刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

41 / 46
第40話 不殺の斬撃 奇跡の刃

 自分が呪われた赤子だと知ったのは、いつからだ?

 

 物心がついたころには、自分は他人から疎まれていたと思う。

 

 侍女にも騎士にも、貴族たちにも。

 

「なんてことだ」

 

「不吉だわ」

 

「国が亡びるかもしれん」

 

「平民出の嫁などをもらうからだ」

 

 それでも自分を庇い、守ってくれた王と王妃たち。

 

「周りの言葉を気にするな。お前は俺の子だ」

 

「大丈夫ーー貴方の力は、きっとこの国を大きくしてくれる」

 

「私の息子をーーお前の兄を支えてほしい、頼むわよ」

 

 兄や姉と呼ばれるものたち。

 

「どうした、クリューエル! 周りの眼など気にするな、下を向くな!!」

 

「また泣いてたの? 仕方のない子ね」

 

 彼らを守りたかった。

 

 何か恩を返したかった。

 

 それだけだったのだ、自分にあったのは。

 

 なのにーー知れば知るほど、この赤眼は大陸中から忌み嫌われる伝説を残している。

 

 水の女神オケアニデスが、世界を手にしたそのときから赤眼のものは皆ーー愛する者たちを不幸にして死を撒き散らして死んでいく運命なのだ。

 

 吸血鬼になった王家の血筋のものは、まだよい方だ。

 

 何の前兆もなく王のまま狂って民や忠臣、愛する家族を手にかけていくもの。

 

 いきなり苦しみ抜いてのたうち回り、得も言われぬ異形と化して人間をむさぼり食らうもの。

 

 狂った人となるのか、人間を食らう魔物となるのか。

 

 その差は分からないが、どちらでも滅ぼされるのは同じだ。

 

 例外はない。

 

 例外はーーなかったのだ。

 

 パジャと呼ばれる蛮族の国が出来上がるまでは。

 

『そのものは、赤目となり民の危機を斬り裂いたという』

 

 同じ赤目だが、かの国では魔物にはならず剣士は国の中核を担う立ち位置に昇級を果たしている。

 

 それがーーどれだけの希望だったか。

 

 それが、クリューエルにとって救いのある話だったか。

 

 きっとーーこの先も、アドム・ヴィンテージは知る由はない。

 

『目覚めよ、我が端末(子)よ。汝の使命を果たせ』

 

 ああ、そうかーーとクリューエルは思う。

 

 今日だったのか、とーー。

 

 それがクリューエルだったものの最期の思考だった。

 

ーーーー

 

 シャイン王都フェルディナンドの民宿の中庭。

 

 ダッタの一撃を肩に当てられたアドムは、その日から夜通しで兼定を振り始めた。

 

 あの一撃こそ、極めた者のみが許される神域の打撃。

 

 相手に打撃を加えると共に自分の気を与え、致命傷を無くすための拳。

 

 それを殺傷力の高い刀で行うとなればーー相応に技術も力も求められる。

 

「全てを斬り裂く一撃を極み昇華すれば、全てを傷つけない一撃となる。これが神武不殺の心得だ、アドム」

 

 アドムが刀を振るうのをダッタは手短な岩を椅子かわりにして座り、瞑想を続けている。

 

 閉じられた瞳で、アドムの状態を心理を正確に見切ってくる。

 

「鬼神の生命力はすさまじい。だが、奇跡の斬撃とは気軽に振るものではない。アドム・ヴィンテージよ。そのことを努々(ゆめゆめ)、忘れるでないぞ」

 

 振り続ける。

 

 空間をーー世界をハッキリと断絶する。

 

 万物を斬り裂く刃金。

 

 だがーーそれでは足りない。

 

 奇跡には程遠い。

 

「……」

 

 ダッタは微動だにせずに、アドムの修行を見ている。

 

 アドムもまた、何も語ることなく刀を振り続ける。

 

 夜が終わりーー朝日が昇るころになってもアドムは刀を振り続けている。

 

 全身が汗にまみれ、肩で息をするようになってなおーーアドムの斬撃は衰えない。

 

 一振りを放つ度にハッキリと空間が断ち切られ、より鋭さが増しているのが分かる。

 

 それでもなおーー簡単にはいかないとダッタはため息を一つつくと、立ち上がってアドムに語り掛けた。

 

「……アドムよ。そろそろ、ルーク殿が起きて来られる頃だ。この辺りで食事とーー」

 

「ウォオオオオオオッ!!」

 

 そのときーーハッキリとダッタの瞳にも映った。

 

 世界の理そのものをも断ち切るーー神武不殺の黄金の斬撃。

 

 奇跡の刃を。

 

「アドム。手に入れたのか……」

 

 ダッタをしてーー万物を悟った男をしてそれは、感嘆のため息。

 

 袈裟懸けに放ったアドムの斬撃がーー斬閃がハッキリと黄金の光を放っていた。

 

「……礼を言うぞ。おかげで俺はーー更に強くなる」

 

 鬼眼を見開いて凄みのある笑顔を向けてくるアドムにダッタは静かに微笑みを返した。

 

「ならばーー見せてもらおう。お前が、どこまでいけるのかを」

 

 太陽のように赤く燃える鬼眼と満月のように黄金に輝く仏眼が互いに認め合っていた。

 

 宿屋に入るとルークが呆れた表情で二人を見返してきた。

 

「お前ら、一晩中中庭に居たのか? 呆れた連中だ」

 

「たかが一晩。大したものでもない」

 

 それを鼻で笑ってアドムは朝食が用意されたラウンジに向かう。

 

 見慣れたからなのか、それとも冒険者が利用する宿屋だからなのかは分からないがアドムはヴィンテージの戦闘服を着用している。

 

 アンナとマリーからもらった一張羅は、やはり王城などに入る際に使おうと思っていた。

 

 食事には固いパンを切り分けたものとシチュー、野菜にソーセージと目玉焼きだった。

 

 アドムとダッタが手を合わせる中、ルークはナイフとフォークを手に取り、食事を始める。

 

「それで、今日の予定はクリューエル殿下にシャイン王との面会を取りなってもらうーーでいいのか?」

 

「ああ。その予定だ」

 

「この国に来て一月も経たずに国王と面会できる伝手を引き当てるのは流石、というべきか? 特使どの」

 

 揶揄するように笑うルークにアドムは首を横に振る。

 

「ヴィンテージ領を取り戻す戦いに参加できない以上、この任務に時間をかけるわけにはいかん。ヴィクトリア王都もきな臭いようだしな」

 

「さてーーでは、王に面会と行こうか」

 

 食事を済ませ、3人は同時に立ち上がった。

 

ーーーー

 

 フェルディナンド城の門前。

 

 3人が移動した時には、既に小太りの中年貴族ーービークス伯爵が衛兵を連れて立っていた。

 

「待たせたようだな、すまん」

 

「お気になさらず。それよりもーー準備はよろしいか? 陛下と面会されるのですが」

 

 アドムは不敵な笑みを浮かべると右手で自分の左肩を掴んで上着をばさりと脱ぎ捨て、マリー達が仕立てた一張羅を身に纏う。

 

 この早着替えにビークス伯爵もニコリと笑みを返した。

 

 3人が城の門をくぐりーー謁見の間に着くのはすぐであった。

 

「パジャ王国最強の刃ーーそれが、其の方であるか?」

 

 謁見の間に入る扉をくぐったと同時に、アドムの頭上から声をかけるものがいた。

 

 その声に静かにアドムは壇上を見上げると豪奢なマントに王冠を被った白髪の男が儀礼用の杖を右手に持って立っている。

 

「アドム・ヴィンテージです。見知り置きを」

 

「……なるほど、クリューエルが憧れるわけだな。美しくも逞しく、力に満ち溢れている。羨ましいものだ」

 

 シャイン国王は静かに目を細めて頷いた。

 

「余はオーガスト・シャイン・フェルディナンドだ」

 

 彼の左右には美しい王妃たちが着飾り、並び立っている。

 

 その中でクリューエルに面立ちがよく似た黒髪の美女を見つけて、アドムは目を止める。

 

「気付いたか。これは私の第三王妃ーーソフィアだ。其の方らをここに招いたクリューエルの母である」

 

「ーー」

 

 頭を下げるソフィアを見てアドムも目礼を返した後、問いかけた。

 

「……陛下、クリューエル殿下は?」

 

「アドム・ヴィンテージよ。其の方は赤目でありながら人のままで居られるという。それは真か? 其の方の力があれば、アレは魔物にならんでよいのか?」

 

「……クリューエルは、何処だ?」

 

 その問いかけにアドムは目を見開いて言った次の瞬間、王城の一角が強烈な衝撃と共に爆発した。

 

「……クリューエルは、もう居らん」

 

 苦渋の顔をしたオーガスト王にアドムは爆発の音が聞こえた方に振り返ると同時に叫んだ。

 

「ルーク、ダッタ、ついてこい!!」

 

 言いながら謁見の間を後に神速で駆け抜ける。

 

 アドムの言葉にルークもダッタも国王を振り返ることなく駆け抜けた。

 

「……うぅ」

 

 力無くソフィア王妃が崩れ落ちそうになるのを第一王妃と第二王妃がそれぞれ支える。

 

 これにオーガスト王は言った。

 

「赤目の剣士が、全てを救うーーそう言った息子の言葉、私も賭けよう。クリューエルよ」

 

 王城を駆け抜けながらアドムは遥か後方に居るダッタに問いかけた。

 

「ダッタ、クリューエルの場所を教えてくれ!」

 

『……そのまま右の階段を降りて地下牢に向かえ、そこに反応がある』

 

 その声に応えるようにダッタの声が頭に響いてアドムはニヤリと笑い、青い気を纏って階段を駆け下りていく。

 

 地下牢に直接つながる階段を瞬く間に駆け下りて、アドムは見た。

 

 赤黒いオーラを纏ったクリューエルが、クリューエルだったものが、笑みを浮かべながら牢を破壊して迷い込んだネズミを右手で捕らえ、捕食している。

 

 口から血を滴らせてクリューエルは赤目を狂気に歪めてこちらを見ている。

 

「おのれ……! 忌み子めが!!」

「王の甘さが招いた、破滅ののろしか!!」

 

 それを騎士団が武装して構えている。

 

 疑問はある。

 

 なぜ、ここに第三王子であるクリューエルが居るのか。

 

 昨日、高級娼館で寝たはずのクリューエルが何故、牢獄の中に。

 

 では高級娼館はどうなった?

 

 クリューエルと閨を共にしたはずのレティシアといった娼婦は。

 

「……」

 

 アドムは、それらを全て飲み干して騎士団の間を割って入るとクリューエルの目の前に立った。

 

 これにクリューエルもニタァと笑みを返す。

 

「これが、呪いか?」

 

「呪い? 何のことだ? この端末は本来の役割を果たすようになっただけ」

 

 どこか無機質で感情を感じさせない冷たく平らな声音。

 

 クリューエルの身体を「何か」が操り、違う存在に変えている。

 

「お前達を皆殺しにし、取り戻す。我が世界をーー、故に消えろ」

 

 右手を差し出すと赤い光が走り、円の中心に五芒星を描いて放ってくる。

 

 咄嗟に避けようとするが、周囲に騎士団が居ることを見てアドムは素手で赤い五芒星の魔法陣を受け止めようとするーー。

 

 が、その前に黄金の光壁がアドムと五芒星の間に現れて止められる。

 

『ーー旦那様。この力は、もう人間ではないぞ』

 

 そう言いながら黄金の龍の化身は半透明のままアドムにだけ聞こえる声で忠告して来た。

 

 黄金の光壁に防がれた赤い五芒星は、はじけ飛ぶと同時に赤い光に触れたものを砂のように溶かして消していった。

 

「これが古代神の力ってやつか」

 

 赤い髪の女ーーシャロン・エスペランザの仲間が使った技も壁や地面を砂に変えて飲み込む技だったが、これはそれとも違う。

 

 これは触れたものが何であろうと対象を分解して消す技だ。

 

 アドムはヴィンテージの戦闘服に早着替えし、腰の剣帯の鞘から剛刀兼定を引き抜く。

 

「貴様ーー何者だ? 何故、我が邪魔をする? 人に非ざるものよ」

 

「俺は人間だ、その身体のものもな」

 

 抜き放った兼定が鍔鳴りを起こし、アドムの瞳が太陽のように赤く輝く。

 

「だからーー邪魔はお前だ」

 

 全身に真紅の炎のようなオーラを発生させて、アドムはクリューエルの身体を操るモノと対峙した。

 

「我の端末ではない。ならばーー我の邪魔をするものか。あの水の女神の端末か……? どちらにせよ、消えるがいい」

 

 兼定を霞に構えてアドムは言う。

 

「エル! 騎士団を下がらせろ。ルークとダッタも、こちらに向かってるはずだ」

 

 その言葉にエルは身体を実体化させて美しい黄金の髪を靡かせながら、ドレスの裾を広げて笑う。

 

「妾にこのような矮小な者共のお守りをさせるとは。ほんに旦那様はご無体な方」

 

 黄龍エルは、黄金の光の輪を無数に生み出して光の壁を作り出して牢獄の通路を完全に塞ぐと騎士団に振り返って両手で下がるよう言う。

 

「ほれ、邪魔だ邪魔だ。お前達が居ては、旦那様が本気を出せぬ。たかがセフィロトの残滓如きにーーのぉ」

 

 その言葉に挑発されるようにクリューエルの身体を操るモノが、赤い五芒星の魔法陣を次々と生み出して放ってくる。

 

 光は壁に、地面に張り付き、その箇所を中心に全てを無に分解して消えていった。

 

 エルは、その圧倒的な力を見た上で冷笑し言った。

 

「世界樹の末端よ。そんな端末でーー妾の旦那様の相手を為せるなどと思いあがるな、下郎」

 

 放たれる赤い五芒星の魔法陣。

 

 それを無数に走る青い斬閃が片っ端から叩き斬って消していく。

 

 目の前に踏み込み、兼定を唐竹に振り下ろすとクリューエルの身体を操るモノが右手に五芒星の魔法陣を浮かばせて光の盾として受ける。

 

 互いの力と力がぶつかり合い、押し合う。

 

「……何故、こんな鉄の欠片ひとつ折れぬ。この力に何故、消えぬ。貴様ーー女神の手先でありながら、何故我と同じ赤目をしている。貴様はいったい、なんだぁあああああ!!!?」

 

「俺はアドム。アドム・ヴィンテージだ、冥途の土産に覚えておけ」

 

 刀で盾を押しやると、反対の手でこちらに魔法陣を放とうとするクリューエルの身体を操るモノ。

 

 アドムは放たれた三つの五芒星の魔法陣を己の鬼眼で睨みつけると、魔法陣は宙で止まり、アドムの纏う炎と同じモノが空中で発生して燃やし尽した。

 

(なんとーー帝釈天の影響か。それとも、昨夜の訓練のせいか。鬼神力を手足のように完全に使いこなしておる)

 

 今度はアドムが青い気を刀身に纏わせて横薙ぎに放つ。

 

 扇形に広がった斬閃がクリューエルの身体を操るモノに放たれるも、赤い五芒星の魔法陣を盾にして受ける。

 

「なるほど、この程度は防ぐか」

 

「何故だ、この国を滅ぼすはずの我の目覚めが。何故、このような奴らに防がれている? 何故、ここまで完璧に我の力が防がれる……」

 

「クリューエル……、お前は戦っていたんだな。人の道理も心理も分からない阿呆と、独りで」

 

 アドムの鬼眼が光り、心の眼がクリューエルの心を映し出す。

 

 眠る度に深い闇が彼の心に巣食い、彼の理性を食らおうと近づいてくる。

 

 その恐怖を親に話したところで誰も分かりはしない、分かれはしない。

 

 調べても調べても、自分は国に家族に不幸をもたらすしかないと理解して、涙して、絶望した。

 

 親も兄弟も、誰一人そんな自分を見捨てようとしてくれなかった。

 

 それが自分には余りにも勿体なかった。

 

 自分は、そんなに愛されるべき存在ではない。

 

 自分は、誰かを救えるものではないし愛せるものではない。

 

 愛される資格などない人間なのだ。

 

 そんな罪の意識と孤独がクリューエルを諦めの中に居させた。

 

「……そうか。だから、お前は初めて会ったときから俺を対等に見ていたのか。この世界で自分と似たものであるこの俺を」

 

「なんだ、お前は。なんなんだ。お前は。この器は既に我のものだ。勝手に我の中に内に入ってくるな」

 

「思い出せ。お前は器じゃない、お前を愛した人たちーー守りたかったものを。取り戻せーー人としてのお前の心を!!」

 

 その言葉にクリューエルの身体が震えて、人形のような顔だった表情が歪み始める。

 

 アドムを見据えて透明な涙を流して、彼はこちらを見ている。

 

「すまん……どうやら、セフィロトの支配力は俺の手には負えないようだ…。お前の手で終わらせてくれるか、俺を理解するただ一人の友よ」

 

「クリューエル。今、楽にしてやる」

 

 アドムが告げた後ろから、ルークとダッタが駆けつけてきた。

 

「アドム!!」

 

「間に合ったか……」

 

 アドムの瞳が光り輝き、鋼の刀身に光が発生すると兼定は黄金に輝く光の刀身へと変化した。

 

ーー ばかな。そんなばかな。それは全てを断ち切るもの。なぜ、人間にそんなものが? なんだ、貴様。貴様はなんなんだぁああああ!!? ーー

 

「セフィロトよ。貴方が知らぬだけだーー。この世界にはオケアニデスよりも恐ろしいヴィンテージの剣士が居るということを」

 

 穏やかな表情でクリューエルは黄金の刀身に身をさらけ出す。

 

 彼の身体を袈裟懸けにアドムは斬り捨てた。

 

ーー こんな、こんなことがぁあああああっ!!! ーー

 

 クリューエルの身体を操るモノが、断末魔と苦悶の悲鳴を上げて消えていく。

 

 それを尻目にアドムは仰向けに倒れたクリューエルを見下ろして兼定を腰の鞘に納刀した。

 

 身体を刃金が通り過ぎたはずなのに、一切の損壊をせずに正常に呼吸する動作がある。

 

「クリューエル。今度会うときは、美味い酒でも用意しておけ」

 

 それだけを告げるとアドムは彼を横抱きにして王の下へと戻っていった。

 

 これをルークとダッタが微笑みながら迎える、

 

「クク、なんだか知らんがうまくやったようだな」

 

「不殺の斬撃。見せてもらったーー、見事だ」

 

 二人に向かってニヤリと不敵な笑みを返しながらアドムは地下牢から階段を上っていくと、そこに騎士団を後ろにやって王たちが並び立っていた。

 

「クリューエル……っ」

 

 傷一つなく血色の良い顔で眠るようなクリューエルを見て、皆が涙を流している。

 

 オーガスト王が真っ先に近寄りクリューエルの頬を撫でると驚愕に目を見開いた。

 

「生きている……! 生きておる……、この、どら息子がぁああ!!」

 

「クリューエル!!」「殿下!!」

 

 アドムの手から奪うように彼らはクリューエルを抱きしめて涙でくしゃくしゃにした顔を押し付けている。

 

 それを見てアドムは微かに笑みを浮かべ、鬼眼をゆっくりと黒瞳に変化させた。

 

ーーーー

 

 後から聞いた話だが。

 

 クリューエルは今日のような日が来るのを分かっており、自分がいつ暴走しても大丈夫なように眠るときは必ず牢屋の一室を選んでいた。

 

 自ら、それを選んでいた。

 

 娼館を選んだのは、王宮に居る家族を巻き込みたくないという一心だったが、彼は娼館にも巻き込みたくない者が多く出来てしまった。

 

 故に眠ることはなくなり、眠るのは地下牢に独り眠るときだけだった。

 

 だがーーこの国にアドムが来た。

 

 それが、彼の心をようやく安堵させ眠らせることとなったのだ。

 

 王に最期の手紙を書いて渡したその後に、セフィロトは気を失ったクリューエルの肉体を手に入れた。

 

 それが事の顛末。

 

 赤髪の暗殺者たちは、クリューエルの中のセフィロトを目覚めさせるのが目的だったと思われるとのことだ。

 

 以上の報告をオーガスト王から聞いてアドムは静かに瞳を開けてからオーガスト王を見る。

 

「其の方には、息子を。民を。国を救ってもらった。セフィロトをも圧倒する最強の刃とクリューエルを救った不殺の刃ーー。正に伝説の通りだ、救世の騎士よ」

 

「救世の騎士?」

 

「その方は、これから世を救う剣士となる。余の息子、クリューエルは其の方をそう呼んだ。余も同意見だ。其の方ならば世を救うこともできよう……」

 

 何も言わずにアドムはただ静かに拝礼する。

 

 そしてオーガスト王は言った。

 

「この国を救った救世主よ、其の方に褒美を取らす。パジャ王国との同盟ならば余の方から望もう。ジャッジであろうと其の方のような剣士を抱え持つパジャ王国ならば問題ない。むしろーー余はパジャ王国を通じて其の方と交流したいと思っておる」

 

「ーーでは、俺からの望みは司の国チャーチへの関所を通らせていただきたい」

 

「それだけか?」

 

「ええ、俺は友を救った。それだけです」

 

 目を見開いたオーガスト王にアドムは続ける。

 

「俺はただ、剣を振るうのみの男。そのような男と一国の国王が交流などする必要はありません。俺はただの者。それ以上でも以下でもない」

 

「ーー無欲な男よ。なるほど、クリューエルと気が合うわけだ! ますます其の方を手に入れたくなったわ!!」

 

 高笑いする王を前にアドムは黙礼すると次の国のことを考え始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。