刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第36話 舞踏会

 ビークス邸の一室。

 

 アドム・ヴィンテージにあてがわれた部屋で、ゆっくりと彼は目を覚ます。

 

 一人で寝るには大きなベッドで起き上がると傍らに金髪の美女が眠っていた。

 

「……」

 

 起こさないようソッとベッドから離れ、机の上の水差しからコップに水を注いで飲み干す。

 

「……インドラ、か」

 

 負けた。

 

 夢か現か分からないが、ハッキリと負けた。

 

 アドムは鬼神力を使いこなせるーーだが、全力を出して斬り合うことなどない。

 

 つい最近になって現れた鬼神と名乗る異形ーー泰鬼。

 

 ヴィンテージ流の全てを納め、鬼神力に目覚めて次期当主となる弟ーーアグニ。

 

 そして自分の中に居た異形の記憶を持って別れた鬼ーーアバル。

 

 アドムが、この世界で生を受けて本気で闘えたのは彼ら3人だけである。

 

 全力を出して戦うという経験が、自分には不足している。

 

「………」

 

 斬られた肩を触るも、何も傷はない。

 

 痛みもない。

 

 ただーーアドムは知っている。

 

 あの一撃の重みを、天帝の斬撃を。

 

 暗闇の窓ガラスに映るのは自分の顔ーー赤く光る瞳。

 

「旦那様、お前様はーー帝釈天とどういう関係がある?」

 

 声にふり返れば眠っていたはずの金髪の美女ーーエルがこちらを見ていた。

 

「人間の小娘如きに旦那様が反応できないのもおかしいと思うておったが、帝釈天がお前様を呼んでおったのじゃな。合点が行った」

 

 彼女はベッドの端に移動しながら座ってアドムを見上げてくる。

 

「あの男ーーダッタと名乗っておるが。あやつが旦那様と旅を同じくするも不思議に思うておる。帝釈天だけでなくあの男まで、旦那様を見張っておるのか?」

 

「……分からん」

 

「であろうな。あの男も、帝釈天も何を考えておるのやら。鬼神鍾鬼に、異世界に来てまで入れ込んでおる。あやつらの目的や考えが妾にも分からぬ」

 

「ひとついいか? 鍾鬼って、どんなやつなんだ?」

 

 純粋な問いかけにエルはジッとアドムを見つめる。

 

 鬼神の魂を宿す証であるーー赤い鬼眼を。

 

「妾とて面識があるわけではない。あくまで神々の噂ではあるーーが、言うなれば鬼神そのもの。己の意志を通すために力を振るい、たった独りで神仏に挑み続けた。あまりの凶暴さ故に魂を5つに分けられて消滅させられたと聞いていた」

 

「……そいつが俺の前世ってやつか」

 

「その魂を5つに裂いたのが、先ほど旦那様が戦ったインドラーー帝釈天じゃ」

 

 それは出会ったときに感じていた。

 

 あった瞬間に、敵だと認識していた。

 

 鬼神泰鬼と出会った時のように。

 

「のぉ、旦那様。お前様は、人間などに関わっておる場合ではないのではないか? 少なくとも、お前様の周りは既に神々が囲み始めておる。妾を含めてな」

 

「……俺は人間だ。人と関わることを辞める気はない」

 

「お前様は、人になりたいのかえ?」

 

 その問いかけに応えようとしてーー扉がノックされる。

 

「ヴィンテージ様、夕食のお時間です」

 

「ああ、今行く」

 

 扉の向こうのレイナに応えながらアドムはエルに言った。

 

「俺は人間だ。今までも、これからもな」

 

 赤い鬼眼を黒く塗りつぶしながら応えるアドムにエルはため息をひとつ吐いてから、半透明となって彼以外に認識できない存在となり、その眼に宿る。

 

(人間……のぉ。帝釈天を相手に紙一重の攻防をしてみせた鬼神が、人間……。そうまでして何故人間にこだわらねばならぬものか?)

 

 しがらみも、囚われも、彼が鬼神として生きれば何も問題はない。

 

 人の理など、鬼神ならば簡単に壊せるだろう。

 

 それをしない理由がエルには理解できなかった。

 

「……すまない、待たせたな」

 

 扉の向こうではレイナが丁寧な礼をして待っていた。

 

(この小娘。なかなかに面の皮が厚いのぉ。あれだけ格の違いを見せつけられて恥をかかされれば、普通は近づかぬものじゃ。まったく……)

 

 エルが、やや呆れたような表情になる。

 

 レイナは素知らぬ顔でアドムに微笑みかけると食堂へと案内していた。

 

『……帝釈天インドラ。この俺より強いヤツなどーー許さん!!』

 

 彼女の背でアドムの鬼眼は知らず知らずのうちに開いていた。

 

ーーーー

 

 夕食の場でアドム、ルーク、ダッタの3名はビークス伯爵と向かい合っていた。

 

「アドム殿、私の領地で取れた名物です。お口に合いますか?」

 

「ああ。どれもこれも素晴らしい。これほどの歓迎、厚く御礼申し上げる」

 

「そう言われると、こちらも用意した甲斐があるというもの。特にアドム殿がお気に召したものは?」

 

「……そうだな。この付け合わせのスープ。これが俺は好みだ」

 

 そう返すアドムにビークスは意味深な笑みを浮かべてアドムの傍に控えているメイドを見る。

 

「それはそれはーー、今日のスープは彼女の一品でして。レイナーー良かったな」

 

「……はいっ」

 

 頬を紅く染めて喜ぶレイナにアドムも礼を言いながら頭を下げる。

 

 隣でルークは首を傾げながら飲んでいる。

 

「たしかに美味いが…、これだけの料理の中で強いて特筆すべきものか?」

 

「おそらく、アドム殿には違う風に感じているのでしょう。込められた想いを感じておられるはず」

 

「……込められたおもい? あのメイドがアドムに懸想しているのは知っているが、そんなものを感じたからって料理が美味くなるものか?」

 

「ええ。想いの深さこそが、与えられたものの味を変えるものですから」

 

「……お供え物みたいなことを言う奴だ」

 

 言い切るダッタにルークは納得半分疑問半分の表情になる。

 

 するとビークスは笑顔のままアドムに言った。

 

「クリューエル殿下と面会できることとなりました。もちろんアドム殿には王城のパーティーに参加していただきますが、その後に殿下とお会いしていただくようお願いします」

 

「? パーティー会場では面会できないーーと?」

 

「申し訳ないが、殿下は命を狙われておられる身。安心できる場所など限られておるのです」

 

「……そうか。了解した」

 

 言いながらアドムはついでーーと言わぬばかりにビークスに告げる。

 

「それとーー俺に必要以上の歓迎は要らない。もてなしは、これで充分だ」

 

「……これは失礼を。ただ確かに私がアドム殿の世話を命じた訳だがーー強制したわけではなく、半分は彼女の意思であるーーとだけ言わせていただきたい。彼女の名誉のためにも」

 

「俺のような甲斐性無しには、勿体ないことだ」

 

「ご謙遜を。うちのレイナは、そんな甲斐性無しに惚れはしませんよ」

 

 ビークスは失笑気味に笑みを返す。

 

 これにアドムはルークを見ると、彼女も微妙な顔でこちらを見ていた。

 

「……」

 

「まあ、夢を見させてやれば良いじゃないか?」

 

「……そうか」

 

 これに納得しながらアドムはレイナを横目で見るとーー彼女は耳まで赤くして俯いていた。

 

 そんな彼女の様子をーールークもジッと見ている。

 

「やれやれ……。どうやらーー面倒なことになりそうだ」

 

 彼女の呟いた声は、談笑の音に消されていた。

 

ーーその日の深夜。

 

 ルークは腕を組んでアドムの部屋に繋がる廊下に立っていた。

 

「なんで私が、こんなことを……」

 

 ブチブチと愚痴を言いながらも、ため息を一つ吐いて前を見る。

 

 すると件のメイドーーレイナが現れた。

 

「……これは、ルーク・ケイジ様」

 

「単刀直入に聞くが、この先はアドムの部屋だ。こんな夜更けにアイツに何か用か?」

 

 鋭く瞳を細めて問いかけると彼女は顔を俯かせる。

 

「これーー。そのような姿勢で居らずに応えぬか。妾の忠告を無視して、旦那様の眠りを妨げようとは、どういう了見かのぉ?」

 

 その声にルークとレイナが振り返れば、長い燃えるような金髪を輝かせてエルが立っている。

 

 ルークが不快気に顔を歪め、レイナは恐怖と屈辱で顔を引きつらせる。

 

「……お前。アドムに釘を刺されてたろうが、姿を隠せと!」

 

「姿を見せなんだら、旦那様が貞操を奪われておったのでな。そこの小娘に」

 

「……こんな娘にアドムが? ありえんことを。アイツならどれだけ熟睡していても身体に触れられる寸前で気付くはずだ」

 

 これにエルは何も言わずに腕を豊満な胸の前で組み、片目を閉じる。

 

「……なにかあるのか?」

 

「少しの。旦那様とて、別のことに意識を割いていては身元が疎かになるーーということよ」

 

「フン。それよりーーお前、何故アドムを旦那様と呼んでいる?」

 

「妾の番(つがい)だからじゃ」

 

 こともなげに言い放つ龍神に思わずルークは呆れた顔になって首を横に振った。

 

「なにが良いんだ、あんなダメ男……」

 

「ダメ男なんかじゃありません!! アドム様は……!!」

 

 2メートルを越えるルークが、160センチあるかないかの少女に詰め寄られ思わず後ずさる。

 

 これにエルも言った。

 

「そのとおりじゃ、小娘。よいぞ、其の方には第二婦人か妾(めかけ)くらいの地位は与えてやろうかの」

 

「……アドムの意思は無視か、龍神どの」

 

「さて、レイナと言うたか。其の方の意地か執着と言えばよいかーーは分かるが、淑女が殿方の了承もなく寝床に行くものではない。正々堂々と攻略せい。さすれば、妾もそこの巨女も余計な口出しはすまいよ」

 

「……巨女だと? 自分の方がデカい(ドラゴンの)くせに」

 

「なにか言うたか? 無礼者の巫部(かんなぎ)」

 

 睨み合う二人の美女を前にレイナは頭を下げる。

 

「………お二方は、アドム様のことをどう思われておられるのですか?」

 

「妾は先も言うたが、あの方こそを伴侶と思うておる」

 

「べつに? 私は、アイツを『分からせたい』だけだ。武芸者としても、女としてもな」

 

 余裕と柔らかさのある笑みを浮かべるエルと、肉食獣のような笑みを浮かべるルークを見てレイナは寂しげに頷いた。

 

「お二方のように美しい人でも、あの方は落とせないのですね……」

 

「「……」」

 

 その言葉にエルとルークは同時に微妙な表情になる。

 

 まさに「ぐぅ」の音も出ないである。

 

 この日からレイナはルークの部屋でエルと3人で夜を過ごすことになるのだが、それはまた別の話。

 

ーー数日後

 

 フェルディナンド城ーー夜会。

 

 アドムとルーク、ダッタは城の広間に居た。

 

 本日は第二王妃の誕生日であり、それを祝う会だと言う。

 

 多くの着飾った貴族や淑女たちに、一つ上の壇上に並べられた貴賓席。

 

 そこには簡素ではあるが王冠を被った男や女たちが並んでいる。

 

 石造りの壁や床に赤い絨毯とシャンデリア、ロウソクなどが並べられ煌びやかな印象を受ける。

 

「………王族と言うのは、何でもかんでも煌びやかにしたがるものだな。行き過ぎれば品がなく映るものだが」

 

「見事な調和ですね。贅と美とバランスを考えた素晴らしい配置です」

 

 ルークとダッタの言葉を聞き流しながらアドムは酒を飲む。

 

 ワインは渋みが効いていて、芳醇な味わいと微かな木の香りが非常に良いと唸っている。

 

「……で、どいつが第三王子なんだ?」

 

「黒髪に紅眼と聞いておりましたが、黒髪の方が見当たりませんね」

 

 酒を楽しむアドムを放ってルークとダッタは互いに第三王子らしき人物を探していた。

 

 だが、彼ら彼女らの中に該当する人物はいない。

 

 パーティー会場内を見るも、どこにもそれらしき人物は現れない。

 

 既にパーティーは佳境に入り、ダンスを始めている。

 

「国王も王妃とやらも姿を見せず、居るのは王子や王女たちだけか。どうなってる?」

 

「……ルーク殿。もしかすれば、この場には第三王子は居られないーーいや、来られないのかもしれません」

 

「……フン。呪いの王子ーーとやらか。くだらんことだ」

 

 本気でつまらないと吐き捨てそうなルークの様子をジッと周りの男達が見ている。

 

 彼女の巨体もさることながら、異国の貴族の服ーー更に美しい容姿に心を奪われているのだが、ダンスをしようにもあまりの背の高さに誰もが尻込みしている。

 

 その視線を感じながらルークは、つまらなそうにアドムを見ると彼は誘ってほしそうな淑女達の熱い視線を完全に無視して楽しそうに酒を吟味していた。

 

 ここにきた目的を忘れているような気がする。

 

「そういえば、鬼神は酒に目がないーーでしたな」

 

「きしん? なんのことだ、ダッタ」

 

「いえ、こちらの話です。ルーク殿」

 

 そう言ってダッタは微笑みを返す。

 

「フン、おいダッタ? お前、踊れるか?」

 

「……このような踊りは知りませんが、踊るだけでしたら」

 

「上等だ」

 

 言うと同時にルークはダッタを連れて踊り場に出る。

 

 一際、大きな美女の登場にそれまで踊っていた男女が一斉に手を止め、二人を見る。

 

 円を舞い、踊るルークに対してダッタは、小刻みに身体を揺らしてステップしながら踊りだす。

 

 どちらも明らかに違う動きではあるーーが、音に合わせて完璧に踊り、互いの手を取って楽しそうに笑みを浮かべて情熱的に、凛として舞う。

 

 花びらが舞うようなルークに対して、火を起こす祈祷師のような動きで舞うダッタ。

 

 不協和音にならずに見事に調和しているのは、二人だからである。

 

「ふ、はは! へんてこな舞だが、見事だぞ! ダッタ!!」

 

「おほめいただき、光栄にございます。ルーク殿」

 

 曲を終え、差し出したルークの手を取りダッタは踊り場を降りていく。

 

 これに拍手を送るのは、王族の者たちであった。

 

「見事だ! 花のように美しくも嵐のように激しい舞であった!!」

 

 王子らしき人物の言葉に周りの王族たちも頷いて拍手する。

 

 その輪は、貴族たちにも広がっていった。

 

「私はこの国の第二王子ーーマルクス・シャイン・フェルディナンドです。異国の貴婦人。貴女は、誰の紹介で母の誕生日に出席してくださったのですか……?」

 

「……ビークス卿だが?」

 

 ルークの答えに、一斉にざわつき始める会場。

 

「第三王子支持者のビークス卿?」

 

「……今更、第二王妃に鞍替えしたのか?」

 

「それにしてはビークスの顔が見えないな」

 

 貴族たちのひそひそ話が会場を包む中、第二王子の後ろに控えている王子や王女たちの眉が曇っている。

 

 あまり他国の者に、自分達の内情ーー特にもめ事を知られたくはない。

 

「ああ、あのビークス卿が貴女のような素敵な方を招いてくださるとは」

 

「生憎だが、第二王太子殿。私は招かれた者についてきただけの付き人だーー。招かれたのは、そこで酒を飲んでいる黒髪の男さ」

 

 その言葉に会場の視線が一人の青年に注目されるーーそう、アドムに。

 

「……え?」

 

 アドムは適当に給仕から酒を貰っている際中であったが、さすがに自分に注目が集まっていることに気付いて固まっていた。

 

「「「「……」」」」

 

 全員が、時間が止まった様に静かであった。

 

 思わず、アドムは右手のグラスに入った酒を掲げる。

 

「た、誕生日ーーおめでとうございます」

 

 その様は美しさと気品と優雅さの全てを持ち合わせており、会場内がため息に包まれる。

 

 当の本人は、冷や汗が全身に浮かんでいた。

 

「これだ。美しさに五月蠅いシャインの貴族さえ、アイツの美貌に簡単に騙されるーー!」

 

「しかし、これで当初の目的。パジャ王国の特使としての役目は果たせそうですね」

 

 ルークが頭を振る横でダッタが静かに告げる。

 

「おお! たしかにな!!」

 

 ルークが手を叩いて喜ぶ中、アドムは淡々と右手のグラスの中身を飲み干してから給仕へと返す。

 

 そして、傍目には堂々とマルクス第二王子の前に歩いて行った。

 

「俺は、アドム・ヴィンテージ。マルクス王太子殿下、以後ーー見知り置き願います」

 

「! 貴殿が!!」

 

 これにいよいよ、会場の熱が一気に上がる。

 

 マルクスの隣に座っていた王族の者や傍に仕えていた騎士たちが一斉に反応し腰を上げる。

 

「おお、噂に違わぬ美しさだ!!」

 

「素晴らしいわ、鍛え抜かれた肉体も何もかも!!」

 

「あの身のこなしーー何気ない行動に隙がまったくない」

 

「……本物か」

 

 貴族たちが騒ぎ立て、騎士は興奮を抑えようと努めて冷静にアドムの動きを見る。

 

 第二王子マルクスは金色の髪を指でいじり、アイスブルーの瞳でジッとアドムを見据えている。

 

 いや、他の王族たちもアドムの容姿を穴が空くように見ている。

 

「あのアドム殿と、こうして話ができるとは。素直に嬉しく思う!!」

 

 言いながらマルクスは壇上から降りてアドムに右手を差し出す。

 

 これにアドムも右手を差し出して二人は握手を交わした。

 

「それでーービークス卿の紹介で来られたのだな?」

 

「ええ。シャインに我がパジャ王国の現状を説明し、交渉させていただきたく思っています」

 

「なるほど。父上に面会をーーそれは残念だった。父も母も、このようなパーティーには参加しないのだ」

 

「………そうですか」

 

 頷いて手を放すアドムにマルクスは微笑みながら告げる。

 

「特使ーーということですか?」

 

「はい。ですが、今回は陛下との顔合わせができなかったので、別の機会にします」

 

 言いながらアドムはくるりと踵を返して去ろうとするのをマルクスが呼び止めた。

 

「お待ちを! どうでしょう、アドム殿。父への面会は私が依頼するということでーー」

 

「……」

 

 アドムが立ち止まったのを見て笑みを浮かべるマルクスだがーー。

 

「待ってよ、マルクス兄さま!」

 

「そうだ、兄上! 我々も!!」

 

 そう声を上げる王冠を被った若い男、女たちに向かってマルクスは冷たい眼を向ける。

 

「黙れ、今回のパーティーは私の母のものだ。故にお前達に発言権などない」

 

「待ってくれ、ならビークス卿はどうなる? 今回、アドム殿を招いたのはビークス卿だ!」

 

「この場に居ない伯爵の言葉を、何故私たち王族が気にしなければならない?」

 

 口論を始める第二王子と他の王太子たちを見て、アドムは静かに瞳を細める。

 

(これがーークロードが、玉座に至る前の光景ーーか)

 

 血を分けたはずの兄弟姉妹が、口汚くとは言わないが罵り合い、詰り合っている。

 

 そしてーー自分の意見を言えずに俯いている末席の少年や少女たちを見る。

 

 着飾った王族ーー、美しい城内、それでも感じるのはーーアドムと同じしがらみ。

 

(シャインという王国でも、しがらみは消えないーーか)

 

 そう思いながら、アドムは自分の右肩を掴むと服を一気に掴んで引きはがした。

 

「……ご無礼」

 

 黒の革ジャケットにデニムパンツ、赤いマフラーといった戦闘服に早着替えすると腰の剣帯に差している兼定の柄を握る。

 

 騎士が一斉に剣に手をかけるよりも速く、アドムが神速でマルクスに踏み込むと刀を一閃した。

 

「ーーひっ!?」

 

 恐怖に怯えた表情のまま命を終わらせるしかなかったマルクスの目の前で火花が散る。

 

 見れば黒いフードを着た小柄な人間が3人、アドムの斬撃で弾き飛ばされていた。

 

「な、な!?」

 

 皆が驚いて固まる中、アドムは驚愕している3人の影を瞬く間に刀で叩き伏せた。

 

「……あ、アドム殿? 私はたすーー」

 

「殿下、礼を言うのは後です。お早く、この場を離れてください。他の方々も」

 

 アドムの冷静な言葉に誰も動けない。

 

 瞬間、アドムは叫んだ。

 

「シャインの騎士! 何をしてる!! 王族や貴族を早く会場から引き離せ!!!」

 

「か、かたじけない!!」

 

 その声と同時にーー6人の黒いフードを被った小柄な人間とーー赤いドレスを着た血のように赤い髪に赤眼の美女がアドムの前に立っている。

 

 これにルークがニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべて長巻を取り出す。

 

「フフ、いい運動になりそうだな」

 

「いけない、アドム殿の言うとおり戦う力のないものを一刻も早く引き離さなければ……!」

 

 ダッタの言葉に頷きながらアドムが言う。

 

「ここは俺とルークに任せろ! ダッターーお前は騎士たちと行け!!」

 

「分かりました、ご武運を」

 

 素早くダッタは、騎士団からあぶれた人々を率先して引き連れて会場を後にしていく。

 

 追いかけようとするフードを被った6人は、アドムがその場で振った斬撃に退けられる。

 

「ルーク、フードの連中とドレスの女。どちらと踊りたい?」

 

「赤髪の女に決まっているだろ? もっとも、ダッタよりは下手くそだろうがな」

 

 ルークの答えにアドムはニッと笑みを返すとフードの6人組に向き直った。

 

 彼らの気配に覚えがある。

 

「ーーさて、お前達に聞きたいことがある。その赤眼についてーー教えてもらおう」

 

 自分が迷宮を出た直後に襲ってきた魔物の気配を発する赤眼の人間だった。

 

 兼定の峰を返して構える。

 

「……シャインの王族が集まるパーティーに、何故アドム・ヴィンテージが居る?」

 

 赤い髪の女はユラユラと生き物のように髪を空に躍らせると赤い瞳を輝かせて言いながら腰の剣を抜き放つ。

 

 その剣は、何の変哲もないただの剣だった。

 

「おいおい、そんなナマクラで私やアドムの相手が務まると思うのか? 身の程を知れ……!!」

 

 ルークの髪が紫色に変化し瞳がワインレッドに変わると、白いオーラを身に纏う。

 

「式神を降ろすか。ずいぶんと飼いならされた番犬だな」

 

「フフ、魔物の匂いをたっぷりとさせている貴様ほどではないさ」

 

 音もなくーー赤髪の美女は消えて、目の前に現れる。

 

「……口ほどにもない」

 

 言いながら剣を振り切ろうとして、右掌に受け止められている。

 

「……!?」

 

「その程度の斬撃で、私に怪我の一つでも負わせられると思ったか?」

 

 右掌で抜き身を突き放し、巨大な長巻を一閃する。

 

 石畳の城の床がズタズタに斬り裂かれるも、赤髪の美女は後方へフワリと浮かぶように消えて長巻の範囲外に現れる。

 

「炎よーー敵を貫け! フレイムランス!!」

 

 左掌をこちらにかざして美女はルークに鋭くとがった炎の槍を放ってきた。

 

「魔法か!!」

 

 ルークは長巻を右手一本で回転させて盾にして炎を消してしまう。

 

 自分と同じ目線にまで飛び上がった美女が剣を振り下ろしてくる。

 

 巨大な長巻の回転を止めて、横薙ぎで受けるとルークの立っている地面が割れた。

 

「………!!」

 

「……ほう?」

 

 止められたことを意外に思っているようだが、それほど脅威には感じていない。

 

 その反応にルークの眼が闘志に燃えた。

 

「舐めるなよ、女ぁあああ!!!」

 

 振り回す長巻の斬撃は、より鋭くーー断絶していく。

 

「……これほどの化け物刀を苦も無く振り回す。女とは思えないな」

 

「どっちがだ!!」

 

 攻撃を弾くこともせず、紙一重で全て見切っている。

 

 ルークの得物は尋常ではない長巻だが、振り下ろすか薙ぎ払うという二択しかないため、攻撃が見切られ始めているのだ。

 

「神降ろしをした私の斬撃を完全に見切る!? コイツ!!」

 

「終わりだ……」

 

 薙ぎ払いを完全に、かいくぐられて目の前に居る相手に無防備を晒す。

 

 それは致命的だ。

 

「……しま!?」

 

 心臓目掛けて剣を突き出してくるのをルークの瞳は、ハッキリと映すが身体が反応しない。

 

 完全に全霊の一撃を躱されていたのだ。

 

 見開いたワインレッドの瞳に赤い血が飛び散る。

 

「……え?」

 

 ルークが瞳を見開いた先には、黒髪の青年が不敵な笑みを浮かべて左手で赤髪の美女の剣を握りしめていた。

 

「選手交代だーー、ルーク」

 

「あ。アドム……!!」

 

 目を見開くルークの前で6人の襲撃者を叩き伏せたアドムは赤髪の美女に笑いかける。

 

「ダンスの相手には、少し不足だな。もう少し教育したほうが良い」

 

「ーーアドム・ヴィンテージ。ここでお前を殺せるなら、それも良いか……」

 

 ドレスの足元を斬ってスリットを作り、動きやすいようにしてから美女はアドムを見た。

 

 そろそろ騎士団が事態の収拾に来るはずだが、彼女はまるで意に介していない、まるで騎士団など紙のように畳めると言わんばかりだ。

 

「この国はーー王族は滅ぶべきだ。その邪魔をするのなら、斬る」

 

「……できるものなら、やってみろ」

 

 アドムは霞に剛刀を構えて青い瞳を輝かせて告げた。

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