ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜   作:つばめ勘九郎

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創造の後に破壊があるのか、或いは破壊の後に創造があるのか。

何事も壊す覚悟が必要なのかもしれない.......




喚び声

 

 氷の巨大な扉を超えた先、まるでミラーハウスのような迷路を歩き続ける要とロクサーヌ。

 

 魔物の強襲や陰湿な罠などが一切無く、少し拍子抜けしていた二人だったが不意にその顔が歪んだ。

 

 

「シンさん.....!」

 

「ああ、何か聞こえたな。これは.....声か?」

 

「ですね。まるで女の人が囁いているような感じです」

 

「女?俺は男だが......個人で聞こえる声が違うのか....?」

 

 

 二人の見解が食い違い、要が思考しているとそれは再び二人の耳に届いた。

 

ーー〝また奪われるわよ?〟

 

ーー〝気づいているのだろ?〟

 

 二人は顔を見合わせ頷きあった。

 

 おそらく精神干渉系の何らかの魔法によって揺さぶりをかけているのだろう。しかし、それが具体的にどう二人に影響を及ぼすか、今の段階では判断できないため二人はとりあえず声を無視して歩き続けることを決めた。

 

 

「ちなみにロクサーヌはどんな声を聞いたんだ?」

 

「私は〝また奪われるわよ?〟って言われました。おそらくですが、私が両親を亡くした時の事を言っているんだと思います」

 

「なるほどな。俺は〝気づいているんだろ?〟って言われたが、どうやらこの声は自分の過去や内に秘めてる負の感情を刺激してくる類のもののようだな。まったく、悪趣味な試練なことだ」

 

「正直、不快感を覚えます。耳を塞げない上で、ずっと聴かされるのはあまりいい気分にはなれません。それに....昔の事を思い出してしまうので.....」

 

「そうだな.....ロクサーヌ、俺の手をしっかり握ってろ」

 

「シンさん....?」

 

 

 要はロクサーヌの手をしっかりと握り、彼女に向けて微笑んで見せた。

 

 

「不安になる気持ちもわかる。もしかしたらこの試練で、お前は強制的に自身の過去と向き合わなければいけなくなるかもしれない.........だが心配するな、お前は強い。それに俺もついてる。いざとなれば俺がお前を支えてみせるし、いくらでも勇気を分けてやる」

 

 

 握られた手から暖かさを感じ取るロクサーヌ。そしてその温もりと彼の強さに先程の不快感が拭い去られていく。

 

 

「........ありがとうございます、シンさん。大好きです」

 

「俺もだ、ロクサーヌ」

 

 

 彼女は先程までの暗くなりがちだった表情を綺麗さっぱりに吹き飛ばして優しく微笑みながら想いを伝えた。そんな彼女を見て要も微笑み返し、自然と顔が近くなる。

 

 そしてお互いの唇が触れ合おうとした時。

 

 

ーーグオオオオオオオン!!

 

 

 空気を読まないフロストオーガ五体が鏡の氷壁から姿を現した。

 

 

「空気を読まない、悪い魔物には即刻お帰りいただきます」

 

「だな。精神攻撃してくるわ、そこら辺の配慮も全く無いとは救いようが無い奴らだ。まさか、このタイミングの悪さも大迷宮側の攻撃なのか.....?」

 

「グオオン、グオオオオオオン(違います、単に間が悪かっただけです)」

 

「あ、そうなの?なら俺の深読みか......その、なんか悪かったな....?」

 

「グオ、グゥゥオン(いえ、お気遣いなく)」

 

「だが空気を読めないことに変わりはない。あんたには悪いが、ここでやられてもらう」

 

「グオオオオオオオン!グオオオオオオオン!!(来るなら来い!返り討ちにしてやる!!)」

 

「ハン、上等だ....!」

 

「いや、何で会話が成立してるんですか!!?」

 

 

 途端、ロクサーヌのツッコミが入った。まるで今から熱いバトルが始まるぜ!みたいな雰囲気を醸し出していた要とフロストオーガの一体がロクサーヌの言葉を聞いて、構えを解いた。ちなみにロクサーヌは絶賛フロストオーガ四体を相手にしながらである。

 

 

「何でって..........勘だ」

 

「それで何でも解決できると思ったら大間違いです、よ!!」

 

「グオオンッ!!」

 

 

 ロクサーヌがフロストオーガの一体を仕留めた。

 

 

「そんなこと言われてもわかっちまうもんは仕方ないよな。なぁ?」

 

「グオン(ええ、全くです)」

 

「そこ!わかり合わないでください!」

 

「グオオンッ!?」

 

 

 さらにもう一体仕留めた。華麗なロクサーヌの後ろ回し蹴りが見事にフロストオーガの一体の頭を砕き、魔石ごと粉砕してみせた。その姿に思わず要とフロストオーガが「オオ〜」と拍手をしながら称賛の声を漏らした。

 

 

「凄いだろ。あの子、俺の恋人なんだぜ?」

 

「グオォオオン、グオングオン!(いい女捕まえてましたね、このこの!)」

 

「はは、照れるな〜」

 

 

 要がロクサーヌのことを自慢気に口にすると、フロストオーガさんがニヤついた表情?で氷の肘を使って要の脇腹を小突いた。

 

 

「なんで仲良くなってるんです.....」

 

 

 ロクサーヌ、三体目を撃破。残った一体が助けて欲しそうに要の横にいる仲間に視線を送る。

 

 

「この先あとどれくらい試練があるかわかる?」

 

「グオングオオン。グゥグオオオオン(ここを越えればあと二つぐらいですね。もう少し進めば休める場所もあります)」

 

「おお、それはありがたい。いやぁ〜親切にしてもらって助かるよ」

 

「グオグオ、グオオオンググオオオオン。(いえいえ、こちらこそ話せてよかったです)」

 

 

 今も楽しそうに男と話している?のを見てフロストオーガは諦めた。

 

 

「なんか、すいません.....」

 

「グオオオオオオオオオオオン!!(こんな筈じゃなかったのに!!)」

 

 

 ロクサーヌは最後の一体を剣を突き刺してトドメを刺した。ちなみに最後のフロストオーガの断末魔は要の翻訳である。

 

 

「それで、そちらのフロストオーガさん?はどうしたらいいんですか?」

 

 

 油断なくロクサーヌは要の隣にいるフロストオーガに向けて剣を構える。それを見て要とフロストオーガは肩をすくめた。

 

 

「せっかく仲良くなれたあんたをここで殺すのは忍びないが、どうする?」

 

「グオオオン。グオグオグオオン(私も貴方と戦う気にはなれない。ここは大人しく引きます)」

 

「そうか、その方が俺もありがたい。色々教えてくれてありがとな、またいつか機会があれば会おうぜ」

 

「ググ、グオングオン。ググオオオオン(ええ、またどこかで会いましょう。大迷宮攻略頑張ってください)」

 

 

 そう言ってフロストオーガさんは要に手を振りながら出てきた氷壁の中へと帰っていった。そして要は清々しい顔で手を振りながら彼を見送った。

 

 

「.......よし、行くか!」

 

「ちゃんと説明してください。なんなんですかさっきのは!相手は魔物ですよ?なんでいきなり仲良くなってるんですか!」

 

「そんなこと言われてもなぁ。なんか急に何言ってるか分かっちまったんだから仕方ないだろ?もちろん他の魔物相手には容赦しない。ロクサーヌを危険に晒すような真似はしないって」

 

「......さっき、私一人で戦ってましたけど....?」

 

「あの程度の相手にお前が負けるわけないだろ?」

 

「信頼してるってことですか.........はぁ〜、わかりました。これ以上は追求しません。なにやら情報も聞き出してたみたいですから、今回は大目に見ます」

 

「ありがとう、ロクサーヌ」

 

「ですが次はシンさん一人で戦ってください。それとなんだか疲れましたので、後で抱きしめてください.....あとキスも」

 

「おお、大胆になってきたな.......だがその程度お安いご用さ。声の方はどうだ?まだ不安か?」

 

「大丈夫です。シンさんが隣にいてくれるなら全然平気です」

 

「そうか、なら行くぞ」

 

「はい!」

 

 

 色々あったが二人は奥へと進んだ。とりあえずロクサーヌの要望を叶えるために、フロストオーガさんから教えてもらった休める場所へと向かった。

 

 そこに到着してしばらく休憩に入ると、二人は誰もいないのをいい事に強くお互いを抱きしめ合って深い口づけを数十分近く繰り返した。

 

 その後、再び奥へと進み出した二人。未だに不快感を催させる声は継続して聞こえてくるが、その度に二人はお互いの存在を確認するように抱きしめ合って口づけを交わす。二人にとってそれこそが精神干渉系魔法に対抗する精神安定剤だった。

 

 奥に進み続ければ続けるほど、聞こえてくる声はより狡猾に心の奥底に眠っていた負の感情を撫でてくる。その上、魔物や罠がまるで狙ったようにタイミング良く二人を襲う。

 

 しかし、そんなものは今の二人の前では全く効かない。

 

 声が聞こえてくるたびに愛情のパラメーターが鰻登りに上昇し、待ってましたとやってくる魔物を粉砕、これでも喰らえ!と言うような罠もあっさり回避される始末。

  

 もはやこの合わせ鏡のような空間では二人を止めることはできなかった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、二人は大きく開けた空間にやってきた。

 

 その部屋の奥に見えるのは氷の巨大な扉。氷の迷路で見た荘厳な扉に良く似ており、意匠が凝らされた見事な門だ。

 

 先程のフロストオーガの情報が正しければ残り二つのうち一つがここになるだろうと予想する要。

 

 そしてその予想は正しかった。

 

 部屋の中に踏み込んだ瞬間、頭上から暖かい光が差し込んだ。そして天井に覆われている雪煙が光を溜め込むように輝き始めた。いや、雪煙がと言うより、正確には雪煙を形成している極小さな氷粒がというのが正しいだろう。そして刻一刻とその光がより輝きを増していく。

 

 

「っ、シンさん!!」

 

「わかってる!!」

 

 

 途端、その氷粒からレーザービームが放たれ、二人を襲った。要の直感とロクサーヌの危機感知がそれを捉え、お互いが左右に回避する。しかしその一回では収まらず、乱れるようなレーザーの嵐が二人に降り注いだ。

 

 

「ッ!ここに来てレーザー攻撃とはなッ!」

 

 

 瞬光によって知覚能力を引き上げ、さらに自身の直感に身を任せ乱れ舞うレーザーを必死で回避する要。一方、ロクサーヌも流石に華麗にバク転で回避したり、柔軟な体で掻い潜るように回避を続けているがその顔は必死そのものだった。さらに言えば二人は荷物箱を背負ったままなので、躱しきれなかったレーザーが荷物箱に被弾する。かなりの強度があるロバート謹製の荷物入れだが、そう何度も攻撃を喰らえば壊れるのは目に見えていた。

 

 

「っ、ロクサーヌ!!壁伝いに扉まで一気に駆け抜けるぞ!」

 

「わかりました!」

 

 

 要とロクサーヌはレーザーに対する回避行動でかなり距離を離されてしまっている。なのでお互いに左右の壁側から一気に扉まで駆け抜けることを提示した要。それに対してロクサーヌは力強く返事を返した。

 

 そして二人は足裏に力を込め、強く地面を蹴った。

 

 危機感知と自前の身体能力で華麗に舞い踊るようにレーザーを避けながら進むロクサーヌ。知覚能力を引き延ばしてレーザーを掻い潜りつつ、手甲で受けながら強引に突破していく要。

 

 だが順調に進んでいけると思われた時、頭上で溢れていた雪煙が手の前に落ちか来た。それと同時に雪煙の中から大きな氷塊が二つ落ち、要とロクサーヌの進路を塞いだ。要とロクサーヌは氷塊から距離を取り走り出そうとしたが手遅れだった。

 

 二人の周囲に雪煙が充満し、辺り一帯が霧のように覆われ視界に収めることができるのは降ってきた氷塊のみ。

 

 そしてその氷塊は姿形を変え、体長五メートルほどの人形になり、ハルバートのような武器とタワーシールドを携え、その人型の胸には赤黒い結晶が見てとれた。

 

 

「ようはコイツを倒せってことか。上等だ、速攻片付けてロクサーヌのところに行かせてもらう!」

 

ーーーまだ偽るのか?

 

「..........」

 

ーーーお前にとって所詮他人なんて存在は自分以下の存在。

 

「......るさい

 

ーーー他人を見下すことしかできない存在。

 

「.....うるさい」

 

ーーー何故、まだ()()()()()をする?

 

「うるさいッ!!」

 

 

 氷の巨人がハルバートで一帯を薙ぎ払おうとした。

 

ーーーゴオンッ!!

 

 だが、それは要の身につけていた手甲で簡単に受け止められた。手甲への付与も施し、すでに身体強化もしていた要の膂力が巨人のハルバートをあっさりと巨人の攻撃力を凌駕したのだ。それを成した要の表情は先程とは違い、酷く怒りに満ちていた。

 

 合わせ鏡のような氷の迷路に入ってからずっと聞こえていた自分の声。最初は誰の声かもわからなかったが、それを聞き続けていれば自ずとその声の主が誰なのか否が応でもわからされる。

 

 その声がずっと要の心を揺さぶっていたのだ。

 

 ロクサーヌがいる前ではそんな素振りは一つも見せず、堂々を振る舞い、ロクサーヌを不安にさせまいとしていた。しかしこの声を聞き続けて一番精神的に効いていたのは他でもない要だったのだ。

 

 それを隠すようにロクサーヌに甘えていた要。

 

 彼女の温もりが要の精神安定剤だったのだが、今はその彼女もいない。  

 

 それを知ってか知らずか、さらに要の内側を突いてくる。

 

 

ーーー滑稽だよなぁ、女に溺れる自分を感じるのは。

 

ーーー都合のいい女でよかったな、お前の側にいたのが。

 

ーーーお前はロクサーヌ()()()()()()

 

 

「さっきからゴチャゴチャ、うるせぇって言ってるだろうがッ!!」

 

 

 八つ当たりするように氷の巨人を刀剣で斬り刻み、蹴り飛ばし、拳で砕く。それ程の威力ならば氷の巨人の核をすぐに破壊できるというのに、まるで痛めつけるように攻撃を氷の巨人に与え続ける要。

 

 

ーーーそうやって壊すことしかできない。

 

ーーー()()()()()()()()()

 

ーーー所詮は他人の真似事。

 

ーーーお前は()()()()()()()()()()()

 

 

「ッ!俺でもない奴が、俺と同じ声で知ったような事言ってんじゃねェッ!!!」

 

 

 要の一撃で足を砕かれた氷の巨人が仰向けで倒れる。ズドオオオオンッ!と雪煙をあげ、砕かれた氷塊の欠片も風圧で巻き上げられキラキラと輝いく。だが、倒された氷の巨人はすでに至る所がボロボロになっており、まるで壊れた人形のようにギコギコと挙動がおぼつかない様子で首を動かして敵対者である要を見上げていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ.......」

 

 

 呼吸が荒くなる要。そして先程までの激情を悔いるような表情を浮かべ冷静さを取り戻すようにひとつ大きく息を吐いた。そして刀剣を持っていない左手で額を抑え、そのまま顎の先まで掌で顔を拭うように切り払った。

 

 ひとつ区切りをつけた要は巨人の胸部に飛び乗った。ちょうど核となる赤黒い結晶の真上に。

 

 

「......情けない話だ、まったく」

 

ーーーそうやっていつまでも誤魔化せると思うな。

 

「.................黙れ」

 

 

 吐き捨てるように呟いた要。

 

 そして強化した足であっさりと氷の巨人の胸部を踏み砕き、核を捻り砕いた。まるで煙草の火を足で踏みながら消すように、()()()()()()()()()()()()()()()()入念に。

 

 

「ふぅ.....とりあえずこれで終わりか。ロクサーヌが少し心配だな」

 

 

 そんなことを考えながら要はその場を足早に去り、雪煙を抜け出した。その先は要とロクサーヌが目指していた巨大な扉の前で、いつの間にかその場所に辿り着いていたらしい。

 

 すると要より少し遅れてロクサーヌも扉の前にやってきた。ロクサーヌも要と同様、あまりダメージを受けていない様子で要はそんな彼女の姿を見てホッとした。

 

 

「無事で良かった」

 

「少し苦戦しましたが何とか勝てました。シンさんはどうでしたか?」

 

「..........」

 

「シンさん......?」

 

 

 ロクサーヌの質問に先程の自分の激情やら情けない態度を思い出し、返答に困ってしまった要。

 

 そんな要の様子を見てロクサーヌは困ったような笑みを浮かべ歩み寄り、要の頭をその豊満な胸に抱え込んだ。

 

 

「っ、ろろ、ロクサーヌ....?」

 

「いつも支えてもらってばかりの私ですが、こういう時ぐらい私に甘えてください」

 

「お、俺まだ何も言ってないけど.....?」

 

「言われなくてもわかります。さっきの一戦で何か思うところがあったんですよね?そうでなければそんな寂しそうな顔しません」

 

「........俺、そんな寂しそうな顔してた?」

 

「はい、してました。思い詰めたように自分を責める、まるで誰かに叱って欲しそうな、そんな寂しそうな顔です」

 

「はは、まるで子供だな.....」

 

「いいじゃないですか子供でも。無理に大人のフリをしても、それはそれで私が寂しいです。私はシンさんに頼って欲しいんですし、支え続けたいと思ってます。それにもっと貴方が知りたいんです、例えどんな一面でも。だから今は思う存分私に甘えてください」

 

 

 それが彼女の想いだった。

 

 この大迷宮に入ってから彼女はずっと要に支えられ続けてきた。そして要という彼女にとって大きな存在が自分に与えた勇気や愛はロクサーヌという女性をより一段と成長させた。戦士として、女として。

 

 それを自覚し、要に対してより深い愛を抱いているからこそロクサーヌは彼の力になりたいと強く思った。彼が甘えられる存在、自分をさらけ出せる存在に。そして彼をもっと知りたいから。

 

 

「.......ロクサーヌ」

 

「はい」

 

「この大迷宮を攻略した後、話したいことがある。今はまだ自分と向き合わないといけないから.......向き合って、答えが出たらちゃんと話す」

 

「はい、待ってます」

 

「すぅーー.......とりあえず今はロクサーヌのお言葉に甘えて、ロクサーヌ分を補給する」

 

「なんですかそれ?」

 

「俺専用のエネルギー養分だ、すぅーーーー」

 

「あ、あまり匂いは嗅がないでくださいね?汗臭いですし....聞いてますか?」

 

「聞いてる聞いてる、すぅーーーー」

 

「も、もお!イジワルしないでください!」

 

 

 なんやかんやありつつも、結局はこういう形で収まった二人。

 

 少しだけふざけている要だが、内心では自分にとってロクサーヌという女性がどれだけ大きい存在なのかを実感し、より一層彼女には強い自分を見せ続けたいと思った要だった。

 

 確かに彼女はどんな要の姿だろうと優しく包み込むように受け入れるだろう。それに対して要も甘えたり、少しばかりの本音を漏らすことは今後必ずあるはずだ。だとしても、要がロクサーヌに見せたいと思う自分の姿は弱さではなく強さである。いつまでも弱さを引き摺った姿ではなく、鮮烈に生き、逆境から立ち上がり、例え無様を晒してもそれを乗り越える、彼女自身が着いて行きたいと思わせるのが自分のあるべき姿だ。

 

 理想なのかもしれない。

 

 驕りなのかもしれない。

 

 それでも自分が思い描く彼女の隣に立つ男は、きっとそういう男だと要は思った。

  

 男のつまらないプライドだと嘲笑う者もいるだろうが、そんなことは知らないし聞く耳も持たない。

 

 彼女の胸に抱かれた時、彼はそう決めたのだから。

 

 

 

 そんな新たな決心を胸に秘めた要と、彼を支え続けたいと表明したロクサーヌは辿り着いた氷の扉の前に立った。すると巨大な扉は勝手に開かれ、その先は光の膜で覆われ見えなくなっていた。

 

 だが、次で最後。

 

 ここを乗り越えれば大迷宮攻略。

 

 俄然燃える二人の戦意。

 

 そして二人は手を繋ぎ、お互いに顔を見て頷くと同時にその先に踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 要が気がついた時、氷の壁に覆われた一本道の中央に立っていた。

 

 

「ッ!?ロクサーヌ!?......くっ!」

 

 

 握っていたはずの彼女の感触が無く、辺りを見回しても彼女の姿は見当たらなかった。

 

 

(はぐれた?いや、どこでだ?扉を一緒に潜った時までは一緒にいたはずだ.......なら原因はあの光の膜か.....?)

 

 

 思考を巡らせる要。

 

 ついさっき彼女にはいいところを見せると決めたばかりなのに、さっそく離れ離れになったことを歯噛みする。

 

 先程まで感じていた温もりが消えたことに焦りを覚える要。

 

 そしてそれが彼女にどれだけ依存していたかを実感させた。

 

 そんな自分の弱さを感じとり、要はあからさまに息を吐き、冷静に思考を重ねた。

 

 

(さっき決めたばかりじゃ無いか。俺は強くあり続けると。それはロクサーヌが見ていない時でも同じことだ.......なら、やるべきことは決まってる.....!)

 

 

 そして要はもう一度辺りを見渡して、先に続く道が一つしかないことを確認し、その先を見据えた。

 

 

「.......行くぞ」

 

 

 誰に言ったわけでもないが、強いて言うなら自分自身に向けて喝を入れたのだろう。

 

 要は一人、先に続く道を歩み出した。

 

 そうして辿り着いた先は氷壁に囲まれた開い空間。その中央には天井と地面を繋ぐ太い氷柱が一本だけ聳え立っていた。

 

 その氷柱に近づいていく要。とうとう要の手が氷柱に触れる距離までに辿り着いた時、その氷柱は先程の合わせ鏡のような氷壁の迷路の氷と同じように、鮮明に要の姿を反射させていた。

 

 反射して写っている自分の姿をまじまじと見つめる要。地球にいた頃より少し背が伸びたか?と最近まったく考えていなかったことが不意によぎり、自分の姿を頭の先からつま先まで事細かくチェックする。

 

 ロバートから貰った服もすっかりボロボロになっており血が滲んでいる箇所も含めて見ると何だか痛々しく見えた。

 

 

「俺ってこんな顔だったっけ......?」

 

 

 なんて言いながら真剣な表情で自分の顔を見つめていると、その顔の口がニヤリと裂けた。

 

 

「うおおっ!?」

 

 

 唐突に自分とは違う行動をとった氷の中の自分に驚き、数歩後ろに下がった要。絶賛鳥肌と背中にゾクッとする寒気を感じていた。こう見えて要はホラー映画の類が苦手なのだ。

 

 

『はは。そういう反応をするのは久々か、俺?』

 

 

 要が言葉を吐いた。誰に?いや、その言葉を吐いたのは要本人では無く、氷の中にいる要の姿をした要だった。

 

 そして氷の中にいた要が何の躊躇いもなく自然に氷柱から出てきた。そしてその姿が氷柱から出てきた途端、色が変わった。

 

 髪色は白に、服の色すらも黒と白のモノクロカラーになり、ゲームでいうところの2Pカラーと言った趣きだ。

 

 それを見た要本人は偽者の自分を睨んだ。

 

 

「........とうとう出てきやがったな、偽者野郎」

 

『偽者?おいおい何の冗談だよ。俺こそが本物のお前であり、お前が殺した本物を写した存在だ』

 

 

 嫌らしい笑みを浮かべて、そんなことを口走る偽要。

 

 

「今度の相手はお前ってことでいいんだよな?いや、いいよなぁ。その癪に障る笑い顔を今すぐぶん殴ってやる.....!」

 

『やれるものならやってみろよ。今度は俺がお前を()()()()()()

 

 

 両手を広げ、まるでやってくる相手を抱きしめるぞと言わんかばかりに待ちの姿勢をとった偽者相手に、要は刀剣を抜き強化した脚力で地面を蹴った。

 

 最後の試練が幕を開けた。

 

 





補足


登場人物

「フロストオーガさん」通称〝フローガさん〟
・要進とロクサーヌがミラーハウスみたいな迷路で出会った氷の魔物。要曰く、気さくで話しやすいお兄さんで親切な上に礼儀正しい魔物の鏡みたいな存在。何故要と話せたのか?フロストオーガさん曰く、「彼には何か感じるものがあった」とのこと。

もしかしたら、また登場するかも.......?

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