勇者ギフト・オケアノスは腰の剣を正眼に構えると黄金のオーラを身にまとい、水色の瞳を輝かせる。
それはヴィンテージ家の武神息吹とよく似ているものであった。
つまりーー鬼神力を開放したアドムに似ている。
その力は、人ならぬもの。
その輝きは聖なるもの。
その光の強さは、邪なもの、影のものを一切許さない。
創世の女神オケアニデスの力ーーそのものだった。
「……俺が世界を守れるか、だと? 守れるさ、この力は女神さまの力は、そのためにある!!」
「ーー御託はいい、見せてみろ。お前の剣を」
青いオーラを纏うアドムに向かって、ギフト・オケアノスは地面を蹴った。
それだけでーーヴィンテージ流のソニックムーヴに匹敵する、即ち目にも映らぬスピードでアドムに迫った。
移動だけで周囲に風が吹き荒れ、地面が掘り起こされている。
「はぁあああああっ!!」
右手一本で女神の剣を頭上に掲げて、アドムに向かって振り下ろす。
アドムは霞に構えた兼定の刃が触れるか否かのところで、摺り足で上体を揺らすことなく左へ滑りながら一撃を捌く。
「それで捌いたつもりか、アドム・ヴィンテージ!!!」
「ーーっ!」
唐竹の一撃を脇に捌いたアドムだが、流された斬撃は地面を割って雑木林の木々を根こそぎなぎ倒していく。
その威力に、シャロンでさえ目を見開いていた。
「これがーー勇者の力、か?」
「頭上から剣を振り下ろしただけの動きでーーなんてでたらめな斬撃だ!!」
「……動きも構えもデタラメだけど、威力は本物みたいね」
ルークも吐き捨てる中、ダークエルフにして弓手のペイトが、その優れた瞳を使ってギフトとアドムの動きを見ている。
横っ飛びに逃げるアドムを追いかけて、片足で地面を蹴る。
それだけで音速を超えたスピードでアドムの正面に追いつくと、左腕の盾で殴りつけるようにギフトが振り回してくる。
とっさにアドムは兼定を縦に構えて峰に左手を添え、受ける。
「吹っ飛べ!!」
盾と兼定がぶつかった瞬間、アドムは自分の左脇に盾を流しながら摺り足でギフトの右側に抜ける。
流された盾は、勢い余って地面を砕いて掘り起こす。
「……力に振り回されているな。その有様で世界とやらを守れるのか?」
「おのれぇ!!!」
右手の剣をアドムに振り返りながらギフトは片膝立ちになって横なぎに払うと、斬撃は扇形に飛ぶ光弾となって目の前の木々を薙ぎ払って飛んでいく。
羽を休めていた鳥たちは、鳴き声を上げながら空へと逃げていった。
しかし、アドムはそれを紙一重で見切りギフトの背後に回っている。
その姿は、服は破れ頬から血が流れているが敵対している相手を見るとは思えないほど澄んだ青い瞳だった。
ギフトの凄まじい移動スピード、斬撃や打撃の威力に周りで見ている誰もが震えていた。
倒された木々を、掘り起こされ、割られた大地の有様を見据えた後、ダッタが前に歩を進めた。
「そこまでです……」
「ーー!!」
静かだが何故か声は皆の耳に聞こえ、次に何を言うのかと動きが止まる。
そう聞かせる問答無用の力が、その声にはある。
「勇者殿、あなたのしていることは本当に世界を守ることになりますか?」
「ーーどういうことだ?」
「周りを御覧なさい」
ダッタが示した先には、ギフトが割った地面や斬り倒した林の木々がある。
ギフトは周囲をひと通り見渡すと、アドムの仲間であるルークが自分の力に脅威を感じて眉根を寄せ、シャロン達が恐れているのが分かる。
「ーーこれが、俺の力。このーー圧倒的な力が。これさえあればーー!!」
「その力があれば、なんだというのです? 罪もない動物たちの静かな暮らしを奪い、その上でアドムに勝ったとて何を守るというのです?」
金色の瞳。
それは月光を思わせるほどに静かな、しかし強い光を放っている。
「女神さまが望む世界を守る!! 女神さまの勇者となった俺が、世界を守るんだ!!」
「そんなことで、世界は守れはしない!!!」
その怒声は大きく、全員が目を見開くほどであった。
「良いですか、勇者どの。力で世界を守ることなどできません。力は、ただ力。それをどう扱うかで、世界を守ることも滅ぼすこともできるでしょう」
言いながらダッタは破壊された自然を見まわして続ける。
「ですが、今のあなたがしたことは何です? アドムに剣を突きつけ、周囲のものを破壊しただけです」
「違う。俺はーー女神さまの寵愛を受けるこいつがーー」
「それが何だというのです? 世界を守ると言ったあなたにとって、女神がアドムに執着していることが何になるのですか? それは世界を守ることより優先されるのですか? あなたにとって、世界とは何です?」
ダッタの静かな、しかし逃げることを許さない問いかけにギフトはーー。
「だまれぇええええ!!! 俺にとって、女神さまがすべてだ!! 他はどうでもいい!!! 女神さまが望まれるのならば、俺はなんにでもなる!! そうしなければ、俺は女神さまに見捨てられるんだ!! そうなったら、人間どもに、どれだけひどい目に遭わされるか……!! それも分からん貴様に言われたくもない!!!」
金色のオーラを纏い、さらに炎のように激しく燃え始め右手の剣を振り上げる。
これにダッタは瞳を細め、静かに言った。
「……アドムはーーこの男は、あなたを傷つけるものではない。それでも剣を納めることはできませんか?」
「うるさい、黙れ!! 俺から女神さまを奪おうとするものなど、断じて許せるものか!! これ以上、俺の前で喚くなら貴様の首から刎ねるぞ、僧侶!!!」
「……それは本当にあなたの本心ですか?」
剣が振り下ろされる。
凄まじい爆音とともに、振り下ろされた剣はダッタの目の前で止まっている。
兼定を横に構えてアドムが剣を止めていた。
「ーーどうした、勇者。こんな説教好きに構ってないで、俺を倒してみろよ」
「アドぉおおおむぅうううう!!!!」
後方へ弾き飛ばされるアドムだが、すぐさま受け身をとって立ち上がる。
「ーーダッタ。下がってろ」
「心得たーー。頼むぞ、アドム」
そのやり取りだけでダッタはルークの隣に戻る。
「まったく、無茶苦茶するな。お前」
「アドムやルーク殿ほどでは、ありません」
「くく、言ってくれる」
笑いながらルークは鋭い瞳でアドムとギフトの二人を見る。
一方でシャロンにミリアが語りかけた。
「シャロン。これが女神の勇者なのですね」
「ああ。魔王や旧神を倒すために女神が生み出し作り替えた兵器だ」
二人の会話にアサシンのネイがつぶやく。
「これが、私たちが打倒するべき敵。オケアニデスの力なのね」
「ーーとんだ化け物を用意してくれるわね。まったく」
ペイトも静かにつぶやく中で、ギフトがアドムに斬り込む。
瞬間、アドムも青い炎のようなオーラを身にまとって袈裟懸けに兼定をぶつけた。
「アドム、なぜ本気を出さない!!」
「……?」
「いつまで人間のフリをしている、化け物!! さっさと本気を出せ!! 女神さまの目を、心を奪う赤い瞳にさっさとなれ!!!」
「ああ、鬼神力のことか」
言いながらニヤリと笑ってアドムはギフトの剣を鍔迫り合いの姿勢から弾き返す。
「……な、なに?」
明らかに人外の力を使っている自分の剣が簡単に弾かれた。
確かにアドムの力は凄まじいが、身にまとうのは鬼神力の赤ではなく白い気を高めて青にしたものだ。
「なぜだ、人間の腕力で。俺の剣を防げるわけが……!!」
「ここ最近で、強敵とやり合うことが多くてな。おかげでーー人外との戦い方が、ようやく分かってきた」
アドムは霞に構えて続ける。
「ヴィンテージのーーいや、俺に剣を教えた父ーーアスラの剣技は人外と戦うためにあるってな」
「ーーふざけるな。鬼神力のない只の剣士に俺が、負けるかぁあああああ!!!」
左腕の盾を投擲武器のように投げるギフト。
そのスピードはすさまじく、見ている誰かから短い悲鳴が上がった。
飛来する鉄塊に並のものならば、無残に押しつぶされて死ぬだろう。
しかしアドムは、目を見開くと真下から真上に斬り上げて真っ二つにしてしまう。
「ーーっ」
兼定を振り切った姿勢の背後に、ギフトが高速移動で現れて剣を横薙ぎに払ってくる。
アドムは返す刀で振り返りながら、袈裟懸けを叩きつけた。
数秒、押し合いーーギフトの剣圧が周囲に風として吹き荒れるーーが、それだけだ。
これにシャロンが叫ぶ。
「まさか!? 勇者の剣戟を無効化しているのか、ただの受け太刀で!?」
「魔法ーーではないんですのね。し、信じられない……!!」
「ーー剣がぶつかる刹那に、刃を合わせないようにして衝撃を逃がしてる。あのすさまじい力を前に……!?」
「赤目にならない状態で、勇者の剣を止められる。これがーー大陸最強……!?」
ミリア、ペイト、ネイの三人も畏怖の感情を持ってアドムを見始める。
人間が太刀打ちできないレベルの斬撃を、アドムは人間の状態で止めているのだ。
「ふん、橋の上での戦いを思い出す。あの時も、奴はヴィンテージの技で私の斬撃を防ぎ切った」
「ーー剣術を、己の一部とし。雑念もなく磨き上げた理合そのもの。それは鬼神力など纏う必要もないほどに高められている。正にーー神技!!」
ルークの横で、静かにダッタは唸っている。
続けざまに放たれる斬撃もアドムは淡々と受けていく。
「な、なんだ……!? この刀ーーなぜ、折れない!? 刃毀れもしていないーーだと!?」
更に力を上げて斬りこむ。
それでもアドムは涼しい顔で剣を受け止める。
嵐のような剣戟を受けても、地面を断絶する一撃を受けても豪壮な刀ーー兼定と大陸最強の剣士ーーアドムは、そこにある。
「鬼神の力を使わない相手に!! なぜ、手こずる!? くそ、俺を見下しているのか、アドム!!」
「ーーいや。お前は強い」
「なーー!?」
淡々と言われた言葉に目を見開き、ギフトはアドムを見る。
「鬼神力を使わないのは、お前を倒す必要がない。お前は剣士でも、悪人でもない。力を持たされた人間。それだけだ」
ギフトの神通力は強大だが、アドムには違和感がある。
剣筋は美しい。速さも力も申し分ない。
しかし、剣にギフト本人の感情が乗っていない。
「だが――これは、お前の剣じゃない」
「黙れ! これは女神さまから授かった、世界を救う剣だ!!」
叫びながらギフトはアドムに対する怒りを爆発させて両手持ちで剣を唐竹に振り下ろした。
「女神さまに望まれながら、なぜ応えない! その寵愛を受けながら、なぜ自分のためだけに生きられる!!」
その威力は間違いなく、国土すらも断ち切れるほどの一撃。
だがアドムは、淡々と兼定で受け太刀をして鍔迫り合いの姿勢で問い返す。
「お前は、何に対してそれほど怒っている?」
「お前が、女神さまを――!」
「女神が俺を欲しがることと、お前が世界を守ることに何の関係がある?」
まっすぐな問いかけにギフトは答えられない。
ギフトは、オケアニデスのアドムへの執着を女神の端末として受け取り、それを自分の嫉妬だと思い込んでいる可能性があった。
アドムの青い瞳は、それを見抜いているかのように問いかける。
「その怒りは、本当にお前のものか?」
「――俺の、ものだ」
「なら、女神の名を使わずに言ってみろ。お前自身は、俺の何が許せない?」
「お。おれは、俺はーー、くそぉおおおおお!!!」
がむしゃらに斬りかかるギフトの腹に兼定の柄頭が入っている。
「ぐ、ぉおお……!!」
「悪いな」
前のめりに崩れて倒れるギフトを見下ろして、アドムは兼定を腰の鞘に納刀し青い炎のようなオーラを消しながら言った。
「ーーお前は、俺の敵ではない」
(ーーなぜ、この男が許せないのか? そういわれても分からない。俺は、この男のことを。何も知らない。だけどーーこの男は、確実に俺に力を、加護をくれる女神さまを奪う。だからーー)
それでもーーギフトは答えられない。
(なんで、こいつーー俺を助けようとしてるんだ?)
それがギフトの闇に飲まれる前の最後の意識だった。
完全に動かなくなったギフトを見てアドムは天を見上げる。
「……お前が誰かは知らない。だがーーお前の都合で、人の人生を捻じ曲げるな…!!」
ハッキリと怒りの感情をあらわにしてアドムは呟いた。
皆がアドムに駆け寄ろうとした、その時ーー。
「アドム、まだだ!!」
シャロンの声と同時にアドムは倒れていたギフトを振り返る。
倒れていたはずのギフトの体が操り糸に吊り上げられるように地面から起き上がり、その水色の瞳から感情が消えていった。
「アドム、気をつけろ! オケアニデスの支配で勇者の体が操られている!!」
シャロンの言葉を肯定するように、場に穏やかな美しい声が降り注ぐ。
それは鼓膜を響かせる声とは違うもの。
ーー 勇者よ。鬼神を殺してはなりません。傷つけ、動けなくして、私のもとへ連れてきなさい ーー
これに反応するように立ち上がったギフトの身体が本人の意志を無視して動き始める。
鋭い踏み込みから人の動きは消え、人外そのものの関節や慣性を無視した動きでアドムに斬りかかった。
「「アドム!!!」」
シャロンとルークが同時に叫び、そのころにはアドムは勇者の剣を紙一重で避けている。
さっきまで荒々しかった剣から迷いも怒りも消え、完全に正確で人体の動きを無視しながらの人外の剣へと変わっている。
木々を斬り倒したり、地面を割るような無駄な力はなくーー正確にアドムだけを狙う。
(旦那さま、こやつ本当に女神の力じゃ)
頭の中に響く龍神の少女の声を聞きながし、剣技を見る。
その強さは先ほど以上だが、アドムは鞘から刀を抜かずに柄頭の部分で受けてつぶやく。
「ーーどこまでも、ひとの神経を逆撫でするやつだ。お前ら神とやらは、命を何だと思ってる!?」
ほとんど宙に浮いたような姿勢から凄まじい斬撃を繰り出してくるギフトに、アドムは淡々と柄頭で防ぎ、ほとんどの斬撃は見切っていく。
「ーー!」
「シャロンが手を貸すならば、わたくしもーー」
シャロンが赤いオーラを全身から噴き出して赤髪に、肌の色は白に変わると同時にミリアも杖を掲げて勇者に向けようとするが、ダッタが止める。
「手を出してはなりません。アドムは今、あの青年ではなく――青年を縛るものを斬ろうとしている」
目を見開くシャロンとミリアの前でギフトの剣がアドムの肩を斬る。
懐に踏み込み、致命傷は避けながらアドムは静かに兼定の柄に手をやる。
ーー 何を見せてくれるのです? アドム ーー
「ーーその笑み、終わりにしてやろう」
踏み込んでくるギフトは袈裟懸けに斬りかかるーーよりも速くアドムは抜刀すると同時に黄金に輝いた兼定を横薙ぎに振るって胴体を斬りつけた。
「い、今のは黄金の斬撃、か?」
「これが、クリューエル殿下をセフィロトから救った力か」
ルークとシャロンが呟くなか。
両者は、互いにすれ違って剣と刀を振り切った姿勢で交差する。
これにダッタがにこりと笑みを浮かべた。
「鬼神力を惑わずにーー神武不殺を使うか。見事だ、アドム」
刃はギフトの肉体を傷つけない。
ギフトの身体を通過した黄金の斬撃は、彼の身体を操っていたオケアニデスの支配だけを断った。
糸の切れた人形のように崩れ落ちるギフトをアドムは吐息を吐きながら振り返る。
「――ふぅ」
女神の声が途切れ、ギフトの瞳から水色の光が砕け散った。
同時に金色のオーラが消える。
ギフトは、仰向けの状態で鳶色の瞳を開くとアドムに向けた。
「ーーおれ、は? 生きてるのか、なぜ?」
「俺が斬ったのは、お前じゃない。お前を人形にしていた鎖だ」
ギフトは力を失った。
その証拠に女神の声が、何も聞こえてこないのだから。
女神から新たに与えられた「ギフト・オケアノス」という名前は覚えている。
しかし、村で両親から与えられた本当の名前は思い出せない。
これに彼は涙を流した。
「勇者でなくなったら……俺には、何もない」
「知るか」
「……なに?」
「何もないなら、これから探せばいい。俺も、自分が何者なのかを決めるために生きている」
アドムは、ギフトに手を差し出すようなことはせず、ただ兼定を納め立ち上がるのを待つ。
「立て。女神の勇者ではなく、お前自身の足でな」
ギフトはーーすぐには立てない。
アドムを認めることもできない。
しかし、自分の意志で地面へ手をつき、震えながら立ち上がる。
それが、彼が女神の支配から逃れた証拠だった。
ーー神の座にて
真っ白な空間の座にいるオケアニデスが、切断された接続を見つめる。
彼女は怒るのではなく、恍惚と笑っていた。
「私の支配さえ斬るのですね、アドム」
女神は愛おしそうに水晶玉へ指を這わせた。
「ますます、あなたが欲しくなりました」
女神の瞳は、ただただ大陸最強の剣士に向けられていた。