刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第42話 謎の男とタハトの鬼

 パジャ王国王都ヴィクトリア。

 

 その中心にある王城にてアスラ・ヴィンテージは影からの密書を読んでいた。

 

「……」

 

 鉄面皮と呼ばれる彼の眉が微かに動くのを、向かいに座った黒髪の青年の姿を象った異形が見逃さない。

 

「よぅ、親父殿。面白いことが書いてるかい?」

 

「ーーフン。そうだな、ロイヤルガードか。ジャッジめ、ただデカいだけの愚鈍な存在かと思っていたが」

 

 書面から目を離して青年(息子)の姿をした異形ーーアバルを見据えて言った。

 

「私が思っていたよりは、危機管理がしっかりしていたようだ。もっとも、ロイヤルガードは皇族の近衛。それを国外に出すという戦略。まさかーージャッジも私と似たことをするつもりか?」

 

 大陸最強の刃と呼ばれるアドム・ヴィンテージ。

 

 それをこの国難に使うのでなく他国の外交として使用した。

 

 通常であれば鬼札を、国外に回す等あり得ない。

 

 それをーージャッジも行ったとみるか。

 

「ロイヤルガードを3人、この国へ送ったようだ」

 

「ほぅ? そいつは大盤振る舞いだな。強いんだろ、人間どものなかでは」

 

「ああ。大陸最高の心(知)・技・体を持っていると言われている。ロイヤルガードになるものは知識であれば下手な魔道学者や医者をも上回り、剣の腕は大陸最高峰だとーーな」

 

「そいつは凄い。そんな奴を3人も国から出すとはジャッジは本気でヴィンテージ領を手に入れるつもり、か」

 

 鼻で笑いながらアバルは太陽のように赤い瞳を煌かせて言う。

 

「親父殿ーー、我(おれ)を使うか?」

 

「ーーそうだな。本来であれば、ロイヤルガードが相手ならば赤目のアドムを使う。でなければ絶対に勝てん」

 

 アスラ・ヴィンテージをしてハッキリと言い切る。

 

 それほどの強さを誇るのがジャッジ帝国のロイヤルガードだ。

 

「だが、赤目になれるのはアグニもだ。それにタハトも、我と同じ鍾鬼の力を持っている。それならば問題ないのではないか?」

 

「ーー気付いているんだろ?」

 

「さてな。『力は鍾鬼そのもの』である奴らをして、強いとはいえ人間如きを相手に何が足りぬのか。我をしてサッパリ分からん。クク」

 

「赤目になる判断を誤れば、あっさり死ぬ。それくらいにロイヤルガードは強い、ということだ」

 

 アドムならば相手を見ただけである程度の差を悟って赤目を使う。

 

 だがアグニは最近になって力に目覚めているゆえ、赤目の力がどれほどのものかを把握していない。

 

 タハトも、力を使って闘い出したのがアグニと変わらない時期だ。

 

 とてもアドムと同じように『扱える』とは思えない。

 

「それにしたって、直接戦えばある程度の差は分かるだろうさ。あいつらが負けることはまずない、違うか?」

 

「直接的な戦いならばーーな。だが、ロイヤルガードの中でも厄介な男が一人居る。影からの通達だが、最近ヴィンテージ領の集落の者が何名か王都に来ては国の情勢を聞いてくるらしい。ただの世間話だと気にも留めない者が多い内容だ」

 

「それが?」

 

「ヴィンテージ領はジャッジ帝国と魔族の連合軍の占領下にある。無論、表向きには公表されていない。だが、占領下にある集落の人間が知らぬわけはない」

 

「ジャッジの占領下にある集落の人間が自由にパジャの国内ーー王都を行き来できる状況であると。情報を抜き放題だな」

 

 呆れたような表情になるアバルにアスラは続ける。

 

「問題は、その情報を抜くものがそこまで大層なことをしているという自覚がないこと。普通に王都に行き、買い物をして帰るだけという認識であるということだ。当然、話した方も話を聞いた方も、何も思惑を知らない」

 

「ーーヴィンテージ領は辺境ゆえ、魔物の森と接地する集落が多い。自警団を編成するなり、野盗に備えるなりを自分の集落でしなければならなかった。だが今回ジャッジのロイヤルガードが派遣されたことで帝国の正規軍が集落を護る状況になっているーーか」

 

「以前までは事が起こるまでアドムは派遣されず、後手後手の対応しかなかったのがジャッジのロイヤルガードの手腕で一気に自営能力を高めている。代償として国の世間話はロイヤルガードに筒抜けだ。意味が分かるか? 親父が統治管理していた辺境の果ての村。整備すら行き届いていないその末端からロイヤルガードは整備を始め、集落の人間から支持を集めている。更にーー王都や他の貴族の領地にまで行商人に足を運ばせて情報を買っている。たった一週間のことだ」

 

「これ以上、そいつに居座られると集落の人間は全てジャッジに乗っ取られるーーってわけか?」

 

「中央のヴィンテージ領ではなく王都に近いとはいえ、末端から整備を始めた時点で奴らが本気であることは疑いようがない。ならば防がねばなるまい。そう言う話だ」

 

 アスラの言葉を頭の中で反芻させてからアバルは立ち上がって扉に向かうと言った。

 

「そのロイヤルガードとやらを味見してくればいいんだな? 任せておけ」

 

「現地にて影が待っている」

 

 その言葉にアスラに背を向けたまま、手を挙げてアバルは赤と黒のオーラを身に纏うとその姿を霞のように掻き消していった。

 

ーーーー

 

 ヴィンテージ領に入ったタハト達は、アグニとラボニと自分の3手に別れていた。

 

 自分にはリアとラナがついて来てくれている。

 

(それにしても、ヴィンテージ領がジャッジと魔族に征服されている実感が無いな。あまりに長閑だ)

 

 鳶色の瞳を左右に走らせてタハトは思う。

 

 辺りに漂う空気も戦火の匂いはなく、魔物の森の瘴気のみが微かに街道に漂うのみ。

 

「タハトさん。集落です」

 

 ラナの言葉に意識を前方に向けると小さな村がある。

 

 瞳を閉じて気をしっかりと持つように自分に戒め、額のバンダナに触れた後ーータハトは村に入っていった。

 

 村は、ジャッジの甲冑騎士に門を守られている。

 

 だけではなく、建物も焼かれておらず村の子どもの笑い声や村人が普通に生活する姿が見られる。

 

「……これは、どういうことだ?」

 

「ジャッジに占領はされているようですが、村人たちは被害が一切ないと」

 

 リアが顎を手に当てて様子を見ている。

 

 彼女の言葉を肯定するように目の前で長閑な光景が広がっている。

 

 瞳の色が紅色や紫色に変化しているわけでも、肌の色が土気色になっているわけではない。

 

 普通の人間として彼らは、そこに存在している。

 

「ジャッジは、いったい村人をどうしようと…!」

 

 ラナの言葉に内心で頷きながらタハトは門番をしているジャッジの兵士たちに声をかけた。

 

「あのーーすいません」

 

「? 冒険者か。何か用かな、この村は見ての通り宿屋らしいものはないんだが」

 

「あ、いえ。それよりも貴方達はジャッジの兵士ですよね? どうしてパジャ王国の領地に?」

 

 タハトの言葉にジャッジの兵士たちは互いに顔を合わせた後、言った。

 

「まだ公になっていないと思うが、我々はこの村をーーヴィンテージ領を占拠した。そのため、君たちには抵抗があるかもしれんが我々の敵対者はパジャ王国と民を虐げるものであると言っておく。よって我々は君たちに危害を加える気はない」

 

 胸を張って言う兵士の姿にラナが瞳を険しく細めて言った。

 

「何をいまさら! 公明正大を謳う正義の国でありながら魔族と手を結び、アドム様が居なくなったヴィンテージ領を攻め落とした痴れ者が言うことか!!」

 

 思わずタハトが目を見開いてラナを振り返るも、もう遅い。

 

 兵士たちは一斉に武器を構えてタハト達に向ける。

 

「……魔族と手を結んだ、か。それを知っているということは君たちはヴィンテージのもの、か」

 

「ヴィンテージの者ならば、ここで捕らえさせてもらう。通すことも帰すわけにもいかないのでな」

 

 村の外へと踏み込んでくる兵士たちにタハトが冷や汗を流している。

 

(まずい、村の外で戦うのはいいが。いざとなれば彼らは村人を人質に取れる! このままじゃ不利だ!!)

 

「タハトさん、返り討ちにしましょう!! 今こそ、ジャッジの不正を暴くときです!!」

 

「ちょ、ラナさん!?」

 

 刀を抜くラナに戸惑うタハトであるが、その横でリアが淡々と言った。

 

「この程度の数ならば、造作もないでしょう。風よ」

 

 白杖を右手に持って構え、左手をこちらに殺到する兵士たちに向けると無詠唱でリアは旋風を起こした。

 

「な!?」「ばかな!!」

 

 兵士たちは、そんな声を上げながら風に吞まれて地上から数メートルの高さに吹き飛ばされて落ちていった。

 

 うめき声を上げながら誰一人立ち上がれない兵士たちを見て、ラナが刀を手に言う。

 

「タハトさん、とどめを!!」

 

「ちょちょちょ、ちょっと待ったぁああああ!!!」

 

 必死に止めるタハトにラナが眦を吊り上げて言う。

 

「何を言ってるんですか! この者たちが居なければーーヴィンテージは!! パジャ王国の危機の元凶は、この悪辣非道な兵士たちなんですよ!!」

 

「僕は、悪辣非道とは思ってないよ」

 

「な…!?」

 

「少なくとも、彼らは村人に手出しをしてない。戦に負けたなら何を奪ってもいいと言われる、この世界で。だから彼らを悪辣非道とは思えない」

 

 静かに言って抑えるタハトにリアが呆れたような冷たい眼で言ってくる。

 

「それで、どうするのです? 彼らが敵であることは変わりありません。彼らを殺さないのであれば捕虜にするしかありませんが、私たちは彼らを捕虜にする人員も場所もない。ここで殺さなければ彼らはジャッジ本国へ逃亡してしまい、より強力な部隊を率いてきますよ。その際、本当に村人を殺すかもしれない」

 

「ーータハトさん! 私もリアさんに同感です!!」

 

 ラナにまで言われてタハトが苦渋の顔になるも、そこへリアが更に続けた。

 

「戦争をしているのです、私たちは。彼らが人格者であろうと優秀な兵士であるならば殺さなければ。今度はこちらが危機に陥ります。貴方の下らない感傷に付き合っている暇はないんです」

 

 湖のように冷たい瞳がタハトをジッと見据えて言う。

 

 歪んだ表情のまま、タハトは何かを言おうとして咄嗟に刀を抜いて村の入口に向けて構えた。

 

 強烈な空気の弾丸がタハトの兼定にぶつかって、斬り裂かれる。

 

「ほぉ。少しは骨のあるヤツが来たみたいじゃないか」

 

 身長2メートル弱の筋肉質の男が現れた。

 

 その顔は人の好さそうな金髪碧眼の不精髭を生やしている。

 

 両手には分厚い鉄板を拳骨の上をカバーするようについたナックルグローブを付けている。

 

 豪奢な赤を基調とした軍服の上着を肩で羽織って白い歯をニカッと見せて言った。

 

「お前ら、生きてるんなら村の中に下がれ。怪我するぞ」

 

「……すみません。将軍」

 

 兵士たちが肩を貸しあいながら村へと下がっていく、それを守るように入口に立って男は拳を握っていた。

 

「そういうわけで、だ。こっちは部下をやられたんで、ヴィンテージの人間なら見逃すわけには行かねぇ」

 

「何を勝手なことを!! そちらが一方的に仕掛けてきたことでしょうに!!」

 

「きっかけはそうでも、既にこの領土はジャッジのものだ。それを返せと言われて「はい、そうですね」と返せると思うか?」

 

 白い歯を食いしばってラナが怒り心頭の表情で刀を構えるのをリアが止めた。

 

「お待ちください、ラナさん。あの肩に羽織った上着は帝国の近衛。一騎当千と言われたロイヤルガードです」

 

「…大陸最高の誉と言われたジャッジのロイヤルガードですって? この男が!?」

 

 男は流し目をしてみせた後、いった。

 

「ラナ…? ラナ・メーティスさん、かな」

 

「!? なぜ、私の名を!!」

 

「ああ、やっぱりトーヴさんが言っていた娘さんか。ヴィンテージ領に奴隷として売られたと聞いていたが、その様子だと買い取られたということかな? まぁ、平民になれたのなら良かったと言っておこう」

 

「……トーヴ? 叔父様の名前を何故、お前が!?」

 

「そりゃ、彼が亡命したからだ。俺たちジャッジにね」

 

 淡々と言う男にラナが驚愕に目を見開いた。

 

 これにリアが氷のような表情で言う。

 

「ラナさん、動揺する必要はありません。この男を倒して話を聞けば良いのです」

 

「って、相手はあのロイヤルガードですけど!? 大陸最高の実力者と呼ばれる男を相手に僕たちだけで勝つつもりですか!?」

 

「当たり前です。他に手が無いのですから、行きますよ」

 

 初めから分かり切っていると言わんばかりのリアの言葉にタハトが乾いた笑みを浮かべていた。

 

 こちらに苦笑いのようなものを男は返しながら拳を握る。

 

「簡単に言ってくれるな、行くぜ!!」

 

 強烈な踏み込みからの金色の気を纏った右ストレート。

 

(明らかにーー、相手の攻撃範囲が普通の手足より長い!!)

 

 咄嗟に3人は散り々りになって場を離れる。

 

 男はタハトを狙うと追いかけてくる。

 

 左拳を軽く握って三連撃のストレート、咄嗟にタハトは自身の左側へ身体を倒しながら避けると目の前に金色の風圧。

 

 気を纏った男の右蹴りがタハトの顔を目掛けて放たれる。

 

 咄嗟に後方へバックステップして鼻先で靴底を擦るくらいの距離で避けるタハト。

 

 気の具現化というべきか、拳や足に纏った気で斬閃ならぬ撃閃を描き、それらすべてに攻撃判定がある。

 

(拳圧、蹴りの風圧だけで肉が削げる? なんて威力だーー!?)

 

「ほぉ。今のを避けるとは、中々やるじゃねぇか」

 

 笑みを浮かべて更に動きが速くなる男に、タハトも自身の全身に白いオーラを身に纏って兼定を抜いて一閃を放つ。

 

 左拳を顔の前に置いて刀を受ける男。

 

 男は目を丸くしてタハトの峰を返した刀を見ると言った。

 

「おいおい、タハト君。お兄さんに手加減は要らねぇよ?」

 

「……アンタ、なれなれしいよ!!」

 

 刀を振り切って後方へ吹き飛ばすと同時、男はバックステップして自ら後方に跳んで威力を逃がして着地する。

 

 青眼に構えるタハトに男はぼそりと笑いながら言った。

 

「まぁ、覚えちゃいねぇよな」

 

「……?」

 

「気にすんな、来い! 成長したお前の力、俺に見せてみろ!!」

 

 タハトを見る男の眼にはどこか、懐かしみと温かみを感じる。

 

(僕はーーこの人を、知ってる。でも、思い出せない…! それに、どこか雰囲気の近い人に最近会ってる)

 

 動きを止めたタハトの脇からリアが氷柱を弾丸のように放ってくる。

 

「おっと!」

 

 無数に放たれる氷弾を男は無数に拳打を放って金色の壁を作り上げ、全てを打ち破る。

 

「こんがりするぞ!」

 

 言いながら男は炎の弾丸を無数に空中に生み出すとリアに返した。

 

「小賢しいーー!」

 

 リアの瞳が水色に輝くと無数の風の刃が生み出され炎の弾丸とぶつかり合って消える。

 

「! 私の魔力と互角ですって…!?」

 

「ロイヤルガードとタメ張れる魔力とは、恐ろしい姉ちゃんだ」

 

 凄まじいスピードで突っ込んでくる男にタハトも無数の斬撃の檻を空間に生み出して近寄らせないようにする。

 

 しかし男は両拳を顔の横に持ってくると自分に当たるものだけを弾きながら突っ込んでくる。

 

(斬撃の檻をお構いなしに突っ込んでくるーー! そんな馬鹿な!!)

 

「峰を返してちゃ、そいつは鉄の棒きれと変わらん。んなもんで俺を倒せるわけねえだろ!!」

 

 右拳をボディに叩き込もうとしてくるのを見て、咄嗟に兼定を盾にして受ける。

 

 そのまま後方へと弾き飛ばされた。

 

「嘘だろ!?」

 

「ほおれ、どうした!? そんなもんで終わりか!!ーーっと」

 

 追撃に更に踏み込もうとした男の脇を黒いスーツを着たラナが擦れ違いざまに抜刀して斬りこむ。

 

 咄嗟に拳で弾きながら擦れ違ったラナを見て笑みを浮かべた。

 

「やるね、さすがトーヴ殿の姪御さんだ」

 

「ロイヤルガード。貴方が叔父とどのような関係か分かりませんが、この闘いが終わったら教えてもらいます」

 

「フフ、悪いがお嬢さん達じゃ俺の相手はできそうにない。綺麗な女性は世界の宝だ。傷をつけるわけには行かないから、下がってもらうよ」

 

 ラナに向かって言いながら視線を、その後ろのリアに向けている男にラナの眦が怒りに吊り上がった。

 

「……っ! バカにして!!」

 

「同感です。少し人よりも優れているからとーー!」

 

 リアも魔法を放とうと手を出そうとして男が両拳を腰の辺りに置いているのを見た。

 

ーーリインフォース(気炎万象)

 

 気合い一閃、男の身体から金色のオーラが吹き上がる。

 

 それは炎のように燃え上がって男の全身を鎧のように包み込んだ。

 

「それがーーどうした!?」

 

 叫びながら炎、氷、光、地、風、闇の弾丸を一気に練り上げて放つリア。

 

「す、すごい。6属性の魔法を同時に練り上げて放った!!」

 

「全属性の弾丸ーー凄すぎるだろ、リアさん!!」

 

 ラナとタハトが叫ぶ中、男は金色のオーラを更に燃え上がらせてより濃い黄金の炎へと変えると目の前に迫っていた弾丸を全て消し飛ばしてしまった。

 

「……なんてデタラメな気量」

 

「私の魔法をーー消した?」

 

 目を見開くラナとリアの二人を置いて、同じく固まっているタハトをジッと男は見る。

 

「さあ、やろうぜ。お前の本気を見せてくれよ…!!」

 

「……っ!!」

 

 何かを言う前に男は目の前まで移動している。

 

(ヴィンテージ流の神速と同等か、それ以上!?)

 

 振り切られる右ストレートを神速で紙一重で左に避けるも、自分の動きを見ている男の眼と眼が合う。

 

(神速のヴィンテージの動きに、この男はついて来れるのか!?)

 

 左右のストレートから、左ボディ、右上段回し蹴りを放ってくる男に対してタハトは剛刀兼定を構える。

 

 左の拳を右に払い、右のストレートを首を横に倒して避け、両手持ちの兼定の柄を叩きつけるようにしてボディを狙った左の拳を止める。

 

(ーー嘘だろ!?)

 

 完全に止めたのにも関わらず、タハトの身体は後方へと吹き飛ばされる。

 

 咄嗟に刀を地面に突き刺して両足を地面に擦らせながら後方へ引きずられるように下がると、目の前に右の廻し蹴りが迫っていた。

 

 咄嗟に刀を顔の横に置いて盾にするも、上空へと弾き飛ばされる。

 

 きりもみに身体を回転させながら地面へと叩きつけられるタハト。

 

「ーーっと、やり過ぎたか」

 

 男は前髪をかき分けながら倒れ伏したタハトを見下ろしてくる。

 

(ーー強い。いや、強いなんてもんじゃない。これはーー勝てない)

 

 ハッキリと分からされた。

 

「タハトさぁああああああんっ!!!」

 

 ラナの絶叫が遠く耳に届く。

 

 この強さは、師範クラスですら相手にならない。

 

 ヴィンテージの中でもアドムやアグニに匹敵しているとタハトは体感していた。

 

(ーーあ、やばい。意識がーー)

 

 真っ白な世界にタハトの視界は連れていかれる。

 

 そこはタハトの内なる世界。

 

 霧が常にかかった何処までも続く短い草の生えた荒野だ。

 

「……また、ここに来ちゃったか」

 

「そのようだな」

 

 その声は自分の胸の内から聞こえてきていたものだ。

 

 だがーー自分は今、ハッキリとその声を耳に聞こえた。

 

 振り返れば自分と全く同じ姿をした赤目の男が立っている。

 

「えーー!?」

 

「どうした? 見慣れた顔だろう、宿主」

 

「い、いやーー。なんで、僕になってんの!? お前、アドムだろ!!」

 

 そう告げると目の前の自分の姿をした男ーーいや鬼は言った。

 

「我(おれ)は精霊神が肉体を持った者。身体(すがた)なんぞ、お前に宿ったときから決まっている」

 

 首を鳴らしながらタハトの姿をした鬼は言った。

 

「さてと、今度は俺が出る。お前はのんびりと見学でもしてるんだな」

 

「……なぁ、お前じゃないと勝てないーーのか」

 

「まあ、見てろよ」

 

 言うと目の前が白い光に染まっていき、タハトの意識は夢見の感覚でありながらも外の世界を認識していた。

 

「ほう。意外にタフじゃねぇか。急所に入れたつもりなんだがな」

 

 ゆっくりと立ち上がったタハトに向かって男は不敵な笑みを浮かべる。

 

 これにタハトも男と同じく不敵な笑みを返した。

 

「ああ、おかげさまでな。鬼(おれ)が目覚めた…!!」

 

 瞳は赤く染まり輝くと同時にタハトの全身を太陽のように赤い炎が包み込んで激しく渦を巻いて燃え上がる。

 

「ほぉ…。コイツが鬼眼ってやつか」

 

 凄まじい圧を放つ赤い鬼瞳を前にして男は大胆に前へと足を一歩踏み出す。

 

「…退屈させんなよ、タハト!!」

 

「来い!!」

 

 黄金の炎と灼金の炎がぶつかり合い、爆発する。

 

 タハトの唐竹と男の右ストレートが両者の中央でぶつかり合い、押し合っている。

 

「うぉおおお、正面から打ち貫く!!」

 

「ウォオオオオオオ!! 真ん前から斬り捨てる!!」

 

 互いに足を止め、瞳を見開いて口許が避けんばかりの笑みを浮かべて攻撃を繰り出しあう。

 

 まるでどちらの攻撃が上かを証明するかのように、真正面から打撃と斬撃をぶつけ合う。

 

(凄まじい力と力。私の魔法を放ったところで、この二人が纏っている気の前では無意味ーー。鍾鬼の力を放つタハトさんはともかく、ただの人間が…!!)

 

(タハトさん、あの力を完全に自分のものに…!!)

 

 拮抗は崩れない。

 

 両者の打撃と斬撃は、完全に相殺し合っている。

 

(もう一歩、踏み込めればーー!!)

 

(もう一歩、退かせられればーー!!)

 

「「俺が勝つ!!」」

 

 叫びながら、闘気と鬼気が燃え上がる。

 

 これほどの力と力をぶつけ合いながらも、両者の得物は毀れもひび割れもない。

 

 しかし、両者の応酬もついに終わりの時が来た。

 

「ぐぅ!?」

 

 ついにーーついに男が後方へ僅かだが仰け反ったのだ。

 

「もらったぁああああ!!」

 

 胴薙ぎを左斜め下から右斜め上に向かって斬り上げるタハト。

 

 それは今まで放った剣戟の中でも最高の一撃だった。

 

 だがーーその一撃は空を斬り、男の姿はタハトの目の前には無い。

 

「この勝負、俺の勝ちだァアアアア!!」

 

 自分の背後からの声に振り返り目の前に拳が迫る。

 

 瞬間、タハトの纏う赤の炎に青い火花が散り始めてスパークを放ちながら刀を袈裟懸けに放つ。

 

(なんだ、そりゃーー!?)

 

 目を見開いて男はタハトの今のデタラメな動きにツッコミを入れた。

 

 この土壇場でタハトは更に力を引き出すと、男を遥かに凌駕する動きで身体を戻してこれまで以上のスピードとパワーの袈裟懸けを放ってきたのだ。

 

 拳の鉄板と刀の刃金が火花を散らして衝撃波を生み出しながら互いに交差する。

 

 衝撃波が発生し、白い光が全ての景色を染め上げる中ーータハトと男は同時に振り向いた。

 

 凄まじい爆心地を作り上げながら、その衝撃を生み出した両者は無傷の状態で互いを睨みつけている。

 

「スゲェじゃねえか。これが今のお前の力か、タハト…!!」

 

「ーー貴様もな」

 

 男は、ボロボロになった両腕と両足を見た後、言った。

 

「そんじゃ、次で終いにするか。名残惜しいがよ…」

 

「いいだろう。貴様の全力を俺の一撃で斬り捨てる」

 

 男は拳を握り、胸の前に置いて全身の気を右拳に集中する。

 

 その背に黄金の角と鬣を持つ黒い馬が現れて男の身に纏うオーラに吸収されるように消える。

 

 それで一気に男の力が爆発するのを見てタハトは笑った。

 

「青天井か、貴様の力ーー!!」

 

「お互い様だろ? タハトの中に居るヤツよぉ!!」

 

 霞に構えるタハトに対して男は自分の上半身ほどもある黄金の光を放つ右拳を大きく振りかぶる。

 

 対してタハトも自分の胴回りはある青い光を刀身に纏わせると大きく頭上に振りかぶった。

 

「行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜぇえええええ!!」

 

「強者よーーお前の全力を断ち切る!!」

 

 両者は同時に男は右ストレートを。

 

 タハトは右袈裟懸けを空間に放つ。

 

「うおらぁあああああああああああああっ!!!」

 

「鬼刃ーー神斬りぃいいいいいいいっ!!!」

 

 黄金と青銀の光が互いに向かって放たれーー中央で激突する。

 

 互いに押し込もうとする光と光。

 

「フン、人間無勢が。天帝を思い起こさせる程の黄金の光とはな!!」

 

「たまんねぇな。アスラ以外に、こんなヤツが居るなんてよぉ…!!」

 

 力と力、技と技、魂と魂のぶつかり合い。

 

 両者は互いのそれを上回らんと更に高めていく。

 

「ぬぅうぉおおおおりゃぁあああああああっ!!!」

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 互いに喉を張り裂けんばかりの魂の咆哮を上げ、光と光は互いに互いを飲み込んで消える。

 

 と同時に白い光に世界は満ちて凄まじい爆発が二人を飲み込んでいった。

 

「た、タハトさん…?」

 

 人が生み出したとは思えない凄まじいクレーターが生まれ、白く染まった世界が戻る。

 

 青い火花を散らす赤い炎を纏ってタハトは袈裟懸けを放った姿勢で仁王立ちしていた。

 

 目の前には金髪碧眼の男が地面に片膝を付いた姿勢でこちらに右拳を放った姿勢のまま肩で息をしている。

 

(鬼神のーー鍾鬼の奥義を前に、人間が相殺した? あの凄まじい力を神気も魔力もない人間が!?)

 

 戦慄するリアの前でタハトは男に言った。

 

「ーー続けるか、強者よ?」

 

「へっ、流石に無理だ。これ以上はーー戦えねぇ」

 

 自分の右手を見れば、おびただしい出血をしている。

 

 己の技に、力に、身体が耐えられなかったのだ。

 

「だがーーこの借りは必ず返すぜ。タハトの中に居るお前…!!」

 

「ーーいつでも来い。貴様のような強者が相手ならば俺も退屈せん」

 

 刀を払って腰の鞘に納めるとタハトは身に纏うオーラを消す。

 

 これに男もニヤリと笑って村の中に居る部下たちに撤退の合図を送った。

 

 回復薬で動けるようになった兵士たちは一斉に村から去る。

 

 村人たちが礼を言いながら兵士たちを見送る姿にタハトは微かに、その鬼眼を細めた。

 

「おいーー」

 

「あん、なんだ?」

 

「俺の名は鍾ーーいや、アハトだ。アハトと名乗ろう…。貴様は?」

 

 真っ直ぐな問いかけに男はニヤリと不敵に笑みを返すと言った。

 

「俺はフラン。ロイヤルガードマスターのフラン・ゴールドフィンチだ。また闘(や)ろうぜ、アハト!!」

 

 出血を隠そうともせずに傷ついた右腕を上げてフランは去っていった。

 

 その姿にタハトーーいや、アハトは不敵な笑みを浮かべて見送る。

 

「……鍾鬼。貴方は何故タハトさんの中に?」

 

「お互い様だろ、女神」

 

 素っ気なく告げてアハトは瞼を閉じると、瞳を開いた時には鳶色の瞳に変わっている。

 

 それはつまりタハトに身体を任せるということだ。

 

「タハトさん、凄かったです!! まるでーーアドム様でした!!」

 

「あ、あははは。まあ、似たようなものかもしれない」

 

 ラナに苦笑いを返しながらタハトは集落を取り戻したことに、ほっと一息を吐いたのだった。

 

 

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