ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜 作:つばめ勘九郎
ここからが本番です。
ロクサーヌが最後の試練で白い自分に打ち勝つ数十分前、一方の要はロクサーヌ以上に白い自身との戦いで苦戦していた。
「はあああああッ!!」
『ハンッ』
要の強化された打拳に対して白い要が鼻で笑いながら拳をぶつけた。わざわざ
「舐めやがって...,!」
『なんだこの拳は?蚊でも止まってるのか?』
「チッ、人を見下しやがって....!」
『それはお前だろう。ハジメと出会う以前のお前は俺以上に他人を見下していたくせに、よくそんな口が聞けるものだ』
「うるさいッ!!」
要は相殺された拳を引き、刀剣による斬撃を乱れ撃つ。しかし、それら全てを簡単に見切りあしらう白い要。七倍までに引き上げた身体強化と英傑試練の能力上昇が発動しているというのに、手も足も出なかった。
要はこの氷雪洞窟に入って幾多もの魔物との戦闘や経験によって以前より確実に強くなっている。それこそ以前なら数分ともたなかった身体強化七倍も一回の戦闘でならある程度使える程に。一瞬だけなら十倍にも耐えられる肉体にもなった。
しかし、それでも目の前の相手には届かない。
明らかに要より強いというのに、白い要は自分自身との戦闘を楽しむためにわざわざ力を押さえてすらいる始末。
(こんな筈じゃ......ッ!)
『こんな筈じゃないって?つまり、お前が
「くっ......!」
『怪物は怪物らしく、孤独の中で踠き苦しみながら全てを壊せばいいのさ』
「黙れェエエエエエッ!!」
激昂した要は瞬間的に身体強化を十倍に跳ね上げ、豪脚の驀進、震脚を組み合わせ地面を爆発させるほどの踏み込みをし、その全てのエネルギーが込もった飛び後ろ蹴りを炸裂させた。
ーーードゴンッドガオオオオオオン!!
要の蹴り技が見事に白い要の腹部に突き刺さり、吹き飛ばされる白い自分。その威力は白い要を砲弾の如き速さで後ろに吹き飛ばし、背後にあった氷柱を砕き、さらに突き抜けて向こう側の氷壁へと叩きつけた。砕かれた氷柱は豪快な音を鳴らしながら崩れ落ち、白い要の着弾点である氷壁は蜘蛛の巣のように亀裂を走らせ細氷の煙を巻き上げていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ.......ふぅ、ッ.....」
やはり無理をしたらしい要は激しく肩を上下に動かし荒い呼吸をしていた。蹴り技を繰り出した右足が震えており、骨も折れていた。
確実に今出来る最高の一撃を奴に撃ち込めたと満足する要は勝利を確信し表情を緩ませていた。だが、それは唐突に聞こえた拍手で一気に現実へと引き戻された。
「嘘、だろ.......!?」
『いい蹴りだったぜ、
驚愕の表情を浮かべる要。そんな要に対して白い要はわざとらしく手を叩きながら見下したように笑みを浮かべていた。
『いい機会だ。俺がお前に
そう白い要が口にした途端、その姿が掻き消えた。そして気付いた時には要の懐に潜り込んでいた。
「なッ!?」
『これが[縮地]だ。そしてこれがァッ』
白い要が拳を握り込み、それを思いっ切り要の腹目掛けて振り抜いた。要は咄嗟にガードを固め、身体強化をさらに引き上げる。だが襲いかかった拳はそれら全てを軽々と打ち砕いた。
「ガハァアアッ!?!?」
『.......豪腕の派生[覇拳]だ』
先程、要が白い要に繰り出した飛び後ろ蹴りの数倍以上の威力が白い要の拳にはあった。
打ち上げるような腹部へのアッパーカットが、簡単に要の体を天井へと叩きつけた。その衝撃で天井の氷が砕かれ、まるでガラス片が砕かれたようにキラキラと舞い、拳を天に突き上げている白い要に降り注いだ。
そして天井まで吹き飛び、叩きつけられた要は数秒天井の氷壁にめり込んで動けなかったが、自重で落下し背中から地面に衝突した。
ロバートから貰った頑丈な防具も、衝撃で全て砕かれてしまった。白い要の拳に触れてすらいないというのに。
もはや息をするのも儘ならない程に要は傷つき、全身の骨が確実に折れ、拳を受けた腹部は内臓がぐちゃぐちゃになっていた。
それでもまだ息があるのは、英傑試練の戦闘続行による恩恵と要自身の根気だった。
そんな要は近づいてくる白い要を見上げ、困惑の眼差しを向けた。
『何が起きたかわからないって顔だな。さっきも言っただろ、
「そん....な、こ、ぉ....ゴホっ....はぁ、はぁ.....」
実際それを白い要は成していた。
英傑試練は強い意志や想いによって成長する技能。そう易々と新しい技能をポンポン獲得出来るわけではない。しかし、白い要は要の負の感情を汲み取り強化されていた。そして強化され続けた事で肉体や技能、意志までもが要を大きく凌駕する程に強固なものへと進化していた。
望めばいくらでも力を手に入れられる存在へと。
『俺をここまで強化させたのはお前の不甲斐無さだ。過去を否定し、今の自分こそが本物だと頑なに
「くっ.......!」
『おいおい、まだ俺を強化させるのかよ。はぁ、とんだ期待はずれだ。やはりお前は
「はぁ、はぁ.....王、の......うつ、わ.......だと?」
『これから死ぬ
白い要が要の頭の上で足を持ち上げた。階段を登る時ぐらいの自然な足の持ち上がり方だ。
そしてその足で要の頭を踏み抜こうとした時、それがピタリと止まった。白い要の靴裏が要の目と鼻の先にまで迫っていたそれが、急に止まったのだ。
『ちょうどいいタイミングだ。少し趣向を変えよう』
「......なん、の......つも、り.....だ、ぁ.....!」
『なに、ちょっとした悪戯さ。なぁ、
「ッ!?き、さまァァァァッッッ」
憤慨した要が無理やり傷付いた体を起こそうとし、明確に怒りがこもった瞳で白い要を力強く睨む。裂けた肉から血が噴き出し、骨が軋む音が要の体中から響いた。
『うるさい』
「グゥッ」
体を起こそうとうつ伏せになった要。そしてなんとか持ち上がった要の頭を、白い要はなんの感情も無いままに踏みつけ要を地面に縫い付けた。
そして白い要は口角をあげ、要の頭に乗っていた自分の足を下ろし、要の髪を掴んで持ち上げた。
『お前は次期に死ぬ。今のお前じゃあどう足掻いても俺を超えることは出来ない。ならその体はもういらないよな?俺がどう使おうと、俺がどう奪おうと、俺の自由だ』
「なに、を......言ってやがるッ.......!」
『フッ。貰うぜ、その体』
途端、白い要は手に掴んでいた要の髪を手放した。いや、消えた。
そしてその体は赤黒い粒子となって要の体に纏わり付く。
「ぐッ、ガハッ、がああああああああああああッ!!!!」
あり得ないぐらいの痛みが全身を襲い絶叫する要。
纏わり付いてきた赤黒い粒子が要の体に入り込み、全身を侵す。
立つ事も、悶えることも許さない痛みに、うずくまった要は地面に爪を立て、力の限り地面を掴もうとする。だがそれは叶わず、突き立てた爪が割れ、指先から血が溢れ出す。
そして要の体に異変が起きた。
筋肉が肥大し一回り大きくなり、髪が伸び始め、その根本から色が真っ白に抜け落ちてゆくように変色する。内臓もさらにぐちゃぐちゃになり、まるで直接腹の中に腕を突っ込み掻き回されているかのようだった。まるで、奈落の底で南雲ハジメが魔物を喰らい変質したように。
そこでとうとう要の意識が闇へと落ち始めた。
痛みで意識が薄れゆく中、要は口に出す事もできない言葉を思い浮かべた。
(ッ、すまない.....ロクサーヌ.........ハジメ.........)
要の体は変態を終え、痛みによる震えが止まった。
そして要の肉体は静かに立ち上がり、幽鬼のような顔が歪み切った笑みを浮かべた。
「は、はは、はははは......ははははははははははッ!!!」
要の愉悦に浸った様な笑い声がその場の空間全体に響き渡る。
「これが要進の肉体!凄まじい万能感だッ!!これほどの物を持っていながらお前は負けたのか!くく、くははははっ!!まさしく
白い要が要の肉体を乗っ取り、歓喜の笑みを浮かべ高笑いする。
先程までとは明らかに
そして、それらを手に入れたことで白い要に一つの欲が芽生えた。
全てを壊す、と。
要のコピーであった白い要は正体不明の技能[特異点]まではコピーできなかった。しかし要の肉体を乗っ取り、それに触れたことで感じた万能感が白い要の在り方を変質させてしまった。まるで欲望に目が眩んだ狂人のように。
もはや白い要に攻略者と敵対し、試練を与えるなどといった使命は一切残っていない。
あるのは己の欲望を満たしたいという傲慢な考えのみ。
その衝動は白い要の精神が変質する前の片鱗でもある。終始要に「壊す」という言葉を使って、彼の精神を揺さぶっていた。その結果、それが変質し「全てを壊す」という破壊衝動に昇華してしまったのだ。
そして、その破壊衝動を向ける最初の客が崩れた氷壁からやって来た。
「よぉ、ロクサーヌ。意外と早かったな」
やって来たロクサーヌを流し目で見つめ、陽気に、されど狂気を含んだ声で話しかける白い要。
そして最初の客をどう調理して壊すか、白い要は下卑た笑みを浮かべながら考えていた。
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ところ変わってオルクス大迷宮。
その奈落の底の底に、二人の人物がいた。
「ーーーーっ?」
「..........どうしたの、ハジメ?」
「ーーーーいや、なんでもねぇよ」
一人は南雲ハジメ。あの日、オルクス大迷宮の六十五階層から落ちた要の親友。彼は魔物の肉を食い、死線を何度も潜り抜け、生きながらえていた。故郷に帰る、その思いを胸に抱き、ひたすらに己を磨き続けていた。そして彼は以前の彼と違い、大きく変質していた。精神も、肉体も。精神はどんな相手だろうと邪魔する者、敵対する者は必ず殺すという鋼の牙の如き精神へと変わり、肉体は魔物の肉を食らった事でまるで魔物の様な人間へと変態していた。それはまるで今の要の肉体の様に。
そしてもう一人は、オルクス大迷宮の奈落の底の五十階層でハジメが救った亡国の吸血姫〝ユエ〟だった。無詠唱無陣のとんでもない実力の魔法使いでありながら、彼女の容姿は少し幼いながらも絶世の美少女と表現するのが当たり前なぐらいに優れていた。そんなユエはハジメと共に地球に帰ることを約束し、奈落の底を降り続けている。
そして、二人が今いるのは八十ニ階層。
ある程度、迷宮の魔物を間引いたハジメとユエは八十三階層へと降りる階段の手前で休息をとっていた。
そんな中、ハジメはふと懐かしい顔を思い出していた。
(ーーあいつは今頃、何してんだろうな.......)
「......ハジメ、昔を懐かしんでる」
「なんでわかったんだよ.....?」
「......前にハジメが今と同じような顔してた時があった。確か....シン?って言う男友達の話をしてくれた時。あの時もなんだか懐かしそうな顔をしてた」
「はぁ〜。よく覚えてるな、お前」
「......ん、珍しくハジメが笑ってるように見えたから」
「そうかよ......」
そう言うとハジメは愛銃であるドンナーの手入れをし始めた。存外のこの話は終わりだと言うような態度だが、ユエはお構いなしに質問してきた。
「......ハジメとその友達はどんな感じだったの?」
「はぁ?それ聞いて意味あるか?」
「......教えて。ハジメの事をもっと知りたい。ハジメが向こうの世界で友達とどんな遊びをしてたのかとか、ハジメにとってその友達がどんな相手だったのか」
基本的にはハジメの事以外は知る気にならないユエだが、ハジメが浮かべる表情を見て、なんとなく気になった様子。
ハジメの顔にズズゥ〜と迫ってくるユエ。その瞳はキラキラと輝いており、「私、気になります!」とでも言ってきそうな勢いだ。
ハジメが話さない限り、いつまでもユエの顔が至近距離まで迫ってきそうだったので観念したハジメはドンナーとシュラーゲンのメンテナンスをしながら口を開いた。
「俺とアイツは趣味が合う友人って感じだ。一緒に何かしたのはこっちに来てからだったが、アイツのシゴキのおかげで俺は戦えてる。俺を鍛えるとか言ってボコボコに殴られた事もあったが、まあ今となればー.......いや、ムカつくな」
「.......ハジメをボコボコにした奴は私がボコる」
「やめとけ、ユエ。いくらお前でも近距離に持ち込まれたらお前もボコられる」
「.......!?そんなに強いの?」
「強いって言うより執念深いな。おまけに好奇心旺盛だから、もしユエがアイツを怒らせた日には、いくらでも回復するのをいいことに泣くまでボコってくるぞ?」
「........ハジメをボコボコにしたことは許す」
「そうしとけ。まあ、ようするに俺とアイツは気兼ねなく殴り合える関係ってことだ」
「........ハジメなら私の変わりにそいつをボコれる。頑張って!」
「お、おう。これで満足か?」
「.......ハジメはその友達のことどう思ってるの?」
「まだ聞くのかよ.......あ〜、一言で言えば馬鹿だな。アイツは」
「.........お馬鹿さんなの?」
「違う違う。アイツ、頭いいから。俺が言いたいのは自分に対しての考え方が大馬鹿野郎だってことだ。そんで優しすぎるんだよ」
「........ん?どういうこと?」
「なんでかは知らねぇけど、アイツは基本的に自分が嫌いなんだよ。その嫌いな自分に他人を踏み込ませないようにしてる。こういうのはなんて言えばいいんだっけか....あ〜、自己肯定感か、それが低すぎるんだよ。そのくせ他人には甘い、もう甘々だ。ハッキリと拒絶すればいいのに、それが出来るくせに、まるで産まれたばかりの赤ん坊にどう接してたらいいか判らず、距離を取ったり大事そうに優しく撫でるみたいにするんだよ。まったく、こっちはそんなやわじゃねえっつうのに」
「........その割にはハジメをボコってるけど?」
「そこら辺の距離感は掴んだんじゃねえのか?俺的には遠慮が無い方が有難いし、おかげで近接戦闘技術も上がった。それにほら、その、あれだ.........俺とアイツは、親友だからよ......」
「........む、ハジメがデレた」
「デレてねぇよ!男相手にデレるとか気持ち悪い事言うな!」
「.........ハジメ、ツンデレ?」
「OKユエ。今からちょっと長めのOHANASIをしようじゃないか」
ユエの発言にこめかみをヒクつかせるハジメ。その手には紅の雷を帯電したドンナーが持たれている。その様子を見て、さすがのユエもハジメの様相に全力で頭を横に振り、これ以上は話を突っ込んでこなかった。
そしてハジメはその怒りを鎮めた後、小さく呆れたような溜息を吐き、話題を変えてユエと今後の話をしたり、愛銃のメンテナスや強化の試行錯誤を繰り返した。
そこでふと思い出す。
以前もこんな事があったと。
ハジメの能力[錬成]をどう戦闘に活かすかを要と共に話し合い、試行錯誤した日々。あーでもない、こうでもないと繰り返しながら、それが成功した時にハジメ以上に要の喜んだ笑顔を。
ハジメの気掛かりはそんな要が自分がいない今、どう過ごしているかだった。
要の在り方は酷く哀しい物だ。自分を傷つけ、その痛みを一切表に出さず他人に優しさを向け続ける。嘆かわしい事だ、その優しさが僅かでも自身に向けば多少は変わるというのに。要自身が自分を認めない限り、きっと永遠に彼は自分を責め続け、一層自身を嫌いになる。傷つき、汚れた醜い自分を嫌悪するように。他人の評価は彼の心の奥には響かない。周りの人間が出来ることと言えば、それはハジメが要にやった事と同じように隣にいてやる事だけ。結局は自分で解決するしかないのだ。
もし要がハジメと別れて以降、自分を責め続けていたなら。
彼はきっと壊れてしまうだろう。
ハジメはそれが気掛かりだった。
焚き火の音が妙に耳に届いてくるハジメは作業中の手を動かしながら、誰にも届かない胸の内の言葉を親友に向けた。
(ーーー折れるなよ、シンーーー)
それは偶然なのか、必然なのか。
今まさにその言葉にピッタリな現状に陥っている要。
きっとその言葉が届いていたなら何かが変わっていたかもしらない。
しかし現実は無情で、すでに折れてしまった彼に向ける言葉としてはあまりにも遅かった。
そして、それを知ることも出来ないハジメは目の前の現状を打開する為の牙を静かに研ぎ続けた。
補足
新しい技能
[覇拳]
・今作オリジナルの豪腕の最終派生技能。乱発は出来ないが超高威力の打拳を繰り出せる技能で、その威力は単純に要進の身体強化十倍以上を誇り、使用者のステータスが高ければ高いほど威力が跳ね上がる。高い硬度のアーティファクトすら砕く技で、空振りしたとしてもその衝撃で殴られたように吹き飛ばされる。
「■■■■■■」
[特異点]
・謎に包まれた異能。白い要曰く、その力は運命を選び掴み取る力。世界の波を掴む事ができるほど優れた直感や万能感があり、ひと度これに触れれば簡単に人の精神は堕ちてしまう。
王の器を持つ者にはこれが発現する。