑みを端正な顔に貼り付けていた。
「いや。お前たち双子の兄弟のことだ。どちらがどちらか見分けがつかぬほど、よく似ていると思ってね。昨日までのお前とはまるで別人だな、アグニ」
「……それはアドムに会ったからでしょうな」
意味ありげな視線を向けられ、アグニは面を上げると同時に素知らぬ顔で淡々と無愛想に返す。
泰鬼によって鬼神の力を引き出されたことで、自分の中の中心にハッキリと感じているのだ。
揺らがぬ魂(ちから)の柱(しょうちょう)を。
その力に目覚めたことで、自分が届かないと思わされていたアドムと対等の位置に来たことを理解し、その上で負けた。
磨けば兄に届く位置に来れたことを理解しているからこそアグニは、絶対の自信を持って彼の傍らに立っていられた。
「そうか」
その、絶対の自信を持つアグニを眩しそうに見つめてから、クロードはアドムに視線を移す。
その腰の兼定(剛刀)を見つめる。
「アドム、時間はあるな?」
「はい、陛下。早速、隣国ジャッジについてお話が……」
バサリッという音が聞こえると同時、豪奢な赤いマントは宙を舞い、王冠を外して簡素な出で立ちとなったクロードがアドムを燃える碧の瞳で睨みつけている。
半袖の黒いシャツに白い長パンツという出で立ちだ。
「陛下、その恰好は? 稽古着のように見えますが」
その腰の剣帯には紫色の柄糸に金の鍔をした刀が大小二振り差されている。
「邪魔なマントを着ていてはお前と打ち合えまい、アドム」
これにアグニが口を開いた。
「陛下、今は国の一大事。まずは兄の話を聞いていただけませんか?」
「お前は昨日アドムと楽しんだからそう言えるのだ、アグニ」
その碧い瞳はユラユラと燃えている。
強者を斬ることでしか、自分の存在価値を認められない哀れな獣(剣士)の瞳が。
「俺はここ数年、ずっと鬱屈していた。剣の腕を上げても薪以外に刀を振るえんで居てなぁ」
腰の大刀を抜きながら、全身から白い陽炎のような光を纏いクロード王は瞳を輝かせてニヤリと笑う。
ヴィンテージ流体術ーー己の身体能力を一気に高めるゴッドブレスを使った。
「さあ。やろうか、アドム」
その抜き身はヴィンテージが使う刀ーー玉鋼とは違う白銀(ミスリル)の刀。
クロード王の刀は標準的な長さのものだが、軽さも硬さも全てが武器として最高の原材料とされるもので出来たものだ。
小国を買うことすら出来るというミスリル銀を贅沢に使った刀を見据えてアドムは告げた。
「真剣での立ち合いを、お望みで?」
「無論!」
我が意を得たり、と笑うクロード王にアグニが冷徹な怒りを露わにして小声で告げてきた。
「下がれ、アドム。この馬鹿は俺が倒す。数年前にやらかしたことの重大さをまだ分かっていないのか…!」
「アグニ。お前こそ、下がっていろ。すぐに終わらせる」
間髪入れずに腰の兼定に手をかけて告げるアドムの表情を見てアグニは怒りを抑えてニヤリと笑った。
「そうしてくれ。今はこの国の行く末が危ぶまれているときだ。陛下のお遊びにかまけている時間はない」
「ああ。無辜の民の命がかかってる」
アドムの真剣な声にアグニは余計な手心をしないと悟り、安心して下がる。
重鎮の家臣達は黙って成り行きを見守るつもりのようだ。
事ここに至るまで、クロードは家臣の手前と王の立場上、我慢していたーーということか。
抜き身を互いに青眼に構える。
「いくぞ、アドム・ヴィンテージ! 数年ぶりに俺はーー貴様の血が見れる!!」
「アドム・ヴィンテージ、お相手仕る」
両者同時にその場をかけ、刀を袈裟に振り上げる。
互いに向かって一閃。
強烈な斬撃は二人を中心に衝撃波を光の波紋となって空間に放って消えた。
「どうした? 無辜の民とやらのために一瞬で俺を片付けるつもりじゃないのか?」
「………陛下」
「俺がお前と別れた頃から何もしないままだと? お前に遊ばれていた頃の俺だと思ったか?」
笑みを強めるクロード王に対してアドムは瞳を刃のように鋭く細めた。
「ーーだとすれば見くびったのは、お前だ! アドム!!」
アドムの体が後方へ数メートル吹き飛んで着地する。
それほどまでにクロードの剣圧は強力だった。
「今の力……、あきらかに人のものではない」
「ステータスアップ」
カイトが目を細める中、クロードの身体から透明な光が放たれる。
それはヴィンテージの体術ーーゴッドブレス(武神息吹)とは別の力だ。
「魔法か……」
「剣術や剣技で勝てぬならーーそれ以外で補えばよいだけのことだ」
ふたたびの一撃。
鍔迫り合い。
今度はアドム吹き飛ばされない。
「相変わらずデタラメだな! 剣技と魔法で身体能力を三割ほど強化しているというのに、軽く受け流すとは!」
アドムの体から青色の陽炎のような光が噴き出てくる。
ーーヴィンテージ流体術、ゴッドブレス。
アドムの瞳が蒼に輝き始める。
「魔術など使わずとも、ヴィンテージの体術には己の膂力をあげる技があります」
淡々と告げながらアドムは剛刀でクロードのミスリル刀を弾き返す。
「無論だとも。だが魔法によるステータスアップとヴィンテージの術を組み合わせれば、その倍率は更に上がる!!」
一瞬で十を下らない斬撃が飛び交い、宙に網の目を描くように斬閃が走る。
斬撃がぶつかる度に生じる光の波紋を置いて、アドムとクロードは所狭しと玉座の間を駆け回った。
「魔法による身体強化とヴィンテージ体術による身体強化。その二つが併用で重ね掛けできるとは、知らなかった」
「試したこともないからな。俺たちは剣技一筋。魔術など知らん」
カイトが唸る横でアグニが腕を組み、肩を竦めながら応える。
強烈な衝撃音を発しながらアドムとクロードが刀を構えて対峙した状態で止まる。
アグニ達の会話を耳にして笑いながらクロードはミスリル銀刀を振り下ろした。
「そういう馬鹿正直なところがーーお前たち、ヴィンテージの弱点だ!!」
同時、アドムも剛刀を斜め下から振り抜いた。
「なっ!?」
甲高い音と共に刀身が宙を舞っている。
ミスリル銀で造られた刀は、その半ばから刀身を断たれていた。
「刀が折られた?! このクロード・パジャ・ヴィクトリアが!? ミスリルの刀をして!!?」
アドムの放った剣閃が、もう少し下ろされていれば刀だけでは済まなかったーーそのことをクロードが理解したのは、数秒経ってからだった。
そんな彼に向かってアドムは淡々と刀を振り抜いた姿勢から素立ちに戻す。
「たしかに魔術と剣技の融合と言うのは素晴らしいと思います。が、所詮付け焼刃。それを使いこなせなければ何の意味もない」
剛刀の重さをまるで感じさせない動きで鞘に納刀する。
それを呆然と見据えるとクロードが笑った。
「フフフ。ここまでやって勝てぬ、か。相変わらずの化け物だな、アドム」
その言葉に完全に戦意を失ったと判断したアドムはオーラをおさめた。
カイトが静かに玉座の間を見回した後、つぶやいた。
「アレほどの剣術と魔術を使いこなしたクロード陛下でも、片手間で打ち倒せるというのか。アグニ様は、どうやってあのような男と渡り合ったというのだ。アレは人にあらずーー悪魔。人外。すでにその域だ。あの若さで」
戦慄するカイトを他所にアグニがアドムに声をかけた。
「少しーー手こずったな」
「ーー手ごわかった。陛下も相当な訓練をされていたようだ」
「ああ。たった数年で、な」
語り合う双子に対して、クロードが声をかけた。
「アドム。聞かせてくれ、この国の危機とやらを」
「はっ」
大国ジャッジの侵攻。
ヴィンテージ領での小競り合い。
魔族の暗躍。
順を追ってアドムは簡潔に説明していった。
その話が終わるころには、玉座の間は重苦しい沈黙に支配されている。
「ーー審の国ジャッジが、このパジャに戦争を仕掛けている、か。しかも魔族と手を結んで」
「現在、辺境のヴィンテージ領にて我が祖父、アブラが迎え撃ってはおりますが。いずれこの王都に奴らは転移の紋章陣を刻みに来るかと思います」
「なるほど。転移魔法を使われれば距離も地の利も、すべて無効化されると言う訳か」
クロードは一つ頷いた後、アドムに告げた。
「こちらからも書状を書いていた。まずジャッジの国の今回の魔物の森での一件、ジャッジがやったに違いないという証拠も兼ねて書簡を飛ばしている。
だが、先方は知らぬ存ぜぬを決め込んでいてな。
この現状は一方的にパジャは攻め込まれている状況だ。
つまりパジャは被害の立場にある。建国したてとはいえ、他の国への広報にはうってつけだろう。
とはいえジャッジはその国力で軒並み近隣諸国を食い物にしてきた強大な国だ。
正義をうたいはするが、力こそ正義ーーという根底はだれの目から見てもあきらかだろう。
つまり、ジャッジは他の国からも一定数嫌われている。
そんな力こそ全てのヤツ等が魔族と手を組んだのだ。
こんな恰好のエサはないーーというわけでその情報もあらゆる影騎士を飛ばして伝えてはいる。国内外にな。
国内の民は怯えとともに怒りを感じ、ジャッジを迎え撃つ覚悟ができ始めているが、国外は我らに力を貸そうとはしまい。
自分たちに危害がおよばなければ基本は動かぬ連中だ。まあ、それが正しいと言えば正しいが」
どこか他人事のように告げてクロードはアドムを見る。
「アドム。お前には近隣諸国に交渉をしてもらいたい」
「交渉ーーですか」
「ヴィンテージ最強の剣士がパジャの国の交渉人としてでてくれば、それだけで圧と感じるであろう。この大陸でまだヴィンテージの力を信じていないヤツはその強大な力を前に、震え上がることだろう。そうして気づく。パジャは国の領土を拡大させる気がないだけで、ジャッジなどよりよほど危険だとな。そうなったとき、同時にパジャは自分の国に手を出されなければ何もしないということも相手に植え付けてやりたい。その広報にはお前が一番適している。頼めるか、アドム」
「交渉と言われても、俺は生来この刀しか振るったことのない男です。そんな男が国同士の交渉などまとめられるとは思えません」
「いいや。まとめられるさ」
「は?」
自信ありげなクロードの言葉にアドムが目を丸くすると、王は続けた。
「お前は政(まつりごと)の匂いがしない。かといって多くの名だたる剣士のように富や名声を求める野心にあふれるわけでもない。そしてーーこの国の貴族たちを纏めるアスラに匹敵するほどの洞察力、それで充分だ」
クロードの言葉の真意を測ろうとアドムはジッと見つめる。
「パジャの国はお前がいなくなってもヴィンテージの剣士が大勢居る。特に王都は俺も居れば、お前に匹敵するとされるアグニ、お前の親父であるアスラもいる。まず落とされまい。ゆえにお前を交渉人として出したほうが国としてのメリットがでかい。そう考えてな」
「分かりました。陛下のご期待に沿えるかは分かりませんが、尽力します」
「頼んだぞ。我が国最強の刃、アドム・ヴィンテージよ。その名を、この大陸ーー天下に知らしめよ!!」
クロードの宣言が玉座の間に響いていた。
強烈な剣士たちの実力と技に、兵士たちは鼓舞して剣を掲げる。
その様子に、ようやくアドム・ヴィンテージが受け入れられたことを悟りアグニはホッとした表情でアドムに笑いかけ、カイトは静かに頷く。
そんな周りの興奮を他所にアドムは冷静に思考を始めていた。
ーーーーー
玉座の間での会話を聞いて、その後ろの会議室で固まっていた有力な貴族たちがボソボソと声を上げていた。
「やはりクロード陛下はジャッジの国と戦争を始めるつもりだ。信じられん。相手はあの強大な国、ジャッジだぞ。おまけに魔族までいるというではないか。そのような状態で通常の兵士をすこし上回る程度の剣士がいたところでなにになるというのだ」
「アスラよ、あやつが陛下を盲目にさせておるのだ。いまいましい。剣をふるしか能のない馬鹿貴族の分際で」
「やはりこうなればクロード陛下にはその座を退いていただき、あらたなる王を誕生させねば」
「しかし大丈夫なのか。クロード陛下は暗殺を何度も退けてきたお方だぞ」
「どうしたものか」
「傀儡となる王候補はいくらでもいるが、肝心のクロード陛下を退ける方法がわからん」
「まあいまはタイミングを待て。そのうちかならずボロが出るはずだ。陛下もすぐにわかるだろう。ジャッジの国と戦って、我らが根こそぎいかれるくらいならば、自分の首をささげ、名だけでも残してもらおうとするのは当然のことだ」
「うむ」
彼らはみな、アスラ・ヴィンテージによって居場所を無くされようとしている貴族たちであり文官たちであった。
ーーーーー
城の地下に幽閉された人物。
その者は、アドム・ヴィンテージによって倒された白拍子の衣装を纏う僧兵だった。
「なにものだ、このような地下の牢獄に」
檻の向こうに現れたのは、壁にかけられた松明を一本手にしている男。
オールバックにした黒髪に鋭い蒼の瞳をした中年の剣士。
「貴様、この私の顔に見覚えはないか?」
「なに?」
男の言葉に僧兵は顔を確認して睨みつけた。
「貴様は……! アドム・ヴィンテージ!! いやーー!?」
一瞬、自分を真っ向から力でねじ伏せた美青年と見間違えるも、彼にしては歳が行き過ぎている。
中年の男は愉快げに笑った。
「私の顔を見て最初にアドムの名が出るか。報告は受けているが、橋の上での大立回り、そして赤目となったせがれにやられたそうだな」
「くっ!」
「だがーーどういうわけか、三メートルは超える大男が、今はどう見てもそこいらの小娘に見える。どういうカラクリでそうなった?」
身長こそ自分に迫るほどのものだが、手足や体は細くとても筋骨隆々の戦士とは見えない。
「……っ」
「……言いたくないか。それならばそれでかまわん。だがお前には我々に協力してもらう」
男ーーアスラ・ヴィンテージは、選択権はないとばかりに一方的に告げる。
「協力だと? もう一度あの男にーーアドムに会わせてからにしろ!!」
叫ぶ僧兵に対してアスラは冷酷に端正な口許を歪めた。
「会わせてやるさ。お前が我らに協力するならな」
その瞳にどす黒い感情を浮かばせてアスラは言った。
「赤目のアドムを相手に数合打ち合えたと聞いている。それほどの強者。ここに転がりこんでくるならば使わぬ手はない!! ククク……ハーッハッハッハハ!!」
薄暗い牢獄の中で哄笑するアスラ。
その鬼気迫る狂気を感じて牢獄に捉われた僧兵は冷や汗を流しながら瞳を細めた。