早いもんですね。
ピットの中で、彼女はまさかの試合展開に驚きを隠せないでいた。
「う…噓でしょ…!? あの簪ちゃんに…しかも、薙刀を装備した状態の、あの子に対して接近戦で押しているだなんて…!」
先程までの余裕ある優雅な態度はどこへやら。
彼女の目には、全く想像すらしていなかった光景が映し出されている。
「しかも、今の真尋ちゃんは剣一本のみ…。つまり、これはあの子が純粋な剣技のみで圧倒しているってことになる…」
まるで舞のように繰り出される光の剣の軌跡に、簪は完全に攻めあぐねている。
確かに、本来ならば長物である薙刀は、懐に飛び込まれたら途端に不利にはなるが、簪はそういった状況すらもちゃんと想定した修行をちゃんと積んできている。
故に、幾ら不得意な距離に潜り込まれたとしても、そう簡単に追い込まれることは無い筈なのだ…本来ならば。
だが、実際に真尋は簪を徐々に、着実に追い詰めてきている。
「…成る程ね。伊達に『篠ノ之家』じゃないってことか…」
その立場故に、彼女は既に学園に在籍している篠ノ之三姉妹の事をちゃんと調査している。
(表向きは)長女の束は、言わずもがな日本が世界に誇る超天才科学者で、ISの生みの親。
それと同時に、実は武道の方の相当な腕前で、あの織斑千冬と互角に渡り合えるほどの剣の実力を持っていると言う噂まである。
(表向きは)三女の箒も剣の達人で、中学時代には剣道の全国大会の中学生の部で見事に優勝し、全国制覇を成し遂げている。
幼少期から剣道を習っていたと言うのも大きいだろうが、それ以上に本人の才能の方が比重が大きいと推察している。
そして…(表向きは)次女である真尋。
一見すると、他の二人よりも更に小柄なごく普通の少女。
だが、矢張り彼女も篠ノ之の人間だった。
長女が天才科学者で、三女が天才剣士。
そして次女は…天才パイロットだった。
IS適正は驚異の『A+++』。
限りなくSクラスに近い値。
もし彼女が、ごく普通の一般家庭の出身ならば、即座に代表候補生にスカウトされていてもおかしくない。
いや、例え彼女が篠ノ之束の縁者だと分かっていても、この実力と才能を実際に目撃したら、日本という国は是が非でも真尋を候補生にしようとするかもしれない。
本人の意思など全く関係なく。
(それだけは…なんとしても避けないといけないわね…)
篠ノ之真尋に害を及ぼす。
それは即ち、篠ノ之束を敵に回すと言うことと同義である。
ISと言う存在が世界的に普及している現在、その開発者である彼女だけは絶対に敵に回してはならない。
これは、全世界共通の見解でもあった。
(でも、そうだと分かっていても余計な事をしてくるのが政治家とかなのよね…)
およそ考えうる最悪の事態だけは何としても避けるため、今後は積極的に関わっていく必要があるかもしれないと覚悟を決める。
例えそれが、目の前で大事な妹を負かすかもしれない少女だとしても。
「まぁ…悪い子じゃないってのがせめてもの救いよね…」
その才能と実力はともかく、倫理観や性格はどこにでもいるごく普通の女の子だった。
だから、少しだけ思うことこそあれど、真尋に対して負の感情を抱くことだけは無いと確信していた。
それどころか、この試合を通じて簪とも仲良くなるかもしれない。
姉としては、妹の友人が増えることは純粋に嬉しい。
「…とにかく、今はこの試合の行く末を見届けましょうか…ね」
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・・・・
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更衣室に設置された簡易モニターで試合の様子を見ていた鈴は、初めて見る真尋の試合を見て、色んな意味で絶句していた。
「う…噓でしょ…!? あいつ相手に完全優勢に立ってる…!? このアタシが手も足も出なかった奴に…あの真尋が…!?」
専用機がガンダムだったことも驚きだが、それ以上にISの操縦技術が完全に自分よりも格上。
幾ら、代表候補生になったばかりの鈴とはいえ、モニター越しに見せられる圧倒的な技量を見せつけられば嫌でも理解してしまう。
嘗て、自分が喧嘩を売った相手と自分との彼我の戦力差というものを。
「う…噂じゃ…真尋はビットの扱いに長けているって話だったけど…実際にはそれだけじゃない…! 単純な操縦技術も並の操縦者達よりも遥かに上なんだ…!」
思わず顔と手に冷や汗が滲み出す。
もし仮に、準決勝で自分が勝ち進み、決勝戦で真尋とぶつかっていたらどうなっていたか…思わず鈴はその様子を想像してしまう。
「勝てない…でしょうね…確実に…」
操縦者としてだけじゃなく、真尋は剣の腕もまた優れていた。
流石に剣術に関しては完全な素人である鈴でもハッキリと理解出来る。
彼女が振るっているビームサーベルの洗練された動きを。
あれは確実に過去、剣を習っていた者の動きだ。
(そう言えば…一夏が言ってたっけ…。あの箒って子のお父さんがやってる剣道場に千冬さんと通ってたことがあるって…)
ということは即ち、箒の姉である真尋もまた同じ剣道場に通っていたと言うことになる。
操縦者として圧倒的な上に、更に剣の腕も申し分なく、ビット兵器を使いながらの射撃もこなせる。
こうして箇条書きにしただけでも、自分の勝ち筋が全く見当たらない。
余りにも隙が無さすぎる。
「はぁぁぁ…あたしってば…本当にもう…」
これ以上無い程に完敗を喫し、その後に頭を冷やして冷静になって、ようやく自分の愚かさを自覚し始める。
今の決勝戦の舞台は、色恋沙汰に浮かれていた自分のような人間が決して立ち入ってはいけない領域だと。
更識簪。
篠ノ之真尋。
この二人がいる時点で、自分が優勝する可能性は皆無に等しかったのだと。
(頭の中がお花畑でピンク色に染まっていたアタシじゃ…あの二人に勝てないのは道理よね…)
今思えば、自分がISに関わった理由だって、かなり不純だったかもしれない。
気に入らない大人に負けたくないから。
また一夏に会いたいから。
常に、この二つを頭の中に入れて行動していた。
唯の一度も、ISの事を本気で考えたことは無かった。
要するに、自分はISを欲望を満たす為だけの道具としてしか見ていなかった。
一回でも真剣にISと向き合ったことがあるだろうか。
否。断じて否。
どんな時も、ISを通じて海の向こうにいる一夏の事ばかりを考えていた。
完全に『優先順位』を間違えた。
それこそが凰鈴音最大の過ち。
(まずは本気でISと向き合って、本気で強くなろうと思う。そこからよね…全ては)
代表候補生になって、自分は強くなったと勘違いをしていた。
実際には、自分はまだ真の意味でスタートラインにすら立てていなかった。
これでは、簪に『初心者代表候補生』と揶揄されても仕方の無い事だった。
「はぁ…ホント…駄目だなぁ…あたし…」
生まれて初めて、本気の自己嫌悪になった鈴であった。
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観客席では、真尋の雄姿に興奮しまくっているイツメンがいた。
「おぉ~! かんちゃんも凄いけど、まひろんもすっご~い!」
「キャ~!! そこ! そこですわ真尋さん!! やっちゃえですわ~!!」
「すっげ~!! 鈴を完封した相手に互角…いや、それ以上に渡り合ってるなんて!! やっぱ真尋さんは伊達じゃねぇぜ!!」
本音は両腕を振り回しながら興奮し、セシリアは興奮しすぎてポップコーンを爆食いして『パクパクですわ!』状態に、一夏に至ってはもう完全に上半身の筋肉が膨張して制服が弾け飛び、様々なボディービルのポーズを繰り出しながら真尋を応援している。
そんな中、意外と静かに驚いていたのが箒とクロエの二人だった。
「こ…これが真尋姉さんの剣技…! 凄い…! 見事なまでの篠ノ之流剣術だ…!」
「真尋さまの操縦者スキルが非常に高いことが理解していましたが、まさか…これ程までの剣の実力もお有りになったとは…」
目の前でルブリスを装備した状態で剣を振る真尋を見て、思わず箒は竹刀を振るう父の姿を幻視し、同時に重ねてしまう。
それ程までに、今の真尋の剣は完成され尽くしていた。
「矢張り…真尋姉さんにも剣士としての才能はあったのだ…。それが、ISという剣を見つけることで最高の形で開花したのだ…きっとそうに違いない…」
あの気難しさ全開の姉が、どうして真尋にだけはあそこまで心を許していたのか…今ならば理解出来る気がする。
きっと、姉は自分よりもずっと前から見抜いていたのだ。
篠ノ之真尋という人間に秘められた天才的な才能を。
これはきっと、両親ですらも知らなかったこと。
姉だからこそ見つけることが出来た才能。
「本当に…本当に凄いな…真尋姉さんは…」
「当然です。真尋様は現時点で既に世界クラスの実力があるにも拘らず、未だに成長途中だと束さまが仰られていましたから」
「なんだと…!? あれ程の実力を持ちながらも、まだ成長していると言うのか…!?」
クロエに指摘されて、箒は改めて目の前の試合を、主に真尋の動きに注視して見ることに。
すると、すぐに箒はクロエの言っていたことを理解した。
「こ…これは…!?」
「分かりましたか?」
「あぁ…! 一手一手ごとに真尋姉さんの動きに鋭さが増している…! 剣捌きだけではない…足捌き…体捌きも…試合の最中もリアルタイムで成長し続けていると言うのか…!?」
薙刀と剣では、射程の違いから本来は剣の方が不利になるのが道理。
相手が達人級ともなれば猶更。
であるにも関わらず、実際には剣を使っている真尋の方が簪を完全に圧倒している。
簪の必死の動きによって、つい先ほどまで辛うじて均衡が保たれていたが、それが崩れるのももう時間の問題…いや、秒読みの段階に入っているかもしれない。
「む! これは!?」
「更識さんが初めて自分から距離を取った!?」
流石にこれ以上は踏み込めないと判断したのか、簪は後ろに向けてブーストを吹かして緊急後退。
それと同時に左手に薙刀を持ち、空いた右手には打鉄のアサルトライフルである『焔備』を装備して真尋に向けて斉射した。
だが、真尋はそれすらも既に読んでいた。
「な…なんだとっ!?」
「こ…こんなことがっ!?」
あろうことか、真尋は自分に向けて飛んできたアサルトライフルの銃弾を全て、ビームサーベルで切り払ってしまった。
漫画やアニメでしか見ないような光景が、目の前で繰り広げられる。
箒たちだけでなく、他の観客たちもまさかの神業披露に言葉を失った。
「じゅ…銃弾を剣で斬るなんて…まるで石川五右衛門みたいな真似を…」
「真尋様…アナタの強さに限界は無いのですか…?」
思わず呟いてしまったクロエの一言。
この数分後に、まさか明確な形でこれが実現することになるとは…この時はまだ誰も知らなかった…束以外は。
小説とは不思議なものでして。
最初は『大丈夫かな~』とか『いけるかな~』とか思ってるんですが、いざ書き始めると自分でも不思議なぐらいに次から次へと文章が湧き出てくるんですよね。
なんででしょうね?