刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第49話 女神の勇者 魔族の英雄

ーーどうして、こうなった?

 

 そんな思いが、ずっとある。

 

 俺は大陸の中で最も厳格に女神を信仰する国ーー司の国チャーチで生まれた。

 

 何の変哲もない普通の両親。

 

 特別性など何もない長閑な村の子ども。

 

 それが俺だった。

 

 でもーー声が聞こえたんだ。

 

 透き通るような、頭に響くような美しく力のある声が。

 

ーー 勇者よ、目覚めなさい。邪悪な魔王を倒すため、今こそ ーー

 

 その声が聞こえたときーー俺の普通の子どもとしての世界は終わったんだ。

 

ーー青年が、瞳を開ける。

 

 濃い灰色の髪、水色の瞳を持つ端正な顔立ちの青年。

 

 腰には革の剣帯を巻き、鞘に納めた細身のロングソードを差している。

 

 騎士にしては質素かつ簡潔、戦士にしては豪奢な装備。

 

 白を基調とした胸に肩、腕と脚に甲を装備し、首から肩にかけて緑のマントを羽織っている。

 

 左腕に片手用の簡単な五角形の盾。その中心には丸い水色の宝石がはめられていた。

 

 自分を見下ろして、彼は寂しそうに笑う。

 

ーーこの力を得たとき、世界を救うのだと剣を振るって何も疑わなかった。

 

 盗賊に襲われた村を救い、司の国の巫女に勇者と選ばれた。

 

 人々から感謝され、国王からねぎらわれ、俺には力があるのだから力ないものに代わって戦わなければならないと諭された。

 

 だから俺は誰よりも魔物と戦った。

 

 なぜかーー城の中にまで現れる魔物を倒した。

 

 魔物たちは巧妙で、時には王の親戚や家族、大臣たちの中からも現れた。

 

 俺はーー王や巫女に言われるがまま、斬った。

 

 魔物の血は紫色だが、大臣たちの血は赤色だった。

 

 それでも王たちは俺に感謝した。

 

 いつの間にかーー俺は城の中から出ていくことはなくなった。

 

 城の中に現れる魔族や敵を倒すこと、それが勇者の務めだと言われて斬らされ続けた。

 

 出される食事は、自分が切り捨てた魔物の生臭い血肉の味、飲み物は血の匂いしかしない。

 

 ウンザリした、パンもスープもミルクさえも味が同じなんだ。

 

 食べるまでは美味しそうな匂いがするのに、食べた時から生の血肉の味に変わるんだ。

 

 まるでーー手品だ。

 

ーー しばらくして、俺は石畳の牢獄に幽閉されていた。

 

 提供された食事を食べた後、血を吐いて記憶がなかった。

 

 首から下はズタズタに切り裂かれていて、呼吸をすることもしんどかった。

 

 必死に息を吸っても、楽にならない。

 

 目の前には、数人の兵士たちと正面に王と巫女が俺を見下ろしていた。

 

「まだ生きているというのか? 化け物め」

 

「女神の加護が思ったより強いのかもしれませんね。ですが、ちょうどよいかと。彼に意思は必要ありません」

 

「ふん。好きに壊すがいい。だが、司の国としてこやつの存在は絶対に城の外に出すな。出せば国の存続が危うくなるからな。女神に気づかれぬように、われらの道具に作り変えるのだ」

 

「ーー心得ております。陛下」

 

 そんな会話をぼんやりと聞きながら、巫女は慈愛の表情で俺を見下ろし、手に持った瓶を俺に見せてくる。

 

「さあ、飲みなさい。勇者」

 

 甘い香りがする瓶の中には桃色の怪しい液体が入っている。

 

「苦しいでしょう? 痛いのはいやでしょう? これを飲めば貴方は全てを忘れます。女神から与えられた使命も、自分が何者なのかも忘れて、命さえも私たちのために差し出す人形となるのです。嬉しいですね」

 

 液体を飲まされる。

 

 両腕は鎖につながれ、両足はなます切りにされて動くはずがない。

 

 でもーー液体を飲めば痛みは消えていく。

 

 まるで消しゴムのようにーーなにもかも消えていく。

 

 目の前の世界もなにもかもーーーー。

 

「良い子ですね、勇者(人形)。この世界で私たち人間が生きるために、せいぜい働いてくださいね」

 

 まるでーー悪魔だ。

 

 こいつらは、人間なんかじゃない。

 

 悪魔そのものーー。

 

 絶望という暗く深い感情に打ちのめされながら俺は意識を溶かしていく。

 

 俺が俺じゃなくなるーー。

 

 た、たすけて、

 

 声なき俺の声は、誰に拾われることなくーー消えていく。

 

「そこまでだーー!」

 

 凛としたきれいな声、かすれていく意識の中に見たのは炎のように赤く長い髪。

 

 ろうそくの灯が反射して黄金に輝く燃えるような赤い髪。

 

 漆黒の衣を身にまとい、背中に長い刀を差している。

 

「ーーこれはこれは。我が国を裏切った者が、わざわざ城に戻ってきてくださるとは」

 

 巫女の言葉が耳に聞こえる中で、俺はーー意識を手放した。

 

 勇者が意識を手放す始終を見終えてから、巫女は赤髪の魔女に振り返りながら立ち上がる。

 

「魔女が、わたしたちの邪魔ができるとでも? シャロン・エスペランザ……!!」

 

「女神も許せん。ーーが、私が一番許せないのは。それを言い訳に誰かを犠牲にして何も感じない、お前たちのような人間の下種(ゲス)だ!!」

 

「……クスクス。大量殺戮をした魔女が、人間を語るとは。とらえなさい」

 

 瞬間、明らかに中身がない鎧たちが大量に牢獄の中に発生する。

 

「審の国ジャッジは正義を謳い、貴様ら司の国チャーチは信仰を掲げる。だが、そのどちらも本質は弱者を食い物にして責任を押し付け、悪を作り上げる。貴様らの存在は、世界を腐らせる!!」

 

「暗殺者ギルドに身を落とした魔物憑きが、偉そうにーー」

 

 戦闘が始まり、一瞬でシャロンの斬撃の前に消え去るリビングアーマー達。

 

 狭い牢獄内でも苦も無く剛刀を使いこなすシャロンに巫女は余裕の笑みを浮かべている。

 

「シャロン。あなたの強さは確かに規格外だけれど、それだけでしょ?」

 

 巫女の足元から神聖な青い光が文字となって広がり、牢獄内の床をつたって壁や天井まで覆いつくす。

 

「ーーこれ、は?」

 

 青い稲妻が走り、シャロンの肉体を縛る。

 

 微笑みを浮かべた巫女は、続ける。

 

「魔女よ、女神の力は偉大です。その力の前に膝を折り、首を垂れなさい」

 

 瞬間、シャロンの肌は褐色になり赤髪は黒髪へと変ずる。

 

 瞳の色のみ赤色から変わらないが、明らかに先ほどまでの風貌とは違った。

 

「ーー魔物憑き。いいえ、旧神『セフィロト』の端末。そこの勇者と似たような存在ですが、道具とするならどちらも丁度よさそうですね」

 

「……そうやって、何人の罪のない神人や勇者を犠牲にした?」

 

「犠牲とは人聞きの悪いことを。彼らは、私たちの生活のために自ら己を差し出したのです。これからのあなた達と同じようにーーね」

 

 微笑むその奥の目は、単なる実験材料としかシャロンを見ていない。

 

 壁に貼り付けにされている勇者も同じだろう。

 

「セフィロトからすれば、オケアニデスの端末である勇者は邪魔そのもの。わざわざ、それを助けようとするなんて馬鹿な女ーー」

 

「私たちは、人間だ。端末でも何でもない、只のひとだ」

 

 剛刀を手放すことはなく、静かに構えをとるシャロンに巫女は微笑むと右手をかざした。

 

「とりあえず、黙りなさい」

 

 光の玉が発射され、咄嗟にシャロンは横に転がってよける。

 

 すると光の玉は壁に当たって球体状に石壁を削った。

 

 破壊するでも溶かすでもない、削ったのだ。

 

「ーーこれは、消滅か」

 

「実験動物は既に、ここにいますから。あなたはーー手足だけ削っておけばよいでしょう?」

 

 瞬間、牢獄の外ーー廊下から黄金の光が文字となって牢獄の中にあった青い光の文字を消し飛ばす。

 

「ーー光よ」

 

「なに……?」

 

 金色の髪に青い瞳、白い肌の法衣を着た美女が、身の丈を超える槍を兼ねた杖を持っている。

 

「わたくしのシャロンに、ふざけたことを言ってくれましたね? チャーチの巫女」

 

「……神職に就いていた不良女神官ですか」

 

 忌々しいという表情に変わったとき、リビングアーマーが一体残らず地面に倒れ伏した。

 

「わたくしの法力のほうが、あなたより上のようですね。司王に仕える巫女さま」

 

「……そのようですね。驚きました。信仰心のない、あなたが私よりも上とは」

 

 そんな話をしていた巫女の目の前に黒髪になったシャロンが踏み込んでいる。

 

「……!」

 

 強烈な右拳が、巫女の腹を打ち抜いて後方へ吹き飛ばす。

 

「助かった、ミリア」

 

「いいえ、シャロン。当たり前じゃありませんか」

 

 そう言いながらシャロンの腕に自分の腕を絡ませる女神官ミリア。

 

 彼女たちは、勇者を見て眉をひそめた。

 

「ミリア、治せるか?」

 

「そうですね。やってみますーー! ですが、先にここから脱出しましょう」

 

「ああ」

 

 言いながら、シャロンは背中に背負った剛刀を一閃して勇者を縛る鎖を断ち切った。

 

 同時に床に崩れ落ちる勇者の瞳が、開く。

 

「? 気が付いたか……?」

 

 そう言おうとしてシャロンは後ろに飛び下がった。

 

 彼の瞳は水色に輝いていたからだ。

 

 その光は瞳から漏れて全身を覆うと水色の神聖な光を放ちだす。

 

 ズタズタにされた首から下の神経が繋がり、骨が再生している。

 

 ゆっくりと勇者は立ち上がり、彼女たちを見た。

 

「ーー司の国チャーチ。女神オケアニデス様に逆らった愚か者どもに、旧神セフィロトの端末か」

 

 汚れていた服は一瞬できれいになり、身だしなみが整う。

 

 襤褸切れを纏っていた服は、勇者にふさわしい服装へと変わった。

 

 女神オケアニデスから与えられた装備である。

 

「女神の勇者ーーというわけか」

 

「あなたは、俺を助けようとしてくれた。だからーー女神さまの意向にそぐわない限り、あなたに恩を返そう」

 

「……結構だ。それよりも、ここは危険だ。脱出するぞ」

 

「分かった」

 

 ミリアが杖を掲げていう。

 

「彼方へとべ!!」

 

 巫女の見ている前で、勇者とシャロンとミリアが光となって消えていった。

 

(……オケアニデスが、私たちの動向に気づいた。とはいえ、今更か。今の女神は勇者が何としても必要ということ。魔王復活が近いーーのか?)

 

 司王に、どう言い訳をするかを考えながら巫女ーーハルノ・テンペストは笑った。

 

ーーーー

 

 一方、魔界では羅刹アバルが魔族の根城に単身で乗り込んでいた。

 

 右手に黄金の雷を変化させた無骨な刀を生み出す。

 

 これに筋肉の塊となった人虎は姿勢を低くして獲物を刈る戦闘態勢へと変わっていた。

 

「貴様の命で、ーー時間稼ぎになると思うか?」

 

「そのつもりだ!!」

 

 言いながらタイガは、爪を剝き出して羅刹に襲い掛かった。

 

 瞬間、影が交差してタイガはーー声もなく前のめりに崩れ落ちた。

 

 アバルは手に持った右の刀を無造作に横なぎに払っている。

 

 刀身から紫色の魔族の血が流れ、地面に滴る。

 

 それを振ることもなく、淡々とアバルは後方へ逃げるウルフとネクロをにらみつけた。

 

 ウルフが、強烈な殺気を感じて振り返ると目の前にアバルが刀を振りかざしているのが見える。

 

「! 殺られる!!」

 

 目を見開いて叫ぶしかできなかったーーだが刀はウルフの目の前で止まる。

 

 見れば金色の牛の角と瞳に赤い髪をした筋骨隆々の四天王の一角炎のフレイムハルトがアバルの刀を自身の斧で止めていたからだ。

 

「フレイムハルト様!!」

 

 ウルフが叫ぶと同時にフレイムハルトが叫ぶ。

 

「貴様ーーよくも、タイガを!! 魔王城内での、これ以上の狼藉は許さんぞ!!」

 

「ーー邪魔だ。雑魚が!!」

 

 赤黒い炎のようなオーラをアバルは身にまとい袈裟懸けに黒色の斬閃を放つ。

 

 巨大な斧を盾のように構えて受けるフレイムハルトだが、巨大な斧は刃の部分が半ばから斬られ、自身の胸にも紫色の線が生える。

 

「な、に・・・・!?」

 

 口から紫色の血を流し、胸から鮮血が噴き出ると同時ーー仰向けに倒れる。

 

 アバルは見向きもせずにウルフをーーいや、彼が抱えているアルドを睨みつけている。

 

 ネクロの方には目もくれない。

 

(四天王最強の剛力を誇るフレイムハルトさまでも、受けきれないのか……!)

 

 終わったーーとウルフは自分も斬られる覚悟を決める。

 

 そのときーー巨大な扉が開く。

 

 その先は、魔王の玉座に繋がっているはずであった。

 

「次々と、邪魔ばかり入りやがる……!!」

 

 忌々しいと言わんばかりにアバルは扉の向こうから出てきた白い肌の黒髪の男と思われる人物を見据える。

 

 クラウンと呼ばれる王冠を頭に被った紫色の瞳をした美しい青年の顔は、リアに瓜二つであった。

 

 男とも女ともつかない声と、黒づくめのローブのような服装。

 

 手足は細く嫋やかで、長い。

 

「ま、魔王様……!」

 

 ネクロがつぶやくと同時、圧倒的な気配を扉から出てきた人物は放っている。

 

「はじめましてーー。泰鬼とは違う鬼神ーーいや、その陰の羅刹ーーだったかな? 僕は魔王ゼロスだ。お見知りおきを」

 

「ーー魔王? 貴様が?」

 

 アバルは目を細め、静かに心の内で考える。

 

(オケアニデスの小娘に似ている……!)

 

「お互い、見覚えのある顔ーーということかい? 君はアルドに似ているね。君の元となった人間の肉体の鬼神も同じ顔なのかな?」

 

「……魔王。貴様に用はない、俺が殺したいのはアルド一人だけだ」

 

「ツレないね。僕は、女神オケアニデスが血眼になって探すほど、この世界には重要な存在なんだけど?」

 

「俺は世界など、どうでもいい。だがーー誇りを汚した男だけは、許さん。まして同じ鬼神鍾鬼の魂から袂を分かったのであれば、なおさらよ!!」

 

「なるほど。その鬼神『鍾鬼』というのが女神が異世界から招いたものか。それを追って、複数の異界の神々が来ているようだね。結構なことだ」

 

 口許に手をやり、上品に笑う魔王ゼロスにアバルは告げる。

 

「貴様らの視点など、どうでもいい。おとなしくアルドの首を渡せ、それで終わりだ」

 

「ーーフフ。断る」

 

 楽しげに一言告げる魔王ゼロスの目の前にアバルは踏み込んでいる。

 

「ならーー死ね!!」

 

 振り上げたヴァジュラ刀は、しかし振り下ろされずに止められている。

 

 嫋やかな右手が、そっと刀に触れるようにして止まっていた。

 

「……なに?」

 

「ヴァジュラーー金剛(雷霆)の力。君のではないはずだが、すごいね。使いこなしている」

 

 刀身を愛でるように指を滑らせて、触って見せた後ーー蠱惑的な紫の瞳でアバルの内を見透かす。

 

「ただーー少し、無礼だよ。君」

 

 微笑みながら目が合ったーーそれだけで、アバルは後方へはじき飛ぶ。

 

 しかし、すぐさま宙で体勢を立て直すと地面に着地する。

 

「……神通力、だと?」

 

「フフ、ようやく僕を見てくれたね。アバル」

 

「気安く名を呼ぶな…!!」

 

 瞬間、アバルの気は赤黒い炎のようなものに赤い雷が走り始める。

 

 それだけで、一気に感じる圧が数倍に膨れ上がった。

 

「……これが本気、か。なるほど、アルド以上かもしれないね」

 

 微笑みながら告げる魔王は、気付いたように壁にかけてあった飾りのサーベルを念力で自分の手の前に浮かばせると柄を握る。

 

「このサーベルは、飾りだ。もっとも、この城自体が僕の魔力で練り上げたものでね。飾りと言ってしまえば全てそうなんだけど」

 

 容易く告げる。

 

 つまりーーこの石畳の質感も松明もなにもかもが、強大な魔王の力によって生み出された幻。

 

 質量のある幻は、現実そのものに干渉している。

 

 そう言いながら魔王ゼロスはサーベルを構えるーーと同時、アバルも霞にヴァジュラ刀を構えた。

 

「来るといい。魂のない鬼神ーー心なき羅刹よ」

 

「ならばーー死ね!!」

 

 すさまじい踏み込みとともに刀とサーベルが、ぶつかり合う。

 

 微笑む魔王と猛ける羅刹。

 

 紫暗の炎と赤黒い炎がぶつかり合い、ゼロスとアバルの鍔迫り合いが弾き合うと同時、凄まじい剣戟の応酬が始まる。

 

 アバルの袈裟懸けを左に流して舞うかのように翻って横なぎで斬りつける魔王。

 

 アバルは体を戻しながら左下から右斜め上に切り上げ、防ぐ。

 

 そこから嵐のような斬撃が互いに放たれた。

 

 ヴィンテージ家での修練と鬼神鍾鬼の記憶を持つ羅刹は、斬撃の応酬にあっても遅れなど取るはずもない。

 

 斬撃の余波だけで魔王城の柱や床にひびが発生するほど、強烈である。

 

 これに対し、魔王もまた嫋やかな手から放たれるとは思えないほどに幻想的でありながら、凄まじい斬撃を返していく。

 

 袈裟懸け同士がぶつかり合いーー鍔迫り合いに戻るも、アバルは力づくで刀を横なぎで振り切り、後方へ魔王を吹き飛ばす。

 

「ーーーっ」

 

 魔王は、そのまま羽が生えたようにふわりと地面に着地すると剣先をアバルに向けて強烈な紫色の光を放つ。

 

 これにアバルもヴァジュラ刀の黄金の雷を纏わせつつ赤い光を刀身に満ちさせる。

 

「鬼刃ーー神斬りぃいいいっ!!」

 

 互いの中央で紫色の光線と赤黒い光線がぶつかり、押し合う。

 

「ぬぅううーーーウォオオオオオッ!!!」

 

「ーーっ!!」

 

 互いに力をさらに絞りだし、野太い光と光は爆発する。

 

「なるほど。アルドより強いーーね。君」

 

 立ち上る煙を見つめてゼロスは静かに言う。

 

 その向こうから現れる羅刹を静かに見据えて。

 

「……貴様もな。これがーー魔王か」

 

 アバルをして、勝てるとは言い切れない強敵ーー天帝や泰鬼でもない。

 

 この世界の強敵だった。

 

 ゆっくりと、もう一人の強者が目を覚まして立ち上がる。

 

「魔王陛下、申し訳ありません。このような者を城に招くなどーー」

 

 アルドが立ち上がったのだ。

 

 瞬間、赤目に変わり鬼神の赤い炎のようなオーラを纏う。

 

「……屍が。魔王の力で復活し、それを元に鬼神力を模倣するだけかと思ったがーー。どうやら鬼神『鍾鬼』の力は、そんな生易しいものではないーーということか」

 

「ヴィンテージ家の鬼ーーか。羅刹とか言ったか? 貴様こそが、俺が生み出した家の陰なのかもしれんな。面白い…!!」

 

 魔王ゼロスは、ニコリと微笑むとアルドに壁にかけてあったサーベルを一振り渡す。

 

 これを恭しい態度で受取り、アルドはアバルの前に立った。

 

「貴様には死んでもらう。でなければーー祖父上殿の手向けにならん」

 

「……ほう? 鬼と名乗る割には、人間臭いやつだな」

 

 そう言ってアルドは魔王の横を通り過ぎる。

 

 瞬間、魔王ゼロスの瞳が見開かれる。

 

「ーーアルド?」

 

 アルドの影が、アルドを象っているとは思えないほどに巨大でーー髪は腰まで伸び、頭から天に向かって伸びる角が2本生えているものに変わっていた。

 

「なに……!?」

 

「くくく、何を驚く。我が子孫、いやーー我が欠片」

 

「……まさか、貴様は!?」

 

 目を見開くアバルの前でーーアルドの纏うオーラに幻影が浮かび上がる。

 

 長い黒髪に天を衝く角、美しい顔は凶気に笑みを浮かべて赤い瞳でアバルを見ている。

 

ーー 楽しそうにしやがって。面白いではないか。貴様らの死合い。我もーー混ぜろ!! ーー

 

 圧倒的な鬼神力は、アバルが放っていた力と同等にまで一気に高められる。

 

 それは人間の器でも魔族の力でもない。

 

 模倣などでは断じてない。

 

「鬼神『鍾鬼』ーーだと!?」

 

ーー 惚けるな。我が欠片ーー否、羅刹。我を楽しませろ!! 我こそが唯一の鬼神と思い出させてくれたのだからな!! ーー

 

 そんなことは起こりえない。

 

 鬼神『鍾鬼』は魂を五つに割かれ、人間の器に放り込まれた。

 

 今更、完全な復活はない。

 

「なのにーーなぜ!? なぜ、貴様が今更しゃしゃり出てきやがる!!?」

 

 既に口を動かしているのは、アルドではない。

 

 器の中で完全に目覚めているーー鬼神そのもの。

 

ーー 泰鬼が居る、天帝が来た、釈迦が生き、そしてーー我の獲物に相応しい貴様らが居る!! 我が復活するゆえなど、それで十分!! ーー

 

「死んだ人間を魔族に変えた存在が、滅びた鬼神復活の材料ーーだと?」

 

 構えるアバル。

 

 しかし、アルドは自分の胸を抑えた。

 

「やめろ…! この体はーー俺のものだ!!」

 

ーー く、くくく、健気だなぁ。愛いぞ、人間。いいだろうーーゆっくりと、貴様の肉体も魂も我が食らってやろうぞ。まあ、そこの羅刹のように我も肉体を手に入れられれば何でもよいが ーー

 

「ふざけるなよ、化け物が!!」

 

ーー そう怯えるな。泣かせたくなるではないか! クハハハハハ ーー

 

 戦いになれば鬼神の完全復活が見えている。

 

 仮にアルドを斬れば、この鬼神は確実に復活する。

 

 そうなればアルドよりも厄介な存在を野に放つ。

 

「……ち、なぜ、余計なことばかり頭に浮かぶ!!」

 

 叫ぶアバルの右手のヴァジュラ刀が輝きだした。

 

「なに!?」

 

ーー 退くぞ、羅刹。このまま鍾鬼を復活させれば、其の方が拘る道理さえ通らなくなる ーー

 

「帝釈天…!! 余計なことを、だがーーたしかにな」

 

 いうとアバルは、鬼神鍾鬼に向かっていった。

 

「貴様の復活だけは、俺も防がねばならんと思った。必ず封印してくれる、覚えておけ!!」

 

ーー まて、逃がさんぞ! 我の獲物ども!! ーー

 

 そう言って追いかけようとする肉体をアルドが抑える。

 

「させん…! 俺の体で好き勝手なことは、させん!!」

 

「鬼神鍾鬼ーーか。悪いが、君の肉体は別で用意する。今は、おとなしくしてもらおう」

 

 そう魔王がいうと、鍾鬼の幻影はニヤリと笑ってからアルドの肉体に収まっていった。

 

 これにアバルも舌打ちをしながら、己の肉体を赤黒い光の粒子に変えて消えた。

 

 残されたのはーー魔王城と魔族。

 

 そして魔王と、鬼神鍾鬼の器になりかけた剣士だった。

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