ヴィンテージ領。
丘の上にある屋敷。
その麓には、ヴィンテージ直下の町がある。
町の広場では、町人たちが拳を握って叫んでいた。
「おい! すげえ戦いが始まってるぞ! 早く来い!!」
「どういうことだ!?」
「それが、なんでも……タハトとラボニさんが、どちらがアドム様の影武者にふさわしいかを直接対決で決めているらしい……」
「本当かっ!」
「よし! 俺はタハトに賭けるぜ!」
「じゃあ俺は、ラボニさんだ!」
盛り上がる町人と警備員たち、中にはノミ行為まで始める者が出始めていた。
「あー、ちょっと待ってちょっと待って! 予想はこちらでやってまーす! 一口200ギル、200ギルでやってまーす! 一口ですよー!」
ちなみにノミ屋をしているのは、酒場の看板娘であった。
これに美女たちのまとめ役であり、茶髪の剣士でもあるアリスと赤髪の槍使いユアがあきれた表情に変わる。
「ヴィンテージ領のひとって商魂たくましいわね」
「商魂というか……、なにか違うような」
これに金髪にピンクのメッシュが入った弓使いキサラと猫のような目をきらりと光らせる桃色の髪のレイアも続く。
「影武者、なんですよね? あのふたり……」
「あんな大々的に言うものなんですかぁ? 影武者ってぇ…」
そんな周りの人々の言葉などどこ吹く風と、まったく見向きもせずにタハトは拳を握った。
「じゃあ、まずは僕から行かせてもらうよ! ラボニさん!」
これにラボニも口笛を吹くような素振りをしたあと、片手で手招く。
「Com'n!」
タハトはうなずき、両手を広げてラボニからそっぽを向いて広場に集まった人々に語りかける。
「みんな! 聞いてくれ! 僕の髪は、アドムと同じかい? アグニと同じかい!? 違うよね!? 僕の瞳を見てごらん! アドムと同じかい? 青色かい? 違うよね。鳶色なんだ」
ラナがポカンとした表情で聞いているも、構わずにタハトは熱く語りかける。
「さらにこの癖っ毛! やつらのようにキューティクルでもなければサラサラでもない! ただの茶髪だ! これでヴィンテージの影武者できると思う? きみたちぃ!」
どうだ、と言わないばかりに叫んで訴えかけるタハトにラナ達はポカンとしたままである。
これと対照的にヴィンテージ領の町人たちは皆で顔を見合わせ始めた。
「「「うーーーーーーん……」」」
真剣に悩み始める町人たちにタハトは笑みを強くする。
「ほぼ決まったな」
「もういいのか? 次は僕のターンだね」
これにラボニがニッと笑みを浮かべるとタハトと交代するように前へ出る。
町人たちはラボニに視線を向けた。
「あ、どうもみなさん。今日もお日柄もよく。ラボニ・カタクラです。しゃべるキウイです。まず私の顔を見てください。どう見てもおっさんですよね? 私の頭を見てください。髪、あります?」
顔を人差し指で示した後、頭を撫でながら続ける。
「私の身長を見てください。アドムのほうが高いんです。……フッ! いかがでしょう! みなさん!」
「「「「うーーーーーーーーん……」」」」
これに町人たちはお互いを囲み始めて隣の人間と話し始めた。
「やっぱり年齢を考えると……タハト、かなあ?」
「でもさぁ。あの筋肉は男なら憧れるぜ?」
「アドム様の顔であの筋肉はーーちょっとやだなあ。やりすぎじゃない?」
「いやあ、てかさ」
互いに顔を合わせた後、町人たちは同時にタハトとラボニを向いた。
「「「「もっと似てるひといないの?」」」」
「「居とったら言わんわあ!!!」」
割とまじめな顔で絶叫を返されたので町人たちは顎に手をやったあと、お互いに話始める。
「そっかあ」
「じゃあ、まずラボニさんから行ってみるか~」
仕方ない、と言わんばかりの話し方にラボニの眉がピクリと動いていた。
「めちゃくちゃ気が進まなさそうに言ってくれるじゃないか。いや、いいんすけどね?」
「身長は……言うて、そこまで気にするものじゃないでしょう。アドム様と比べても。むしろガタイがいい分、アドム様よりおっきく見えますし」
「服のセンスはアドム様に近いと思いますよ」
ラボニの訴えを完全にスルーして続ける町人たち。
「え、待って待って待って待って! 服のセンスって言ったって! 僕のコレ、ヴィンテージの一張羅ですよ? タハトも同じの着てますし。色違いだけど!!」
必死の訴えに町人たちがラボニに顔を向ける。
「黒い革ジャケットに白いシャツっていうところがアドム様と同じなんだよなあ」
「色だけじゃん!」
「あとタハトと違って、目と眉、黒ですよね?」
「実はなんですけど、これ、明かりをちゃんと反射すると、茶色なんですよ」
「そこまで近づいて見ないから大丈夫!」
「顔……おっさんです」
「え? でも魔法で変えられるんでしょ?」
「……あーっと……あぁ……」
目線が泳ぎ始め天を見上げて数秒、沈黙するラボニ。
「……」
「……はい」
「認めたぁあーーーーー!」
これに飛び上がって喜ぶのはタハトであった。
「やったあ! ぼくの勝ちだあ!」
そんな彼に、そうは行くかとラボニが肩を制して続ける。
「いやいやいやっ! タハトくん。次はきみの番だ」
「なにぃっ!?」
目を見張るタハトを無視してラボニはタハトへの批評を町人たちに募る。
「というわけで、みなさん。よろしくお願いします」
これに先のラボニの時のように町人たちは顔を寄せ合って話し始める。
「タハトかあ~」
「いまいち、パッとしませんよねえ」
「グサッ」
言葉の刃は耳に聞こえた時点でバッチリ胸を突き刺すのだなと感じるタハトであった。
「いやあ。年齢的にも体格的にもアドム様に近い、んだよなあ? タハト」
「普通に考えたらタハトくんのほうが似合ってるんじゃないかしら」
町人たちの言葉にラボニが最高の笑顔で拍手をする。
「待てい!」
これにタハトが舞台俳優のような表情と声音で叫びながら制止する。
「似合う、似合わないじゃない! ふさわしいのはどちらか、という勝負なんだ! そんなポッと出の『あんま印象ないねー』っていうような奴が! 大陸最強の影なんて務まるわけないだろう!」
力強く訴えるが、一人の町人に簡単に否定される。
「いや務まるんじゃない?」
「なにっ!?」
「むしろ顔覚えられないほうが影武者としちゃいいんじゃ……?」
「ちょっと待ってくださいよ! おかしいじゃないですか! アドム・ヴィンテージですよ? アグニ様とかアスラ様とかクリソツなひとがいっぱいいるんですよ! ヴィンテージに。どうですか? 彼ら誰ひとり、パッとしないなんて人がいますか?」
さらなるくどい主張が功を奏したのか、町人たちは互いに顔を見合わせる。
「パッとするかしないかなら、ラボニさんのほうがふさわしいんじゃないですか」
「言われてみれば」
「たしかに」
「キャラは立ってる」
これにパンと手を強くたたく音が響く。
「……一旦、落ち着こう」
ラボニである。
その表情は胡散臭いまでに穏やかであり、一筋の汗がきらりとこめかみを流れている。
「お、なんか仕切り出したぞ!」
「リーダーシップとやらがあって……アドム様に……合うとるのではないかあ?」
若い町人と老人がそれぞれ口にするも、ラボニは一切聞いていない。
みんなの前を横切って手を広げて天を見上げる。
「影武者は目立つべき――か? 目立つべきじゃないって、みなさん思いましたよね? 僕もその通りだと思います」
ガンギマリの目でふり返って町人を見る。
「おいおい! みんなをビビらせるんじゃないよ! ずるいよ、ラボニさん!」
「そんなビビッてないですよね? みなさん」
これにタハトが待ったをかけ、ラボニは笑顔に戻ると問いかける。
「いや……まあ……」
「ラボニさんじゃなかったら、近寄りたくはなかったな」
若干引き気味な町人たちの横でアリスが静かに手を挙げ、ラナがあきれた顔で応えた。
「それで、どちらがやるのですか?」
「決め手に欠ける以上、無理じゃないですか?」
このやりとりにタハトが叫ぶ。
「ちょっと待ってくれよ! ラナさん! 僕たち戦ってるじゃないか! 必死に!」
「いえ、ですから。その争う時間が不毛ではないかと…」
「そうやって! そうやってなにもかも不毛だって言って! 僕らが必死でがんばっているこの時間だって不毛だって言うんだろ!?」
やや気圧されたように目を真ん丸に見開くラナ。
さらにタハトは続ける。
「ふざけるなよ! 僕らは必死でやってるんだ!」
「そうだとも! アドム・ヴィンテージの影武者なんかだれがやるかって!」
「冗談じゃねえよ……!!」
「でも、やらなきゃいけないみたいだからーー?」
「手っ取り早く決めようじゃないかって今やってるんじゃないですか。お互いが納得できる方法で!!」
ふたりの熱すぎる主張に、瞳を閉じてから静かにため息をひとつ吐いてからラナは続けた。
「本当に納得するんですか?」
「あ、……当たり前じゃないか……。ラナさんたら」
「ハッハッハッハッハ!」
指摘に思わず明後日を見ながら笑い合うタハトとラボニに、ラナは半眼になりアリスは静かにつぶやいた。
「なんだか思いっきり不毛な感じがしてきましたね」
「ーーやっぱり」
これにタハトとラボニは互いにうなずき合うと距離を取って向き合う。
「わかった。こうしよう」
「ああ、お互い恨みっこなしだ」
「タハトくん、構えろ」
「所詮僕たちはヴィンテージの剣士なんだね! 口で語り合うより刀で語り合った方が早い! くぅ」
そう言いながら互いに腰の鞘から刀を抜く。
「泣くなよ、タハト。泣きたいのはこっちだ」
「ラボニさん。泣きたいのはぼくです」
「最後まで口答えして、こいつは……!」
「ったりまえだろぉ!」
言いながら高速で両者は地面を蹴り、目にも映らない神速でぶつかり合う。
互いの袈裟懸けをぶつけ合い、鍔迫り合いになると背は低いものの上半身の厚みが違うラボニが腕力に身を任せて刃を押し返してくる。
「くっそ!」
ギリギリで左に見切るタハトだが、ラボニは刀の向きを変えてかすかにタハトの躱した方向へ追尾させ袖口を斬る。
焦った表情で横薙ぎを斬り返してくるタハトだが、ラボニは左手で刃を挟んで止める。
右手一本の袈裟懸けをギリギリで後方へ宙返りして避けるタハトだが、首筋から赤い血が流れていた。
「はい斬った! 俺の勝ちぃ!」
両腕を上げてラボニがガッツポーズを決める。
その際に左手から落ちた兼定を拾い上げてタハトが叫んだ。
「まだまだああ!」
すれ違いざまに一閃、ラボニの逞しい上腕二頭筋にかすかな赤い血が流れている。
「ーーいい加減、しつこいって!!」
「あんたこそ、さっさと諦めろよぉ!!!」
再び真剣での乱取り稽古を続ける両者。
両者がとてつもない達人であること、そして真剣の刃が斬れるものでなければ、皮一枚での稽古などとうていできない。
しかし、それほど凄まじい稽古をしているのにも関わらず、周りの視線はどこか生温かった。
「なんで今日に限って力を貸してくれないんだ! 赤目の僕!」
ーー「くだらん」ーー
「お前は僕の半身か、それでもぉ!」
そう自分の胸に叫びながら斬りかかるタハト。
半眼で唐竹を横に流しながらラボニも言い返す。
「こらこらこらこらこら! そんなん反則でしょ! 二人がかりは反則でしょ」
「体は一つ!」
「タハトさんも変わったなあ。昔は力なんか絶対出したがらなかったのに……」
「ラナさん、このひとはいいんですっ! どうせ死なないから!!」
ラナのつぶやきにも返しながらタハトはさらに右の斬り上げを振り切る。
咄嗟にラボニは合わせている後方へバックステップして鼻先で避けた。
「しつこい……っ! しつこすぎるっ!」
「僕が諦めるのを、あんたが諦めろ……!」
「だが断る!!」
両者は互いに斬撃の檻を作り上げ、空中に無数の青い斬閃を作り上げて火花を散らし、ぶつかり合う。
「往生際が悪すぎて、決着つきそうにもないですね」
「見てる分には面白いんだがなあ」
「すごい高等技術のオンパレードですしね!」
「まあ領民からするとなにがなんだかさっぱりわからんのだが」
「ただまあ、ヴィンテージは安泰だなと思うよね」
アリスがあきれた声で言うと、町人の一人が返す。
それに合わせるように赤髪の美女ーーユアと別の町人たちがしみじみと話していた。
「なにやってるんだ?」
だが、この不毛で平和ですさまじい対決も終わらせるものが現れた。
炎のように赤いヴィンテージ製の革ジャケットに黒いシャツ、紺のマフラーに空のように青いデニムを来た男。
アグニ・ヴィンテージである。
「おお、これはこれは。アグニ様!」
「次期領主様!」
「いや、俺はヴィンテージ家当主になっただけで、おそらくヴィンテージ領の次期領主はたぶん親父殿なんだが。そんなことよりタハトとラボニはなにをしているんだ?」
領民たちに軽く説明をしながらアグニはタハトとラボニを見る。
両者は白い炎のようなオーラを身にまとい、青い光の刀を袈裟懸けに振り切って、野太い光線をぶつけ合っている。
「じつは――」
亜麻色の髪のアリスから事情を聞くとアグニは静かにうなずいた。
「わかった」
そういってアグニは静かに光をぶつけ合う二人に近づいていく。
次の瞬間には、光が互いに相殺して消えるーーその瞬間にーー大きく振りかぶって右ストレートを放った。
「ぷふぅっ!」
まともに食らったのは袈裟懸けを振り切った姿勢のラボニ。
後方へはじけ飛んでダウンする。
「やったあ! ざまあみろ!」
これにタハトがガッツポーズをとって喜んでいたのだがーー。
「お前もだ」
凄まじい衝撃音と共にタハトの目のまえに現れたアグニは強烈なボディブローをタハトの腹に叩きこんだ。
「ぶふぅっ!」
前のめりになって倒れるタハトを見下ろし、後ろで伸びているラボニを見つめてアグニはあきれた声で続ける。
「まったく。お前たちは、ヴィンテージの剣士としての自覚が足りなさすぎる」
「「「「おぉおお」」」」
領民たちは凄まじい激闘を繰り広げていた二人を見事に止めて見せたアグニを見て喜ぶ。
「アドム様と同じ顔をされていらっしゃるが、しっかりされている」
「アドム様なら笑って見過ごしてましたよね」
領民たちの言葉にアグニは複雑な表情で自分の兄に向かってつぶやいた。
「なにをやっとるんだ、あいつは」
「それで、アグニ様。どうされるのですか?」
ラナの言葉にアグニは周囲を見渡して青髪の女性を見つける。
「リアさん」
これにリアもアグニをじっと見返してきた。
「この際だ。手っ取り早く決めてもらおう。アドムに会いたいんだよな?」
コクリとうなずくリアにアグニは伸びているラボニとタハトを指して言った。
「なら。このふたりのうちどちらかを付けるとしたら、どっちを選ぶ?」
「タハトさんで」
即答で言われた瞬間、仰向けに伸びていたラボニは起き上がると頭を両手で抱え込んだ。
「Noooooooooooooooooo!」
「よっしゃあーー!」
反対にタハトは飛び上がって右拳を天に向かって掲げている。
そんな二人の反応にアグニは心底、ため息を吐くと吐き捨てた。
「不毛なことばかりしやがって」
そう言いながらラボニに向かってアグニは言う。
「こっちはヴィンテージ領の立て直しがいろいろあって大変なんだ。遊んでないでさっさと動け! アドム」
「アドム?」
「お前だ、ラボニ」
「いやだぁああああああっ!!」
そう叫びながら逃げようとするラボニの襟首をつかんでアグニは領主の屋敷へと戻っていった。
「ありがとう。リアさん、本当にありがとうっ!」
リアに心から礼を述べて助かったと涙を浮かべるタハト。
「ああはなるまい」
彼は、引きずられていくラボニを見て静かに心の中でうなずいていた。