ーー時は少し遡る。
謁見の間を出て王城の回廊を歩くアドムとアグニ、カイトの3人の前にフラフラと歩く一人の人物が現れた。
「サーニャ!!」
アドムが思わず駆け寄り、今にも倒れそうな人影を抱きとめた。
「サーニャだって!?」
「なんと、アブラ様の影ではないか!?」
驚愕に目を見開くアグニとカイトを置いてアドムは必死の形相でサーニャの顔と傷を見る。
アドムの腕の中、痛みに混濁する意識でサーニャは見上げる。
「アドム様……! 最期に一目会えるとは、女神オケアニデスに感謝しなければ……」
「何をバカなことを言っている!! アグニ頼む! 医者を!!!」
必死に叫ぶアドムを見て穏やかに微笑みながらサーニャは言った。
普段は冷静で表情が変わらないと言われるアドムが、これほどまでに必死に己の命を助けようとするさまが、サーニャにはもったいなかった。
「もう、間に合いません……! そんなことより陛下に! 陛下に一刻も早くお伝えしなければならないことがあるのです……!」
「バカを言うな! 今、お前の命以上に大事なものなどあるか!!」
叫ぶアドムは立ち上がって医務室に自分の脚で運ぼうとするーーが、アグニが肩を掴んできた。
「落ち着け、アドム!」
「離せ、アグニ!! 一刻を争うんだ!!」
自分が血に汚れることを躊躇ないアドムにサーニャは首を横に振る。
「お聞きください。アドム様、アグニ様。アブラ様が、魔族に討たれました……!」
「……な?」
「に……?」
双子は同時に顔が真っ青になった。
さすがのアドムも、冷静に判断しようとしていたアグニも、聞いていたカイトも。
この場に居る者は皆、時が止まっていた。
「祖父上殿が……っ!」
「あの、お爺様が?」
サーニャの有様を見なければ、鼻で笑っていたであろう言葉。
だが、その言葉の重みを理解して双子は何も言えなくなる。
「馬鹿な! あの鬼と言われたアブラ様が、魔族如きに!?」
カイトが叫びながら詰め寄ろうとするのを、第三者の声が止める。
「ーーその者、そのままでは死んでしまいますよ。ひとの主」
声にふり返れば漆黒の闇を思わせる黒髪に裏地が血のように紅い黒いマントを肩にかけた男が立っている。
その貌は、アドムやアグニと瓜二つの青年の顔だった。
血のように紅い瞳と土気色の肌に口許から覗く鋭い牙を除けば、ヴィンテージ家そのものであった。
「なんだ、この化け物は? ……なぜ俺やアドムと同じ顔を」
明らかに異形の気配を感じ取りアグニが目を鋭く細めながら腰の兼貞を抜くか見極めている。
その横でアドムが吠えた。
「使い魔風情が! 貴様にかまっている暇はない!!」
「わたくしならば、彼女の息を吹き返すことができるでしょう」
「……なに?」
「吸血鬼の私は、それなりに魔法にも長けております。人間如きの医療技術に劣るわけがありません。それにこのまま彼女を玉座の間に向かわせれば、あなたのお父上にかならず殺されることでしょう」
「単刀直入に言え。治せるのか!? 治せんのなら失せろ!!」
「治せますとも。なぜなら彼女はすでにーー」
「口より先に手を動かせ。容態は一刻を争うんだ!!」
そう言いながらアドムは自分と同じ背格好の吸血鬼に腕を伸ばしてサーニャを差し出す。
「おい、アドム! こんな得体のしれないやつに力を借りるのか?」
「こいつは俺の使い魔だ。……いちおうな」
顔をアグニには向けずに返答するアドムに、アグニもまた視線を鋭くして吸血鬼を見る。
「ああっ……。甘い甘いひとの主。あなたさまのご命令、しかとーー」
瞬間、アドムの腕の中にいるサーニャを中心に魔法陣が描かれ、緑色の光がサーニャを包み込んだ。
しばらくしてサーニャの血色が戻る。
「サーニャ! 血色がーー顔色が戻った!!」
アグニが確認し、声を弾ませる横でアドムが鋭い視線のまま言った。
「腹立たしいが、助かった」
「いえいえ、それよりもひとの主。わたくしからご提案がございます」
「……提案?」
「彼女の血をすこし分けていただきたいのです。さすれば彼女の体験も記憶も、余すことなくひとの主に共有することができるでしょう」
「……おまえの仲間にするつもりじゃなかろうな?」
「ーーそれがお望みで?」
瞬間、空間が破裂した。
アドムの全身から青い炎のようなオーラが吹き上がり吸血鬼の身を一気に圧迫する。
(何という気だ……! この異形を遥かに上回っている。これがーーアドム様の本気なのか!? 赤目にならずともこの力は……!!)
金縛りにあったかのように動けないカイトの横でアグニが冷静に先の言葉を頭の中で反芻していた。
無言の殺気と物言わぬが刃のように鋭い視線に吸血鬼は満足そうに笑みを返した。
「おい、化け物。サーニャの血を少しもらえば彼女の記憶をアドムに共有できるというのは本当か?」
「……アグニ?」
問いかけるアドムを無視してアグニは吸血鬼を見ると、吸血鬼は笑みを浮かべて頷く。
それにアグニも続ける。
「俺にもその記憶を見せることはできるのか?」
「もちろんです。ひとの主と、そのかたわれーー。忌々しきヴィンテージ」
「その言葉を信じる。いいな、アドム」
アグニの言葉にアドムもため息を一つ吐いて頷いた。
「…………ああ」
「では」
地面に落ちたサーニャの血痕を一つ触れて舌で舐めとると吸血鬼は瞳を紅く輝かせてアドム達の周囲に魔法陣を描いた。
アドム達の頭にヴィンテージ領での出来事が流れてくる。
サーニャの記憶を共有しているのだと悟ったアグニは記憶の中に出てくる自分達とそっくりの顔をした紫暗の瞳の男を睨み据えていた。
その足下で袈裟懸けに胸を斬り裂かれて倒れている自分たちの祖父の顔を見て静かに拳を握りしめる。
「祖父上殿……!」
アドムの口許から血が流れている。
唇を噛み切り全身から放つオーラは更に上昇していた。
魔族にヴィンテージ領が奪われたのは間違いない。
アドムが他国へ渡ろうとする直前であったのが、不幸中の幸いか。
「……このことを親父殿や陛下に伝える必要があるな」
怒りを抑えきれずに、それでもアドムは冷静であろうと声を絞り出す。
アグニは意図を読み取り頷いた。
「だが、サーニャを連れて行っては影としての面目躍如と首を落とされるか」
「俺たちが代わりに報告に向かったところで同じだろうな」
「……」
悩む双子にカイトが声を上げた。
「何を迷われることがありますか? アスラ様に報告し、一刻も早くヴィンテージ領の魔族を排除しなければならないこの状態で。影一人のために時間を費やすこと自体ありえないことでしょう」
「…カイト。この情報を我々は誰から聞いた?」
「は? サーニャではありませんか」
「いいや。サーニャの記憶を共有したからこそ俺たちは下手人の顔や手口を知っている。だが、報告だけではこうはならなかった。またお爺様が討たれたことなど信じなかっただろう」
アグニが何を言いたいか分からず、カイトが眉根を寄せる。
サーニャを抱いているアドムも訝しげな表情をしていた。
「そこの化け物は、ひとめ見ただけで人間ではないとわかる。おそらく魔族と呼ばれるやつらだろう。アドムの使い魔かなにか知らんが、そんなやつの情報を俺たちが知っているとなれば……」
「……! そうか。俺たちが魔族と癒着している、ということになりかねんな」
アグニの言葉にアドムがハッと気づく。
これに頷いたあと、アグニは続けた。
「だがーーその使い魔、たしかに機転は利く。父上よりさきに俺たちは情報を手に入れた。サーニャには悪いが、しばらく身を隠してもらう。俺の知り合いに美女にめっぽう弱いやつがいる。そいつの許でならかくまってくれるだろう。信用はできる。問題は、其処へ連れていく足と父上への報告係だがーー」
「それはどちらも、わたくしのほうで手配いたしましょう。まずは彼女を運ぶものを……」
吸血鬼の肉体から血の霧が現れると執事服を着た黒髪の男が現れ、アドムからそっとサーニャを受け取るといずこかへと姿を消していった。
「彼女はそちらのヴィンテージが言っていた協力者に引き渡しましょう。次にーー国王へもわたくしから報告を」
胸もとのハンカチーフを取り出すとそれが黒い霧から炎へと移り代わり、地面に落ちるとともに瀕死のサーニャをかたどった。
「ゆけ。記憶の欠片よ……」
サーニャを象った吸血鬼の影は虚ろな視線でサーニャそのものの動きで歩いて行った。
(すごい……! 本物のサーニャみたいだ……!)
思わず目を見開くアグニの前で得意げな吸血鬼の顔に憮然とした表情でアドムは言った。
「確かに目の前で見せられてなければ、偽物とは思わないな」
「お褒めにあずかり恐悦至極です。人の主」
吸血鬼の横でアグニがカイトに告げる。
「父上への報告は、今ので済んだ。お爺様の影は、俺のーーアグニ・ヴィンテージの名の下で預かる。それでいいな?」
「サーニャが、それを望まないでしょう。彼女は優秀な影です。自分の命欲しさに主人が亡くなったことを幸いと生き残る選択肢はないでしょう」
「それを決めるのはサーニャだ。俺でもお前でも、父上でもない」
真っ直ぐに見合うとカイトは静かに頷き、道を譲った。
これにアグニも頷き、アドムに告げる。
「アドム。まずヴィンテージ領へ戻れ。おじいさまが討たれたのであれば、ヴィンテージを指揮する者が必要だ」
「アグニ。俺は祖父上殿が死んだなど、信じやしない。仮に俺の目の前であのひとの死体が転がっていたとしても……だ」
「気持ちは分かる。だが、お爺様の死を受け入れなければならない。相手の実力を見誤れば、俺たちは負ける」
その言葉にアドムは俯いて唇を強く噛む。
その身から放たれる気は、ヴィクトリア城すらも覆い尽くすかのように強大である。
だがーーその力では、救えない。
強大な力で敵を倒したとしても、殺された者は蘇らない。
守りたかったものは、守れない。
ーー 知っていよう、アドム(我)。力だけでは、勝てないことを。
アグニの顔を呆然と見るアドムの心の中に響くのは声なき声。
だが、どうすればよいのかをアドムは知らない。
力でねじ伏せてくるしか、アドムはできなかった。
ーー目の前の自分と同じ顔をした弟は、アドムの知らないやり方を知っている。
「初代ヴィンテージ、アルドが俺たちの敵に回ったのなら魔族を無視できなくなった。ヴィンテージ流の技が魔族も使い出したら、一気に戦局は変わるぞ」
「……アルドさまを魔族に生まれ変わらせるなら、他のヴィンテージの方々も変えることが可能ですよね?」
「理屈はな。だが、それはないと思いたいが……」
そうなれば最悪だ。
敵も味方もヴィンテージならば、いよいよ自分たちの優位はなくなる。
正確な地図と戦力の差を把握しなければ、負けると悟ったアグニは、自分の頭の中で何が足りず何が必要かを組み立てていく。
「ところで、わたくしのお願い事を聞いて頂けませんか? 人の主」
「聞けることならな」
「城門の外にて貴方をお待ちしている方がおられるのです。その方と剣を交えていただきたい」
「……なに?」
訝しむアドムに吸血鬼は微笑みかけた。
「鬼神鍾鬼の記憶を持つ貴方の分け身が、貴方をお待ちです。人の身で鬼神鍾鬼の魂を持つものよ」
血のように紅い吸血鬼の瞳を睨みつけるも、アドムは力を抜くように肩をすくめると言った。
「とりあえずヴィンテージ領へ急ぐ。その邪魔をするならーー分け身だか何だか知らんが斬り捨てるだけだ」
「サーニャの匿い先とヴィンテージ領に助太刀するための準備が必要だ。俺にもあまり時間はないな」
アドムが兼定を触れば、アグニも兼貞を腰の剣帯に差し直す。
両者の身体から青白い炎のようなオーラが放たれる。
(戦闘モードになったか。それにしても、この2人を相手に戦おうとする者がいるとは。なんと無謀なことだ)
カイトが鋭く鳶色の瞳を細めるも、魔族擬きの使い魔をジッと見る。
(この男……。先ほどからアドム様の願いを叶えているように見えるが、一刻も早く城門に向かうよう誘導している。そんなにアドム様に分け身とかいうやつを会わせたいのか)
双子が先陣を切って歩く回廊を吸血鬼とカイトが後に続く。
人間である自分と、化け物である吸血鬼が同じヴィンテージの主を持っていることがカイトには不思議に感じていた。
ーー城下町。
城の外で待機するよう言われていたタハトとリアは、今後の旅に必要な回復薬や火薬などの買い込みを二人で行っていた。
「さすが王都。品揃えがいいやぁ。火打石も質がいい、これならすぐに火がついちゃうぞ」
「あら、わたしの魔法は頼ってくださらないのですか?」
「焚き火一つに魔法を使うのは、効率が悪いからね。こっちの方が労力も少ないし、火力の調整もできるから、重宝するんだよ」
「……なるほど。確かにタハトさんの料理は、魔法のような大雑把な火力では出せませんね」
モンスターの肉が美味いと知ったリアは、タハトが料理を作ることには積極的に協力する。
タハトも有難く研ぎ石やマジックアイテムなど、この先に必要であろう様々な物品を店で購入していた。
「よし! ひとまずは、これだけあればオッケーだな」
「後は、アドム様達が、お城から出て来られるのを待つばかりですね」
リアの言葉に頷こうとしてーータハトは違和感に表情を曇らせる。
先ほどまで、青空だった空がーー真っ黒な雲に覆われている。
「! なんだ? この雲……」
「これは魔素の塊……」
リアも異変に気付き呟くと、紫色の雷が王都に降り注ぎ地面に触れた雷はコウモリのような翼の生えた人型に角を生やした甲冑の胸当てを付けた剣を持った化け物に変化した。
「ガーゴイルだって!?」
「強すぎる魔素が、石畳に接触して魔物に変化した……。だけど、これほどまでに強大で邪悪な力があるなんて」
魔物たちを睨みつけながらタハトは腰の剛刀兼定を抜いた。
隣でリアも魔法の杖を構えている。
「! ま、魔物?」
「な、なんで王都に魔物が!?」
一般人たちは、突如現れたガーゴイルの集団に驚くと同時に腰を抜かしている。
衛兵たちも刀を抜いて構えるが、いきなり現れた敵に軽いパニックを起こしていた。
「落ち着いて! 僕たちも援護します!! 闘えない人たちは城門の詰所へ移動してください! 衛兵の皆さんは僕の指示に従って!!!」
「分かった!」「あてにさせてもらう!」
リアの杖が光、透明な光が衛兵たちの身体から吹き上がる。
ーーステータスアップ。
「おお、凄い力だ」「これなら、少しは耐えられる」
これでガーゴイル単体に負けることはなくなったが、数が違う。
街の中に居る衛兵は城門前の門番を含めて5人。
タハトが遊撃手となって数を減らすしかない。
「武神息吹……」
気を高め、白いオーラを身に纏う。
タハトは鋭く敵を見据えて一気に駆けだした。
姿を消すほどの圧倒的な加速と同時に並みの刀の倍はある太さの剛刀を片手で振り回す。
無数の斬撃の檻の中に捉われたガーゴイル3体は、瞬く間に小間切れになって消えた。
魔物たちは自分達の脅威となるタハトを睨みつけると、一斉に空を飛んで剣を振りかぶって斬りつけてくる。
「ーーあら、私の前で空を飛ぶなんて。雷よ」
不敵な笑みと共にリアの杖から魔法が発動し、黄色の雷がガーゴイル達を一瞬で消し炭にする。
「なんと! 複数同時攻撃を無詠唱で行うとは!!」
「これは素晴らしい!!」
だが、何体かは雷を避けてリアに斬りこもうと標的を変えて突っ込んでくる。
瞬間、タハトは刀を正眼の構えから腰だめになって霞に構えると切っ先から根元までを青白い気の光に包み込んんだ。
「いくぞ、ソニックゥウウ! バレェエエエエッットォオオオ!!」
風を纏った青い斬撃弾は、横薙ぎと共に放たれる。
直線上にいたガーゴイル達は、空で斬り裂かれていた。
ついでタハトは左手を懐にやると黒い火薬粉を前方に投げ捨てると右手の剛刀から火花を発生させる。
「くらえ、バァアアアアーストォオオオオオオ! スラッシュゥウウ!!」
付与魔法で発動した火花が、火薬に触れることで連鎖的に爆発。
背後から迫って来ていた数体が爆発の中に消えていった。
仲間をやられたからか、怒りを露わにして衛兵たちと斬り結んでいた個体たちもタハトを振り返る。
「ーー聖なる光よ」
瞬間、太陽の光が魔素の塊を打ち貫いてガーゴイル達に降り注ぐ。
タハトを狙えばリアに、リアを狙えばタハトに倒されることを理解し、残り5体にまで減らされたガーゴイル達は二人を四方から囲み始めた。
「いいぞ、どんどん僕に来い!!」
そう叫ぶタハトだったが、更なる魔素の塊がガーゴイル達を生み出す。
瞬く間に魔物の数は、最初に現れた数を上回った。
「……どういうこと? なぜ、結界の張られた都市部に魔物が現れるの?」
「魔素の塊が、どうして消えないんだ。まるでーーこの都市の中に魔素を操る何かがいるみたいだ」
タハトやリアは、まだ余裕がある。
しかし衛兵たちは、ほとんどが限界に近かった。
集中力が続かない。
このままでは、防衛線を突破されて一般人に被害が出る可能性も考えられる。
「……そうでしたね。ヴィンテージ家の人たちが異常で、ここの人たちが本来の兵士の実力でした」
限界が近そうな彼らを見てボソリと呟くリア。
タハトの顔にも焦りが見えて来た。
「どうする……? 大本を叩かないと、これじゃキリがない……」
その時、赤い斬撃波が天にある魔素の塊を真っ二つに斬り捨てた。
魔素は綺麗に斬り裂かれて散り散りになる。
魔物の群れが、その一撃に怯んだ。
タハトが振り返ると、そこには黒いジャケットに黒い髪、青いジーンズを履いた青年が立っていた。
首元に赤いマフラーを巻いている。
その手に握られているのは、血のように紅くガラス細工のように透明な刀。
「アドム、なのか……!?」
彼の腰に剣帯も鞘もなく兼定もない。
その違和感は、タハトには強く感じられる。
「あら、アドム様。おひとりで面会を済ませてこられたのでしょうか?」
「……リアさん!」
リアが振り返ってアドムと似ている男を見る。
顔だけでなく服装もアドムと同じなのだ。
リアが声をかけるのも無理はないが、タハトはリアを庇うように背にやる。
「……我(おれ)を人の名(アドム)で呼ぶか」
こちらを見る瞳は太陽のように燃え輝く赤目。
「アドムじゃ、ない……? ……だけど……」
その気も力も、全てはアドムと同じ。
正確には赤目になったアドムそのものだった。
「あなたは、まさか……!?」
目を見開くリアに向けて男は嗤った。
「ほう。人の我(アドム)が生み出した童子と我(鍾鬼)を人の身に追いやったーーこの世界の女神か」
その言葉にリアは表情を硬くし、タハトは目を見開く。
「童子? この世界の神? なに言ってんだ……?」
魔物たちは一斉にタハト達からアドムそのものの姿をした男に目を向ける。
「我に挑むか? ならば、お前達は畜生にすら劣る」
言葉を理解しているかのように魔物は一斉に空を飛び、男を取り囲んで剣を振りかぶった。
「獣はーー本能で引き際を察する」
一体目の袈裟懸けを左に体捌きして右手一本で胴を斬り捨てる。
反転して2体目の突きを右に見切り、唐竹に真っ二つにする。
次にくる3体目と4体目は、左から斬り上げて2体まとめて葬る。
「貴様らは、それすらできんということだ。化け物ども!!」
赤い気が刀身から放たれると同時、男の袈裟懸けが空を撫でると斬閃から赤い光が放たれて直線上の魔物を一瞬で消し飛ばした。
「い、今の太刀筋と技はヴィンテージ流。だけど……、気が禍々し過ぎる」
「呆けたことを。我が鬼神力を人間如きの真似事と比べるとは……」
タハトが呟くのを聞いて男は笑みを浮かべながら赤目ーー鬼眼を向けた。
「タハトさん。彼は危険です。アドム様が城から出て来るまで、私たちで彼を押さえないと」
「押さえる……って。……どういうつもりだ?」
前半はリアに向けた疑問だったが、後半は殺気をこちらに向けてくる男に向けてだ。
「どういうつもり……だと? ククク。ハハハハハっ!」
漆黒と赤色のオーラを身に纏い、鬼眼の男は哄笑する。
その圧力は、先ほどまでの比では無い。
その力だけで全てを破壊し尽くすほどの物理的な力だ。
「鬼神の
リアの言葉にアドムの姿をした男は振り返って彼女を見る。
「多くの人間たちが居る前で、その力を振るうなど! 力を持つ者(神)として恥ずべき行為ですよ……!!」
「吐(ぬ)かせ。我(鍾鬼)を力づくで人の身に落とした、忌々しい女神が。……いや、貴様も本体ではないな。現身(にんぎょう)か」
男は鬼眼を鋭く細めた後、値踏みするようにリアを睨みつける。
対するリアもまた水色の瞳を男に向けた。
タハトが思わず、二人を見比べる。
「リアさんが……現身? どういうことなんだ?」
「来ますよ、タハトさん!!」
その言葉通りに男は刀を振りかぶって唐竹に下ろしてくるのをタハトは兼定を横に構えて受ける。
金属同士がぶつかり合った甲高い音と共に、衝撃波が二人を中心に生まれた。
(この斬撃の鋭さはーーアドム!?)
「止めたか。ならばいくぞ、タハト……!!」
瞬間、高速を超えて神速で動く両者。
常人の眼には最早映らずに不気味に風が吹き荒れ、空間に無数の白と紅の斬閃が描かれていく。
「くっ、強い……!」
スピードもパワーも完全に上を行かれていることを理解し、ヴィンテージ流で対抗しようにも相手が自分よりも更に高度な技を持っていることにタハトは震える。
剣の腕では、勝てない。
(なら影術を使うしかない!!)
瞬間、タハトは煙幕を使って一瞬目隠しを行うと次の瞬間に身体は三人に分身していた。
三人のタハトは同時に三方向から剣のむしろとなって斬撃を無数に繰り出しながら男に向かって突進する。
(これがヴィンテージ流影術ーー神速剣舞(ソニックブレードダンス)だ!!)
「幾千幾百の斬撃を放てたとてーー極めた一閃にはかなわぬ」
男は刀身に赤い気を纏わせると袈裟懸けに振り下ろした。
甲高い音と共に後方へ弾き飛ばされるタハト。
同時に二人の分身は消えた。
「ましてーーまやかし等に頼るなど、我の敵に足りえんぞ」
背中から城門の壁に叩きつけられる。
「ガハァッ」
城壁は人型に窪んでひび割れを起こしている。
「なんて…剣圧だ」
同時に男の刀が半ばから圧し折れる。
「……ふん、鬼神力で造ったとはいえ。所詮、吸血鬼の紛い物か」
言いながら、男は折れた刀を一閃すると圧し折れた刀は再生する。
一方タハトが持つ剛刀兼定の方は、折れず曲がらず刃毀れ一つない姿で鈍い光を放っていた。
「忌々しいことよ。人間如きが造った刀に我の鬼神力が及ばぬとはな」
言いながらも愉快げな男。
瞬間、男の周りに光の方陣が組まれている。
「光よーー」
リアの言葉と同時に光の柱が数本立ち、男の姿を飲み込んだ。
眩しい輝きは直視することすら許さないほど強烈だ。
光が世界に満ち溢れ、全ての人間の眼を閉じさせてしまう。
だがーー紅い斬撃が一閃されると何事もなかったかのように世界は元通りに戻る。
「目眩ましのつもりか? 鬼神にそんなものが通じると思うか、痴れ者が!!」
背後に現れ、錫杖から細身の刀を抜いて斬りつけてくるリアを振り返って斬り返す。
二閃、三閃と剣戟がぶつかり、火花を散らしながらリアが後方へ着地する。
その美しい口許から赤い血を流していた。
「リアさん!!」
「…いくら人間の体を使っているとはいえ、鍾鬼本体でもない記憶に。この私が及ばないなんて……!」
赤い鬼気を放ちながら男は嗤った。
「弱いな。いや、我が強すぎるのか。これでは「人の我」が来るまでの、準備運動にもならんぞ」
男の狙いは、己と鏡合わせの人間。
アドム・ヴィンテージであるとタハトは悟った。
「……準備運動か。ならば準備運動で終わらせてやる…!!」
瞬間、タハトの瞳が赤く染まり全身から赤い鬼気を放ち始める。
「……タハトさん」
「俺が、少しでもアイツを削れればアドムが必ず勝つ…!!」
確信に満ち溢れた言葉に男は愉快に嗤った。
「童子(眷属)風情が。我(鬼神)の力を纏ったぐらいで図に乗るな!!」
「……貴様こそ。記憶しか持たんくせに偉そうに吼えるなよ」
瞬間、タハトも笑みを返すと同時、両者が口の端が耳まで裂けるのではないかと思わせるほどに嗤った。
「ほざけえ!!」
「フンッ…!!」
同時に消える太陽のような炎を放つ両者は、中央で激突するとそれまで以上に激しい斬撃を繰り出しあう。
5合、打ち合うと男の刀は半ばから圧し折れる。
鬼神の力同士でぶつかり合ってもなお、兼定は折れず刃毀れもしない。
「その程度のナマクラで、鬼神同士の戦いについて来れると思ったか? 所詮ーー貴様は鍾鬼の残滓よ」
「……我、鬼神成(なり)!!」
その左右の手には血の刀が二振り握られている。
両者の斬撃は更に苛烈になると同時、余波が街の地面や壁面を破壊していく。
「チッ、周りの迷惑考えずに見境なく攻撃しやがって…!!」
懐から無数の小柄を取り出して放つタハト。
男は両手の刀でそれぞれ、己の動きを止めようとする小柄を叩き落した。
「貴様ら鬼神は、いつもそうだ。戦い方、勝ち方にこだわる。それで負けたんだぞ、我(鍾鬼)はっ! なのになぜ、同じ記憶を共有していながらーー恥ずべき弱さだ!!」
暴れはじめる男を抑えるために剛刀を振り抜くタハト。
リアも魔法で加勢するが、男とタハトの動きが速すぎて魔法の発動が間に合わない。
斬撃を相殺し、衝撃波を周りに起こさせないようにするのが精一杯だった。
周囲を気にするような戦い方は、鬼神の技ではないと男は更に気を高める。
力で、ねじ伏せる。
鍔迫り合いの姿勢で気を高め合う二人の鬼神(鍾鬼)。
その時ーー男がタハトから大きく離れて後方へ着地した。
握られた刀は二振りともにひび割れが起こり始めていた。
「貴様のように、何も考えずに只戦うことしかしない。そんな楽には生きれねえんだよ、俺たちは」
その声が二人に届いた時、男は咄嗟に左右の刀をクロスさせて受ける。
音速の斬撃弾が間一髪で刀に当たり、後方へ吹き飛ぶも着地には成功する。
もっとも左右の刀の刀身は根本から粉々になっていた。
「現れたな。人の我ーーアドム・ヴィンテージ!!」
城門から出て来たのは、己と寸分たがわぬ姿の人間。
青い瞳から覇気を放ちながらアドムは男と対峙する。
「なにをしてる、アドム。早く来い! 俺はともかく、リアさんが限界だ。おまけに街の住人に被害が出たら取り返しがつかない!!」
焦るタハトの横にアドムと同じ顔をした赤いジャケットの青年が立っている。
「安心しろ。俺が居る」
「……アグニ、さま」
その声にタハトは溢れていた鬼神力をおさめ、鳶色の瞳に戻り顔から険が取れると元の人のよさそうな顔に戻っていた。
後ろでカイトがリアの前に立ち、刀を抜いてアドムの姿の鬼に構えている。
「我が主、人の主をお連れしました」
「ほう、よくやった。褒美だーー貴様に名をくれてやろう」
吸血鬼が鬼の男に跪くと男は笑みを返した。
右手に砕けた刀を再生させると肩に置いた。
「ダァム(血)と名乗るがいい、我が眷属よ」
「……! ありがとうございます、我が王よ!!」
盛り上がる二人に向かってアドムが静かに刀に手をかけた状態で歩み寄る。
ゆっくりと男もアドムに向き直った。
「……城下町で、ずいぶん派手にやってくれたな」
睨み合う二人のアドム。
そのうちの一方ーー自分達と一緒に城門を出たアドムに向かってアグニは問うた。
「アドム。アイツは?」
「俺の片割れーーらしいぜ」
「ほう。それはお前(双子)の弟として聞き捨てならん言葉だな」
静かに目を細めるアグニと自分を睨みつけるアドムに男は笑みを返す。
「フン、人の我とその片割れなど、我にとっては餌にすぎぬ。貴様らを
「アグニ、タハトーー。手を出すな。街の皆を頼む」
これにアグニとタハトは頷いて周囲の衛兵や平民たちを自分達の背にやる。
「俺は今、機嫌が悪い。邪魔をするならーー斬る!!」
「吼えるな、ひとの分際で。どこまでもひとよな。ひとの我」
瞬間、アドムの全身から太陽の如き輝く炎が発生する。
青い瞳は、赤に変わり覇気は強烈な鬼気へと変化している。
「……一瞬で片付ける」
その力も、強さも、目の前の男をして震わせるほどの鬼気。
「気にくわぬ。気にくわぬ。気にくわぬ! ひと如きが! ひと如きが! ひと如きが! 我の大本である鬼神鍾鬼などと! 認めてなるものか!!」
同時、男も強烈な鬼気を身に纏う。
血の刀を左右の手にそれぞれ持ち、振りかぶって神速で移動しながら斬りつける。
すれ違う両者ーー。
空に描かれる青白い斬閃、一つ。
互いに位置を入れ替えた一閃は、アドムは右手一本の抜刀からの横薙ぎ。
男は右手を袈裟懸けに左手を胴薙ぎにして放った姿勢で止まる。
「ぬぅ……!?」
綺麗に胸元を斬り裂かれて男は血を噴いてうつ伏せに倒れる。
「貴様にかまってる時間はない」
構えをやめて振り返り、アドムは無形の位で倒れ伏した男を見下ろす。
その鬼眼でジッと睨みつけているとーーゆっくりと男は立ち上がった。
「ククククク。一瞬で片付けるとほざきながら、この体たらく! そんなに周りの人間が死ぬのがいやかぁ!? その猛き鬼神力に従い、この街ごとすべてを消し炭にすれば良いものを!!!」
明らかな致命傷だがーー傷口から煙を上げるとすぐに塞がり元通りとなる。
「よくしゃべる口だ。いい加減に、閉じろ!!」
「クク、ハハハハハ!!!」
互いに向かって叫びながら斬りつけ合う。
神速で地面が起こり、弾き、地面が割れるもお構いなしで空間に青と赤の斬閃が描かれていきーーやがて赤の斬撃は全て青によって断たれる。
「ぬぅ……! おのれ……!!」
「そのナマクラで、俺の相手が出来ると思ったのか?」
全身をなます斬りにされて血を噴き出しながら、男は忌々しそうに鏡合わせの己(アドム)を睨みつける。
二人の間で唯一違うのは、その手にある刀のみ。
「鬼神鍾鬼なら、鬼神力だけで兼定にも匹敵する剛刀を創れるはずだ。だがーー貴様は違う」
兼定を突き付けてアドムは言った。
「それが、貴様が鬼神足り得ない証だ……!!」
言いながらアドムは左手中指に嵌められた指輪を撫でると一振りの赤鞘の刀を取り出した。
その刀を鞘事ーー鏡合わせの自分に向かって投げつける。
男は見事に片手でそれを掴み取った。
「……何の真似だ、人の我」
「ナマクラの相手に勝てても、俺のプライドが許さん。抜けーー村雅を」
静かに男は手にした赤鞘を剣帯に通すと抜いた。
刀身は炎のような刃紋をしている菊の花をあしらった鍔。
黒い柄糸に白い地肌の柄。
気を通すと妖刀の気と相まって太陽の如き赤の炎を纏った刀へと変化した。
「それでこそーー俺と兼定が斬るに値する敵だ!!」
「フン……。貴様も我と同じ、か。良いだろう、アドム!!」
斜に霞に構えるアドムに対し、男も同じ構えを取って正対する。
「我は鍾鬼に非ず。鍾鬼の記憶を持った鬼なり。貴様らに倣って我が名はーーアバル(記憶)とす!!」
「好きに名乗れ。どのみち貴様は、此処で仕留める!!」
斬撃を剛刀と妖刀をぶつけ合う。
火花を散らし、お互いの顔を照らす。
鏡合わせに鬼神の力を振るうアドム(人)とアバル(鬼)。
脚を止めて中央で剣戟を力任せにぶつけ合う両者。
二人の眼は鬼気に満ち溢れ、口元には笑みが張り付いている。
一撃一撃がぶつかり合う度に、光の波紋が空間に生まれては消える。
「あのアバルとか言う鬼。ふざけてはいるが赤目になったアドムと互角か。アドムの片割れというだけのことはあるようだな」
お互いの身体は斬撃の余波でボロボロになっている。
そこかしこから血を流し、アドムは肩で息を始めている。
それでも笑みは消えない、気は尽きない。
己はーー泰鬼以外で初めて、全力を賭しても倒せない敵に会っているのだ。
この幸せを、楽しみを、簡単に終わらせてなるものか……。
「凄い力と力のぶつかり合いだ。とはいえ、アドム達の手に握られているのはナマクラ刀じゃない。一瞬でも気を抜けば受け太刀事肉体を斬り捨てる業物だ。しかもーーそれを使うのは超一流の使い手」
「見事な立ち合いだ。だがーーこのままでは、アドムが負ける」
タハトの言葉に頷きながらアグニが目を鋭く細めて呟く。
再生能力がアバルにはある。
現にアバルは受けた傷口が煙を上げてみるみるうちに塞がっていくのに対して、アドムは傷口から血が流れるばかりである。
また無尽蔵と言うべきスタミナも、アドムの方は肩で息を始めているがアバルは息を切らす気配が無い。
一際、強烈な斬撃。
袈裟懸けが同時に相手の中央でぶつかり合い、雷が降って衝撃波を放ちながら両者を後方へと下がらせる。
アドムが全身を斬り裂かれながらも周囲を確認した後、鬼気を孕んだ凄絶な笑みを浮かべた。
「……街の住民の避難は完了したか。ならばーー次で決める」
「やってみよ。アドム!!」
赤い光を刀身から放つアバルに対して、アドムは青い光を刀身に纏わせる。
両者は同時に大きく刀を頭上に振りかぶり、互いに向かって袈裟懸けに空間を撫でた。
「奥義!! ーーレギンレイヴ!!」
「絶技!! 鬼刃ーー神斬り!!」
青と赤の光線が互いの中央でぶつかり合い、お互いの光を打ち破らんと押し合う。
互いの光が臨界点を超えて膨らんでいく。
そしてーー音もなく光は爆発して光の柱を天に突き立てた。
そのまま空を青い光が矢のごとく打ち貫いていく。
刀を振り切った姿勢で立っているのはーー兼定を持ったアドムだった。
後方へ弾き飛ばされ、仰向けに倒れ込んだ姿勢でアバルはアドムを呆然と見上げている。
(あれほどの大技を放っておいて、街にはこれといった被害を出していない。なるほど……。さすが、アドムだ)
アグニがニヤリと笑った。
「我を……。鬼を人間が、上回っただと……?」
「……ああ、俺の勝ちだ」
不敵な笑みを浮かべてアドムはアバルに言った。
「悪いが、時間が無い。お前と使い魔、どちらも俺に協力してもらう。俺の一部なんだから、当たり前だよな」
アバルが立ち上がりながら応えた。
「良いだろう……。今は、貴様が強い。だが、いずれ我は貴様を超えて取り込んでやるぞ」
(そうだ……。帝釈天に勝つためにもな……)
ニヤリと笑う鬼はアドムの影に融け込んでいった。
それに従い、吸血鬼ダァムもアドムの傍らに跪く。
「さあ、みんな! ヴィンテージ領へ急ぐぞ!!」
一呼吸を置いてからアドムは改めて皆に告げるのだった。