第41話 帝国の刃 ロイヤルガード
魔物の森。
常に魔物が往来し、生えている木々さえも魔素を帯びた異質な森は、一度入れば出られぬ『迷いの森』と称されるほど広大だ。
その奥地にパジャ王国はあった。
「ここが騎士団長殿が言っていたパジャ王国ヴィンテージ領か……。本当に魔物の森を一瞬で抜けてしまうとは」
金髪碧眼の青年は、いま見た光景が信じられず頭をふる。秘境と名高いこの地は、もとは罪人の流刑地だった。それが王国となり、広大な森が周辺国の侵略を阻んできたせいで、国内情勢が諸外国にあまり知られていない。
このたび、帝国ジャッジがそんな秘境の国に足を踏み入れられたのは、ひとえに魔族の功績にある。大陸全土の敵・魔族と手を結ぶことで、魔族のみがもつ魔法『移送方陣』を手に入れ、森を無視してパジャに入国できるようになったのだ。
「あー、あった! ゲイツ将軍。あそこの集落です!」
「たしか騎士団長麾下の部隊が制圧しているとのことでしたね」
青年の左右から可憐な声が上がった。ひとりめは集落を指さした桃色のショートボブに、つぶらな青い瞳を無邪気に輝かせる少女兵士、ピア。ふたりめは紅の丸いショートヘアをした物静かな女兵士、シエル。どちらも十代後半から二十代前半の若い娘だ。
青年将校に付き添ってきた、帝国ジャッジの軍人である。
「ああ」
ふたりにうなずき返して、青年は山間にひっそりとたたずむ集落に向かって歩きだす。顔つきこそ『背の高い村人』のような男だが、臙脂の軍服に背負われた彼の背丈を越える大太刀と、腰に佩いた二尺八寸程度の武骨な剛刀がただならぬ雰囲気を醸し出している。
臙脂のコートの両肩には、帝国ジャッジ軍を示す天秤と十字剣の紋章が輝いていた。
「なんだ、貴様。ここは我がジャッジの野営地だ。貴様のような部外者が勝手に来ることなど許されん。早急に立ち去――」
「待て、そのひとは!」
「
集落の入口を示す木の囲いを抜けると間もなく、ガラの悪い兵士たちが取り囲んできた。
青年はこれに会釈を返した。
「アレックス・スターゲイツです。この部隊の司令官はどちらに?」
問うと、青年――アレックスの言葉に、ざわめきが広がった。
「まさか、最年少のロイヤルガード……!」
「なんだと!?」
取り囲んだ兵たちが、うろたえながら互いの顔を見合う。騎士団長が派遣した集落の見張り隊は傭兵を中心としており、みな、国の中枢を担う兵の顔を知らないのだ。
「こういうとき、困っちゃいますね。ゲイツ将軍」
桃髪の少女兵士ピアが、小声で耳打ちしてくる。『どこにでもいそう』とはアレックスがこれまで幾度もいろんな人物から言われていることだ。思わず苦笑しつつ、見張り隊が一斉に頭を下げ、うちひとりが慌てて集落へと入っていくのを見送った。
「部隊長殿ー! アレックス・スターゲイツ将軍がいらっしゃいました!」
伝令にふさわしい、よく通る声だった。彼の入っていったテントが、見張り隊の拠点だろう。
アレックスが背後の二人と視線を交わし、あとに続いてテントをくぐると、中では髭を蓄えた男を中心に、甲冑を半端に脱いだ者たちが宴会を楽しんでいた。
「ウッハッハッハ! なに? アレックス・スターゲイツ? だれだ、そりゃあ?」
「失礼いたします」
アレックスが断ると、髭男が酒瓶を握りしめたまま脂ぎった顔を向けてくる。
後に続いた桃色髪の少女ピアが、眉をしょんぼりさげて、丸い額をぺしりと叩いた。
「あちゃあ、これは完全に現行犯ですねー」
「将軍、これでは部隊統率に支障をきたします。どういたしますか?」
すかさずアレックスの判断をあおぐのは、スレンダーな紅髪の女兵士シエルだ。
テント内は男たちの奇声と汗と酒の臭いが充満し、汚れた食器があちこちに散乱していた。
髭面の男が呑気に二人の美女を見て、目尻を下げる。
「へっ、こんなひなびた村に美人の姉ちゃんが二人も? 戦利品ってやつかよ、ははっ! で、兄ちゃんだれ?」
「すみません! うちの部隊長、酒癖が悪くて!」
頭を下げてくる兵士に手のひらを見せ、アレックスが自分の後ろをついてきた見張り隊に命ずる。
「とりあえず酒は没収だ。連れていけ」
「おいなんだよ、パジャは俺が落としたんだぞ!」
男が酒を取り上げられて文句を言うだけでなく暴れはじめる。
「おい、ヴィンテージ領を落としたのはこの俺だぞ! 離せ、この若造! 偉そうに、なんだこの野郎!」
「部隊長! あっちはロイヤルガードですって! 逆らっちゃまずい!」
「馬鹿野郎! なんでロイヤルガードが小娘二人だけ連れてこんなところにくるんだよ!」
「
アレックスは、もうほとんど部隊長に興味を失くして、テントを突き進むや反対側の入り口から村の様子を見ている。立ち並ぶあばら屋から察するに、四十人規模の集落だ。往来に住民の姿はない。
「ハッ! つい三日ほど前に魔族と協力を結び、ヴィンテージ領を落としております!」
別の兵士たちが声を上げた。
宴を楽しんでいた兵士たちも顔色を変えて服装を正し、アレックスのまえに整列してくる。
「我らの部隊だけで、ヴィンテージの剣士を叩き潰したのです。本国の兵士たちを一人も使うことなくーーね」
「ヴィンテージは難攻不落と聞いていたが、貴方がただけで落としたと?」
「そう、その難攻不落とやらを落としたのですから、我らの武勲はロイヤルガード級ではありませんか?」
「酒のひとつも、飲みとうなりますなあ!」
兵士たちがニヤけ顔でうなずき合うのを、紅いショートヘアの下でシエルが眉をひそめて睨む。
アレックスが淡々と言った。
「勝利の宴なら三日前に終わらせておけ。周辺一帯の様子はどうだ」
「くそ真面目な男だ」
ぼそりと誰かが声を上げるも、アレックスは敢えて聞き逃している。
「そうですなあ。多少、はねっかえりの村人がいるくらいで、我々の武力を見せつければ黙らせられます。問題はないかとーー」
「会ってみよう」
「は?」
「その、はねっかえりの村人とやらに会ってみよう。案内してもらえるか?」
「あ、あっと……! えっと、その、なんというか、ですねえ。その、はねっかえりも、まあ……! なんというか、度が過ぎておりましてね。牢獄のほうに入れているのですが……」
「そうか。では、そちらに向かう。現状を把握するのが俺の任務だ」
「……! ……わかりました」
不承不承という感じで兵士はアレックスを案内する。
山間のふもとにある集落の経済水準は低く、穀物を保存する倉すら掘っ立て小屋と大差ない。
一方、故郷ジャッジと違い、水は潤沢だ。このような貧村ですら井戸が整備されている。同じく水に恵まれた栄の国シャインでさえこんな辺境地での治水は不可能だろう。
パジャ国民の勤勉さが表れているのだ。
「ぐ、あ、あ、あああ……」
集落を進んでいくと、木々が生い茂ってきた。人の手が入っていない獣道の左右は
その奥から獣じみた鋭い叫び声が聞こえてきて、先導の兵士が顔をしかめた。先導の兵士が恐々ふり返ると、青年将校の顔から温和さが消えている。
「おら、まだ気ぃ失ってんじゃねえぞコルァ!」
「三日前の勢いはどうした、こらあ!」
男たちの罵声と、何かを打ちつける鈍い音。
先導の兵士が徐々に歩みを鈍らせても、アレックスは淡々と奥に進んでいく。
集落のはずれ、見通しの悪い木々のなかで、若い村人が磔になっていた。上半身裸にされ、横たえた木の棒に、両手両足をそれぞれ縛り付けられている。
周りを囲う兵士たちは、三人がかりで代わる代わる村人を殴りつける。
「これは、なんの騒ぎだ」
「あぁん! なんだ、てめえ!」
「辞めろ! アレックス・スターゲイツ将軍だ!」
村人を囲んだ兵士たちが気色ばみ、アレックスにも殴りかかろうとするのを先導の兵士がたしなめた。
三人の兵士が『将軍』の単語に凍り付き、半歩、後ずさる。三人は眉をひそめ、自分たちより一回り歳若い、冴えない騎士を、足許から頭の先までゆっくりと眺めまわした。
その彼らの獣じみた敵意をそよ風と感じているのか、アレックスは涼しい顔だ。
「きみたちは、どうしてそのひとを尋問しているんだ?」
「わかりませんかね、将軍。あんたも戦争してきた身分でしょうが。だったら敗戦国の人間が俺たちになにされようと文句は言えねえ。それが戦争でしょうよ」
「つまり理由はないんだな?」
「俺たちに村人ごときが偉そうな口を叩いたから、思い知らせてやってんだよ! 文句あんのか。コラ!」
「なら、同じ理由できみたちを処分しても?」
「へっ、おもしれえ!」
「ロイヤルガードだか将軍だか知らねえが、ここじゃあ関係ねえんだよ」
「死ねやぁ……!」
三人同時に殴りかかったとき、アレックスがわずかに身を屈めた。
「そいつは好都合だ……」
先導の兵士は、風に乗って聞こえたアレックスの独り言に首をかしげた。鈍い音。その間にひとりがアレックスとすれ違った。男は殴りかかった態勢のままぐるりとのけぞって、宙で一回転するや倒れていった。
「え?」
「うそ?」
見張り隊の男たちが凍りつく間に、アレックスがふたりの兵士とすれ違いざま、相手の胸元を軽く払うと、兵士たちは糸の切れた操り人形のように両腕を垂らしたまま宙を舞い、あっけなく背中から倒れていく。
ピアがため息を吐いて、肩先に流れる桃色の毛先を人差し指に絡め、いらい始めた。
「あーあ。ゲイツ将軍にしては珍しくちゃんとお話しされていたと思うのに、どうしてこう、うまくいかないんでしょうね? シエル」
「ピア。いま、そういう話はしてない」
紅いショートヘアを揺らすことなくシエルは淡々と言い、アレックスが手についた埃を払うさまを見ている。
倒れ伏した三人の兵士は、ぴくりとも動かない。
「不満がある者はこれくらいか? 面倒だからいまのうちにまとめてくれ」
「秒殺……!」
見張り隊からついてきた兵士のだれかが、思わずつぶやいた。引きつった彼らの顔に戦意がないのを読み取ったのか、アレックスは素早く木の棒に張り付けられた村人に近づくと、慎重におろして、左手をかかげた。
「癒やしの風よ」
淡い緑光が村人を包み込み、傷を治していく。
「あんたは……」
村人が意外そうにアレックスを見たとき、アレックスの肩から身を乗り出した桃髪の少女ピアが、人差し指をぴんと立てて得意げに言った。
「このひとはこの村に住むソラルさんですね。ご友人を
「そうなのですか?」
紅いショートヘアの女兵士、シエルが問いかけると、村人は呆然としたまま、震える手で桃髪の人懐こそうなピアを指さした。
「な、なんで俺の名を」
「企業秘密です」
ピアがしなやかな人差し指を唇に当ててふわりと笑うさまは、軍服よりもドレスが似合う。
村人のソラルが無意識に思ったことを肯定するように、桃髪をボブにした少女兵士はつぶらな青い瞳を片方閉じてウインクしてみせた。
アレックスが呆れ気味に言った。
「個人情報の盗み見は感心しないな。ピア隊士」
「でも、このおかげでスムーズにいきましたよね? これも私のギフトのおかげですよ。感謝してもいいんですよ、ゲイツ将軍!」
「……ありがとう」
「ふふーん♪」
一瞬、アレックスが反論しかけ、
シエルが困ったように眉を下げて、紅いショートヘアを左右に振った。
「将軍、ピアに甘すぎです」
「……ソラルさん、と言ったか。見たところ、ジャッジは相当横暴を働いているようだが、村の様子はどうだ?」
アレックスが咳払いし、あらためて村人ソラルに尋ねる。ソラルはしばらくの間、癒えた自分自身に驚いて手足を見つめていたが、アレックスに尋ねられたと気づくや、傭兵くずれの兵士たちを睨みつつ答えてきた。
「そいつらがえばりちらしてるせいで、村の酒や金品がすべて持っていかれてる。自分の娘や嫁を連れてかれたやつもいるらしい」
「こんな奴の言うことを信じるのですか! 我々、自国の人間ではなく!?」
焦った兵士の訴えに、アレックスは素っ気ない。
「なら、さっきの酒はどこから持ってきた? 湧いてきたのか?」
「そ、それは……」
「言い逃れはできませんね。あ、嘘ついてもだめですよ! 私、全部知ってますから!」
「な、なんなんだ、この気味の悪い桃色の髪の小娘は……」
「逆らわないほうがいい、とだけ言っておこう」
アレックスがどこか遠くを見つめて言った後、気を取り直して続ける。
「それで、村の女性たちと盗んだ金品、酒はどこだ?」
「村長の家です。いま村長の家はこのひとたちの隠れ家になっているみたいですね。やってること野盗と変わりませんよ! 反省してください」
兵士たちに眉尻をつり上げて怒るピアの言葉にフムと頷いてから、アレックスはさっさと行動を始め、無体を働いた兵士たちを片っ端からひねりあげる。
「どうなってるんだ、どうしてロイヤルガードがこんなところに!」
そう叫びながら傭兵崩れの兵士たちは次々と拘束されていった。
最後のひとりまでもが手際よく捕まっていく様を見つめて、『ひとの記憶を読む』
「それにしても本当に、こんな人たちだけでヴィンテージ領を落とせるのかしら?」
「――ロシュは『ヴィンテージの剣士に気をつけろ』とずっと言っていた。それなのに、あのロシュが警戒しているヴィンテージの剣士が、この程度の部隊に領地を落とされるなんて」
顎に手を当て考え込むシエルもまた納得のいかない顔だ。
「普通に考えて魔族の手柄だろう。彼らでは魔物の森を抜けるのも難しい」
「魔物の森を抜けたとて、ヴィンテージの剣士を落とすのは不可能なはず。それを魔族が落とした。しかもその手柄をすべてジャッジに譲っている? 将軍。なにかおかしいと思いませんか?」
「……誘いこまれた、というのか?」
「この場合はどちらに誘い込まれたことになるのでしょうか? ヴィンテージでしょうか。それとも魔族でしょうか」
「わからない。少なくとも、これがジャッジにとってただ都合のいい侵略でないことは確かだ」
冷静な
アレックスは捕らえた傭兵崩れの部隊を見渡した。
彼の脳裡を過るのは、この作戦を立案した騎士団長だ。魔族と手を組むことに後ろ暗い自覚があるから傭兵まがいの彼らを使ったのだろう。
そのうえで、騎士団長には明かさぬ真意が多い。
ヴィンテージには切れ者がいる、という噂もあった。
考え込むシエルとアレックスに向かって、ピアが声を上げた。
「大変です! 村にヴィンテージを名乗る訪問者が来てます!」
「なに?」
アレックスが村長宅の窓から、村の入口をうかがう。若い男女が集落に向かって歩いてくるのが見えた。
村のまえに置いた見張り隊が彼らを囲み、行く手を阻んでいる。
ソラルが、震えながら叫んだ。
「そんな――ヴィンテージさまが!」
同じく窓から集落の入口をうかがうシエルが、風になびく紅いショートヘアを押さえ、アレックスに問いかける。
「将軍、どうしますか?」
「お手並み拝見といこう」
「……わかりました」
短いやりとりのあと、ピアも二人に続いて村の入口へと向かっていく。
ヴィンテージを名乗る訪問者たちもまた、若い男女三人であった。
赤いジャケットに紺色のマフラーをした美貌の青年は艶やかな黒髪を短髪にして前髪を五分に分けている。
左腕のみ肩から甲冑を着け、青いデニムパンツをはいている彼は、腰にアレックスと全く同じ見た目の武骨な剛刀を差していた。
「あれがヴィンテージか」
「将軍と同い年くらいでしょうか?」
「たしか、現当主がそれぐらいだと聞いたことがある」
アレックスが答えながら、大陸の伝説と目のまえの青年を照合している。
人間とは思えぬ美貌と、力を持つ最強の剣士。
『一度見れば忘れぬ美貌』と言うのは、噂にたがわぬ事実だ。
実力のほどは――見分する間に、アレックスが帯刀している背中と腰の得物が、それぞれ鍔鳴りを起こし始めた。
「……本物らしい」
「え?」
物言わぬ愛刀の声に目を細め、アレックスが赤いジャケットの青年を見て、口端をつり上げる。
「テメェ、いまさらヴィンテージ領を取り返しにきたってのか? たった三人で」
「飛んで火にいる夏の虫じゃねえか!」
「テメエをブッ倒して首をさらせば、村人どもはおろか、あのいけ好かねえ若造も俺たちに逆らわねえ!」
見張り部隊の兵士たちが叫ぶ中、ヴィンテージの男の背後に居た二人の美女が声をかけ合っている。
「わ、私たち……! 私たちの選んだところが村落に当たるなんてー!」
「落ち着いて、キサラ」
「で、でもアリスさん……」
弓を持った金色に一房だけ桃色の髪の美女ーーキサラが叫ぶ中、栗色の髪を肩まで伸ばした美女が槍を構えながら相手を睨みつける。
彼女達の前に居た青年が一歩、踏み出しながら言った。
「ふたりは下がってくれ」
そして腰の剛刀兼貞に手をかけることなく自分達を囲んでいる兵士たちに告げた。
「取り返しに来たのか、と言ったな。そのとおりだ。俺はヴィンテージ家当主、アグニ・ヴィンテージ。以後見知り置き願う」
この名乗りに兵士たちは笑みを強くして高笑いを始めた。
「アグニ・ヴィンテージだあ?」
「アッハッハッハ! 聞いたことがあるぜ! たしか病弱の、お飾り当主ってんだろぉ! このパジャ王国じゃ有名だものなあ!」
兵士たちの言葉に青年――アグニは笑った。
「有名か……。それは意外だな」
「――なんだとぉ?」
「俺の名は、父がヴィンテージ家の恥だと意図的に広めなかったはずなのだが。なぜお前たちは俺が病弱『だった』と知っているんだ? だれから聞いた?」
問いかける黒い瞳に兵士たちは笑いながら腰の剣を抜いて応える。
「へッ! これから死ぬやつが、知る必要はねえだろ」
「……そうか。まあいいだろう。叩き潰してからゆっくり聞くとしよう」
「舐めやがって!」
不敵な笑みを浮かべたアグニは、一瞬で兵士たちの間を黒い風となって通り過ぎる。
擦れ違いざまに打撃を叩き込まれた兵士たちは次々と地面に崩れ落ちていった。
「くはっ!」
自分が打ち倒されたことさえ気付かずに倒れた兵士たちを見下してアグニは軽く肩を回す。
「口ほどにもないやつらだ。これでは刀を抜くまでもない」
アグニが吐き捨てる。
アリスが目を見開き、キサラがはしゃぎながら手を叩いた。
「すごい……! さすがアドム様の弟君!」
「すごいです! アグニさま!」
「いや、こいつらは大したことない。問題は――そいつだ」
二人の美女の称賛の言葉を背中越しに斬り捨て、アグニがアレックスを見る。
アレックスが左右を見やった。ピアとシエルは心得たもので、いまの一幕の間に村人たちを囲いの中に押し込めている。
絶世の美貌を持つ黒髪黒目のアグニとは対照的に、アレックスはどこにでも居そうな金髪碧眼の若者だ。
無害そうなジャッジの男は村人の安全を確保したあと、ゆっくり村から出てきて、アグニと五メートルの距離で足を止めた。
アレックスたちが三人組であることを察し、アリスが槍をキサラが弓を構える。
「奇しくも三対三ですね」
「相手も女二人、なら私たちだって……」
だがそれを手で制してアグニは言った。
「いや、さがってくれ」
「そんな、アグニさま……」
「どうやらあのふたりは戦闘訓練をきっちり積んだ軍人だ。いくらラボニでもあのレベルまで君たちを鍛えられるとは思えん」
「私たちと彼女達って、そんなに差があるんですか?」
「……多分な」
瞳を鋭く細めて言うアグニに、ピアが白い頬を膨らませた。
「なんだか化け物みたいな――ひどい言われようですね!」
「ヴィンテージ家当主。お飾りと聞いていたけれど、冷静な判断力ですね」
対してシエルは、冷徹な面持ちを崩さない。
アグニが腰の剣に手をかける。
「アグニ・ヴィンテージと申す。ジャッジの高官の方とお見受けしたが、相違ないか?」
「アレックス・スターゲイツ。大陸最強と名高いヴィンテージの剣を見られるとは、光栄なことだ」
アレックスがうなずく代わり、応えるように腰の得物に手をかける。
これにアグニが目をみはった。
「貴殿、その腰と背中の得物は、兼定か。なぜジャッジの剣士が刀――それもヴィンテージ家当主が愛用する兼定を持っている!?」
「そういう代物とは、知らなかった」
「ーーなに?」
「これはジャッジに代々伝わる名刀。俺は殿下から譲り受けたに過ぎない」
淡々と告げるアレックスの言葉にアグニの表情が驚きから確信に変わった。
(ジャッジに兼定だと? だがこの鍔鳴り、間違いなく本物だ。ならば、やつの刀は――やつを主と認めているというのか。……馬鹿な……! ヴィンテージ家以外に兼定を使いこなせるものがいるわけが)
「アグニさま! 大丈夫ですか?」
「ああ。多少動揺しているがな」
アリスの言葉に返しながらアグニはジッとアレックスを見る。
これにピアがつぶらな瞳を大きく見開いた。
「ゲイツ将軍の刀ってやっぱり特別なんですね。刀持ってるだけで驚かせちゃうんですもん」
「
アレックスが鯉口に手を置いたまま不敵に笑む。
これにアグニも笑みを返しながら腰の剛刀兼貞を抜いた。
「スターゲイツ将軍。この決闘、俺が勝てばこの村を解放していただきたい」
「確約できない、と言いたいところだが、実質そうなるだろうな」
「ーー感謝する」
「もう勝った気か」
「いや、その約束を取り次いでくれたことを、だ」
返しながらアグニは自身の瞳を青色に変える。
同時に全身から青色のオーラを噴き立たせて告げた。
「アグニ・ヴィンテージ、参る!」
「いざ」
アグニの剛刀兼貞が上段から鋭い打ち込みを、アレックスが電光石火の速さで抜き打って噛み合う。
ーーぎぃぃいいいいいんっ!
唐竹を横薙ぎで止めた一撃同士のぶつかり合い、剣戟音は止まず、ずうっと奥まで響いていく。
まるで鐘の音だ。
二人の剣士の出会いを祝福するかのように鳴り、場に沁みていく。
「なに、この音?」
「刀と刀がぶつかり合って、ただの剣戟音じゃない!」
鍔迫り合いからアレックスが刃を弾いて大上段から振り下ろすと、アグニも同時に唐竹を返す。
再び火花を散らしながらぶつかり合う剛刀、二振り。
ーーきぃぃいいいんっ
「不思議な音色……! どうしてこんな音色が?」
「相手の刀もやはり兼定、ということですか」
「兼定同士がぶつかり合うと、こういう音色になるのね。なんだか不思議な音色」
ピアとシエルが感じ入ったように二人を見る。
その横で、アグニが凄まじいスピードとパワーで斬り立てる。
神速で移動しながら、アグニが空間を細切れに断ち切ってくるのだ。
その猛攻を前に、ロイヤルガードをして防戦一方。桃髪の少女兵士ピアが、青ざめた顔でつぶやいた。
「そんな……ゲイツ将軍を
「たしかにすごい。けれど、スターゲイツ将軍はまだ一度も剣技も
遠目でも、ふたりを追うのがやっとの状況。
信じがたい激闘だが、シエルがアレックスの勝利を確信するに十分なものだった。
アグニの強烈な横薙ぎが空を切る。燕のごとくひるがえったアレックスが華麗に着地して構え直している。
アグニが舌打った。
(俺の方が速度と力では優れている。それでヤツの剣技を辛うじてさばいてはいるが……! 底知れん腕だ。全力の俺の剣閃を、技だけでさばいてる。しかも、まだ本気じゃない。なるほど。これがロイヤルガードか)
「……兼定ありきとはいえ空間をはっきりと断ち切る、その斬撃――見事なものだ」
アレックスが掛け値なしの賛辞を寄越してくる。
アグニが顔の横で刀を霞に構えながら言った。
「ヴィンテージ家当主の斬撃と斬り結んで、なおその余裕。気に入らないな」
「そうか。では俺も、様子見をやめよう」
アレックスが剛刀を横たえ、切っ先に左手を添える。打刀にしては分厚い刀身が、鏡のごとく透き通っている。アレックスが愛刀を見据えると同時、刀もまた応えるように刃を青白く光り輝かせた。
「
風が巻く。アレックスを中心に気脈が吹き荒れ、その全身から黄金色の光が沁みだしていく。
これにアグニをして驚愕の表情。
「ヴィンテージの剣士以外に、気を操るモノが居るだと?」
「さあ、始めようか」
アレックスが黄金に輝く髪と冷たく冴えわたる青瞳でアグニを睨み据える。
ただの凡庸な男はいま、その瞳に兼定の輝きを宿したように見えた。
(ヤ・バ・い……!)
目が合った瞬間、アグニは己の青いオーラを全開にして刀を構えた。
ふと、手元が鋭い衝撃で震えた。アグニが歯を食いしばる。目の前にアレックス、踏み込んできており、鍔迫り合いになっている。
二人の足場を中心に、青と黄金の光が混じり合い、地面を凹ませ、突風となって空間を暴れまわる。
「なるほど、この程度は防ぐか。ならば――!」
「コイツ、更に気が上がる……!?」
アレックスの全身から僅かに沁み出る程度であった黄金の光が、ハッキリと燃え上がる炎へと変わり、鍔迫り合っていたアグニを吹き飛ばす。
「な、んだと……!?」
後方へ吹き飛ばされているアグニの背後にアレックスが回り込んで、抜き打った。
「――この世に、斬れぬモノなし」
黄金色に輝くその斬閃が、アグニに迫るも寸前で彼は目にも映らない神速で遥か後方に移動している。
刹那の拍子ーー寸前までアグニが立っていた地面が深くえぐれていく。
着地して地面を両足と左手で擦りながらアグニは驚愕の表情でアレックスを見ている。
「な、なんてヤツだ。地面を断ち切った――だと!?」
見れば、ついいま立っていた地面が底知れぬ地割れを起こし地形を変えている。
それを引き起こした本人は、更に己の身に纏う黄金の炎を燃え上がらせた。
アグニは身震いを打ち消し、霞に構え直すと青い気を身に纏って燃やす。
今の斬撃をまともに刀で受ければ、その瞬間に真っ二つにされている――。
アドバンテージだったはずの
アグニはハッキリと自覚した。そのうえで、両者、同時に地を蹴る。
二人の姿が、消えた。
「ヴィンテージ流――ソニックスラッシュ」
それはヴィンテージ当主として、大陸最強の兄を持つ男としての、矜持だった。
アグニがヴィンテージ流
抜刀から始まる苛烈な連続斬が互いの合間に無数の銀弧を描き、ぶつかり合って火花を散らし、光の波紋が空間を揺らして衝撃波が乱れ飛んでいく。
衝突の波紋が至る所で湧き起っては地面を、木々を揺るがす。
結界を張っている紅いショートヘアのシエルが深刻に目を細めた。
(驚いた。ロシュが言うとおりーーゲイツ将軍でも、簡単に勝てる相手じゃない。
落雷が起こり、二人が同時に姿を現すや地面で足を止めて鍔迫り合う。
アレックスがつぶやいた。
「なるほど。兼定が認めるだけのことはあるようだ……」
「何を言ってる!?」
「だが――お前には、兼定の『声』が聞こえていないようだな」
アグニに答えず、アレックスが刃を弾くと同時、右手で刀を持ち、左手を突き出す。
「いくぞ、大陸最強を自称する流派ヴィンテージよ。これがーーロイヤルガードだ」
空が、陰った。
アグニは突如、自分を取り巻く空気が変わるのが分かった。
(魔法か……! 効果範囲が分からんが距離を取れば……!)
アレックスも確かに速い。
だが、運足法はヴィンテージに一日の長がある。
咄嗟に神速で移動する。アレックスがつぶやいた。
「いい勘をしている。だが――無駄だ。アトラスの巨人よ、我に加護を」
ロイヤルガードの左手に、黒くのたうつ紫電の円陣が生じ、円陣が人ひとり分ほどに巨大化したあと破裂して光り散った。
「グラビティホール」
神速で移動するアグニの真横に黒球が生じる。逆巻く紫電に引きずられる。
(空間『そのもの』を吸い込む魔法だと……!?)
驚愕し、アグニが踏ん張ろうにも強烈な重力が黒球から生じ、逃げられない。雷花のたうつ突風のなか、アグニはゆっくり落ちゆく
「ソニックーーブレイド!」
アグニが刀身に気を満たすと青い光の斬撃を扇状に放ち、黒球そのものを斬り捨てる。
そのとき、アグニの周囲を無数の光の球が取り囲んだ。
「なに!?」
「光の裁きを――プリズムレイン」
同時に、魔法をふたつ詠唱していた。
アグニが理解するのと同時、無数の光球から光弾が雨あられとなってアグニに降り注ぐ。
(神速でも躱せない)
思考と共に反射的に身体が動く。
「全て斬りはらわないとダメってことか!!」
アグニが刀身に青い光を走らせ自分の周囲に円を描いて青い炎を発生させる。
炎が爆発し、無数の斬撃の檻となって全ての光弾を斬り裂いていく。
そのとき、風が襲い掛かった。
(っ!?)
目を見開いた先に、アレックス。疾風を巻いた兼定の突きが、アグニの胸元を狙って突進してきたのだ。
アグニは右手で横薙ぐーー弾いたはずの刃が、アグニの前で
三段構えの疾風突きである。
「ちぃいい!!」
両手持ちに変えて刀を振るい、一撃目を唐竹、二撃目を胴薙ぎ、三撃目を右斬り上げですべて相殺してみせる。
この間隙なき突きは、槍の穂先で無造作に攻め込まれる緊張と似ている。相手も刀であるのに間合いがでたらめなのだ。
そのとき、アグニは目の前の敵が大上段に振りかぶり、地面に剣尖を叩きつけるのを見た。
――
(どこを狙って――!)
あらぬ空切る刃にアグニが眉をひそめたとき、己の立つ足元が爆発し、
(魔法――!?)
に近い、ヴィンテージ流にも似た気攻剣技である。
ただしジャッジの技は気攻をより実体化させ、数種類の武具を使って斬り立ててくる怖さがあった。
アグニが咄嗟に跳び上がると同時、岩の
跳ぶのを待っていたように、アレックスが顔の前で左手を構えると青白い炎を掌から発生させ、突き出した。
「
青白い炎が龍を象り、鋭く吼えて、跳んだアグニに襲い掛かる。
アグニは左義手に仕込んでいる火薬の粉を空に巻いた。竜の火の粉が引火して連鎖爆発する。その炎の流れに沿うようにソニックスラッシュを放ち、爆発の壁を起こして青い炎竜をかき消していく。
地面に着地した瞬間、目の前に唐竹を繰り出そうとしているアレックスが居る。
アグニも左斬り上げを放ちながら交差する。
二人の影を中心に斬閃が一つ走り、空間を断絶して光が爆発した。
視界が戻ったとき、二人は何事もなかったように互いに向かって構えを取っている。
「う、嘘……。アグニ様と全くの互角……」
「し、信じられない。ヴィンテージの剣士と対等に斬り合える人が居るなんて」
アリスとキサラの言葉にピアが呆れたような顔で応える。
「信じられないのは、こっちなんですけど~。あのゲイツ将軍の魔法を合わせた剣技に全て返すなんてっ……」
「本当に、剣技だけでアルマ・トータリスを相手に五分で斬り合えるなんて。なんという身体能力なの」
ピアの言葉にシエルも頷きながら返す。
なにより驚くべきは、『アレックスは確実に防御不能な攻撃を仕掛けているにもかかわらず、すべて防がれていること』だ。
(防戦一方とは言え……)
アグニは人間の可動域を明らかに超えていた。
そのうえで、両者とも決めきれない。
両者の実力が拮抗しているのは、誰が見ても明らかである。
ならば隠している実力がどの程度あるのかーーそれが勝敗を決定づける。
(なんだ、こいつは……!)
アグニ・ヴィンテージをして初めてのことだった。
自分とまともに正面からぶつかり合う程の剣士など、兄や父以外に存在しなかった。
(ヴィンテージ流とまともに斬り合えるだけの剣技に、それと同レベルの魔法まで習熟している。しかも魔法と剣技の間につなぎがほとんどない。魔法を詠唱しながら剣技を放ってこれるということか、こいつは。そんな高レベルなことをできるやつがいるなんて……)
「なるほど。これがヴィンテージ流か。想像していたよりもはるかに強いようだ。――それに、まだ力を隠しているな」
アレックスが淡々と言い、仕切り直すように刃を払う。
「チ、バレてやがる――か」
これにアグニは舌打ちを返しながら刀を脇構えに構える。
アレックスがこちらを見、言った。
「お前の戦い方を見ていて思った。まだどこか余裕がある。だがいいのか? 全力を出さずに負けては、この領土を取り返すなど夢のまた夢」
「たしかにな。正直人間相手にこの力を振るうのはためらいがあった。この力は普通の人間が相手にできるものじゃない。それでもこの力を使わなければ、いまはお前に届かない。ならば賭けよう。この力に……」
アグニは迷いを打ち消すようにゆっくりと青い瞳を閉じ――開いた瞳の色は赤だった。
「ゲイツ将軍、ハッタリです! そんなわけありません! そんなことができるなら、当の昔に使っているはずです!」
「それは今からわかることだ。見せてみろ、ヴィンテージ家当主」
ピアの言葉に冷静に返しながらアレックスは赤目となったアグニを睨みつける。
「ウォオオオオオオッ」
異形の咆哮を上げると同時に強烈な太陽のように赤い炎がアグニの全身から放たれる。
全てを燃やすように赤い炎のようなオーラを。
「さあ、続きを始めようか」
アグニが告げる。開かれた赤い鬼眼は向かうものすべてに問答無用の圧力を与えてくる。
「――ハッタリじゃなかったようね」
「瞳とオーラの色が赤に変わっただけよ! ……でも、たしかにっ……!」
クールなシエルが頬から冷や汗を流し、ピアも不安げに眉を顰める。
その時、足音が聞こえてシエルがそちらを向くとアレックスが自分たちの立っているすぐ横に来ていた。
「ゲイツ将軍?」
「シエル副長。なぜ、そんなに前に出ている?」
こちらを見て下がる様に手で告げてくるアレックスにシエルは冷静に告げた。
「ゲイツ将軍、私は『動いていません』」
「……なに?」
本当に理解していなかったのか、アレックスが驚愕に目を丸くしてこちらを振り返ってくるのをピアが続けて言う。
「ゲイツ将軍が退がったんじゃないですかー!」
「退がった? 俺が?」
(目が合った。それだけだ。やつはこちらに歩を進めようともしていない。なのに……)
状況を理解し始め、アレックスの脳内が自分がとった行動の整合性をはじき出してくる。
(俺のなかの何かが告げている。やつとはこの距離を保てと)
そう自覚した時、冷や汗がアレックスの頬から流れていた。
「ヴィンテージ家当主か。その肩書きは伊達ではないらしい、すさまじい気だ」
「……説明する手間が省けたぜ。貴様は正しく、俺のいまの力を読み取ったようだな」
不敵な笑みを浮かべながら鬼眼が開いたアグニは告げる。
「この距離こそが、いまの俺と貴様の力の差だ」
距離にして8歩。
その距離こそが差だと言い切るアグニに、アレックスはあらためて副官たちに下がるよう告げ、その瞳に闘志を燃え上がらせた。
「ならばこちらも遠慮はせん……」
青眼に刀を構えなおしアレックスの全身に黄金のオーラが炎のように燃え上がる。
「互いに遠慮はいらんだろう。本気で来い。アレックス・スターゲイツ!」
「受けて立つ。アグニ・ヴィンテージ」
瞬間、黄金の炎を纏う巨大な朱雀がアレックスの背後に浮かび上がり、翼を広げてアグニの鬼眼に向かって吠えるとアレックスの纏うオーラに吸収されるように消えていった。
途端にアレックスの放つ気が数倍に膨れ上がる。
「初めて見た。これがゲイツ将軍の本気……!」
天変地異を起こす自然現象ーーそのような力を放つアレックスを見て、シエルがつぶやいた。
「ロイヤルガードである将軍がここまでの力を引き出さないと『勝てない』と判断した。これがヴィンテージの剣士なの」
黄金の炎を纏う朱色の神獣。
「聖獣、か。見事だ。これほどの気は、父や兄以外では初めて受けたぞ」
言いながらアグニは不敵な笑みを浮かべて赤いオーラを燃やす。
「だが、それで俺に勝てるか? アレックス」
「問答無用」
一言返した後、アレックスは刀をかかげ、頭上から打ち込む。
アグニも同じように唐竹を返し、剣戟を中央でぶつけ合う。
「さすがだ。力を放った今の俺に弾かれぬとは」
「いまの一撃で右手が痺れた……。なるほど。ひとの力ではないな」
鍔迫り合いを行いながらアグニは不敵な笑みを強めて言う。
「それを理解してなお、退かないか」
「退く? なぜだ。己の全力を賭してなお、勝てるかわからない相手に出会ったというのに。己の限界を試さずして帰れるものか」
「フン……なるほど。貴様も骨の髄まで剣士のようだな!!」
同時に剣を弾いて距離を開けると無数の斬撃を宙に描きながら互いに向かって突っ込む。
ーー
「受けて立とう!!」
両者、選んだのは最速の剣技。秒間数十を下らない剣戟の応酬が始まり、無数の火花と光の波紋が空中に発生して衝撃波が地面を起こし、村の外にある魔物の森の木々や天に浮かぶ雲さえも吹き飛ばし始める。
(なんという剣圧だ……! だめだ、まともに剣をぶつけ合ったら、こっちの握力がやられる。流せ!)
僅か数分の立ち合いでアレックスの指先が痺れ始め、剣を持つのが怪しくなる。
ならばと相手の剣戟を受け流して打ち込もうとするも、流した刀が倍以上のスピードで襲い掛かってくる。
(いや、ダメだ。流せば流すほどやつの剣閃が鋭くなっている!)
剣を弾き、打ち返しながらアレックスが高速で思考する。
(受け太刀はダメ、流すのもダメ、ならばーー紙一重で避ける!!)
剣鬼と呼んで障りないレベルの斬撃を放ってくるアグニに対してアレックスの取った行動は、前に踏み込むのであった。
(こいつ、この凄まじい斬撃の中を冷静に踏み込んできている! 何てヤツだ!!)
斬撃の檻の中を網の目を縫うように安全地帯を見つけて擦り抜けてくるアレックス。
そのアレックスを捕らえようと更に斬撃のレベルを上げるアグニ。
どちらも引かないまま、アレックスの刀身に黄金の光が宿る。
「取った! 兼定ぁあああああっ!!」
「させるかぁああああ!!」
右斬り上げを放つアレックスと右袈裟懸けに斬り下ろすアグニ。
二人は交差しながら斬撃を交わし合う。
同時に振り返り、片膝を付いたのはーーアレックスであった。
「くっ! まさか、俺が見切っていたよりもさらに早く、斬撃を振り込んでくるとは。これがヴィンテージの剣士か……!」
その赤い軍服が袈裟懸けに斬り捨てられ素肌が露出している。
だがそれ以上にアレックスは、体力が消耗していた。
「この男……! 俺の頬に触りやがった」
対峙するアグニの頬から僅か数センチ程度であるが、刀疵が発生している。
「この力を発動して、はじめて触れられたというのか。人間に……!」
切っ先一寸に満たない傷ではあるーーが、それでも自分を相手に傷をつけたのは間違いない。
あの黄金の斬撃が、本来ならば届かない自分のオーラを打ち破って来たのだ。
「ゲイツ将軍っ!」
「紙一重だ。当たってはいない。とはいえ、これ以上の戦闘は無理だ。すまん、兼定……!」
片膝を付いた体勢から立ち上がりながら、アレックスは震える手で兼定を握る。
「当分、ものは持てそうにないな」
アレックスが己の刀を見つめたままつぶやく。
「アグニさま!」
「お顔から血が……!」
アリスとキサラの二人から言われるも、アグニは頬から流れる血を拭いもせずに笑っている。
「フッ、なるほど。俺だけでも容易くヴィンテージ領を取り返せると思ったが、見通しが甘かったようだな。貴様ほどの剣士がジャッジにいたとは」
言いながら兼貞の切っ先を相手に向けて言った。
「だがどうする。このまま続ければ負けるのはそちらだぞ」
その言いぐさにピアが桃色の眉を寄せた。
「ムッ、なんですか! そっちズルしてるでしょ! あきらかにさっきまでのあなたと違うじゃないですか!」
「それに関しては、反論しない。だが勝負は勝負だ。ーーそうだろ? スターゲイツ」
そう言ってアレックスに問いかけると彼はアグニの言葉に頷いて返してきた。
「俺が、敗北を受け入れねばならないとはな」
「そう言ってくれると助かる。剣士として、お前には敬意を払う」
そう言ってくるアグニと負けを認めたアレックスを見比べてピアはムッとした表情のまま言った。
「なんか悔しいです……! 実力ならゲイツ将軍が勝ってたのに」
「ピア、やめて。とはいえ、あれがヴィンテージ家の底力ですか。危険ですね。ゲイツ将軍でなかったら、命を落としていたかもしれません」
「本当に帰っちゃうんですか? ゲイツ将軍。あんなのインチキですよ」
ピアが不服そうに言ってきて、アレックスは即座に答えた。
「心配するな」
「む?」
「俺が、一番悔しい」
アレックスが燃え滾る闘志を隠そうともせず、アグニから背を向けて言う。
「だったらぁ……!」
「ピア。これ以上、ゲイツ将軍を困らせないで。ロシュに言いつけるわよ」
「はぁい。言うこと聞きまーす」
これにようやくぶうたれていたピアもおとなしくなる。
アレックスはアグニに振り返ると言った。
「次に会うときは、この借りを返す」
「奇遇だな。俺もお前に傷つけられたこの頬の傷は忘れん。数日もすれば完全に消えるだろうが、この借りは返すぞ」
そう不敵に言ってくる鬼眼の男にアレックスは頷き返すと彼らに背を向けて村から去っていった。
(アレほどの剣士がジャッジに居たか。だがーー)
赤目となった己は、その剣士にさえも真っ向から打ち勝てた。
改めて己の身に宿る力を、そしてそれを幼い頃から振るう兄を想う。
「そうか。これがアドムの感じていた世界か。確かに、これはーー孤独だ」
どれだけ強い相手でも、どれだけ優れた敵であっても、この力の前には等しく無力だ。
皆一様に膝を折り、倒れていくだろう。
この力に溺れることなく、剣士としての矜持を示し続けることができるか。
それがーーアグニ・ヴィンテージが目覚めたが故に内包する力への矛盾であった。