栄の国シャイン・フェルディナンド城。
強大な魔力を感知した宮廷魔術師により騎士団が編成され、第三王子クリューエルの私室に踏み込んでいた。
「魔族めが!!」
「城内で怪しい真似はさせんぞ!!」
金色の髪は蛇のように宙に踊り、羊の角とコウモリのような羽根が生えた見た目は正に魔族。
夢魔と呼ばれる女魔族であった。
魔族は寝台に腰掛けて、その膝で眠るクリューエルの黒髪を撫でている。
「クリューエル!!」
部屋に跳び込んでくるのは、クリューエルの実の父である国王と第三王妃。
今にもクリューエルに近づこうとする二人の王族を兵士たちが止める。
「陛下、王妃様!! 此処は危険です!!」
「離してください、クリューエルが!!」
そこでーー女魔族はようやく視線をクリューエルからこちらに向けた。
「これはこれは、オーガスト王にソフィア王妃。初にお目にかかります。我は夢魔の女王に仕えるサキュバス。名をレティシアと申します」
美しい所作と優雅な言葉で王達に挨拶する夢魔。
これにオーガストが叫んだ。
「貴様!! 息子をーークリューエルを放せ!!」
「? 何故でしょう?」
レティシアと名乗った魔族は優雅な貴族の品を漂わせながら、夢魔の淫靡さをかもしだす。
「どこまでも、このひとを傷つけることしかできなかった愚かな人間ども。彼にどれだけ大切に想われているかも理解しない。彼の苦しみも痛みも知ろうともしない。そんな浅はかで愚かな貴方達の手元に彼を戻す必要がありまして?」
「ふざけるな! 私の息子を、貴様のような魔族に利用されてなるものか!!」
「私は、彼を愛しています」
「ーーなに?!」
魔族は真っ直ぐにオーガストとソフィアを睨みつけた。
「国王に王妃ーー貴方がたの愛で、彼は救えない。私なら、彼を救える。それだけのことです」
「クリューエルを、その子を、どうするつもりなのです!? 魔族に作り変えるというのですか!?」
「……フフ、平民出とお聞きしていましたが、さすがはシャインの王族。魔族の成り立ちをよく存知ていらっしゃる。けれど、ハズレです」
レティシアは慈愛の笑みを浮かべてクリューエルの前髪を愛おしそうに撫でるとつづけた。
「このひとが望むならば、魔族にでも変えてあげます。けれどーー私は、この人を”愛でる”ことにしか興味はありませんわ」
オーガストを見つめてレティシアは言う。
「初めてなのです。誰かをーーここまで愛おしいと思えたのは。まさか、その相手が私たちにとっては食料でしかない人間とは思いませんでしたがね」
「ふざけるな……! 魔族の慰み物に私の息子を差し出せと言うのか!?」
「貴方の許可を得てはいませんよ。貴方には、恨み言を言ってあげようと思いましてね」
「なんだと?」
「ーーよくも」
笑みはひそまり、冷たく冷酷な無表情になってレティシアは碧の瞳を輝かせてオーガストを見つめる。
「よくも、私のクリューエルを傷つけたわね? もう少しでーーあと少しで、このひとはセフィロトの端末になるところだった。しかもーーそれを口実に、よくも人間如きがこのひとを殺そうとしたわね?」
その殺意と怒気は、後方で武器を構える兵士たちに向けられている。
目が合った兵士が一瞬でもがき苦しみだし、その場に崩れ落ちていく。
「目を合わせるな! 相手はサキュバスだ、生気を吸い取られるぞ!!」
兵士長の言葉に武器を構えて兜を目深に被り、目を合わせないようにする兵士たち。
騎士団の行動にレティシアは嗤う。
「そんなことで、私の力から逃れられるとでも?」
言いながら、鋭い牙を見せつけるように口を開く。
「私のクリューエルに手を出した罪、お前達の命で払ってもらいましょう」
レティシアは投げキッスをすると指先から光弾が発生、地面に落ちて6体のゴーレムが現れる。
身長は二メートル程度の屈強な鎧をまとった中身のないゴーレムは、腰の剣を抜いて騎士団に構える。
「お前達など、魔力の欠片で造られた泥人形で充分。やりなさい」
「「「ーーっ!!」」」
6体のゴーレムが同時に騎士団へと斬りかかった。
「怯むな、かかれ!!」
「炎よ、あれ!!」
魔術師や騎士達が剣と魔法を駆使して立ち向かう中、オーガスト王とソフィア王妃はレティシアの魔力に捉われている。
「ーー自分たちが守るものが何かすら分からない愚かな兵士たち。オーガスト王、貴方が納めた結果が騎士団の体たらくよ。分かるかしら?」
王と王妃を囚われているにも拘わらず、兵士たちは自分達が戦うゴーレムを打ち倒すことを優先している。
まるで周りが見えていない。
「この有様が、クリューエルを傷つけた。あなたたちがクリューエルを愛しているのなら、どうして彼を王族から放さなかった? こんな国に彼を縛り付けるの? 私は、それが許せない」
鋭く見返す王と涙ながらにくず折れる王妃。
レティシアは続ける。
「お前達の存在が、この国がクリューエルを縛るのならば、私が壊してあげる。たとえヴィオレッタ様や魔王様に逆らうことになっても。このひとを縛る者は全てーー殺す」
「おぬしは……」
「そして、このひとが誰にも縋れなくする。私以外の誰にもーー。それが、私の望みよ」
その愛は歪んでいるが、強い。
この魔族は本気で魔王さえも裏切ろうとしている。
「そこまで、クリューエルを愛しているというのか。レティシアとやら」
「最初から、そう言っているのだけれど。ようやく理解してくれた?」
厄介だった。
魔族として国に交渉してくるのならばまだしも、相手は最初からクリューエル以外を求めていない。
しかも己の身を省みずにクリューエルを欲している。
下手をすれば国そのものを滅ぼしかねない。
「オーガスト王! 何を迷うことがあるのです!? あの赤目の忌み子を魔族に差し出せば、国は助かるのですよ!!」
「第三王妃の前だからと、遠慮している場合ですか!? 国が亡びる瀬戸際ですぞ!!」
ゴーレムを相手に戦う騎士団から、そのような声がする。
オーガスト王は、しばらく瞳を閉じると眉根を寄せた表情のまま魔族に言った。
「ーー許せ、クリューエル。私は、お前とソフィアを諦められぬ」
「陛下……!!」
ソフィアが涙をこぼす横で、レティシアが静かに呟いた。
「お前の、その独占欲が彼を苦しめた。分からないのならばーー死ぬがいい」
王と王妃を捕らえた光の球に向かってレティシアは右手を差し出しーー握りこもうとして手首を抑えられる。
「……!?」
それは自分が膝枕をして愛でていた男の手。
嫋やかでありながら男らしい手に止められてレティシアは目を見開く。
「クリューエル、あなた。私の夢から醒めたというの!?」
「……そこまでだ、レティシア」
ゆっくりと身を起こし、クリューエルはベッドから立ち上がって腰かけたままのレティシアを『黒くなった瞳』で見下ろす。
「君の想いはありがたい。だけど、俺は父と母のためにこの国で生きると決めているんだ。君の気持ちに答えるのは、それが終わってからだとーー」
「ーー嘘つき」
「え……?」
言いながらレティシアは立ち上がってクリューエルと向かい合う。
彼女の目は深く暗い闇に堕ちていた。
「その言葉を信じて娼館から送り出したらーーあなたはセフィロトの端末にされていたわ。その時の私の気持ちが、あなたに分かって? クリューエル」
「ーーすまない。俺もセフィロトの意思に刃向かえるとは思っていなかった……。だからーー」
「言い訳なんてどうでもいい!! 私に嘘を吐いたことに代わりは無いの!!」
落ち着いて話していた魔族が、一人の女性のように泣き叫ぶかのように感情的に吠える。
クリューエルが思わず黙るほどに。
「だからーー私も手段を択ばない。あなたが私のモノになるならーー私は他に何も要らない!!!」
右手を伸ばし、更に王と王妃を握りつぶそうとするレティシアの手を左手で押さえてクリューエルは右手を王達を捉える魔力に向ける。
「解けろ」
言葉と同時に魔力が弾けて王と王妃が自由を取り戻すも、その時には騎士団が全員ゴーレムに地面へ叩き伏せられていた。
「……なんという強さ。騎士団でも魔族の放つ下僕相手には勝てんか」
「クリューエル……」
王と王妃を背にかばって、クリューエルは真剣な瞳でレティシアを見る。
「レティシア、もうやめてくれ。俺は君と闘いたくない」
「ーーなら、ならあなたが私のものになってよ。私は、あなた以外何も要らないの。魔王様に刃向かった以上、私は粛清対象だもの。だからーーあなたが私のものにならないのなら生きて居たって仕方ないのよ」
なにもかも諦めたような表情にクリューエルは自分の胸を苦しみで押さえる。
「私のモノになるのか、それともあなたの手で私を殺すか。それだけよーークリューエル」
クリューエルは瞳を閉じると『紅から変わった赤い鬼眼』を開くと当時に全身から赤い炎のような鬼気を纏う。
「レティシア、俺は君を諦めない。たとえ魔族が君を粛清するというのなら俺が君を守り抜く。だからーー俺に時間をくれ。君の想いに応えられる時間を……」
その力は、アドム・ヴィンテージが纏っていた力と全く同じもの。
アドムの不殺の斬撃を食らった際、鬼神力によって命を繋げられたクリューエルが目覚めた新しい力。
セフィロトの力をも上回る鬼神の眷属。
「俺だってーー俺は、君を愛している!! だからーー俺を信じてくれ!!」
自分の肩を大胆にも掴んで真正面からの告白。
その炎よりも熱い言葉にレティシアは目を見開いたまま、涙を流す。
「……ほんとうなの、クリューエル? 私を愛して?」
「ああ。ほんとうだよ、レティシア」
優しく微笑むクリューエルにレティシアは自分が噛みついた首筋に指を触れてから、抱きしめる。
「嬉しいわーークリューエル。ずっと、その言葉を待っていた。ずっと……」
「ああ、すまない」
細い腰を両手で抱きしめてクリューエルは彼女の耳元にささやく。
「分かってくれたか、レティシア」
「ええ。これであなたは、私のモノだってね」
「な!?」
瞬間、漆黒の闇がレティシアの全身から噴きだすとクリューエルを自分の身体ごと異空間へと繋がる闇の穴に引きずり込んでいく。
「レティシア……俺は」
「大丈夫よ、クリューエル。あなたは私のモノ。誰にも傷つけさせないーー私だけのモノにするの」
彼女には言葉は届かない。
かと言って、身内以外で自分を認め欲してくれた彼女を殺す等できるはずもない。
クリューエルの心の内で葛藤が起こるも、彼女は既に魔王に刃向かった存在であることを思い出す。
自分を攫ったところで彼女に安住の地などない。
彼女は、自ら滅びる道を選んでいる。
「そんなことを、そんなことを俺が許すと思うのか!? レティシアアアアアアア!!」
「……っ!!」
気がーー炎が爆ぜる。
レティシアは後方に下がり、赤い炎のような鬼気を纏ったクリューエルを見据える。
彼は後方に下がったレティシアの目の前に一瞬で踏み込んで手を取り、立ち上がらせる。
「俺を愛していると言ったな、レティシア? 俺をお前だけのモノにすると? ならばーーお前は俺のモノだ!! 勝手に死ぬことは許さん!! 俺のもとに来い、俺と共に生きろ!!!」
「……!!」
「ああ、分かったよ。俺は、俺は怖くて選べなかったんだ。俺を愛してくれる人と共に生きるということを。俺の存在が呪われてるということに怯えて逃げていた。それを口実に作らなかったんだ。だけどーー」
ここまで自分を省みずに愛する者が居るだろうか?
この世の全てに嫌われ、呪われている自分をーー家族以外のモノでここまで愛してくれたひとが。
「俺はこの国を救った上で、お前と共に生きる。それがーーこの力をくれた友。アドム・ヴィンテージの友である証だ!!」
「ーー無理よ。いくら鬼神の眷属でも、力を貰ったばかりの貴方では、魔族には…」
王や王妃たちの見ている前で、互いの想いをぶつけ合う男と女。
そんな空気を一変させるように黒い瘴気を纏った暗黒騎士たちが数人現れる。
「レティシア様。残念です、貴女が我々を裏切るとは。娼館のサキュバスたちの言葉は本当だったのですね」
黒い甲冑を着た騎士の一人がフルフェイスの覗き窓から目を光らせる。
暗黒騎士たちは鎧の隙間から青い炎をこぼれさせる。
中身は既に朽ち果てておりーー彼ら(甲冑)を動かすのは呪いとも言われる魂である。
「……魔王軍の処刑部隊か。早かったわね、私の裏切りがバレるのも」
「ご自分から正体を明かしたのでは? 娼館のサキュバスたちは、この件には一切かかわりないということで」
自分の右手を掴んだクリューエルの左手を払い、レティシアはコウモリのような羽根を広げて怪しい笑みを浮かべ5人からなる暗黒騎士たちに両手を広げる。
魔力が満ち溢れて王国騎士団と王と王妃が一瞬でクリューエルの寝室から外に弾き飛ばされる。
「「なに!?」」
「なんと、クリューエル!?」
「そんな、クリューエル!!」
吹き飛ばされた彼らを見送った後、クリューエルは静かにレティシアを見つめる。
こちらを見ようとはしないーー彼女の背を。その覚悟を。
両手を広げる夢魔を相手に暗黒騎士たちは腰の剣を鞘から抜き放つと一斉に構える。
「その首ーー貰い受ける。艶のヴィオレッタが右腕ーー反逆者レティシアよ」
「お前達程度で、私の首を取れると? 身の程を教えてあげるわ、下郎!!」
両手の爪を伸ばして武器にするレティシア。
(ごめんなさい、クリューエル。貴方は私を愛してくれると言ってくれたのにーー私は……)
「けれどーーこの命を持って必ずあなた達を逃がしてみせるわ。だから、生きて」
「さっきも言ったが、俺はお前を諦めない」
「!! クリューエル、あなたどうして!?」
自分の魔力と結界で確実に自分たち魔族以外の生命体を弾いたはずなのに、クリューエルは淡々と立っている。
「レティシア、俺はお前を諦めない。何故なら俺は、お前を愛しているからだ……」
「……クリューエルっ」
「出でよ、我が炎……」
右手に赤い鬼炎を浮かび上がらせてクリューエルは告げる。
「そういうわけだーー。魔王軍の処刑部隊か何か知らんが、俺の女に手を出すならばーー消し灰となって死んでもらう」
「愚かな。炎などが我らに通じると思うてか?」
暗黒騎士たちが剣を構えながら斬りかかる。
と同時にクリューエルの右手の炎が爆ぜて円を描いた五芒星が生まれると、そのまま空を走って暗黒騎士たちの頭上に浮かび上がった。
「!!!」
暗黒騎士たちを全て覆い尽くすほどの巨大な五芒星が天から地面に落ちると同時、太陽のような赤い炎が渦を巻いて彼らをのみこんでいった。
だけで飽き足らず、炎の渦はクリューエルの自室の天井をぶち抜いて青空を覗かせる。
「…これが神の力か。なるほど、人の身で振るうにはあまりにも過ぎた力だ」
「今のは、セフィロトの「星」の力。それをーー鬼神力が飲み込んでいる?」
呆然とレティシアが呟く中、クリューエルは己の右手の中にある炎を見据える。
力を制御する術を手に入れなければならない。
暴走した時と同じか、それ以上の力を手に居れて尚、クリューエルの目には満足はなかった。
「これは、とんだじゃじゃ馬だ。まったく、大きすぎる力は時として争いを生むと言うのに」
そう言うクリューエルの口許は穏やかな笑みを刻んでいる。
愛おしい女の前に空間転移して現れ、その細い腰を抱く。
「! クリューエルっ!?」
「さあ、覚悟はいいか? お前が俺のモノになる時間だ……」
「……いいえ、クリューエル」
ウットリとした笑顔でレティシアはクリューエルの首をかき抱いて告げる。
「貴方が私のモノになるのよ、クリューエル」
「吠え面をかくなよ、レティシア」
そう言い合いながら二人は誰も入れないように結界の張った寝室の寝台に入っていった。
ーーーー
パジャ王国街道の外れにあるレクリオ村。
その住人たちは、一柱の鬼神と3人のヴィンテージの剣士達の組み手を眺めていた。
「ぬぅおおおお!!」
「フン……」
赤いジャケットに黒のシャツと黒のデニムズボンを履いた3人組。
ロラン、ディウス、グウェンという師範代クラスのヴィンテージたちだ。
ロランが大と小の刀を左右の手に持って斬りかかり、ディウスは槍を持ってロランの背後から神業というべきコントロールで死角から突きを放ち、更にその背後にはグウェンが大弓を持って矢を放ってくる。
ヴィンテージの剣士といえど、武器は選ばない。
距離に応じ、人数に応じ、闘いに応じて手を変え品を変えて、挑んでくる。
それがヴィンテージの剣士だ。
だが、鬼神泰鬼は肩に担いだ大太刀を片手で造作もなく横に振って、矢を弾き、槍を吹き飛ばす。
「な!?」「にぃ!?」
ディウスとグウェンが驚愕に固まる中で、これ以上させまいと左右の刀でロランが斬りかかる。
身長で言えば3人とも180を越えるか迫るほどに高いと言うのに、鬼神は3メートルを越える身長のためか彼と並ぶとまるで小さく見える。
「!?」
目の前には既に斧のような身幅の剛刀ーー大太刀が迫っている。
魔族となり身体能力そのものが上がっているというのに、ヴィンテージの剣士たち3人がかりでも足止めにもならない。
片手での切り上げを両手の刀で防ごうとしてーー武器を弾き飛ばされて地面に叩き伏せられる。
力だけでない、技もヴィンテージの剣士たちに似ているのである。
「……鬼神殿、お見事です」
「我らの完敗だ」
「ギランの大太刀を試しに握らせてみたが、これほどとは」
恐れ入ったと言わんばかりの3人のヴィンテージの剣士に鬼神泰鬼は自分の持っている大太刀を上機嫌で握りながら言った。
「面白れぇ戦い方だな。鍾鬼のヤツを真似てみたが、こんなもんか?」
泰鬼は大太刀を鞘に戻すと、気に入ったとばかりに己の背中に括りつける。
「…あ、あの。それはーー」
「人間の贈り物にしちゃ、洒落たもんだ。貰ってやる、感謝しろ!!」
満面の笑みで笑う鬼神泰鬼に、それ以上言えずギランは押し黙った。
実際、自分よりも遥かに格上の動きをしてみせ、大太刀を軽々と操るのだからシャレになっていない。
「いいのか、ギラン?」
「うむ。私よりも泰鬼様の方が、大太刀も喜ぼう。それほどにあの方は大太刀を使いこなしておられる」
自分とよく似た名前のロラン・ヴィンテージに問いかけられ、ギランも苦笑交じりに答えるとヴィンテージの剣士たちは揃ってギランと同じ表情で笑った。
「テメエら、筋は悪かねぇが。いかんせん力も身体の使い方もなっちゃいねえ。そんなもんじゃ、鬼神の動きを表面だけなぞるくらいしかできねぇぞ」
師範代と呼ばれる自分たちクラスでも、鬼神の動きを表面だけなぞるくらいと言われ流石にショックを受ける。
鬼神泰鬼は続ける。
「まさか、鍾鬼の技を継ごうって連中が。この程度で満足してねえよな?」
鬼神にニヤリと笑われ、ロランは腰の刀を一振りギランに渡すと首を鳴らし始め、隣では剣奴であるガイも刀を抜いている。
後ろではグウェンと奴隷のガイウスが長さは標準だが身幅が野太い太刀を抜き放っていた。
これにディウスも呼応したように大と小の刀を抜き放つ。
「面白れぇ。まだやれるってことか?」
「「「応!!」」」
「その意気や良し。ならーー見せてみろぉおお!!」
鬼神の咆哮と共にヴィンテージの剣士たちは瞳に殺気を口元に笑みを浮かべて斬りかかった。
ヴィンテージの剣士たちもまた、魔族の身体に馴染み始めておりーー更なる鬼神の技を得ようとしているのだ。
ーーーー
街道を真っ直ぐに進んでアグニ達は、ついにヴィンテージ屋敷へと辿り着いた。
屋敷周りの町民たちは、幸い魔族にはされていない。
どころか普段通りの生活を営んでおり、自分達の姿を見れば頭を下げてくるほどである。
アブラ・ヴィンテージが討たれ、魔族に堕ちたことを誰も知らない。
「……みんな、普段通りですね」
「アグニ様、タハトさん、ラボニさん。本当に戦うんですか?」
キサラが周りを見ながら呟き、アリスが問いかける。
「戦わざるを得ないだろう。あちらが魔族としてヴィンテージに居座る限りーーな」
「アブラ様が、向こう側につくとは思ってなかったなぁ」
「ひと、それぞれ事情があるもんさ。俺たちがどうこう言っても変わらない」
アグニ、タハト、ラボニがそれぞれ口を開く。
彼らの目には丘の上に建つヴィンテージ屋敷しかない。
「屋敷に居る人たちは、みんな魔族にされちまったのかな。メイドさんも執事さんも、庭師や鍛冶師の人たちも」
「……諦めるな。希望は、きっとある」
苦悩するタハトにアグニが淡々とではあるが強く言う。
これにラボニが言った。
「魔族だって言っても、人間の頃と何も変わりないなら何も問題ないだろ?」
「……魔族であったとしても、ヴィンテージの民に変わりないのであれば。俺が斬るべき敵は何なのかーーこの闘いで今一度見極めよう」
言いながらアグニとタハト、ラボニは同時に屋敷に通じる坂道を昇っていく。
これに続こうとした女性陣を、タハトが振り返って首を横に振って止める。
「タハトさん?」
「どういうことです?」
問いかけてくるのは、自分と最も長い付き合いの二人ーーリアとラナだった。
「ごめんね、ラナさん。リアさん。僕は、この闘いは僕らだけで終わらせたいんだ」
「これはヴィンテージの問題。門下とは言え、貴女方を巻き込むつもりはない」
静かにアグニも続ける。
ラボニが苦笑交じりに顎に手をやりながら、真剣な顔で言った。
「こればっかりは、しょうがない。僕たちはヴィンテージだが、君たちはまだ違う。だから君たちには、町の人々に危害が及ばないように頼みたい」
「そんな…、私たちは……」
「そもそも、貴女方の家を潰したのは俺の父だ。貴女方が兄に命を救われたとはいえ、仇の家の一員となることに抵抗は無いのか?」
冷たさすら感じるアグニの言葉に、誰もが彼を見つめる。
「貴女方は自由だ。ラボニが教えたことを忘れなければ冒険者として生きていけるだろう。これ以上、ヴィンテージに義理立てする必要はない。ヴィンテージ家当代として、貴女方の身分は保証する」
「あのぉ~、なにか~勘違いされてるみたいなんですけどぉ~」
「…?」
ユアの間延びした声に黙るアグニ、これに隣に居たレイアが続けた。
「確かに貴方のお父様に家を潰されたことは恨み言どころの騒ぎではありません。けれどーー家を担保に売られた私たちを救ってくれたのも貴方のお兄様。私たちは、アドム・ヴィンテージ様への恩を返すために居るのです」
「……なるほど。貴女方のような綺麗処にそこまで言わせるとは、我が兄ながら大した男だ」
息がもれるように笑みを浮かべるとアグニは真剣な表情に戻って告げた。
「ならなおのことだ。俺たちがアイツの帰れる場所を取り返してくるから、貴女方は迎えてくれる町の人々を守ってくれ」
「……この闘いに、私たちは足手まといだと言いたいのですか?」
リアの率直な問いかけにアグニは淡々と見返して言った。
「そうだ。貴女方を守りながらでは、俺たちでも勝てるか分からん」
「……言ってくれますね」
「貴女が強いのは分かるが、それでもアルドとアブラという魔族になったヴィンテージ相手には不足だ」
「私が、私の力が、そこのラボニさんよりも劣ると?」
「ああ」
瞬間、リアの脚元から強烈な神気が吹き上がって彼女の瞳を水色に輝かせる。
長い青髪が蛇のように宙に舞い、圧倒的な神通力を纏ってリア・オケアニデスはアグニを見据える。
「……本当に?」
「ああ、貴女の力ではラボニには勝てない」
淡々と言い捨てるアグニにリアがジッとラボニを見るとーー彼は笑顔で親指を立ててきた。
これに目元が暗く、眼光は鋭くなってリアが前に出ようとするも彼女の肩を制するようにラボニの手が目の前にあった。
「……な、に?」
「ごめんねぇ、今回は僕に譲って! なんとかしてくるからーーさ」
ウザいウインクを決めて彼はリアから離れる。
(感づけなかった? 私がーー女神の私が、気付けなかったというの? 人間の踏み込みに)
愕然とした表情になるリアにアグニが淡々と続けた。
「確かに貴女は人間離れした強さをしている。だがーーヴィンテージは歴戦の剣士。どれだけの力を持っていようが打ち破る術が身体に刻まれている、そういうことだ」
そのままアグニは屋敷に振り返るとラボニも頷いて屋敷へと歩き出す。
最後にタハトがこちらを振り返って言った。
「必ず生きて帰ってくるから、信じて待っててほしい。みんなには」
そう言ったタハトにラナが悔しそうに唇を噛んでから答えた。
「分かりました。ご武運を、タハトさん……!」
「ありがと、ラナさん!」
そう言ってタハトもまた、ヴィンテージ屋敷へと向かって歩いて行った。
残された女性陣たちは3人の男の背を見つめている。彼らの背が見えなくなるまで、ジッと見つめている。
タハトが屋敷の外門ーー庭に入るための鉄柵を開けると、凄まじい怖気を放つ赤と黒のオーラを纏って黒いジャケットに白のシャツ、青いデニムズボンに赤のマフラーを首に巻いたアグニと瓜二つの赤目の鬼が現れた。
「……アドム? いや、これは……」
「ラボニ、そいつはアドムじゃない。アドムの影だ」
驚いた表情で現れた存在を訝しげに見るラボニへアグニが答えを告げる。
するとアドムの鬼ーーアバルは言った。
「貴様ら3人だけで、アルド・ヴィンテージを倒せると思うか?」
「なら、手を貸してくれるのかよ?」
「……あまり、気は進まんがな」
「え? マジ?」
ダメもとで聞いたタハトの言葉に頷きながら応えるアバル。
これにアグニが彼の腰に差した得物を見て言う。
「村雅の気配がお前の肉体からするがーー、その腰に差しているのは何だ? 妙な力を感じる。この気配に覚えがあるぞ」
「当然だ。これは、あの忌々しい天帝インドラからくすねた金剛槍(ヴァジュラ)を俺の鬼神力で刀に変えたものだからな」
「……なるほど。村雅を失った代わりに、神通力の刀を手に入れたわけか。お前も、タダでは転ばんな」
3人の男と一柱の鬼は、ゆっくりと屋敷を見据えると同時に足を踏み出していった。