刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第25話 服飾師と仕立屋

 栄の国シャイン。

 

 芸術性を重んじ、美こそ価値のある国とされている。

 

 正義や悪、倫理観などよりも時として美しさは重要視され、犯罪の重い軽いも見た目によって減刑されることがあると噂されるほどだ。

 

 平民階級でさえ人々は華美な服装をしており、独創的で曲線的な建屋が並ぶ街と優美な人々の所作も合わせて諸外国からは最も訪れたい国とされている。

 

 

 絵画や美術品が多く流通される国でもあり、資源も豊富で肥沃な大地を多く持つ。

 

 故にこの大陸のあらゆる国からシャインに文化を学びに来ることも周知の事実であった。

 

 そんな国へ、ついこの間まで地方同士で諍い殺し合っていたパジャから特使がやってきたとしても、まともに相手する者がいないのは火を見るよりも明らかであった。

 

 要はパジャは、シャインから見て対等どころか交渉の場に着く資格すらないーーということである。

 

 そんなパジャの国が他国から一目置かれるのが、ヴィンテージであった。

 

 本来ならば魔物の森の中心地に位置する開けた土地など、各国の政治犯や王族が罪人として送られる流刑地でしかなかったのだが彼等を迎えて地方領主ーー国へと変えていったのは偏にアルド・ヴィンテージという剣士が剣を教えたからであり。

 

 その剣術は、息子のアブラ・ヴィンテージによって広く知れ渡る結果となった。

 

ーーーー

 

 シャインの都市・シャルバにて。

 

 アドム・ヴィンテージは、今夜の宿ーー最悪野宿する寝床を未だに探し回っていた。

 

(それにしてもよく整備された街だな。この建築に意味があるのかどうかはわからんが、曲線が多い建物だ。色彩もいろんなものが使われている。見栄え、という意味ではたしかに目を惹くな。パジャにはない)

 

 剣術一筋のため、世の中の文化については疎い。

 

 パジャの国では、直線的な街並みが多かったと思うが正直それに意味があるかと問われれば分からない。

 

 服装とてシャインの人間たちは華美ではあるが、パジャの国の人々が質素とも思わない。

 

(この国のことを知るためにも、少し街を歩いてみるか)

 

 両国の違いはあるが、それが扱いの差につながることや争いを生む火種であるということまでアドムは理解できなかった。

 

 アドムにとって闘いとは、己を高めるもの。

 

 争いとは、己は強いと確信できる瞬間。

 

 なぜ、そこまで強さに飢えるのか、餓えているのかは分からない。

 

 物心ついたころから? 生まれたときから? あるいはそれ以前から。

 

 彼は強さをーー力を求め続けていた、それ以外の生き方を知らなかったからだ。

 

 通算ーー6件目のお断りを食らって建屋の外に出るとアドムは首を鳴らして自分の腰を見る。

 

(しばらく歩いてみて分かった。この国は、男女問わず本当に身なりや恰好がモノを言うんだな)

 

 本来なら腰にある兼定と剣帯を今は指輪のアイテムボックスにしまっている。

 

 兼定の重みがないから落ち着かないが、この街ではこれのほうが良いと感じた。

 

(たしかに恰好一つで全然違う。兼定を隠して話しかけたときと、帯刀した状態で話しかけたときでは天と地ほどの差があった。それでもまだ見下されてはいるが。とりあえずこの街のなかでは刀は帯刀できないということは分かった)

 

 帯刀しているときは必ずと言う確率で振り返ってこちらを見られ、距離を取られたが帯刀をやめると一気に振り返るものがなくなった。

 

 こちらを見てくるものはいるが、距離を取られるようなことはない。

 

(それともうひとつ。ツケが使えない……。たとえば、飯を食べるために皿洗いをさせてくれ、など頼んだところで門前払いを食らう。あくまで現金主義。金に対して相当な信頼がなければできない。それとも人間に対して信頼していないのか? この辺もパジャとは違うな)

 

 道の上にかけられた大きな橋の上の欄干に身体を預けて下の街を見下ろす。

 

(さてーーいよいよ参った。路銀を稼ぐどころか寝るところもままならんとは。適当に橋の下でもいいかと思っていたが衛兵が橋の下も見回っているようだ。街の美観を削ぐという理由で宿無しは排除されてしまうようだな)

 

 寝床になるかと思ったが、槍を持った衛兵が昼夜問わず巡回しており難しそうだ。

 

 現に今、物陰で寝ころんでいた男が移動させられている。

 

(ふぅ……)

 

 文無しで宿屋に泊まること自体難易度が高いのに、更に野宿も難しいとなるといよいよ、この街を一旦出て外で野宿をするしかない。

 

 べつに構わないが、ルークに嫌味を言われるのは確実である。

 

「ん? なんだ。こっちの通りは造りが違う?」

 

 橋の上から見下ろしていたが、その背面に目をやると石畳の薄汚れた街並みが広がっていた。

 

 見るからに不衛生で、パジャの街はおろか一般的な村落よりも汚い。

 

 建屋は互いに身を寄せて暖を取るように密集していた。

 

 欄干から飛び降りて薄汚れた石畳を踏みしめる。

 

 碌な整理もされていない。

 

「ここの建屋はやたらと古いし、全体的に街も汚い。同じ街でこんなに違うものか」

 

 露店のように丸太と布で組まれたテントは、人が横たわるためのものだ。

 

 商売をしているわけではないのに地べたに座り込んだり、寝ころんでいる人々。

 

 その恰好は襤褸切れを見に纏っているようにしか見えず、靴も碌に履いていない。

 

「おい、テメエ。そこで止まれ」

 

 周囲を確認しているとアドムに前方から声をかけてくるものが居た。

 

「なんだ。俺になにか用か」

 

 男は三人、年のころはアドムと同世代か少し下くらいだろう。

 

 周囲で寝ころんでいる者たちよりは身なりがよい。

 

 一般的なパジャの村民の恰好と大差ない感じがした。

 

 体格のよいアドムと同じくらいの背丈の茶髪の男が一人、他二人は青髪と灰髪で細く背丈も少し低い。

 

 三人とも腰にナイフを差していた。

 

「ほう。ずいぶんと綺麗な顔した野郎だな」

 

 がたいの良い男が顎に手をやりながら言うと左右の男がそれぞれに言った。

 

「だが、外れだ」

「こいつ、金は持ってそうにねえ」

 

 がたいの良い男は、首を横に振ってナイフを抜いてアドムの襟首を差し示す。

 

「いや、よく見ろ。服装はたしかに簡素なものだが襟首に付いてるあの銀細工は高く売れそうだ」

 

 これに男達もニヤリと笑ってナイフを抜いた。

 

 安物のナイフだが、人を刺し殺すには十分な代物だろう。

 

 本来ならば、料理や細工など色んなことに使うナイフが、彼らにとっては他者から今日食べる金を巻き上げるための道具なのだ。

 

「やめておけ。お前達程度では俺の相手にならん、怪我をするだけだぞ」

 

 淡々とした口調で告げるアドムに男達がイラッとした表情に変わる。

 

「なんだと?」

「舐めやがって……!」

「もういい、殺して金をもらってやる」

 

 三人はそれぞれ、左右に広がるとアドムを包囲する。

 

「やれやれ……。まあいい。俺が勝ったらいろいろこの街について教えてもらおうか」

 

 アドムは腰を落として斜に構えながら淡々と言った。

 

「舐めんなぁ!!」

 

 声を上げる茶髪の男。

 

 その声を合図に左右から青と灰の髪の男が突っ込んでくる。

 

 ナイフを両手で持ち、腰のあたりで構えながら肩からタックルを仕掛けることで確実に急所を貫く姿勢。

 

 茶髪に注目を集めて左右から同時に青髪と灰髪が襲うことで確実に得物を仕留めて来たフォーメーションだ。

 

 だがーー。

 

「考えてはいるようだがーー」

 

 左足を上げてアドムは青髪のこめかみをつま先で蹴り抜くと、勢いそのまま軸足を回転させて下から灰髪の顎を蹴り上げた。

 

 横向きに地面へ倒れる青髪と頭から引っこ抜かれたように後方へ倒れる灰髪。

 

「て、テメェ……」

 

 脳震盪を起こしてすぐには動けない二人を交互に見て、茶髪は焦った表情でアドムに構える。

 

 青髪の手から零れ落ちたナイフを拾い上げて、アドムは切っ先を茶髪に向けた。

 

「続けるか?」

 

「や、やろう……!」

 

 怯む茶髪を静かに見据えてナイフを構えると、甲高い声が明後日の方向から女性の叫び声が聞こえて来た。

 

「衛兵さん! こっちです!」

 

 瞬間、茶髪は身を翻す。

 

「なに! 衛兵だと!?」

 

 脳震盪を起こしていた青髪と灰髪も無理矢理立ち上がってアドムを忌々しそうに見ながら背を向けた。

 

「畜生!」

「ずらかれ!」

 

 一目散に路地裏に駆け込んでいく三人を見て、アドムが追いかけようと腰を落とす。

 

「あ! おい、待て!!」

 

 しかし、彼の前に先ほどの声の主が腰に手を当てて立ちふさがった。

 

 亜麻色の髪の若い女性は、ジッとアドムを見て言う。

 

「待つのはあなたです。たまたまこんなところに通りかかったからいいものの、こんな危険地域に足を踏み入れるなんて。旅行客か何かですか?」

 

 さすがに目の前の女性を打ち倒して追いかけるわけにもいかず、アドムは指輪のアイテムボックスにナイフをしまうと彼女に目を合わせて言った。

 

「……ああ。すまないが、きみは?」

 

「私はアンナと言います。仕立て屋をしています」

 

「……仕立て屋?」

 

 彼女は麻の長袖シャツに茶色のスカート、白色のエプロンを付けていた。

 

 長い亜麻色の髪は三つ編みにされている。

 

「それにしても驚きました。三人相手に、お強いのですね。それにその服、簡素に見えるけど硬い革性ジャケットに丈夫なデニムーーなのに動きをほとんど疎外していない。あなたの体格に完璧に合わせて作られたオーダーメイドなんですね」

 

 アドムの顔よりも首から下の格好に興味深そうに言うアンナにアドムは拳を握って言った。

 

「ほぅ。わかるのか! そうとも! これぞヴィンテージの剣士、その正装だ!!」

 

 この街にきてーーというか人生で初めてヴィンテージの正装を褒められてアドムは少しテンションが上がった。

 

「実戦に向きすぎてこの街では受けがよくないでしょうけど、これはいい仕事していますよ。職人さん」

 

「ようやく話がわかる人が……」

 

 拳を震わせて感動するアドムにアンナは苦笑いをしながら言った。

 

「実は私の知り合いに服をデザインするものがおりまして。その子のデザインとよく似ています」

 

「ヴィンテージの服に? そのデザイン屋、センスがありそうだな」

 

「……それが。機能的過ぎて、しかも前衛的すぎるというか。この街ではあまり評判がよくなくて。仕事は一流なんで普通の服をという注文は多いんですけど、頑固だから自分が認めたお客様以外はデザインしないって言って断っちゃうんですよね」

 

 トホホという声が聞こえてきそうな表情で言うアンナにアドムは端的に問いかけた。

 

「そのひとがデザインしている服はどこに売ってるんだ?」

 

「え?」

 

「俺はこの国の人間じゃない。俺が着ているのを見てもらえばわかるだろうが、この街では売れない服でも俺の国では需要があるかもしれない。ぜひ会わせてくれ」

 

「失礼ながら、お国はどちらから?」

 

「武の国、パジャだ」

 

 その単語でアンナは気付いた。

 

「ヴィンテージって……。まさか小国パジャから大国を何度も退けた伝説の剣士の名前?」

 

「ああ。そりゃ、俺の爺様だな」

 

「ほ、ほんとに……?」

 

「ああ、爺様がすごかっただけでーー俺も親父もそれにあやかってるだけなんだが」

 

 淡々と肩をすくめて言うアドム。

 

「そんなひとがーーどうしてシャインに?」

 

「パジャも真面目に外交しようということになって、特使に選ばれたんだ。けどーーシャインについてまったく分からなくてな。さきほどから門前払いを食らっていたところだ」

 

「特使!? も、申し訳ありません。ヴィンテージ様が貴族の方とは存じ上げずーー」

 

 頭を下げようとするアンナの目の前で手を使って動きを制止し、アドムは言った。

 

「いや、いい。知り合いに聞いたが、俺の国は赤ん坊もいい所らしいからな。貴族と言っても祖父上殿がもらった階位で君らで言う平民や、もしかしたら貧民と変わらんかもしれん」

 

「そんなことは……」

 

 と否定しようとするアンナをスルーしてアドムは制止した手をどかして本題を言った。

 

「いや失礼した。それで、その服屋にはどう行けば?」

 

「ついてきてください。彼女のデザインは私が仕立てているんです」

 

 そういうと通りを歩いて案内する。

 

 アンナのような女性が一人で歩けば、先ほどのならず者に絡まれそうだが彼女は慣れた様子で歩いていく。

 

(……)

 

 その様を訝しげに思いながらアドムはアンナの背をついていった。

 

 やがて通りの一角に二階建ての細長い建屋が見えた。

 

 窓からのぞけば服が並べられており、一見で店だと分かる。

 

「この店です。入るよ、マリー」

 

 アンナが店の扉を開けると呼び鈴のベルが鳴って来客を知らせる。

 

「なによ。また馬鹿貴族に服をデザインしろって言われて来たの?」

 

 中から声だけで迎えたのは簡素な椅子と机の上で絵を描いている濃い青髪の吊り目の美女だった。

 

 桃色の目だけをこちらに向けてくる美女ーーマリーにアンナは苦笑を返す。

 

「ううん。店を見たいって」

 

「どこのモノ好きの貴族様かしら?」

 

「武の国から来たらしいわ」

 

「え? パジャから?」

 

 アンナが目で入口を示すと、そこにアドムが立っている。

 

 マリーはジッとアドムを見つめた。

 

「邪魔をする。これが君がデザインした服か」

 

 並べられた服を見て唸るアドムを見て、マリーは目を見開く。

 

 彼の着ている服は、自分の作り出した衣装と同じ方向性でありながら遥かに高い完成度であることが分かったからだ。

 

「その服……いったいどんな職人が作ったんだ……」

 

 思わずつぶやくマリーの心中など知らず、アドムは並べられている服が自分たちヴィンテージやパジャの国では主流である格好に近いのが分かった。

 

「なるほど。これは確かにパジャ向きだな。クロード陛下が喜びそうな服だ」

 

 ハンガーにかけられているジャケットやズボンを見ながらニヤリと笑う。 

 

 自分の作品をジッと見るアドムの情報を頭の中でマリーは組み立てていた。

 

 自分が創った服と同系列でありながら今までの渾身の作品よりも更に上の服を無駄のない引き締まった肉体に着ている美しい貌の男。

 

 一見すれば、この国では貧民と間違えられそうな服装だが実は貴族たちが着る服と同等かそれ以上の値がついてもおかしくない。

 

 答えはーー。

 

「マリー。このひとはーー」

 

「ヴィンテージ。ヴィンテージだろ、あんた」

 

 アンナの言葉を遮ってマリーは服を片手にこちらを見るアドムに告げた。

 

「わかるのか?」

 

「武の国とはいえ、そんな平民や貧民と似た恰好した貴族は一つしかいないからね。私は服は機能的であればいいと思ってる。実用的であればいいと思ってる。そうやってデザインしていった先にアンタたちヴィンテージの服が流れて来たことがあるのさ」

 

「ヴィンテージの服が……? 国を越えて手に取ることがあるとは」

 

「なんだ?」

 

「いや、君を疑う訳じゃない。だが、俺が着ているヴィンテージの服は一人前と認められた剣士や影士にのみ与えられる。この一張羅はほとんど自分の肉体と変わらんくらいに使用されるはずなんだ。それが服だけとはいえ他国に流れることがあるとは……」

 

「追剥にでもあったんじゃないか?」

 

「……一流と認められたヴィンテージに未熟者がいた、ということか。ないことはないだろうが」

 

 考え込むアドムに向かってにこやかに笑いながらアンナが言った。

 

「それで? ヴィンテージの剣士さん。マリーがデザインしてーー私が作った服はどうかしら?」

 

「素晴らしい。この一張羅に負けず劣らず機能的な素晴らしい出来だ。強度があれば完璧だろう」

 

「強度はさすがに。あくまで普通の服なんでーー」

 

 間髪入れずに応えながら要求してくるアドムにアンナは苦笑いを返す。

 

「それは残念だ。材料があれば作れるのか?」

 

「それはーー」

 

 返そうとするアンナを置いてマリーが応えた。

 

「当たり前だ。もっとも、それなりに高価なものになるだろうし、材料は強いモンスターを倒して用意しなければならんだろう。たかが服の為にそこまで命を懸けるようなやつはいないし、それほど高価で貴重な材料を服にするなら貴族の礼装にでもするだろう。私が作るようなものにはーー」

 

「それを聞いて安心した。俺の国にはそういうヤツが、たくさん居るんでな」

 

「確かにな。それであんた、私をパジャに売り込もうという魂胆はいったいなんなんだい?」

 

「俺の服を仕立ててもらいたい。この国の王族の前に出るのにふさわしい服を。ただし、この一張羅に匹敵する性能のやつを頼みたい」

 

 単刀直入に斬り込んでくるアドムにマリーは頬に汗をかきながら言った。

 

「金はあんのかい?」

 

「ない。恥ずかしながら、文無しだ」

 

「あんたね。それでどうやってデザイン屋や仕立て屋に頼むつもりだい? あたし達は慈善事業者じゃないよ」

 

「だがーー俺なら君たちが欲しいモンスターの材料を半日もあれば取って来れるぞ」

 

「あんたが本当にヴィンテージの剣士と証明できるならね」

 

 そう告げたマリーに向かってアドムは、指輪に嵌めたアイテムボックスを光らせて空間に穴を開けるとゴソゴソと中に手を突っ込んで探し出す。 

 

「証拠か。ちょっと待て。これなんかどうだ?」

 

 マリーの座っている卓へ断ってからゴトゴトと音を立てて硬く尖った黒い爪を並べる。

 

「こいつは……フレイムベアの爪?」

 

「なにかの武器に使えるかと倒した魔物の爪や牙は回収している。肉と毛皮は剥いでな。肉は調理次第で保存食になるし、毛皮は着るもよし床に敷いて寝るもよしで万能だ」

 

「……ということはフレイムベアの毛皮もあるのかい?」

 

「この通り、3体分ある」

 

 リアが魔物肉にハマったおかげで必要よりも多く狩ったのだが、それが此処で生きてくるとはアドムも思わなかった。

 

 アドムが出した爪と毛皮の状態に思わずマリーは唸った。

 

「なんでギルドで売らないんだい。これなら良い値で取引できるよ?」

 

「……売れたのか」

 

「アンタ、どんだけ世間知らずなんだい」

 

 呆れたような半目のマリーと横で何も言わないが同じ目をしたアンナを見てアドムはコホンと咳払いしてから言った。

 

「だがーー売らなくて正解だな。君たちはコイツを使って服を作れるんだろ?」

 

 その言葉に頷いた後、マリーとアンナは顔を寄せ合ってフレイムベアの毛皮を見る。

 

「驚いたね。フレイムベアは衛兵五人がかりでようやく討伐できるような化け物だよ。それをーー」

 

「この人なら、マリーが言ってた究極の服が作れるかもしれないわね」

 

 紛れもなくヴィンテージの剣士であると証明できるだろう。

 

 個人でフレイムベアの毛皮を3頭分も用意することは不可能だ。

 

 取引額が高過ぎるし、文無しの男が換金せずに持ち運ぶ理由もない。

 

 マリーが毛皮を見ながら頭の中で組み立てているとアドムが言ってきた。

 

「究極の服? 面白そうな話だな。そのフレイムベアの毛皮三つは俺からアンタ達への誠意だ。パジャと正式な取引をするのに後日あらためてヴィンテージから使者を寄越す。だから今は俺に協力してくれ」

 

「パジャと取引するのが本当にアタシでいいのかい? アタシはなんの実績もない。この国では異端の服飾デザイナーだ。アタシに付き合ってくれるなんてーーそこのアンナくらいなもんさ」

 

「俺がこの服を気に入った。これでも目は肥えてるし、俺の国の王も気に入るだろう。いきなりこんなことを言われて、信用できるとは思えないが。俺を信用してくれーーとしか言えないな」

 

 自分が出来る限りの誠意をもって頭を下げるアドムにアンナは微笑んでマリーを見た。

 

「よかったね、マリー」

 

 その言葉に返そうとしてーー鈍い音と共に店の扉が乱暴に開かれた。

 

「……見つけたぜ、さっきのくそ野郎。なにが衛兵だ、舐めた真似しやがって……!」

 

「お前は、さっきの連中の……」

 

 三人組の中で最もがたいの良い茶髪の男だった。

 

 男は店の中を見回しながら言う。

 

「へっ! なんだ、アンナとマリーの店かよ。相変わらず閑古鳥が鳴いてそうだな」

 

「余計なお世話だ。出ていけ」

 

 マリーが淡々と言うと、男は鼻白むも気を取り直してアドムにかみついた。

 

「テメエ、女に庇われなきゃなんにもできねえのかよ? こいつらが世間知らずのお人よしだからって甘い言葉で口説いてんのか、こらあ!?」

 

「……そんなつもりはないが」

 

「るせえ! 表でろ!!」

 

 そう言いながら茶髪の男は真っ先に自分が外に出ていく。

 

 アドムは呆れたような表情をしているマリーと苦笑いをしているアンナを見て聞いた。

 

「知り合いか?」

 

 二人はそれぞれ頷いてきた。

 

「ここらのチンピラを束ねてるろくでなしさ。ガキの頃からの知り合いでね」

 

「お願いです。あまり手荒なことはーー」

 

 その言葉にアドムは頷きながら表に出て行った。

 

「わかった。極力そうする」

 

 店の外では茶髪の男が顔を怒りで赤く染めながら叫んでいた。

 

「てんめえ、女の前だからって恰好つけやがって! ますます気に入らねえ!!」

 

 これにアドムは不敵な笑みを返しながら言った。

 

「俺は気に入ったぞ。お前は彼女たちに迷惑をかけまいと店で暴れなかった。その配慮に免じて一瞬でカタをつけてやろう」

 

 目を見開いて茶髪の男は叫びながらナイフを鞘から抜いて襲い掛かった。

 

「舐めんなあああ!!!」

 

 男が足を踏み出した瞬間、側頭部に強烈な蹴りが叩きつけられておりーー錐揉みに回転しながら男は地面にたたきつけられていた。

 

「ぐえ」

 

 何かが潰れたような悲鳴を上げて男は気を失った。

 

 店の入口から、こちらを見ていたマリーとアンナはそれぞれ口を開く。

 

「お前が勝てるか。相手はヴィンテージだぞ」

 

「あ、あのヴィンテージさん。ガストンはーー」

 

 茶髪の男ーーガストンというらしい、を心配するアンナに男を肩に軽々と担ぎ上げてアドムは言った。

 

「少し眠らせただけだ。悪いがどこか寝かせるところはあるか?」

 

「ーー仕方ないね。店内の奥にある階段から二階に上がっておくれ。そこなら図体ばかりでかくなった男を寝かせれるくらいの場所はあるよ」

 

「すまない。結局、君らに迷惑をかけたな」

 

 そう詫びながら小荷物を持っていくような気軽さでアドムは奥の階段を上って行った。

 

 その背を見送りながらマリーがつぶやいた。

 

「ーーあの乱暴者を赤子の手をひねるように倒しちゃうなんて。本物のヴィンテージだね」

 

 店の入口から空を見上げてアドムが言っていた言葉を頭の中で反芻させる。

 

「正装かい。王族が認めるような正装で、かつ、ヴィンテージの一張羅と同じような性能だってんだから無茶苦茶な話だね。ヴィンテージの一張羅を作るだけでも、今のアタシたちにできるか分かりゃしないのに。アイツの依頼は更にその上だよ」

 

「マリーならデザインできるよ。でも、私ができるかな……。仕立て屋はもっと腕のいい人に頼んだほうがいいかもしれない」

 

「アタシは、アンタだから信用してんだよ。アタシがデザインした服をアンタなら完璧に仕上げてくれるからね」

 

「それは事細かにマリーがデザインしてくれるからで……」

 

 話しが込み入りそうになるところで階段を下る音が聞こえ二人は店内を見る。

 

 アドムが下りて来た。

 

「降りて来たかい。ヴィンテージ」

 

「ああ。正装のデザインはできそうか? 必要な材料を言ってくれればすぐにでも用意する」

 

「そうね。考えているのは爬虫類(リザード)系の鱗、大蜘蛛の糸、あとは魔牛系の革だね。その系統のモンスターを倒して、アタシがいま言ったやつを取り揃えてくれたらアンナと一緒に取り掛かるよ」

 

「了解した。ここいらで強い魔物は何処に出る?」

 

「パジャから来たんだろ? なら言うまでも無く魔物の森が一番危険(豊富)な地域さ」

 

「そうか。なら、半日待ってくれ。用意する……」

 

 言うや否やアドムは店を後にして去っていった。

 

「あ、ヴィンテージさん。行っちゃった……?」

 

「どういう足をしているんだ? ちょっと目を離した隙に姿が影も形もない」

 

 周囲を見渡すも人影は既に存在しない。

 

 まるで消えたかのようにアドムは居なくなった。

 

 店に戻り、ガストンの様態を看ようかと茶を用意していると階段を下りる足音が聞こえてくる。

 

 先ほどのアドムと違い酔っぱらいが歩いているかのように不規則ではあるが。

 

 降りて来たガストンは、乱れた茶髪をそのままに蹴られた頭を片手で抑えながら二人に言ってきた。

 

「う、うう。アンナ、マリー……お前ら、無事か?」

 

「もう! ガストンの早とちりでしょ」

 

「早とちりなもんか。案の定、バケモンみたいに強えじゃねえかよ。アイツがその気になったら、お前らもあっさり殺されてるぞ」

 

 腰に手を当てて子どもを相手するように叱るアンナ。

 

 その横でマリーはジッとガストンの顔を見て言った。

 

「ガストン、ヴィンテージを知らんのか?」

 

「ヴィンテージ? ああ……。パジャとかいう小国を守り切ったっていう伝説の剣士か。あいつが!?」

 

「そういうことだ。次からは襲う相手を見て選べよ?」

 

「やべえ。本物のバケモンじゃねえか……!」

 

 顔を真っ青にしてガストンは店を去っていった。

 

 ヴィンテージの剣士に関わったら命がいくつあっても足りないし、何より貧民街の者が他国の貴族を襲ったとバレたら自分の命が危ない。

 

 その背を呆れた表情で見送りながらマリーは頭の中でアドムが言っていた正装を思い浮かべていた。

 

ーーそれから数刻後。

 

 取り敢えず解散となり、店を出て日用品を買いに出ていたアンナの前に男が駆け寄って来た。

 

「あ、ヴィンテージさん」

 

「アンナーーすまない。力を貸してくれ」

 

「え?」

 

「失礼するぜ」

 

 答えをろくに聞かずにアドムはアンナをお姫様抱っこで抱き上げると神速で移動を始める。

 

「え、え、え? えぇえええええ!!?」

 

 貴族に抱き上げられるのもそうだが、目の前の景色が線に変わっていくのを見てアンナは訳も分からずに叫ぶしかなかった。

 

「……ここ、どこですか?」

 

 次にアンナが視界を取り戻したときには、木々が鬱蒼と茂る森の中だった。

 

「さっきまで街にいたんじゃ? も、森? 森のなか?」

 

 頭が常識を超えている現象を目の当たりにしてオーバーヒートを起こしている。

 

 そんなアンナの状況など露知らずアドムは淡々と言ってきた。

 

「さっさと依頼を片付けたいんで手伝ってくれ」

 

 言いながらアドムはアンナを下ろすと顎で前方を差した。

 

「マリーが言っていた獲物の材料で一番最適なやつはそいつらのうちのどれだ?」

 

 目と鼻の先にモンスターの群れが居た。

 

 それも一種類ではない。

 

 複数種の魔物ーーモンスターが隊列を組むようにアドムとアンナを睨みつけている。

 

「え、えええぇぇぇええええっ!!?」

 

 当然だが、戦闘力もなく魔物を目の当たりにするのも珍しいマリーは本能的な恐怖と共にアドムの背に隠れながら声を上げた。

 

 トカゲと言うにはあまりにも巨大な牙の生えた口から火の息を吹かす魔物。

 

 人間の女の上半身に似た姿に下半身が蜘蛛の魔物。

 

 頭が牛に首から下は人間の姿をした全身茶褐色の体毛に包まれた魔物。

 

 フレイムベアを更に二回りは大きくして毛皮が青黒くなった魔物。

 

 彼らを合わせると数十体も居る。

 

「ヴィンテージさん! モンスターに囲まれてます!!」

 

「ああ。素材が向こうからきてくれるならありがたいことだ」

 

 言いながらアドムは適当な木の枝を折ると群れに向かって襲い掛かった。

 

 火を噴くトカゲ、手から糸を出す蜘蛛、手斧を二つ左右の手に持って斬りつけてくる牛、巨大な身体を疾風の勢いで突っ込みながら両手を上げて覆い被さるように突っ込んでくる熊。

 

 それらを文字通り紙のように畳んでいく。

 

 ただの木の枝で、撲殺されていく魔物たちはまるでーー大災害にあった無力な動物のように思えた。

 

「このひと、本当に強いんだ……!」

 

 ぼんやりとした頭で、アンナはそれだけを認識した。

 

「あらかた片付いたな」

 

 木の枝を地面に放り捨ててアドムは首を鳴らしながら周りを見渡す。

 

 逃げ出していった魔物は、ともかく襲い掛かった魔物たちは物言わぬ骸と化していた。

 

「信じられない。サラマンドラ、キングベアに、ミノタウロス。アウラウネまで。マリーが考えてるモンスターの上位ランクばっかり……」

 

「ああ、狙って殺した」

 

 淡々と言うアドムに思わずアンナは恐ろしそうに見返した。

 

「このひとーー本当に人間?」

 

 ガストンの一味から奪ったナイフをアイテムボックスから取り出すと、アドムは淡々と必要な部品を解体していった。

 

ーーーー

 

「帰ったぞ、マリー」

 

 そう言いながら卓に無遠慮に近づいてくるアドムにマリーは焦った表情で言った。

 

「おいヴィンテージ。まだ半時も経っていないんじゃ……」

 

「この材料で足りるか? 足りなければもっといいやつを倒してくるが」

 

 言いながら卓に倒した魔物の材料を並べていく。

 

 これにマリーは目を見開いて震えた。

 

「お、お前……! これを……」

 

「私も見た。本当に倒した」

 

 アンナが無表情というか死んだ目をした状態で首をうなずかせるのを見てマリーは、いよいよ覚悟を決めた。

 

「う、ああ……わかった。これほどの材料を集めてくれたらすぐにでも手をつけなければなるまい。正直もう少し時間が欲しかったが」

 

「余ったやつは好きに使ってくれ。何日後にくればいい」

 

「十日。いや二十日はくれ」

 

 とんとん拍子に話を進めようとするアドムに思わずマリーが期間を長めに設定する。

 

 デザインだけでも十日はかかる。

 

 それから仕上げるなら何日だ?

 

 勢いに負けて応えるマリーとは違ってアンナは冷静に採寸具を取り出して言った。

 

「その前に、採寸しないと。ヴィンテージさん」

 

「ああ。そうか。頼む」

 

 テキパキとアドムの採寸をしていくアンナにマリーは心から助けられた気がした。

 

 彼女と、これだけの素材があればできるかもしれない。

 

 自分の納期を越えたものを作り上げれるかも。

 

「ん。ばっちり! 腕回りも全部取れたよ!」

 

「それならーーこの店にくればいつでも俺用に服が作れるということか。ありがたい」

 

 本気で言ってそうなアドムに思わずマリーは言った。

 

「冗談やめてくれ。こんな気疲れのする性能の服を何着も頼まれたらアタシが困る」

 

「だが、そのくらいの難題の方が燃えるだろ。アンタは」

 

 にべもなく言い放たれた言葉にマリーは思わず目を丸くしてから言った。

 

「アタシも気に入ったよ。ヴィンテージ」

 

「フ。よろしく頼む」

 

 握手をする二人の手にアンナも手を重ねる。

 

 貴族を相手に接するような感覚ではないーーどちらかというと戦友のような感覚に三人は心地よい笑みを浮かべていた。

 

「さあ。なんとか日が暮れるまでには決まったか。次は宿だ! 野宿をする場所を探さなければ……」

 

 気を取り直して、アドムが気合いをいれて店を出ようと入口に向かうとマリーが後ろから声を上げた。

 

「待ちな、ヴィンテージ!」

 

「ん。なんだ?」

 

 ふり返ると布袋が投げられていた。

 

 思わずキャッチすると中には銀貨と銅貨が入っている。

 

「お代だよ。少ないけど、ここは我慢してくれ」

 

「お代? なんのお代だ?」

 

 本気で分からなかったアドムに向けて呆れた表情でマリーは言った。

 

「材料ーー取ってきてくれたじゃないか。しかも上玉をね」

 

「それは俺の服を作ってもらうためだ。手間賃も含めて渡したつもりだが?」

 

「ならその袋じゃ足りないくらいだ。材料が多すぎるね。まあ、今渡した分だけあれば一晩の宿にはなるだろう。アタシの知り合いに言づけておくからその宿に泊まりな」

 

 そう告げた瞬間、アドムが凄まじいスピードでマリーの手を両手で握ると言った。

 

「マリー! このアドム・ヴィンテージ、感謝する!! この恩は一生忘れん!!!!」

 

「大げさなんだよ、アンタ……」

 

 あまりの美しいアドムの貌に思わずマリーは頬を紅く染めて目を逸らした。

 

 そのまま去っていったアドムをボーっと眺めているとアンナが言いづらそうに言ってきた。

 

「ねえ、マリー?」

 

「なんだ。アンナ?」

 

「アドム・ヴィンテージーーって名乗ったよね?」

 

「大陸最強……? 道理で人間離れしてると思ったよ。それにしても我ながら二十日とは。無茶を言ったもんだ。忙しくなるよ」

 

「でも、やらなきゃね。アドムさん。私たちのために大切にしていたヴィンテージの一張羅まで貸してくれたんだもの」

 

「ああ。こうなりゃ度肝を抜くやつを作ってやるさ。期待しときな。大陸最強の剣士!!」

 

 信頼には全力で応える。

 

 それがーーマリー(服飾師)とアンナ(仕立屋)の職人としての誇りであった。

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