刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第7話 鬼の眷属

 時は少し遡る。

 

 魔物の森の入口近くにある岩山の洞窟。

 

 そこに下級騎士であった男達が集まって暮らしていた。

 

 彼らは、パジャ王国が生まれる20年前の時代の剣士たちである。

 

 現在、戦乱の時代が終わり泰平の世となって20年経たのだが、戦乱の時代に必要とされた剣士たちは職を失った。

 

 パジャ王に付いた貴族や貴族に雇われていた剣士たちは職に就くことができたり、貧乏でありながらも騎士として生きることが許されていたが、パジャに統一された側の貴族たちは軒並み財力と権力、武力を奪われた。

 

 当然、其処に仕える剣士たちは路頭に迷った。

 

 剣士として戦に死のうとする者たちも居た。

 

 平民や農民になって過ごそうとする者もいた。

 

 剣を頼りに山賊や野盗となる者も居た。

 

 その中でどれにも慣れず、ただ身を隠す者も居た。

 

 その身を隠す者達を自分の領地に集め、パジャ王国の功労者であるアブラ・ヴィンテージは魔物の森に根城を作ることを黙認した。

 

 アブラは語る。

 

「ワシは、たまたま陛下に仕えていただけだ。仕えていた主が国を治めた。そのおかげでワシは王の剣と呼ばれるようになった。だが、ワシにとって主の為に剣を振るうことは当たり前のことだ。路頭に迷った剣士達と何も変わらないのだ」

 

 だから、せめて表向きには追放として領地に匿いたかったとアブラは言う。

 

 助けたいと思っても、告げても、剣士たちは己の誇りを優先することが分かっていたからだ。

 

 自分の主を討ち取った敵に仕える剣士の言葉など聞くことはできないと、アブラも剣士たちの気持ちを理解していたからこその措置だった。

 

 また魔物の森に住み着いた剣士たちもアブラの気持ちを悟り、彼の領民を金銭の授受前提で隣国や魔物から守る傭兵となったのだ。

 

 後にアブラの息子であるアスラは告げる。

 

「国に禍根を残すようなことだ。我が父でありながら、国よりも剣士の誇りを取るなど実に愚かな判断だ」

 

 この考えの違いが、パジャ王国の功労者でありながら辺境の地へと帰ったアブラと王族に剣術を教えるようになり王都に屋敷を構えることを許されたアスラとの扱いの差であった。

 

 そして、この差がアスラ・ヴィンテージが国王の政敵を排除するための冷酷な刃として必要とされた理由でもある。

 

 そんな傭兵たちだが、周辺の村からの雇われ金だけで食ってはいけず、狩りの技量を身に付けて魔物の肉を調理することを覚えたり、野草の中で食べられるものを見分けたり、一部の者は冒険者ギルドに登録してダンジョンと呼ばれる迷宮を調査し、宝を手に入れるなどして生計を立てていた。

 

 20年という時は、一つの集落と呼んでも不足無い程に彼らの暮らしをある程度は豊かにしていた。

 

 だが、その滅びの日は突然に訪れた。

 

 冒険者を生業にしていた者たちが、ダンジョンを踏破したと金銀財宝を持って現れたのだ。

 

「みんな。やったぞ! これを見ろ!!」

 

 その中に黒い棺のようなモノが入っていた。

 

 冒険者たちは自分達の取り分を先に取った後、残りを集落のもので山分けするようにしていたのだ。

 

 棺は豪華な純金と宝石で装飾が施され、中でも蓋の正面に取り付けられた握り拳大はある赤い石は紋様が刻まれていた。

 

 ギルドで鑑定されたところ、それは魔法石と呼ばれる強力な魔力が込められたものらしい。

 

 一つで国を起こせるかもしれないほどのものだ。

 

 傭兵たちは、跳び上がって喜んだ。

 

 宴を開き、真夜中でも火を焚いて森の中で手に入れた果実を醸造した酒を酌み交わしていた。

 

 国を起こせるのならば、もう一度戦いを挑むこともできる。

 

 剣士として国を興し、やり方次第でパジャ王国そのものを乗っ取ることも可能だと。

 

 その棺桶の蓋についていた魔法石を剥ぎ取って、傭兵は高らかに叫んだ。

 

「今度こそ、我らの国を立ち上げる!! 我らが理想とする国を、今度こそ!!」

 

「「「おおおおお!!」」」

 

 長の言葉に皆が拳を握って天に突き上げた。

 

 その熱気を一気に冷ますような冷気が辺りに広がる。

 

 一人の傭兵が振り返ると、背が2メートルに届くほど高い細身の男が立っていた。

 

 黒髪をオールバックにして、黒いマントに黒いタキシードを着た男。

 

 黒マントの内側の生地は血のように赤かった。

 

 顔は彫りが深く頬は痩せこけ肌は青白く、顎は剃刀のように細い。

 

 目はギョロリと見開かれ、瞳は闇のように真っ黒だった。

 

「なんだ、貴様は……」

 

 一人の言葉に皆が男を振り返る。

 

 其処にあったのは、絶対の闇だ。

 

 人は暗闇を恐れる。

 

 人は冷たさを恐れる。

 

 それは死を連想させるからだ。

 

「君たちが、私を蘇らせてくれたのだね。礼を言うよ」

 

 そう呟くように言うと男の両目の白い肉膜は真っ赤に染まり、口は耳の付け根まで裂けると二本の牙が口から覗いていた。

 

 瞬間、傭兵たちは戦闘のスイッチが入る。

 

 腰の刀を抜いて構えた瞬間、男は舌なめずりをしながら傭兵たちを見る。

 

「久しぶりの食事で腹が減っているんだ。申し訳ないが、手荒に行かせてもらおう」

 

 一人目の傭兵が刀を振ってくるが、男は微動だにせずに刃を受け入れるように両手を広げる。

 

 刀は男の肉体を擦り抜ける。

 

 まるで幻に斬りつけたように。

 

「……な!?」

 

 目を見開いた傭兵の顔は、男の左掌に首から上だけが乗っかっている。

 

 首から下を残された傭兵の身体は、鮮血を吹き出しながら膝を折って前のめりに倒れた。

 

 その赤い血は本来ならば地面に流れていくのだが、赤い霧のようになって男の周りに吸い込まれていく。

 

 そのまま赤い霧となって肉体は消え、装備品だけがそのまま地面に落ちていた。

 

 男に左手にあった首もみるみるうちにミイラのようになり、白骨となりひびが入って砕けーーやがて白い粉のようになって消える。

 

「な、なんだ、コイツは……!!」

 

 男は痩せこけた顔に艶がでて目の下にあった隈が消える。

 

 青白い肌のまま、男は嗤った。

 

「よく鍛えている。お前たちの血肉は最高のディナーだ。その悲鳴をオードブルにさせてもらうよ」

 

 周囲を取り囲んだ4人が刀をそれぞれ突き刺すも、手応えはない。

 

 まるで幻のように刀は男の身体を擦り抜ける。

 

「なにぃ!?」

 

 叫んだ次の瞬間には、傭兵たちは断末魔の悲鳴を上げて体中から鮮血を噴き出してミイラになっていく。

 

 それらは濃い血の匂いをまき散らしながら赤い霧となって男に纏わり吸い込まれていく。

 

 男の両手は細長く伸び、鋭い爪は二の腕までの長さになる。

 

 上半身に纏っていた服は霧のようになって消え、剥き出しの肉体は筋肉質になり黒い体毛が覆う。

 

 顔は眉毛が縮毛し顎の下からもみあげまで黒い体毛が繋がり、特徴的な鷲鼻が豚のように変わっている。

 

「ば、化け物だと……!」

 

 3メートルに迫る化け物となった男は、軽く撫でるようにして傭兵の一人の顔に触れる。

 

 それだけで首が吹き飛び、血が噴水のように噴き出した。

 

 その両肩を掴むと化け物は剥き出しになった首の断面に大きく口を開いて噛みつき、音を立てて血を飲み込んで行く。

 

 目は見開き、次の獲物を探すように周りを見つめる。

 

 弓矢を手に取った傭兵が矢を燃えさせて火矢を一斉に放つ。

 

 無数の矢が体毛に突き刺さって瞬く間に火が全身に燃え広がる。

 

 すると刀を手に取っていた傭兵たちが懐から指先一本程の小さな刀ーー小柄を取り出すと、一斉に化け物へ投げつける。

 

 面白いように全身に突き刺さる化け物に、今度こそと傭兵たちは槍を手に取って投げつけた。

 

 槍が肉体に突き刺さる寸前に、化け物は無数のコウモリに変化すると霧散する。

 

 地面に突き刺さった槍と、甲高い音を立てて地面に落ちる小柄や矢。

 

 瞬く間に傭兵たちは、化け物の爪に斬り裂かれて首を落とされ、胴を刻まれ、血を吸われていく。

 

 化け物から放たれる瘴気に触れたものは、生命力そのものを吸い上げられて腐り落ちていく。

 

 小柄も矢も錆び、傭兵たちの持っていた刀は刀身が錆びついていく。

 

「降参だ、助けてくれ! 殺さないでくれ!!」

 

 足首から先を落とされて戦意を失くした傭兵の一人が這いつくばりながら逃げようとする。

 

 化け物は自分に向かってくる傭兵たちに見向きもせずに逃げようとした傭兵の方へ一瞬で移動すると首を掴んで吊り下げた。

 

 怯える傭兵の顔を楽しそうに眺めながら、化け物は大きく口を開いて男の首に噛みつき美味そうに下品な音を立てて血を飲み干していく。

 

 そうやって化け物は、全ての傭兵を飲み干した。

 

 化け物が男の姿に戻ると消えた衣服も元通りに身に纏っている。

 

「……フム。悪くはないが、女と子どもが一人も居ないのは残念だ。まぁ、近くにいくつか集落があるようだから、問題ないが」

 

 そう言いながら男は吸い取った傭兵たちの記憶を吸い上げる。

 

「ほう? 今、この土地はパジャ王国というのか。そして、この土地を統べるのがヴィンテージという剣士の一族」

 

 言いながら男は、笑みを浮かべている。

 

 それも怒りに満ち溢れた笑みを。

 

「私を、あの棺に封じ込めた男の一族か……!」

 

 男は吸血鬼ーー魔族の中でも特殊な、人間であったものが契約によって変異した存在である。

 

 かつて己を封じ込めた剣士の一族が、その功績にと土地を譲り受けたことを想像できるからこそ男は嗤っていた。

 

 復讐の機会がやってきたのだ、と。

 

「早速、近隣の住民をーー貴様の領民を私の眷属ーーグールにしてやろう。私が復活したことを恐れ震えるがいい、ヴィンテージ!!」

 

 高笑いながら男は無数のコウモリになって消えた。

 

 森を根城にしていた傭兵が壊滅したのをアブラが知ったのは、その住民たちからのギルドへの報せであった。

 

ーーラナ視点

 

 ギルドから出て村の入口近くにある広場に出た私たちだが、二つの選択肢があった。

 

 一つ、家屋の中に隠れて魔物の襲撃をやり過ごす。

 

 もう一つは視野の広い場所で迎え撃つ。

 

 グール達が敵の主力ならリアさんの聖魔法で消し飛ばせるし、タハトさんの持っている棍は広い場所なら使いやすいはず。

 

 問題はタハトさんが未だ恐慌状態に陥っているということだ。

 

「大丈夫、なんとか歩ける。ごめん、ラナさん」

 

「……後で理由を聞いても良いですか?」

 

「うん……」

 

 取り敢えず魔物の類は居ないようだ。

 

 村の家屋の影から10数頭の狼型の魔物が現れた。

 

 黒い毛皮に赤い瞳が爛々と輝き、両側のこめかみから角が一つずつ生えていて身体の大きさも四つん這いなのに私たちの頭よりも高い。

 

 馬のような大きさだ。

 

「吸血鬼の眷属になった魔物ですね。狼やコウモリなどを使役するのが得意、でしたかね……」

 

「何を他人事のように話をしているのですか!? 魔物に聖魔法は効きませんよ!!」

 

 動く死体でないのなら聖魔法は単なる目くらましにしかならない。

 

 おまけに切れ味の鈍った今の刀では殴り飛ばすしかできない。

 

 私の腕力では、こんな巨体の魔物に鉄の棒を叩きつけたところで大した効果は認められないだろう。

 

「グァアアア!!」

 

 咆哮を上げながら魔物が攻撃を仕掛けてくる。

 

 巨体に似合わず素早くーー一気に目の前に現れて右前足の爪を出してきた。

 

 左に見切って返す刀を振りかぶろうとした瞬間、魔物は左の前足を横薙ぎに払って私の胴を狙ってくる。

 

(避けられない……!)

 

 すると私の前にタハトさんが立った。

 

 鈍い音を響かせながら棍でまともに一撃を受けて止めると下から顎を狙って振り抜いた。

 

 巨体が顎を打ち上げられて後方へ弓なりになって重い衝撃音と共に倒れる。

 

「人の姿をしてなければ、なんとかなる……」

 

 けれどタハトさんの得物は木でできた棍。

 

 それに呼吸は戻っているけど顔色だって悪い。

 

 魔物は、ゆっくりと立ち上がって来た。

 

「タハトさん、刃物を使わないと無理です!!」

 

 強靭な肉体は打撃で倒そうとするには余りにも硬すぎるし、筋肉がしなやかで受け流してしまう。

 

 おまけに攻撃を受け流せなかったからか、タハトさんの棍は今の一撃で半ばからへし折れていた。

 

「くそぉ、僕の大事な棍をアッサリと受け切りやがって……」

 

 言いながら折れた棍を地面に捨てて腰に差していた刀を右手で抜く。

 

 その刀身は木製だった。

 

「……え?」

 

 思わず私が呟いてしまうほど、きちんとした装飾が施された薄い刀の形をした木の板。

 

 切っ先は丸く刃の部分も丸くなっていて、斬ることも突くことも向いていない。

 

「大丈夫だよ、ラナさん。これでも僕はーーヴィンテージの剣士だ」

 

 そう呟いたタハトさんに魔物が3頭同時に襲い掛かる。

 

 タハトさんは、一番初めに襲い掛かって来た魔物に振り返りながら両手で構えた木刀を横薙ぎに一閃しつつ、左斜め前方へ脚を進めている。

 

 一頭目の魔物の攻撃を躱しながらカウンターで自分の横薙ぎを顔に叩きつけて吹き飛ばす。

 

 そのまま二頭目の魔物へは後ろに下がりながら攻撃を避けて自分の頭上から魔物の首へ振り下ろして地面に叩きつけた。

 

 そして最後の一頭の頭上を跳躍して飛び越えながらすれ違いざまに右手の木刀で頭に一閃。

 

 青い気の光が弾けて魔物は白目を剥いて倒れる。

 

 軽業師のように着地したタハトさんは、周りにいる魔物を見つめた。

 

 タハトさんの木刀は、あれほどの剣戟で振るわれたにも拘らずヒビ一つない。

 

「……驚きました。タハトさんが、これだけの剣技を身に付けていたとは」

 

 リアさんが静かに呟くも、魔物はまだまだ出てくる。

 

 状況が良くなったとは言えない。

 

 私にはタハトさんのような剣技はない。

 

 せめてこの刀を研いで切れ味を復活させることができれば……!

 

「情けねえ魔物どもだ。数匹の人間相手に、いつまで手こずってやがる」

 

 そう言いながら現れたのは狼の頭をした人間だった。

 

 まるで狼の頭を模した被り物をしているような姿だが、明らかに首から上のそれは作り物ではない。

 

「……ワーウルフ(人狼)ですか。このクラスだと魔物ではなく魔族……と呼んだ方が良いでしょうね」

 

 淡々とした表情で告げるリアさんと刀を構える私に人狼が目を向けた。

 

「ほぉ! コイツは美しい女どもだ……! 吸血鬼の野郎に吸わせるには勿体ない。この俺様が直々に喰らってやるぜ……!!」

 

 舌なめずりをする汚らしい獣の表情に嫌悪感が増す。

 

 獰猛さと狡猾さと残忍さが合わさって魔物やグールよりも醜い。

 

「ふざけるな! 誰が、お前のような獣に食われてなるものか!!」

 

 私が叫ぶと人狼は嬉しそうに口元を歪ませる。

 

 私がアドム様の元でお役に立てれば、アスラ卿に排斥された父も母も、私の家もーー再び騎士の家系へと戻ることが可能のはず。

 

 そのためにも、こんなところで死ねない……。

 

 人狼は満月のように金色の瞳を輝かせながら、腕を組んで言った。

 

「フフン、お前のような気の強い女は屈服させがいがあるぜ……」

 

 人狼の合図と共に数十頭にまで増えた狼型の魔物が一斉にこちらに攻め込んで来ようとする。

 

「ヴィンテージ流ーーソニックスラッシュゥウウ! バレットォオオッ!!」

 

 見ればタハトさんが青眼の構えで木刀に青い光を集めて光刀へと変化させた。

 

 そのまま頭上に振りかぶってから自身の左側から右側へ横薙ぎを一閃して空間を斬り捨てる。

 

 光の斬閃は扇形を象ると爆発して無数の飛ぶ斬撃となって散る。

 

 空間に描かれた斬撃の檻は飛びかかってこようとした魔物を全て攫って吹き飛ばした。

 

「なんだと……? ただの人間が魔物を改良して作られたコイツ等をまとめて叩き潰した?」

 

「今のは……、アドム様が使った……」

 

 驚きの感情のままタハトさんを見ると、彼は肩で息をしながら右手の木刀の切っ先を人狼に向ける。

 

「二人に手出しはさせない……。僕が相手だ、化け物!!」

 

 すると人狼は愉快そうに笑った。

 

「コイツは久しぶりに楽しい狩りになりそうだ……」

 

ーーーー

 

 タハトの姿が消える。

 

 現れたのは人狼の正面ーー振り下ろされた木刀と人狼の右腕がぶつかってい鈍い打撃音が響いている。

 

(コイツ、初見でヴィンテージ流の動きにーーソニックムーヴについてきた!?)

 

 目を見開くタハトに人狼が笑みを強くしている。

 

「お前、人間のくせにイイ動きするじゃねぇか……! ちょっと手が痺れちまったーーなぁ!!」

 

 左腕の爪を手刀の形にしてタハトの腹を貫こうと突き出してくる。

 

「ーーチッ」

 

 タハトは舌打ちしながら木刀を横薙ぎに払って人狼の左手首を弾いて距離を取っている。

 

 地面に着地したタハトの目の前に人狼が踏み込んでいる。

 

「さあ、どうするんだ? 人間!!」

 

 左の爪を素早く顔に3発散らして見せると同時に踏み込みながらボディを突き刺しにくる。

 

 タハトは顔にくる突きを木刀で捌きながら足を左回りに動かして移動しつつ、脇腹を狙って突き刺そうとしてくる腕を見ると同時に踏み込みながら木刀を横に構えて擦り抜ける。

 

「グゥ!?」

 

 左の腕を攻撃に使ったため空いた鳩尾にタハトの擦り抜けながらの胴薙がカウンターで入った。

 

「ヴィンテージ流ーーソニックシフトブレード」

 

 鳩尾から打撃痕の煙が上がりニヤリと笑う人狼。

 

 彼は嬉しそうに振り返りながらタハトを見据えた。

 

「ホントに強いじゃねえか、人間。まさか、この俺の動きについてくるとはな。いや、それだけじゃねえ。俺の狙いを読んで腑ぶちまけるつもりで踏み込んでくる、そのクソ度胸。人間にしとくにゃ惜しい…」

 

「そいつは、どうも……。はぁ、はぁ、はぁ」

 

 笑いながら人狼は肩で息をしているタハトに告げる。

 

「どうだ? その女達をおとなしく俺に差し出せば命だけは助けてやるぜ。おまけに魔族の力でテメェを今より強くすることだってできる」

 

「……なに?」

 

「かく言う俺も、昔は人間だった。だが、魔族の力を得て生まれ変わったのさ!!」

 

 目を見開くタハトに対して人狼は誇らしげに嬉しそうに笑っていた。

 

「お前、なぜその背中の太い刀を抜かない? 分かるぜ、抜きたくても抜けないんだろ? だからハッタリの効いた木刀なんぞ振ってるんだろ?」

 

「……!!」

 

 顔がこわばるタハトに対して人狼は笑みを強くする。

 

 タハトの気持ちを言い当てたと嗤っている。

 

「くだらない拘りだなぁ? それはな人間、お前が人間だからだよ。獣になれ……。下らない倫理観なんぞ消し飛ぶぞ。魔族は力こそが全てだ、力のない弱い奴は一方的に踏み躙られても文句は言えないんだ。お前には力がある、だが人間だから下らない倫理観で自分を縛ってしまう」

 

 リアは静かに人狼の言葉を聞いてからタハトに目をやる。

 

 明らかにタハトは動揺していた。

 

「お前が、その背中の刀を抜いてれば俺は間違いなく死んでいる。だから、俺はお前に言ってるんだ。お前ほどの力があれば簡単に魔王軍の将にもなれる…!!」

 

 人狼は笑いながらも、目を細める。

 

(コイツは、とんだ掘り出し物だ。コイツを魔王軍に引き入れて闇の力を注入して強化すれば俺は、その功績で一気に出世できる。あんな人間だった記憶に振り回されてる阿呆な吸血鬼なんぞに間違ってもやるわけにはいかねぇ)

 

 最悪、殺してでも死体が新鮮な内にゾンビにして魔族へと生まれ変わらせることもできるだろうが、先程の状況判断能力までは再現できない。

 

 吸血鬼の眷属を増やす力が自分にもあれば使ったものをと人狼は悔しく思っていた。

 

「僕は、魔族にはならない。僕は人間だ…!」

 

「ケッ、馬鹿なヤツだ。だが、まあいい。両手足をもいでも生きてさえいれば、どうとでもなる」

 

 そう言うと人狼がニヤリと笑い、魔物に告げた。

 

「おい、上玉の女を二人食わせてやる! やれ!!」

 

 瞬間、魔物がリアとラナに襲いかかった。

 

「クソッ!」

 

 タハトが動こうとリア達に振り返ろうとして、目の前に人狼が現れた。

 

「馬鹿なヤツだ…」

 

 強烈な爪の貫手がタハトに迫る。

 

 咄嗟にタハトは、木刀で受けた。

 

「しまっ…!?」

 

 タハトの目の前でへし折られた半身が宙に舞ってから地面に落ちる。

 

 瞬間、人狼の左拳がタハトの腹を打ち抜いた。

 

「…ガッ!?」

 

 息と血を吐きながら、地面にくずおれるタハトを見下ろして人狼は嗤った。

 

「…これが、人間と魔族の差よ」

 

 意識を失う寸前にタハトの耳にラナの叫び声が聞こえていた。

 

ーーーー

 

「タハトさん!!」

 

 なんということ。

 

 タハトさんは、私たちを助けようとして人狼に意識を刈られてしまった。

 

 助けなければ、そう思うも今の私の刀と腕では狼の魔物相手に一対一でも勝てない。

 

 巨体に似合わない素早さと鋭さで攻撃してくる魔物。

 

 捕まらないように捌くので精一杯だった。

 

「グルルルゥ」

 

 舌舐めずりする狼の魔物だが、それを不快に感じる余裕はない。

 

 私は、自分への危機とタハトさんへの焦燥感で肩で息をしていた。

 

 このままでは、やられる……。

 

 すると、リアさんが淡々と私の前に出ると右手の錫杖を横薙ぎに一閃した。

 

「グゥアアア!?」

 

 巨体の魔物が紙切れのように吹き飛ぶ。

 

 まるでアドム様達のようにリアさんは素早く踏み込むと一振りで複数の魔物を吹き飛ばしていく。

 

「…失礼」

 

 呆気にとられる私の手から斬れなくなった刀を左手で奪うと次々と斬り捨てる。

 

 刀の切れ味は鈍って使い物にならないはずなのに、刀を振るスピードで真空刃を発生させて刀身に纏わせることで造作なく斬っている。

 

 右手の錫杖を槍のように片手で振り回しながら魔物を突き、斬り捨てていく。

 

「…悪くありませんね、この杖」

 

 言いながらリアさんは私に向かって錫杖を渡すと手元の石突きが付いた方の柄の先端を掴んで引き抜いた。

 

 眼を見開く私の前で白木の柄の刀がリアさんの右手に捕まれている。

 

「…仕込み刀!?」

 

 僧侶の武器に何故!?

 

 僧侶は刃物を持ってはいけないはずなのに?

 

 というか、この人。

 

 魔法だけじゃなく刀も槍も使えるの?

 

「…細かいことは、今は言わないでください」

 

 美しい顔に不敵な笑みを浮かべて、彼女は二刀流で舞い始めた。

 

 瞬く間に魔物は全て斬り捨てられている。

 

 人狼がリアさんを向いた。

 

「…テメエ、人間じゃねえな? 魔族とも思えんが……。まさか!?」

 

「フフ、人間ですよ。ですから、余計なことを言わないでくださいね?」

 

 冷たい刃物のような光を水色の瞳に宿して、恐ろしくも美しい女性が笑っている。

 

 リアさんは、アドム様と同じくらい強いかもしれない。

 

 それほどに底知れない強さだった。

 

 只の貴族の娘に、こんな力があるわけない。

 

「…チッ、吸血鬼のバカに付き合ったら、ろくでもない化け物女が出てきやがった。おとなしく、この小僧を連れて帰ることで満足するか」

 

「…フフ、逃げられますか? 私の刃から」

 

 静かに緊張感が高まる中、凄まじい青く輝く光の矢がアドム様の居るギルドから放たれて空を射抜いた。

 

 瞬間、放たれた衝撃波でギルドの家屋は跡形もなく崩れていく。

 

 今の剣気はアドム様の?

 

 空で光は爆発し光が晴れた時ーー空にあった白い雲を吹き飛ばしている。

 

「……な、なんだ? 今のバカでかい一撃は? アレをただの人間が撃ったというのか?」

 

「アハハハ、流石はアドム様。吸血鬼程度の魔物では相手にもなりませんね」

 

 驚愕し戦慄する人狼と幼い少女のように無邪気に笑うリアさん。

 

 私には、人狼の方が人間らしく見えた。

 

ーーーー

 

 鍔鳴りがする。

 

 気を失ったタハトの背から。

 

 背負われた剛刀から、鍔鳴りがする。

 

 その鍔鳴りは、心臓の鼓動のようにタハトの耳に力強く響いている。

 

 ピクッと指が動いた。

 

 人狼は、事此処に至って気付いた。

 

 こいつはヤバい。

 

 この女、あの光を放ったヤツ、こいつらは論外だ。

 

 ハッキリ言って勝てない。

 

 悔しいが、此処は一目散に逃げるしかない。

 

 そう振り返ろうとして、自分が意識を刈り取った青年が立ち上がっているのを見た。

 

「…なんだと? 完全に意識を断ち切ったのに、立ち上がってきた!?」

 

 だが、人狼は目を見開いた。

 

 青年の瞳が、真っ赤に輝いていることに。

 

 吸血鬼に噛まれたグールなら分かるが、コイツは噛まれていない。

 

 それに体から明らかに吸血鬼にはあり得ない生命力が放たれている。

 

 人の身とは思えない気を放っているのだ。

 

「テメエ、いったい…!?」

 

 リアも水色の眼を細めながら全身から紅い陽炎のような光を放っているタハトを見据える。

 

「これは……。アドム様の鬼気を何故タハトさんが纏っている?」

 

 人狼がタハトを見ると彼は、背負った剛刀を抜き放った。

 

「…飼い犬無勢が、笑わせる」

 

「…! なんだと? テメエ…!!」

 

「獣と鬼の差を思い知れ、うつけが!!!」

 

 その雰囲気は、明らかに先ほどまでとは違っていた。

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