水色の光柱が現れた日の夜。
ヴィクトリア城内の一角にあてがわれたアスラ用の執務室。
赤い火の粉のような光が現れ、それがどんどんと増えて人の形を成してアドムと同じ姿に具現化した。
「……帰ったか」
静かにアスラは窓の外を見ていた笑みを消すと目の前に現れたアドムの陰を見据える。
本物に比べればーーまだ人に見える鬼を。
「アブラは討てたようだな……」
アドムの陰アバルーーその腰に差された剣帯に納まった大小二振りの無骨な刀を見てアスラは確信をもって確認した。
アバルは何も言わずに剣帯から大刀を左手で持ち、鞘ごと引き抜くとアスラの卓の前にある客用のソファに座って自分の横に立て掛ける。
その姿に静かにアスラは立ち上がり、アバルの向かいのソファに座った。
「ーーアブラは、父は強かったか?」
「ああーー。俺が取り込めんほどには、な」
「そうか……。それは父としては、不幸な話だな」
「……」
「貴様に取り込まれ、共に鬼として生きた方が父は望みだったろうに。人間として死んだか……」
低く笑うアスラにアバルは赤目を細めた後、続ける。
「ーー死にかけのアルドを逃がした。奴は、魔王の右腕になっていた」
「魔王ーーか。時代遅れの称号だな。せいぜいが、負け犬と言ったところか」
「甘く見るなよ、親父殿。魔王は俺の全力と五分に打ち合った。あのままやれば、俺でも勝てたか分からん」
そこで初めてアスラが興味を示したように目を見開いた。
「ーー貴様が? 加減をしたわけでもあるまいが…、本当か?」
「少なくともーー万全のアルド程度ならば、手間はかかるが斃せる。しかし、魔王相手には勝てるとは言い切れん。それほどだ」
アスラは居住まいをただすと改めてアバルに向き合った。
「貴様の力は、俺の見たところアドムにも匹敵する。それでもーー魔王を斃せなかっただと? 魔王は俺たちヴィンテージの刃に匹敵するのか?」
「ーーああ。鬼神や羅刹の力に匹敵する強さだった」
これにアスラは舌打ちをした。
「……どうした?」
「見立てが外れただけよ……。俺たちに匹敵する力を持つ魔王でも、百年以上も座を取り返せていないことにな」
もっともーーとアスラは内心思う。
だから、女神は魔王を殺せずに別の大陸を仕立てて、そこへ追いやったのだと考えれば辻褄は合うが。
「親父殿。女神や魔王など、どうでもよい。それよりも問題がある」
「……なんだ?」
「鬼神・鍾鬼だ。奴が復活する」
その言葉にアスラは瞳を鋭く細めるのみーーだ。
「泰鬼とかいう鬼神の仲間か。それがどうした?」
「ヴィンテージの剣は鬼神・鍾鬼の力を源流にしたものだ。それがどういう意味か、分かるか?」
「……ご先祖様というわけか。まあ、アルドが出てきた時点でーー」
「人間などと一緒にするな。鬼神は、人間の器とは格そのものが違う」
アスラに向かっていうアバルは、いつもよりも真剣そのものだった。
「鬼神・鍾鬼。奴こそは自分以外の存在を認めないーー正真正銘の鬼神だ。力あるものは鍾鬼に食われ、力なきものは慰み物にされる。奴こそは、力と破壊そのもの」
「ーーフン。それで? そいつが復活するから、どうだという? 立ちはだかるならば、斬るだけではないか?」
「斬れると思うか? 魔王さえも上回る鬼神を……」
そう問いかけるアバルをアスラは下らんと一笑に伏した。
「羅刹よ。貴様こそ何をほざいている…? 目の前に立つならば、神だろうが悪魔だろうが斬る。それが我らヴィンテージの剣だ」
言いながらアスラは立ち上がり、壁に立てていた兼㝎を右手に持って抜き放った。
「この刃が届くのならば、何も問題はない。復活するならば、させておけ。俺の手で斬り捨てるだけのことだ」
「ーーそうか。ならば、俺は俺のやり方で、奴を封じる」
「随分と弱気だな、羅刹殿」
「親父殿。親父殿は鬼神・鍾鬼を知らんから、そう言える。奴こそは、本物の厄災だ」
言いながらアバルは立ち上がり、腰の剣帯に大刀を戻す。
「そのアブラの刀ならば、神すらも斬れる。それを理解しているから、貴様は腰に帯びたのだろ? それはただの戦場にあった丈夫な刀を神の座にも届くようーー父が技で磨きぬいたものだからな」
「ーーフン。神を斬れる刃だから腰に帯びると? 俺は、そこまで下世話ではない。そんなものがなくとも、俺の力だけで神には届かせる。報告は終わりだ、じゃあな。親父殿」
そういうとアバルは赤黒い炎のようなオーラを身にまとって火の粉になって消えていった。
それを見送った後、アスラは淡々と抜いた己の兼㝎の刀身を見据える。
「……次は、誰だ?」
そうつぶやくと同時、今度は血のように赤い霧が執務室に入り、目の前で息子の顔を象る。
「……お前は、たしかアバルが切り離した吸血鬼の力そのもの、か」
執事服を着たアドムと同じ顔の吸血鬼は、恭しく頭を下げると続ける。
「我が主ーーアドム様より、言伝を承っております。アスラ殿」
「ーーなに?」
瞬間、吸血鬼ダァムの姿はアドム・ヴィンテージそのものの服装になる。
そしてーー彼は黒に近い青の瞳になって言った。
「親父殿ーー」
「ーーアドム、だと?」
目を見開くアスラ。
吸血鬼であったはずのものが、アドムへと変わっていた。
「なぜ、多くの無辜の民を斬り捨てた? 女神の力などのために、なぜ一国を犠牲にした!?」
時は、少しさかのぼる。
司の国チャーチを後にし、法の国ビルドアに向かうアドムの前に影から吸血鬼ダァムが顔を覗かせたのだ。
「? どうした、ダァム」
「アドム様。このまま旅を続けては、アスラ殿と話をするのは相当に時間を置かれることになります。私の能力でしたら我が分身を元に、アドム様の言葉を伝え、会話することは可能です」
「……助かる。それで、どうやればいいんだ?」
「では、前報酬ということで。そちらの前差しを頂けますか?」
アドムは腰に目をやり、いざという時に自分を守ってくれた懐刀の前差しを見つめる。
これこそは、五歳の誕生日の際にアスラが自分に祝いとしてくれたものであり、母を襲った怪物を討った刃だ。
そのことを思い出しながら、鞘ごと引き抜くとダァムに差し出した。
ダァムは恭しく両手で小刀を受け取ると、その刀を自分の胸の内に取り込んでいく。
そうするだけで、青白かった肌は血色を取り戻し、不自然に尖った耳は人間のものと変わらない丸みを帯びたものになっている。
「さすがは、アドム様を幼少の頃から守り抜いた前差しーーですね」
執事服を着たアドムと同じ顔の吸血鬼は、もはや服装と牙、瞳が血のように紅い瞳であること以外は主人と見分けがつかなくなっていた。
アドムは知らないが、それはアバルが妖刀『村雅』を己の魂の拠り所にしたように、ダァムも小刀を拠り所にして肉体を具現化させたのである。
「これでーー私はアドム様と記憶も人格も共有することができます。私こそは、あなた様の懐刀にして姿鏡の写し身ーー」
「便利なもんだな」
「ただし、肉体の力だけは鬼神には遠く及びません。あくまで遠隔で使える仮初の肉体であることをお忘れなく」
「十分だ。ありがとう」
少しあきれた表情で返すアドムにダァムは笑みを浮かべると血の霧となって霧散していった。
そうやって執務室に現れたのが、今のダァムである。
「ーー親父殿。俺は、怒っております」
「……」
「罪のない大勢の無辜の民の命を。己の謀に利用した親父殿に、俺は怒っております」
しばらく目を伏せた後、アスラは言った。
「アドム。写し身だか何だか知らんが、生身でなければ俺に偉そうに言えるようだな?」
「ーー今は、世界を守らねばならん身の上ゆえ、パジャに戻る暇がありませんので。このような使い魔を使うわがままを、お認めください」
「ーー少しは大局を見れるようになったか」
微かに目元を隠して笑うアスラ。
そのまま続ける。
「さて、先の質問だが。無辜の民を犠牲にしたと聞いたな? 逆に問う。パジャ以外の国に住むもののことを俺が、なぜ気にしなければならない?」
「ーーなに?」
「俺は、パジャ王の剣。パジャの国が、ヴィンテージが繁栄するのであれば考えもしよう。だが、他の国の民を考える必要が、どこにある? それはその国の王や貴族が考えるべきことだ」
「それらすべてーー女神の力を見るために犠牲にした親父殿が言うことですか?」
「くどいぞ、アドム。俺はパジャの国を第一に考えている。ほかの国は、故あれば国土を広げるための口実に我が国の領土を狙ってくる敵そのものだ。そのような国の民などを、俺が守る理由などない!!」
「女神の力が、なぜ気になられる? 国同士の諍いだというのなら、女神などは蚊帳の外のはず。だが、親父殿は女神の力を目に焼き付けた。人の政ではなく、神の座をなぜ意識するのです?」
「くどい!!」
一際、大きな声を上げてアスラは言った。
「今の今まで、国はおろか家すらも背負うことはなく、俺や弟にすべて押しつけて気ままに剣の腕を磨く修行だけをしてきた貴様が、今更国の話を俺にするか!? 愚鈍にもほどがあるぞ、アドム!!」
そのままアスラは抜き身の兼㝎の切っ先をアドムに突きつけた。
「その通りです。俺は家も国も背負わず、親父殿とアグニに任せ、好きなように剣を振って生きてきた」
「なにーー?」
「だから、政を知ったような顔で語るつもりはございません。しかし、親父殿。話をすり替えるのはやめていただきたい。俺は、なぜチャーチの民を守らなかったのかと聞いているのではない。女神を動かす餌として差し出したのかと聞いている!!」
「チャーチの王が望んだ。その結果だ」
「親父殿は、チャーチ王が必ず食いつくと知っていて、神の座のことを漏らした。失敗すれば女神が動くことも分かっていたうえでーー違いますか?」
「チャーチは、かつてジャッジよりも栄えた大国であった。それだけよ」
「ならばーー親父殿が、選ばせたのではありませんか」
「仮にそうであったとしても、それを選んだのはチャーチ王であり、滅びたのは結果よ。アドム、貴様は無辜の民というが、他国に無辜の民など居らぬ。そやつらは有事の際、必ずパジャを侵略する兵士となる」
「ーーこの国を奪い、剣を向けてくるならば斬りましょう。だが、瓦礫の下で助けを求めていた子どもは、パジャの敵ではない!!」
そう叫んだあと、アドムは穏やかな顔になって言った。
「隠居されよーー」
「ーーなに?」
「ヴィンテージ家だけでなく、王の剣もアグニならばやれましょう。親父殿は、隠居されーー母上の眠る地で剣を置き、政も復讐も忘れて静かに余生を過ごされよ」
「この俺にーーそこまでほざくか、アドム」
「否やと申されるならば、このアドム。腕ずくででもーー」
瞬間、アスラは窓を開けて枠に足をかけると下の訓練場を見下ろして言った。
「ついてこい、アドム!!」
飛び降りるアスラを見ると同時、アドムも血の霧となって窓の外へと向かう。
着地して振り返るアスラの前に血の霧は浮かび、アドムの姿に具現化した。
「そのまやかしの肉体で、俺に勝てるのか? アドムよ」
アドムの姿を象った血の塊は、静かに闘技場に置かれた周囲の武具を見渡してからアスラを見据える。
アスラはこれにニヤリと笑うと無造作に足元に転がっていた刀を手に持つとアドムに向かって放つ。
アドムは、これを左にかわして刃を抜けると右手で柄を掴むとそれを霞に構えた。
「ーーアドム・ヴィンテージ。参る」
これにアスラも兼㝎を霞に構えて応えた。
「アスラ・ヴィンテージ。受けて立つ」
同時に青い気を纏う両者。
アスラが動く。
一気に距離を詰め、兼㝎を袈裟懸けで放つ。
アドムは、紙一重で見切って右に刃を避けると左の切り上げを斜め下から振り上げる。
これにアスラは兼㝎を自分の顔の脇に持ってくると受ける。
凄まじい一撃は、アスラをして受け太刀ごと後方へ吹き飛ばせるほどの威力ーーだが、彼はそれを悟ると同時に受けるのではなく脇に流す。
アドムの刀は持っている右腕ごと自身の頭上に弾かれる。
「ぬぉおおおおっ!!」
猛々しい咆哮と共に踏み込みながら唐竹を放つアスラ。
瞬間、アドムも頭上にあげられていた刀を両手で持って唐竹を返す。
凄まじい衝撃音と共に両者を中心に衝撃波が吹き荒れ、地面を割る。
鍔迫り合いの姿勢で睨み合う父と子の青い瞳。
「ーーフン。所詮、アドムの真似事か」
言いながらアスラは自分の中にあるどす黒い刃を抜き放つ。
それはーーアスラの青い気の中に漆黒の気を混ぜたものになり、瞳からは圧倒的な鬼気を放ち始める。
「ーーな、に?」
圧倒的な力を放つアスラは、鍔迫り合いの姿勢になっている状態から兼㝎を一気に押し付ける。
押し切られると悟ったアドムは、とっさに刀を合わせるのをやめて横に流す。
と同時に脇腹に強烈な衝撃を受けて後方へ弾き飛ばされた。
「ぐはぁ」
背中で地面をこすりながら立ち上がると、右足を槍のように放った姿勢でアスラが止まっている。
「ーーどうした? アドムを真似ているのならばーーこの程度の蹴りを避けれずしてどうする? それともーー俺相手には、この程度で十分だと言いたいのか? だとすればーー見くびるのもいい加減にしろ、アドム!!」
強烈な力任せの斬撃。
それは受ければ太刀ごと斬り裂かれる。
アドムは摺り足で左右に円を描くような動きで避ける。
だが、アスラはその摺り足を追うように円を描くような動きで、アドムの数倍速く動いて先回りしている。
「鬼神力は、どうした? それとも俺相手に鬼神にならんで勝てるとでも思っているのか!?」
先ほどまでは打ち合えた斬撃。
しかしアスラが力を解放してからは、たった二閃の斬撃を打ち合っただけで、アドムは後方へ弾き飛ばされ、瞬く間にボロボロにされていた。
受けても剣圧だけで肉を斬られている。
「遠隔操作の分身で、俺に隠居しろとほざくとは。つくづく親を舐めているな? アドム…!!」
片膝をついた姿勢のアドムの眉間に向かってアスラは静かに剣先を突きつける。
「貴様は強いーーが、俺とて。いつまでも貴様の下には居らぬ。最強の剣士の称号と妻を殺したものへの復讐は、このアスラのものだ」
鬼の形相でアスラは、鬼気を纏ってアドムを見下ろす。
これにアドムは笑った。
「流石は親父殿。ならばーー剣士としての決着は、俺が帰るまで。いったんお預けします」
「ーー!」
「ここからはーーアドム様の影として。このダァム、アドム様の人格と記憶を共有するもの。我が主の敗北にはさせぬ……」
声が変わり、血のような赤い瞳に変わりながらダァムは刀を構える。
その構えに、先ほどまでの重圧はない。
アドムではなくなったと、アスラにはハッキリと見て取れた。
「使い魔風情が、俺に物申せると思っているのか?」
「アスラ殿。俺は我が主ーーアドムと人格と記憶を共有したが故に、あなたからは逃げん」
「雑魚が!!」
強烈な袈裟懸けを放つアスラに、ダァムは後方へ宙返りしながら避ける。
「ーーなに?」
この動きにアスラが眼を鋭く細める。
(今のはーーヴィンテージの動き。この使い魔には、できるはずもないが。なぜできる……?)
いくら人格と記憶を共有していても、肉体はアドムではない。
ヴィンテージの動きを肉体は記憶していない。
それなのに、なぜヴィンテージの動きで咄嗟に避けれた。
後方に着地したダァムにアスラは踏み込まず、じっと見据える。
「この肉体は、アドム様が幼き頃にあなたから頂いた小刀を元に生み出したもの。いわばーーヴィンテージそのものの肉体」
「ダァナを守れなかった、出来損ないのカミソリか! これで貴様を斬る理由ができたわ!!」
凄まじい憎悪が、凶気がアスラの瞳から放たれ、身にまとう青黒い炎のようなオーラに漆黒の雷が放たれる。
これにダァムも、真っ直ぐに紅の瞳を見据えて正眼に構えた。
互いに一瞬で、相手の懐に飛び込むとアスラは兼㝎をダァムも刀を袈裟懸けに振り切って交差する。
片膝をつき、ダァムの胸が切り裂かれると同時、持っていた刀も半ばからアッサリと折れる。
「ーー人格と記憶だけでアドムにはなれん。その男は、俺が生涯で乗り越えると誓った男だ。使い魔ごときに真似などできようはずもない」
アスラは振り返りながら剛刀を鞘に納めて告げる。
これにダァムは立ち上がりながら、応えた。
「そうかもしれん。だがーーあなたには、我が主の悲しみと苦しみの一欠けらでも、味わわせてくれる」
「なにーー?」
ダァムは血の霧を折れた刀の刀身にまとわせると、血のような紅の刃へと転ずる。
それを構えなおし、切り裂かれた胸に手を当てると傷口は塞がる。
「アドムの影に、貴様がなれると思うか?」
「なるさ。ーー強さと弱さを兼ね備えた新たな鬼神の影に、な」
「ーー笑わせる」
言いながら、再びアスラは兼㝎を抜き放つと圧倒的な青と黒の力を全身に吹き上げる。
「今の貴様に、俺を止めることはできん。むろん、アドムが遠隔で貴様を操ったとしてもな」
「ーーいくぞ!!」
袈裟懸けを互いに放つも、一方的にダァムの血の刃が切り裂かれるも、かろうじてアスラの一撃は相殺できた。
瞬間、ダァムは血の霧になって高速移動すると共に闘技場の壁に立てられていた槍の前に移動して具現化し、手に持つ。
「ーーフン」
アスラがそれに失笑すると同時、突っ込む。
瞬間、目の前に無数の穂先が分身して現れる。
それほどの速度で突きが放たれたと知ったころには、アスラをして立ち止まり首をひねりながら避けていた。
(ヴィンテージ流ーー槍術。この男ーー!)
目を見開いてよけながら、アスラは突きの一つを選んで兼㝎で脇に弾いて突っ込む。
瞬間、弾かれた槍の穂先の威力を遠心力に利用して長い持ち手の部分で横薙ぎをダァムは放ってくる。
「ちぃ!!」
舌打ちしながら横薙ぎを地面に頭をつけるのかというくらい伏せて避ける。
だが、目の前には膝があった。
「ぐぅ」
一瞬で距離を詰められ、膝蹴りで顎を打ち抜かれて吹き飛ぶアスラ。
槍を構えたまま、距離を詰めようとするダァム。
くるりと宙返りしてアスラは着地すると同時、突っ込んできたダァムの突きを左に見切ると脳天に目掛けて唐竹を振り下ろす。
血の霧になって霧散するダァムーー槍は持ち手ごと半分に切り裂かれて地面に落ちる。
「ふざけた真似を……!」
アスラがダァムに構えなおした時には、鎖分銅をつけた鎌を構えている。
「……ほう? 武具を選ばずに使えるーーか」
「アドム様の記憶とヴィンテージの動きが分かれば、このくらいは容易い」
そう告げるとダァムは鎖分銅をアスラに向けて投げる。
鎖は鞭のように、生きた蛇のように動いてアスラの急所を的確に打ち抜こうとしてくる。
それを紙一重で見切り、あるいは右手にある兼㝎で弾き返す。
弾かれた鎖は、意志を持つようにダァムの左手に戻ると右手の鎌を放ってくる。
アスラは跳躍して避けると、その後ろにあった武具の棚が鎌によって真っ二つに切り裂かれた。
跳躍したアスラは、壁を蹴ると滑空するように突っ込んでくる。
伸びた鎖はズタズタに切り裂かれ、ダァムの手元には半分の長さの鎖と分銅しかない。
兼㝎を両手で持って突きを放つアスラ。
しかし、その切っ先はダァムの眉間に触れる寸前で止まった。
アスラの足は宙に一瞬浮いた状態から、ゆっくりと地面に降りる。
「ーー貴様」
「取ったぞ、アスラ殿」
鎖を刀身に巻き付け、両手で左右にひくことでアスラの突きを止めていた。
瞬間、アスラは刀身に青黒い気を流し込んで光の刀へと変化させると、横薙ぎを放つ。
その時には、ダァムは鎖を持つ手を放して宙へと飛び上がって宙返りしながら無数の苦無を投げつけていた。
神速の運足法で左に移動してかわし切るアスラ。
着地すると同時にダァムは闘技場にあった刀を右手に持っている。
「ーーそろそろ、終わりにするか」
「ああーー」
そう言い合うと、同時にアスラとダァムは突っ込みーーアスラは唐竹を、ダァムは袈裟懸けを放つ。
アスラの強烈な唐竹はダァムの頭上に触れる寸前で止まり、ダァムの袈裟懸けはアスラの首筋を皮一枚斬ったところでとどめていた。
「ーー貴様、何の真似だ?」
「あなたと決着をつけるのは、借り物の剣ではない。本物のアドム様ーーそういうことだ」
そういってダァムは刀を地面に突き刺してアスラに背を向ける。
アスラは、これに瞳をかすかに細めながら何も言わずに兼㝎を鞘に納刀した。
「名を聞いておこうーー」
「我は、アドム様の影にして懐刀。名をダァムーー以後、見知りおきを」
そう言うと去ろうとするダァムに向かってアスラは告げた。
「ーー待て。城下町のヴィンテージ屋敷には、余った武具が腐るほどある。このような訓練場で野晒しにされているものよりは、余程状態も良い。好きなものを持っていけ」
「……アスラ殿」
「アドムのーー息子の影を務めるのならば、そのくらいはしてもらう。その服も、本物を着てこい。貴様がヴィンテージの影を名乗るならばな」
そう一方的に告げるとアスラは、ダァムに背を向けて去っていった。
その意味するところを知り、ダァムもまたヴィンテージの屋敷へと向かっていくのだった。