ーーダンジョン最下層。
黄金の龍が横たわり、その前に赤い炎を全身に纏った赤眼の鬼が立っている。
ーー グゥ、貴様。 ーー
唸り声を上げながら龍が光の粒子になって姿を変えていく。
目の前に現れたのは燃えるような金髪に青い瞳を持つ白い着物を着た絶世の美女であった。
着流しのように豊かな胸をさらけ出すような着方をした美女は、身長がアドムと近く目線が変わらない。
頭を片手で押さえながら鬼神の力を纏うアドムを睨みつける。
「おのれ、鬼神……! よくも、やったな」
「…お前も、俺を鬼神と呼ぶか」
左手に持った剛刀兼定を右手に持ち変えるとアドムは鞘に納める。
同時に身に纏っていた赤い炎が消え、力を放っていた瞳の色は漆黒に近い色に戻る。
「誇り高き戦の神ーー鬼神が、何故薄汚い人間の皮を被っておる?」
「今のお前の姿は違うのか?」
小首をかしげるアドムに黄龍は応える。
「戯言を。そも人間とは知能を持たぬ猿が進化し、ずる賢い知恵と姿だけを神々(われわれ)の神界の姿に似せてできた生命体(できそこない)……よもやそれも分からぬか」
「……」
「其の方、人間の肉体に鬼神の魂だと……? そんな姿で生きながらえたいか、恥知らずが!! 鬼神とは誇り高き神の中でも最も荒々しく恐ろしいものであるはず。それが貧相で惰弱な醜い人間の器にあるなどーー自ら滅びも選べぬか!!」
アドムは静かに瞳を閉じると彼女から背を向ける。
「お前の言うことも分からなくはない。確かに人間には、そのような一面もある」
「そのような一面もある? まさか、違う面があると? 鬼神が! 妾と同じく誇り高き神が! あのようなモノ共を庇い立てするか!!?」
「なんとでも言え。俺は、人間だ」
その答えに黄龍は今度こそ殺気を丸出しにして黄金の神気を見に纏う。
「鬼神の誇りを失くし、人間と自らを称するなどーー神の面汚しが……!!」
アドムが立ち止まり黄龍を見ると黄龍もまたアドムに構えている。
「妾は、其の方を神などと認めん! 人間は妾を謀り、力を奪い、権力の象徴として妾を辱めた……! 土地を長年守り続けて集落が国に変わるまで見届けてやった妾を、だ!!」
信じていたものに裏切られた憤りと悲しみが彼女の顔からは窺える。
「気付けば、このような異世界の薄暗く埃が多い迷宮の奥底の部屋に封じられておった……! 許せると思うか、そのような人間どもを!!」
「それは俺が知るところではないが。すくなくとも俺の知る人間は、お前の言うようなものばかりではない」
言いながらアドムは淡々と黄龍に言う。
「それに俺は人よりわずかに優れただけの人間だ。神じゃない」
「おぞましいことを。龍の肉体の妾を素手で叩きのめせる人間が何処に居る? まして先ほどの鬼神力を見せつけておいて!!」
瞬間、美女の纏う神気から黄金の龍の幻影が現れる。
「妾の力で今度こそ、地に伏せよ! 外道!!」
これにアドムは青い闘気を身に纏って腰を落とす。
黒瞳は光を放つ青に変わっている。
「……何のつもりじゃ? 先のように鬼神力を出さぬか」
「俺は人間だ。そんなものに頼らなくても、俺はお前を倒せる」
「舐めおって……! 後悔するがいい!!」
幻影の龍が吠えると同時、美女の姿をした黄龍が一気に踏み込む。
簡単にアドムの刀の範囲に迫ると鉤爪を作る様に指を折り曲げて右腕を横に薙ぐ。
「なに!?」
アドムが目を見開きながら兼定を抜いて斬りはらった。
甲高い金属音が鳴り響いてアドムが後方へ吹っ飛ぶ。
軽業師のように空中でクルクルと回転し着地するアドムの目の前に黄龍は不遜な表情で両腕を胸の前で組んで立っていた。
「……っ!」
アドムが神速の運足法で一気に踏み込み、両手持ちの兼定を唐竹に放つ。
衝撃波が周りに吹き荒れ、地面が起こり割れる。
だがーー黄龍の美女は微動だにしていない。
「……!?」
美女は左手を頭の前にかざすとアドムの刀が宙で止まるーーいや、正確には宙に突如現れた黄金の龍の右手甲によって受け止められていた。
ヴィンテージの神速に反応する速度、アドムの斬撃を真正面から受け止める耐久力。
(パワーもスピードも桁違いに上がっている!?)
目を見開くアドムへ黄龍は不敵な笑みを浮かべていった。
「先ほどの龍の形態は人間相手の時のみ。今の妾こそ、龍神の姿よ。おもいしれ、人間に堕ちたーー神の面汚しめ!!」
右の貫手を放つ美女ーーアドムは咄嗟に刀を構えて受けると目の前に龍の爪が現れてアドムの眉間を狙って突き出してくる。
これを刀で受けるが受け切れずに後方へ吹き飛ばされるアドム。
「な、にぃ!?」
衝撃音と共に壁が破壊され、背中から壁面に叩きつけられたアドムは口から血を吐いた。
「がはぁッ」
龍の時の攻撃力と破壊力はそのままに、人間形態になったことで小回りも効く正に強敵であった。
「思い知ったか? 妾の力……!」
壁面に大穴を開け、壁の向こうへと仰向けに倒れていたアドムが立ち上がり、美女へ構える。
全身から血を流し、服も破れているがアドムの青い瞳は一向に鈍っていない。
「……いくぞ!!」
霞に剛刀を構えた後、一気に突っ込む。
無数の斬撃の檻が形成されーー空間を網の目のように走る。
「フン……!」
黄龍の美女もまた、前に踏み出すとともに両手の爪で空間を撫で始める。
一閃、二閃ーー剣戟音が鳴り響いてから炸裂音が続いていく。
美女の両肘から先が消える程の動きとアドムの姿が残像を残すような速度で走りーー両者は交差する。
「はぁああああ!!!」
「うぉおおおお!!!」
ふり返りながら右掌を頭上から振り下ろす黄龍の美女と兼定を横薙ぎで放つアドム。
互いの中央で龍の爪と兼定がぶつかり合う。
鍔迫り合いが発生し、空気の摩擦と衝撃で稲妻が走り地面が割れて起こる。
「……フン」
「っ!?」
だがーーアドムが一方的に後方へと弾き飛ばされ、弾丸のような速さで石壁に再び叩きつけられる。
壁はアドムの身体によって砲弾を食らったように撃ち抜かれ、巨大な大穴を空けていた。
「確かに鬼神力抜きでも、そこそこやるようだがーーそれで妾の相手が務まると思うておるまいな?」
アドムは、すぐに立ち上がってくる。
青い光は炎のように全身から噴き出ており、更に瞳は炯々と輝いている。
「立ち上がったとて、貴様では妾に勝てんぞ。疾くーー鬼神力を纏うがよい。これが最後だ……」
アドムはーー拒絶するように青い瞳を輝かせて突っ込む。
「ーーそうか。ならばーー散れ、外道」
左右の爪がアドムを握りつぶそうと挟み込むように現れる。
「うぉおおおっ!!」
喉元から咆哮を迸らせながらアドムは横薙ぎを放つ。
空気の刃が扇状に現れて斬撃となり、両の掌を一瞬とめる。
「ーーなに!?」
目を見開く黄龍の美女の前にアドムは神速で踏み込むと同時に唐竹を放つ。
「ちぃ!!」
舌打ちと共に振り下ろされる刀を右腕で左に弾きながら、己の左脇へと降りたアドムの側頭部へと蹴りを放つ。
アドムも左脚を蹴り上げてぶつけ合う。
互いの中央でぶつかった蹴りはアドムが一方的に押し負けるーーが、彼は軸の右脚一本で空中に跳び上がると完全に押し切られる前に反動を利用して右の飛び回し蹴りを放つ。
「妾の顏を足蹴にしようなどーー外道が!!」
左腕を上げて跳び蹴りを受けてから突き放すとアドムの身体が木っ端のように後方へと弾き飛ばされる。
「終わりだ!!」
目を見開いて黄龍の美女は、黄金の落雷の雨を発生させる。
空中では逃げ道などないーーアドムは雷を打ち込まれて死ぬだけだ。
「ーーどうかな?」
そう静かに告げたアドムは、自分に向かって放たれる無数の雷に向かって刀を横薙ぎに振る。
すると雷光は刀身へ吸い込まれるように纏わりついて行きーー兼定は瞬く間に雷光の剣と化した。
「ーーこやつ。妾の雷を空で刀に纏わせることで無効化したーーだと!?」
その雷光の剣を右手一本で左から右へと横薙ぎに放つとフロアを全て包み込むはずだった落雷は、一本の雷光の矢となって黄金の美女へと向かう。
「ちぃ!!」
龍の右掌が宙に現れて雷を受け止めると同時ーー爆発した。
着地したアドムは静かに兼定を青眼に構えて刀身に己の気を込めていくーー青い光の剣と化す兼定。
それを霞に構えてアドムは爆発の向こうから現れる美女を睨みつける。
「このーー外道がぁあああああああああ!!!」
美女の叫びと同時、黄金の龍の顎が現れて雷光の球を生み出しーー凝縮していく。
対峙するアドムもまたーー己の力を限界まで引き上げて袈裟懸けに空間を斬る。
「消え失せろ!!!」
「レギンレイヴ!!」
黄金の雷光と蒼銀の斬閃が互いに向かって一直線に放たれーー互いを飲み込むほどに強大な光が中央でぶつかり合った。
一気に黄金の雷光がアドムの奥義を押し切っていく。
「……!!」
「終わりだ……!!」
奥義を押し切られる寸前ーー青い気の光を身に纏ってアドムは雷光に突っ込んだ。
「な、にぃ……!?」
消し炭になることなくーー気の光を鎧としてアドムは雷光の中から黄龍の美女の前に現れる。
「ーー決着だ!!」
青い斬撃が一閃され、擦れ違うと同時に黄龍は袈裟懸けに斬られていた。
「ーーなんだと……? 鬼神力を使わずに、これほどまでの力を……!!」
その一撃は皮一枚しか斬れておらず、黄龍の美女はふりかえる。
刀を納めるアドムはふりかえって再び黄龍の美女を見つめてきた。
「……勝負あった、だろ?」
「皮一枚、か。妾に手心を加えるとは。だが、何故だ? 何故、鬼神力を使わなかった。使っておれば、そのような様になることはなかったろう?」
少なくとも身体能力で差が出ることはなくーー純粋な力と力の戦いになったはずであった。
美女の指摘にアドムは自分の身体を見下ろすと、気の鎧ありきとは言え先の雷光をまともに喰らった代償で決して軽くはない火傷を負い所々出血している。
「……ただの、意地だ」
これに間髪入れずに応えたアドムに、黄龍の美女はあっけにとられた表情に変わった。
「意地? 意地で妾の切り札を人間の力のまま突っ切ったーーと?」
「ああ。人間は貧相で惰弱で狡猾だと言ったな? だがーー俺は真っ向から人としてお前に挑んだ。人間だって捨てたもんじゃないーーだろ?」
「…其の方、それを言うためだけに鬼神力を使わなかったと?」
アドムはこれに応えずに全身から血をにじませておきながらーーニッと不敵な笑みを返した。
黄龍の美女はーー瞳を閉じて力を納めると言った。
「なるほど、其の方は意地張りの阿呆であったか」
「お前に人間の良さを理解してもらうには、これしか思いつかなくてな。すまん」
「妾を相手に手加減したことに代わりはないーーが、そこまでの覚悟を持って人間を庇う其の方に興味が湧いたぞ。たしかーーアドム・ヴィンテージと名乗ったな?」
「……ああ」
「妾の名はーーエル・ドラル・アウローラ。かつては黄燐(おうりん)と呼ばれていたものだ」
言いながら黄龍の美女ーーエルは光の粒子となってアドムの目の前から消えた。
『其の方のすることーーその眼を通して見せてもらう。よろしくのぉ』
「……勝手なヤツだ」
呆れた表情に変わったアドムは全身に漲る気を体内に納めーーボス部屋のクリア報酬として得た金銀財宝を全てアイテムボックスに収納するとダンジョンを後にする。
階段の代わりに描かれていた魔法陣で一瞬で最下層から1階に戻り外に出るとアドムは迷いの森の木々から覗く青空を見上げた。
「……いい天気だ」
『確かに。鬱陶しい迷宮の空間に居たから、外の空気が美味いわ』
アドムの耳には、彼にしか聞こえない美しい声が聞こえる。
そちらを見ると半透明の黄龍の美女ーーエルが居た。
『時に「お前様」ーー尾行(つ)けられておるぞ』
「ああ。分かってるーーって、お前様?」
『フフ』
開けた場所へ移動するとアドムは立ち止まって背後を振り返り尾行者へ目を合わせて言った。
「そろそろ出てきたらどうだ? 俺に用があるんだろ?」
すぐに尾行者は現れる。
背丈は170程度ーー痩せ型で針のように飛びまわった短い鼠色の髪にワインレッドの瞳、褐色の肌の少年と呼んで差しさわりない年齢の男。
黒のシャツに白いズボン、黒のブーツを履いて汚れた灰色のフード付きのコートを羽織っている。
「……アンタ、強いね」
少年はニヤリと怪しい色気のある笑みを浮かべて腰を落とす。
「アンタを殺したらーーどんな力が手に入るかな?」
「……できるものならやってみろ」
少年が音もなくアドムの目の前に移動すると腰のあたりから剣を取り出して斬りつけてくる。
少年が剣を振るうよりも速くアドムは踏み込み、顎を蹴り上げて上空へと吹き飛ばす。
上へ引っこ抜かれたように飛んだ少年は空で宙返りしながら着地する。
「凄いね、アンタ。反応したの、アンタがはじめてだよ……」
ニヤニヤと笑いながら少年は剣を構えようとしてーー自分の手の中に剣が無いことに気付く。
目を見開いてアドムを見ると彼の右手には先ほどまで自分が持っていた剣が握られていた。
「刃毀れが酷い、おまけに斬り過ぎて刀身に脂が付着したままだ。得物を大事にしろ」
抜き身を検めながら、そう言ってくるアドムに少年は笑みを隠そうともしない。
「いつ取られた? いつ……!? ああ、たまらないなぁ。アンタ……」
これにアドムは奪った諸刃の剣(ロングソード)を右手一本で無造作に持って立つ。
正に強者(つわもの)然としたアドムに少年は問うた。
「じゃあーーこれは、どう?」
口を大きく開いて炎を吐きつける。
「……」
右手の剣で空間を断絶するほどの斬撃を放ち、アドムは噴きつけられた炎を斬り裂いた。
目を見開く少年に剣の切っ先を突き付けて言う。
「続けるか?」
「……驚いたな。ミノタウロスのフレイムブレスをアッサリとまぁ……」
言いながら少年はアイテムボックスから巨大な戦斧を取り出す。
明らかに少年の細腕には余る大きさの巨大な斧は、アドムが見逃したミノタウロスのものだった。
『この子ども。魔物の気配がする……』
「ああ」
言いながらアドムは少年に向き合って右手の剣を構える。
ニタァっと少年は笑みを強めると音もなく消える。
アドムの脳裏には、狼の魔物が音もなく得物へと接近して攻撃する様だ。
「終わりだよ、お兄さん」
目の前に戦斧が薙ぎ払われている。
紙一重で左に見切るアドムの眼には、戦斧を軽々と扱う少年の姿がある。
その瞳は禍々しい赤に光り、全身から漆黒のオーラを放っている。
「赤眼……か」
「もらった……!」
凄まじい衝撃音と共に、ミノタウロスの戦斧が宙を舞っていた。
「なに……!?」
同時にアドムが持っていたロングソードも刀身が根元から粉々になっている。
驚いた表情の少年に向かってアドムはニッと笑みを向けると拳を握って横頬に叩きつけた。
「グゥア!?」
少年の細身の体が一回転しながら地面にたたきつけられる。
「ぐ……くっ」
うつぶせに倒れた少年は、なんとか上体を起こしてアドムを見上げるーーが、そこまでが限界だった。
気を失い、地面に倒れ伏す少年を見届けてアドムは静かに言った。
「悪いが、お前とは積んできた年季が違うんだ」
『フフ、さすがじゃな。お前様』
そんな声を耳にしながらアドムは少年の身体を肩に担ぎ上げると、ギルドに向かって歩いていくのだった。