刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第43話 無頼の騎士と剣士の羅刹

 魔物の森を抜けてスキンヘッドに黒のジャケットを着た男ーーラボニは目を見開く。

 

「ん? んん~? これはーー集落だなぁ」

 

 などとどこか惚けた表情で言うラボニに紅い髪にふっくらとした頬をした女性ユアが呆れた表情になる。

 

「そんなの見れば分かるじゃないですかぁ、ラボニさんたらぁ」

 

「ーー集落が無事かを確認しましょう」

 

 猫のような目をしたピンクの髪の女性レイアが言うとラボニは髭の生えた顎に手をやりながら言った。

 

「うん、そうすね。でも、戦争で侵略されたにしては村が無傷なんすよねぇ。これは話が分かるヤツが来たか」

 

「話の分かるって言っても、簡単に集落を明け渡してくれますかね?」

 

「まぁ、まず無理でしょうねぇ。侵略して征服した土地を何の手土産も無しに返せと言われて返すヤツが、こんなところに来るわけがない」

 

 世間話をするように軽い感じで話すラボニにユアもレイアも瞳を細める。

 

「これは戦力を整えて出直した方が良いかもしれないなぁ」

 

 のんびりと言いながら村の入口に当たる門の前で立つ二人の衛兵を見る。

 

 手に嵌めた鉄の板付きの黒のガントレットを伸ばしながら、ラボニは笑顔で語り掛けた。

 

「こ~んにちわ~」

 

「? 旅の者かな?」

 

 少し離れたところから声をかけてみると門番の兵士二人はこちらへと顔を向けてくる。

 

 これにラボニがにこやかな笑顔で言った。

 

「いや、流石だなぁ。正規軍の方ですよね、そんな重い甲冑を着て平然と立っていられるなんてすごいですよ。筋肉ーーというより体幹を鍛えていらっしゃるんですね」

 

「あ、ああ。これも仕事だから続けられることだ」

 

「良かったら訓練メニュー教えてもらえませんか? 僕もお兄さんたちみたいに体幹バキバキにしたいんで」

 

「え? いやーー失礼ながら、貴方も相当に鍛えられているように見受けるが…」

 

「い~や、いやいやいや。僕なんて、お兄さんたちに比べたら小さいですよ。特に、そちらのお兄さんなんか腕周りがバッキバキじゃないすか。すごいなぁ」

 

 明らかに胸筋やら腹筋やら、腕周りがバキバキの男に言われてもーーと互いに顔を見合わせる兵士たち。

 

 だが、彼が嫌味ではなく本心を言っているのは一目瞭然だった。

 

 なんせ、目がマジである。

 

「ぼ、冒険者の方かな? それにしても筋肉かーーうちの隊には、もっとすごいのが居るぞ?」

 

「本当ですか! 是非とも拝見したいっす!!」

 

 言いながら兵士の一人が自分たちの中で一番大きな男を呼んでくる。

 

 これをやや呆れた表情でユアとレイアが見ていた。

 

 大の男ーーそれも兵士たちが無邪気な子どものような表情でお互いの筋肉を見て称賛し合っている。

 

 その姿は敵も味方も、パジャもジャッジもないようだ。

 

「ラボニさん、すごぉい」

 

「どんな相手とでもすぐに打ち解ける、あのコミュニケーション能力は本当に凄いわね」

 

 楽しく談笑する彼らの後ろから、臙脂の軍服を纏った銀髪の青年が現れた。

 

「お前ら、何してんの?」

 

 年のころや背格好はアドムやタハトと同世代くらいだろう。

 

 どこか気だるげな青年に対して、一斉に兵士たちが背筋を伸ばして気を付けをする。

 

「将軍!」

 

 目は切れ長で精悍な顔立ちでありながら、中性的な色香をもつ男だった。肌は雪のように白く、瞳は黄昏のように深い紅色の瞳。

 

「ーーこのひとぉ!?」

 

「ロイヤルガード…!?」

 

 銀髪青年は臙脂のコート下の黒シャツをはだけ、ボタンすら適当に着崩しているのが妙に様になっている。そして間違いなくその軍服はジャッジ帝国のロイヤルガードのものだ。

 

 青年将校(ロイヤルガード)の前では、ブリッジを決めるラボニと兵士たちの姿があった。

 

「いいですねぇ、腹筋と背筋にきてますよぉ」

 

「ぐぅうう!! 首と腰が辛い…!!」

 

 どちらが長くこの体勢でいられるかーー正に体育会系のノリである。

 

 そんな光景を目の当たりにして銀髪の青年は空を見上げた後、もう一度見てから言った。

 

「ーーホンマ、何しとんねん」

 

「! 将軍!!」

 

 ブリッジに参加していた兵士たちも次々と立ち上がって気を付けの姿勢を取った。

 

 これにようやくラボニも立ち上がって青年と顔を合わせる。

 

「ーーアンタ、冒険者?」

 

「まぁ、似たようなことして生計立ててますね」

 

「ふぅん? それにしても、さっきの姿勢は理にかなってたよ。身体を作るの、得意そうだね」

 

「これでも、昔は他人の肉体造りをサポートするトレーニーでしたからね」

 

研修生(とれーにー)?」

 

「ええ! 筋力トレーニングの方法や食事管理などをアドバイスする筋肉の妖精さんのことです」

 

「へえ。パジャには変わった職業があるんだな」

 

 ふむと頷いた後、青年は兵士たちに言った。

 

「どう? 効いてる感じする?」

 

「凄いです。すこしやっただけですが、全身がバキバキです」

 

 生まれたての小鹿のような兵士たちが何名かいるが、おそらくラボニのトレーニングに付き合ったのだろう。

 

 一番筋肉が大きい男でも、全身に汗をびっしりとかいている。

 

「一般兵の訓練に取り入れるか。ロバートさん、後でレシピ教えてよ」

 

「分かりました!」

 

「ーーで、冒険者が立ち寄ったってことは何? この村を通り抜けたいってこと?」

 

 これにラボニがニカッと白い歯を見せて言った。

 

「いいですか?」

 

「かまわないよ。アンタは敵じゃないみたいだし」

 

「ありがとうございます!」

 

 良く通る低い声で大きく明るく告げると、青年は気だるそうな雰囲気のまま「よいよい」と手で制しながら通すように兵士たちに告げる。

 

 これに兵士たちも敬礼してラボニ達を見送る。

 

 一人一人と握手をしながらラボニと二人の美女は集落を出て行った。

 

「ーーって、良いんですか!? 集落、取り返してないですけど!!」

 

「ラボニさまぁ、何か考えがある感じぃ~ですぅ?」

 

 レイアとユアの言葉に頷きながらラボニは言った。

 

「取り敢えず、あのロイヤルガードは村人を傷つける意思は無いみたいだし。先にアグニやタハトと合流してから戻って挑んだ方が良いでしょう。相手は大陸最高峰の実力者だから万全で挑みたいね。僕の計算だとアグニやタハトと合流するのに半日もかからないはずだから」

 

 これに二人とも「なるほど」と頷く。

 

 そういうわけで、とラボニは続けた。

 

「さぁ、先に行こう。早くあいつらと合流しないとーー」

 

「ラボニ、なにをしている」

 

「おんや?」

 

 覆面をした黒装束の集団が急に目の前に現れ、二人の美女を背にかばいながらラボニが前に出る。

 

「この人達は?」

 

「アスラが使ってる影さ。その中でも過激派の方だな、潜入工作のために自ら自分の顔を削ぎ落してる。おかげであのダサい覆面布を常に被っているんだ」

 

 美女二人が絶句する中で肩を竦めながら軽く重い内容を告げるラボニに覆面を付けた影の一人が言った。

 

「ラボニ、なぜ村を取り返さない? ヴィンテージの剣士としての務めを破るつもりか?」

 

「無辜の民を護る。それがヴィンテージの役目だ。なら、無辜の民を護る者に敵対しない。それも無辜の民を護るヴィンテージの理だ。違うんすか?」

 

「屁理屈を。その無辜の民を敵に回せば、たちまち不利となるのは我らよ」

 

 眼光鋭い相手にも、いつもの調子を崩すことなく話すラボニ。

 

「だからぁー、集落を確実に取り返すためにもアグニやタハトと合流しようって言ってるじゃないですか~。なにが問題なんすかー?」

 

「今、取り返せる力がありながらそれをせんのが問題だと言っている」

 

「冗談。相手はあのロイヤルガード。万全の態勢で挑んでなお、うまくいくかはわからない。違いますか?」

 

「……まあよい。ならばお前はこのまま真っ直ぐ進め、戻ることなくな」

 

 急に口調を変えてこちらに背を向ける影の男にラボニが目を丸くして問いかける。

 

「お。珍しく俺の意見を尊重してくれるんすね」

 

「勘違いするな。お前に我らの邪魔をされたくないだけだ」

 

「おいおい。まさかアンタ達だけでロイヤルガードから集落を取り返せるなんて思ってないよな?」

 

「ーー口出し無用だ。ではな」

 

 それだけを告げると男は十数人からなる影達と共に神速で姿を消した。 

 

「おい、ちょっとー! もしもーし!」

 

 ラボニが語り掛けるも既に影達は、何処にもいないことを確認して首をかしげる。

 

「野郎、いなくなりやがった……。アグニやタハトと合流しても、帰ってくんなってこと?」

 

 これにユアとレイアが近づきながら言ってくる。

 

「さきほどの方の口ぶりですと、そういう感じでしたね」

 

「ラボニさん。嫌われてるんですかぁ~?」

 

「えぇええええっ!? とはいえ、気になるな。下手したら集落のみんなが怪我するかもしれない。ここは様子を見に引き返す」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「きみたちはこのまま真っ直ぐ行きなさい。合流地点はアグニとタハトに教えてるから。アイツ等なら半日もすれば合流地点に着くはずだ」

 

「ラボニさん、ひとりで帰るんですか?」

 

「わたしたちぃ~、お役に立てると思いますぅ~」

 

「うぅーん。どうしたもんか。ま、たしかにこの二人だけに行かせて強い魔物に出会ったりすると厄介だしな。……うーーーん、仕方ない。行きましょう!」

 

「「はい!」」

 

 こうして3人は集落に戻る。

 

 家の影から様子を窺うと、広場には10数人の影が堂々とロイヤルガード率いるジャッジの正規兵達と対面していたのであった。

 

「って集落に戻って来たはいいけれど、どういうこと!? なんで、影の連中…堂々とロイヤルガードの前にいるの? 死ぬ気? うっそ!」

 

 ラボニが焦ってキョロキョロしている間に影の男は話はじめた。

 

「そういうわけでアルウィン・ブラッドスカイ殿。集落を明け渡していただきたい。これ以上、そちらに国の情報を抜かれるわけにもいかんのでな」

 

「ーーなら、代わりになにをくれるんだ?」

 

 影の男の言葉にアルウィンは紅の瞳をジッと見据えて問いかける。

 

「我らが出来る限りのものは用意しよう。なにが望みだ?」

 

「そうだな……。アンタたちが取り扱ってる理論純度の魔光石。これで手を打とう」

 

 これにアルウィンの側近らしき甲冑騎士が問いかけてきた。

 

「将軍、よろしいのですか」

 

「もともとこんな集落に戦略的価値はねえ。理論純度の魔光石が手に入るなら本国も納得する」

 

「それは、たしかにそうですが…!」

 

 集落の人々を振り返って心配そうに見回す騎士に、アルウィンが呆れた表情になる。

 

「村人の心配をお前らがする必要はねえだろ…」

 

「しかし彼らは! 魔物と隣り合わせなんですよ! 我々が来るまで自分たちで、戦う術すら知らなかったのですよ!」

 

「……いいから。いま取引中だ(そういう話してない)から」

 

 騎士たちとアルウィンのやり取りを見ていた影の男が口を開いた。

 

 その右手には自分が装備しているものとは別の鞘に入った一振りの刀があった。

 

「アルウィン・ブラッドスカイ、聞いていたよりは甘い男のようだな」

 

「ん?」

 

「なんでもない……」

 

 右手に持っていた刀をアルウィンに示すと続ける。

 

「受け取れ」

 

 渡された刀は通常のものよりも鍔が広く四角で、刀身が短い。

 

 ヴィンテージの影が愛用する影専用の忍び刀である。

 

「なんだこれ?」

 

「抜いてみよ」

 

「ーーは?」

 

 アルウィンが男の言葉に従って刀を抜いてみた。

 

 すると青色の刀身は蛍のように淡い光を自分で放っている。

 

 度の高い魔光石で造られた刀であることをアルウィンは察した。

 

「き、貴重な魔光石をそのような使い方――!?」

 

「こ、これだけの純度と量の魔光石があれば! 小さな国くらい買えますよ! しかも、それを加工する技術力」

 

 甲冑騎士が狼狽える中、影の男はどこか得意げに言った。

 

「それで文句はあるまい」

 

「文句はねえな。ずらかるぞ」

 

 淡々と返しながら忍び刀を鞘に戻してアルウィンが右手に持ったまま部下たちに告げる。

 

「待ってください、将軍。これほどの魔光石を簡単に手放すということは、こやつらもっと貴重な魔光石を持っているのでは?」

 

 これに待ったをかけたのは、先ほどアルウィンに意見した側近の甲冑騎士である。

 

「そんなもんは皇帝の仕事だろ」

 

「しかし、それを報告することができれば、陛下もお喜びになるはず!」

 

「ーーお前は、人を見る目を養え」

 

 その言葉は、どこか今までとは違って冷たく告げられる。

 

「は? 養え、とは」

 

 アルウィンが周囲の集落の人々をチラリと見てから言った。

 

「俺が一番嫌いなのは守る戦いーー知ってるだろ?」

 

 これに甲冑騎士が集落の人々を見渡した後、影の軍団に向かって言った。

 

「バカな!? 貴様らパジャの人間ではないのか?!」

 

 アルウィンはこれに頭を押さえている。

 

 影の男は淡々と返した。

 

「無辜の民を護る。尊き犠牲のうえにな」

 

「おいヴィンテージ! 村人たちはな、お前達のことを尊敬し、奉っていた! 自分たちのような力無き者を護る為にヴィンテージは強くあるのだと、それがなんだ? ここにいる人々を犠牲にしてまで守らねばならぬものなどあると思うか!?」

 

「ーーさがれ。問答する気はねえ。俺は判断した」

 

「しかし将軍!」

 

「判断したっつってんだろ」

 

 本気の拒絶の言葉に側近の騎士も押し黙る。

 

 これに集落の村長が前に出てきた。

 

「すみません。ロイヤルガード殿、ジャッジのお方ーー」

 

 村人たちも口々に礼を述べる。

 

「誠にありがとうございました」

「村の為に尽力していただいた」

「我らに戦う術を与えてくださいました」

 

 そんな彼らの言葉をアルウィンは素っ気なく肩をすくめて告げる。

 

「訓練をやったのはアンタたちだろ。元気でな」

 

「将軍の言うとおりだ。あなたたちが勤勉な人間だからこそ、習得できたのだ」

 

「ーー本当、たかが一週間でな」

 

 真面目に返す騎士の横でアルウィンが、やや俯いて言った。

 

 そのまま帰り支度を始めるアルウィン達の様子を窺っていると影の男に部下が声をかけてきた。

 

「よろしかったのですか。魔光石の刀を渡して?」

 

「アレ一振りで済むなら安いということだ、それに」

 

「それに、なんでしょう?」

 

「いや。こちらの話だ。さ、集落の自治を戻すぞ」

 

「「「ハッ」」」

 

 男の言葉に部下たちが同時に声を上げながら動き出す。

 

 集落の自治は一気にヴィンテージの支配下に戻っていくのを見ながらラボニ達は集落をこっそりと後にする。

 

 ユアがラボニを覗き込んで、首をかしげている。

 

「ロイヤルガードとジャッジ、引き上げちゃいましたね」

 

「思ったより簡単に引き上げたなあ。なんかヤバイ気がするなぁ」

 

「具体的にどうやばいんですか?」

 

 ユアの言葉にラボニが顎を撫でながら返すと、レイアが問いかけてきた。

 

「うーん。あの手のタイプは利益がないとまず退かない。この村で、ジャッジのロイヤルガードが潜伏している。それよりもデカイメリットがないと、まず退かない。たしかに戦略的な利益としてはこの村は薄い。だが、パジャのヴィンテージ領にジャッジのロイヤルガードが堂々と居られる。そのメリットはデカいぞ。ジャッジの軍にとってね」

 

「そのメリットを捨ててでも先ほどの刀が重要なものだと」

 

「アスラのヤツ、何考えてやがるんだ? 大方、影にあの刀を渡したのもアイツだろ」

 

 レイアの言葉に頷きながらラボニは訝しむ。

 

 これにユアが言った。

 

「ーーとりあえず我々はアグニ様達と合流ですね」

 

「そうだな。それじゃ、行きましょう」

 

「「はい」」

 

 こうしてラボニ達は、今度こそ集落を後にした。

 

ーーーー

 

 開けた荒野が何処までも続いている。

 

 国土の大半が荒涼とした大地を占める祖国のよくある景色だった。

 

 ジャッジ正規兵の男は、甲冑越しに故郷の空気を感じながら傍らの銀髪青年将校に問いかける。

 

「将軍。いまさらなんですが、そんなに急いで帰らなくてもいいのでは?」

 

「急ぐに決まってんだろ」

 

「は?」

 

 兵士が首を傾げたそのとき、青年将校は臙脂の軍服(コート)の前を開いて、懐に押し込めていた小さな毛玉を見せつけてきた。

 

 ふわふわの毛玉はフスフスと荒い鼻息をまき散らし兵士をふり返って、にゃあ、と声なく鳴く。

 

 ――にゃあ、というのは兵士がその毛玉を『猫』と認識したために聞こえた幻聴だった。

 

 アルウィンは、毛玉が彼の形のいい顎に小さな前脚を伸ばしてくるのを見て、「うんうん」となにがわかったのかわからないうなずきをこぼした。

 

「パジャの連中、来るタイミングが悪過ぎてよ。早く帰って飯やんねーとな」

 

 アルウィンがため息混じりに言う。

 

 ということは、この青年将校は相も変わらず仕事もせず、ラボニ(筋肉の妖精さん)が村を訪れるまで隊長室で毛玉と遊んでいたのだろう。

 

「し、失礼ながら…その虎柄のにゃんこ、二回りほどデカくないですか? 赤子にしては?」

 

「し、しかも。なんか、毛が金色に輝いてない?」

 

「言われてみれば」

 

 兵士は、アルウィンがあまりこちらに毛玉を見せないようにしているのを訝しみながらも、もう一度、ふわふわの毛玉に視線を落とす。

 

 別の兵士が言った。

 

「おまけに、瞳も光っている」

 

 にゃあ、と胸元の毛玉がこちらに向かって鳴いた気がした。

 

 くりくりとした紫色の瞳が、仲間の言うとおり光っている。

 

「しょうぐーん! それ魔物ー!」

 

「おー、おなかすいたなー、もうちょい待てよー」

 

「ちゃうちゃう! それ、魔物やって!」

 

「そいつ鳴かないでしょ!」

 

「るっせえなあ。急いでんだよ、こっちは」

 

 アルウィンが周りを見渡し、ジャッジ兵たちの言葉をわずらわしそうに手で払う。

 

 その胸元では、軍服(コート)から身を乗り出した毛玉が、アルウィンの腰に差したパジャの忍び刀に、ちょいちょいと前足を伸ばしていた。

 

「あー。将軍! そいつ魔光石狙ってます!」

 

「やっぱり魔物じゃないか!」

 

「遊びたい? 元気いいねー」

 

「「「ブラッドスカァアアアイ!」」」

 

 みなが声を揃えてたしなめても、アルウィンはどこ吹く風だった。

 

 兵士が意を決して前に出る。

 

「帝国の! ロイヤルガードたる者が!」

 

「魔物の森から魔物を拾うなんて!」

 

「「「あってはなりませーん!」」」

 

「は? 猫だろ? どう見ても」

 

「いや魔物でしょ。どう見ても」

 

「目ん玉腐ってんじゃねえのか」

 

「ゴールドフィンチ将軍がいたら『脳みそにカビ生えてんじゃねえか』って言われますよ」

 

「記憶を失え」

 

 そのとき、アルウィンの手元が光ったかと思うと、忘却魔法がジャッジ兵たちのなかに無造作に投げ込まれた。

 

 みな、一斉に魔方陣から距離を取る。

 

「「「あぶねえ!」」」

 

 嘘のような詠唱――この場合は『記憶を失え』が詠唱に値する――と魔方陣で、帝国の高位魔法・陣詠術(ルーンアーツ)を駆使してくるのだから始末に負えない。

 

 ロイヤルガードの理不尽に、ジャッジ兵たちはみな兜の下で顔をゆがめた。

 

 一方で、手のひらに魔方陣を発生させたアルウィンが、冗談か本気かわからない平淡な声で言ってくる。

 

「口答えするやつには言語を失ってもらう」

 

「ド外道にもほどがあんだろ! ほんとにロイヤルガードか、このひと」

 

「むしろならず者の頭のほうがいいんじゃねえのか?」

 

「人選ミスだよなあ。スターゲイツ将軍があっち行ったの」

 

 同僚の名前を聞いて、アルウィンが、はた、とまたたいた。

 

 危険な気配が霧散し、銀髪青年が晴れた青空を見上げてつぶやく。

 

「おー。そういや、あの二人(あいつら)ちゃんと仕事してんのかね?」

 

「ま、とりあえず帝都に戻りましょう」

 

 兵士が気安く声をかけると、アルウィンが小さくうなずいた。

 

 これからしばらく歩いて街に行けば、そこから帝都へは一直線なのだ。

 

「移送方陣は本当に楽ですねえ。あの魔物の森を通ることなくパジャとジャッジを行き来できるんですから」

 

「もうジャッジだしな! この土地は!」

 

「ーーなるほど。あの移送方陣の先はこのような場所になっていた、か」

 

 背中から声がして、兵士たちは気色ばみ剣に手をかけながらふり返った。

 

 荒野に、男が居た。

 

「だれだ!」

 

「待て、こいつ――黒髪に赤い目! 絶世の美貌に、腰の長く野太い刀! アドム・ヴィンテージか!!」

 

「うそだろ!? なんで移送方陣の先にアドム・ヴィンテージが!」

 

 兵士たちの狼狽える声を聴いて男はニヤリと笑って告げた。

 

「コレから死ぬ連中に教える必要はない」

 

 その肉体から禍々しい赤と黒の混じったオーラが吹き上がり、炎のように燃え上がる。

 

 あまりの禍々しさに対峙する者たちは、声を詰まらせ圧倒的な圧力に動けなくなる。

 

「将軍! こいつ本当にアドム・ヴィンテージでしょうか!?」

 

「関係ねえだろ。そいつが本物でも偽者でも」

 

「ーーし、しかし大陸最強が相手ではさすがに!」

 

 恐慌状態の部下とは違い、アルウィンは淡々と目の前の男を赤い瞳で物色している。

 

 男は腰の赤い鞘に入った刀に手をかけることなく、一歩前に出る。

 

「さて。どいつから死にたいんだ?」

 

「ロイヤルガードを相手に威勢がいいね、兄さん。――持ってろ」

 

 懐に抱いていた猫にしては巨大な魔物の仔を部下に手渡し、鳴くように口を開ける猫の頭をぽんぽんする。

 

「ほう、王(黄)虎。龍と対峙する虎の化身か」

 

 微かに瞳を細めてアルウィンに懐いている猫を見た後、男ーー鬼は言った。

 

「貴様が、どの程度のものか。見せてもらうぞ」

 

 鬼が指を鳴らす。

 

 鬼が身に纏うオーラと同じ赤黒い炎が四つ、男の周りを取り囲む。

 

 その炎はすべて男と同じ姿に象り具現化した。

 

「な、なんだ!?」

「分身したのか!?」

「怪しい術を使う奴だ!!」

 

 騎士団の兵士たちが叫ぶ中、アルウィンだけは淡々と様子を窺っている。 

 

 炎から生まれた鬼の影達は右手に瞳と同じ色の赤の刀を持っていた。

 

「せいぜい楽しませろ、大陸最高の剣士よ。やれ」

 

 鬼の言葉に4人の影は不敵な笑みを浮かべて赤い刀身の刀を霞、八双、脇構え、青眼にそれぞれ構える。

 

「将軍! 4対1は流石に!!」

 

「加勢します!!」

 

 剣を抜く部下たちを置いてアルウィンが前に出る。

 

 ひとりの影が斬りかかってくる。

 

 腰の剣帯に差している白鞘の刀を抜いて打ち返し、鍔ぜり合うと同時にアルウィンが立っている足場が地割れを起こしている。

 

「将軍の立っている地面が、割れた?!」

 

「なんて剣圧だ!」

 

 今の僅かな動きと一撃の威力でハッキリと分からされた。

 

 自分たちが出たところで加勢になるわけがないーーと。

 

 対峙する鬼は面白そうに顎に手をやって嗤った。

 

「ほう。止めるか。分身とは言え、スピードもパワーも我(おれ)とそれほど変わらんのだがな」

 

 アルウィンは何も言わずに鍔迫り合いの姿勢から脇に相手の刀を受け流すと返す刀で首を狙って横薙ぎを放つ。

 

 これに影も首の前に刀を置いて鋭い斬撃を受ける。

 

 互いに超スピードで動いて相手の影を追うように斬り合う両者。

 

「ほぅ、1人相手ならば五分に斬り返すか。ならば2人目だ、行け」

 

 顎で自分の分身の2体目に告げると瞬時に2人目が肉食獣が得物を食らうように襲い掛かった。

 

 互いに横薙ぎを払って距離を置いたところを脇からアルウィンに斬りかかってくる二体目の影。

 

 咄嗟にアルウィンはバックステップして相手の袈裟懸けを紙一重で見切りながら距離を置く。

 

 すると一体目と二体目がアルウィンの左右に別れた位置に立ち、同時に斬りかかって来た。

 

 これにアルウィンは刀を両手で持つと無数の斬撃の檻を空間に発生させて迎え撃つ。

 

 3人の間に無数の火花と斬撃が発生するも、完全にアルウィンは相手の剣戟を防ぐ。

 

 一人が二人に変わろうとも、危なげなく。

 

「将軍!」

「我らも加勢を!」

 

 動きを見れば無理なのは分かるが遠距離の魔法攻撃ならば相手の注意を散らせるくらいはできると意気込む騎士たちにアルウィンは凄まじい斬撃の応酬をしながら冷たい視線を送った。

 

子猫(そいつ)から離れたら殺す」

 

 淡々と告げるアルウィンに部下たちが叫んだ。

 

「んなこと言ってる場合か!」

「その前にアンタが死ぬだろ!」

 

 部下の言葉に応えるように一体目の唐竹を唐竹で返し、二体目の胴薙ぎを胴薙ぎで返す。

 

 ほとんど同時に放たれたそれらを完璧に斬り返し、二体それぞれを後方へ吹き飛ばした。

 

「だれにモノ言ってんだ」

 

 身体から微かに黄金の光がーー粒子が、こぼれるように現れる。

 

 これに鬼はニヤリと笑って未だ斬られていない分身たちに言った。

 

「ほぅ。まだ余裕があるようだな。ならば残り二人、お前らも行け」

 

 これに2体が反応して超スピードで動く、計4体がアルウィンの四方向を固めた。

 

 首を鳴らしながらアルウィンは四方向に気を配る。

 

 同時、四方向から横薙ぎ、唐竹、突き、袈裟懸けを放ちながら神速で移動してくる四体。

 

「余裕見せるからだ、アホー!」

 

「セイクリッドダンスーー」

 

 一瞬、アルウィンの瞳が赤く輝いて身体に纏う黄金の光が爆発すると4本の青い斬閃が空間を断ち切った。

 

 アルウィンは、その場から動かず4方向から同時に斬りかかった分身達が通り過ぎる。

 

 通り過ぎた勢いのまま、地面へ前のめりに倒れていった。

 

 四人を一瞬で叩き斬ったと部下たちが気付くのは数秒経ってからだ。

 

「嘘だあああー!」

 

 明らかに自分達よりも遥かに強い分身たち。

 

 それを一瞬で倒したという目の前の男の異常な強さに部下たちは叫んでいた。

 

 誰もが叫ぶ中、対峙する鬼が一番平静であると言えるだろう。

 

「フン、なるほど。なかなかの強さだ。だが、その程度では我の分身は消えんぞ」

 

 鬼が言うとおり、うつ伏せに倒れていた分身たちが立ち上がり、斬られた箇所から煙を上げて傷を修復させると構えを取る。

 

「本当にアドム・ヴィンテージなのか、コイツ?」

「自分の手を汚さずに分身で攻撃を仕掛けてくるとは」

 

 騎士たちは噂で聞いていた男の強さと目の前の鬼の強さが明らかに違うように感じていた。

 

「我が全力を出すに値するかどうかを試しているのだ。お前達の将軍をな」

 

 どこか愉快気に催し物を見るかのように楽しんでいる鬼に部下たちが一斉にアルウィンを見た。

 

「将軍、舐められてますよ!」

「やっちまってください!」

「さあ、速く! こんなやつ!」

 

 これにアルウィンが呆れたような顔になって立ち上がって来た4体の分身から部下たちに目をやる。

 

「だから、だれにモノ言ってんだよ」

 

「アンタだよ!」

「ここ乗り越えたら愚痴でもなんでも聞いてやるから早くして!」

 

「じゃ子猫(そいつ)飼うの認めてね」

 

「「「ゴールドフィンチ将軍を説得するのに協力します!」」」

 

「一番難易度低いじゃねえか。使えねえな」

 

 フルフルと首を横に振るアルウィンに向かって側近の騎士が言った。

 

「でも、真っ先に反対するぞ!」

 

「……ま、お前らなら適任か」

 

 何か納得したようなアルウィンに向かって鬼が笑う。

 

「遺言は終わりか?」

 

 これに気だるそうにアルウィンは半目で告げる。

 

「わかんねえかな」

 

「ーーなにがだ?」

 

「いつでも殺れるってことがよ」

 

 右手に刀を持ち、左手の人差し指を前方に出すと4体の分身と鬼本体を取り囲んで無数の光球が空間に生み出される。

 

 光球はさらに細かく分裂して光弾となって鬼と分身たちに向かって降り注ぎ、爆発した。

 

「プリズムレイン」

 

 光のドームが目の前で発生するのを見て、部下たちが笑う。

 

「だーはっは! あっさり喰らいやがったぜ! クリーンヒットだー!」

「ちょくげきー! そこに痺れる憧れるー!」

 

 煙が立ち上り、その向こうから5つの影が現れると自然と笑い声は消えていった。

 

「くだらん術式だ。まさかこの程度の技で、俺はおろか分身を倒せると思っていたのではあるまい?」

 

 鬼は腕を組んだままニヤリと笑い、分身達は赤黒いオーラをまとって工魔法を弾き返していた。

 

 本体の鬼にオーラを纏う気配はない、つまり彼は初級とは言えロイヤルガードの魔法をまともに浴びて無傷ということになる。

 

「ま、まさか……」

「うちのロイヤルガードが、負ける?」

「そんなバカな……」

 

 ゾッとする。

 

 これが本当に人間だというのか、と。

 

 ロイヤルガードの魔力は、まともに喰らえばどんな相手でも一撃で終わる。

 

 それを大陸最強とはいえ、生身の人間が素で喰らって無傷などーー人間の耐久力を明らかに超えている。

 

「この程度が限界か。まあ分身にはちょうどよい。もういいぞ、死ね」

 

 赤黒いオーラを纏った分身達は、先とは比べ物にならない程の神速で移動して同時に四方からアルウィンに斬りかかった。

 

「「「将軍!!!」」」

 

 悲鳴を上げる部下たちの前で赤黒いオーラを纏う4つの闇が、アルウィンを中心に交差する。

 

 その瞬間、アルウィンは刀を白鞘に納めると空間をハッキリと斬る青い斬閃を放った。

 

「ーーっ!」

 

 分身達は音もなく、光にさらされた影のように青い斬閃の前に消えていった。

 

 一瞬後、刀を鞘に納めるアルウィン。

 

「いま、なにが?」

 

 部下のひとりが思わずと言った感じで声を上げると鬼は舌打ちをしながら見つめる。

 

「斬撃の間合いに入った瞬間にすべて斬り伏せた。チッ、分身どもの精度がまだ甘いか」

 

 首を鳴らしながら鬼は腰の赤鞘から抜刀する。

 

 それは武骨で何の飾り気もないーーただただ真っ直ぐな直ぐ刃の刃紋が入った何の変哲もない刀。

 

「ちょうどよい余興にはなった。褒美だ、ロイヤルガード。『鬼の刃』を脳天に喰らわせてやろう」

 

 陽炎のように男の周りの空間が透明な何かで揺らめいている。

 

「ハッタリ野郎が」

「分身が四人まとめてぶった切られたってのに、まだ余裕めいた顔しやがって」

 

 部下たちが叫ぶ中、鬼は嗤ってアルウィンを顎で指す。

 

「我の言葉がハッタリかどうか。貴様らの将軍の顔を見て言うのだな」

 

「「「はあ?」」」

 

 部下たちは揃ってアルウィンの顔を見ると、同時に叫んでいた。

 

「超、クソ真面目な顔してるー!」

「そんなこと、あんの!?」

「ブラッドスカイ将軍ってふざけ倒すんじゃないの!?」

 

 騒ぎ立てる甲冑騎士たちを鬼は嗤う。

 

「フン、弱いだけでなくーー鈍く能もなしか。苦労するな。とはいえ地獄への道連れがこれだけいれば寂しくはないだろ」

 

「ーー俺は急いでんだ。とっとと始めようぜ」

 

「急いでいる割には、全力は出さんのだな。それとも全力を出してこの程度か?」

 

 鬼は嗤い、アルウィンは淡々とーー刀を構える。

 

 どちらの赤目も相手を侮ってなどーーない。

 

「野郎、将軍を舐めてやがる! 根拠はねえけど!」

 

「将軍の全力がこんなもんなわけねえだろ! 見たことねえけど!!」

 

 赤黒いオーラを鬼は纏う。その姿は人に非ず、その姿は異形。

 

 されど魔獣に非ず、その姿は神。

 

「さあ、この力にひれ伏せ! 人間ども!!」

 

 凄まじい圧を感じ、兵士たちがざわつき始める。

 

「将軍! こいつマジでやべえんじゃ!」

 

 そんな言葉を無視してアルウィンは真正面から踏み込むと白鞘の柄に手をかけて抜刀する。

 

 その一太刀は、先ほど4体の分身を一瞬でかき消したもの。しかしーーアッサリと弾かれる。

 

「へぇ?」

 

 微かに声を上げてからアルウィンは足をその場に止めると無数の斬撃の檻を空間に発生させる。

 

 同時に鬼もまた、アルウィンに匹敵する斬撃を空間に発生させた。

 

 青と赤の斬閃が空を走り、断絶し、剣を打ち合う度に周囲に衝撃波が発生して周りのものを吹き飛ばしていく。

 

 袈裟懸けと袈裟懸けをぶつけ合う。

 

 そこからは根性比べのように互いに互いの武器を破壊するつもりのように、凄まじいパワーとスピードと技術を兼ね合わせた斬撃を放ちあう。

 

 吹きすさぶ嵐のように、とどろき猛る雷光のようにぶつかり合う互いの斬撃。

 

 その度に地は割れ、天を衝き、周囲のモノが吹き飛ぶ。

 

 一際凄まじい斬撃を放ちあい、互いに後ろから引きずられるように距離が離れる。

 

「ーーなるほど、親父殿が言うだけのことはある。楽しませてくれるじゃないか!!」

 

 笑みを浮かべる鬼に対して、アルウィンは無言。

 

 無表情に自分の身体を見下ろしてから相手を見る。

 

 その肉体は全身に赤い線が生え、服は斬り裂かれている。

 

「たった数秒……! 斬り合っただけだってのにアルウィン将軍の身体がなます斬りだ……!」

 

「直撃してないぞ!? すべて斬り合ったはずだ! 剣戟を剣戟で止めていたはずなのに! それでなぜ、アルウィン将軍が斬られているんだ!!」

 

 答えは剣圧だ。

 

 凄まじい斬撃の応酬により発生した剣圧が、真空の刃となってアルウィンの肉体を斬り裂いている。

 

 ただし、それは相手も同じだ。

 

 鬼の肉体にも同様の剣圧が発生し、斬り裂くはずであるが鬼には傷一つない。

 

(肉体の強度そのものが、人間離れしてやがるーーか)

 

 淡々と赤い瞳を細めて思考にふけるアルウィン。

 

 とてつもない分身を生み出す能力に、真空の刃をもそよ風のように受け流す鋼のような肉体。

 

 確かに大陸最強だろう。

 

 剣士とか、そう言う話ではないーー明らかに人間ではない。

 

「強さは申し分ない。大陸最高と呼ばれるだけはある。だがーー人間の肉体というのは何処までも強者の脚を引っ張るのだな。貴様ほどのものでも、その脆弱さからは逃がれられんか」

 

 瞳を細めて告げる鬼に部下が叫ぶ。

 

「将軍! 退路はーーっ!」

 

 その部下の声を遮ってアルウィンは淡々と問いかけた。

 

「ふぅん。たしかに強い。が、人間離れし過ぎてて現実味がねえな。大陸最強ってのは、まやかしみたいな強さなのか?」

 

「我の力をまやかしとぬかすか、人間が。貴様らが考えられる強さなど知れている。人外に至ったとき、初めて最強の片鱗に至る。それが力だ……」

 

 赤黒いオーラを更に燃え上がらせて、鬼は強者として笑みを浮かべる。

 

「理解(わか)らぬなら教えてやろう。代償は貴様の命だ……」

 

(こいつは確かに強い。強いが、どうもつまらねえ。よくできた泥人形を相手にしてるみたいだ)

 

 楽しげに凄む鬼を相手に、アルウィンは何処か退屈を覚えていた。

 

「将軍、よくあの眼力の前に立てるな!」

「同じ赤目でも、将軍とはまるで違う!」

「目が合っただけで殺されちまいそうな、そんな圧を感じるぞ!」

 

 兵士たちの言葉をよそに鬼は自分を相手に尚、退屈そうな男の顔を見て不快そうに顔を歪める。

 

「気に入らんな。我の前に立ってなお、その平常心。恐怖を感じないのか? 死が怖くないのか? 違うだろ。貴様ら弱き人間は、怯えて竦んで、食われる時を待てばいい。餌なら餌らしく、な」

 

「ーーまるで的が外れてやがる」

 

 ぼそりと呟いてから同時に両者が相手に向かって襲い掛かる。

 

 三度、斬り合う。

 

 今度は、なます斬りにならないように受け太刀をしっかりと行いながら斬りつけていく。

 

 鬼の首から血が一筋ーー流れる。

 

 同時、アルウィンは口許を不敵に歪めていた。

 

(そうか。この目が気に入らん理由が分かった。セフィロト(世界の意志)でもなく、鬼神(おれ)に似た赤目でもなく。この男が気に入らん理由は、我を餌と見ていることだ!!)

 

 鬼が目をーー鬼眼を開く。

 

「我と貴様は同等だと? 笑わせるな!!」

 

 更に気を滾らせ、それまで互角だった剣戟が圧倒的な力の差となってアルウィンを吹き飛ばす。

 

 後方へ吹き飛ばされながらも体勢を整えて着地するとアルウィンは挑発するように笑みを返した。

 

 その背後に鬼が神速で移動ーー回り込むも瞳は合っている。

 

(こやつ、この期に及んで本気を出さぬか! ならば力を隠したままーー死ね!!!)

 

 鬼は牙を剥き出しにした凄絶な笑みと共に頭上に刀を振り上げて袈裟懸けに振り下ろす。

 

「将軍!」「やばい!」

 

 声を出すころにはすべてが終わっている。

 

 それほどの刹那の時。

 

 鬼の瞳には黄金の炎を纏う蒼龍が見えていた。

 

ーー 黄金の気を纏う蒼龍、だと!? ーー

 

 目を見開く鬼の前には黄金のオーラを纏うアルウィンが白金の髪と赤の瞳を輝かせている。

 

「無音ーー」

 

 その抜刀には音が無く、気配がなくーーただ鞘から抜き放たれた時、相手の首が宙に舞う。

 

 正に無音である。

 

 擦れ違う両者、黄金の斬撃と真紅の斬撃が交差する。

 

 刀を振り切った姿勢で止まる両者だったが、前のめりに鬼が倒れると同時にアルウィンが刀を鞘に納める。

 

「ま、こんなもんか」

 

 振り返った先には、真っ二つに上半身と下半身を両断されている鬼がうつ伏せに倒れている。

 

 まともに斬り合っても埒が明かないと悟ったアルウィンは、最後の最後で本気の一撃を放っていたのだ。

 

 その斬撃は正にーー斬れぬモノ無し、である。

 

「お、おおぉおおお!」

「やったー!」

「さすが将軍ー!」

「やはりロイヤルガードは最強だー!」

 

 もろ手を挙げて喜ぶ部下たちを見てアルウィンは呟く。

 

第一関門(ゴールドフィンチ)の件、わかってるよな?」

 

「「「了解!」」」

 

 これに満足げに頷いてアルウィンは真っ二つにした鬼を振り返ると、下半身が立ち上がっていた。

 

「おっと」

 

 軽く驚いたようにアルウィンが、距離を取る。

 

「「「な、なななな、なにぃいいい!?」」」

 

 倒れたままの上半身は煙になって消えると下半身の上に煙が立ち上り始める。上半身が服を着たまま生えた。

 

「ククク、悪鬼の状態では勝てんか! 見くびっていたのは我の方だなーー謝っておこう」

 

 騎士たちが皆、口をそろえて化け物だと言う中でアルウィンは淡々と赤い瞳で復活した鬼を見据えている。

 

「返礼だ。心なき鬼神――羅刹の力、その眼に焼きつけろ!!」

 

 瞬間、鬼が纏っている赤黒かった炎が、太陽のような真っ赤に染まると倍以上に膨れ上がり、青い火花を散らしだした。

 

 アドム・ヴィンテージの鬼(かげ)ーーアバルの真の力である。

 

「な、なんだ!? 圧力が一気に上がった!?」

 

 その力はかつて彼の大本であった鍾鬼をも上回っている。

 

「力を隠していたのは貴様だけだと思ったか? 人間よ、この力の前にひれ伏すがいい」

 

「なるほど。先ほどまでと違って、コイツはヤバそうだ」

 

 不敵な笑みを浮かべてアルウィンは淡々と述べる。

 

「台詞と表情があってませんぜ、将軍!」

 

 これからが本当の戦いだと悟った彼らは、固唾を飲んで見守る。

 

 次の瞬間にアバルの身に纏うオーラが消えた。

 

「あ? 何の真似だ?」

 

「この身を斬った貴様への褒美だ。今日は見逃してやろう。せいぜい腕を上げてかかってくるがいい」

 

 アバルは、そう言って刀を納めると森の奥へと歩みながら消えていく。

 

 比喩表現ではなく、木々の木陰に一体化するように消えていった。

 

「や、やつは本当にアドム・ヴィンテージなんでしょうか」

「尋常じゃない強さでしたが、それ以上に人間離れし過ぎている……」

「将軍はどうお考えで?」

 

 卓越した剣技、人間離れした能力、そして最後に見せた本気の姿。

 

 それらすべてを加味しても、違う。アルウィンの勘が、そう言っていた。

 

「……さあな。名乗ってなかったし」

 

「たしかに。では、我々は帝都に戻るのですね」

 

「ん。子猫(そいつ)返せ」

 

 部下から猫?を受け取り、どこか上機嫌な空気を出しながら毛皮に顔をうずめている。

 

 そんな緊張感の欠片もないロイヤルガードの姿に、この場に居る部下は全員こう思った。

 

ーー 本当に大丈夫なのか!? ジャッジ(ウチ)は!? ーー

 

 こうしてヴィンテージ領はパジャに奪い返されていった。

 

 ジャッジと魔族が残すのはーーヴィンテージ屋敷のみである。

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