ヴィンテージ屋敷の中庭。
小さな公園のような敷地に足を踏み入れる3人と1体の前に一人の黒髪の男が立っていた。
白いジャケットに黒いシャツ、青いデニムズボンを履き赤いマフラーを首に巻いて腰の剣帯には大小の二振りの刀が差されている。
その瞳は黒に近い青、アグニやアバルと同じ顔をした青年。
「……来たか、アグニ。タハト。そしてーーラボニよ」
「お爺様。時を置かずに、再び相見えることになろうとは……」
アグニは見慣れたヴィンテージの青の瞳に戻った祖父ーーアブラを見る。
「この場で、ワシに勝てるか? アグニよ」
「俺の力は見せたはず。それでも戦われるーーと?」
「当然だ。今回は、ワシが勝つのでな」
小さな魔族の村で闘った時に、アグニは目の前の祖父ーーアブラを遥かに凌駕する力を見せた。
それでも、この男は勝算があると笑うのだ。
「ーーアブラ様。なぜ、魔族の瞳から人間のーーヴィンテージのものに戻っておられるのです?」
「その答えは、今から分かる」
言うと同時、アブラは右手に掴んだ美しい青の宝玉を見せつけてくる。
その聖なる光は、女神オケアニデスのもの。
光はドーム状にヴィンテージ屋敷や庭を包み込むと、途端にアバルの表情が変わる。
「……!? なにぃ、この光は!?」
瞬間、アバルの肉体は赤黒い鬼炎を上げて揺らいでいく。
「どういうことだ、これは?」
「お、おい。アバル!?」
アグニとタハトの声が届くも、アバルはそれどころではない。
リアクションも出来ずに胸を押さえた姿勢のまま言った。
「おのれ……! こんな祓いの光などにーー! グォオオオッ!!」
赤黒い鬼炎を撒き散らしながらアバルは消え、その中心から炎のような刃紋をした妖刀村雅が現れて地面に突き刺さった。
その様子を見て絶句するタハトにアグニ。
ラボニは顎をさすりながらアブラを見る。
「なるほど。アドムの妖刀が、異形の肉体を陽炎から実体に化けさせてたーーか」
「……まさか!!」
アグニは確かめるために気を高めて己の中にある鬼神力を開放しようとしてーーできないことに気付いた。
「この光は、まさか俺たち(鬼神)の力を封じるためのものか!?」
「ようやく気付いたか。そのとおりよ、アグニ。赤目の力を出されては魔族となって若返ったワシと言えども相手になるまい。だがーー今のそち等ではどうか?」
「言ってくれる。貴方とて光の影響で魔族の力はなくなっているだろ? 瞳の色から察するにな」
黒から青に瞳の色を変えながらアグニは全身に青い気を吹き上がらせる。
これにアブラはニヤリと笑みを返すと青い瞳を輝かせて気を纏う。
「ワシは、赤眼の力が欲しかった。父と同じ最強の力がな。だがワシがどれだけ剣の腕を鍛えても、この瞳は赤く染まることはなかった。人生で父とアドム以外は、誰も赤眼になることがなかったのだ」
拳を握り、アブラは腰のあたりに置くと鬨の声を上げた。
「ハァッ!!!」
「「「!!!」」」
紫色の魔力を身に纏い、瞳の色が魔族の証である紫に変化している。
「人間と魔族では身体能力そのものが違う。ワシは、それを理解した。肉体の構造や力、何が変わり変わらないのかを把握することでワシは生前までの自分と変わらない感覚を得たのだ」
腰の刀を抜いて紫眼となったアブラは正眼に構える。
「鬼神力を身に纏えぬ貴様らに、ワシが斃せるか?」
「……なるほど。こちらを弱体化させ、自身は全力を出せる状況を作り出す。やはり貴方は父ーーアスラの親だ」
腰の剛刀兼貞を抜いてアグニも霞に構える。
これに呼応するようにアグニの横へ移動してタハトも白い気を纏って剛刀兼定を抜いてアブラに対峙し脇構えになる。
ラボニはジッと様子を窺っており構えを取る姿勢ではない。
「ゆくぞ、アグニ!!」
その場から消えるように神速で移動し、アブラが目の前に現れる。
唐竹(打ち下ろし)と逆風(斬り上げ)をほとんど同時に放つようなアブラの斬撃にアグニとタハトが同時に反応して刀をぶつける。
剣戟の音とは思えない爆発のような唸りが聞こえ、アグニ達は後方へ弾き飛ばされる。
その内、アグニの方へとアブラは神速で追い討ちをかける。
タハトが手を出そうとするのを見てアグニが叫んだ。
「タハト、手出し無用!!」
空中で体勢を整えながら刀を右手一本で横薙ぎに放つアグニ、アブラは即座に身を屈めて避けると返す刀で唐竹を放つ。
アグニも避けられたと悟るや左腕の義手甲冑に気力を纏わせて刀の側面から殴りつけて斬撃を逸らしたと同時に無理やり足を延ばして着地する。
膝を屈めた状態で衝撃を和らげながらアグニはアブラを見上げると、彼は自分を見下ろしながら既に体勢を戻しており悠然と唐竹を振り下ろしてくる。
これにアグニも斬り上げを放って斬撃をぶつけ合い、弾く。
2、3回斬撃を左右から疾走らせてぶつけ、両者は腰を落とすと空中に斬撃の檻を描いてぶつかる。
「ほぉれ、どうした? その程度ではワシに勝てんぞ、アグニ!!」
「! なにを!?」
斬撃のスピードも鋭さも五分だというのに、アグニの手は瞬く間に痺れ始める。
(…これは、斬撃の重さが違うのか!?)
自分と相手の体格はほとんど同じ、剣速も互角ならば腕を振る速度も変わらない。
「魔族は、身体能力そのものが上がる。言うたはずだぞ、アグニ」
(斬撃の瞬間の握力が、人間とは桁違いだというのか!?)
相手の刀は確かに鋭いが、アグニの持つ兼貞ほどの身巾も長さもない。
普通の刀を相手に、この剛刀が打ち負けるなど本来ならあり得ないことである。
目を見開くアグニに対してニヤリと笑いかけるアブラ。
これにアグニも不敵な笑みを返す。
「だがーー戦えないほどじゃない」
「ーーぬかしおるわ」
重たい斬撃に刀を弾き飛ばされそうになりながらも耐えてアグニはジッと相手の動きを見る。
(ヴィンテージ流の動きは、既に人間の極みへと到達している。魔族に変わったからといって、それほどの変化はない。問題はーー魔力による身体能力の強化が常時存在することだ)
魔族。
人間と違って魔力を生まれながらに持つ存在。
魔物から進化し、上位の者は人間の姿によく似た者もいる。最大の特徴は腕を振るだけで魔法が発生すると言われることだ。
魔法は人間であれば強大な魔力を練る詠唱、紋章、文字などが必要になるのだが 魔族には必要ない。
魔族は腕を振るように、呼吸するように、意識するだけで全てを発動することができる。
(この握力の正体は魔法か……)
受け止めるのではなく、受け流す。
ヴィンテージ流の剣術は強烈な太刀筋を相手に見せつけるほどハッキリとしている。
ならば、斬撃を予測することは容易くーー故に反応さえできれば受け流すこともできる。大抵は受け流すことはままならず、受け太刀ごと叩き斬られるのだが。
思い起こすのは、ヴィクトリア城内。
兄・アドムが立ち会ったパジャ王ーークロードとの一戦。
クロードは青眼のアドムを相手に足りない部分を補おうと魔法を使って身体能力を高め、攻撃してきた。
魔法と気力は別のものであり、複合で重ねて強化も出来るというのがクロードの闘い方で証明されていた。
(父上。貴方は、ヴィンテージ流が魔法によって更に強化されることを知っておられたのか? まさかーー魔族となったヴィンテージを相手にすることも、想定されていたーー?)
クロード一人の思い付きだけで魔法と気力による身体能力の強化が成功するわけがない。加えて言うならば、魔力を帯びた金属ーーミスリル銀を使った刀を持っていたことだ。
玉鋼には明らかに劣る耐久性だが、ミスリル銀刀の切れ味は玉鋼に勝るとも劣らないものだった。
あれほどの業物をクロードだけの権力(ちから)で手に入れられるわけがない。何某らのコネがあったはずだ。
刀に精通し、刃金や金属に詳しい父の伝手が必ずある。
「人外に人が対した時、それと戦うには何をすれば良いかーー。それが俺たちの剣術ーーヴィンテージ流か」
人のまま、人外へと至る剣の道ーー鬼神『鍾鬼』の動きを模倣した剣術。
父・アスラは、いずれヴィンテージが敵に回ることも想定していたーーということか、とアグニは思う。
既に過去を振り返る思考と目の前の斬撃を受け流す肉体は切り離されている。
意識は相手の剣技を打ち破ることを、肉体は斬撃に反応するも同時に思考は過去を思い起こし、対策を練る。
(こやつーー、魔族となったワシの動きを予測し慣れてきておるーーか。冷静さ、判断力、そしてそれを信じる度胸も見事なものだ。とても実戦経験が少ないとは思えん)
自分の動きに完全に対応し、互角に斬り結ぶ孫を見てアブラは笑みを強くしている。
「強い…。どうやら、本物の剣士となったようだな。アグニよ」
「……お爺様、いやーー爺さん。これ以上やるなら、俺はアンタを本気で斬らなきゃならない。他に手が無いなら次で終わらせるぞ」
全身に激しい青い炎のような気を吹き上がらせ、霞に剛刀を構えてアグニは言った。
「惜しむらくはーーその情けよ。敵を相手に、わざわざ忠告するその甘さが貴様の弱さと知れーーアグニ!!」
言うと同時アブラは刀を持たない左手で空間を撫でるように払う。
瞬間、紫色の炎が5つ地面から吹き上がった。
ボロ衣を纏う骨と皮だけの存在達が腰の刀を抜いて構えを取ると肉体が変化し、アブラそっくりの顔になってアグニを紫の瞳で睨みつけてくる。
「ーーこれは!?」
「ワシの分身よ。ただし、彼らはワシの兄弟子達であるがな」
「なんだと……!?」
明らかに屍体であった存在が5体、アブラと同じ姿となってアグニに斬りかかる。
一人ひとり、魔族となったアブラの動きで重みで斬りかかってくる。
(なんだと? 斬り込んでくるスピード、踏み込み、斬撃の重さもすべてーーアブラと同じ!?)
ひとりめの横薙ぎを刀を縦にして受け、ふたりめの袈裟懸けを右に外しながらもアグニの体は既に反撃の姿勢を取っている。
兼貞を両手持ちにすると無数の斬撃の檻を空間に発生させ、残り3名の分身体に放つ。
凄まじい爆発と剣戟音を上げながら、アグニは後方へと弾き飛ばされる。
「やりおるわ、アグニ。だがーーヴィンテージ家当主も、これで終いよ!!」
5名の分身がアブラの指揮のもと、後方へ吹き飛んだアグニに切り込む。
タハトとラボニが同時に動こうとした瞬間、アグニの剛刀は青く輝いている。
(こやつーー直線上にならんだワシの分身を見て……!?)
「失せろ……! レギンレイヴゥウウウッ!!」
袈裟懸けに放たれた斬線は、青く野太い光線となって同時に切り込んでいた5人の分身を呑み込んで影にしていった。
青い光は、そのまま上空を撃ち抜いていった。
ラボニがニカッと笑いながら親指を立て、タハトは息を吐く。
「ワシの兄弟子たち5人を一人で相手取り、勝つーーか」
「彼らに思考があれば、こうは簡単に行かなかったでしょうがね」
言いながらアグニは右手の刀の切先をアブラの眉間に向けてかざす。
「ヴィンテージは無辜の民のために剣を振るうーーあなたが父・アスラに言ったことです」
「……アレが、その教えをそなたに伝えたーーと?」
「父は、剣を振るうとき必ず俺に、それを伝えていました。愚かな親父であったが、その教えと剣の腕は尊敬できるーーと」
「……」
静かだったアグニの口許がはっきりと歯を食いしばり、鬼の顔で叫んだ。
「ーーなのに。何故、亡くなった同胞の肉体を戦の道具に使うんだ!!?」
これにアブラは瞳を閉じたあと、見開いて刀を構える。
「此処に居るのはアブラ・ヴィンテージの骸よ。アブラの記憶を持った一人の魔族ーーそういうことだ」
「爺さん!! アンタは、アドムとタハトを前にしても、そう言うのか!!」
瞬間、アグニの肩を制してタハトが前に出た。
「……タハト?」
「アグニさま、ここは僕がやります。アグニさまは先にーーアルド・ヴィンテージを!!」
鳶色の瞳は強い意思の光を発し、アブラを睨みつけている。
「タハトーー。強うなったな、だが。鬼神の力を身にまとわずにワシに勝てると思っておるのか?」
「アブラさま。いいや、じいちゃん!! いっかい、ぶん殴って目を覚まさせてやる!!」
自分を敵ではなくーーどこまでもアブラ・ヴィンテージだと信じている目を向けてくる。
思わずアブラは瞳を逸らしそうになっていた。
「……。よし、タハト。任せる」
「了解!!」
その姿を見てアグニは即決で決めるとアブラの横を通って屋敷のなかに入ろうとする。
瞬間、アブラが刀を振るーーも横からの斬撃で止められる。
「! タハト!!」
アブラが驚いた表情で振り返ると茶髪の青年が目の前に立っている。
「言ったろ、分からずや!! 僕がぶん殴って、目を覚まさせてやる!!」
かすかにアグニは笑みを浮かべるとラボニに言った。
「行くぞ!!」
「あいよ!」
2人が駆け抜けていくのをアブラはその場から消えて斬撃をふりおろす。
瞬間、タハトも姿を消して斬り合う。
「タハト、そこを退けぃ!!」
「いやだ!! アブラさまこそ、退いてくれよ!! 殺し合う必要なんか、ないじゃないか!!」
「このーーたわけが!! 言うたはずだ、敵に事情など語ったところで意味はないと!!」
「アブラさまは、敵じゃない!! 僕のーーおじいちゃんだ!!」
瞬間、鍔迫り合いをしていたアブラの手から力が抜ける。
アブラの脳裡にはーー幼いタハトが自分に向かって笑顔で手を振るのが見えている。
あのころからーー何も変わらないタハトをアブラにはーー。
「おじいちゃんーーと、生前にそう言うて欲しかったぞ。タハト」
「……アブラ、さま」
ホッとした表情のタハトの腹に強烈な拳が突き刺さった。
「ぐう……! アブラ、様ぁ…!」
「許せよ、タハト。ワシにお前は斬れん……!」
タハトは意識を失い、地面に横たわる。
それを見下ろしたあと、アブラは地面に突き刺さった妖刀を見つめた。
「フン……! ワシにもまだ、人の部分が残っておったか」
ーー 笑わせやがる。その様で人外となったつもりか? ーー
妖刀から赤黒いオーラが噴きあがる。
それはーー人の姿を型取りーーアドム・ヴィンテージの姿をした陰(おに)となった。
「ワシは鬼だ。だが、無辜の民を斬ることはできん……!!」
「……甘ったれた鬼が居たもんだな」
アドムの鬼ーーアバルは右手に黄金の雷光を生じさせると無骨な日本刀に変化させる。
「そこに寝転がった甘ったれと我ーー【俺】を同じと思うと、死ぬぞ。祖父上殿」
「分かっておるわ、孫よ!!」
その返答にアバルはニヤリと笑うと牙を剝き出しにして消える。
同時、アブラも消えて正面から刀をぶつけ合った。
交差した刃の向こうで紫暗の瞳と赤耀の瞳が睨み合う。
「鬼神の力を封じられるのも一時的ーーということか。女神オケアニデスの加護でも止められんとはな」
「俺たち鬼神鍾鬼の系譜が、女神ごときの力に劣ると思うか?」
鍔迫り合いの姿勢からアブラが刃を払い、アバルが後方へ着地する。
「礼を言うぜ、祖父上殿。これで俺はーーこの力に対する抵抗を得た。俺を止められるものは、存在しない!!」
たぎる赤黒いオーラ、漆黒の炎を噴き上げる金剛の力でできた刀。
剝き出した犬歯は牙となってアブラを威嚇する。
「さてーーそれは、どうかな?」
これに対峙するアブラもまた、紫暗のオーラを身にまとう。
見た目のオーラだけならば、二人の力量差は同等に見える。
「ちょうどいい。祖父上殿の剣技を食らえば、俺はさらに強くなる」
「そう簡単にワシを喰えるか? アドムの鬼よ!!」
同時に消え、二人は再び刀をぶつけ合った。
無数に宙に描かれる斬線だがーー徐々に徐々に差が出始める。
鍔迫り合いーー弾き合い、ともに退がる。
その時には、アブラは肩で息をし始めている。
おまけに、刀を持つ手は震えていた。
(こやつーー、ギリギリで刀と刀をぶつけ合った時に。ワシの打点をずらして自分の最高の打点を合わせておる。魔族となったワシでもできぬ。これがーー鬼神か)
見ると同時に反応できる鬼神という生き物。
魔族は、あくまで身体能力が向上するだけであり見てから反応するのにズレが生じる。
鬼神とは、それができる存在。
「このまま打ち合えば、ワシの負けか」
「ーーどうする? このまま俺におとなしく斬られて食われるか?」
「ぬかしおるわ」
言いながらアブラは腰に挿した小刀を左手で抜く。
ヴィンテージ流二刀術。
左の刀は額のあたりに掲げて横に、右の刀は正眼のように構える。
攻防一体の構えにアバルもニヤリと笑みを強めた。
「親父殿が言っていた。あんたの二刀流こそが真のヴィンテージの刃だとな」
「ほぉ? あれに世辞が言えるとは思わなんだ」
「……フン。それは、今から分かることだ」
焔を放つ刀を霞に構えるアバル。
これに両の刀を交差させて腰のあたりまで横にして寝かせるアブラ。
動いたのはーー同時。
袈裟懸けを放つアバルに対し、左手の刀で横から弾いて自分の右側の空間に流す。
「ぬぅ!!」
流されたのを知ったアバルは後方へ上半身を逸らす、その鼻先をアブラの右手の刀ーー切っ先が水平に通り過ぎていく。
正眼に構え直すアバルと、斜めに立ちながら両の刀を持った状態でこちらを見つめてくるアブラ。
左手の小刀は、完璧に相手の一撃を捌き、両手持ちと変わらない速度で放たれる右の刀がこちらの肉体を斬り裂いてくる。
迂闊な一撃は、アバルをして即ーー首と胴を斬られるだろう。
そのさまをアバルは笑い、アブラも笑みを強める。
「強くなったな……、アドム」
「ーー本気の祖父上殿が、これほどとはな」
かすかに、二人は祖父と孫の顔に戻るーーが、次の瞬間には二匹の鬼へと変わりーー斬り合う。
アブラの二刀をしても、アバルの肉体に一太刀を浴びせるのは並大抵のことではない。
それはアバルも同じことであった。
一刀流であれば、斬撃を当てる瞬間に打点をずらすということが反応速度の差でできていたのだが、今の二刀流では意味がない。
流されてから斬り込まれる。
(何をしているんだ、我は……? 何故ーー人間の流儀に従う? 何故、羅刹の能力で挑まない……)
アバルは、微かに脳内に響く声を無視した。
(五月蠅いーー。俺はーー剣士として、この男に勝つ!!)
何物でもないアドムの鬼ーーアバル。
それでもーー彼は、対峙する男の刃だけは軽んじたくなかった。
ーー ほう。心無き羅刹が、心を知ると? これは如何なことか。鬼神アドムの鬼が、心を持つと? ーー
それはーー金剛を通じてとある神にも通じている。
だが、当の本人には何も分からない。
アバルはただ、目の前の若い肉体を取り戻した老鬼を斃すことだけを考えている。
それがアバルをして、初めて他者に見せる敬意であった。
ーー アバルが手に入れた妖刀【村雅】は、魔を斬り捨てる破邪の刃。その刃は禍々しいが、その実は魔を切り払
う存在。これが、何を意味するかは今のアバルの変化をして推し量るのみーーか。 ーー
天部の長として、最も危険な羅刹を見過ごすわけにはいかない。
そう感じて視ていたが、この羅刹はーーさらに一段神格を上げようとしている。
「祖父上殿。次で決める」
「ーーよかろう。来るがいい、アドム!!」
互いに最強の一撃を持って、相手を屠らんと全神経を目の前の相手に向ける。
それは人間でも、魔族でも、鬼神でも、羅刹でも関係ない。
目の前の相手ーーただそれを斬るだけの意識。
燃え上がる。
魂が、オーラが、意思が、すべてがーー
自分の力のすべてをもって相手を上回らんとする。
これをゆっくりと立ち上がって見据える男が一人、いる。
タハトである。
いや、正確に言えばタハトの裡に眠る鬼神ーーアハトだ。
「ーーやれやれ。どこまでも不器用な連中だぜ」
両手を広げ、両の刀を振りかざすアブラ。
両手持ちで刀を正眼に構え、頭上に振りかざすアバル。
両者は、同時に地を蹴ると赤と紫の炎のようなオーラをぶつけ合いながら交差し、すれ違った。
お互いの立ち位置を入れ替えるように着地し、ふり返る。
同時にアバルの左肩から血が噴きあがった。
「ーーっ!」
アバルが痛みをこらえるような表情に変わり、片膝をつく。
これにゆっくりと立ち上がりながらアブラは口を開いた。
「見事だーーアドム。いや、アドムの鬼ーーよ。名を、教えてくれんか」
そう言うと赤い線がアブラの口の端から流れる。
アバルは立ち上がり、告げた。
「俺はーーアバル。アバルだ、祖父上殿」
「そうかーー、アバルよ。見事だ!!」
言うと同時、胸が袈裟懸けに切り裂かれ赤い血が流れる。
穏やかな笑みとともにアブラは、そう言うと刀を地面に突き刺して震える膝の代わりにおのれを立たせる。
「さあ、喰らうがいい。この死にぞこないの力が、お前の糧となるなら本望よ!」
瞬間、アハトが刀を抜いてアバルを睨みつける。
「……」
しかしーーアバルは静かに刀を右手から消す。
これにアブラは苦笑を洩らした。
「フフ、このような老いぼれの剣は要らんか」
「俺はーーアンタを喰えん。祖父上殿。アンタは、俺に食われていいような漢ではない……!!」
「ーー何とも、甘い鬼が居たものだ」
穏やかに笑いながら、アブラはアハトを見る。
「タハトーー、その力をお前のような優しい子が持つとはな」
「……」
「タハトのなかにあるアドムの力よ。その子は、とても穏やかで優しい子だ。願わくばーーその子には、戦に関わってもらいたくないーー」
「……」
何も言わず、アハトは赤の瞳でアブラを静かに見据える。
これに微笑みながらアブラは言った。
「後生だ。最期にーーワシをもう一度、呼んでくれ。タハト……」
「ーーーおじいちゃん。俺は、あんたを忘れない。そいつもーー」
透明な涙を流しながら、静かに放たれた言葉にアブラは笑みを浮かべながら、アバルを見る。
「……」
羅刹は、ただただーー歯を食いしばり前髪で隠れた瞳から透明な液を流していた。
(ああ、自分は愛されていたのだーー。多くの門下と孫に…! それに勝る幸せなど、あるものか)
そう笑いーーアブラは立った状態でこと切れーー光となって消えていった。
天に向かって伸びていった光からアハトは目をそらさず、アバルはそちらを見ることすらできずにただただ地面に顔を向けて透明な液を両の目から流し続けていた。