戦いに勝利したアグニは、周囲を見渡す。
彼の瞳は赤から黒に近い蒼に戻っている。
彼は、こちらを見るラボニ、タハト、アバルの3人を見返すとうなずいた。
「とりあえず、領地は取り返した。アルドを逃したのは計算外だが、今回はこれでよいだろう」
「…いや、上出来じゃないですかね。開祖にして異形の力を使うアルドを相手に大したもんですよ。さすがはヴィンテージ家当主ーーアグニ様、だ」
「少しは、お前も認めてくれたってわけか? ラボニ」
「もちろんですよ、アグニ様」
ニカッと人好きのする笑顔で笑いかけるラボニにアグニは軽くため息を吐くと、暗い顔でうつむいているタハトに顔を向ける。
「あ、あのーーアグニ様。僕は、アブラ様をーー」
「ーーいや、いいんだ。おじいさまも、お前が最期を看取ってくれて嬉しかったはずだ」
言いながらアグニは、天を見上げて目をつむり黙禱する。
その後、優しい穏やかな笑みを浮かべてアグニは言った。
「ありがとう、タハト。おじいさまは、お前に祖父と呼んでもらえて喜んでいた。間違いなく、お前は俺たちの兄弟だ」
「ーーアグニさま」
そのときアグニは、自分たちに背を向ける、兄と同じ姿をした鬼へ目を向ける。
兄と同じ姿をしながら、兄ではない存在(異形)を。
「おい、アバルーーだったな?」
「……」
黙って振り返る赤い目にアグニは告げる。
その腰の剣帯に差された大小二振りの飾り気のない刀に目を向けて。
「祖父上殿の刀を、お前が持つのか? それはヴィンテージの意思をお前が継ぐーーということでよいのかな?」
「ーー我ーーいや、俺が? 笑わせるな。貴様ら人間の流儀に、この俺がなぜ付き合う?」
「お前が、アドム・ヴィンテージの鬼だからだーー」
瞬間、アバルがアグニに踏み込もうとするのをーーラボニが間に割り込んで止める。
「口の利き方に気をつけろ…! 俺は、すでにアドムの鬼(陰)ではない。羅刹ーーアバルだ!!」
赤黒い炎のようなオーラを身にまとい、叫ぶアバルに淡々とアグニは青い瞳を据える。
「羅刹ーーか。それが何だか知らんが、その刀は祖父の形見でな。お前がヴィンテージの意思を継がないのであれば、返してもらいたい。腕づくでもな」
アグニは腰の剛刀に手をかけながら言うとーータハトが彼の肩を制した。
「アグニ様。そいつはーーアドムです。大丈夫」
「ーータハト」
冷淡な表情から、きょとんと驚いた顔をするアグニ。
対して鬼を語るアドムの姿をした異形は激昂する。
「…タハト、貴様にも口の利き方を教えねばならんか?」
「はいはい。今は、それどころじゃないだろ?」
「…!!」
まるでアドムに接するかのように自然な振る舞いでタハトはアバルを抑えると、アグニに言った。
「これからーーどうしますか?」
「…そうだな。とりあえず、兄弟。お前は、即刻敬語をやめろ」
「ーーえ!!?」
「お前は俺とアドムの兄弟だろ? 今更、敬語はよせ。むずがゆい」
本気で不快そうなアグニにタハトは乾いた笑みを浮かべる。
「な、なんか。昔にアドムにも言われたな…」
「さて、敬語の件は置いといて。とりあえずヴィンテージ領は取り返した。これからどうするかって話を詰めませんか? タハトの言うとおりに、ね」
ラボニの言葉にアグニもうなずく。
「そうだな。とりあえず屋敷の修復とーー父上にヴィンテージ領奪還の知らせを伝えんとな」
「領内には、もう敵はいないんですか?」
「そっちも影を使って洗い出そう。屋敷を取り返したとはいえ、やることは山積みだ」
やれやれ、と肩を回すアグニにラボニとタハトもうなずき、続いていく。
だがーーアバルだけは、その場から静かに離れると肉体を空気に溶かして気配を消していった。
ーーーー
ヴィンテージ領。
丘の上にある屋敷のふもとにある村。
その宿屋にてリア・オケアニデスとラナ・メーティスたちはタハトたちの帰還を待っていた。
キレイどころの集まりである彼女たちを遠巻きに若い男たちがのぞいている。
「タハトさんやアグニ様、大丈夫かしら?」
「きっと大丈夫です。あの二人にラボニさんも居るんだもの」
茶色の髪を肩くらいの長さで切りそろえた女性アリスの言葉に、金色にピンクの房が入った髪を背中まで伸ばした女性キサラが答える。
二人の言葉にラナもうなずく。
「そうですね。私たちはーーここで、待っているしかないのですね」
寂しげに笑うラナに、皆が苦笑いを浮かべる中ーーリアが突如立ち上がった。
「? リアさん?」
「ーー誰? あなたたち…」
「えーー?」
リアの言葉に皆が凍り付く中ーー彼女は周りの空気など気にせずに続ける。
「私ーー、侯爵に攫われて奴隷にされて。どうしてーー? ここはーーどこなの?」
「お。おちついてよ~、リアさーー」
桃色の髪におっとりとした声でレイアがいうのを遮ってリアは叫んだ。
「気安く話しかけないで!! あなたたちなんか、私は知らない!!! 私はーー私は!!!」
そのまま何かを言おうとしてリアは止まる。
「えーー? 私ーーの名前?」
「り、リアーーさん?」
いつも超然としていた彼女が年相応にうろたえ、敬語すら忘れて叫ぶさまは尋常ではなく。
ラナが不安に胸を締め付けられている中ーーリアは言った。
「私ーー誰?」
皆が、絶句していた。
ーーーー
魔物の森。
魔界への境界にて、アルドを抱えた人狼ウルフと緑の髪をした幼女ネクロが姿を現した。
境界の前には人虎のタイガが立っている。
「大丈夫か、ウルフ?」
「大丈夫も何もないぜ、隊長! この野郎、やられやがった!!」
脇に抱えられた黒髪の青年ーーアルドを見下ろしウルフは悪態をつく。
これにタイガは目を細めると言った。
「四天王や魔王様を相手にしても退かない男が、ここまでやられるとは。ヴィンテージという一族は、いったい何者だ?」
「さあ。とりあえずーーアドムの弟がお飾りの当主じゃないことは、よく分かりましたよ。あの兄弟の親父、アスラも化け物だってのに……なんて一家だ!!」
そう叫ぶウルフの横で、ネクロは心配げに緑の瞳をアルドに向ける。
未だに意識を取り戻していないのだ。
「ーーいずれは間違いなく魔族の英雄と成り得る男を失わずに済んだ。今は、それでよしとしよう」
「英雄ーーね? 俺は懐疑的ですよ。こいつは確かに強いが、魔族のために剣を振るとは思えねぇ」
「だがーー人間の村を魔族に変えた。それで十分、この男が魔族のために剣をふるう理由とはなる。しかしーー旧神の端末と同じ赤目だというのに。力は、根本的に違うとはーー」
目を細めながら思案気な表情になる人虎に人狼もうさん臭いと言いたげに告げる。
「旧神の端末・赤目ーーねぇ。吸血鬼に成り下がった化け物だったり、暴走するだけの存在でしかない。それが、ヴィンテージ家の連中は明らかに違う。鬼神ーーたしか、泰鬼とかって化け物と同じ力ですね」
「魔王様でさえも全力を出さねばならなかったほどの相手が、人間の一族にいるとはな。ウルフ、お前が言ったようにヴィンテージ家というのは危険極まりない存在だ。アルドを復活させて味方にしたのは良い判断だった」
二人の言葉に割って入るようにネクロが、ボソッとつぶやく。
「旧神ーー今のオケアニデスが来る前に私たちが祀っていた神様。私たちは、オケアニデスによって邪魔扱いされ、人間から作り変えられた異教徒ーー。魔王様は、何も知らない愚かな人間たちとオケアニデスから世界を取り返そうとしてくださっている」
「ーーまあ、たしかに薄汚い魔界なんぞより人間どもの住んでいる世界のほうが住みやすいし、美しいですね」
「口を慎め、ウルフ。われら魔族の悲願は、世界の奪還だ。本来、我々の住む世界はーーこちらだ」
タイガのまじめな言葉に肩をすくめ、ウルフは境界に向かって歩く。
「まあ、とりあえずは帰りましょうや。魔界にーー」
「そうだな」「うん」
タイガとネクロがうなずきながらウルフの後に続いていく。
境界(ゲート)をくぐった先は、紫色の薄い霧が常に世界にまとわりついた世界。
瘴気とよばれる漆黒の雲と、夕方のような空に血のように赤い月が天に上っている。
その他に星はなく、ただただ禍々しい赤い光が月から世界に注がれている。
魔物の森と荒野が広がり、山のように巨大な城が聳え立っている。
ネクロの転移魔法で城の中に移動する。
「ふう、城に戻るとホッとするぜ」
「ーーうむ、ネクロ様。アルドは、どの程度で復活できますか?」
ウルフに答えながらタイガはネクロに問いかけると、彼女はジッとアルドを見た後に言う。
「うん。肉体の修復は、ほとんど終わってるけど。力を使いすぎたみたい…。一晩もあれば、復活できると思う」
「そうですか、助かります。いまやアルドの力は、魔王軍においても必要です。オケアニデスが我々魔族の動きに気付くのも遠くないでしょうーー」
アルドの力は、兵士たちにとっても必要だった。
圧倒的な力を持つ者が味方にいる。
それだけで、死を恐れる兵士たちは戦える。
必ず勝てると思わせる存在こそ、戦場における希望なのだ。
タイガは己の思考にうなずいて魔王に報告に向かおうと歩を進めようとしてーー気づいた。
「ーーなんだ。このーー魔界の瘴気さえも吹き飛ばす、凄まじい凶気は!?」
「な、なんで。てめえが、ここにいる!? アドム・ヴィンテージ!!」
赤黒い凶気が渦巻き、炎のようなオーラと共に漆黒のジャケットに赤いマフラー、白いアンダーシャツに青いデニムズボンを履いた黒髪赤目の美丈夫が現れる。
「この転移ーー吸血鬼の術に似てる」
ネクロが震えながらつぶやくと、赤目の男は牙をむいて笑みを浮かべる。
「……見つけたぜ。アルド」
アドムと同じ姿をした異形は、ゆっくりと歩を進める。
これにウルフとタイガが、ネクロの前に立って構える。
「なんで、人間が魔王城に簡単に踏み入れられる!? ヴィンテージ家ってのは、どうなってやがるんだ!!」
「……この気。本当に人間か?」
虎と狼、どちらも己の肉体一つで挑むことに変わりはなくーーヴィンテージの刀にリーチの差で不利である。
おまけに相手がーー自分たち魔族をも凌駕する身体能力であることを鑑みれば…。
タイガは隣に立つウルフに告げる。
「ここは任せろ。お前は四天王さまや陛下をーー!」
「隊長!?」
「ネクロ様を、アルドを頼む。……グゥオオオオオ!!!」
全身に紫色の炎のようなオーラをまとい、人虎は瞳を紫に変える。
肉体は通常時の数倍にバンプアップし、3メートルを越える筋肉の塊といった巨体へと変化した。
これに鬼は首を鳴らしながら告げる。
「俺は羅刹ーーアバル。アルドの首を置いていくなら、よし。さもなくばーー死ね!!」
赤い鬼目を見開いてアバルは叫んだ。