刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第30話 迷宮への案内

ーービークス邸の執務室。

 

 一瞬、この部屋に満ちたのはアドムの赤い鬼神力。

 

 赤い炎を纏うことはせずに赤眼となっただけであるが、それでも普通の人間には相当な負担となる力だ。

 

 だからアドムは目を合わせることなく、一瞬見せて引っ込めた。

 

 この赤眼と真っ向から対面できるのは、ヴィンテージの中でも実父ーーアスラしかいない。

 

 正確にはアグニやタハトも対面できるが、彼らは『自分と同じ』だから除外している。

 

(鬼神力ーー。神の域に到達した鬼ーー鬼神が持つ強力無比で破壊的な神通力(ちから)。それを身に纏えるだけでなく、こうも自在に使いこなすとは。この若者は、人の器ではあるが既に鬼神だ。『鍾鬼』ーーいや、最強の鬼神・泰鬼にすらも迫っている……!)

 

 ダッタが細い目を微かに開いて赤眼ーー鬼眼を発動してみせたアドムを見つめる。

 

 彼の瞳は一瞬、月光のように白銀に輝いて黒目に戻った。

 

 鬼神力ーーといっても鬼眼を発動しただけではあるが、それでも圧力が違うアドムの姿にルークも好戦的な笑みを隠さずに見つめている。

 

(面白い。白拍子の『御霊降ろし(かみおろし)』すらも、この力の前には無力だった。その正体ーー、私の国の為にも必ず突き止めてみせる……!)

 

 彼等の思惑が交差する中、アドムと対面して嗚咽をもらしていたビークスは、少し時間を置いて落ち着いた表情に変わる。

 

 これにアドムが口を開いた。

 

「それはそうと。こちらの要望を飲んでくれた以上、こちらもあなたに何かを返したいのだが。俺に何かできることはないか?」

 

「要望ですか……。先の件以外に、というのであれば特には。ヴィンテージの剣士を敵に回さずに済むなら、こちらとしてはそれだけで御の字なのです……」

 

 言いながら要望より相談といった体でしばらく考えるとビークスは告げた。

 

「ではーー恥をしのんで、もうひとつ頼みを聞いて頂けますか?」

 

「俺にできることであればーーな」

 

「実は、私の領土ーービークス領にダンジョンが発生しましてね。迷いの森の魔物とは違い、ダンジョン内の魔物は基本的に外には出てこないのですが、調査するために兵を師団で用意したのですが……」

 

 卓に肘をついて苦悩の表情をするビークス。

 

「兵には家族があり、帰りを待つ者もいると言うのに。私は無駄に彼らの命をーー。腕の立つ冒険者も何組か帰ってこなかった。運よく命のあったものも居るが、5階層より下に行ったものは皆ーー」

 

「………分かった。その迷宮は俺が攻略しよう」

 

「ありがとうございます。それとお気を付けください。大陸最強のあなたに、この言葉を言うのもおかしな話だが」

 

「いやーー。その心持ちだけで充分だ。感謝する」

 

「今夜は、我が邸宅にてお休みください。ギルドには私から話を通しておきます。ギルドから情報を得た上で、くれぐれも準備を怠らずにーー。どうか」

 

 深々と頭を下げるビークスにアドムは静かに頷いた。

 

「多くの命を犠牲にした迷宮。俺が攻略することで、その人達の供養になれば良い……」

 

「感謝する、ヴィンテージ卿」

 

 その様子を見ていたルークとダッタがそれぞれアドムに頷く。

 

「ようやく面白そうな話になって来たな」

 

「………これも試練のひとつ」

 

 アドムは二人に頷いた後、邸宅の一室にて身体を休めるのであった。

 

ーーーー

 

 夜ーー。

 

 アドムは風呂を済ませて与えられた一室でベッドに腰掛けることなく、椅子に座って刀の手入れを行っていた。

 

 ドアがコンコンとノックされる。

 

「………?」

 

 刀を鞘に納めると指輪のアイテムボックスに収納してたちあがる。

 

 扉を開けると自分と年格好の似たメイドの女性が1人で立っていた。

 

「…本日、お世話をさせていただきます。レイナと申します」

 

 俯きで目はよく見えないが唇が震え、小さな肩が揺れている。

 

 アドムは彼女以外に廊下に誰もいないことを確認してから、ジッと様子を窺う。

 

「あ、あの……」

 

「? なにか?」

 

 なにかを訴えているのは分かるが、アドムは彼女が何をしに来たのか理解できずに問いかける。

 

 彼女の顔は瞬く間に耳まで真っ赤に染まりながらも可憐な顔を上げてアドムの眼を見る。

 

「よ、夜伽に参りました。ヴィンテージ卿!」

 

「………? 夜伽? すまないが、俺が1人で寝れない歳に見えるか? これでも野宿くらいは慣れてるんだが」

 

「え? あ、あの……」

 

「………見えるのかっ。確かに20には届いてないが、それにしたって幼子扱いとは。御伽噺に興じなければ寝れないほど幼くは無いんだがな、ビークス卿……!」

 

 軽く手で額を押さえてショックを受けたようなアドムの反応にメイドのレイナは本気で困惑した表情に変わっている。

 

 本来ならば自分が相手をできるようなものではないほどに神がかった男の美貌。

 

 夜伽の訓練は同僚や先輩から受けているし、何度も客人の相手をしているが、それにしてもあまりにも美しい。美しすぎる。

 

 拒絶されたのかと思ったが、どうも彼はまったく知らないようだった。

 

 男女の機微も、夜は眠るだけのものではないことも。

 

「………ヴィンテージ様、あなたは」

 

 美しい貌、その強さもあれば、さぞ好色な一面もあるだろうと見繕われた自分。

 

 けれど彼は、自分を一切そのような目で見ない。

 

 純粋に、この時間に何をしに来たのかを疑問に思い、御伽噺の語り手だと思っている。

 

 有り得ないことだ。

 

 貴族の嫡男ならば、このような知識は必ず教育されるというのに。

 

 アドムの歳ならば、女の一人や二人の経験を積んでいて当たり前なのに。

 

 彼は、一切知らない。

 

「え? お、おい? どうした?」

 

 レイナの大きな水色の瞳から涙が流れる。

 

 それは安堵? それとも憐憫?

 

 分からない、彼女の心にはよく分からない感情が渦巻いて涙が流れていた。

 

「と、とにかく中に入ってくれ!」

 

 彼女の手を取り、アドムは部屋の中にレイナを入れた。

 

「………」

 

 その様を廊下の角から、ジッとルークが見ていた。

 

ーーーー

 

 水差しからコップに水を入れてアドムはベッドに座らせた肩までの長さでそろえたピンク髪のメイドに渡す。

 

 彼女の腰は折れそうに細いのに、胸も尻もふくよかで柔らかそうだ。

 

 サーニャやリア、ラナにルークもそうだが女性はたとえ身体を鍛えても、あのようなふくよかなものも併せ持っているのがアドムには不思議でならない。

 

「………落ち着いたか?」

 

「はい……。申し訳ございません、ヴィンテージ様のお手を煩わせて」

 

「そんな大層なことをしたつもりはない」

 

 アドムは淡々と自分のコップに水を入れてから椅子に座ってメイドーーレイナと向かい合う。

 

「君は、ビークス卿の命令で俺の部屋に?」

 

 沈黙は雄弁な肯定の証だろう。

 

「なるほど。それで夜伽を俺が断ると君は、主人の意向を成し遂げられなかったーーと罰を受けるわけか」

 

 何も言わないレイナをジッと見てアドムは苦笑する。

 

 そして彼は言った。

 

「ならーー教えてくれ。伽話の代わりにシャインのことを。歴史ーー国の成り立ちと、なぜこれほどまでに豊かな美術品が大陸中から集まるのか、を」

 

「………よろしいのですか、ヴィンテージ様?」

 

「是非もない。俺もこの国を知りたいと思っていたところだ」

 

 それから数刻ーーアドムはレイナより歴史と簡単な状況を知った。

 

 シャインの豊かさは農業と林業であること。

 

 肥沃な土地が他の国より多く、作物は豊かに実り、林業も盛んである。

 

 魔物の森に生えている木々は魔素を放っており木材には向いておらず、シャインの林業は大陸で非常に重宝されている。

 

 またシャインは大陸内で最も古く歴史がある為、他国から勉学に政府高官や貴族の子息などが来る。

 

 その際の手土産品が、この国を更に芸術の国へと発展させてきたーーということか。

 

「パジャに、この国が求めることって何か分かるかな?」

 

「……そうですね。おそらくは、絵具の原材料ーー特に朱色のものが好まれます。パジャには辰砂が有名ですね。後はーー玉鋼と呼ばれる鉄鉱石から造られる刀ーーでしょうか」

 

「絵の具と刀ーーか。なるほど、参考になった」

 

 そう言ってアドムは窓の外から注がれる月光に目をやる。

 

「……随分と遅い時間まで話に付き合わせてしまったな。そのベッドで寝てくれるか?」

 

「ヴィンテージ様、私はーー」

 

「分かっている。俺がベッドで寝ないと君は寝れないーーだよな」

 

 言いながらアドムはレイナをスマートに横に寝かせる。

 

 あまりにも手際よく行うため、自分の思い違いで女性経験があるのかと思ってしまうほどだ。

 

 しかしーー布団をかぶせて額に手を当てるアドムにレイナは自分の勘違いであると分かった。

 

 傍らに座って自分の額を撫でる男ーーその手は大きく温かい。

 

 謎の安心感がその手にはある。

 

「………ヴィンテージ様は、誰かをこうやって寝かせた経験が?」

 

 夜更けであったこともあり、レイナの瞼はすさまじい重さで彼女を夢の国へと誘っている。

 

 それでもーー自分が彼よりも先に寝るなどあってはならない。

 

 だが人間離れした美貌の男は、自分の抵抗など全くの無意味であると示すように穏やかに御伽噺を語るかのように応えた。

 

「ああ、母上と弟をーーな。懐かしい記憶だ」

 

 その声は、静かに戻らないものを乞い願うようだった。

 

 夢に誘われるレイナには、それがとても心地よくーーそして物悲しい気持ちにさせるものであった。

 

 穏やかな表情で眠る彼女を見て静かにアドムは額に当てていた手を引っ込めて離れようとしてーー彼女の右手に手首を掴まれた。

 

「ッ!! ………ぬかった……!!」

 

 たおやかな乙女の握力など、アドムにとってはそよ風のようなもの。

 

 オーガやドラゴンなどと素手で力比べをした記憶もあるが、アドムにとっては大した障害ではないーーはずであったのだが。

 

「なぜだ……、外せない……」

 

 それはアドムにとって不思議な感情だった。

 

 その手がーーとても心地よく温かいとアドムは感じてジッと彼女の右手を見ていた。

 

「お前が人の子であったと、理解できて私も嬉しいよ。アドム」

 

「ーー覗きとは悪趣味なヤツだな。何の用だ?」

 

 優雅に扉を音も鳴らさずに閉めてルークはアドムの前に立つと、顔を覗き込むように見て来た。

 

「…おい、人の顔をそんな至近距離で覗きこんでくるヤツがあるか」

 

「フフ、何。本当に腹の立つほどに綺麗な顔をしていると思ってな」

 

 そう言うとルークはアドムの顎に手をやり、自分の方を見させる。

 

「なあ、アドム。お前は何故ーー人間の振りをしている? お前は神の力を持っているのだろ? 神をその身に下ろしているのか。どういうからくりかは分からないが、神力を纏った男の身体の私が力でねじ伏せられるなどーー有り得ない」

 

「……神など知らん。それに、この力が鬼神(かみ)だとしても。俺は俺だ……」

 

 揺らがない瞳を見て、ルークは目を細める。

 

 あの赤眼こそが、この男の本質だというのは間違いない。

 

 それでもーー、この男は力を正気のまま使いこなしている。

 

 人の身が持つには、あまりに強大な力をーー。

 

 ジッと黒の瞳を覗き込んでいると、アドムの傍らでレイナが「ううん」と声を上げる。

 

 これにルークはため息を一つ吐いて名残惜しげに掴んでいたアドムの顎を撫でるようにして手を放す。

 

「……フン。色気のある話をしてやってもよかったが。先客が居てはーーな」

 

 そう言いながら背を向けるルークに向けてアドムは言った。

 

「明日はギルドに行く。遅れるなよ?」

 

「ああ。おやすみ……」

 

 扉を閉めて出ていったルークを見た後、アドムは再び自分の手首を掴んだままのレイナを見つめた。

 

ーー翌朝。

 

 玄関先でアドム、ルーク、ダッタの3人はビークスに別れを告げていた。

 

「世話になりました」

 

「いや、こちらこそ。ギルドには話を通しております。どうかご武運を」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言い合うとアドム達はビークス邸を出立していった。

 

 玄関戸を見送った後、執務室に戻ったビークスの前に初老のメイドが現れる。

 

「旦那さまーー」

 

「うむ、レイナはなんと言っていた?」

 

「結論から言うとーーお手付きはされなかったそうです」

 

 その答えに、やや残念そうにしながらビークスは苦笑した。

 

「ほう。まあ、あの美貌だ。レイナほどの器量よしでも眼鏡にかなわなんだか……」

 

「ええ、それどころかーー」

 

 困ったような表情でありながら、どこか嬉しそうに老メイドは頬に手を当てて微笑んだ。

 

「ん? どうした?」

 

「レイナの方が落とされてしまったようで……」

 

 歳はまだ20にもなっていないが、それなりの手練手管を持つ彼女が落とされた?

 

 その事実にビークスは愉快気に笑った。

 

「ふっ、はっはっはっは! なるほど。一筋縄ではいかんということか。それでこそ大陸最強、だな。メイドに彼の種を吹き込んでもらえればーーあの、赤眼の力を手にした子どもが生まれる。ちょうどよかったのだがな」

 

「……どうも彼はそういう教育を受けていないようでして」

 

「ほう。剣以外の知識がない。だからーー大陸最強なのかもしれんな」

 

ーーーー

 

「ぶぇくしょいっ!!」

 

 街の中を歩きながら、アドムの豪快なくしゃみが響いている。

 

「おや。お風邪でも?」

 

「いや、大丈夫だと思うんだが……」

 

 ダッタの問いかけに皆目見当がつかないと首をかしげるアドムを半目で見てルークは言った。

 

「フン。布団にも入らずに枕もとで座っているだけだったからじゃないか?」

 

「それは、いけません。夜は冷えます。お体に障りますよ」

 

 ダッタの言葉にアドムは、やや口許を引きつらせながら言った。

 

「次からは、ちゃんと横になって寝るよ……」

 

「ならば結構。さ。お噂の冒険者ギルドに着きましたよ」

 

 木造建築の大きな建屋と二振りの剣が交差する看板を見てアドムは言った。

 

「不思議なもんだな。パジャで見るギルドと基本的な特徴がなにも変わらん」

 

「ギルドの建屋はみな同じなんだ。冒険者ギルドの鉄則らしい」

 

「そうなのか……?」

 

「一目で、そう分かるようにどのような国であろうと同じ建屋にしているそうだ」

 

「なるほど。大陸全土に手を広げているだけのことはあるな」

 

「まあーーギルドを発足したのはここシャインだからな」

 

 こともなげに言うルークにアドムが思わず目を見開く。

 

「ーーそうなのか。知らなかった」

 

「まあパジャから出たことがない田舎者や救世を行う高尚な僧侶殿には分からんさ」

 

 肩をすくめながら皮肉気に語るルークにダッタは微笑みを返し、アドムは素直にうなずいた。

 

「昨日、レイナからも話を聞かせてもらったが、ほとほと自分が世間知らずだと自覚できたよ」

 

「ほぉ、レイナ? あのメイドか。夜伽の相手にはちょうどよかったか?」

 

「ああ。おかげでシャインのことを知ることが出来た」

 

 ルークは片眉を上げ、鼻で笑いながら続ける。

 

「メイドを名前で呼ぶとは、酔狂な貴族様だな」

 

「呼ばないのか?」

 

「少なくとも滞在先のメイドの名前までは、普通は憶えん」

 

「そういうもんか……」

 

 言い合う2人を促すようにダッタがギルドの扉を開けた。

 

ーー冒険者ギルド内。

 

 木造建てのギルドは、広間があり依頼や手配書が書かれた掲示板などを見る者。

 

 円卓を囲んで休憩している者、受付嬢にクエストの報酬や受注をしている者などが見られる。

 

 パジャでは見ないトカゲの顔をした男や狼の顔をした人間、獣の耳の生えた女性などが鎧を着て普通の人間と語り合うさまはアドムには新鮮に見えた。

 

「……っ! すごいな」

 

 踏み込む3人を見て、冒険者たちが目を光らせる。

 

「黒髪に端正な顔立ちーー、本当に男か? 服装から言って貴族のようだが」

 

「ずいぶんデカイ女だな」

 

「あれは僧侶か? 杖のひとつも持っていないようだが……」

 

 様々な種族が居るこの場所でも、アドム達は目立つようで一際注目が集まっている。

 

「おっと。冒険者ギルドならこの恰好よりいつものヴィンテージの一張羅のほうがいいな」

 

 アドムは自分の格好を見下ろしてどこか上機嫌で右手の人差し指に嵌めたアイテムボックスの指輪を掲げるとヴィンテージの一張羅へと早着替えする。

 

 腰に剣帯を巻いて兼定を通し、その重みに微笑みを浮かべる。

 

「なんだ? 貴族ごっこは終わりか?」

 

「ほぅ。それがアドム殿の本来の姿ですか」

 

 ルークとダッタに声をかけられ、アドムはニッと笑みを返す。

 

「ああ。やっぱりーー落ち着くぜ」

 

 そんな3人のやり取りに冒険者たちが騒ぎ出す。

 

「おい。あの尋常じゃない美貌の男。ヴィンテージって言わなかったか?」

 

「まさか、噂の……!」

 

 彼らの言葉を遮るように初老の男がアドム達の前に現れる。

 

「ようこそいらっしゃいました。アドム・ヴィンテージ様」

 

「アンタが、ギルド長か」

 

「はい。現れた迷宮についてお話をさせていただければと……」

 

「願ってもない。よろしく頼む」

 

 そう答えた途端、怒号のような声と地響きでギルドは揺れた。

 

 ある者は拳で天を衝き、ある者は涙し、ある者は自分が攻略するはずだったと嘯く。

 

 そんなある種お祭りのような騒ぎにルークは呆れた表情になった。

 

「うるさい連中だな。アドムが迷宮の依頼を受けるのがそんなにうれしいか? 自分たちの力の無さを他国の者に広めようとは。冒険者などやめてしまえ」

 

「皆さんが心を苦しめている証左でしょう。アドム殿が受けなければ、もっと多くの人が犠牲になったやもしれません」

 

 ダッタが戒めるように言うとルークは肩を竦める。

 

 アドムは何も言わず、ギルド長が案内する別室へと移動していった。

 

ーーギルド内面会室

 

 調度品が置かれた面会室でアドム達はダンジョンの説明を受け終わっていた。

 

 いきなり現れたビークス領の街から数十分西側の位置ーー迷いの森にそれは突然現れた。

 

 ダンジョン、迷宮、ラビリンス。

 

 呼び方はいろいろあるが、一般的に入口は一階建ての平屋だが階段があり地下に降りて行くと迷路が姿を現す。

 

 突如、大陸の何処に出現するが人間の生活している街や街道などには現れず、必ず森の中か山の奥などに出現する。

 

 今回はたまたま街に近いところに出現したが、必ずしも人間の生活圏の中に現れるものでもない。

 

 また、中は金銀財宝が入った宝箱やレアアイテム、スキル本などが多くあるが同時に強力なモンスターが徘徊する危険極まりない場所でもある。

 

 冒険者たちは、基本的にダンジョンで生活費を稼いだり討伐クエストなどを受注して生計を立てるものがほとんどであった。

 

「フン、くだらん。つまり5階層以下に降りた者はおらず。帰ってきた者は五階層までということか」

 

「はい。それ以上の下階に行った者は誰一人、帰って来ません。アドム様。他国の、しかも冒険者でもないあなたにこのようなことを頼むのは我々としても断腸の思いなのです。ですが恥を忍んでどうかお願いいたします! このままでは多くの冒険者が挑み、その命を散らしていくでしょう……」

 

「心得た。……誰か、そのダンジョンまで案内してくれるか?」

 

「ありがとうございます。すぐに手配を……」

 

 話が決まった途端に受付嬢から全冒険者に通達が入る。

 

 クエストの受注である。

 

 内容はーーアドム・ヴィンテージ一行をダンジョンまで無事に案内すること、となっている。

 

 成功報酬はギルドから支払われるとなっているので、契約成立後に破棄されるようなことはない。

 

 かなり楽な任務であり、日銭を軽く稼ぐにはもってこいなのだが誰も手を上げようとはしない。

 

「たった3人で挑むつもりなのかよ……! 俺たちは、これ以上死人を案内したくないぞ!!」

 

 1人の男冒険者が叫ぶとアドムとルークが不敵な笑みを浮かべて応える。

 

「俺一人でも問題ない……」

 

「……ああ。私もひとりで充分だ!」

 

 自信たっぷりな一組の男女に思わず冒険者は叫ぶ。

 

「アンタ等、あのダンジョンを甘く見過ぎだ! いいか、5階層までは単なるダンジョンと言えるだろう。だがそこから下は並みのダンジョンの攻略難易度じゃない! B等級の冒険者がだれひとり帰ってこなかったんだぞ! 通常のダンジョンなら三十階層まではクリアできるとギルドが評価しているB等級の冒険者がだ!!」

 

 これに気だるげな表情でルークが応える。

 

「お前が何等級か知らんがーー私の階級見せてやろうか」

 

 言いながら懐から冒険者の証であるペンダントを取り出す。

 

 その金属板には『S』と大きく刻まれていた。

 

「なにっ! そんなバカな!!」

「S……! S等級だと!?」

「あの巨女、なにものだ!?」

 

 一気にざわつき始めるギルドの冒険者たち。

 

 これにフフンと笑みを浮かべてルークは言った。

 

「これで分かったか。お前達程度ではクリアできなくても私にクリアできぬ道理はない」

 

「さて。それはどうでしょう」

 

「なに?」

 

 そんな彼女の気分に水を差すのは一行の1人ーーダッタである。

 

「生きて攻略できるかは誰にも分からぬこと。すべては覗いてみねば分かりません」

 

「フン。戦いでろくに役に立たぬヤツが、私に偉そうなことを言うじゃないか?」

 

 微笑みを返すダッタにルークの美しい眉が憤怒に歪んで睨みつける。

 

「やめろ」

 

「お前は、こんなヤツの肩を持つのか! 武芸者なら、こんな臆病者の言葉鼻で笑わんか!!」

 

 アドムの制止の声に反論してくるルーク。

 

 彼女をなだめるようにアドムは続けた。

 

「ルーク。お前のそういう自信に満ち溢れている様は嫌いではないが、未知のものに対してクリアできるとは俺でも言えん」

 

「これは大陸最強とも思えん弱気なセリフだな?」

 

「そうだな。だがーーだから『最強』で居られるんだ」

 

「フン。つくづくああ言えばこう言うやつだ……」

 

 両腕を組んで不満げな表情ではあるがルークは、それ以上は言わないと黙る。

 

「本当に大丈夫なのか? いくらS等級とはいえこんなチームワークの欠片もなさそうな連中で……」

 

 心配そうに言ってくる冒険者にアドムはニッと笑みを返して言った。

 

「そこまで心配ならアンタも一緒にダンジョンに降りてみるか? 見分役はいるからな」

 

「お、俺がか……?」

 

 銀色の胸当てを着け、髪型を天に逆立たせて赤いバンダナを額に巻いた頬骨が出た全体的に細長い男は、驚いた表情になってアドムを見る。

 

「嫌ならかまわんが。どうする?」

 

 そう言われて男はニヤリと笑みを返した。

 

「願ってもない!! アドム・ヴィンテージの実力を間近で見られるなんて!! 大陸最強の剣、見せていただきたい!!」

 

「よし、決まったな。アンタ、名前は?」

 

「俺の名はバーガンディ。よろしく頼むぜ、アドム殿」

 

「ああ!!」

 

 こうしてアドムはバーガンディの案内の下、ダンジョンへと向かうのだった。

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