刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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楽しくいきましょう(。ÒㅅÓ。)


第5話 アドムの役目

ーーラナ・メーティスの視点

 

 仕えるべき主は排斥され、仕えていた私の家ーー騎士のお父様とお母様と私を離ればなれにした憎きヴィンテージ。

 

 けれど、何故なのだろう?

 

 アドム・ヴィンテージは、私が憎んでいた血も涙もない人間とは思えなかった。

 

 真っ直ぐな視線ーー黒のようにも見える青い目が、私に向けられるたびに頭の中が真っ白になって何も考えられなくなる。

 

 人間離れした美しさなのに、人間らしい笑顔。

 

 騎士なのにタハトという奴隷にも、屋敷内のメイドや庭師の男にも、果ては領地の平民たちとも分け隔てなく気さくに話をしている。

 

 辺境の地方領主ならばあり得ることだが、ヴィンテージ刀術は王族が学ぶ剣であり国を守る剣士。

 

 それほどまで名がある家の嫡男が開祖アルド・ヴィンテージの生家があるとはいえ、このような王都から外れた田舎の領土に居るなど考えられない。

 

 しかも、この地の領主でありアスラ卿の父でありアルド様の長男であるアブラ・ヴィンテージは現役の騎士だ。

 

 つまりーーアドム卿はヴィンテージ嫡男であり最強と謳われる剣士でありながら祖父の家に厄介になっているということになる。

 

「ーーとまあ、ここまでが僕の主であるアドムの状況なんだけど。理解できたかな?」

 

 私たちーー6人の新人のために教育係を名乗り出てくれたタハトさんが、黒板とチョークを片手に問いかけてくる。

 

 けれど、私は声を上げることができなかった。

 

 自分たちを法外な値段で買い取った主が、まさかの無職だなんて。

 

「あの…。少しよろしいでしょうか」

 

「はい、どうぞ! アリスさん!!」

 

 私の隣に座っていた私より髪が短くて色の薄い、黒い瞳の方が手を上げた。

 

彼女はたしか、アリス・イアンテさんだ。

 

「ご主人様を穀潰しと呼んでおられたのは、それでですか?」

 

「そのとおり! 飲み込みが早くて助かるよ!」

 

別に私が言うことではないのかもしれないけど、タハトさんて。

 

アドム様に自分がどれだけ特別扱いされているか自覚無いんじゃないかしら。

 

そんなことを思って半分呆れながら、でも使用人になった私たちをタハトさんが一番気を使ってくれているのも分かるので。

 

「…はぁ、複雑…」

 

呟いた言葉を聞かれまいと私は顔を俯けていた。

 

ーーーー

 

中庭で講義をしているとアドムに母屋へ来るように言われた。

 

 母屋には屋敷の当主であるアドムの祖父ーーアブラ・ヴィンテージ卿が住んでいる。

 

 僕らが通されたのは前世で見たことがある板間の道場みたいな場所だった。

 

 アドムが訓練をする離れも日本の道場みたいな板間で和風だから、そういう文化があるのかもしれない。

 

 板間に直に座っているのは肩まで伸ばした白に黒が少し残った髪をオールバックにし、鋭い眼差しの身長180くらいの壮年の紳士ーー。

 

 黒の襟無しシャツに黒のパンツ、灰色のジャケットを着て首に赤いマフラーを巻いている。

 

 歳はたしか60を回っているはずだが、逞しさとしなやかさを併せ持った若々しい鍛え抜かれた肉体と眼光は老人とは思えない。

 

「祖父上殿。アドムーー参りましてございます」

 

 アドムが板間に入るなり頭を下げながら告げるのを僕は廊下から見ている。

 

「よくきたな、アドム。タハトもおるのか?」

 

 アブラ様は、鋭く端正な顔を好々爺のように崩すとアドムに応えながら扉の影に居た僕の方を見る。

 

「はい。後ろに」

 

「どうもです」

 

 アドムの声に合わせて僕も部屋に入り、頭を下げる。

 

 アブラ様は満足そうにうなずきながら、僕たちを見て床に座る様に示す。

 

 僕たちが揃って床に座りアブラ様に向かい合ったところで、話しかけてきた。

 

「うむ。お前たちのおかげで我が領内。そしてそこに暮らすに民は今日も安泰だ。礼を申す」

 

「そんな。これぐらいやらないと、僕たちただの穀潰しじゃないですか!」

 

 僕に話しかけて来たから応えねばなるまい、と僕は胸を張って言った。

 

 するとアブラ様は愉快そうに声を上げて笑ってくれる。

 

「ハッハッハッ! タハ坊、ごく潰しなどと。そんなことはない。実の孫であるアドムは勿論だが、お前もワシにとっては孫のようなものだ。遠慮するな」

 

 そしてアドムにも笑いかけるとアブラ様は遠くを見るように天井を見上げた。

 

「妻が亡くなって、もう10年。お前達が来てくれたおかげで、ワシは寂しくなく暮らせておる。それだけでもワシにとっては有り難いことだ。その上、老いたワシに代わってアドムーーお前が領内を駆けまわり民の危機をその剣にて払ってくれている。タハトはサーニャ達と共に家の周りの雑事をこなし、領土内に出れば民の暮らしぶりを教えてくれる。お前達が来て、ワシの領民たちは前よりも笑顔で暮らしてくれている。それが何よりも有難い」

 

「そう言っていただいたら、よりちゃんと働かなければと思います、僕!」

 

「立派な両親に育てられていたのだな。平民とは言え、素晴らしいご両親だ。お前を見ていると、それを強く思う。階級などに何の意味もないことがなーー誇りに思うがいい」

 

「はい……」

 

 アブラ様は悪気はないのだろうが、僕の両親はーー。

 

 思い出すだけで涙が出そうになる。

 

 情けないけど、僕にはまだキツイんだよな。

 

 10年以上前の話なのに、夢にも出るんだ。

 

 父さんと母さんに会いたい、会って話をしたいって。

 

 そんな僕の心情を読み取っているのかは分からないが、アドムが口を開いた。

 

「祖父上殿、何用で俺たちを呼び出したのですか?」

 

 淡々といっそ冷たいくらいの口調だが、普段からアドムは結論を先に訊こうとする。

 

 綺麗な顔に似合わずにせっかちなんだ、コイツは。

 

 するとアブラ様は小気味よいと言わんばかりに頷きながら応えた。

 

「そうだな。お前たちと話をしたり、飯を食うのはワシの楽しみのひとつだが。今回はもうひとつ、頼みたいことがある」

 

「なんなりと……」

 

「うむ。奇妙な噂があってな」

 

「奇妙な噂……ですか」

 

 アドムがジッとアブラ様を見つめるとアブラ様もアドムを同じ色の瞳で見つめ返して頷いてきた。

 

「ここ十日ほど前、領土の外れでたむろしていた山賊どもが全滅した。一晩でだ。無論、ヴィンテージの剣士は派遣しておらん。自警団がその山賊たちを打ち取ったというわけでもない。奇妙なことに山賊たちは一夜のうちに壊滅させられ、山賊の根城にあった食糧や材木などは腐りきっていたそうだ」

 

 一夜のうちに壊滅させられて根城にあった食糧や材木が全て腐っていたか……。

 

 なんじゃそりゃ?

 

「一夜で壊滅? ヴィンテージの剣士を派遣したわけでないのなら、その山賊は一体だれが?」

 

 我が主人は一夜で腐った食糧や材木には興味が無いのかぁ。

 

 取り敢えず主人に話を合わせよう。

 

「不思議だね。山賊と言っても刀で武装しているわけだし、集落の自警団とかじゃ流石にキツイんじゃないかな。冒険者ギルドに頼んで討伐してもらったーーなわけないですよね?」

 

 僕の言葉に案の定、アブラ様は首を横に振る。

 

 アドムが淡々とアブラ様に話しかけた。

 

「祖父上殿、なにゆえ山賊のアジトが分かっていながら、俺たちヴィンテージを派遣せずにいたのです?」

 

 まぁ、たしかにアドムなら一夜で解決できるだろうしなぁ……。

 

 と僕も首をかしげる。

 

「ひとつ、山賊の根城が村外れの魔物の森であったということ。ひとつ、その山賊どもはたしかに旅人を襲うことはあったが、命までは取らなかった。ひとつ、その山賊どもは根城の近くにある村に金銭の授受前提ではあるが警護も兼ねておった、ということだ」

 

「村の警護も金次第で受けた山賊かぁ。山賊というよりは傭兵みたいな人達だったんですね」

 

 僕の言葉に頷くとアブラ様はアドムを見る。

 

 アドムは静かに青い目を光らせる。

 

「それが一夜のうちに壊滅させられた。考えられるとすれば隣国の正規軍ーー騎士団か」

 

「おいおい。ようやく国の内乱が終わったっていうのに今度は他国との戦争か?」

 

「なくはない話だ。魔物の森は広大だが、それを挟んで審の国ジャッジに接地している。可能性としてはあり得る」

 

 アドムの言葉にアブラ様が笑顔に変わった。

 

「それを調べてきてもらいたいのだ」

 

「わかりました。では朝餉を食えば、すぐにでも」

 

「うむ。よろしく頼むぞ」

 

 鋭い青の瞳で見合いながら、祖父と孫は不敵な笑みを浮かべている。

 

ーーーー

 

 朝食を終えて顔を洗うと僕はアドムに言われた通り旅の支度を終え、玄関に向かった。

 

 僕の服装はベージュ色の丈夫な麻布の服に茶色のブーツ、腰に茶色の剣帯という格好で上から赤色のマントを羽織っている。

 

 剣帯には一応威嚇用に本物の刀と変わらない装飾をされた木製の刀身のものを一振り差し、背中には愛用の2メートルの長さの棍棒を背負った。

 

 アドムは、隣国との境に近い土地へ行くというのに、いつもどおりの黒の革ジャンに白いシャツ。青いジーンズに黒のブーツという僕よりも簡素な恰好をしている。

 

 いつもと違うのは腰に布の帯ではなく茶色革製の剣帯をしていて、いつもどおり刃渡り120センチくらいある剛刀「兼定」を差している。

 

 更に兼定と同じ黒色の鞘と柄の造りをした小刀を前で差し、首に赤いマフラーをしていた。

 

 僕らの姿を見送りに来てくれたメイドさん達の中でメイド長のサーニャさんが一歩、前に出る。

 

「もう行かれるのですか、アドム様。タハトさん」

 

 不安そうなサーニャさんにアドムが淡々と頷く。

 

「調べるとなれば急いだほうがいい。魔物の森はジャッジ国が近いキナ臭い地理だ。仮に山賊を壊滅させたのがジャッジの騎士団ならば、連中は国境を越えて既に領土内に侵入しているということになる」

 

「まあ確かに、なあ。お前の言ってる通り隣国の騎士団だったら、さすがにやばい」

 

 表情が鋭いままのアドムに僕も頷いた。

 

「国と国の境にある森にまさか山賊の根城とはな。いくら傭兵を兼ねているとはいえ、そんなものをほったらかしているコト事態、問題だ」

 

「おいおい。僕ら穀潰しの立場なんだから、あまりそういう際どいことを言うなよ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情になるアドムを思わず窘めると、サーニャさんが悲しそうに僕らを見る。

 

「またーーお二人だけで行かれるのですか?」

 

 心配してくれている人を前にアドムは淡々とした表情(どこかドヤ顔にも見える)に戻ると僕を親指で差しながら。

 

「いつも通りだ。俺の脚についてこれるのはコイツくらいしか居ないからな」

 

「人を指さすな!」

 

 いつも通りにぼくたちが漫才をしているとーー。

 

「あのーー」

 

「ん?」

 

 ラナさんが必死でアドムを見ながら口を開いた。

 

 その言葉を継ぐようにリアさんも微笑みながら言ってくる。

 

「私たちも同行させていただけませんか?」

 

「身の回りの世話くらいならーー」

 

 リアさんの言葉にラナさんも必死で訴えかけるが、当のアドムはーー。

 

「その辺は、タハトで間に合ってる」

 

 冷めてるよなぁ、コイツ。

 

 ラナさんもリアさんも、凄い美人なのにコイツはホント。

 

「タハトさん!」

 

「いやぁ~。危ないからやめといたほうがいいと僕は思うなぁ」

 

 ラナさんが僕を向いて必死に言ってくるんだけど、流石に危ないよなぁっと僕も思うんだよ。

 

「タハトさん、どうか」

 

 するとリアさんが僕を見つめてくる。

 

 マズイ、彼女の目はマズイ。

 

 僕はなぜか、あの目に逆らえないーー。

 

 って、よくよく考えれば僕は何を悩んでるんだ!!

 

「花が増えるっていいことだよね、アドム! 考えてみれば、お前と二人きりのむさ苦しい旅なんて僕ぁヤダよ。まったく僕をなんだと思ってるんだ! お前の奴隷ではあるけど、小間使いじゃないんだぞ!!」

 

 何故か冷たい目で僕を見てくるアドム。

 

「こいつ……チョロ過ぎんだろ」

 

「美人2人とアドム、どちらを選ぶかなんて考えるまでもないじゃないかっ!」

 

「主人だろ?」

 

「ーーえ?」

 

「この野郎ーー」

 

 素でアドムの顔を見上げて聞き返した僕の額にチョップが決まっていた。

 

「簡単な回復魔法くらいなら使えます」

 

「わ、私はその……っ、父と兄から剣を教わっていたのでヴィンテージの剣に興味がありまして」

 

 リアさんは白を基調とした僧侶のローブを身にまとい、ラナさんは動きやすそうに長い髪をポニーテールにして結え黒のスーツに白のシャツを着ている。

 

 腰には茶色の剣帯を巻いていて標準的な作りの刀を差していた。

 

「勉強熱心だねえ」

 

 と感心した僕は思わず呟いて、アドムを見る。

 

「ま、旅は道連れ世は情け。それじゃあ行こうか」

 

 そう言う僕に肩をすくめるとアドムは何も言わずにヴィンテージ家を後にした。

 

ーーーー

 

 ヴィンテージ家のある街を出て街道を歩きながらアドムは淡々と目の前に現れる下級モンスターを倒していく。

 

 素手である。

 

 かつて僕を苦しめたツノが生えたウサギーーポーンラビットもコイツの前にかかれば夕飯の肉扱いだった。

 

「あの、アドム様。次に現れた魔物は私の手で倒させてください」

 

 ラナさんが腰の刀に手をかけながら言うのでアドムはコクリと頷いてラナさんに先頭を任せる。

 

 言うだけあり彼女の腕は中々のもので、現れるポーンラビット数匹を瞬く間に斬り捨てた。

 

 綺麗な太刀筋をしている。

 

 数打ち品とはいえ、腰の刀はヴィンテージ家お抱えの鍛治師が作り上げたものだし、当面の戦闘で足手纏いになるようなことは無さそうだ。

 

 そう思いながら魔物の森の入り口へと辿り着く。

 

 すると僕らの前に、いつの間に現れたのか分からないが四人の覆面をした全身黒づくめの男が現れた。

 

「アドム・ヴィンテージ、だな」

 

 覆面の男の言葉には確認の意図があり、明確な殺気をこちらに向けてきている。

 

「タハト。二人を頼む」

 

「よしっ!」

 

 アドムは左手の指輪にはめた黒石ーーアイテムボックスを光らせると山賊から手に入れた粗末な造りの刀を右手に取って左手で鞘を持つと一気に引き抜いた。

 

 刀は刀身が痩せているし刃こぼれも酷く、ヒビが鎬にまで入っている。

 

 うちの主人は刀マニアでコレクターだが、実戦では安刀を好んで使う。

 

 腰に差した兼定を抜くことは滅多にない。

 

 記憶にある限りでは1回だけだ。

 

「そうだと言ったらーー?」

 

 四人の覆面の男が刀を同時に抜くのを見るとアドムは左手の鞘を地面に突き刺す。

 

「兼定を抜くまでもないってことか。なら、いつもどおり余裕だな。たぶん」

 

 僕の言葉を合図にしたのかは分からないが、攻撃を仕掛けてくる四人の覆面。

 

 アドムは真っ向から駆け抜けて刀を一閃しながら交差するように擦り抜ける。

 

 一瞬後に同時に倒れる四人の覆面。

 

「相変わらず、とんでもない強さだわ。遠目に見ても斬閃が霞んで見える」

 

「まあヴィンテージのなかでも最強と言われる男だからね、ウチの主。アレぐらいならチョチョイのチョイさ」

 

 完全に急所に決まった峰打ちは意識を断ち切ったと確信して僕は警戒を解こうとしたーーが。

 

「タハト、そこを動くな」

 

 刀を持ったアドムに詰め寄られると本能的に思った僕は、自分が詰め寄られる理由を頭の中に浮かんだので声を上げたんだ。

 

「戸棚に隠してあった大福を食べたのは僕じゃな――っ!?」

 

 でも、そうじゃない。

 

 実際は、僕の予想を大きく上回っていた。

 

 急所にアドムの剣戟を受けた四人の覆面が、全員立ち上がってきていたのだ。

 

 ヴィンテージの剣士でさえ、まともに受ければ袋竹刀であっても立ち上がることなど許されないーーあの剣戟を受けて、だ。

 

「うっそだろ、おい……。アドムの剣戟を食らってピンピンしている、だと? 達人でも抜き身の峰打ちなら3日は寝込むぞ。普通の人間なら最悪半身不随になるアレを?」

 

「ぬぁああああああ!」

 

 咆哮とともに四人が刀を振り被って襲い掛かってくる。

 

 同時に四方から襲いかかった覆面は手に持った刀を地面に振り下ろし、四筋に地面を割っていた。

 

 覆面達が手に持っていた刀は刀身が半ばから圧し折れて無くなってしまっている。

 

「スピードもパワーもさっきと違う!?」

 

 しかし、アドムはその場に既に立っていない。

 

 四人の背後に既に移動している。

 

 それに気づいて振り返ろうとする一人の覆面の男に刀を一閃し、覆面を切って顔を曝け出させた。

 

 覆面の中から現れたのは目を真っ赤に光らせ、耳が尖った灰色の顔の死人だった。

 

「えっ!? なに?」

 

 僕が思わず叫ぶと横でアドムも目を細める。

 

「モンスターではないようだが、人間でもないな」

 

 そんな僕とアドムに教えるようにラナさんが呟いた。

 

「グール……!」

 

「グール? 知っているのかい、ラナさん!?」

 

「き、聞いたことがあります。魔族の中で吸血種と呼ばれる存在に血を吸われた人間は、その者の言いなりとなる。人としての死を迎えて動く亡骸となって人を襲うーーのだとか」

 

「てーーことは!?」

 

「既に死んでるってことか」

 

 淡々としたアドムを無視して僕は全力で両手を合わせて念仏を唱えた。

 

 大丈夫、悪霊にはコレが一番だ!!

 

「なーんみょうほうれんえいきょう! なーんみょうほうれんえいきょう! 悪霊めえっ! 退散しろぉおお!」

 

 叫ぶ僕だが、グールの連中はこちらを見向きもしなければ苦しむようなそぶりもない。

 

「グルルゥウウッ」

 

「馬鹿なっ! 苦しむそぶりが全くない! 僕の全力の祈祷を受けて!?」

 

 僕の方を振り返ってアドムがキョトンと目を丸くして言ってきた。

 

「その奇妙な呪文。なんか意味あったのか?」

 

「やっぱ数珠がないとダメなのか!?」

 

「ーーじゅず?」

 

「て、アドム前! 前! 前見ろ!」

 

 アドムの向こうで牙を剥き出しにしたグールが覆面やら黒装束を破り捨てて吠えた。

 

「グゥァアアアッ!!」

 

 腕のリーチが伸びた上に爪が肘までの長さで伸び鋭く鋭利なものに変わっている。

 

「覆面破った瞬間に本性隠さなくなったな」

 

 淡々とつぶやくアドムに鋭く伸ばした爪で攻撃をしかけてくる。

 

 大きく右腕を振り被って振り下ろし、アドムが立っている地面をバターのように切り裂いてみせた。

 

 先程の刀のように叩きつけて地面を割るのではなく、切り裂いたのだ。

 

「吸血鬼ーーマジやべえ!?」

 

 普通の人間の腕力と武器じゃ、ああはならない。

 

 改めて僕は魔物の脅威というものを理解した気がする。

 

「グゥアアアアアッ!!」

 

「調子に乗るな」

 

 アドムが剣を一閃、左腕を薙いできた吸血鬼の爪と甲高い音を立てて斬り結ぶ。

 

 瞬間、アドムが持っていた刀の刀身がスパッと切られた。

 

 地面に落ちる半ばから絶たれた剣先は、既に刃こぼれし過ぎてボロボロだった。

 

「なまくらとは言え、この俺が刀を斬られるとはな」

 

 アドムは右手に持った安刀を地面に突き立てた鞘を引き抜いて納める。

 

 そして再び鞘を地面に突き立て砂を払った。

 

 腰の剛刀「兼定」の鞘を左手で掴み鍔に指をかけて鯉口を切る。

 

「グッゥアアアアア!!」

 

 突っ込んでくる4人のグールに対してアドムは右手で刀の柄を触ると一気に真っ向から駆ける。

 

「ヴィンテージ流、ソニック・スラッシュ!!」

 

 抜刀し横一文字に一閃。

 

 同時に扇形に青い光が走り爆発、無数の斬撃へと変わったのが僕にはハッキリと見える。

 

 無数の斬撃の檻と化したアドムと、そのまま無防備に擦れ違う吸血鬼たち。

 

 動きを止めて立ち止まる吸血鬼たちに目を向けることなく、アドムは静かに剛刀を鞘に納める。

 

 瞬間、細切れに刻まれて灰になる吸血鬼ーーグールたち。

 

 そんな現実離れした光景を唖然として見ているとアドムが目を丸くしてこっちを振り返ってきた。

 

「あー、びっくりした。あんな生き物がいるとは。なあタハト?」

 

「…………」

 

 僕は思わず渋い顔になってしまった。

 

「その生き物を造作もなく、山賊達と変わらないように斬り捨てた化け物(ヤツ)の台詞かな、それ」

 

「あの。アドム様は、本当にただの人間なのですか?」

 

「ラナさん、いい質問だね。僕も自分の主人を分類学上【人間】と呼んでいいのかは永遠のテーマなんだ」

 

 ラナさんが、驚愕を通り越して唖然としたリアクションをしているので僕も思わず頷いていた。

 

「失礼だな、お前」

 

「グールを物理的に倒すなんて……。聖水や炎を用いることなく? ヴィンテージの剣士ならば、誰しもこのようなことができるというのでしょうか? それともアドム様が特別?」

 

 それはアドムが特別です。

 

 僕を半目で睨んでくる主人を無視してヤレヤレと首を横に振っていると、リアさんが口を開いた。

 

「これで、一つ分かりましたね」

 

「え? なにが?」

 

「これから向かう場所は、もしかしたら人間が相手ではないのかもしれない、ということです」

 

 僕の問いかけにリアさんはアドムを見つめながら言う。

 

「そうか。それは楽しみだ」

 

 これにアドムは不適な笑みを浮かべて森の入り口を見つめていた。

 

「ほーんと相手が強かったらなんでもいいんだからな。見境ないぜ、ウチの剣術バカは」

 

 これ以上とんでもな目に合うかもしれないっていうのに何が楽しいんだか。

 

「そう、ですね。ですが昔よりは穏やかになってくださったようです」

 

 呆れる僕の横でリアさんが呟いた言葉に思わず振り返った。

 

「え?」

 

 僕の疑問の声にリアさんは首を傾げながら見上げてくる。

 

「リアさん、昔のアドムを知ってるの?」

 

「噂でしか知りませんが…」

 

 目を逸らして言うリアさんに思わず僕はアドムを振り返った。

 

「お前……! 貴族のご令嬢に聞こえるような噂って何をしでかしたんだよ」

 

 するとアドムは済ました顔になって早足で森の入り口へと歩いていく。

 

「記憶にございません」

 

「あ、これ心当たりあるな」

 

「まったくございません」

 

 スタスタ去っていくアドムに僕はさらに追求の手を厳しくする。

 

「あ、八つはあるな」

 

「ございません」

 

「安刀持つキッカケになったりとかした?」

 

「何を言っているのか、サッパリわかりません」

 

「あー、ね」

 

 待ち受けるものが何者であろうと、コイツとなら大丈夫って僕は思っている。

 

 そんな僕らを後ろからじっとリアさんが見つめているのを僕は知らなかったーー。




次回も、お楽しみに!
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