始まりは突然だった。
「フラッシュ、スポンサーさんから映画のチケットをもらったんだ、ファル子とか、誰か友達と行ってきたら?」
エイシンフラッシュは激怒…………しなかった。友達と行くように促したのは、トレーナーさんが私の事を思ってくれているという証拠には他ならない。
しかしです、私の走りに一目惚れをしたと言い、私のために寝る間も惜しんで働いている人間が、私と映画を見に行こうという考えをしなかったのは少しばかり残念に思えた。
そして何より、恋する人と合法的に二人きりになれる機会をみすみす逃す訳にはいかない。
「映画ですか、いいですね。…………ただ、そのチケットはスポンサーさんが、私たちに対して感謝の印として渡したものですよね?」
「ん、ああそうだね」
「であれば、私たち2人で使うのが感謝に対する誠実な対応だと思います」
「いいのか?せっかく友達と遊ぶいい機会なんだよ?」
「私は全然問題ありません。トレーナーさんはどうでしょうか?」
「まぁ……いいか、買い出しのついでにでも見に行こうか」
こうして、彼女はトレーナーと疑似デートを取り付けるに至ったのだ。
~~~~~⏱~~~~~
ショッピングモールにて。
「さて、チケットを出さないとな……ってこれ、映画のタイトル決まってるじゃないか」
「本当ですか?どれどれ…………っ!」
そこにあったタイトルは『スーパー・コンフュージョン・プレイグ008~ゾンビ病~』つまりゾンビパニック映画であった。
「ぞ、ゾンビ映画……べ、別の映画にできないんですか……?」
「うーん……できないんじゃない?ってか、見たくないの?面白そうだけど?」
「い、いや……その……私、ゾンビが苦手なんですよ……」
「へぇ!フラッシュがねぇ…意外だな…………どうして苦手なんだ?」
「ゾンビは死体なのに動いてるんですよ……?おかしいです…それに、ゾンビは実現する可能性があるからです。もしも…って考えるだけで悪寒が止まりません……」
「なるほどね……悪魔の儀式で生み出されたゾンビと、ウイルスで生み出されたゾンビだったら、どっちが怖い?」
「どっちも怖いに決まってるじゃあないですか!」
「でもさ、どっちも実在するとは考えにくいよ?どうせ創作の中の話なんだからさ」
「それはそうですけど、あり得るかもって思ってしまいます……」
「じゃあ、哲学的ゾンビって怖いかな?」
「哲学的ゾンビ……?何ですかそれは?」
「物理的には普通の人間と全く同じなんだけど、“
「…?よくわかりません……?」
「ただ極悪非道とか、冷たい人間って訳じゃないよ。コイツが厄介なのはね、物理的には全く見分ける事が出来ないってことなんだ。
普通の人間と同じように呼吸をして、ご飯を食べて寝て、笑ったり泣いたり怒ったりするんだ。でも、心──
彼のまるで見てきたかのような語り草にフラッシュは興味を持った。
「なるほど……?でも、そういうことでしたら、普通のゾンビと違って生きた人間を襲いませんし、死んでもいないじゃないですか?別に怖くないですよ」
「と、思うじゃん?フラッシュ、君は心、意識を持っているかい?」
「当然です」
「ならおめでたい!君は哲学的ゾンビじゃあない!でもね、実は秘密だったんだけど……フラッシュ以外の世界中の人間……いや、動物もだ、実は皆……哲学的ゾンビなんだ!歴史上の偉人も!総理大臣も!君にとって大切な人間でさえも!ファル子も、僕も、君の両親もだ!」
フラッシュは熱弁に飲まれつつあった。
「っ!そんなの噓です!そんなことある訳ないです!」
「でも、それが噓だと確かめようが無いんだよ?例え胸や頭を切り開いたって“心”があるかどうかはわからない!だって、心は物理的には存在しないからね!
一番大事なのは“真に確かめようが無い ”ってところなんだよ!今、目の前の人間が哲学的ゾンビかどうかはわからない!そして、この宇宙で意識を持っている人間はフラッシュ、君だけなのさ……」
狂ったような言い回しに押され、しかし、否定しきれない点には居心地の悪さを感じていた。
「う、うぅん……なんというか……気味が悪いですね……」
「そうだろう?確かめようが無いってところは他にもある。隣に居る人間は、完璧に人間に見えているけど、実は高度に作られた自動応答システムなのかもしれない。
もしかしたらこの世界はコンピュータのシミュレーションで、実は5分前に生み出されたのかもしれない。培養液に浮かんだ脳みその夢なのかもしれない。僕たちの人生は既に神様──あるいは別の創造主によって決められているのかもしれない。いいや、実は僕達は実在していなくて、創作物の中の人間なのかもしれない……」
「そ、そうなんでしょうか……?」
「かもしれない、の話だよ。まぁ、長々と話しちゃったけど、こういう風に考えたら、ゾンビだって案外怖くないんじゃないかな?」
彼の以外な一面に驚かせられてしまったが、彼なりの気遣いなのだと思うと嬉しく思ったフラッシュなのであった。
「言われてみれば……確かに、荒唐無稽な想像の一種と思えば、幾分かは怖くないように思えてきました……!」
「よし、時間もそろそろだし、シアターに入ろうか?」
「そうですね」
キャーッ!ヤッパリコワイデス!ヤダヤダヤダ!ヒィーッ!シタイガウゴイテルナンテアリエマセン!
勇んで映画を見たはいいものの、トレーナーの腕に抱きつきっぱなしだったことは彼女の名誉の為にも書かないでおくことにする。