豪華な内装、高級な調度品、洗練された特別な空間とサービス。
ここはシャインの王都フェルディナンドの中でも頭一つ抜けた高級娼館『クリムゾン・ナイトメア』。
「ーー女神の呪い、か?」
「ああ。元々、この大陸の神はオケアニデスと呼ばれる女神じゃない。今は魔族にされてしまった先住人達と、赤い目をした神人が居たんだ」
その言葉にアドムとルークは目を見開いて固まった。
この店は一般人が利用することが許されないほどの高額の女性とのやり取りは勿論、王侯貴族や富裕層の社交場としての役割も担っている。
政治的な駆け引きや情報交換の場として利用されることもあるのは、偏に働く女性たちの口の堅さや教養の高さから来るものである。
「……オケアニデス?」
「この世界を創造したとされる女神の名だ。どうかしたか?」
「いや……。知り合いにオケアニデスという名の没落貴族の娘が居てな。彼女のことを思い出した。そう言えばサーニャも言っていたな。女神オケアニデスーーと」
リアとの出会いを思い出すアドムの言葉にシャインの第3王子クリューエルは目を見開いた。
「オケアニデスの名を冠する貴族ーー? パジャ王国は、オケアニデスを名乗る家系が存在するのか?」
「? ああ。何か、あるのか?」
キョトンとするアドムにクリューエルが呆れたような表情になり、隣のビークス伯爵も高級娼婦のレティシアも渋い顔になっている。
ルークとダッタを見れば、ルークは考え込むような表情になりダッタは、こちらをジッと見ている。
「娘や個人の名前に女神の名を与えることはあっても、家系そのものが名乗る性に神の名を与えるなど。パジャ王国の国王は中々ーーその、大胆だな。下手をすれば、神の名を冠する貴族こそ王に相応しいとなるかもしれない」
「……なるほど。だから彼女の家は俺の親父に潰されたのか」
「いろいろと事情があるようだが……話をもどしていいか?」
「ああ。気を遣わせてすまないな、殿下」
「貴様に殿下と呼ばれるのもむずがゆい。クリューエルでよい」
「……そうか」
微かに笑うアドムにクリューエルも頷くと彼の隣のレティシアが不満げにクリューエルを見る。
「クリューエル様ったら、アドム様にお優しいのですね。私にも、その優しさを分けてくれても良いのでは?」
「からかうな」
とレティシアに言ってからクリューエルは続ける。
「先に話したオケアニデスの前にこの大陸を支配していた神の名はセフィロト。この大陸に人間を含めた全ての生命体を生み出したものだ」
「……神話か」
「おとぎ話が子どもだまし、とは思うなよ。伝説や神話には必ず真実が含まれている。少なくとも、俺はそう思っている。この赤眼にしても俺たち王族の先祖である赤眼の魔人ーーブラド・シャイン・フェルディナンドについてもな」
その魔人は、アドムが倒した吸血鬼の本名だった。
「……そうだな」
「それで? 失礼ながらーー赤目の呪いとやらの話は?」
ルークが続きを催促するとクリューエルはニッと笑みを返して続ける。
「セフィロトには、神の端末と呼ばれる人間が存在したとされる。それが赤い瞳をした人間、別名を『神人』だ」
「……神の、端末?」
ルークがアドムとクリューエルを見比べながら、思わずつぶやく横でダッタが静かに細い目を開ける。
「なるほど。では、その者たちは『エロヒム』または『カマエル』というわけですか」
「……驚いた。そこの僧侶、分かるのか?」
「これでも別の神を信仰する身。そのような話は、たくさん聞き及んでおります。セフィロトは生命を司る神ですからーー彼の使者が『赤い』瞳をしているのなら、その眷属は『ケプラ』すなわち紅にして峻厳な人でしょう」
訳知り顔で語るダッタにクリューエルが驚いたまま固まっている。
これにアドムとルークが問いかける。
「今の、どういう意味だ?」
「私たちにも分かるように話してくれんか?」
気を取り直したようにクリューエルは頭を振ってから言った。
「す、すまん。要はーーこの大陸をもともと生み出して管理していたのがセフィロト。そのセフィロトが人間たちを導くための端末が神人。俺たちシャインの王家は、その神人の一人と婚姻をして国を為したーーという話だ」
「この大陸で最も古い歴史を持っている国ーーと聞いていたが、そういう事情か」
「オケアニデスが何故、この世界にやってきたのか。どうやってセフィロトに成り代わったのかは分からん。だがヤツはーーアドミニシア大陸を乗っ取り、神人を一人残らず自分の作り出した別の大陸へと移動させた。だけに飽き足らず、神人へ恩義のある人間たちにこう言ったのだ。『これまでの信仰を捨てろ。でなければ、お前達も醜い魔のものとなる』とな」
アドム達が息を呑むのを見て、クリューエルは続ける。
「女神へ信仰を持たずに、神人へと祈りを捧げていた大陸の人間たちは瞬く間に魔物に変えられていった。それも一瞬でな。運よく自我を保った人間たちも魔族と成り果てーー人間との時の流れの違いから別の大陸へと移住するようになった」
「……なぜ、そこまでするんだ」
「アドム。お前は自分の家が無いとなれば、どうする?」
「家を買うか、野宿をする」
「当然だな。では、金もなく住む土地もないときはどうする? しかも家を持って寝なければ命の危機に及ぶ」
「……俺の命の危機ーーか」
考え込むアドムの横からルークが言った。
「他人の家を奪うーーでよろしいか?」
「そうだ。家に住ませてもらうーーでは、自分のワガママは聞いてもらえないし、肩身が狭く家主の要求をのまなければならない。かといって、自分には家を建てる土地も金もない。家が無ければ死ぬのであればーー整地された他人の家を奪って自分のものにする。それをオケアニデスは行った」
淡々と語るクリューエルにルークは問いかけた。
「私はーー私の国の民たちの魔物化を止める為、旅をしている。だがーーその原因がまさか、この大陸を作った女神への信仰をしていないから、だというのか?」
「……魔物化? なんだ、それ」
アドム以外の人間が納得したような顔になる中ーー彼は分からずにクリューエルに問いかける。
「パジャ王国には魔物化がないーーか。調査通りだな。不思議な国だ。周辺には魔素が溢れた魔物の森があるのに魔物は国の中には決して現れない。まるでーーオケアニデスの呪いから『何か』が守っているかのようだ」
「私は、噂を聞いてパジャ王国に入って真相を確かめた。確かにオケアニデスへの信仰をしている者は少ない。それでも人々は魔物化を恐れていなかった。いやーー知らなかった。信じられるか? 大陸中で蔓延している現象だぞ? 毎日オケアニデスへ祈りをささげるか、オケアニデス教会へ金を支払って穢れを払ってもらわなければ私たちは、徐々に魔物へと変じてしまうんだ」
その言葉に、初めて聞いた国の外のことにアドムは言葉を失った。
神に祈ったことなどない。
神が居ることは知っているが、信仰などするわけがない。
それでも自分が変じることなどない。
パジャの民は、誰一人とて魔物になったものが居ないのだーー。
ずっと国が立ち上がるまで領土を奪うために、互いに争い続けることができたのだから。
「……まさか、俺が斬り捨ててきた魔物たちも元は人間だというのか?」
目を見開いて問いかけるアドムにクリューエルは首を横に振った。
「分からん。魔物は、何もないところからでも湧いて出てくる。どれが人間だったもので、どれが違うかなど魔族となってしまったものにしか分からないんじゃないか」
「バカな。俺がーー俺が、人間を斬った…だと?」
驚愕に奮えるアドムをダッタがちらりと見つめた後、クリューエルを見る。
ルークも話を続けろと目で催促するとクリューエルも頷いた。
「赤眼の王族は神人の血を引いているため、優秀な存在だ。だが、オケアニデスの呪いによって普通に生活をしているだけで魔素を一気に身体に溜めてしまい化け物へと変化してしまう。その特性を活かして吸血鬼に変わった魔人も居るが、普通に生活している人間には強烈だ。だから呪われた存在と言われるのさ。その疎ましさは本物でな。おかげで飲む水や侍女の運んでくる料理さえ下手に口にできん」
肩をすくめるクリューエルにルークは問いかけた。
「第3王子殿。先ほどの呪いの件で判明したのは、今回の赤眼の襲撃者はみなーー前の神の眷属ということでよろしいでしょうか?」
「平たく言えばな。だがーー政治的な話に戻すと、王族を滅ぼしたい連中が雇った凄腕の暗殺者だろう」
赤目は赤目であるというだけで疎まれる。
いつ魔素よる暴走が始まるのか分からず、放っておけば化け物へと変じるのだ。
能力が如何に優秀であっても、傍に置きたがるわけがない。
平民の赤眼など死ぬ確率の高い汚れ仕事を全うしてもらうくらいしかないだろう。
「俺は王族だから、そんな目には合わなかったが。それでも貴族連中や騎士団、兄や姉には疎まれたよ」
自嘲気味に語る彼の瞳には、あきらめがあった。
「だが、そんな俺を王はーー母上は。王妃たちは庇ってくれた。いろいろ複雑だが、兄たちも最初は俺を庇ってくれていた。いつの間にか、宮廷の誰かが彼らに余計な入れ知恵をして性格を歪めてしまった……弟たちもいずれは、変えられるのかもしれんが、できれば関わってほしくはないな。あのような歪んだ連中とは」
「大切に思われているのですね。ご自身の家族を」
「赤眼の俺を庇ってくれたーー呪われた王子を庇ってくれた恩人たちだ。俺の全てを賭けても、あの人たちを守りたいと思っている。だから第二王妃の生誕祭に出席しないよう釘を刺したんだが、兄たちには無意味だったようだなぁ」
苦笑気味に言うクリューエル。
これにダッタが優しく微笑み、ルークは目を細めて席を立つと跪いた。
「クリューエル・シャイン・フェルディナンド殿下! 私はーー貴方の人となりを見ずに、噂で貴方を判断していました。呪われた王子ーー、娼館へ入り浸るふしだらで愚かな王子だと。心より、お詫び申し上げます」
「クク、それはそうだろ。むしろ、そういう噂は積極的に流している」
「な。何故?」
「その方が都合がよい。無能かつ、どこでくたばっても問題ない人間であったほうが『赤眼の王子』らしいだろ。それに、無能だが数と権力だけはある連中に余計な警戒をされずに済むからな」
楽しそうに笑っているクリューエルをビークス伯爵は額に手を当てて頭を振り、レティシアは不満げに見つめている。
「……クリューエル。魔物化を防ぐ術は?」
静かな声だった。
だがーーその声を聞いたダッタ以外の皆の表情が恐怖に引きつり、冷たい汗を全身に噴き出させている。
声の主は、先ほどから黙っていたアドムだった。
「げ、現状分かっていない。パジャ出身の貴様ならば何か知っているかと思ったが、その様子だと魔物化自体を知らなかったようだしな」
赤眼の重圧が桁違いである。
目が合ったーーそれだけで意識が飛びそうになるのをクリューエルは驚異的な胆力で繋いで返答する。
「……オケアニデスってヤツは、何処にいる?」
「そ、それも分からん。神の居場所なんて、どの文献にも載ってはいない」
「そうか……」
スッと瞳を外され、クリューエルは思わず肩で息をする。
襟元のボタンを外し、リボンタイを外しながら深呼吸する。
「……ちくしょう」
「? アドム?」
ダッタが声をかけられない皆に代わってアドムに声をかけると、彼はーー
「ちくしょぉおおおおおおおっ!!!」
叫びながら拳を大理石の床へと叩きつけた。
地鳴りを思わせる音と衝撃を地面に響かせて、アドムの拳は大理石の床にフロア全体へと渡る程の広範囲にひび割れを起こさせていた。
「なにが、なにがーー人は斬らない、だ? 何がーー大陸最強だぁああああっ!!!」
赤い炎を全身から噴き上げて床に拳をめりこませた状態でアドムは叫ぶ。
それは怒り、それは悲しみ、それは咆哮、それは慟哭。
「俺はーー俺は、親父とは違うつもりだったんだ……!! 親父や貴族共とは違う人間であろうとしたんだ。弟や母上やタハトのような優しい人間になりたかったんだ……!! それが、それがーー俺が散々斬り捨ててきた魔物どもが、元は人間だと……!!」
犬歯は牙と呼ばれる程に伸び、瞳は太陽を思わせる灼熱の赤へと変わり輝いている。
「ふざけるなぁあああああああああっ!!!」
立ち上がり、シャンデリアがぶら下がっている天井にーーいや、神が住まうとされる天に向かって咆哮する。
その姿はーーあまりにも荒々しく、恐ろしくーーそして神々しい。
この姿にダッタは静かに瞳を閉じて、この光景と過去の思い出を重ねていた。
ーーそれは、独りの鬼神が天界へと挑み敗れた際に放った咆哮。
「異界の神々よ、軍勢よ!! あまりに、あまりに! 非力!! 我(おれ)を満たすには、汝等では足りぬ!!」
幾百幾千の軍勢を率いた己とは違う世界から現れた神々に向かって笑ったーーあの姿。
「アドム・ヴィンテージよ。お前は、紛うことなく鬼神鍾鬼の生まれ変わりだ。その気高さも、荒々しさも、あの時のままだ」
そのダッタのひとり言は、誰にも届かない。
それほどの激しい力を纏って、怒りを持ってアドムは天を睨みつけている。
自分の周りの人間が巻き込まれないよう、ダッタは満月のような黄金の瞳を開いて輝かせる。
アドムの周囲に見えない壁のようなものが球状に発生し、力はその壁より向こうには届かない。
「い、今のアドムの力を抑え込む……?」
「い、いったい、この僧侶。何者だ……」
それだけで、凄まじい衝撃も力の圧力も消えることにルークとクリューエルは目を見開いていた。
「だがーー優しい人間になりたい、か。かつて神々をも震わせた最も荒々しく鬼神そのものとも言われた存在がーー本当に変わったのだな」
微笑みさえ浮かべて、今のアドムの力を余すことなく全て封じ込めるダッタを、この場に居る皆が驚愕の表情で見据えている。
「女神オケアニデス!! 俺の生き方を邪魔するものは叩き潰す!! 必ずだ!!!」
怒りの形相に変わり猛るアドムと口許だけを微笑ませるダッタを見比べて、人々は思う。
神と神がぶつかり合えば、このような光景になるのだろうかーーと。
ーーーー
少しして落ち着いたアドムは、瞳の色を黒に戻してソファに座った。
「……すまん、取り乱した」
「あ、ああ。何かーー気になる事があったのか?」
クリューエルの問いかけにアドムは頭を冷やすように溜息を吐いてから言った。
「ちょっとな。それよりもーーオケアニデスを倒すために俺は何をすればいい?」
「オケアニデスを討ち取ったとしても、それで魔物化が解けるとは限らないぞ。それにオケアニデスを倒すにせよ封じるにせよ、人間同士がゴタゴタしている状況じゃ意味がない。貴様が人を斬らないというのであれば、人同士の争いを終わらせることの方が先だろう」
つまりーーシャインのゴタゴタを解決し、周辺諸国との約定を結んでからジャッジを攻略するという当初の目的に変わりはないということだ。
「……」
「不満そうだな。だが、現状ーー女神に接触する方法はない。女神の端末ーー神人が居るならば、そいつから居場所を聞くとか、魔物化を止める方法を吐き出させるとか、色々あるんだがな」
「神人ーーか」
アドムは微かに瞳を閉じてからソファに座り直す。
「心当たりでもあるのか?」
「……いや」
「そうか。なら、予定通りにシャインのゴタゴタを解消するのを手伝ってもらうぞ。報酬は後程適当に見繕う」
「要らん。それよりもパジャとの約定の件を、そちらの王に取り次いで面会できるよう決めておいてもらいたい」
報酬を即答で断られてクリューエルは半目になる。
言いながらアドムは、既に席を立って入口へと移動し始めていた。
「おい、宿屋が無いなら泊まって行ったらどうだ? 此処は娼館だーー寝るには苦労しないぞ」
「悪いな、宿は取ってる」
「……そうか。なら、これ以上は言わん」
「感謝する」
そう言ってアドムが外に出て行こうとしてレティシアが、ゆっくりと席を立った。
「お待ちください、アドム様」
「……?」
ふり返ったアドムに向かって彼女は請求書を取り出した。
これにクリューエルが言う。
「待て、レティシア! 食事や酒代は俺がーー!!」
「レティシア嬢、あまりクリューエル様や私に恥をかかせないでもらーーっ」
彼らの声を遮ってレティシアは、こめかみに筋を立てて口許を引くつかせている。
「この床の現状を修繕していただけますか? この店の品格が落とされてしまいますので」
「……」
ぐうの音も出なくなり、アドムは首を前のめりに倒すしかなかった。
結局、代はビークス伯爵が代わりに支払ってくれており事なきを得たのであった。
「……ふう」
娼館を出てアドムは天の夜空を見上げる。
そしてダッタを振り返った。
「ダッタ、俺に稽古をつけてくれないか?」
「……アドム殿?」
アドムは真剣な瞳でダッタを見つめる。
互いに瞳の色は黒色だが、その魂の色は違う。
「面白そうだな。酒の肴に見てやろう」
ルークが楽しそうに微笑む横で、アドムとダッタは真剣な表情で見合う。
「頼む。俺はーー「鍾鬼(おれ)」を超えなければならない。今のままでは、足りないんだ」
「……優しい人間を護る為に、ですか?」
「ああーー」
即答で応えるアドムにダッタは微笑みを浮かべてから言った。
「ならばーーアドム。お前は神武不殺の刃を、奇跡の斬撃の担い手となれ……」
宿屋の裏庭。
開けた場所で誰もが寝静まる中ーーアドムとダッタが向き合っている。
これをルークが屋根の上から見下ろして酒を飲んでいた。
「神武不殺ーー見せてもらう」
「その身に与え、振るうといい。お前の道を切り開く刃を」
言うと同時、ダッタは摺り足でアドムの横を神速で擦り抜けた。
同時に左掌がアドムの肩を叩いていく。
「……ぐっ!?」
うめき声を上げてアドムが片膝を地面につくと、肩口から打撃痕が煙を上げていた。
それほどの一撃であったにもかかわらず、骨も肌も傷一つない。
筋も何もないがーー感覚が失われていた。
「……動かせない、だと?」
「これが神武不殺。強き者は相手を傷つけることなく勝つーーというもの。刀を使うのであれば、より加減も難しくなる。だがーーお前ならば、使いこなせるであろう。アドムーー迷うことなく正しきその道を突き進め」
神々しい後光が差すように朝日がダッタの背後から登り始める。
「不殺の刃。確かに受け取った」
「ああ。お前の真っ直ぐな心、私も受け取った」
ダッタの姿にアドムはニッと笑ってから一礼した。
ーーーー
高級娼館「クリムゾン・ナイトメア」
閨に入り、クリューエルは本を読んでいる。
そのベッドの傍らにはレティシアが服を着たまま横になっていた。
「今日もーーお相手はさせてもらえないのですね」
「いつも言っているが、貴様はさっさと他の客の所に行け」
「いつも返してますが。嫌です」
呆れたような表情で言ってくるクリューエルの紅い宝石のような瞳を見つめてレティシアが微笑む。
「本当にーー貴方の瞳は宝石のように煌びやか。なぜ、こんな綺麗なものを人間は呪いだのとさげすみ、滅ぼそうとするのかしらね」
「自分とは違うからだ。髪の色、瞳の色、肌の色。見た目が違えば人間は恐怖を感じて排除したがる。自分の理解に及ばない者は特にーーな」
言っても聞かないと悟ったクリューエルは、さっさと自分の目の前にある本を読み始める。
魔導書と呼ばれる魔力を放つ本は、普通の人間では手に取るだけで生気を吸われて廃人となるのにクリューエルは淡々と読み進めている。
「ねぇ、クリューエル様。貴方は、私を買ってくれませんの?」
「買ってやってもいいぞ、さっさと身請けして故郷に帰るならな」
「帰ったところでーー私には住む家も、親も居ません。王族なんて捨てて私と家族になりませんか?」
「すべてが終わって俺が生きていてーーお前が独り身だったら考えてやる」
クリューエルの素っ気ない返事に眠気で瞼を閉じながらレティシアは言った。
「じゃあーー私を未亡人にしないでね。クリューエル」
「……お前な、俺は死ねない理由を作る気はないぞ」
そう返すクリューエルの前で無防備に寝るレティシア。
これに首を横に振ってから掛け布団をかけ直してクリューエルは本を開く。
「魔物になる前に大陸を平和に導いて、その後に神と戦って勝利して生きて帰ってくるーーって。そりゃ、無理だろ。どう考えても」
ポツリと呟いて、クリューエルは優しい笑顔でレティシアを見つめていた。