王都の街道で、アドム達はヴィンテージ領を目指して出立する。
それをカイトが見送りに来ていた。
「カイト、後はよろしく頼むぜ」
「……まさか、アグニ様までも一緒に行かれるとは思いませんでした」
一行にアグニがついていくことが、カイトは呆れたような表情になっている。
「王都には父上が居る。報告の方は、よろしく」
「仕方ありませんね。何より、サーニャの記憶で見たアルドは危険すぎる」
真剣な顔で頷くアグニにカイトは「ご武運を」とだけ、一行に告げて王城に向かった。
アドム達は、これを見送った後で街道に足を踏み出す。
アグニが言った。
「近道を通っても3日はかかる。なら、今は体力を温存するためにも馬車を使おう」
「……用意できるのか?」
「次期当主を甘く見るな。街道の駅にて手配している」
「い、いつのまに……」
答えにポカンとするアドムの横でタハトが言った。
「さすが、アグニ様! やることが速い!!」
リアもニコリと笑って続ける。
「アドム様とアグニ様ならば、相手が誰であろうと問題ありませんね」
これにアドムは頷いて一歩踏み出そうとしてーー、足元から突如光が発生するのを確認した。
光は一瞬でアドムの視界を奪い、次に瞳が視界を取り戻した時にはーータハトやアグニ、リアの姿はなかった。
「……え? みんな……?」
周囲を見渡せば森の中。
街道の脇に居るのは分かる。
だがーー明らかに王都ヴィクトリアの周辺ではない。
「待っていたぞ、アドム・ヴィンテージ」
声にふり返れば、白拍子の姿をした2メートルを越える身長の黒髪の美女がアドムを睨みつけていた。
その右手に赤く塗られたヴィンテージ製の長いーー4メートルはある十文字の剛槍を持っている。
「何者だ……?」
「ーーあの時の。ヴィンテージ領境界橋での借りを返させてもらうぞ」
形のよい唇から凛とした声が発せられ、アドムが目の前の美女の格好と構えから一人の大男を思い出した。
「あのときの踊り子の恰好をした大男か」
「そうだ。貴様の親父と交渉して今一度再戦の場を設けた。雪辱を晴らす。剣を抜け!!」
「お前にかまってる暇はない。俺はヴィンテージ領に急がなきゃならないんだ…!」
クールな見た目のアドムが焦った様子なのを、美女はニヤリと不敵に笑みながら見下ろす。
「ほぅ。それは残念だったな」
「……なに?」
「ここはシャインとの国境近く。ヴィンテージ領からほど遠い場所だ。ここから歩いていくなら半年はかかるぞ」
その言葉にアドムが頭に血が上り、叫んだ。
「ふざけるな! 俺はさっきまで王都に、仲間と一緒にいたんだ! いきなりそんな場所に飛ぶわけが……っ!!」
「貴様、魔法を知らんらしいな。貴様が踏んだ魔法陣は対象者を一度だけ飛ばすように作られている。貴様の親父と交渉して私と貴様だけを飛ばすように便宜を図ってもらったと言うことだ」
「魔法ってのはそんなことができるのか……!」
「そういうことだ。坊や」
アドムは挑発には乗らず、魔法陣の方に興味を示した。
「その力があれば、たとえこの場所がシャイン近くの国境でもヴィンテージ領まで飛べるというわけだな?」
だが、そのわずかな期待さえも美女は潰した。
「貴様や私を飛ばした魔法陣はすでにない。それに魔法陣は自由にどこかへと飛べるわけではない。あらかじめ行き先は決められている。つまり、貴様は私に負けてその首を晒すか、私を打ち倒してシャインに交渉に行くしかないということだ。あきらめろ」
「この一大事に、俺がヴィンテージに居られないだと!?」
「そういうことだ。やっと事態を把握したようだな。さ。構えろ」
「お前の差し金は親父殿だと言ったな。親父殿は祖父上殿が討たれたのを知っているのか!」
「さあな。だがあの男ならたとえ自分の父親がだれかに殺されたとしても、眉ひとつ動かさずに貴様にシャインと交渉してこいと言うだろう。それは貴様が一番わかっているはずだ」
「っ、どいつもこいつも……!」
歯ぎしりをしながらも腰の剛刀『兼定』を鞘から引き抜く。
「ふっ、抜いたな。ならばいくぞ。我が名はルーク。ルーク・ケイジーー参る!!」
「時間が無いんだ、来い!!」
「名乗る武人を相手に己は名乗らず、か。相も変わらず無礼な坊やだ……」
上段に槍を構える美女ーールークに対し、アドムの眼が鋭く細まる。
霞に刀を構えながら思考する。
(……こいつの言っていることが本当か、この目で確かめなければ。そのためにもさっさと倒す!)
呼吸をしながらアドムの足元から青い陽炎のようなオーラが噴き立ち、全身を覆う。
黒に近い瞳の色は、はっきりと青色に輝いた。
「武神息吹。橋の上では加減したが、今この場ではそうはいかんぞ」
「楽しみだ。ヴィンテージ最強の剣士、その力、みせてもらう!」
じりじりと前に歩を進める両者。
先に間合いに入るのは、リーチの長いルークの方だった。
「ーーいくぞ、アドム・ヴィンテージ!!」
横に構えた十文字の穂先が無数に増え、一気にアドムの喉、眉間、鳩尾、左右の肺を狙った刺突が放たれる。
初撃の喉への突きは刀の峰に右手を添えて縦に構えて受け、眉間へのは二撃目は両手持ちに刀をもって穂先を横に弾いて流し、鳩尾の三撃目には柄頭で受けて止める。
4撃目と5撃目の左右の胸を狙った突きに対しては、左肺を狙った一閃を左に見切りながら横に足を使って回り込み、5撃目の突きに身体からぶつかるように突っ込む。
(もらった……!!)
笑うルークの前でアドムの刀が消える。
世界に青白い斬閃が一つ横に描かれ、十文字槍の穂先が宙を舞って地面に突き刺さるのと。
「ガハァッ」
鳩尾に強烈な一撃を見舞われたのが、同時。
見ればーーアドムの左手には剣帯から鞘が抜かれて先端が自分の鳩尾にめり込んでいた。
「……き、さま」
「言ったはずだ、時間が無いーーとな」
気を失い、仰向けに倒れるルークを見下ろして刀を鞘に納めながら剣帯に戻す。
ただの棒きれとなった長柄が足元に転がるのを無視して、アドムは周囲を見渡そうと場所を移した。
彼が移動した先には、森の向こう側で開けた街が広がっている。
その規模は王都ヴィクトリアよりも広く感じた。
「本当に、ここは……。シャインって国なのか。たしかに見たこともない街並みだ。パジャの国ではまず見ない建築物ばかりだ。いったい……どうすれば俺は、ヴィンテージに戻れる!? アグニやタハト、リアさんたちはどうした……!!」
手短な木を殴りつけ、アドムは歯を食いしばってヴィンテージ領を。
そこへ向かう弟と親友、そして仲間を想う。
「……落ち着け、ひとの我」
直接、耳に届く声にアドムが振り返ると自分の影から自分と全く同じ姿の鬼(陰)が立っていた。
「お前は……!」
影から現れた鬼神の記憶にしてアドムの陰(おに)は、顎で倒れているルークを差す。
「そこな女が言うように、この場所はすでにヴィンテージから相当離れている。アグニとタハトに任せるしかあるまい」
「それを指をくわえて見てろっていうのか!?」
「貴様になにができる。空でも飛ぶつもりか?」
ジッとこちらを見てくる赤い鬼眼にアドムは頷いた。
「やり方を教えてくれるならな」
「それは無理だ。鍾鬼とて空を飛ぶなどできなかった。我(おれ)が鬼神の力のすべてを使えるようになったとしても、空は飛べん」
「吸血鬼ってヤツはやれたぞ!?」
血の霧となって自分を空から、地面から側面からーー四方向から狙ってきた吸血鬼を思い起こすと相手も同じように頷いた。
「ダアムのことか。アレはこの世界の生命体だからな。我とは違って魔の力の使い方を知っているようだ。だが、どちらにせよひとの我ーーもといアドム。貴様はこのままシャインという国へ行き、交渉しろ」
「ヴィンテージの一大事にか!?」
「国の行く末の方が大事であろう」
「ふざけるな! 俺は! 俺の帰る場所は!! ヴィンテージ領だ!!!」
「呆けたことを。そのヴィンテージ(場所)を守ろうとするのならば、パジャと言う国(かこい)を守らねばならんだろうが。すこし頭を冷やせ、たわけ」
「っ、たかが鬼(陰)が偉そうに!!」
「たかが人間(ひと)が、何様よ……」
睨み合う同じ姿の二人。
青と赤の瞳以外に両者の違いは腰の刀のみ。
傍から見れば、鏡があるのではと思うほど同じ姿の二人。
「ーーそれぐらいにしておきましょう。我が主(アドムとアバル)」
二人の間を割って入るように黒のタキシードにマントを羽織った二人と同じ顔の吸血鬼が現れて止める。
これに鬼のアドムーーアバルが肩をすくめて言った。
「やれやれ。ダアム、我をヴィンテージ領にやれるか?」
「……!!」
アドムもアバルの言葉にダァムを振り返る。
「そうですね。アバル様ならば実態を持たぬ影法師。影を渡ってヴィンテージに行くことは可能かと」
「……フン、我の肉体が陽神(分け身)であったことが幸いしたか。では頼む」
「加えてーーアバル様の感覚とアドム様の感覚を繋げておけば、あちらで何が起こっているかをアドム様は察することができます」
「ほう……便利なことだ」
ダァムと向かい合い、頷きながらこちらを見るアバルにアドムが訝しげな表情になる。
「お前、どういうつもりだ?」
「……貴様に借りを作っておいてやろうと思ってな」
「借りだと?」
怪しむアドムにアバルは真剣な表情で言った。
「ーーアドム。貴様が思っているよりも、貴様が与えられた任務は重い。貴様がしくじれば我達鍾鬼の復活すら危ういかもしれん。
「お前が、しくじらない保証はあるか?」
「我が、しくじらないかだと? 鏡を見て言えよ、アドム。我はーーお前だ」
「分かった。だが逐一俺に共有しろ。ヴィンテージがどうなっているかを見たい。それにアグニとタハト達のこともな」
「いいだろう。では行くぞ、ダアム」
言うと同時、ダァムが笑みと共にアバルの肉体をマントで包み込むと空間から居なくなった。
完全に気配が消えたことを察し、アドムは改めて倒れている美女ーールークを振り返った。
「くっ、私は……! 負けたのか……」
上体を起こしながら頭を振って意識をハッキリとさせ、ルークはアドムを睨みつける。
「なぜとどめを差さない、ヴィンテージ! また私を路傍の石扱いするつもりか!?」
「そんなつもりは最初(ハナ)からない。親父殿とどんな交渉をした?」
片膝を付き、目線を合わせた上でアドムは問いかける。
するとルークはアドムの眼を睨みつけるように言った。
「私は武芸者だ。ゆえあって旅をしている。パジャの国、ヴィンテージの嫡男はこの大陸において最強と聞いていた。ゆえに貴様に挑みにきたのだ。はるばる国を渡ってな」
「お前、パジャの民ではないのか。通りで、そんな妙な服装(白拍子)をしているわけだ」
ひとつ頷いて納得するアドムにルークは半目になって告げた。
「……その前に私が男の姿であったこととか、疑問はないのか?」
「興味がない。だが、男の時も女の時も斬撃の重さは変わらなかった。それに関しては感心している」
にべもないアドムにルークは目を細めて不満げな顔になる。
アドムは淡々と続けた。
「それで。旅をしてきたお前が、なぜここにいて親父殿はお前とどんな交渉をしたんだ?」
「……私が負けたら各国を案内せよ、と。貴様は付き人がいなければろくに旅も出来んと聞いてな」
「失敬な親父だ……」
立ち上がるアドムにならってルークも立ち上がり、街道に移動する。
彼女は意地の悪い笑顔になってアドムを見て来た。
「さて。ではヴィンテージの嫡男殿。あの関所をどう攻略する」
「関所? ああ。普通に行ったらいいんじゃないのか? 俺には特使の証もある」
目の前に現れた関所と言うには豪勢な建屋を見て微かに疑問符を上げながらアドムは応えた。
「表向きはな。だがパジャはまだ、建国して数年の国だ。まわりの諸国からすれば赤ん坊もよいところだ」
「なにが言いたい」
「路銀はあるんだろうな? 関所を通る通行料だ」
「なにを言ってる。そこらの傭兵崩れや酒場のチンピラならまだしも、国に所属する衛兵がそんな横暴な真似をするわけが……」
真面目な顔で応えるアドムをルークは鼻で笑った。
「相手が同じ立場ならな。だがお前達は小さな小さな赤ん坊の国だ。軽んじられて当たり前だと思えよ」
「あ、路銀……!」
するとアドムが何かに気付いたように顔を青くする。
「おいどうした。顔色が悪いぞ、まさか文無しと言うまいな?」
「財布はタハ……いや、付き人が管理していて……」
言いづらそうにうつむくアドムをルークはニヤニヤしながら見ている。
「本当に自分で金の管理もできないんだな。いいだろう。ここは貸しておいてやる。お前は私の後ろを歩くんだな。付き人(従者)のように」
「! なんだと……!?」
「お前が前に行ったところで、赤ん坊扱いされて終わりだよ」
「そ、そんなことはない!」
「金は持っていない。見た目もそんなに裕福とは言えない。優美さの欠片もない。そのざまでシャインの関所を通れると思うな」
「そもそも金が要ること自体違法だろ! それに優美とか裕福とか、そんなの関所を通るのに関係ないじゃないか」
「関係あるぞ。この国は華やかさと優美さをなにより重んじる。まあ百聞は一見に如かずだ。とっとと行くぞ」
ルークに連れられるようにアドムは後ろに従って歩く。
関所の衛兵たちは、華美な出で立ちと衣装を施された鎧に身を包んでいた。
「……通行証を拝見する」
「この通りだ」
「おお、ビルドアの方か。さすが優美な所作ですな。どうぞお通りください」
「うむ。後ろのは連れだ」
その言葉にアドムを見た衛兵はじろじろとアドムの足先から頭の先までを見つめてくる。
「はあ……」
「すまないな。田舎の山から下りてきた山猿なんだ、簡素な恰好は許してやってくれ」
「たしかに。恰好はそうですが……、顔立ちは気品を感じさせる美しさですな。何処の出身か?」
問いかけにアドムは、やや不快気な表情になりながら襟の特使の証を見せて応えた。
「パジャだ」
「ほう。特使の証をお持ちか。ということは貴族……? にしては美意識が足りませんな。この国で美とはなにか学ぶとよろしい。あなたほどの美しさならば、傾国に至るやもしれません。さすればこの国の民はあなたを快く迎え入れることでしょう。ようこそシャインへ」
「なんだ、いいひとそうじゃないか」
途中、気になる所がないではないが笑顔と爽やかな言葉にアドムは頷いて関所をとおり街に入った。
前方のルークは、呆れたようなつまらなさそうな顔でアドムに言う。
「そういえば貴様、顔はよかったな」
「顔は、とはなんだ」
「他になにか良いところがあったかな?」
「失敬なやつめ……!」
気を取り直してアドムは街中を見る。
誰もかれもパジャの貴族よりも優雅で派手な出で立ちをしていた。
昼の日中から貴族が従者もつれずに歩くはずもないゆえ、彼らはあの恰好で平民である。
そこまで理解してアドムは少し頭が痛くなった。
「……さて。パジャの国を出てシャインに来れたわけだが、宿は用意できるんだろうな? 坊や」
「宿……?」
聞かれてそう言えば、という顔になるアドムにルークは小ばかにしたような表情で言った。
「それはそうだろう。我々の拠点となる場所だ。まさか、考えていなかったーーわけはないよな?」
「! なんだ、宿ぐらい。すぐに見つけてきてやるさ」
ムカッとした表情で返すアドムにルークはニヤリと告げる。
「ーーその恰好でか?」
その指摘にアドムは自分の恰好を見下ろす。
黒い革のジャケット、赤いマフラー、白いインナーシャツ、青いデニムズボン。
腰に茶色革製の剣帯、兼定。
「ん、完璧だ」
頷いた後、周りの豪奢な平民たちを見る。
「なんで、この国の連中はみんなあんな動きにくそうな恰好しているんだ?」
「その動きにくそうというのが美というものだ」
「……美、か」
「山猿には少々難しいか。すまんすまん。やはり私が宿を取ろう。無駄な時間を費やしたくはないしな」
固まったアドムに対して、小ばかにするようにルークは言ってくる。
これにアドムの腹は決まった。
「ちょっと待て。ほえ面かくなよ」
ーー数刻後。
「ふぅ……」
疲れ切った表情でアドムは目の前の宿屋の女将に言われていた。
「はい、出てった出てった! あんたみたいな見るからに
「そこをなんとか……」
タハトが居れば爆笑もの間違いなしの腰の低いアドムの姿勢だが、女将には通じない。
「そもそもーーアンタ金はあんのかい?」
「そ、それは……! 念のため聞かせてくれ、いくらだ」
「そうだね」
女将は衛兵がしたようにアドムをつま先から頭の先までジッと見つめてから言った。
「顔はいいからね。600欲しいところだが、半額に負けて300リラだよ」
「ーーリラ?」
満面の笑みで言われたが、そもそもアドムはシャインの硬貨単位『リラ』を知らなかった。
案の定、叩き出されて打ちひしがれるアドムにルークは豊満な胸を見せつけるように張る。
「ほれ見ろ……」
「ぐ、……! なんて意地の悪い女将、意地の悪い宿屋なんだ……! ひとを身なりで判断するなんて! 失敬にもほどがある!!」
「おぼっちゃん、ひとは身なり(見た目)が大事だって、さっき教えたろ。少なくともこの国ではな」
そう言いながら、どこから取り出したのか珈琲カップ片手に優雅に中身を飲む。
「うーん。うまい珈琲だ」
「おまえ、それどこから……」
「私はこの国の通貨をちゃんと持っているんでな。ちなみにだがお前が選ぼうとした宿屋はぼったくろうとしていたから断られて正解だぞ。300リラもあったら
その後、アドムは平身低頭を重ねて丁重に頼むが、アッサリと断わられ続けた。
「なんでだ……! どうして宿に泊まるだけなのに、こんなことに……!?」
「はっはっはっはっは! いい気味だぞ、ヴィンテージ!!」
「ーーひとを指さすな!!」
涙を浮かべて大笑いするルークに、アドムも即座に返す。
叫ぶ元気は、まだあるが如何せん金がない。
世知辛い世の中に打ちのめされそうになるアドムであった。
その様に人差し指で涙を払いながらルークが言ってきた。
「ああ、私はさきほど宿を取ったがお情けでお前の宿も取ってやろうか?」
「断わる……」
「ほう。まあ精々頑張ることだ。とりあえず私はさっさと寝るとする。こちらの宿の三階にいるから、泣きついてくるなら日が沈む前にしろよ?」
「絶っっっっ対に泣きつかん!!! 今にみてろ……!!」
そう言ってアドムはルークと別れ、独り街中を散策し始めた。
アドムは美貌もさることながら、恰好が簡素過ぎて街中では浮いており擦れ違いざまに視線を送られている。
「とはいえ金が無い。参ったな……。飯も食わせてくれんとは。この国の連中はなんて非情なやつらなんだ。ああ。パジャの民が懐かしい。というかこんな国と本当に交渉なんてできるのか?」
パジャ王国が誇る最強の剣士ーーアドム・ヴィンテージ。
交渉に至る前に、道が閉ざされそうな雰囲気が出ていた。
――パジャ王国王都ヴィクトリア
街道の馬車に乗り込む寸前で、アドムが消えた。
「わわっ、アドムが消えた!?」
「……これは、転移魔法か」
「そのとおりです。けれど、誰が……?」
タハト、アグニ、リアが消えたアドムの方を見るも、すでに跡形もない。
「アドムならば無事だろうが、このタイミングで飛ばされるのは痛いな」
「……確かに。だれがアドム様を飛ばしたのかも大事ですが、ヴィンテージ領を取り戻す際にアドム様が居ないのは混乱を招きかねませんね」
アグニとリアの話にタハトがついていけず、片手を上げた。
「えと、つまり?」
「アドム・ヴィンテージは、この国ーーいや、この大陸全土で最強だ。その剣士がパジャから突如いなくなったとすれば反国王派が動き出す口実になる」
「え? でもアドムの代わりならアグニ様がーー」
見た目もそっくりなのだから、アドムを名乗ってもらえば問題ないのではとタハトが提案するがアグニは首を横に振った。
「それではヴィンテージ家を統治する当主がアドムになる。べつに構わないが、クロード王はともかく父上が黙っていない。それに俺の左腕は『魔具の義手』がないと動かすこともままならないポンコツだ。アドムの代わりになりたくてもなれん」
「アドムって、そんなに凄かったのか……」
見た目だけならば左の甲冑腕さえ誤魔化せればなんとかなりそうだが、それだとアグニ・ヴィンテージの存在がなくなる。
アグニ・ヴィンテージがヴィンテージ家を統治し、アドム・ヴィンテージが最強の剣となって国を行き来するという最強の法則が使えなくなる。
「ではーーどうしますか? アドム様を待っていてはヴィンテージ領は……」
「……タハト。髪を黒くしてみないか?」
リアが焦った様子で告げるのを横に、アグニはタハトを見て言った。
「……へ?」
これに間抜けな声で返すタハトであった。