刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第35話 天帝 対 鍾鬼の系譜

ーー アドムside

 

 夢でも現でもない世界。

 

「……」

 

 辺り一面は地面と空以外に何もなくーー地平線が無限に広がっている。

 

 アドムは、この世界へ自分を喚んだ存在を見据えていた。

 

 そのものは美しい白の象にまたがり、異国の鎧の上から貴人の服を羽織ると言う出で立ちをしている。

 

 白銀の髪を結いあげ、月光のような金色の瞳をした美しくも逞しい男。

 

「ーー久しいな」

 

 言いながら貴人は象の上から降りて地面に両足をつけるとジッとアドムを見つめてきた。

 

 口元には微笑を浮かべているが、目からは何の感情も読み取れない。

 

「……! お前、いやーー貴様は!?」

 

 貴人の言葉にアドムは目を見開く。

 

 その瞳は自然と赤眼になり、口元は狂気の笑みを象っていた。

 

「あの時の続きだーー。今度は、邪魔は入らん。其の方の力、余に存分に見せるが良いーー!!」

 

 言いながら右手に黄金の雷を作り出して一振りの金に輝く槍を生み出した。

 

「この金剛槍(ヴァジュラ)で相手をしよう……! 余が認めた最も猛きものよ」

 

「ーー俺は、お前を知っている。どうやらーー俺を追って来たようだな」

 

 アドムの言葉に頷きながら貴人は続ける。

 

「其の方との決着を余は望んでいる。其の方の友ーーあの鬼神『泰鬼』のように……な」

 

 無造作にその場から右手の槍を回転させて突きを放つ。

 

 甲高い音を立ててアドムの腰から剛刀が居合抜きで放たれ、止める。

 

 静かに見合い、刀と槍が互いに押し合う。

 

 しばらく拮抗する両者だが、同時に相手の得物を弾いてアドムが突っ込もうとした瞬間ーー無数に穂先が分裂したかのような突きが放たれる。

 

 いつの間にか、両手で槍を持っている貴人。

 

 片手でも凄まじい腕前だと言うのに両手になれば、突きが速すぎてまるで雷のようであった。

 

「う、うぉおお!!」

 

 無数の穂先を相手にアドムも空中に無数の斬撃を放って網の目のように青い筋が走る。

 

 ひとつひとつが、ぶつかり合って火花が散る中ーー貴人は微笑みを強くした。

 

「ーーそれ」

 

「!!」

 

 雷光のごとき素早い突きから、ふいに放たれる強烈な横薙ぎ。

 

 その一撃は、アドムをして受け止めきれずに後方へと弾き飛ばされていた。

 

「ーーどうした? かつて鬼神は個にて最強と宣った其の方が、この有り様か?」

 

 全身の毛が総毛だつ。

 

 怒りが、怖気が、狂喜が、己の心を塗りつぶす。

 

「お前も、俺を鬼神と言うか……!」

 

「其の方、自覚がないのか? 余の眼には其の方が鬼神にしか見えぬが?」

 

 小首をかしげる鎧の上に服を羽織った貴人の男は己の瞳を輝かせて同じ色の金色の光を炎のように身に纏う。

 

 ゆっくりと間合いを詰めてくる貴人にアドムは剛刀を霞に構える。

 

「全力を出さねばーー余には勝てんぞ、鍾鬼」

 

「どいつもこいつも。俺の名はアドム。アドム・ヴィンテージだーー覚えておけ」

 

 告げると同時に踏み込み、剛刀を振り下ろす。

 

 金色の槍を横に構えてアドムの斬撃を軽々と貴人は受け止める。

 

「ひととして生きるのかーー? 鍾鬼」

 

「くどい!!」

 

 言いながらアドムが剛刀を次々と放つ。

 

 秒間10を下らない必殺の斬撃を繰り出しているにも関わらず、貴人は剣圧をそよ風のように涼しい顔で受け止めている。

 

 鋭い踏み込み、強烈な斬撃。

 

 空間をハッキリと断絶し始める刃ーー。

 

(徐々にーー力が上がっている)

 

 動きがどんどんと鋭く速くなっていることに貴人は微笑みを消して無表情になると目を見開いて己も相手に踏み込んで槍を振るい始める。

 

 まともに斬り合っても埒が明かないと悟ったアドムは、神速で相手の槍を躱して死角に回り込みながら斬撃を放ち始める。

 

「もらったぁあああ!!!」

 

 叫びながら、相手の横薙ぎを飛び越えて落下の威力を合わせた唐竹を放つアドム。

 

 それを貴人は微笑みを浮かべた状態で左手の親指と人差し指と中指の三本で挟み止める。

 

「……っ!?」

 

「余に左手を使わせるとはーー見事だ」

 

 強烈な左横蹴りを腹部に浴びてアドムは後方へと吹き飛ばされる。

 

 わき腹を押さえて跪いた姿勢でーー鬼眼を開くアドム。

 

 太陽のような真紅のオーラを炎のように纏って、己の力を引き上げる。

 

(更に力が上がったーーか)

 

 瞳を細める貴人の前に鬼神は背後に廻って斬りこんでくる。

 

(……!?)

 

 強烈な後ろ回し蹴りがアドムの顎を蹴り上げーー、吹き飛ばす。

 

(……この男。余の目にも映らぬ動きをした。あの時のように。余の力に追いつこうと言うのか、鍾鬼)

 

 その吐息は、感嘆。

 

 瞳は炯々と輝き、口元は笑みを強く強くしている。

 

「それでこそーーそれでこそ、余の天軍を相手に独りで闘い抜いた鬼神(おとこ)よ!!!」

 

 肩で息をし始めているアドム。

 

 だがーー追い詰められればられるほど、彼の瞳は灼熱のように燃え上がりーー身に纏う鬼神力は無限に上昇を続けている。

 

 やがて荒れていた息は止まりーー凄絶な光を宿した赤き鬼眼が貴人を見据えていた。

 

「ーーあの時に追いついたか。ならば試させてもらうぞ、鍾鬼。人の器で、あの時を超えられるかを!!」

 

 加減をしていたのであろう。

 

 それほどの力を今、貴人は放っている。

 

「訳の分からないことを、いつまでもほざきやがって。来い、俺の刃ーー味あわせてやる」

 

 それを前にしてもアドムは笑みを消さない。

 

 凄まじい赤のオーラは、青いスパークが走り出している。

 

 再び、両者が相手に向かって地をかけーー消える。

 

 空を走り、地面を蹴り、ぶつかり合う剛刀と金槍。

 

(ーーなあ、鍾鬼。余は、天軍を率いる帝。万(よろず)を億を越える兵を率いる天の将。それが一柱(ひとり)の戦神として。其の方の力に酔い、其の方の力に奮え、其の方の力を楽しんでおる)

 

 貴人は笑う。

 

 かつての時を思い起こすかのようにーー。

 

 一人の王子を見守りーー如来へと導いた、あの時を思い出す。

 

 王子が、己を天軍の将に置いた時のことをーー。

 

「あれから悠久の時が流れた。其の方は、雷霆神と呼ばれたころの余を思い出させたのだ。其の方の力が、在り方が、余をーー戦神であったことをな!!!」

 

「……御託は要らん。そうだろ? 『インドラ』……!!」

 

「記憶がなくとも、余の名を呼ぶか。嬉しいぞ、好敵手(とも)よ」

 

 世界の理を断ち切る程の斬撃を放ち、天空を衝き、大地を穿ってなおーー二人の力は収まるところを知らない。

 

 高め合うように競い合うようにーー両者の纏うオーラは高まり続ける。

 

 異世界に来てまで己と決着をつけようと現れた神(おとこ)にアドムの心は熱く燃え滾る。

 

 この力が天へと届くのであれば、挑まなければならない。

 

 この力を超える者がいるのであれば、挑まなければならない。

 

 この力を求めるのであればーー徹底的に見せつけてやろう。

 

「俺はアドム。アドム・ヴィンテージ。最強の男だ!!!」

 

 どれだけの時が経ったのか。

 

 数日は戦い続けているのに、全身に傷を負い、もはや満身創痍であるというのに、両者の笑みは消えない。

 

 両者の瞳から、光が消えない。

 

「そろそろーー決着とゆこうか。好敵手(とも)よ」

 

「いいだろう……!! この一撃で、終わらせる!!」

 

 アドムが両手で霞に構えた兼定の刀身に青白い光が放たれる。

 

 同時に貴人は右手の金槍(ヴァジュラ)を宙に浮かばせて強大な雷光球へと変化させた。

 

「オン・インドラヤ・ソワカーーナウマク・サンマンダ・ボダナン」

 

 貴人の瞳はアドムを見つめて言う。

 

「受けよーー我が最強の一撃。雷霆(らいてい)ーー!!」

 

 金色の雷光がアドムに放たれると同時、アドムも袈裟懸けに刀を振るう。

 

「この勝負、俺が勝つ!! インドラァアアアアアッ!!!」

 

 そう叫びーーアドムはレギンレイヴを放つ。

 

 金色と蒼銀の光線が互いの中央でぶつかり合い、貴人の雷光がアドムへと迫る。

 

 しかしーーアドムの纏うオーラが更に強まり、放たれた光線が一気に倍加して雷光を押し返していく。

 

 そして二人の中央で爆発する光と光。

 

 瞬間、刀を構えるアドムが。

 

 槍を持った貴人が同時に地を蹴って白い光が世界を覆っていく中、二人の影が交差した。

 

 アドムの肩が斬られ、鮮血が噴き出る中で片膝を付く。

 

「……!!」

 

 ゆっくりと貴人は振り返り、アドムを見る。

 

「ーー見事だ。これでこそ、余の認めた鬼神(おとこ)よ」

 

 その胸に着こんだ鎧が袈裟懸けに斬られている。

 

 だがーーその身には傷一つついていない。

 

「釈迦が言うとおり、今の其の方はーーあの頃を凌駕しているようだ。金剛(ヴァジュラ)の胸当てをも斬り裂かれるとは。ここまでとは正直思わなかったぞ」

 

 言いながら貴人は、その姿を半透明にして消えていく。

 

 片膝を付いたまま、アドムはジッと赤眼で貴人の様子を見ている。

 

「……」

 

「また会おう、好敵手(とも)よ。こちらにも、其の方を待つ神は多くいる。そのことを忘れるなよ……」

 

 それだけを言い残して、貴人は姿をーー気配を完全に消していった。

 

 残されたアドムもまた、現実の世界へと帰っていく。

 

 剛刀兼定を腰の鞘に戻して、アドムは静かに瞳を閉じーー鬼神力を納めていった。

 

ーー アグニside

 

 濃霧が発生した荒野でアグニは先ほどまで談笑していた仲間たちと逸れていた。

 

「……幻覚の類か?」

 

 辺り一面は丈の短い草と地肌をさらした荒野、そしてどこまでも続く地平線と空だけだ。

 

「タハト! ラボニ!!」

 

 声を張り上げても一切、耳に返事はない。

 

 精神世界ーーというべきところだ。

 

「参ったな。ヴィンテージ領を取り戻すのに、こんな面倒な状態に陥るとは思わなかった……」

 

 腰の剛刀に右手をかけながらアグニはジッと注意深く観察する。

 

 そこに何時の間に居たのか分からないが、巨大な体格に鼻と耳の長い白い獣に乗ったーー白銀の髪に金色の瞳を持つ貴人が居た。

 

「……誰だ!?」

 

 アグニの勘は、明確に目の前の貴人が敵であると告げている。

 

「ふむ。其の方が、鍾鬼がこの世界に来て成したものーーか」

 

「……鍾鬼。その名、確かーー聞き覚えが……!!」

 

 目を細めて考え込む貴人を前にアグニは兼貞を抜いて青眼に構える。

 

「鍾鬼は確かに強くなっていた。だがーー其の方からは鍾鬼の力は感じるも、鍾鬼そのものは感じない」

 

 興味深そうに貴人は右手を前方の空間に突き出すと雷光を纏った金色の槍を精製して掴んだ。

 

「構えよ、人の子よ。鬼神の力も容姿もーー其の方に相応しいか、見せてもらう」

 

「……誰だか知らんが、勝手なことをほざいてくれる。俺は、こんなところで油を売っている場合じゃない。一瞬で片付けさせてもらう」

 

 言いながらアグニは瞳から青い光を放ち、全身に青い闘気のオーラを纏う。

 

 これに貴人は言った。

 

「余を相手に力を隠すーーか。それは果たして、賢きことか?」

 

「なに!?」

 

 立ったままの姿勢で、貴人は高速移動を行うとアグニの背後へと通り抜ける。

 

 甲高い金属音が鳴り響く。

 

 擦れ違いざまに放たれた槍の一閃は、身体強化を行ったアグニでも反応するのがやっとであった。

 

 咄嗟に剛刀で受けるも、後方へと弾き飛ばされて地面に叩きつけられる。

 

「な、んだと……!」

 

 うつ伏せから四つん這いになって、立ち上がるアグニを見て貴人は槍を抱えたまま手を叩く。

 

「見事だ……、よくぞ反応した人の子よ。だがーー」

 

 立ち上がった次の瞬間には、貴人はアグニの背後に現れて前蹴りを放ってくる。

 

 咄嗟に自ら後方へ跳びつつ、兼貞で受けるーーが。

 

「ぐぁああああ!!」

 

 凄まじい衝撃に悲鳴と共に天空へと弾き飛ばされて、アグニは宙返りを決めながら地面に着地する。

 

 咄嗟に兼貞を握る右手を見下ろす。

 

(……ばかな、今の一撃で俺の手が痺れているーーだと?)

 

 左の義手は痛覚や衝撃を感じることはないので別段、気にする必要もなく刀を持てるが生身の右手は、もうしばらく待たないと握力が回復しない。

 

「……その状態では余の相手は務まらぬと思うが、どうか?」

 

「何者だ、貴様……!!」

 

「余は天帝。其の方は、余の好敵手(とも)の成果。見せてもらうぞ」

 

「天帝……!?」

 

 ようやく回復した右手を左手で握った兼貞の柄に添える。

 

 今のままでは、ハッキリと勝てない。

 

「ヴィンテージ次期当主の全力でも、歯が立たないとはな。本物の化け物か」

 

「見せてみよ。其の方の力をーー人の子よ」

 

 腕を組み、金色の槍を使うまでも無いと言わんばかりの貴人の姿勢に、アグニは不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「調子に乗るなよ……!!」

 

 大きく見開いた瞳は太陽のような光を放つ赤へと変化し、同じ色の激しいオーラを身に纏う。

 

「なるほど。余が出会ったころの鍾鬼ーー、それが今の其の方の力か」

 

 どこか感心したような、懐かしむような顔で顎に手をやって頷くも天帝と名乗る貴人は言った。

 

「だがーーそれでは余を倒すには足りん。人の子よ、其の方の器では鍾鬼の力を操れるとは思えん」

 

「……、ほざけぇええええ!!!」

 

 強烈なオーラを身に纏ってアグニは貴人に挑む。

 

 片手で槍を掲げてアグニの一撃を受ける貴人。

 

 その地面は起こり、槍衾のように断裂している。

 

 それほどの威力を誇る斬撃を貴人は淡々とした表情で受け止めている。

 

「なるほど、中々の反骨心よ。その気骨ーーどれほどのものか」

 

 余裕の表情を崩さない貴人にアグニの犬歯が牙のように伸びて笑みを浮かべて吠える。

 

「その澄ました顔、泣かぁああす!!」

 

 瞬間、貴人は月光のような金色のオーラを身に纏って剛刀を払い、金槍で薙ぎを放つ。

 

 陽光の赤と月光の金のオーラが同時に高まり、お互いに相手を飲み込まんとするかのように燃え上がる。

 

 二人は同時に姿を消して、相手の動きを上回ろうと左右に移動しながら刀と槍をぶつけ合う。

 

「……ほう。なるほど、この荒々しさ。懐かしいな」

 

 互いに円を描くように動いて斬り合う。

 

 秒間10を下らない凄まじい剣戟の応酬を繰り広げても、貴人は目も笑わず口元が微笑むに留まる。

 

「だが、あのころ(鍾鬼)とは違うーーか」

 

「いつまで訳の分からないことを言ってやがる!?」

 

 涼しげな顔に向かって鬼の顔で咆哮するアグニ。

 

 一際、強烈な胴薙ぎに貴人が後方へ宙返りしながら受け流すと槍を前方に構えて無数の穂先が見えるほどの突きを連続で放つ。

 

 アグニは神速で懐に跳び込もうと駆け込みながら空に無数の斬撃を繰り出し、無数の穂先と斬撃は光の波紋を宙空に幾つも生み出した。

 

「フフ、人の生み出した武器で我が金剛槍を受けるーーか。見事なものだな、人の子よ」

 

「どこまでも、人を舐め腐りやがって……!!」

 

 強烈な唐竹と突きが互いの中央でぶつかり合い、鍔迫り合いの姿勢になる。

 

「だがーー其の方は人だ。鬼神(おに)には成れぬ」

 

「……っ!!」

 

「其の方が目指すものは、人ならざるもの。其の方は、あの男には成れぬ」

 

「この力を身に纏っても、俺はアドムに届かないと言いたいのか?」

 

「如何にも」

 

「面白い、その戯言を聞いてやる」

 

 目をそらさずにアグニはジッと鬼眼を開いたまま言うと、貴人が続ける。

 

「其の方は、人であるがゆえに人の強さを持ち、弱さを知り傷つく。されど鬼は弱きを知らぬ。知らぬが故に傷つかぬ」

 

 アグニの眼に浮かぶのはーー、どれほど周りから責められようとも受け入れ、理不尽な仕打ちを受けても何も感じていないように振る舞う兄の姿。

 

 そしてーー、全てを諦めた兄の弱さ。

 

「其の方が纏う力は、鬼神のもの。其の方の精神(こころ)はひと。ひとの身で、その力は早過ぎるのだ」

 

「…何を言うかと思えば、くだらないことを。俺にこの力は早過ぎる? アドムが傷つかない、だと? 笑わせるなよ!!」

 

「……?」

 

 鍔迫り合いの姿勢からアグニは一気に刀を押し込み、貴人を後方へと吹き飛ばす。

 

 貴人はバックステップするような姿勢で着地してアグニをジッと見据えてきた。

 

「俺に、この力が早過ぎるなんてーー分かり切ったことをほざくな。それと、アイツはひとだ。俺のたった一人の兄だ!! 勝手に訳の分からないものに仕立てあげるな!!」

 

「なるほど。これは余計なことを言った、許せ」

 

 兄のために更に激しく力を増すアグニの姿に貴人は口元だけの笑みを美しい微笑へと変化させた。

 

「他者のために力を引き上げる。其の方は、紛うことなく尊きひと。その心と鍛え抜かれた体と技があればーー鬼神力は使いこなせるやもしれぬな」

 

 かつての好敵手が創り出した神と人の子。

 

 それは実験だったのか、検証だったのか、それとも純粋な愛ゆえなのか。

 

 天帝と呼ばれた貴人にも分からない。

 

 だが、少なくとも好敵手は変わったーー好敵手の子は、正しく人の子であった。

 

「鬼神の血を引き、鬼神の力に目覚めし人の子よ。其の方の人生に幸多からんことをーー」

 

「待てよ、簡単に俺から逃げられると思うな……! この力、更に引き上げさせてもらうぞ!!」

 

 下がろうとする貴人を前にアグニは更に力を引き上げる。

 

 青い闘気の色をしたスパークが赤いオーラに走りだした。

 

「……其の方、どうやって鬼神力を使いこなしている? ひとの身でひとの魂で。鬼神の血を引いているという、その一点のみで何故ーー鍾鬼(根源)と同等の力を引き出せる?」

 

 貴人の顔から笑みが消えてーー驚愕に目を見開いている。

 

「貴様の言う根源がアドムのことなら、生憎だな。俺はアドムを諦めない。俺はアイツを独りにはしない。アイツが人を離れるなら、俺は人のままーーアイツに追いついて引き戻してやるさ!!」

 

 言うと同時にアグニは神速で一気に距離を詰めて連続で斬撃と義手拳と蹴りを混ぜた打撃を繰り出していく。

 

 これに貴人も金槍を振るって応戦する。

 

 再び激しい応酬を繰り広げる二人だが、明らかに貴人から笑みが消えていた。

 

「理解(わか)らぬ。余をして理解できぬ。人のまま、人の心のまま鬼神(てん)に至る道が、あるというのか? それではまるでーー如来(ほとけ)ではないか。異界の人に、御仏の器があるというのか……」

 

 凄絶な笑みを浮かべてアグニは貴人に剣を振るう。

 

 その力も強さも紛い物ではないと貴人は理解する。

 

(まさしく鬼の力に人の情けを持つものーー。ならば至れるか? 鬼神の力と御仏の心を持つものーー。仏と人の狭間にあって世を救う教令身ーー明王に)

 

 すでにアグニ(目の前の人)は炎を纏いながら深い悟りを得る資格がある。

 

 鬼神はもともと『火生三昧』に至っている。

 

(救世の心ーー菩提心があるか否かで鬼神と明王は異なる。ならばーーこの尊き人は、鬼神の血を引く人の心は至れるか)

 

 受け流し、後方へと降り立つ貴人に向かってアグニは大きく剛刀を振りかぶり奥義を放った。

 

「逃がすかァアアアア!!!」

 

 袈裟懸けに放った斬撃から強烈で野太い青の光線を放つ。

 

「……!!」

 

 光は目を見開いた貴人を飲み込んで遥か彼方の地平線を打ち貫いていった。

 

 アグニは肩で息をしながら、自分の左を見る。

 

 そこには傷一つついていない貴人が立っていた。

 

「なるほど、神斬りの太刀(降魔の剣)も仕上げているとは。見事だ、尊き人」

 

「あのタイミングでレギンレイヴを避けるのか……!!」

 

 貴人は何も言わずに金槍を手の中から消すと言った。

 

「なるほど、これは楽しみだ」

 

 そういうと構えを解く貴人にアグニが兼貞を構える。

 

「何故、武器を消した!? まだ勝負は終わってないぞ!!」

 

「いやーー充分だ。其の方の道に興味が湧いた。其の方が『正しき怒りの教令身』へと至るか、鬼神力に吞まれるかは、其の方の心の在り方次第」

 

 涼しい顔に戻る貴人にアグニは怒りの形相で言った。

 

「ふざけんなぁあああ!!!」

 

 跳び上がり、剛刀を振り下ろす。

 

 だがーー既に貴人は影も形もない、左右を見回すも完全に姿を消していた。

 

ーー 尊き人よ。其の方の道の先を見せてもらうぞ ーー

 

「……! ふざけやがって!!」

 

 天に向かって叫ぶ中ーーアグニの周囲がぼやけていく。

 

 現実の世界に戻るのだと悟り、アグニは鬼神力を納めると同時に剛刀を鞘に戻した。

 

ーー タハトside

 

 どこまでも続く荒野と空。

 

 先ほどまで魔物の森に仲間と居たはずの自分がなぜ、こんなところに独りでいるのか。

 

「どゆこと? 何故、WHY!? 此処は何処!? 僕、タハト!!!」

 

 あまりに混乱し過ぎてタハトは頬に両手を当てて叫んでいた。

 

 そしてーー彼の目の前には白い巨象が居る。

 

「ぎぃいやぁああああ!! 象ぉおおおお!? エレファントが、何故ここにぃいいいいい!!?」

 

 一目散に回れ右して逃げ出す。

 

 ダッシュで駆け抜ける。

 

 前世であれば簡単に追いつかれて潰されるだろうが、ヴィンテージ流の神速を学んだ自分ならばいけると駆け抜ける。

 

 いけなければ、死ぬのだから。

 

「……」

 

「どひゃぁあああ!!?」

 

 目の前に突如現れたのは、鎧を服の下に着こんだ貴人だった。

 

「……ほう。鍾鬼の力を持つものを招いたが、血を継がずに魂を分けられたものが来るとは」

 

「ど、どちら様でしょうか……? 僕、魔物の森に居たはずなんですけど」

 

 おずおずと両の指を合わせながら問いかけるタハトに貴人は微笑む。

 

「ここは精神世界。其の方を招いたのは余だ、人の子よ」

 

「え? あ、そうなんですか? ご丁寧にどうも……!」

 

 頭を下げるタハトに貴人は微笑むだけだ。

 

 その表情にタハトは目を見開いた。

 

「なんか、見覚えがあるぞ……! 前に教科書で見た記憶がある。この表情……何とかスマイル!!」

 

「フフ、元気な子だ」

 

 上品に口元に手を当てて笑う銀色の髪に金色の瞳の貴人。

 

 その美しさは人智を超越している。

 

「…アドム達ヴィンテージ家の人やリアさんみたいな美貌のひとだな……!」

 

「美しくあることも余には必要なことゆえな」

 

「えっと、それで僕に何の用があって?」

 

「そうさな。其の方個人に用はないが、其の方の中に居る魂に用事があってな。少し話させてもらえぬか?」

 

 その問いかけにタハトの頭の中に声が響いた。

 

ーー 宿主。その男は、天帝インドラ。かつて鍾鬼(おれ)を滅ぼした天軍の長だ ーー

 

「な、ぬぁんだってぇええ!?」

 

 とりあえず叫ぶタハトの前で天帝インドラと呼ばれた貴人は微笑んで言った。

 

「こちらの方が、其の方には分かり良いかもしれんな。余の今の名はーー帝釈天という」

 

「葛飾柴又!!? フーテン!!?」

 

ーー それはドラマ(トラさん)だろうが!! ーー

 

 などとタハトが言う中、帝釈天は言った。

 

「日の本の民と、このような場所で出会うとは。数奇なものよ……」

 

「え? このひとーーまじもん!? まじもんの神さま!!?」

 

 混乱しまくるタハトに帝釈天は慈愛の表情を浮かべた。

 

「大変であったろうな。日の本の民が、このような異界に来るなど。この世界の神か知らぬが、前世の記憶を持ったままの転生などーー酷なことをするものだ」

 

「…えっと、ごめんなさい。理解が追いつかなくて……」

 

「構わぬ。それよりもーー其の方、鬼神力(そのちから)は必要か?」

 

「え? えっと、昔は過ぎた力だって思ってました。今も僕には使いこなせるか分かりません。でも、この力がないと皆を守れないなら、僕は……」

 

「……そうか。其の方も先ほどの尊き人と同じく他者のために力を振るえるものか。良い精神の持ち主だ。其の方らのような人を余は好ましく思う」

 

 そう笑みながら言うと金色の瞳が魂を見透かすように細められる。

 

「それで鍾鬼。其の方は、この日の本の民を護らんとしているのか?」

 

ーー 貴様には関係あるまい? 俺は俺のやりたいようにするだけよ、現在(いま)も過去(むかし)もな ーー

 

「そうか。良い方向に変わったようだな、鍾鬼」

 

 言いながら帝釈天は続ける。

 

「今の其の方(アドム)や分け子(アグニ)と手合わせしたが、どちらも其の方(鍾鬼)より手強かったぞ」

 

ーー 何をぬかす。あんな小僧どもに俺が劣るだと!? 寝言は寝て言え、インドラ ーー

 

「ま、まま、落ち着いて……」

 

 手をパーにして自分の胸の辺りに向けて言うタハトを帝釈天は愉快そうに笑いながら言った。

 

「その日の本の民は、其の方にとって良い相棒のようだな。鍾鬼」

 

ーー いちいち、耳障りなやつめ。昔からいけ好かない野郎だ、貴様は ーー

 

「落ち着こぉおおおおかぁあああ!! このひと、神さまだよ!? 僕の中に居るからって僕が神さまに文句言ってる風になるからやめてくれるかなぁああああ!!!」

 

ーー 俺もかつては鬼神と呼ばれた神だが? ーー

 

「メジャーどころには流石の僕も敬意を払わざるを得ない……!! というか、お前はアドムに似てるからあんまり『神さま』って感じしないんだよね」

 

ーー 解せぬ ーー

 

 このやりとりに帝釈天はーー腹を抱えて笑っていた。

 

「ハハハハハ、ひとと鬼神が共存する肉体か! 良い! 実に良いぞ!! それこそが神と人があるべき姿だ」

 

「ええっと、僕ーー笑われてる?」

 

ーー 気にするな、こういう奴だ ーー

 

 目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら帝釈天は続けた。

 

「す、すまんな。かつての鍾鬼を知っている身からすると、あまりにも面白くてな……」

 

「は、はぁ……(アレかな? 昔のヤンキー仲間が落ち着いた姿を見て笑うやつかな)」

 

「フフ、そうだな。それが近いであろう」

 

「すんませんっしたぁああああ!! 心を読まれてるとは思わずに、無礼を言いましたァアアアア!!」

 

ーー 宿主。俺にも謝罪していいんじゃないか? ーー

 

「え? なんで?」

 

 これに帝釈天は更に手を叩いて大笑いしながら言った。

 

「日の本の民よ、其の方の腕前や器を立ち合って確認したかったが。そのような雰囲気ではないな」

 

「え……」

 

「其の方の人となりと鬼神の魂との在り方を見せてもらった。それで充分だ……」

 

 言うと帝釈天はタハトに空を見るように指差す。

 

「ーー征くがいい、現実へ。其の方らの旅に幸多からんことを」

 

 言われると同時にタハトの目は白い光の中に居てーー次の瞬間には、現実へと引き戻されていった。

 

ーー アバルside

 

 ここに招かれた時から、アバルには全て理解できていた。

 

 ここが何処か、招いたのは誰か。

 

 そんなことを考えるまでも無い。

 

 腰の村雅を抜いてーー炎のような刃紋を睨むように見据えた後、全身に赤い鬼神力を炎のように滾らせて纏う。

 

 同時、村雅の刀身に青い炎が吹き上がる。

 

「……久しいな。鍾鬼」

 

「わざわざ、殺されに来たか。天帝……」

 

 声と同時に剣戟音が響き渡る。

 

 斬撃の余波は地面を断ち、村雅の纏うオーラは天を衝く。

 

 妖刀と金槍が互いに向かって押し付け合っている。

 

 目の前に居るのは雷霆神にして天の帝の名を冠する神ーー帝釈天。

 

「鍾鬼ーーいや、鬼神の記憶か。異世界とは言え記憶が人格と肉体を持つとは……!!」

 

「クク、それがどうした? 我(おれ)が貴様を斬りーー鍾鬼の力を纏うものを全て支配下に置けば、我こそが唯一無二の鍾鬼よ!!」

 

 紅の斬撃と金色の刺突がぶつかり合う。

 

 5合、ぶつけ合って帝釈天は月光の如き金色の瞳を細める。

 

「其の方、力だけならば鬼神に届くか。記憶だけで根源に至るとは、凄まじい執念よ」

 

「貴様を食らってアドムを下せば、我を止める者は最早ーーこの世に居らぬ!!」

 

 凄まじい殺意と純粋な鬼気に帝釈天は笑みを返した。

 

「なるほど、力は十分。されど其の方は鬼神に至れぬな」

 

「貴様、我が鬼神に至れぬを嗤うか!! その罪ーー死して償え!!!」

 

 真紅の斬撃は宙に網の目のように走り、帝釈天を斬り刻もうとするも網の目を縫うように帝釈天は最小限の弾きだけで擦り抜けてくる。

 

 静かな笑みを讃えて斬りつけてくる帝釈天にアバルも凄絶な笑みを浮かべて斬り返す。

 

「アドムーーと言うたか。今の其の方は」

 

「そいつは我の本体よ。我は、それから別れた存在(かげ)……」

 

 ぶつかり合う禍々しい赤と黒が混ざった斬閃と雷光を思わせる金色の刺突。

 

 互いの斬撃と刺突は完全に相殺し、両者は宙返りをしながら距離を置いて離れる。

 

「ならば、其の方の名は?」

 

「我の名はアバル、鬼神の記憶を持つ悪鬼羅刹なり……」

 

 妖刀村雅を霞に構えてアバルは更に気を高める。

 

 赤い太陽のような光を放つオーラは更に燃え上がる。

 

「怒りと憎悪ーーそして執念が、其の方の力の源か」

 

「利いた風な口を……」

 

 月光のような光を身に纏って帝釈天は金色の瞳を見開く。

 

 それだけでーー世界が歪むのではないかと言うほどの力が顕現する。

 

「ならばーー天帝として、葬らねばならぬな。其の方を」

 

 瞳を開けると同時に、帝釈天の背後に無数の金色の光球が浮かび上がる。

 

「オン・インドラヤ・ソワカ……」

 

 空間そのものを捻じ曲げて現れた雷光の球である。

 

「なに……!?」

 

「ゆくぞ、悪鬼羅刹。余の力ーーとくと味わうが良い」

 

 凄まじい雷光が雨あられとなるほどの数の光弾となってアバルに降り注ぐ。

 

 その光は地を穿ち、一瞬で荒野の地形を変えてしまう。

 

「それで避けたつもりか?」

 

 帝釈天は顔を左に向けると、その場に何発か掠って血を流すアバルが立っている。

 

「天帝ーー貴様ぁああ!!」

 

 既に光弾はアバルの移動した先を取り囲むように生じーー放たれている。

 

 瞬間、アバルは腰の鞘に妖刀を納めると同時に居合抜きで放つ。

 

 斬閃はアバルの周囲を描き、赤い炎を吹き上げると無数の斬撃へと変化して爆発した。

 

 全包囲を囲んで放たれる光弾を全周囲を払う斬閃が斬りはらっていく。

 

「……なんと」

 

「ククク、どうした? 天帝ともあろうものがーー狼狽えるのか?」

 

 一際、巨大な爆発を起こして爆心地からゆっくりとアバルが歩いてくる。

 

「我が雷を破るとはーー!」

 

 全身に強烈な金色の光を纏い、高める帝釈天にアバルは笑みを返す。

 

「ク、ククク! ようやく本気になったか……! そうだ、そうこなくちゃなぁああああ!!」

 

 全身に力をみなぎらせてアバルは更に燃え上がる。

 

 これに帝釈天も目を細めた。

 

(なるほど。悪鬼でありながら鬼神の力と技を使うーー羅刹とは、そのような存在であったな)

 

 鬼神とは鬼が神の次元に至るもの。

 

 力だけでなれるのではない。

 

 技だけでは届かない。

 

 鬼でありながら、神でもあるその存在はーー心を持たねばならない。

 

 鬼に『心』はない。

 

 だから鬼神に至れぬものは、心がーー魂が生まれないのだ。

 

(この記憶と名乗る鬼は、力と技だけならば鬼神に届いている。でありながら、成れぬのは心ーー魂がないから)

 

 羅刹とは鬼神の一種である。

 

 強い鬼が力を持ち、智を得て悪鬼となる。

 

 その悪鬼の智と力が技にまで昇華されたときーー羅刹(心なき鬼神)となるのだ。

 

「惜しいな。鬼神はどこまでも純粋な存在だが、其の方は羅刹。足りぬ部分を己の邪悪な力で補っておるのか」

 

「フン。鬼神など、余計な心を持つがゆえに負ける愚か者よ。羅刹となった我こそが、正しく個なり」

 

「真実そうであるならば、アドムとやらに拘らず。其の方が鍾鬼を名乗ればよかろう? だが出来ぬ。それは其の方が個ではないと認めておるからだ」

 

 瞬間、アバルが一気に距離を詰めて刀を振り下ろそうとしてーー帝釈天の眉間に触れる寸前で止まる。

 

「がはぁっ」

 

 口から血を吐き、胸元を見下せば己の鳩尾の辺りに金の槍が長柄の半ばまで刺さりーー貫いている。

 

「……」

 

 帝釈天の瞳が鋭く細まる。

 

 金槍を抜こうとして抜けないーー見れば、アバルの筋肉が槍を押しとどめ左手で長柄を握っている。

 

「……ククク、抜け作が!! 死ねェええええ!!!」

 

 再び右手一本で唐竹に振り上げるアバルの全身を貫いた槍から雷光が生じて全身を貫いた。

 

「グォオオッ!!」

 

 金槍はそのまま雷光となってアバルの全身を焼き、爆発。

 

 爆発と光が治まった後、爆心地に腹に大穴を空けた状態の羅刹が辛うじて立っている。

 

「たい……しゃくぅ、てん……!!」

 

 辛うじてーー意識を保ち、ボロボロの身体で足を前に出すアバルを帝釈天は冷厳と見つめる。

 

 そして右手に金色の槍を出現させると言った。

 

「鍾鬼の記憶が生み出した悪鬼羅刹よ。この一撃で、其の方を浄化しよう」

 

 帝釈天は槍を大きく振りかぶり、投擲するような構えを取る。

 

 金槍は金色の雷光を放って光そのものに変化していく。

 

「ゆくぞ、オン・インドラヤ・ソワカーーナウマク・サンマンダ・ボダナンーー雷霆!!」

 

 目の前に迫る金色の雷にアバルの瞳が太陽のように紅い光を放ち、一気に傷を塞ぐと袈裟懸けに空間を斬って光を放つ。

 

「絶技! 鬼刃ーー神斬り!!」

 

 金と赤の光は互いの中央で超新星爆発を起こしたかのように光が世界を覆い尽くしていった。

 

 ゆっくりと帝釈天は地面に降り立って前を見る。

 

 そこにあるのは、左腕が千切れ、右足を失くした状態で刀を支えに立つ羅刹の姿であった。

 

 傷口から煙を上げて瞬く間に傷が治っていくのを見ながら帝釈天は言った。

 

「なるほど。致命傷を与えるまで傷を治して挑んでくるーーということか。さすがは羅刹よ」

 

「おのれ……! これほどまでとは……!!」

 

 自分が記憶している天帝よりも明らかに頭2つほど抜けた神通力を操っている。

 

 鍾鬼であったころは、これほどの神通力を放っていなかった。

 

 つまりーー部下が居たから手加減していたーーということだ。

 

「アバルとやら。其の方の敗因は心を持たなかったこと。その一点のみ。心さえあれば、其の方は究極の羅刹へと至っていたかもしれんな」

 

 言いながらとどめを刺そうと右手に金槍を生み出す帝釈天。

 

 これほどの相手を前に村雅の力は更に強大に膨れ上がる。

 

「……刀が、足りぬ部分を補うーーと?」

 

「何がーー心よ。何が、鬼神よ。そんなものが、この我に!! 我に敵うものかあああ!!」

 

 瞬間、村雅をアバルの鬼神力ーー炎が包み込み、青い炎の塊となって胸の内に消える。

 

「なんと、妖刀を取り込んだ……!?」

 

「ウォオオオオオ!!!」

 

 咆哮と共にアバルの纏う炎が倍以上の大きさに膨れ上がって元の大きさに凝縮される。

 

 アドムやアグニと同じように青い雷(スパーク)が疾る赤い炎のオーラを身に纏うアバル。

 

 これに帝釈天は言った。

 

「まさか……、妖刀を魂の代わりとして究極の羅刹に至るとは。だが、それでは余の金剛槍とは打ち合えぬぞ?」

 

「……!!」

 

 稲妻が走り、神速の動きで槍を両手で挟み込んで止める。

 

「なるほど、次元は同格になったがーー!!」

 

 そのままアバルは金槍を奪って自分の手に馴染ませるように握る。

 

 すると漆黒の長柄に鋼の刀身を持つ槍へと変化した。

 

「余の金剛槍をーー己の支配下に置くとは。敵ながら見事よ、羅刹」

 

 もう一度、掌に金色の槍を生み出して構える帝釈天にアバルも槍を構える。

 

 互いに突っ込みながら刺突を繰り出しあう両者。

 

 赤い斬閃と金の斬閃がぶつかり合い、光の波紋が空に生じて世界を揺らしていく。

 

「フフ、余の槍捌きについてくるとは。流石は戦いの神よ」

 

「いつまでもーー上から話してんじゃねぇよ!!」

 

 アバルは叫びながら槍を更に変化させて武骨な刀へと変える。

 

「これでーー終わりだ、帝釈天!!!」

 

「終わりにして見せよ、鍾鬼の記憶を持つ羅刹よ!!」

 

 三度、刀と槍が互いに向かって振り切られようとしてーー帝釈天の身体は半透明となり消えていく。

 

「……! 熱くなり過ぎたか、時間切れのようだ」

 

「!! 貴様……! 逃げるか、帝釈天!!」

 

「すまぬな。繋がりの無い世界に現界するには、余とて限りがある。だがーーこの世界で生まれし羅刹よ。其の方は危険だ。いずれ、その命は貰い受ける。この世界のためにもな」

 

 言いながら消えていく帝釈天にアバルは舌打ちをしながら腰の村雅の鞘に生み出した刀を入れる。

 

 見事に反りが合って刀は鞘に納まった。

 

「……次に立ち合うときはーー貴様を確実に殺す。それまで首を洗っていろ」

 

 言いながら精神世界の果てへとアバルは歩いて行った。

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