ーー王都ヴィクトリア。
深夜の時間。
活気だった王都はすでに閑散としており、夜間の見廻り組の兵が城内を歩いているのみであった。
「立派な城だ。この国の偽りの平和を形にしたようなーーな」
城門を見上げて呟くのは腰に刀を差した黒髪に紫色の瞳をした男。
黒い革ジャケットに同じ色のインナーシャツとデニムパンツを履いて濃紺のマフラーを首に巻いている。
それはヴィンテージの剣士の一張羅ーーアルド・ヴィンテージだ。
「本当にやるの? アルド」
「ネクロ殿。同行かたじけない。ここからは
緑髪の幼女の姿をした四大魔将の魔族が問いかけると、アルドは頭を少し下げてから城門に向けて歩き始める。
「おいおい勝手なことすんなよ。いくら魔王様から魂を分けてもらえたからってやりすぎだぜ、あんた。この城はじっくり俺がもらう予定だったんだ。これ以上あんたに手柄を立てられたら、こっちの立つ瀬がねえ」
「ウルフ殿か。立つ瀬などに興味はない。また、手柄とやらも欲しければそちらに譲ろう。俺はただ、俺の名を
これに灰色の長髪をしたウルフと呼ばれた魔族が人間の姿でアルドの前に立って話す。
「そのために城ひとつ落とすってか? 無茶苦茶だな、あんた」
「ウルフ。どうしてアルドの邪魔をするの? パジャを落とせば、わたしたち魔族は一気に各国を侵略できる。悪い話じゃない」
「パジャには内通者っつーか、協力者が一人いましてね。さきほどそちらのアルドさんが言っていたお孫さんが。俺たちに貴重な高純度の魔水晶を融通してくださってる。あれほどのものは人間界のコネがないと、ちょっと手に入らないんですよ」
「あの純度の高い魔水晶……。人間の手から渡されていた? ほんと? どうやってあれほどのものを用意できるの?」
「
ネクロに言った後、アルドを見て頼むが彼はにべもなく言った。
「ーー断る。
これにウルフはジッとアルドを睨んで言う。
「あんたーー本当に勝てるんだろうな?」
「ウルフくん、それは愚問。アルドはひとりでヴィンテージ領を攻略してる。ジャッジと魔族が揃ってても倒せなかったヴィンテージをーーっ」
「攻略したとはいえ分家の連中と老いぼれた実の息子でしょう。これから戦う相手はヴィンテージ本家が鍛えた影騎士どもと、あのアスラ・ヴィンテージですよ」
ネクロの言葉に自分が無礼とは思いながらも遮ってウルフは言った。
「俺の孫はずいぶんと魔族に恐れられているようだな」
「たしかにあんたは強い。赤眼になったあんたの子孫とやり合ったが、アレには勝てねえとはっきり分かった。アレと同じ力をあんたは持っている。本来ならそれで話は終わるんだよ。相手があのアスラじゃなければなーー」
微かに汗を頬に浮かべるウルフにネクロが問いかけた。
「ウルフくん。その人間は、そんなに危険なの?」
「なんて言ったらいいか分かりませんが、俺の勘が告げてます。野郎はやばい」
ウルフはネクロに返しながら正面からアルドを睨んでいった。
「絶対に勝てると言い切れる状況じゃないと仕掛けちゃいけねーやつだ。あんたがフラッと思いついて手を出していい相手じゃねーんだよ!」
「人狼ーー貴様、だれに向かって言うておる?」
「ぅぐっ!」
瞬間、アルドの紫色の瞳は赤色に変わりーー身に纏う力の圧に人狼は息も出来ずに黙らされた。
「このアルド・ヴィンテージを前に、無用の心配よ」
アルドが赤眼を逸らし、そこではじめて止まっていた息ができるようになる。
がーー、首を絞められていたかのようにウルフは肩で息を切らし、膝を地面に付いていた。
「…………はぁっ! はぁっ! はぁっ! ……化け物が……!」
ウルフは地面には這いつくばった姿勢で城門に向かって刀を抜いて向かうアルドの背中を睨み上げる。
彼は心の中で毒づいた。
(ちくしょう、あの赤眼に
「ウルフくん、わたしたちではアルドを止められない」
「フンッ、まあ……野郎がしくじったらしくじったまでのことですからね。普通に考えれば、あれが負けることはまずねーはずなんですが」
淡々と言われるも納得するしかないと頷いてウルフは様子を窺う。
ネクロの魔術によって気配と姿を殺して周囲の景色と同化しながら赤眼のアルドを追いかけた。
腰の刀を抜いたアルドは、全身に赤い炎を身に纏うてから城門に向かって袈裟懸けに刀を一閃。
紫色の斬閃から光弾が放たれてあっけなく城門を吹き飛ばした。
「なんだ、貴様は!」
「賊か!」
門兵たちが驚きながらも槍を構えるが、アルドは淡々と歩きながら言った。
「命惜しくば去れ。歯向かう者は斬る。その方らの将に伝えよ。アルド・ヴィンテージが首を取りに来たと」
これに門兵たちが交代のもの2人も門に集まって言った。
「アルド・ヴィンテージだと?」
「たしかにヴィンテージ卿と顔が似ている……!」
「し、しかしアルドと言えば、半世紀前のヴィンテージでは!」
「く、くるぞ!」
逃げようとしない門兵たちを前にアルドは肉食獣が牙を剥いて獲物に襲い掛かる寸前のように右手の刀を持って駆け出した。
「逃げぬか、阿呆め。ならば死ね」
「ぐあああっ!」
血が辺りに飛び散り、糸が切られた人形のようにその場に崩れ落ちる兵士たち。
それを見た者たちが鐘を鳴らして城内の兵士たちに敵襲をつたえる。
「し、至急応援を! このままでは内門も突破されるぞ! 休んでいる兵を全員起こせ!!」
それを最期の言葉として兵士はこと切れていた。
「フン、こんなものか。アブラが言うからどれほどのものかと思えば。場内を護る兵の練度も普通だ。大したことはない。……ん?」
内門をあっさりと突破して城内に足を踏み入れようとするアルドにそこかしこから兵士が殺到して攻撃を仕掛けてくるも持っている刀から発生する衝撃波で瞬く間に叩き潰されていく。
「は、速い。もうこんなところに……!」
「落ち着け! 相手は一人だ!!」
そう叫んでいる者たちも次の瞬間には物言わぬ骸になっている。
まるで嵐のようなアルドの剣を前にーー人間では太刀打ちできない。
「黄泉の国にて待っておるぞーー」
そう告げながら倒れ行くものを振り返りもせずにアルドは次々と斬り捨てていく。
逃げる者も、襲い来るものも皆殺しだと言わんばかりに刀を振っていく。
「侵入者め、我が手で葬ってくれる!!」
一際、身体の大きな兵士がハルバードを構えて突っ込んでくるも得物ごと擦れ違いざまになます斬りにしてゆっくりと歩いてくる。
「一兵卒では相手にならんか」
「なんてこった……!」
城の構造どおりに迎え撃ち、弓兵や槍兵が陣形を組んで襲い掛かるもまるっきり相手にならない。
アルドの刀が空間に紫色の斬閃を一つ描くだけで4、5人の命が散っていく。
「うわぁあ、鬼だ。鬼が居る!!」
「せっかくだからーー俺は逃げるぜ!!」
恐慌状態に陥った部隊は混乱して敵を前に逃げようとするも、その背を真っ二つに裂かれていく。
指揮官が必死に叫んだ。
「守りを固めろ! このままでは全滅だ!!」
「もうーー帰りてぇよ!!」
一兵卒が叫び返したときには、既に彼らの命はない。
「強すぎる……。至急増援をおよこしくださりませ!!」
「伝令はどこだ、将が討ち取られたぞ!」
扉が軽々とぶち破られ、人間が宙を舞っていく。
まるで散歩するかのようにアルドは城内を歩き、その後には兵士の死体が山と積まれた。
「某も枕を並べて朽ちる覚悟ーー!!」
「準備は良いか、一斉に行くぞ!!」
逃げ惑う一兵卒とは違い、武官となった騎士たちは必死にアルドに向かい斃されていく。
誰一人逃がさない凶悪な刃を前に指揮官は覚悟を決めるしかない。
「降伏は許されぬか、ならば道は一つよ」
「俺たちならやれる! 確信はねぇけど!!」
これに一兵卒たちも叫んで数を増やすも、その屍をまるで絨毯のように踏みつけてアルドは刀を振るう。
瞬く間に50人を越える犠牲者が出ているというのにアルドは涼しげに歩いてくる。
「兵の見直しが必要か……」
それを静かに見下ろしてーー黒髪をオールバックにした青い瞳の男が見ていた。
紙のように斬り裂かれていく兵士たちを何の感情も浮かばない瞳で見据えて男はアルドを見ている。
「このままじゃ全滅だぁあ!!」
哀れに叫びながら涙を流す兵士は、無情にも頭から真っ二つにされた。
「命を奪うことにためらいがない。兵達にも見習わせたいものだな……」
口の端を歪ませて嗤い、男は呟いた。
「そろそろーー別の手を講じるか」
その言葉と同時に城の中広間にまで歩を進めたアルドを一斉に周囲から10の影が舞って取り囲む。
「覚悟!!」
その構えと茶色のジャケットに黒のインナーシャツ白いデニムパンツに青のマフラーといった出で立ちの者たちを見てアルドは嗤った。
「ほう? 俺に気配を悟らせずに囲むとは、なかなかの者たちだ。それにその隠密には向かぬ一張羅ーーようやくヴィンテージが出てきたか」
笑いかけるも皆、暗い瞳で無表情に冷徹な殺気を向けるのみ。
「アスラとやらはーーどこにいる?」
気楽に問いかけるアルドの周りを無言で駆けながら3人の影が斬りつける。
3方向から同時に斬りかかり、交差した瞬間に斃れたのは影達の方だった。
敢えて急所を外して即死をさせずにアルドは影の1人を掴み上げるともう一度言った。
「アスラはーーどこだ?」
瞬間、倒れ伏した影と持ち上げられた影が同時に歯をかみ合わせて奥歯からカチッと音を鳴らす。
「なに……?」
青緑色の光を発しながら爆発して影は姿を消した。
しかしーー爆発の向こうからゆっくりと赤い炎を纏ったアルドが姿を現す。
「まさか歯の奥に火薬を仕込んでおるとは。事切れると同時に相手を殺す作戦か。己の命をなんとも思うておらぬな、貴様ら」
「我らは王の剣」
「くだらん!」
影の言葉に怒りと共にアルドが駆ける。
「首と胴を切り離されれば奥の歯を噛むこともできまい。このアルドのまえでそのような無様を晒したこと、後悔するがいい!!」
宣言通りに3人の首が飛び、地面い崩れ落ちる首なしの体。
それでも壁や木々、武器を利用して攻撃と連携を繰り出してくる影達にアルドは言った。
「なるほど。城の造りを利用した陣形ということか。そんなもので鬼神力を発動した俺に勝てると思うておるのか。貴様らでは相手にならん!!」
城の外門を破壊した斬閃からの光弾を放ち、残る影たちの真ん中で爆発させる。
爆発が収まった後、地面に倒れ伏した影達を見据えてアルドは言った。
「俺の孫ーーアスラはどこだ? やつの首を差し出せば命は許してやろう」
「言(ゆ)うたはずだ。我らは王の剣だと」
「っ!」
この期に及んで一切の怯みが無い影達にアルドは気付く。
この亡骸たちでさえも自分を斃す手段であることを。
(こやつらの死体から火薬のにおい……?)
「我らとともに死ね! アルド!」
強烈な青緑色の光が影達の身体から発生しーー光と爆発を発生する。
まるで肉体が光に化したかのような輝きにアルドは瞳を細めた。
強烈な爆発を前にウルフが思わずつぶやく。
「中庭のフロアごと爆破しやがった……!」
「大魔法クラスの威力。城の造りを魔法結界にしていなければ、完全に壊れているほどの」
「ほら見ろ。やはりアスラはバケモンだ! 死体を魔族にすることも見抜いてやがる……!」
「ーーアルド?」
ネクロが呟くと同時、煙が立ち上る視界の向こうから無傷のアルドの背があった。
「強者からの勝利はなく、相手を斃すことこそが本懐か。それで誰を護る……! アスラとやら!!」
アルドが牙を剥き出しにして吼える先に、男は立っていた。
「初にお目にかかります。祖父上殿。いや、いまは魔族に落ちた、ただの剣士ーーでしたか?」
「その顔、俺の孫に間違いないようだな」
前髪をオールバックにして数本を垂れさせている瞳は青色。
白い革ジャケットに黒のインナーシャツ、青いデニムを履いて首に赤いマフラーを巻いた男。
「愚かであったとは言えーーあの父を斃すなど。たかが魔族にそのようなことができるはずもない。アブラを斃せる可能性は絶無だーー魔族となったヴィンテージ以外には」
「ほう。まるで魔族になることを知っていたかのような
「確証はありませんでしたが、あなたと出会うことで推測は確信に変わった。ーーとなれば父たちも魔族に寝返りましたか」
物見遊山のように淡々と言葉を紡ぐアスラにアルドは不快な感情を露わにして言った。
「貴様。アブラをーー実の父親を殺されたことをなんとも思うておらんな」
「フッ、まさか。あなたには感謝しております。やっと、あのくたばりぞこないが死んでくれたのですからね」
口の端を歪めるだけの笑みを返すアスラにアルドは赤目を隠すように俯く。
「最期に聞かせろ、アスラ。俺はこの国でヴィンテージの紋章をつけた甲冑姿の男たちを見た。そやつらは年貢を納めることができなかった村人を非情にも皆殺しにした……! 女子ども含めてすべてだ! それらの非道な行いは全て貴様の仕業か?」
「はて……。どの村のことでしょうね?」
「なにぃ!?」
「祖父上殿。あなたは先ほど自分が斬り倒した兵の顔をいちいち覚えておいでで?」
この問いかけにアルドは全身の炎を激しく燃やして叫んだ。
「き、さ、まぁああああ! この外道がぁあああ!!!」
その鬼気ーー鬼神力は、この城が対魔力を想定した造りでなければ崩壊をはじめているレベルだった。
「叩っ斬ってくれるわ! 抜け!!」
「フッ」
怒りを露わに刀で眉間を差して宣言するアルドにアスラは嘲笑を返した。
「なにがおかしい……?」
「あなたは本当に親父殿が言っていた通りの男だ。寝物語を聞かされたものです。正々堂々とした高尚な精神を持つ男。戦う際は、どれほどの外道を相手にしても刀が抜かれるのを待ってから立ち合うのだとーー反吐が出る!」
「言いたいことはーーそれだけか。ならば刀を抜く暇もないままに死ぬがいい」
言うと同時、激しい炎を纏っていたアルドは消えて次の瞬間には空間に紫色の斬閃が走り、アスラの背後に刀を袈裟懸けに振り切った姿勢で現れる。
「なにっ」
だがーーこれまでとは違い、すれ違ったアスラ(相手)の肉体は斬り割かれることはなく代わりにアルドの持つ刀が半ばから断たれるとーー両腕と胸の辺りに赤い線が引かれた。
「そのなまくらで、俺の兼㝎(之定)を相手にしたことーー地獄で後悔するがいい」
「き、さ、ま……!」
呻くアルドに淡々と振り返りながら言うアスラ。
血が吹き上がり、アルドの両ひざが地面についた。
「ぐっ、なん、だと……!」
(見えなかったというのか、俺が! やつの斬撃を!?)
赤目を驚愕に見開きながら両腕の腱を断たれて動けない自分の手の様子を窺う。
「祖父上殿。あなたは知らないかもしれませんが、この技術は抜刀術ーーと言いましてね。相手に得物の長さを悟らせぬよう――そして相手が間合いに入れば速やかに斬れるようにアブラ(親父)が考案し、俺が磨きあげた。ご自身が持つ刀ごと腕の腱を断ち切られたことーー意外に思うておるやもしれませんが、そんなものはなんの異常でもない」
鈍い青の瞳が光を放っている。
全身に青黒い炎を纏ってアスラは剛刀を掲げて告げる。
「俺はな、10年以上その赤眼の力を見せつけられてきたんだ。俺の愛する者を、その赤い眼と力にすべて奪われた……! 俺の愛した妻もーー俺の子も、なにもかもだ!!」
「……っ!!」
「無様に果てろ、開祖アルド・ヴィンテージーー」
剛刀を突き付けてアスラは冷淡に冷酷に告げる。
「魔族に堕ちた汚らわしい身だーー路傍の石のように蹴られて死ね」
言うと同時、アスラの右脚が上がり両ひざをついたアルドの側頭部目掛けて硬い鉄骨の入ったつま先を叩きつけるように横に回し蹴りを放つ。
だが、その蹴りは間一髪のところで人狼へと変身したウルフの腕に止められている。
人狼の爪が横薙ぎで放たれ、アスラは静かに後方へと着地した。
膝を付いたアルドには、ネクロが回復魔法を手に宿して当てる。
「アルド。大丈夫?」
「かたじけない」
ウルフはアスラを睨みつけながら毒づいた。
「言わんこっちゃねえ。だから言ったろうが! ヤツはやばいってよ!!」
「フン、助太刀か。親父殿、あんたが思っているほど高尚な男ではないようだぞ。くっくっく」
一騎打ちではなく、後方から邪魔が入ったことにアスラはむしろ嬉しげに嗤った。
殺意に塗り固められた青い瞳にウルフは言った。
「おいおいアスラ、まあ待てよ。俺はちゃんと止めたんだぞ?」
「ほう。止めたか。それで?」
「ーーそれでって」
「魔族との取引にちょうどよい足掛かりと思っていたが、この場に出てきてしまった以上は仕方があるまい。お前も死んでもらおう」
「だろうな。お前はそう言うヤツだよ。逆に安心したぜ」
完全に殺しに来ているアスラにウルフは笑みを返しながらも、どうしたものかと腰を落として構える。
「こいつ、ホントに危ない。わたしたちを殺すことに執念すら感じる」
「ああ、まったく。人間の眼をしてねえ……」
手段を一切選ばずに殺しにくることは間違いない。
それほどの憎悪と殺意が、あの目には宿っていた。
「ククク! 面白いことを言うものだ。魔族が人間を語るか! ハァーハッハッハハ! 死に際の冗談にしては、笑えたぞ」
高笑いをした後、冷え切った表情でアスラは息の根を止めようとーーこちらに歩いてくる。
「二人とも、さがれ。傷はもう大丈夫だ」
アルドが、そう言いながら立ち上がる。
「なわけねーだろ!」
「アルド……、腕が……!」
これに回復魔法とて、簡単には癒せない傷であることを知っている二人は止めようとするもーー既にアルドは両手を自由に動かしていた。
「俺の体はすでに癒えている」
「マジかよ……」
「鬼神の回復力を甘く見ないことだ」
絶句する魔族たちにニヤリと不敵な笑みを返して鬼神の力を身に纏うアルドは、アスラを睨みつける。
アスラもまた回復してくるのを見越していたのか淡々と立ち止まって剛刀『之定』を構えた。
「次は首を斬り落としてやろう」
「フン。そのなまくらで俺の首が落とせるか、見せてみろ」
アルドは言いながら鬼神力を赤く燃え上がらせる。
「アルド、無理。刀も斬られてる。このまま戦ったら――」
「たしかにな。さっきの爆発のせいで武器まで全部消し飛んでやがる。あの野郎ここまで考えて、この状況を作っているならーーとんでもねえぜ」
ネクロとウルフの言葉を完全に無視してアルドはアスラに向かっていく。
「お、おい! アルド!」
自分と同じ顔をした壮年の男にアルドは殺気に満ち満ちた目を見開いて口元を歪めた。
「くびり殺す」
「なます斬りにしてやろうーー」
真っ直ぐに踏み込んでくるアルドにアスラが霞の構えから連撃を放つ。
網の目のように空間を斬り裂いて放たれる青い斬閃。
それを空間を縫うようにすりぬけてくるアルドにアスラの眼が見開かれた。
「なにっ!」
目の前にきたアルドは拳をアスラに叩きつけようと振り切るが、アスラも刀の鍔で受ける。
金属同士がぶつかった硬い音を立てて、アスラが後方へ引き下がる。
「コォオオッ、いくぞ!!」
拳と蹴りを放ちながらアルドが迫る。
アスラは舞を舞うかのように円を描く動きで拳と蹴りを全て避けていくも、捌き切れずに刀で受ける。
「一度斬られてはっきりわかった。貴様の太刀筋、間合いもな。この俺に同じ手が二度通じると思うたか!!」
「ほぉ…、さすがは開祖殿」
鬼神力を纏うアルドの拳と蹴りは鋼よりも硬く、之定をしても斬れない。
微かに目を細めてアスラは相手の動きをジッと見ながら、剣を振りきる。
「なんてやつだ……。素手でもアスラと互角じゃねえか」
「鬼神力を身にまとっているからか、魔族に転生しているからかはわからないけれど、あのとてつもない太刀を見切って素手で返してる」
「なんて野郎だ。あの凄まじい斬撃を見ると同時に避けてやがる」
「でもーーあのアスラってやつもそう。アルドの攻撃が当たらない……」
高レベルの闘いを繰り広げる二人のヴィンテージに、魔族をして手出しができない。
下手に立ち入れば、流れ弾で簡単に自分たちの命が無くなる。
「アスラの野郎。鬼神力を纏わずに、互角? どういうからくりだ……!」
牙を噛みしめてウルフは、人間を遥かに超えた動きをする二人を睨みつける。
強烈な正拳と唐竹が真っ向からぶつかり、互いの一撃が相殺したことを悟って両者後方に下がる。
「フン、なるほど。アブラやウルフ殿が言うだけのことはあるようだ。想像以上に手強い……!」
「……俺はあなたが想像以上に弱くて驚いている。ヴィンテージ屋敷に現れた泰鬼とかいう鬼神とは大違いだ。これではアドムに劣る……!!」
失望したーーという顔に態度をするアスラにアルドはニヤリと笑った。
ーー いいかい? 君は僕の魂を分けて作り上げた分身。君ならば使えるはずだーー歴代魔王の得物を ーー
以前聞いた大魔王の言葉にアルドは右手を天に向かってあげた。
「こい、わが手に。魔王の剣よ」
紫色の雷が天から落ちてアルドの右掌に形を作り出す。
紅いルビーが嵌められた鍔は黄金であり、黒曜石を嵌めたような刀身は分厚くーーアルドの胴体を完全に隠すほどの身幅。
剣は切っ先が鋭く諸刃となっている。
長さも之定より長く刃渡りで言っても二メートルを越えているほとのものだ。
「あれって……! 魔王剣……?」
アルドはニヤリと笑った後、右手で大剣を頭上に掲げて振り下ろした。
同時、アスラも之定を横薙ぎで叩きつける。
一方的に後方へ弾かれるアスラは、地面に両足を叩きつけて之定を地面に突き刺すことで勢いを殺す。
目の前には、大剣の重みをまるで感じていないようなアルドが右手一本でアスラに斬撃を繰り出してくる。
網の目のように繰り出されるそれらを紙一重で避けて、後方宙返りすることで距離を取るアスラ。
「……」
着地した瞬間、アスラの全身ーー両腕と両肩、太ももから血が噴き出る。
アルドの刀身は触れていないが、斬撃の風圧だけでアスラの鍛え抜かれた肉体を斬り裂いていた。
「あの魔力……! 触れてもないのに肉を削ぎ落す剣圧も、間違いなく魔王剣。なんで魔王ではないアルドが使えるんだ……!?」
「……アルドの魂は、大魔王様の魂と魔力から作り出された所謂分身。だからだと思う」
一気に形勢逆転となったがアスラの之定も刃毀れ一つなく、鈍い光を変わらず発している。
魔王の持つ剣とまともにぶつかり合っても折れず、曲がらないその刀は正に名刀であろう。
「ーーいよいよ貴様の勝ちはなくなったぞ、アスラ」
「フーー、くだらん。たかが魔王の武器如き、俺の刀で斬り捨ててくれる」
霞に構えなおすアスラにアルドは不敵な笑みを浮かべると右手の大剣を肩に担ぐようにして構える。
大剣が動き空間を割く唐竹の斬撃が衝撃波となってアスラを襲う。
これを左に見切りながらアスラは全身に青黒い気を纏うと刀身から光を発して突きを放ちながらアルドの喉目掛けて突っ込む。
大剣を盾にして受けるアルド。
衝撃波がアルドの後ろを突き抜けて地面を穿つ。
瞬間、アルドは頭上に大剣を構えると振り下ろすと同時に横薙ぎが放たれた。
甲高い音と共に、二つの斬撃は同等の速度で放たれた唐竹と逆風に防がれる。
「ーーやりおるわ」
「逆上せあがってんじゃねえよ……!!」
青黒いオーラに雷が走り出し、アスラの力を一気に引き上げる。
アスラの強烈な連撃ーー大剣では小回りが利かないため、盾にして受けるしかなく斬撃を相殺できずに衝撃波だけでアルドは全身から血を噴き出した。
「なーーなんてやろうだ……!」
「魔王様の剣でも、アスラの斬撃を防げない?」
大剣ごと後方へ弾き飛ばされたアルドに思わず魔族たちは驚愕に目を見開いた。
対するアスラはゆっくりと肩を揺らして笑いだした。
「ククク……クハハハハハ!!」
鈍く淀んでいた青い瞳は、どす黒い殺意に塗りつぶされて青く輝いている。
青黒いオーラに紫電が散ってアスラの圧が一気に高まった。
「大したハッタリの効いた剣だ……! そんな鉄の板で俺の剣技を防ごうーーだと?」
肩を揺らして笑いながらも目は笑ってなどいないーー殺意しかない。
「舐めるのも、いい加減にしやがれ!!」
怒気ーー憎悪、激しい感情がアスラの口から放たれると圧倒的な裏拳が叩き込まれた。
アルドは魔王剣を盾にして受けるも、腕が痺れる。
強烈な上段回し蹴りが流れるように裏拳がぶつけられたところにピンポイントで叩き込まれ、後方にのけ反ったところに逃がすまいと前に踏み出してアスラが柄頭で大剣をへし折るつもりで連続で叩きつけてくる。
「ぬ、ぅ……!!」
腕が痺れる中ーーアルドは距離を取ろうと後方へ下がろうとして左手一本持ちで力任せに唐竹を振り下ろしてくる刀を受ける。
その一撃は先ほどまでの技ではなくーー力そのもので、刀身の切っ先は地面を斬りつけている。
「ウォオオオラァアアアアァアアアア!!!」
鬼の咆哮がアスラの口から発せられーーアルドを大剣ごと吹き飛ばす斬り上げを放った。
アスラは地面を斬り裂きながら美しい青の斬閃を放つ。
砲弾のように身体ごと背中から石壁に叩きつけられるアルドーー並みの剣士ならば、その力だけで死んでいる。
「な、なんだーー? あの力は……!?」
「……怖い」
全身から流れる血など一切、目もくれずアスラはアルドを睨みつけている。
赤い瞳をしたアルドも立ち上がりながら、真剣な表情でアスラを睨み返した。
「見事な鬼気。鬼神力を纏わずに、鬼となるとは……!!」
「あ? 何を呆けたことを言ってやがる……?」
ゾッとする程の殺意ーー鬼気を全身から放ちながらアスラは言う。
「鬼神力とやらを纏わなければ鬼にもなれねぇ半端者が、大層な御託を並べてんじゃねぇ……!!」
これまで霞に構えていた刀を無造作に右手に持って無形の位の状態で駆け抜ける。
対するアルドは、魔王剣に鬼神力を纏わせた。
「このままでは勝てんのならーー武具の形を鬼神力で変えるまでよ……!」
言うと同時、魔王剣は紫色の光の粒子に変わると紫色の雷に代わってアルドの右手と左手にそれぞれ分けて握られる。
右手にはアスラの之定に匹敵する長さと身幅の漆黒の剛刀が握られ、左手には十文字の剛槍が握られていた。
「ウォラァアア!!」
「ーーヌン!!」
叫びながら之定を右手一本で操り袈裟懸けに斬りつけるアスラ。
アルドも刀と槍に変えた魔王剣のうち、左の剛槍を飛び上がりながら振り下ろしてくる。
両者の一撃が城の壁にひび割れを起こし、地面にクレーターを発生させる。
「血がーー滾ってきおったわ、アスラァアアアアアア!!!」
「まだ逆上せてやがんのか? だったらーーその無駄に余った血ーー余すことなく全て噴き出せてやる!!!」
辺り一面が焦土に変わってもおかしくないほどの力と力のぶつかり合いに、ウルフは撤退を考えていた。
「ネクロ様ーー。ここでこのままアルドをやり合わせても、勝てるかは微妙です。一旦退きませんか?」
「……あれだけ荒ぶった鬼神のアルドを止められる?」
「………無理っすね」
左右の槍と刀を器用に使いこなして戦うアルドに対して、斬撃は見事に洗練されながらも動きは荒々しくけんか腰と言うべきアスラの剣。
だがーーウルフの眼はハッキリととらえた。
アスラの足元からは先ほどからの激闘で刻まれた傷口から、今も血が流れている。
その出血量は決して浅くはないーーにもかかわらず、アスラは戦う前よりも遥かに恐ろしい気を放っていた。
「人間の肉体と魂でなければ、とんでもない剣士だぜ。あの野郎……!!」
「ーー本当に普通の人間? どう見ても……!!」
赤眼になって鬼神力を纏っていた方が納得できる強さとタフさだ。
だがーー徐々に差は出ている。
アスラの傷は回復しないが、アルドの傷は鬼神力によってーーその闘志によって塞ぎ体力も回復するのだ。
持久戦で挑まれればアスラは、完全に不利である。
一際、凄まじい斬撃がぶつかり合って両者の間に距離を取らせる。
アルドは静かにアスラを見据えて言った。
「見事な強さだ、アスラ・ヴィンテージ。それほどの力と技を修めておきながら、惜しい男よ。お前はーー無辜の民を傷つけた。その罪は、断じて許せん……!! 我が剣を持って葬ってやろう……!!」
「下らねぇ戯言を……! てめえは次で殺す!!」
そこでアスラも無形の位をやめて両手で刀を持つと、霞に構えた。
互いに刀に力を集めていくーー。
ーー ヴィンテージ一刀流奥義、レギンレイヴ!! ーー
同時に袈裟懸けに空を斬って力を放つ。
アルドは槍を左肩に担いだまま、右手一本で奥義の光を放った。
紫色の光と青色の光が互いの中央でぶつかり合う。
「ヴィンテージ流槍術奥義、グングニル!!」
力と力が相手に向かって押し合っている最中ーーアスラは宙に飛び上がると左肩に担いだ剛槍を横薙ぎに放ちながら紫電を放った。
剣と槍の奥義をそれぞれ片手で放ちながら、その気の量こそが鬼神力たる所以であるとアスラは悟る。
一気に光がアスラに向いて一方的に襲い掛かって来た。
「ちぃいい!!」
舌打ちをしながらアスラは刀を横に構えて力の押し合いを止めて脇に流すことを選択し、吹き飛ばされながらも力自体は己に直撃させることなく脇の上空へと流すことに成功する。
ただし、代償は大きく全身を石畳に強く打ちつけながら着地した。
これにアルドは感じ入ったように告げる。
「………なるほど、俺の奥義を破るとは。大したものだ」
アスラは全身を強く打って骨にヒビが入りながらも立ち上がった。
その気迫は衰えるどころか更に研ぎ澄まされており、満身創痍でありながらも相手を殺すことしか頭にはない。
(この男は危険だ。確実にーー仕留めておかねばならん)
鬼神力を纏うことはないが、それでもアルドにとってアスラは仕留めなければならない相手だと思わせた。
慎重にとどめを差さなければ、こちらが負けることもあり得る。
「いけるぜ、アルド……!」
「勝てる……!」
拳を握って確実に勝てると鼓舞するウルフとネクロ。
アスラは、そんな魔族たちの思惑など知らんとばかりに剛刀を八相に構えた。
ここで自分が討たれることなど、頭にない。
頭にあるのはただーー相手を殺すこと、それのみである。
「鬼神力開放。ーー鬼刃”神斬り”!!!」
赤い光が、脇からアルドに迫りくる。
「なに!?」
咄嗟に剛槍を構えて光を受けるアルドだが、完全に受けに回っていた。
それほどまでに、この一撃は自分に匹敵しているのだ。
「これはーー俺のレギンレイヴ……!? 神斬りの太刀ーーだと!?」
これほどの使い手が、この城にもう一人いたというのか? そのような思考になるアルドの正面でアスラが再び青色の光を袈裟懸けに振り切ってくる。
「くたばれ、魔族。レギンレイヴッーーツツ!!!」
「ぐぬぅうううう!!」
赤と青の光をそれぞれ左手の槍と右手の刀で受けてアルドは赤い鬼神力を鎧のように纏うも、押し流されようとしていた。
「かぁあああーーーはぁ!!!」
しかし、目を見開くと刀を横薙ぎに槍を左斜め上に、それぞれ払って光を相殺した。
さすがのアルドも肩で息をしながら、二つの奥義の光を消していた。
「な、なんてこった……! アドム・ヴィンテージまで来やがった……!!」
ウルフが思わず叫ぶ。
そう、アルドに向けて赤い光を放ったのは当代最強の二つ名を持つ男ーーアドムだった。
「………ちがう、な。これはーー陰(おに)か。陽神をこのように使うとは、なんという鬼神力」
「フン。死人無勢が我を語るか……!!」
その右手に波紋が炎のような形をした妖刀「村雅」を持ってアドムの陰(おに)ーーアバルは構える。
これにアスラも目を細めるも、何も言わずにアルドに向けて刀を構えた。
「………形勢不利、か。よかろうーー此処は退いておこう」
そう言ったアルドの身体はネクロの転移魔法によって消え始めていた。
アバルが現れた時点でネクロは撤退の選択肢を選んで準備していたのだった。
「我が子孫が、これほどまでに手強いとは思わなんだ。次は、こちらも準備して参ろう。それまでーーその首、大事に洗っておくがいい」
完全に姿を消したアルドを見送り、アバルはアスラを向いた。
「………貴様は、アドムの中に居た化け物か?」
「我は、その記憶を持ったアドムの分け身だ」
「フンーー、此度の混乱は情報を擦り合わせる必要がある。知っていることを洗いざらい吐いて貰おう」
「もとより、我もそのつもりだ。今回の件、人間如きの手には余るだろうからな……」
そう言い合うとアスラもアバルも同時に刀を腰の鞘に納めて、王城の中へと入っていった。