刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第26話 魔族と鬼神と無辜の民

ーーとある辺境の村にて。

 

 水を汲みに行く幼い兄妹。

 

 それを笑顔で見送る両親や村の大人たち。

 

 誰もが安心した表情で、幸せそうに暮らす長閑な雰囲気。

 

 数日前に滅ぼされた村とは思えないほどに、綺麗に整地され建物が直されていた。

 

「おおーい、早く来いよー!」

 

「待ってよ、にいちゃーん!」

 

 物言わず、無惨に亡くなったとは思えないほどに活発に動き回る幼い兄妹。

 

 それを周りの大人たちは、やや複雑そうな表情で見送っている。

 

「……ヴィンテージの方に救われた、のだよな?」

 

「じゃが、わしらを殺めたのもヴィンテージの騎士」

 

「何がーーどうなっているの?」

 

 幼い子どもたちには無惨に殺された記憶が無い。

 

 それが周りの大人たちにとっては救いである。

 

 自分たちは、明らかに『人間』ではなくなっているのだから。

 

 殺されたこと、まだ命があること、人間ではないこと。

 

 村の者たちにとって、それは恐怖であり受け入れがたい現実であった。

 

 彼らを護るものがーーヴィンテージであることも、彼らに混乱を与えている。

 

 そんな大人たちの苦悩など露知らず、幼い兄は走り回っていた。

 

「遅い遅いー! わっ!」

 

 小荷物を抱えるように拾い上げられて少年は驚きの声を上げる。

 

 抱えているのは黒髪の美しい貌をした紫色の瞳の青年。

 

「これ。妹御には優しくせぬか」

 

 青年は穏やかな声で諭すが、逆光の中でも瞳は紫色に輝いている。

 

 明らかに人間ではないーー魔力を帯びた瞳。

 

 それは幼い兄妹も、周りの村人も皆がそうである。

 

 彼の服装は若いころに来ていたヴィンテージの一張羅に戻っている。

 

 黒いシャツに黒いズボン、白いジャケットの姿は若々しい彼に相応しい。

 

「はあーい!」

 

「アブラさまー!」

 

 青年の名はアブラ。

 

 つい先日に斃された二代目(先代)ヴィンテージの当主であった。

 

「あ、アブラさま! お客様がきたよー!」

 

 他の子どもたちが声を上げながら言うと、アブラは礼を言いながら微笑む。

 

「客? そうか。よぅ案内してくれたな」

 

 屈みながら子どもの頭を撫でて立ち上がり、来訪者の方を向く。

 

 来訪者たちは若い男二人に女一人の編成だった。

 

「いったい……どういうことなんだ!?」

 

「王都に来る道中に、こんな村はなかったはず。どうしてーー?」

 

 茶髪に赤いハチマキをした男と青い髪に白のヴェールを被った女がそれぞれ疑問を口にする。

 

 左手が義手の黒髪の男が、アブラを黒に近い青の瞳で見据えたまま前に一歩進んできた。

 

「タハト、リアさん。すまないが少しさがってくれ」

 

 男はそのまま、アブラの前に立つ。

 

 男の顔はアブラに瓜二つで、髪型とジャケットの色以外では二人に差はない。

 

「お爺様、ですね」

 

「大きゅうなったな、アグニ。息災そうでなによりだ」

 

 腰に大小の刀を二本差しにした祖父であった男。

 

 アグニは男の前に3歩程度距離を取って立ち止まり、紫色となった男の瞳をジッと見据えた。

 

「な、なんだって!? この人がアブラさま!? 若過ぎる! どうしてーー!?」

 

「タハトよ。素直に感情を口に出すのはお前の良いところだが敵の前でそううろたえるものではないぞ」

 

「て、敵って……!?」

 

 アブラが微笑みながら言うので、言われた内容を思わず反芻しながら茶髪の男ーータハトは繰り返した。

 

「なぜですか! なぜあなたが敵にまわるのですか!?」

 

「お前達の知るアブラ・ヴィンテージという男は死んだのだ。いまお前達の目の前にいるのは、ただ剣をふるうことしか目的の無い鬼だ」

 

 青髪の美女ーーリアの言葉を真っ直ぐに返しながらアブラはアグニを見ている。

 

「ーーお爺様。ヴィンテージは今、かつてない危機を迎えております。それはお爺様が守ろうとした無辜の民を危機にさらすことになります」

 

 アグニは右手を差し出しながら言った。

 

「鬼であろうと! あなたはヴィンテージだ! ヴィンテージならば、民の為に剣を振るうものだろう!!」

 

 これにアブラは、とても美しい微笑みを返して言った。

 

「ああ。アスラのもとでお前が、そのように成長するとはなあ。見事だ、アグニ。お前の志はまごうことなきヴィンテージだ。だがーーその志をどこまで貫けるか。お前の力と覚悟を見せてもらうぞ」

 

 言いながら腰の刀を抜くアブラの横から2メートルを越える背丈の大男が音もなく現れる。

 

 背に背負った大太刀を抜き放って大男は言った。

 

「アグニ様、お手向かいいたしますぞ」

 

 その大男はアブラの影を務めていた凄腕の影士。

 

「貴方はギランさん。なんで、貴方まで……!」

 

「かまえろ、タハト。アグニ様の背を守れ。俺はーー全力で行かせてもらう」

 

 その言葉に唇を噛むタハト。

 

 アグニは静かに腰の剛刀を右手で抜きながら言った。

 

「タハト、迷うなら下がれ。悪いがーーお前を守りながらじゃこの二人には勝てない」

 

 その言葉に応えたのは周りで、この事態を見ていた村人たちの中からだった。

 

「おっと、二人だけじゃあないんだなあ」

 

「なにっ……!」

 

 村人の輪を抜けてアグニたちを囲むように6人の男が刀を抜いて構えている。

 

 アブラと同じ、黒色のシャツに白色のジャケットを着たヴィンテージの剣士が3人。

 

 タハトと同じ、黒色のシャツに茶色のジャケットを着た影士が3人。

 

「合計8人ーーか」

 

 アグニが淡々と周りを見ながら言う。

 

「お久しゅうございます、アグニ殿」

 

「こうしてーー本家の方と剣を交えるのは初めてだ」

 

「悪りぃな、タハト。こうなっちまったんだ、許してくれ」

 

 ディウスとグウェン、そしてロランーー彼ら黒髪の剣士は、アルドの兄弟から生まれたヴィンテージの血を引くものたちだ。

 

 彼らには、当然だが影士が使えている。

 

 影士の髪の色は黒髪ではなく、それぞれ熊のような毛深い茶髪の筋肉男、ひょろっとしているが長い柄の先に刀を付けた長巻と呼ばれる武器を持った灰色の髪の男、左右の手に刀を持った二刀流の赤髪の男。

 

 村人たちも含めて全員が紫色の瞳をしている。

 

 魔力が溢れ出る人外の瞳をーー。

 

「どうして! みんなまで!?」

 

「アグニ様! タハトさん!! ここで戦うのは危険です! あきらかにこちらが不利です!!」

 

 リアの叫びに応えるようにアブラが言った。

 

「悪いが逃がす気はない。この場を生き残れぬならーーこの国は魔族に取って代わられるだけのことよ」

 

 その言葉に応えるように白い光のオーラを身に纏ってアブラの周りの剣士たちが一斉にアグニに襲い掛かった。

 

 対するアグニの瞳が蒼く輝いて青い光のオーラを身に纏って刀を霞に構える。

 

 ディウス、グウェン、ロランの三人がかりで斬閃を連撃で繰り出す。

 

 その様は蒼い光の檻を空間に作り上げた。

 

 これにアグニも空間に斬撃の檻を繰り出して返す。

 

 凄まじい火花が光の波紋となって空間に生じながら散り、同時にアグニはその場にはとどまらずに空間を神速で移動しながら返していく。

 

 雷が天から落ちて衝撃波が発生し、4人の剣士は後ろに引きずられるように下がる。

 

 瞬間、三人の影士は自分の主の背から飛び上がって気を斬撃に込めて空気の刃弾をアグニに放ってくる。

 

「ーーッ!!」

 

 蒼い眼光を光らせて気合い一閃、空間で刃弾がはじけ飛ぶ。

 

 空気の刃弾の後ろから自分の眉間に放たれた3本の小柄を目にも止まらぬ動き刀を操り、弾き落とした。

 

「気合だけでヴィンテージの刃を消し飛ばし、小柄をも見切ったーーか」

 

「さすがは、次期当主殿ーー!!」

 

「おもしれぇ。アドム殿の弟御ーー強いじゃないか!!」

 

 自分たちの剣術と影士たちの剣技とギランの小柄術を軽々と破った目の前の男に三人のヴィンテージはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 対峙するアグニの後ろでタハトが言った。

 

「つ、強い……! わかってたけど!!」

 

「ああ、嫌になるな。ひとりひとりの練度も流石だが、コンビネーションに隙がなさすぎる」

 

 応えながら斬りこむ隙を伺うアグニの横でリアが目を細める。

 

「私の範囲魔法でも、とらえ切れない。これがヴィンテージ……!!」

 

 魔法を放とうとするも援護が間に合わない。

 

 無詠唱の自分の魔法が発動前に躱されると悟らせる程度には動きが速すぎる。

 

「どうした、アグニ。貴様はヴィンテージの次期当主だろう。このくらいの試練、打ち破ってみせんか!!」

 

 その場から動くことなく腕を組んで言うアブラに、アグニは視線を静かに鋭くしながら言った。

 

「最期にこれだけ聞かせてもらえませんか。お爺様、小父上(おじうえ)方、あなたがたがいま守っているその村は、魔族のものですか?」

 

「……そうだ。ヴィンテージによって命奪われた無辜の民。それを初代が魔族へと転身させたのだ」

 

 紫色の魔力を放つ瞳など、一つーー魔族しかない。

 

 魔族は女神によって大陸を追い出されーー太陽が照らさない暗黒の世界へと移動を余儀なくされたという。

 

 生まれながらにして全人類の敵であり、人間たちを虐げて力で恐怖をもって支配することしかしない存在。

 

「なんてことを…。ヴィンテージが無辜の民の命を奪い、初代ヴィンテージが犠牲者を魔族に変えるなんて!」

 

 思わず叫ぶタハトにアブラがアグニを見据えて言った。

 

「そうせねば救えなかったのだ。それほど大勢の命を、おまえの親父はーー俺の息子が奪った!! 己が貶めたい貴族を排斥する口実のために!!」

 

「……!」

 

「さあ、どうするアグニ。お前の剣は本当に無辜の民を救うものか。魔族にまで落ちた無辜の民を、お前の刀は守れるか?」

 

 青い気を陽炎から激しい炎の形にして纏うアグニ。

 

 これに6人の剣士たちも応えるように身に纏う白い気を紫色の魔力に変えて激しく燃え上がらせる。

 

「魔族と人間では身体能力や気の保有量が違う。ヴィンテージの剣士が魔族となれば、当然だが人間の頃よりも遥かに強力となる」

 

「ーー御託はいい。見せてみろ、人を捨てたーーその力を!!」

 

 告げるアブラにアグニは手招きをしながら言うと同時、6人が襲い掛かった。

 

 その場から神速で移動するアグニと6人。

 

 斬撃が交差し、村の入口付近の地面が掘り起こされる。

 

 土が弾け、それを青と紫の斬撃が斬り捨てていく。

 

 一際、大きな炸裂音と共に何かが弾けてアグニと6人の剣士たちは後方に引きずられるように距離を取って現れる。

 

(す、すごい。魔族になったグウェンさん達は本当に強いのにーーアグニ様は数の上で不利なのにも関わらず、それを完全に上回っている……!)

 

 タハトが思考するように、アグニは淡々とした表情で6人の剣士たちを見据えている。

 

 対して剣士たちは誰もが身体に傷を負いながら、肩で息をしていた。

 

「これほどの腕か……! アグニ!!」

 

「付け焼き刃の魔族の身体では、俺には勝てん。あなた方は、その力を完全に使いこなせていない」

 

「「「「「「!!」」」」」」

 

 目を見開いてアグニは突っ込む。

 

「それがーー敗因だ!!!」

 

 突っ込んできたアグニに対したグウェンは、両手持ちで袈裟懸けに刀を振ろうと振り上げたところで擦れ違いざまに横薙ぎで斬り捨てられる。

 

「ガハァッ」

 

 即座に左右から襲い掛かる2と3の剣士。

 

 だがーー彼らが剣を振るよりも速くーー疾くアグニの斬撃が彼らの脳天と胴に決まっている。

 

 3人が崩れ落ちる前に、残りの3人が斬りかかる。

 

 左右と上から同時に襲い掛かる刃ーーだが、アグニは神速で彼ら3人の斬撃を横に見切って回り込むと凄まじい斬撃の檻を作り出して3人とその背後の空間を斬り捨てる。

 

 全身から紫の光を噴き出しながら倒れていく6人。

 

 同時に後方からアブラの影士ギランが仕掛ける。

 

 刃渡り二メートルを越える大太刀を持って、凄まじいスピードと技で襲い掛かるも4合打ち合っただけで大太刀は宙を舞っていた。

 

 アブラが立つ左の地面に大太刀は突き刺さる。

 

 左下から斜め上に斬り上げられーーギランは仰向けに倒れる。

 

「ーー見事、アグニ様」

 

 左腕の義手に握らせた剛刀は刃毀れ一つなく、鈍い光を放っている。

 

 誰も立ち上がらないことを確認してからアグニはアブラを見据えた。

 

「……残るは、あなた1人だ。お爺様」

 

「強くなったな……!」

 

 そう言いながらアブラは満足げに笑った。

 

「……魔族となったものたちは、この程度では致命傷には至らない。だが手当てが遅れればーーその限りではないでしょう。このまま戦ってグウェン殿たちを見捨てなされるのですか?」

 

「心配無用……!」

 

 そう言い放ってアブラは大太刀を左手で引き抜くと淡い緑色の光を刀身に宿して空間を一閃した。

 

 瞬間ーー緑色の光の柱が6人の剣士たちから起こり、彼らの傷は完全に回復した。

 

「なんだと……!」

 

「これはーー精霊の回復魔法……! ヴィンテージの剣士が、魔法を!?」

 

 アグニが目を見開く後ろでリアが回復されたヴィンテージの剣士たちを見て驚く。

 

 アブラが使った今の光は魔法ーーそれも精霊に働きかけることで高位の現象を引き起こす精霊魔法だ。

 

 神官や高位僧侶(ハイプリースト)と呼ばれるものにしか使えない神霊魔法と違い、魔力一つで精霊の力を行使して類似した効果を引き起こすことが出来る。

 

 ゆっくりと立ち上がる剣士達だが、体力までは戻らないのか肩で息をしている。

 

「下がれ、皆のもの」

 

 アブラがそう言って下がらせると同時ーー大太刀を持ってアグニの前に歩いていく。

 

 アグニもまた、兼貞を両手持ちに変えると霞に構えた。

 

「あ、ああ……」

「どうして、こんなことに……」

「私たちは、ただ平和に暮らしたいだけなのに……」

 

 凄まじい戦いに、村人たちは神に慈悲を乞うように何もできず跪く。

 

 その様子にアグニが微かに目を細めたーーその時。

 

「み、みんな無事か!?」

 

 明後日の方向から第三者の声が届いた。

 

 頭にターバンをした小太りの男が、荷物を地面に放って急いでこちらに走ってくる。

 

 その姿を見た幼い兄妹は、男に向かって走っていった。

 

「父ちゃん!!」「お父さん!!」

 

 無邪気に飛びつく子どもたちだが、その勢いは子どものそれではない。

 

 後方へ吹き飛びながら尻もちをつく男。

 

「……え? お前達、何が……?」

 

 彼の前に悲しげに微笑む妻の姿。

 

 その妻はーーまるで出逢った頃のように若く美しい。

 

 彼の記憶と違うのは村人たち全員が、紫色に輝く瞳を持っていることだった。

 

「ジョン、帰って来たか」

 

 村の長である老人であった男が彼を出迎えるが、彼は剣士達とアグニを見た後で言った。

 

「村長……、これはいったいどういうことなんだ? 俺はーー街で、この村が年貢を納められなくてヴィンテージの剣士たちに粛清されたと聞いていたんだが……」

 

 この言葉に村人たちは目を下に向けてからアブラ達を見る。

 

 アグニも構えを解いてアブラを見た。

 

「…このようなことを言うのは、卑怯とは思うが。そのヴィンテージの剣士たちは、偽者だ」

 

「「「!?」」」

 

「そなたらが見たと言う連中は甲冑を着ていたそうだな? だがーーヴィンテージの剣士は初代アルドから、今のわしらの恰好をしている。色こそ違えど、ほとんど変わらぬ」

 

「で、ではーーわしらを襲ったのは……」

 

「ああ。アスラ・ヴィンテージの粛清を利用したーー地方領主たちの横暴よ。もっとも、アスラはそれを知った上で放置しているのだから同罪よな。それを魔族に生まれ変わるまで知らなかったわしも、同罪……」

 

 その言葉に誰もが悲しげに、無力を嘆いて地面を向く。

 

「……このものたちはファーランド家の三男坊が納めていた土地の村人だ」

 

「ファーランド? ヴィクトリア王家の親戚の?」

 

「ああ。タハトを死に直面させるほどに痛めつけたーー愚か者の家よ」

 

 アブラの言葉にアグニがちらりとタハトを見る。

 

 彼も驚きに震えていた。

 

「もう気付いていよう? この者らは、わしの無知ゆえに殺されーー魔族に転生させられた哀れな犠牲者たちであることを」

 

「な、なんだって……!? 魔族……!?」

 

 これにジョンと呼ばれた男が目を見開いて若返った妻と人間では有り得ない身体能力の子どもたちを見る。

 

 村人たちの瞳が紫色に変わりーー陽の光を受けなくても自ら発光していることも。

 

「罪滅ぼしにもならぬが、魔族となったわしの生きる意味は彼らを守り抜くこと。魔族となった彼らをな」

 

 宣言するアブラにーーその覚悟にタハトが頬に汗をかきながら言った。

 

「ぐっ……、最悪だ……! ただでさえみんなとなんて戦いたくないのに、彼らが守っているのが魔族だって!?」

 

「ですが彼らをここで見逃せば『魔族の領土』がパジャの国にできてしまいます。そうすれば、そこからパジャは魔族に侵攻されてしまう」

 

 リアの言葉に頷きながらアブラは言った。

 

「迷うておる時間はないぞ。すでにわしがおったヴィンテージ領はジャッジと魔族の連合軍によって占拠されている。わしらを相手に手をこまねいていてはヴィンテージ領を取り返すことなぞーー夢のまた夢」

 

「なんだよ、この状況……! 悪夢じゃないか!!」

 

 タハトが吐き捨てる中ーージョンはフラフラとアグニとアブラの間に割って入るように歩いてきた。

 

「嘘ですよね、ヴィンテージ様? 王国の剣が、私の村を見捨てたなんてーー! 私の家族をーー魔族にしたなんてぇえええ!!!」

 

 涙を浮かべて怒りの表情に変わる男。

 

 それはーー妻を、子どもを奪われた正しき怒りと憎悪だ。

 

「許せとは言えぬ。憎むがいい、お前達のささやかな生活を。幸せを奪った我らをーー!!」

 

 そう言ってアブラはジョンから目をアグニへと向ける。

 

 アグニもまたーー辛そうな表情になりながら瞳を閉じ、ゆっくりと眼を開いてアブラを見返してきた。

 

「お爺様。いまこの場でこの村をどうこうするというつもりは俺にはありません。ですが、お爺様が俺の邪魔をするならばーーこのアグニ、全力で叩きのめさせていただきます」

 

 その瞳はーー太陽の如き輝きを放つ赤に染まっていた。

 

「……これは!?」

 

 アグニの全身から噴き上がる激しい炎は青から赤へと変化している。

 

 見た目の変化はそれだけだがーー圧倒的なプレッシャーがアグニと対峙する者たちに向けられていた。

 

 あの力こそタハトが知る限り最強の男ーーアドム・ヴィンテージそのものだ。

 

「あの力を放ったアグニ様はーーアドムと互角だ。負けはない」

 

「鬼神力ーーこうも見事に使いこなすなんて」

 

 アドムとの戦いだけではない。

 

 自由自在に使いこなすアグニを見てリアは静かに驚嘆した。

 

「アグニ。そなた、いつからーー?」

 

「この力をまとえるようになったのは、つい先日です。ですが、この力をまとった俺は兄上にも負けません」

 

 アグニが立つ地面がひび割れていくのを見て、アブラは腰を落としながら大太刀を握りしめた。

 

「まやかしでもなんでもない。本物のようだな。アグニ!!」

 

「参ります……!!」

 

 互いに隙が無い。

 

 だがーーアグニは目を見開くと一気に突っ込んだ。

 

 互いの剣の間合いに踏み込むと同時、光を越えた神速の斬撃がぶつかり合う。

 

 3合ーー、左右交互に袈裟懸けに斬り合うとアブラが一方的に後方へと弾かれた。

 

「グッ! なんと……! すさまじき力よ!!」

 

「やはりアグニ様は完全に力を使いこなしている。あの強さは鬼神鍾鬼(しょうき)、そのもの」

 

 全盛期の肉体を取り戻したアブラでも、まともに剣を合わせれば一方的に吹き飛ばされるほどの剣戟にリアは確信していた。

 

 身に纏う力は炎のように熱く激しくーーそれでいて、その力を纏うアグニの表情は神のように冷厳としている。

 

「ーー退いてください、お爺様。この力はひとが相手をできるモノではありません。たとえヴィンテージの剣士でも、いまの俺には勝てません」

 

 その言葉は低く、聞くものに畏怖の念を抱かせる。

 

 それほどの重圧を受けてもアブラは凶暴な微笑みを返した。

 

「見事。開祖アルド・ヴィンテージに匹敵する程の気よ。だがな、アグニ。お前は優しすぎる。敵を前に退いてくれなどとーーあのアスラが鍛えたとは思えんほどに甘い。見るがいい! 我らもまた、ひとを捨てたのだ!!」

 

 宣言と共に紫色の炎を身に纏ってアブラはアグニを睨みつける。

 

 瞳と炎の色は違うが酷似した状態となる祖父と孫の二人は、見た目の近さもあり傍から見ればほとんど同じものに見えた。

 

「なっ! なんて邪悪な気だ……!!」

 

「これは大魔王の力……! ヴィンテージの剣士が、大魔王の力を……!?」

 

 魔族に転生したとはいえーー村人たちの紫色に輝く瞳は現魔王と同じ瞳だ。

 

 女神であるオケアニデスでなければ、知る由もないその瞳の色。

 

(大魔王がヴィンテージを眷属にしている!?)

 

 その事実にリアは戦慄を覚えていた。

 

「お爺様……」

 

「貴様が成った赤眼は羨ましいが、今のわしらはそれに匹敵する力を纏えるということだ……」

 

 再びぶつかり合う大太刀と剛刀。

 

 2メートルを越える大太刀を軽々と振り回すアブラを相手にアグニは真っ向から剣をぶつけていく。

 

 数刻ほどは全くの互角であった。

 

 動きを止めて鍔迫り合いの姿勢で互いに刃を押し合う。

 

 瞬間、アグニが強烈な鬨を上げて大太刀を横へ流しつつ胴を斬り捨てた。

 

「ぐっ! 見事だ、アグニ。今のお前の『力』はーー間違いなくアドムに勝るとも劣らぬ」

 

 たまらず一歩下がりアブラは斬られた脇腹を抑えながら片膝をついてアグニを見上げる。

 

 それにアグニも全身から放つ炎を納めて構えを解いた。

 

「……お爺様」

 

「言(ゆ)うたはずだ。力はーーとな。それ以外の判断力が、貴様は鈍い!!」

 

 言葉と同時ーーアグニの右の脇腹を大太刀が貫いた。

 

「アグニ様!!」

 

 タハトの悲鳴と共にアグニが後ろに下がる。

 

「くっ……!」

 

 脇腹から血を流しながらアグニは青い瞳でアブラを見る。

 

「かつてーー鬼神鍾鬼は天部十二衆に敗れ、数の力というのを認識した。それをお前は、今からもう一度味わうのだ。いかに強くともひとりでできることは知れておる」

 

 瞬間、様子を見ていた6人の剣士たちが紫色の炎を身に纏ってアグニの周囲を取り囲む。

 

(まずいな、このままでは負ける……)

 

 義手の左腕で右わき腹を抑えながら、右手一本で剛刀を構えるアグニ。

 

 リアは杖を掲げ、アグニに向けて回復魔法を放とうとするもヴィンテージの剣士たちは彼女の目線を切るように動いて狙いを定めさせない。

 

(私の魔法を理解しているかのような動き。大魔王から教わったのか、それとも鬼神の眷属としての本能? どちらにせよーー厄介な)

 

 汗をかきながら焦るリアの横でアグニは左手に仕込んでいた止血用の塗り薬で傷を塞いでから激しい青い気炎を身に纏う。

 

「ーー情けねえ! この期に及んで数に負けるのか!? 異世界に来て人間に落ちぶれてまで!! それがてめえの答えか、鍾鬼!!?」

 

 その叫びと共に赤い雷が天から落ちて人の形を作るとーー2メートルを越える背丈の赤い髪の異形ーー鬼神泰鬼が姿を現した。

 

 瞬間、アグニの瞳は赤く変化し身に纏う気炎が鬼神力へと変わる。

 

「このーー鬼が! 大きなお世話だ、節介焼きめ!!」

 

(あれほどの怪我を闘志だけで回復させた? これがーー鬼神)

 

 明らかに泰鬼の出現に感化されて出現した鬼神鍾鬼の力にリアが目を細める。

 

「へっ、それでいい」

 

 満足げに笑う鬼神にアブラが言った。

 

「持ち直したか。鬼神に仲間意識があろうとは、聞いていた話とは違う。驚いたぞ、泰鬼よ」

 

「うるせえ。死して尚、利用された哀れな屍。鍾鬼の残骸どもが……」

 

「ーーその通りだな」

 

 容赦ない言葉に自嘲気味に笑ってアブラは返した。

 

「御屋形様、この異形は!?」

 

 ヴィンテージの剣士の一人ーーロランの言葉に不敵な笑みを浮かべてアブラは言った。

 

 己の前世の同族にしてーーヴィンテージの宿敵を感じ取って。

 

「皆のもの、目の前のアグニ・ヴィンテージにのみ集中せよ。その異形はこちらから手を出さねば仕掛けて来ぬ」

 

 アグニを睨みつけるアブラに泰鬼はニヤリと笑んだ。

 

 これに杖から刀を抜いて構えようとするリア。

 

「完全に私たちは蚊帳の外ですかーー」

 

「やめとけ、この世界の女神。鬼神同士の戦いに手を出すな」

 

 泰鬼の背中が目の前に立ちはだかり、背を向けたまま告げてくる。

 

 リアはこれに頭がカッとして声を上げていた。

 

「あなたは! ここでアグニ様が殺されれば、あの力が魔族のものになるかもしれません!! そんなことになったら!!?」

 

「それがどうした。この国がどうなろうが、この世界がどうなろうが、知ったこっちゃねえ。ただ、鬼神の闘いを汚すやつは許さねえ。それだけだ」

 

 あくまで鬼神の法律(やり方)を重視するーーそれが泰鬼である。

 

 それを理解して、今戦ったところで勝ち目がないことも悟りリアは忌々しそうに刀を納める。

 

 すると鬼神の横を茶髪に赤いハチマキを絞めた男が通り過ぎながら言った。

 

「そう思うならーー貴様もさがれ、泰鬼」

 

 泰鬼がぎょっとした表情で男を見返せば、男はこちらにふり返りながら太陽のように赤く輝く瞳で言ってきた。

 

「わざわざ異世界に来てまで『俺』を追いかけてくるとはな」

 

「タハトさん?」

 

 その言葉は、先ほどのアグニと同じく冷厳としていて畏怖の念を人々に抱かせるもの。

 

 鬼神の声だった。

 

「てめえ、鍾鬼……?」

 

 呆然と言う泰鬼に向かってタハトは淡々とした声で告げる。

 

「知ってるだろ。その鍾鬼って鬼神はもういない。ここにいるのは、その力の残滓だ!!」

 

 言いながらタハトはアグニの横に神速で移動して並び立つと、鬼神力を身に纏って激しく燃え上がらせる。

 

「なにっ!」

「タハト、貴様!」

「鬼眼! 鬼神力だと!?」

 

 ヴィンテージの剣士ディウス、ロラン、グウェンの3人が目を見開く。

 

 その横でアブラもまた、紫色の瞳を驚愕に見開かせていた。

 

「な、なぜだっ! 父(アルド)の実の息子である俺にも受け継がれなかった力が、ヴィンテージの血も継いでおらぬ男に、なぜだ!?」

 

 うろたえるアブラの前でアグニとタハトは互いに見合う。

 

「この力で、一気に片付けるぞ。アグニ!!」

 

「その姿、本当にアドム・ヴィンテージのようだな。タハト!!」

 

 二人の赤い鬼神力は一つの炎となって爆発した。

 

「皆のもの! そやつら二人を各個に撃破せよ! 連携など組ませるな!!」

 

 アブラの言葉にヴィンテージたちも呼応して陣形を組むーーが、それすらも無意味だと思わせるほどにアグニとタハトの力は強大だった。

 

「いくぞ」

 

「蹴散らしてやる」

 

ーー”紛い物ども!!”ーー

 

 まるで言葉を交わす必要もない。

 

 アブラでさえもまるで相手にならないほどの斬撃が繰り出され、3合打ち合っただけで斬り捨てられている。

 

 互いに何をしているか、何をしたいかを理解しているかのような完璧なシンクロをした動きでタハトとアグニの二人は同程度の力を纏ったアブラ含めた8人の剣士影士たちを叩き伏せていった。

 

「ある意味じゃ、数と数の戦い。だがーー鬼神が二柱揃ったなら勝敗は火を見るよりあきらかだ」

 

 両腕を組んで泰鬼は、蹂躙されていった魔族の力を纏ったヴィンテージたちを見て満足げに笑った。

 

 真紅の太陽のようなオーラを身に纏って、剛刀を同時に払って腰の鞘に戻すアグニとタハト。

 

「……強かった。世辞でもなんでもなく、あなた方は紛れもなくヴィンテージの剣士だ」

 

「ああ」

 

 アグニの言葉に頷いて返しながらタハトは先を見据えた。

 

「行こうアグニ。感傷にひたっている時間などない」

 

「そうだな。お爺様、あなたが守ったヴィンテージ領、このアグニが必ず取り返します……」

 

 村に入らずにそのまま街道に戻ろうとする二人に向かってリアが思わず声を上げた。

 

「よろしいのですか! 魔族をこのままにしていくなんて!?」

 

「そのひとたちに戦う力は無い。そのひとたちはただの村人だよ、リアさん」

 

「ですが魔族です! 魔族ならば大魔王の意志によって操られてしまうことだってあるんです、タハトさん!!」

 

「それでも俺たちには斬れん」

 

 最初から斬る選択肢などない、と言わんばかりのタハトと何も言わずにいるアグニを見てリアが思わず顔をしかめる。

 

 すると彼らの様子を見ていた泰鬼が言った。

 

「ごちゃごちゃ言ってねえでとっとと行け。その大魔王の力ってやつが及ばなきゃいいんだろうが。この俺様がここに居座ってやらぁ。それで文句はねえだろ。鍾鬼」

 

「フッ、この鬼が」

 

「今回は礼を言っておくぜ」

 

 これにタハトとアグニが不敵な笑みを返す。

 

 まるで兄弟のような表情で言う二人に笑みを返しながら泰鬼はリアに顔を向けて言った。

 

「女神、てめえも行きやがれ」

 

「鬼神泰鬼、あなたは鍾鬼を復活させにきたのでは?」

 

「そんなつもりはねえ。ヤツはもうそんなこと望んじゃいねえ。ならヤツが何をしようとしているのか、そいつを見定めてえだけだ」

 

 泰鬼は、そのまま表情を真剣なものに変えて言った。

 

「それと魔王に気を付けろ。ヤツはもう復活しているぞ」

 

「なんですって……?」

 

「鍾鬼を暴れさせすぎたな。この世界の混乱が、負の力が魔族を高めている。ヤツはもうじきこっちの世界に来れるようになるぞ。テメエも鍾鬼にかまけてる場合じゃねえってことだ」

 

「鬼神! 私と手を組みませんか。貴方の力は大魔王とてーー!!」

 

「興味がねえ。さっき言ったろ。俺は鍾鬼がなにをするのかを見てえだけだ。てめえらの争いには興味がねえ」

 

「本当に勝手なひとですね。鬼神というのは……!」

 

「フン……」

 

 それで会話を打ち切る。

 

 説得など無駄だとリアは理解した。

 

「リアさん! 早く!!」

 

「わかりました。タハトさん……」

 

 街道を急ぐアグニとタハトに、リアは頷きながら心中でつぶやいた。

 

(大魔王が復活する……。ならばこの器(リア)に居られるのもあとわずか、ですか)

 

ーー村の入口にて

 

 倒れていたヴィンテージの剣士たちは、ゆっくりと身を起こした。

 

「行ったかーー」

 

「それにしても見事な力だったな。アグニ殿とタハトが、あそこまでの力を持っていようとは」

 

「参ったぜ、アドム以外に負けたことがなかったのが俺の自慢だったのになあ」

 

 ディウス、グウェン、ロランの3人が顔を見合わせながら頭を振る。

 

 その横でアブラは鬼神泰鬼に頭を下げていた。

 

「鬼神泰鬼よ、この村を大魔王の波動から守ってくださるとは。このアブラ、なんと礼を申せばよいか」

 

「やめろ、人間。俺様はテメエ等のくだらねえ価値観に興味はねえんだ」

 

「左様かーー」

 

 神妙な顔をやめ、ニヤリと笑みを返すアブラに泰鬼はフンと鼻で笑って返すと言った。

 

「それで? テメエ等を魔族に変えた親玉は何してやがる。鍾鬼の力を振るうあの二人の相手が出来るのは、同じ力を持つヤツしか居ねぇ。なぜ現れない?」

 

「父上(アルド)は現在、この国を壊すために動いておりまするーー」

 

「ーーほう?」

 

「アグニたちがヴィンテージを取り戻したところでヴィクトリア城が落ちればそれまで。ヤツ等は守るものを見誤ったのです」

 

 言い切るアブラに泰鬼はヴィクトリア城がある方を向いてニヤリと笑った。

 

「そうかい。だがーーあの城にはもう一匹いやがるじゃねえか」

 

 自分の攻撃を鬼神力を纏わずに全て見切ったーーあの男が。

 

「はい、私の息子(アスラ)が。ですが、あれは鬼神力をまとうことができません。我らのように魔族に転生したわけでもない。であれば、間違いなく父を止めることはできますまいーー」

 

「たしかに野郎は鬼神力をまとえそうにはねえが。一筋縄ではいくまいよーー」

 

 自分を相手に真っ向から闘った鍾鬼の顔をした男。

 

 泰鬼は、ヴィンテージ屋敷の闘いを思い起こしてニヤリと笑った。

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