第31話 ダンジョン
ーー迷いの森。
鬱蒼と木々や雑草が生え、魔素という人間にとっては毒を吐き出す植物。
その魔素を擦って変化した獣型の魔物。
彼らの存在は人間が、この森で生活することは不可能であると悟らせるには充分である。
1日や2日程度であれば、魔物に出会わなければ暮らせるかもしれないがそれ以降は森の一部になるであろう。
どんな体格や毒耐性のある人間でも1週間もあれば全身に毒が回って確実に魔物へと変化する。
そうなれば人間に戻ることはなく、人間としての記憶も完全に消えるのだ。
そんな森の中で石造りの精巧な建物が出来上がっている。
使われている石材は一見すると人間の手でなければ不可能なほどに直線的な構造をしているが、人間の手では不可能なほどに完璧な直線であることを大工の仕事をしている人間ならば見抜くかもしれない。
それは人間では有り得ない技術であった。
「想像してたよりずっと広い建物だな。これがダンジョンか」
アドムが建物を見ながら感想を言う。
脚を踏み入れ、魔物の頭をルークが素手で潰して倒しながら言った。
「フン、広いだけだ。出てくるモンスターも大して強い奴じゃない」
現在、地下3階層であるがここまででモンスターの傾向が同じであるためルークは既に見限り始めている。
「毒や霧があるが、それに注意すれば問題ないだろう」
これに案内をしている冒険者バーガンディが抗議の声を上げた。
「言ったはずだ、5階層までは普通だと!」
「ならさっさと下に降りる階段に案内しろ。この程度の迷宮、私が早急に終わらせてやる」
肉食獣のように獰猛な笑みを浮かべて言うルークを見ながらアドムは淡々と周りの状態を見ている。
倒した魔物は骸さえ残さずに消え、代わりに透明なガラス瓶に入った青色の液体と金貨が数枚床に落ちている。
「なるほど。ここに来れば食いはぐれることは無さそうだな」
「肉や骨が、この迷宮に吸収されて何も残らず代わりに別の何かに変換されるとは。これは確かに神仏ーーいや悪魔の所業」
ルークの無双を見ながら感想を漏らすアドムの横でダッタが供養を捧げながら呟いていた。
アドムは、ルークに加勢することはなく何回か後ろを振り返っている。
「……」
「? どうした、アドム?」
ルークが後ろを気にしているアドムに声をかけるとアドムは応えた。
「気を付けろ、尾けられてる」
「ほーう? ダンジョン内でひとを尻を尾けられるとは。大した余裕だな。それぐらい余裕があるなら5階層以降も行けそうだがな」
「そいつが人間ならな」
アドムの言葉にルークは黒い目を見開く。
「魔物だっていうのか? 魔物にそんな知能、あるわけないだろ」
「ああ、俺も会ったことはない。だが、会ったことがないと居ないというのは同じじゃない。最悪を想定してリスクを気にすることに越したことはないさ」
「……ふぅ。背後に気を取られすぎてしょうもないトラップに足をすくわれるなよ」
あまりに慎重が過ぎるアドムの姿勢にルークは思わず肩をすくめてしまう。
その後も順調にアドム達はルークを先頭に立てたまま下層へと進んでいく。
「し、信じられねえ! 俺、8階層まで来てる……!」
すでに行方不明となった冒険者が居るであろう6階層を越えている。
6階層で多くの装備品が放置されていたので、おそらくはそれが行方不明者たちの遺留品であろう。
正騎士の鎧や武器も、7階層に並べられるように置かれていた。
これらを問題なくアドムはアイテムボックスに回収しながら、隣の素手で魔物を葬っていくルークに声をかけた。
「ここまでの道のり、どう思う。ルーク先輩」
これにルークが思案するために片目を閉じて応える。
「そうだな。確かに妙なダンジョンだ。トラップの仕掛けとか毒属性を持った剣をふるうリザードとか。その後ろにリッチを配置する編成とかな」
隣でバーガンディも頷いて続けた。
「まるで冒険者みたいな集団行動を得意としてやがる……」
「8階層でこれか。階層を進んで違和感の正体がハッキリと感じる。ここの魔物は人間に対する殺意が尋常じゃない上にフォーメーションまで組んでくるとは生意気な」
イライラしているようなルークの横でダッタが静かに語る。
「たしかに凄まじい殺気です。それに供養しようにも斃され骸と化した存在そのものが消えてしまうとは。なんと無情な……」
「おい、僧侶殿。魔物にまで祈ってやるのか? 戦いに参加はしない、倒した魔物にいちいち情けをかける。つくづくイライラする」
ダッタの行為に更に苛立ちを募らせるルークを見て、バーガンディがアドムに言った。
「な、なあ。アドムさん。あのふたり、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。ルークはああ言ってるが、戦意のない者に武器を構えるほど落ちちゃいない。そしてそんなこと言われたくらいでダッタは折れない。たとえ俺が刀を突きつけたとしてもな」
「大陸最強の刃を前にひるまない? どんな僧侶なんだよ」
そのまま階層を下ってアドム達は一つの扉の前に着いた。
これにルークがニヤリと笑う。
「アドム、10階層だ。あるぞ。ボス部屋が」
「ボス部屋?」
意味が分からずに首をかしげるアドムにルークが応えた。
「ダンジョンには何故か分からんが、キリのいい階数のところでその階層を統治するボスが現れる。そのボスは部屋からは出てこないが、一度入ると倒すまで出てこれない。つまりボスを斃せなかったときは全滅する以外にないということだ」
「よく分からないが。それがダンジョンなのか」
「ああ、それで我らがリーダーのヴィンテージ殿。今から中に入るのか? ちなみにこの部屋のボスを倒さないと下には降りれんぞ」
「是非もない」
そう言われてアドムはルークの前に出ると扉に手をかける。
「お、おい! 本当に大丈夫なのか!?」
焦った様子で叫ぶバーガンディを完全に意識の外に追いやってアドムは不敵な笑みを浮かべて言った。
「……この兼定、抜くに値する相手か。見せてもらおう」
「フン、まあ確かに。ここに来るまでには我々が武器をふるう必要はまったくなかったわけだが。少しは楽しませてくれそうだな?」
「参りましょう。これもまた試練なのです」
扉を開けて中に入っていったアドムの後にルークとダッタが続く。
これを見送りながらバーガンディは手持ちのアイテムを見ながら迷っていた。
「回復アイテムは一応持ってきてるが、大丈夫なのか。ええい! ままよ!」
ーーボス部屋。
それはただ広いフロア。
石畳の部屋が無限に続いている。
ーーーううううう!!
牛のような人の声のような独特な声を聴いて振り返ると頭が牛、体が鍛えられた肉体を持った8メートルはある半裸の男が居た。
その手に1本の巨大な斧を持っている。
バーガンディが目を見開く。
「ミノタウロス、だと!? 本来なら30階層に居るボスモンスターじゃないか!!」
通常のミノタウロスよりも頭2つ大きいサイズを見て、明らかに強敵だと察する。
おまけに相手は瞳が紅く発光していた。
「ほぅ。たかがミノタウロスか」
これにルークはニヤリと笑みを返してアイテムボックスに手を突っ込む。
だが、彼女が何かをする前にアドムが前に出ていた。
「さがってろ。手を出すな」
自分に1歩ずつ近づいてくるアドムを見て、ミノタウロスが腰を落として斧を振りかぶって突っ込んでくる。
「アドム・ヴィンテージ。参る……」
アドムが言いながら1歩踏み込むとーーミノタウロスの巨大な斧がアドムの立っていた場所に横薙ぎを放つ。
その桁違いのスピードにルークをして目を見開いている。
「ただのミノタウロスじゃない、だと!?」
アドムは軽業師のように斧の真上を飛んで避け、ミノタウロスの背後に着地するもミノタウロスは即座にふり返りながら斧を頭上に構えて振り下ろしてくる。
紙一重で左に見切ると石畳が凄まじい衝撃を放ちながら割れる。
爆心地からクルクルと宙返りしつつ顎を飛び後ろ回し蹴りのフォームで蹴り上げて、反動から離れた位置に着地するアドムを見てミノタウロスが咆哮する。
ーー ウォオオオオオ ーー
その声と同時に全身から黒いオーラをゆらゆらと放ちながら禍々しい紅眼は光を強く強く放ってくる。
「この瘴気、いったいどれほどの憎しみを生み出せばこれほどのものを?」
「アドムの攻撃を受けて平然としている、だと!?」
ダッタとルークがそれぞれ驚愕する中、アドムだけは笑っていた。
「フッ、それでこそボス……」
明らかに重圧が上がったボス敵を相手にアドムは拳と首を鳴らしてから言った。
「だが今の一撃、避けられないようじゃ兼定は抜けんな」
これに大斧を両手で持って腰を落として中段に構えるミノタウロス。
「ミノタウロスが、構えただと!?」
「おいおいおいおい! どうなってんだ! 魔物が構えを取るだと!?」
ルークとバーガンディが同時に叫ぶ。
構えを取るだけで飽き足らずミノタウロスは、口から火炎を吐き出した。
紋章ーー言葉を放てない魔物が使う魔力の文字を組み合わせて発動する魔法だ。
これにアドムはニヤリと笑みを返すと炎に向かって突っ込んでいく。
「俺は夢を見ているのか。人間のように武器を構える魔物が居る。そしてーーその魔物が魔法を使っている!」
吹き付けられる炎の隙間を縫うようにアドムは真っ直ぐに突っ込んでくる。
これにミノタウロスも目を見開いて驚きながらも大斧を横薙ぎに放つ。
アドムは足下に転がっている石材の破片ーー拳大の石ころを手に取ってから斧を避けて飛び上がった。
アドムの脚下を斧がすり抜けていく。
「それを相手してる剣士は剣を抜かずに素手で戦ってる!!」
バーガンディが興奮に拳を握って叫んでいた。
アドムは拳大の石を次々とミノタウロスに向かって投げつける。
それは炎を遮って隙間となり、ミノタウロスへの道をアドムに示していく。
「さすがはアドム・ヴィンテージ。体術も見事なものだな。とはいえ、その辺の石ころ投げるだけでなにが分かるっていうんだ?」
ミノタウロスの咆哮が響くも、大斧で防いだのは自分への瞳や喉ーー急所に当たる石のみだ。
それ以外の石は分厚い筋肉で止めている。
とはいえ、石はめり込み内出血を起こしているが。
「なるほど。攻撃の選別をきちんとしている」
「うそだ! 魔物にそんな頭があるなんて!!」
先ほどから驚いていたルークの表情が落ち着くも、バーガンディは反論する。
「たしかに普通の魔物に知識はないな。ヤツが『普通の』ミノタウロスじゃないのはわかったぞ。だが、あの程度ではアドム・ヴィンテージの遊び相手にもならん」
「ーーえ?」
神速で移動しながらアドムは、淡々と放たれる炎に向かって石を投げつける。
石は炎を突っ切ってミノタウロスの眉間を狙っているーーそれを大斧で防ぐ。
それを防いだミノタウロスの眼には宙に飛び上がったアドムが居る。
ーー グォオオ!? ーー
「ウォオオオオオッ!!」
右の拳を握ってアドムは魔物をも怯ませるほどの咆哮を上げてミノタウロスの眉間に叩き込んだ。
その一撃を食らってミノタウロスの巨体は後方へ大きく吹き飛んで背中から地面へと倒れ込んだ。
「そ、そんな……! 本当に刀を抜かずに倒しちまった……!!」
バーガンディが思わずつぶやく中、ミノタウロスは眉間から血を流しながらも片膝を付いた状態で起き上がってきた。
もっとも、彼はそれ以上動くことはできないようだった。
「なにをしているヴィンテージ。早くとどめを刺せ!!」
ルークが叫ぶ中、アドムはジッとミノタウロスを見たまま言った。
「……勝負はついた。お前が一番よくわかっているだろう」
ーー グゥウ。 ーー
「そこをどけ。俺はこの下に用がある」
唸るだけのミノタウロスに対して、アドムは淡々と続けた。
「お前がその気なら、いつでも相手をしよう。さらに腕を上げてかかってこい」
そこまで言われて、ミノタウロスは輝く瞳に瞼を下ろすと全身に纏っていた黒い瘴気を消して下に続く階段を開けるのだった。
これにルークとバーガンディが驚愕する。
「お、おい!」
「なんだと!? ボスが道を開けた!?」
叫ぶ二人を置いて、ミノタウロスに目で挨拶するとアドムはそのまま下の階へと降りて行く。
同行者たちもアドムの後を追ってミノタウロスを横目に見ながら下層へと向かった。
「ここの魔物、なかなか骨がありそうだな」
楽しげに笑って階段を降りているアドムを見て、ダッタが笑みを浮かべた。
「なるほど。見た目に惑わされませんか。さすがは鬼神の魂をもつ男。泰鬼があなたにこだわるわけだ」
「おい、なにをしている、ダッタ。さっさと行くぞ」
「分かりました。ルーク殿」
階段を降りずに微笑んでいるダッタに振り返ってルークが告げてくるのを頷いて返し、ダッタも彼らと同じように階段を降りて行く。
そのまま、アドムとルークを先頭に一気に下の階へと突き進んでいった。
ーー地下50階層
フロア自体は何一つ変わらないが出てくる魔物が桁違いに強くなっているとルークは感じていた。
「これで50階層。まだ下があるか……」
「そろそろ飽きて来たぞ。ヴィンテージ。一旦帰らんか? この分だと60以上ありそうだ。下手したら100かもしれん」
フロアボスを倒して階段を見下ろしてアドムがつぶやくとルークが本気で嫌そうにしている。
「マジかよ。50階層あるダンジョンもそうだが、この男、本当に刀を抜かなかった……!」
バーガンディが驚愕の表情で言う横でアドムはこともなげに言った。
「お前達、さきに帰っていいぞ」
「なに? お前は」
ルークの問いかけにアドムが応える。
「俺は、もう少しもぐってみる」
「アドム殿。急がれる気持ちはよく分かりますが、急いてはことを仕損じるとも言います。ここはひとつ」
「急いてはいない。ただ、この迷宮はクリアする。俺がそう決めた」
ダッタの忠告さえも聞こうとせずに降りようとするアドムにルークが呆れた表情で舌打ちしていった。
「チッ。勝手にしろ。終わったらギルドに報告をしに帰って来いよ」
「ああ」
まるで買い物に行くかのような気安いやりとりに思わずバーガンディがルークとアドムを交互に見る。
「お、おい! いいのかよ!」
「ここまで来てまだアイツの実力を疑っているのか? アイツの心配はするだけ無・駄・だ!」
「い、いや。だけど!」
まだ何か言いたげなバーガンディを置いてルークは顎に手をやって考える。
「それよりもーーたしかにここのダンジョン、厄介だな」
「はい。普通では考えられぬほどに怨念が固まっております」
「その怨念とやらはわからんが。人間を殺そうという殺意はハッキリと分かる。ギルド長に報告したほうがいいだろう」
ダッタの言葉にうなずいてからルークはバーガンディを見ると彼も頷いていた。
「そ、そうだな!」
彼の納得を得て残された全員の意見が一致となる。
「アイツの動向も気になるのも事実、特別に私の術を見せてやる」
そういうとルークは紙を人型に切り取ったものを豊かな懐から取り出した。
手を離すとひらひらと地面に落ちる紙人形。
それは自立するとアドムの後を追いかけるように階段を下りていく。
「これでヤツがどうなるかーー遠隔で視れる。さあ、ギルドに戻るぞ」
そう言ってルークは懐からガラス球のようなものを取り出すと白く輝かせて自分たちをダンジョンの入口へと転移させた。
「? これはーー?」
「おお、リターン石か! さすがS等級、装備品に無駄がない!!」
ダッタが問いかけ、D等級の冒険者が称賛する。
これにニヤリと不敵な笑みを返してルークたちはダンジョンからギルドに報告に戻るのだった。
一方、アドムはひたすらに下の階へと降りていく。
近づくもの、向かってくるものを倒しながら。
何かに憑かれたように一心不乱に最下層を目指して駆けていく。
その拳で蹴りで倒せない時は、敵の持っている武具を奪って叩き斬っていく。
槍で突き、剣で斬り、棍棒で叩き、落石で割る。
まるで嵐のようにアドムはダンジョンのフロアを駆け抜けていく。
魔物を文字通り蹴散らしながらボス部屋まで一気に降りていく。
戦利品を回収こそすれ、それだけだ。
ひたすらに降りていく。
すでに90階層を越えている。
出てくる魔物も一体一体が桁違いに強いものしかない。
それを相手にしてアドムは未だ、腰の刀ーー兼定を抜こうとはしない。
全身から青い炎を吹き上げると敵の武器を奪っては斬り倒していく。
風の刃を放ってくる一角狼の魔物にはスケルトンから奪ったカトラスという剣で風の刃弾を放ち倒す。
トロールが力技でねじ伏せてくるならば、腕力にものを言わせて相手のこん棒を奪っては叩き割る。
まるで魔物が何処から出てくるのか、どんな技を放ってくるのかを知っているかのようにアドムは淡々と処理していく。
99階層を踏破したアドムは、そのまま100階層に降りて行った。
そこに居たのは黄金色の長い身体を持った龍。
白銀の角と赤髪を思わせる鬣、蒼銀の瞳を持った龍であった。
ーー まさか、ここまで辿り着く人間が居ようとはな ーー
「…お前が、この迷宮の主であっているか?」
ーー 如何にも。だがーー人間よ。貴様は、いったいどのようにして一人でここまで辿り着いた? ーー
その問いかけに応えるようにアドムは全身から青い炎を吹き上げて燃え上がらせ、身に纏う。
それだけでアドムの足場はひび割れ、ダンジョンのボス部屋の壁はひび割れていた。
覇気で青く輝く瞳を向けてアドムは不敵に笑った。
「金色の龍よ、退屈させるなよ……」
ーー 不遜。だが、その態度に見合う凄まじき力よ。妾は龍族の長ーー龍神。故に教えよう、人間無勢が挑んで良い相手ではないということを ーー
「楽しみだ……! この兼定を抜くに値する相手か、見せてもらう!!」
嬉々としてアドムは拳を握って龍神を名乗る金色の魔物へと踏み込んだ。
ーーーー
一方、そのころ。
ギルド長に報告をしていたルークたちは、遠隔の術式でギルドにある魔水晶の球へ景色を映していた。
アドムの動向を紙人形の視野から様子を窺うことができるからだ。
だがーーその様子を見た者たちは揃って黙り込んでいた。
「…なんだ、アレは? ドラゴンではない……!」
ギルド長が焦った様子で呟く。
トカゲや蛇に似た爬虫類の特徴を持つ、コウモリのような羽根と鋭い爪と牙を持った大型の生物。
それがドラゴンだ。
アドムの目の前に現れたのは、長い蛇のような身体と爪と牙を持つが、羽根を持たずに空に浮いている。
宝石のような碧眼が輝けば、金色の雷がボス部屋に走りーー口を開けば強烈な赤い炎を吐いてくる。
雷は床を穿って溶かし、炎は部屋の壁に大穴をあけるほどに強烈だった。
「この力ーー。それに人の言葉を放す知能と言い、普通の竜ではない。私の国ーーチャーチに古より伝わる『龍』という生き物に似ている……!」
「………黄龍。このような異世界で龍族の神が居られるとは」
ルークとダッタが、それぞれ言葉を呟く先でアドムの飛び蹴りを巨体とは思えない身のこなしで避ける龍。
人智を超えた異次元の戦いが、水晶の向こうで繰り広げられていた。
ーーーー
強烈な右の爪が閃く中、衝撃音と共に止まる龍の右手が宙で止まる。
見れば左手一本で龍の鉤爪を受け止めるアドムが居る。
彼は、止めた龍の手を押し返すと同時に右拳に力を集中させて真っ直ぐに龍の眉間へと突っ込みながら正拳突きを放つ。
先ほどの龍の一撃に勝るとも劣らない轟音が鳴り響いてーー龍の左手にアドムの拳が止められている。
目を見開くアドムへ強烈な尾の一撃が鞭のようにしなりながら迫る。
神速の移動を空中で行い、アドムは尾の届く範囲外へと回避して睨みつけた。
ーー 貴様、何者だ? 人間では有り得ない。妾と身体ひとつで渡り合う等、人間の力ではない ーー
龍の言葉を無視してアドムは自分の左側に目をやる。
「………やるな」
その頬から赤い血が流れている。
「誇れ、龍神……!」
ーー なに? ーー
「お前はーーこの兼定を抜くに値する敵だ!!」
そう叫ぶと同時、アドムは剛刀を抜き放つと太陽を思わせる真紅の炎を全身に纏った。
青い瞳は、身に纏う炎と同じ赤へと変わっている。
ーー この力。貴様は、いったい!? ーー
そう叫ぶ黄金の龍神に対して、赤の炎を纏った鬼神は告げる。
「俺の名はアドム。アドム・ヴィンテージだ、俺が認めた強敵よ……!」
脚を一歩、前に踏み出すだけで強烈な重圧が龍神にかかる。
その圧に耐えきれず、真紅の炎を口から噴き出す。
「……」
龍神の放った炎は、アドム(鬼神)が身に纏う炎によって遮られーー割られる。
ーー 化け物が!! ーー
碧眼を輝かせてフロア全体を覆いつくすように黄金の雷が雨あられのように天から降り注ぐ。
「……!」
その黄金色の雷を見た瞬間、アドムの中の何かが騒いだ。
『ーー見事だ。この我(おれ)を討った、その事実に敬意を払う。だがーー! 異界の神々よ、軍勢よ!! あまりに、あまりに! 非力!! 我(おれ)を満たすには、汝等では足りぬ!!』
それはーー自分の声だ。だが、自分が発した記憶はない。
目の前に美しい白銀の髪に黄金の瞳をした男とも女とも見分けることが出来ない逞しいものが立っている。
手には鉾。
服装は中国風の貴人の礼装の下に鎧を着こんでいる。
そのものが鉾から放つ雷はーー黄金色をしていた。
「ウォオオオオオッ!!!」
これに刀を一閃、横一文字に薙ぎ払ってあっさりと雷光を斬り裂く鬼神。
ーー なにぃ!? ーー
目の前に雷光の如き神速でアドム・ヴィンテージは迫っていた。
左手に剛刀を握り、右拳を大きく振りかぶって龍神の頭上に現れている。
「終わりだーー」
見開く碧眼に対して、赤の鬼眼が告げると同時に拳が巨大な龍の頭を打ち貫いた。
その一撃は、龍神を名乗る黄金の龍の意識を完全に断ち切った。
地響きを立てながら動かなくなる巨体を目の前にしてアドムは右拳から赤い炎を吹き上げる。
「ーー黄金の雷光。たしかに斬ったぞ……!!」
口の端が裂けるような笑みを浮かべてーー鬼神は笑った。