ーーパジャ王国・ヴィクトリア城内。
王国の剣アスラ・ヴィンテージは与えられた執務室にて一人の男ーー否、鬼と向き合っていた。
その鬼は、どこまでも息子ーーアドム・ヴィンテージそのものの姿である。
「こうして対峙しても不思議なものだ。貴様、生身ではないのか」
応接用のソファに座っている鬼ーーアバルは対面に座っているアスラに応える。
「ああ、あくまで我(おれ)はアドムの力と鬼神の記憶が実体化しただけの存在。本来ならば、独立では動けん」
言いながら右手を掲げてみせるとその右手は赤い火の粉のような姿になって半透明となる。
「我の使い魔ーー吸血鬼ダァムによってアドムと別つことができた。もっとも鬼神力で我とアドム。それにアグニとタハトは繋がっているがーーな」
「……ほう。ならば、先ほどのアルドという男とも繋がっているのか?」
「生憎だな。アレは鬼神力を別の力で模倣・再現した存在(もの)だ。我らとは繋がっておらぬ」
言いながらアバルは赤い瞳を炎のように煌めかせる。
「だが、お前も見たようにアレは鬼神だ。かつて鬼神の器であったものが復活し、鬼神力の記憶を別の力で補って鬼神に至っている。お前のようにな、親父殿」
「……貴様のような化け物の親になった覚えはない」
「そう邪険にするなよ、親父殿。我はアドムの鬼。お前が恨み、嫉み、妬んだものよ」
底冷えするような暗い憎悪の青を鬼気に溢れた赤が見返してくる。
「なるほど。貴様は確かにアドムの中に居た者の記憶を持っているようだな。だが、アレに比べて遥かに人間らしい物言いだ……」
「……」
「アレは、そのようなものを知らん。恨むことも、嫉むことも、妬んだこともアレには理解できん。その感情を理解できるものが人間でなくて何だ?」
ニヤリとするアスラをジッと見てアバルは言った。
「フン……、知っているだけよ。その感情の動きをな」
言いながらアバルは横を向いて執務机に置かれている走り書きのようなボロボロのメモを見ると口の端をニィと広げる。
「その理由(わけ)までは知らん」
「ーーそうか、な?」
互いに見合う。
どす黒い憎悪を宿したアスラの眼と純粋な殺意に溢れたアバルの瞳。
2人の間を横切った虫が、はじけ飛んだ。
目から放たれる圧力は、それほどのものであったのだ。
もっともアスラもアバルも相手を『見』ているに過ぎない。
「サーニャの件は、上手くやったな。この私の眼をも欺くとは、驚いたぞ」
「……フン。確かにサーニャの人形は上手くできていた。だがーーお前が、そんな節穴か? 知っていて大臣共に恐怖心を与える為に謁見の間で首を斬り落としただろ。もっとも本人であろうが人形であろうが、お前は文官共に『王国の剣』を意識づける為にサーニャを殺しただろうがな」
長く語ってからアバルは前屈みになって言う。
「ーーだろ? 親父殿」
「どうやって生み出した? あの人形を」
アバルの考察に肯定も否定もせずアスラは無表情に淡々と刃のように冷たく鋭い言葉で問いかける。
「その前にーーこれだけは教えろ。サーニャを、殺すか? 親父殿……」
「……用済みの影などどうでも良い」
「そうか。アドムやタハト、アグニが気にしていてな、それだけは聞いておかないと話が進まなかったのだ」
「意識を分けるというのも大変だな?」
ニヤリと言うアスラにアバルも笑みを返す。
その右手が自分の席の右側の空間を示すと、一滴の血と共にアドムや自分と同じ顔をした血のように紅い眼の執事服を着た男が現れる。
年の頃もアドムと同じくらいだ。
「これがダァムだ。親父殿に挨拶をしろ」
「ダァムーーと申します。見知り置きを、忌まわしいヴィンテージの一族」
一礼するダァムにアスラが静かに片目を閉じる。
「かつてーーヴィンテージ領に突如現れて見境なしに領民の血を啜った吸血鬼が居たな。親父が封印した化け物はコイツか?」
「そのとおりですよ、アスラ・ヴィンテージ。私の妻と子を奪ったーー神への復讐。それを邪魔した忌まわしい一族よ」
「……アバル」
どういうことだ、とアスラはアバルの方を見る。
アバルはニヤリと笑みを深めていた。
「どうだ、親父殿? お前はーーコイツが欲しくなったんじゃないか?」
「……」
沈黙は雄弁な肯定だ。
アバルはダァムを見て言った。
「コイツは我の忠実なコマではあるが、式神に作り変えても素体の記憶と意識が強く残ってしまっていてな。本来ならば、この世界を理解するために重宝する知識と分身を作る能力だけでよかったのだが」
自分の身体も、サーニャの人形も、吸血鬼の分け身の能力であると説明するアバル。
だがーーアスラは何の反応も見せない。
「我ーー鍾鬼の顔にしたのも、こやつに過去を思い出させないようにするためであったが。どうもうまく行かん。そこでーー記憶と素体を切り離して能力と知識を分けたものを式神として利用するつもりだった」
「……」
「親父殿。お前は神によって妻の命を奪われーー子は化け物と化した。その恨みは一入であろうよ」
その言葉にダァムの瞳が揺れてアスラを見る。
「……では、我が主。このものは……」
「お前の素体となった吸血鬼を封じた憎き一族のものが、実はお前と同じ恨みを持っていたーーということだ」
アスラを見ると、そのどす黒い憎悪の感情が渦巻く瞳を見てダァムは嗤った。
「そうか……、ヴィンテージ。貴様はーー貴様も、私と同じ苦しみを味わったか……!!」
血のような瞳から透明な涙を流してダァムはアスラを見る。
ダァムの脳裏にはアバルを通じてアドムの記憶が流れてくる。
血の海に沈む母親であったもの。殺されかけた弟。恨み言を叫ぶーー目の前の男。
「ククククク、クハハハハハ!!! そうか、ヴィンテージ!! 貴様も、貴様も私と同じか!!! 神を憎み、神を屠らんとするものか!!!」
ダァムの顔は動いていない。
その腹から声は聞こえ始めている。
服は破れーー腹の内から顔が浮かび上がってくるーー痩せて頬骨が出た黒髪をオールバックにした壮年の男。
ヴィンテージとは似ても似つかないーー鷲鼻に面長の顔、耳は鋭くとがり牙を剥きだしている。
その顔が狂気に笑って悪意に満ち満ちた紅眼を見開いている。
コウモリが何処からともなく現れて胸にまで突き出ている顔に飛び込んで行く。
やがて腹は割れて鮮血が噴き出しーーその血の塊は霧となって宙に留まると男の首から下を形成していく。
黒いマントに黒のスーツ、白のドレスシャツに赤いリボンタイをした上品な貴族のような恰好をしている。
「我が鬼神よ。私にーーどうか、この男をお恵みください」
男はダァムから分かれると即座にアバルの前で膝を折り、白い牙を見せつけるようにアスラを見る。
「この男をーー我が忠実な下僕に変えてみせましょう!!」
別れたダァムは身体を修復するとアバルの様子を窺うように待機している。
今にも飛びかかりそうな男とは違い、こちらを窺うダァムにアバルは頷いてから言った。
「やめろ」
「ーーでは、今すぐにでもーーー! は?」
「聞こえなかったか? やめろと言ったんだ」
眼を見開いてアバルを振り返る吸血鬼に淡々と言ってから、アスラを見て言う。
「それで、親父殿。コイツはどうだ?」
「話にならんな……」
むげなく言うアスラにニヤリと笑みを深めるアバル。
その横でダァムに手で戻れ、と合図すると彼は霞のようになって執務室から消えていった。
「なるほど、能力は買おう。便利な力も持ち、魔道への知識は深い。神への恨みから己を高める為に吸血鬼となり、手段を択ばずに己の存在を高めようとするーーその執念は感じるところがある」
アスラはジッと吸血鬼の男を見据える。
「だがーー要らん。神への復讐などと宣いながら、他者の命を弄ぶことで己の敗北感を忘れ、屈辱を薄めようとするなど弱者そのものよ。そんな存在が神に届くものか、痴れ者が」
その純粋な憎悪と殺意の青を見て吸血鬼は紅眼を見開く。
「……貴様に何が分かる、青二才!!? 何百年と生きてなお、届かない存在への咆哮が!! 慟哭が!! 貴様如きに理解できるとでもいうのか!!?」
「戦うことを諦め、己の傷を他のもので慰めようとする貴様に目的など達成できるものか。敵を調べもせず、ただ自分の存在を吸血鬼にしただけで満足しているような小物が」
言いながらアスラは続ける。
「『俺』はな、化け物。妻を殺しーー子を化け物にした神を、どんな手を使っても殺す。そのために何を犠牲にしようとも、必ずな」
「たかがーー10数年程度の恨みで、何ができる!? 届くと思うか、神界に!? 人の身のままで、人のままで神に至れると思うか、青二才!!!」
叫ぶ吸血鬼の前にアスラは全身に青黒い光を纏った。
「ーーアバル」
「やれやれ、鬼使いの荒いーー短気な親父殿だ」
ニヤリと笑みを返してアバルは右掌を天に向けると3人を中心に赤い魔法陣が発生して転移させる。
3人が現れたのは真夜中の訓練場だった。
深夜の為、ひとけはなく月が闘技場を照らしている。
アスラは腰の之定を鞘から抜くことなく、訓練場に用意されている木刀を持ってアバルと吸血鬼に振り返った。
「移送方陣を己の魔力だけで不安定な宙に描くとは、さすが鬼神ーーと言っておこう」
「ーーそれより親父殿。吸血鬼(コイツ)はこれでも王族だぞ? 数百年前とは言えシャインのーーな」
「ほう、そういうことか……」
言いながらアスラは木刀を背後に迫っていた吸血鬼に向けて一閃ーーすると、その頬が空気の刃で裂ける。
しかし吸血鬼の裂けた頬は、即座に元に戻っている。
「ク、ククク。剣士無勢が、私に敵うと思っているのか? その増上慢が貴様らヴィンテージの弱点よ」
赤い霧となって徐々に消えていく吸血鬼を前にアスラは言った。
「お前の弱点はな、吸血鬼。先代アブラ・ヴィンテージによって既に暴かれている」
アスラの手から水色に輝く光の瓶が投げつけられる。
「なんだ、その子どもだましは?」
手で払ったと同時に吸血鬼は己の身体を霧と化すように全身に魔力を満たすーーが。
「……!!?」
赤い霧になることが出来ず吸血鬼は焦った様子で周囲を見る。
自分の身に聖なる光が纏わりつき、肉体を変化させることができない。
「その能力は、血を己の魔力ーー魔法によって状態を変化させるもの。液体、固体、気体へとな。よって魔力そのものを無効化すれば意味がない。手の内が知れている状況で挑んだのがーー運のツキよな」
「バカな!? なぜ祓い師でもない貴様が、聖水などを持ち歩いている!? いや、神を屠ると語る者が聖職者どもの力を借りるか!!」
「ーー道具は道具よ。それ以上でも以下でもない」
淡々と応えるアスラに対して表情を怒りに変えた吸血鬼は全身から血のように紅い光を放って毛むくじゃらのコウモリと人間が合わさったかのような姿へと変化する。
「血を操れぬのであれば、醜くて嫌だが本来の姿に戻るだけのことよ……!!」
腕は丸太のように太く、爪はナイフのように鋭く伸びている。
『許サンゾ!! コノ私ヲ、ヨクモ虚仮ニシテクレタナ!!』
「……自分の勝ち筋が既に無いことさえ気付けんか。やはりーー貴様は、ただのバケモノよ」
『黙レェエエエエ!!』
大きな翼を広げて一気に空をかける巨体を前にアスラは笑みを返して木刀を青眼に構える。
木刀と右手がぶつかる瞬間、アスラの気が走って巨大な掌との間に見えない壁を作るとフワリと羽毛のように身体が流れコウモリ男となった吸血鬼から離れる。
「なるほど。飛行能力とスピード、怪力は中々だ。もっともーー状況判断能力が著しく低いのが難点だがな」
『私ヲ、貴様如キガ! 計ルナァアアアア!!』
更に突っ込んでくる魔物と化した吸血鬼にアスラは言った。
「ヴィンテージの剣士に、攻撃範囲を知られた。それがーー」
すれ違い様に強烈な青い斬撃が網のように走りーー吸血鬼の身体はズタズタに斬り裂かれた。
これをアバルが顎に手をやり、面白そうに見ている。
地面に四肢を斬り捨てられ、肉体も小間切れにされた状態で首だけを残された吸血鬼は魔物の顔でアスラを睨み上げる。
「魔獣ーーそれが貴様の本性ならば、俺の敵に足り得なくて当たり前だ」
倒された魔獣の首に向かってアスラは言う。
「神を恨むと言ったな? 神を殺すと。そう言いながら貴様のしていることは、その辺の領民や兵士を見境なしに食い散らかしてグール(屍人鬼)を生み出すだけ。それで神を討てると本気で思っているのか?」
魔物の眼に理性の光が戻り、口調がカタコトから元に戻る。
『なにぃ……?』
「違うんだろ? 貴様は、もう「諦め」ている。何年目で諦めたかは知らんが今の貴様は只々、復讐を宣うだけで力無き者を踏みにじっては優越感を得るだけの負け犬だ」
『だ、黙れ……!』
「その事実から目を背け、大切なものを奪われたなどと嘯いて己と同じ不幸なものを生み出しては喜ぶ、死を与えて楽しむ。血の味を覚えて犬のように盛ってはな。それでよく妻と子のことを言えたものだ、痴れ者」
『だまれぇええええ!!!!』
首が宙に浮かび、牙を剥いてアスラに突っ込む。
アスラはそれをーー左腕を前に出して噛ませた。
『油断しおって馬鹿めが!! 血を吸いつくしてくれるわ!!!』
「吼えるな負け犬。貴様はーー地べたでも舐めておけ!!」
言うと同時にそのまま地面へと腕を叩きつけ、後頭部を潰されて魔物はアッサリと口を放す。
「……親父殿。お前は吸血鬼になるつもりか?」
「フン……、笑わせるわ」
腕に巨大な穴をあけ、そこから大量の血が出るのも構わずアスラは言った。
「欲しいのは肉体を回復させる異能、それ以外は不要だ……」
言うと強烈な青黒い気を纏い、血液を一気に凝固させていく。
気で液体の流動を無理やり止めて傷を塞ぐも、穴は塞がれない。
同時にアスラの瞳は血のように紅い色に明滅を始め、犬歯が牙のように伸び始めている。
『無駄だ……! 私に噛まれた以上ーー貴様は私の眷属となるのだ。偉そうなことをほざいても、所詮人間の器である貴様には、吸血鬼の力に勝てんわ』
吸血鬼化ーーアスラはそれを己の纏う気で押さえつけていく。
穴が塞がり、へこんだ肉は盛り上がって元に戻る。
その再生力を見ながらアスラは言った。
「そうやって弱者をーー人間をひとくくりにして蔑むか。吸血鬼、貴様が神に負けた理由は貴様が弱いからだ」
『……!!』
「それを神だの何だのと自分の弱さから目を背けて言い訳を口にし、挙句他者に当たる始末。虫唾が走るーー貴様のような『人間』こそ私が、この世で最も嫌う人種だ!!」
『貴様に何が、何が分かる!? 敬虔なる神の信徒であり王族でもあった私から人間たちは妻を奪ったんだ! 神はそれを見捨てたんだ!! その苦しみを、悲しみを!! 貴様に分かるとでもいうか、人間!!!』
首だけになってなお、吸血鬼は叫ぶ。
もはや魔物の顔ではなくーー人間と同じ顔に戻って。
「どれだけ足掻こうが、前の見えない暗闇の地獄。そこに生きてきた私の気持ちが、貴様に分かるか!? 人間などと言う力も何もない神や悪魔の玩具に過ぎない存在が、地獄で生きる私の気持ちがーー貴様に理解できるかぁあああああっ!!!」
「納得いかんか、ならば良かろう。立て」
言いながら明滅していた紅い瞳は青黒いものへと戻っておりーー牙も通常の犬歯になっている。
首から下の肉片を全て取り込んで吸血鬼は人型に戻って立っている。
「殺す、殺す……! 殺すぅううう!!!」
もはや魔獣になる魔力もなく吸血鬼は、普通の人間の男と大差ない力でアスラに殴りかかった。
そしてーー鈍い音と共に木刀が振るわれ、吸血鬼は地面へと伏した。
(なぜだ……、なぜ勝てない。どうしてーー私は、妻と子の無念さえ晴らすことができんのだ……)
「…妻と子の無念を晴らす。その一点のみに集中していれば、貴様の才能ならば神に届いたやもしれん。それを無関係なものに向けて己を慰めることに注力した。それが貴様の間違いだ」
「な、に……?」
仰向けに倒れた自分の傍らにアスラはーーあの鬼のような男は冷徹な表情で膝を付いてこちらを窺っている。
「神に理不尽に奪われた妻と子の居る男など、この世界にごまんといる。己の力が足りずに圧倒的な力を見せつけられたものなどーーな」
その眼を見たときーー吸血鬼の脳裏には、怨嗟を叫ぶ男の顔とアスラが重なって見えた。
「だがーー私は息子に教わった。アレらは、理不尽な目に遭っても逃げはしなかった。兄は弟を護る為に、弟は兄に追いつくためにーーどのような苦難に遭おうとも抗って見せた。己の願いが踏みにじられようと、己の言葉が届かなかろうと。まるでーー我が父のようにな」
吸血鬼は、アスラを見る。
「貴様ーー私が、妻と子をないがしろにしたと言いたいのか。妻と子のために変わった私をーー妻と子のせいにしたと言いたいのか!!?」
「アドムと戦って、貴様は何も感じなかったか? アレほどの人外が友を護ることに、他者を理解し尊敬することに、貴様は何も感じなかったか? 相手の何が己に優り、己の何が相手に優るのか。それを理解せずに只々喚くだけでは、貴様は一生負け犬よ」
「そのような夢物語を、奪われて憎む貴様が言うか……! アスラ!!」
「その憎悪を捨てろ、とは言わぬ。その上でーー神(てき)の実力に目を向けろ、と言っている」
淡々とアスラは続けた。
「たとえーーそれが神であったとしても。己から全てを奪った相手だとしても、認められる強さはある。そして己の弱さを悟って得る力もーーな」
「……貴公は、そのようにして受け入れたーーと?」
「ああ、そうだ」
「……っ!!」
そう応えるとアスラは立ち上がり、背を向けて月を見上げる。
「アバルよ、いくぞ。魔族どもに備える……!」
「クク。お前はーーどこまでも『親父』殿だな」
笑う鬼をアスラは何も言わずに素通りしようとしてーー吸血鬼が声をかけた。
「アスラ・ヴィンテージ殿。ひとつだけ、教えていただきたい。貴公にとって、神は何もかもを奪った相手のはず。そうアドムもアグニも、貴公にとっては神の手先。それをーー何故、認められたのですか?」
「……。……競い合うことで身に付けた実力。かつて、それだけを武器にヴィンテージに戦いを挑んだ者がいた。後はーーただの気まぐれよ」
その男は、確かに憎悪を持っている。
その男は、確かに殺意を燃え滾らせている。
されどーー目の前の男は、自分とは明らかに違う。
倒すべき敵ーー目指すべきものを見据えて、ひたすらに歩いている。
それを吸血鬼は、理解した。
「……どうだ、吸血鬼ブラド・シャイン・フェルディナンド。お前は、この男に力を貸してみるか?」
アバルの言葉に吸血鬼ーーブラドは静かに頷いた。
「ええ。この方とならばーー私の願いも敵うかもしれません。ありがとうございますーー我が鬼神」
「フン……、せいぜい親父殿にこき使われると良いわ」
ーーーー
とある公爵家の寝台にて、紫の髪を下ろした美女ーーサーニャが寝かされていた。
「……ここは? 私は確か、アドム様達に出会って……」
脳裏に血を流して斃れたアブラ、自分に致命傷を与えた黒髪の男、自分を逃がすために斬られたギランの映像が流れてーーそのまま、ヴィクトリア城内で出会ったアドムの腕の中で気を失った。
「生きているというの? 何故……」
自分にとっての居場所は既に破壊された。
ヴィンテージ領は、完膚なきまでに破壊されたはずだーーあのヴィンテージの顔をした魔族に。
拳を握り、壁を見ると自分の姿を映す鏡がかけられている。
「…!?」
彼女は、自分の姿に驚いた。
まずーー体が20代ころに若返っている。
そして何よりーー瞳の色が、紫色に輝く魔眼へと変化していた。
「気がついたようね?」
「よかった! なんとか大丈夫そうだ!!」
「……貴方がたは」
部屋に入って来たのは金髪を縦ロールにした20代前半くらいの美女と、そばかすのついた金髪の青年だった。
彼女はこちらを心配そうに見て言う。
「貴女がこちらに運ばれてから7日間。その間、一切も目を覚ますことなく貴女は眠っていたのです」
「姉上、俺は医者に言ってきます! 後、アグニのヤツにも手紙を書いてやらないと!!」
「待ちなさい、マグヌス。病人の前でーー!!」
騒がしく出ていった弟を見て、呆れた表情になる美女はサーニャを見た。
「はじめまして、ヴィンテージ卿のメイド長。わたくしは、クリス。クリスティーヌ・レオポルドよ」
「レオポルド……? 王族の………!?」
慌ててベッドから降りて跪こうとするサーニャの肩を押さえてクリスは翡翠の瞳で言った。
「大丈夫ーーだから、無理をしないでくださいませ。アグニ様が、心配してしまいます」
「で、ですが……!!」
優しく微笑みながらクリスは続けた。
「現状を説明いたします。ゆっくりとお聞きになって」
そう微笑みを浮かべる彼女にサーニャは戸惑った表情になる。
何故なら今の自分の瞳は魔眼。
紛れもなくーー人間から忌み嫌われる魔族なのだから。