ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜 作:つばめ勘九郎
文字数13000文字を超えました。
めっちゃ長くなった。
暗い泥の様な物に、深く沈んでいく感覚になる要。
大迷宮最後の試練である己との対話。自分自身との戦いに敗れた要は、白い自分に体を乗っ取られ、何ひとつ抵抗できず、先述の様な底など知れない闇の汚泥に膝を抱えて込みながら沈められていた。
ーーー逃げるのかい?
不意にそんな声が聞こえた。
子供の声だ。それも年端も行かない様な幼さを思わせる男の子の声。なんとなくその声に聞き覚えがあった要だが、その声の主が一体誰なのかすら確認する気にもなれなかった。
ーーーそうやって
(うるさい。もうほっといてくれ.....俺は、俺は......)
ーーーそうやって、過去から逃げ続けて一体何になるっていうのさ。君の試練はまだ終わってないんだよ?
(ッ.......俺に何が出来る!体も砕かれて、心も折れてしまった俺に一体どんな試練があるっていうんだ.....!)
ーーー決まってるよ。
そこでようやく要はその顔を上げた。
いつの間にか汚泥の底に沈みきっていた要は、その顔を上げ、それが誰なのかようやく理解した。
どおりで聞き覚えがあるわけだ。
何せ、その少年は今の要が否定し続けて来た幼い頃の自分。壊す事で自分を守って来た破壊の権化だったのだから。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
side:ロクサーヌ
自分の試練を終え、辿り着いた先で待っていたのは彼ではなかった。
白く長い髪に、彼より少し背丈が伸び体格もより筋肉質になった存在。彼と同じ顔、同じ声でその存在は自身と相対していた。
「シンさんをどうしたんですか!!」
「あの男は死んださ。俺を否定し続けた結果ボロ雑巾みたいに身も心も砕かれてな。この体もあの男の名残みたいなものさ、ゴホッ............少しはしゃぎすぎたか。ロクサーヌ、その鞄の中身を一つ分けてくれないか?俺がやったとは言え、せっかく手に入れた体が持ちそうに無いようだ。早めに回復したい」
「............」
「どうした?愛しい俺の頼みが聞けないのか?」
「私が愛しているのは貴方ではありません!それに、死ぬのが怖い様でしたらその体から出て行ってください。その後、私が回復させます」
「ハンッ、強情な女だ。だが良いのか?お前がそうやって時間を稼げば稼ぐ程、この男の肉体は使い物にならなくなるかも知らないぞ?俺に骨肉を砕かれ、内臓もほとんど機能していない。持ってあと数分と言った命だ」
「ッ!?」
ロクサーヌはそれを聞いて怒りと焦りの表情を浮かべ、思わず腰の鞄に視線を移動させた。しかし、それが相手に先手を打たせる鍵になってしまった。
「ーーー“発勁”」
「ガハッ!?」
いつの間にかロクサーヌと距離を詰めていた白い要がそう口にした。そして腹部に静かに添えられた白い要の手から衝撃波が伝わり、氷壁の方まで吹き飛び叩きつけられた。吹き飛ばされたロクサーヌはその一撃だけで意識が飛びかけ、視界がチカチカと明滅し、腹に伝わった衝撃と背中に受けた痛みで蹲った。
「ゴホッ、ガハッ.....一体、何が......!」
「ちょっとした軽い衝撃波さ。発勁、自身の魔力を相手に叩きつける技能さ。ついさっき手に入れた新しい技能だったもんで、試してみたくなった。あ、そうそう......これは貰っておいたぞ?」
「ッ!!」
白い要の手にはロクサーヌが腰に身につけていた鞄がベルトごと引きちぎられ、手でそれを掴んでいた。
そしてその中から彼のお目当てである回復薬を二本取り出すと、栓を開け浴びる様に二本同時に飲み干した。
「ぷはーっ!染みるなぁ〜。ん、まだ完全には治りきっていないが、問題無い。お前を壊すには十分回復出来た」
「くッ.......!」
「さて続きだ。この体を手に入れた記念にお前は簡単に壊しはしない。俺の実験に付き合ってもらうからなぁ〜!せいぜい俺を楽しませてくれよ?なぁ〜、ロクサぁぁヌぅぅ〜!」
彼の顔、彼の声で下卑た笑みと言葉使いをする目の前の存在。
それを見たロクサーヌはより一層に怒りの表情を浮かべ、剣を抜き、身体強化を施した。
「彼と同じ様な声、同じ姿で私の名前を呼ぶなッ!」
ロクサーヌは駆け出た。
白い自分と最後に交わした約束、それを守るために。そして愛しいシンを取り戻すために。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー
目の前の存在に慄いた様な表情を浮かべる要。
(なんで......お前が.......)
ーーー酷い言い草だね。君のせいなんだよ?
(くっ......)
ーーー君は何をそんなに恐れているの?
(ああ、怖いさ。俺にとって
そう。要にとって幼い頃の姿は誰にも見せたく無いもので、自分自身ですらそう思っていた。
何故ならそれが、その姿こそが自分が過ちを犯してしまった時の姿なのだから。
......................
幼い頃の要進は劣悪な環境の元で育った男の子だった。
両親は要が物心つく以前に共にこの世を去っており、ひとり残された要は母の姉である伯母の家族に引き取ららた。要という苗字は母の旧姓だ。
しかし、伯母に引き取られた要は家族の愛などというありふれた物に一切触れてこなかった。伯母は要の両親が我が子のために残した遺産が目当で、それを得る為に要を引き取ったのだ。
だが要の母は用心深く、要が成人するまでその遺産は信頼できる弁護士に託しており、結局伯母はその遺産を手にする事が出来なかった。その腹いせなのだろう。伯母は要に陰湿な虐待を始めた。バレない様に、日々のストレスをぶつけ、要は食事も満足に摂ることが出来なかった。そして伯母の要に対するいじめは日に日に過剰になっていき、とうとう外に出歩く事も出来なくなっていった。
それに加え伯母の家族、旦那や子供達も最悪だった。
伯母の旦那は要に対して無関心を貫き、たまに顔を合わせたと思ったら無意味に殴る蹴るの暴行。それを見た伯母が「顔はやめてよね」と無感動に言って通り過ぎるのみ。
伯母の子供、要より歳が上の男兄弟が二人いた。家でも笑いながらいじめてくるが、要が小学生になってからより酷くなった。その理由は二人の要に対する嫉妬だった。要は幼いながらも運動やスポーツでも他クラスの同学年、または上級生より優れていた。おまけに顔も整っていたので女子からも人気で、大人びていた事もあって上級生からも要に好意を寄せる女子が多かった。そんな要が気に入らないらしく、二人はいつも要を陰でいじめていた上に、友人も呼んでリンチをした事もあった。極め付けは伯母に要の学校の様子を有る事無い事言いつけ、伯母の苛立ちを故意に加速させ、意図的に伯母からの虐待を要にやっていた。
だからこそ、要は壊した。何もかもを。
低学年の小学生が思い付かない様な、ありとあらゆる方法でその家族をバラバラにした。
伯母の旦那が勤めている会社の社長と知り合い、そこから自分がされていた事を包み隠さず話し、証拠として虐待の痣も見せ、会社を首にさせた。さらに伯母の旦那が援助交際している瞬間を携帯を持っているクラスの女子に撮影させ、それを親に言いふらせた。結果、伯母の旦那は離婚。その上、援助交際相手の女生徒を妊娠させたという事で多額の慰謝料を請求されたらしい。
伯母とその旦那が離婚した後、同様に伯母の虐待も公の場で公開した。当然会社は首になった。さらにわざと伯母を煽り、ストレスが限界値に達した伯母に旦那の事を暴露したのは自分だと告白。鬼の形相となった伯母は手元にあったハサミで要の掌を刺し、その瞬間に弁護士が警察と共に押しかけ、現行犯で逮捕された。
そして伯母が最後に見た要の全てを見透かした様な瞳を見て要にこう言い放った。
『化物.......ッ』
その言葉通り、幼い要の表情は達成感に満ちた笑顔を浮かべていたのだから
そして伯母の二人の子供達は両親共に最低のクズ大人という事がすでに学校中に広まっていた為、腫れ物のように周りから距離を置かれ、それを仕組んだ要を校舎裏に呼び出して殴りかかったが今度は要にあっさり返り討ちに遭った。その結果、要の正当防衛だけが認められ二人はより一層学校にはいられなくなり、転校して行った。
要は自身の希望によって児童養護施設に入ることになり、自分も転校した。
(そうだ。俺はあの家族を壊した。もっとやりようはあったのに......)
ーーーあれは僕が僕自身を守る為の行為だよ。あれがなかったらきっと今ここに君はいなった。
(でも......!!あれがなければあの兄弟は死なずに済んだ.....)
あの後、伯母の子供達は色々あってそれぞれが別の学校に転校した。しかしその転校先で上手くいかず兄が飛び降り自殺、弟は不慮の事故でトラックに撥ねられ死亡。伯母の両親、要の母方の祖父母達が要の前にやって来て、それを要に伝えた。
そして最後に祖父母達が去り際に、要に言った言葉は今でも耳に残っている。
『なんであの子はこんな怪物を産んだんだい....』
『お前なんて産まれて来なければ良かったんだ.....』
それを聞いていた弁護士は激怒していたが、要は当時そんな祖父母の言葉を聞いても何一つ思わなかった。だが明確に思った事はあった。
こいつらも壊そうかな、て。
だがその必要は無かった。その祖父母達は要と会った帰り道に不慮の事故で二人とも死亡したのだ。それを知った時、弁護士は明確に要という得体の知らない子供に恐怖を抱いた。なにせ、関わった人物の殆どが悲惨な末路を辿っているのだから。
要に恐怖を抱いた弁護士は数年間、要のところに顔を出さなくてなった。
しかし自身が家庭を築き、子供も生まれた事で数年ぶりに要の様子が気になり、要が新しく入った児童養護施設に顔を出しに行った。
ちょうどそのタイミングで世間に大きく報じられたニュースがあった。それはとある児童養護施設の児童虐待事件という内容で、要が過ごしている施設の名前でもあった。
そして要に再び会った時、彼は今度こそ本当に目の前の子供をが本物の怪物なのだと認識した。
要が過ごしていた児童養護施設が潰れた。
正確には施設は火事で全焼し、職員全員が逮捕され、警察に連行されていた。そして大人達に介抱される子供達の中で昔より成長した姿の要がいた。
話を聞くと、今回の一件は要が性的な虐待や不当な扱いをする施設の内情を知ったことで行動を起こしたことらしい。警察やマスコミ、その他関係各所に根回しをし、徹底的に潰しにかかり、施設の子供達を救ったのだ。
それだけを聞けば、なんと勇敢な子供なのだろうと賞賛の声をあげたくなるが、それだけでは無かった。
一部施設の職員達が不慮の事故で死んでいたり、あるいは自殺、または社会的報復によって失踪しているのだ。もちろんそれら全て要の仕業である。だが要は一切手を出していない。出したの情報のみ。それだけで要は人を踊らせ、他者を地獄まだ追い詰め、精神を病ませ、死においやった。まるで何もかもが要には筒抜けなように。だが何一つ要が手を下したという証拠はない。事故も自殺も失踪も全て本人の責任。
これらを弁護士が知ったのは要自身が話した事と弁護士自身が調べ上げた結果だ。
目の前の怪物に今後も関わり続けなくてはならない弁護士の男は仕事を辞め、要の担当も交代した。
いつか自分も壊されてしまうのではないか、という恐怖に怯えたからだ。
そして弁護士は酷く怯えた様子で要に対してこう言い放った。
『お前は.....本当に人間なのか.......ッ!人の人生を滅茶苦茶にして楽しいのか!?君の伯母夫婦も、施設の人達も!』
『何言ってるだい、お兄さん。他人の人生を奪い続けてきたのはあの家族と、あの施設に関係していた人間達だろ?僕はただ奪われる前に壊しただけだよ?それにアイツらは元々そういう運命だっただけに過ぎないんだよ。僕はただ水面に小石を投げただけ。壊れたのはアイツらの勝手さ』
『なんで.....罪悪感とか無いのか?自分が間違っているかもと思わないのか.......?』
『思わないよ?なんで思うわけさ。お兄さんの方こそどうかしてるんじゃないの?前から思ってたけど、お兄さんって現実が見えてないよね』
『何を..........』
『だってそうじゃん。お兄さんが僕を助けた事が一度でもあった?簡単に人を信じて、悪人にすら情けをかける。正悪の前に情を優先する。それってさ、自分が見たくないものを必死で見ないようにしてるだけなんじゃないの?』
『ッ!?』
要は弁護士の全てを見透かしていた。図星だった弁護士はもはや何も言えなかった。
『お兄さん......弁護士に向いてないよ?なんなら弁護士辞めるの僕が手伝ってあげようか?』
『ひぃっ!!く、くるなぁぁッ!!私まで、壊そうとするなぁ!ッ!』
弁護士は要の言葉に腰が抜け、大の大人が出すにはあまりにも情けない声で悲鳴をあげていた。そして要の目を見て全てを理解した。
力強い眼力、全てを見透かしたような恐ろしい瞳が弁護士の男に恐怖を与え、目の前の存在が異質な怪物なのだと彼は理解した。そして最後に出た言葉は伯母や祖父母と同じ様な言葉だった。
『お、お前は.....怪物だ、人の人生を滅茶苦茶にする化物だ!.........なんで、なんでお前みたいなのが存在してるんだ......!?!』
そう言って彼は二度と要の前に現れることはなかった。
風の噂では彼は弁護士を辞め、酒に溺れ、他の仕事も手に付かず、家庭は崩壊し妻とは離婚。子供は母親が引き取ったらしい。
ーーー確かに
(賽を投げたのは俺だ。俺は.....怪物なんだ、人に理解されない恐ろしい化物なんだよ。自分を守る為に、自分以外の存在を利用した。それに、壊さなくてもいい人の人生まで俺が歪めてしまった.......俺は、自分の力に酔ってたんだよ。全ての流れが掴める、自分が世界の中心なんだと自惚れていた.....人はそれぞれの世界があって、その中心は俺では無いのに.....)
ーーーだから自分は不要な存在だって?それじゃあ君が.....
白い自分にも言われたことだ。
『お前は、この世に生まれてくるべきではなかった』
望んで生まれてきたわけでも、手にした力でもないのに。
生まれた時から備わっていた才能。勉強ができるとか、スポーツでいい成績が出せるとか、そんなありふれた才能ではない。〝運命の流れが直感的に理解できてしまう〟という才能。それこそが多くの者達に怪物や化物と言わしめた、生まれた時から要に備わった力だ。
その力で何度も多くの人達を苦しめた。
その事実が要の心を苦しめていた。
以前の自分、幼い頃の自分ならそんな事で心を痛めることはなかっただろう。だが、ハジメと出会い、人として真っ当な感情や理性をようやく獲得した要にはそれが耐えられなかった。否定したかった。
弁護士に言われた事が今なら理解できる。
もしこの力を使って別の方法で自分を守っていたなら違う道があったんじゃないだろうか、と。苦しめられた事に変わりは無いが、それでも別の方法で解決できたのでは無いかと思ってしまう。もっと幸福な道が。あの頃の自分がどれだけ人を見下していたのかを思い出すと、自身の幼稚さと愚かさ、浅はかさを痛感させられる。
過ぎた事はどうしようもない。
だが、過去の自分はそうしなかった。仕方ないで済ませるにはあまりに重い事実なのだ。できる事ならこの重荷を無くしたいと思う程に。
だから否定した。否定するしかなかった。あの白い自分の言葉を。
『お前は壊す事を楽しんでいた』
その通りだ。あの頃の自分は力に酔いしれ、壊す事に快感を覚えていた。
『お前は人の人生に関心が無い。だから平気な顔で壊せる。まるで他人が時間をかけて完成させた砂の城を足蹴にして崩せる様に』
その通りだ。俺は人それぞれが得た大切な物の価値を見出せなかった。
『お前にできるのは壊す事をだけだ。お前はどこまで行っても怪物なんだよ』
その通りだ。俺は壊す事でのみ自身の存在を証明していた。だから怪物、化物と言われたこの力に蓋をした。
これら全てを要が否定し、その結果白い自身を強化させ、敗北した。
ーーー君は
(そうだ。お前がいたから俺はこんな結末になった。お前さえいなからば、お前さえ、お前さえ......俺さえいなければ...)
ーーー君は大事な事を忘れているよ。
(.............大事なこと.......?)
ーーーそう、大事な事。君は君が救った子供達の事を忘れていないかい?
(...................)
要が救った子供達。つまり最初に要が入った児童養護施設の子供達だ。
彼らは施設の虐待を当たり前の様に受け入れていた。
聞こえる鳴き声、悲鳴、暴力を振るわれ怯える姿、衣服がボロボロになって自分の身を苦しそうに抱きしめ震えながら泣いていた子供達。
そんな子供達の姿を見て、要は以前の自分と子供達の姿を重ね、この地獄を壊すと決めた。
もう誰も泣かない様に。
そして、要の有言実行によって彼らは救われた。地獄から解放されたのだ。子供達の中には要に積極的に協力して、この環境を変えようと動いた子供達もいた。未来予知の様に要の言った言葉が現実となり、要の思惑通り事は運んだ。それを見た子供達は、要に付き従った。要こそが自分達の光だと信じて。
そうしてあの地獄の所業は白日の元にさらされ、そこに従事していた職員、並びに関係者全てがその報いを受けた。その後、子供達は新しい施設に移って行った。大半の子供達は要と同じ小さな施設に迎え入れられた。その中には養子として迎え入れられ幸せに暮らしている子達もいる。
あの施設とは違って、みんなが仲良く楽しく暮らしている。
地獄は終わったのだ。
そしてあの事件以来、子供達は要を慕っている。
まるで子供向けアニメ番組に登場する正義のヒーローを見ている様な眼差しを向けて。
ーーーあの子達を救った事、それも後悔してるの?事件の後、数年近く避けていたけど今は君もあの子達を大事にしてるじゃないか。ううん、君は施設の実態を知って、泣いてる子供達を見て、壊すと決めたあの時から子達を大事にしていた。あの決意は嘘だったのかい?
(それは.............だがあの事件の後、何年かはアイツらを避けてた。大切になんてしていなかった)
ーーーそれは違う。君はあの子達が自分と関わって、あの弁護士のお兄さんのように変わってしまうのが怖かった。だから遠ざけた。壊したくなかったから。
要があの頃、唯一信頼していた大人は母と親しかったという弁護士の彼だけだった。
そんな弁護士のお兄さんが自分と関わった事で変わってしまった事は、まだ小学生だった要にとって何気にショックだった。その上、彼に言われた最後の言葉はずっと要の奥底でシコリの様に残り続けている。
そしてあの優しかった弁護士のお兄さんが変わり果てた姿を見て、自分と関わった事で人生が狂わされたのだと気づき、要は人と距離を置いた。
もう二度と壊さない様に。
ーーー君は、君が思っている以上に優しい。そして臆病なだけなんだよ。何年も他人と関わり合おうとしなかったけど、退屈だったろ?あの力を使わなくても、君は他の誰よりも優れていた。それこそ世界を変えられるほどに。
(それは違う。いや、臆病なのは認めるけど、世界を変えられるなんて俺には到底無理な話だよ。それこそそんな幻想を抱くのは傲慢だ)
ーーーそうかな?君は何度だって自分で望んだ世界を作ってきたじゃないか。世界と呼ぶには少し小さい規模かもしれないけど、それでもちゃんと結果を掴んできた。自分がこれ以上傷つかない
親友、その言葉を聞いて要は思い出した。
もう四年以上前の話だ。
何に対してもやる気になれず、無気力で、他人を遠ざけようと敢えて高慢な態度を取り続けていた頃の自分は街をふらついていた時、彼と出会った。
南雲ハジメ。
最初見た時はどこにでもいる普通の男子中学生だった。見た目通りパッとしない、自分と関わることなど恐らく永遠に無いと思われる通りすがりの存在としか思っていなかった彼。
そんな彼は不良に絡まれた老婆と小さな男の子を庇い街中で堂々と土下座をした。
信じられなかった。
だって土下座だぞ?しかも街中で。臆面もなく堂々と綺麗なフォームで見事な土下座のムーブを決めていた。
そんな彼を見て不良は老婆や子供に絡むのを辞めてどこかへ行ってしまう。助けた老婆と子供は彼にお礼の言葉を告げていた。しかしそれを誇らしげにするわけでもなく、彼は颯爽とどこかへ行ってしまう。
それを見て要は思った。
そうか、俺に足りなかったのは勇気なんだ、と。
力に溺れた自信ではなく、何かに一歩踏み込む勇気がなかったんだと要は直感した。
もしあの時、最初にあの家で叔母と和解する為に勇気を持って踏み出していたら違っていたのかもしれない。誰かに相談する勇気、誰かに頼る勇気、強く否定する勇気、そして分かり合おうとする勇気。要は最初から諦めていたのだ。現状を変える為には壊すしかない、と。
その点で言えば要よりよっぽど施設の子供達の方が勇気がある。
恐怖で足を竦ませながら、絶対的に勝つ事できない大人達を相手に勇気を持って立ち向かっていた。
それに気づいた時、要はすぐに行動に出た。
どうしてあの土下座野郎はあんな行動を取れたのか。
彼の何がそこまでさせたのか。それが気になり、彼の後をつけた。
土下座野郎が何やらお店に入って行った。
『アニ○イト......?』
その店に入って行った彼の後を追い要も中に入り、絶句した。
見た事ないキャラクターデザインのイラストやグッズ、小説、漫画、果てはゲーム、DVD、CDが青と白の棚に無数に陳列されていた。
それを見て新鮮な空気感に圧倒されていた要。だが彼の様子はしっかりと伺っていた。そして何度か彼があちこちの商品棚を行ったきり来たりを繰り返した後、いつの間にか彼の手には商品が握られていた。あ、カゴを取りに行った。それから数十分後、彼はカゴに入れた数点のグッズと漫画を購入しにレジへと向かって行き、会計を済ませるとホクホク顔で店を出て行った。
後をつけようかと思ったが、要は目の前の未知に興味が湧いていた。そして手始めに彼が買って行った漫画の第一巻を手に取り、それを買った。
それからだ、要が漫画やアニメにどっぷりハマったのは。
あの土下座野郎がウキウキな様子であのお店に通うわけ、漫画やアニメにハマる理由はすぐにわかった。
面白いからだ。
ただ面白いわけではない。登場するキャラクターのデザインや斬新な設定、魅力的なキャラクター同士の駆け引き、戦闘、恋模様、日常生活、そして出会いと別れ。そして見続ける事で見えてくるストーリーの奥深さ、または爽快なほどまでの単純さ、或いは複雑さ。それら全てが渾然一体となって押し寄せてくる味わい深さに、作品ひとつひとつの魅力があり、面白さがあった。
喜劇や悲劇、白熱するバトルに悲しい戦いの展開や結末、希望や絶望といった見た事ない物語達に要は魅了され、まるで冒険をしている様に心が躍った。
そして学んだ。
人生にはまだまだ面白い事がたくさんあるのだと。
それに人して大事な事があるのだと。
友情や愛情、優しさや弱さ、慈しみや憎しみ、気合や根性、努力、勝利、そして色んな形の強さと勇気。それらを何度も何度も要は自身の心に刻む様に学んでいった。
それから要は変わった。
人と関わることに怯えていた自分に勇気を振るわせ、歩み寄る努力を重ねていた。
以前すげなく告白を断った相手。中学の同級生で、要に告白する為に勇気を振り絞って気持ちを伝えてくれた女の子。その子がどれだけ必死だっかを思うと、自分がいかに相手を侮辱していたのかを思い知った。だから謝りにも行った。
あの時は雑な対応をして申し訳なかった、と。
律儀だと思うかもしれないが、それが要なりのせめてもの誠意だった。
するとどうだろう。退屈だと思っていた日常に彩りが加わり始めたのだ。
学んだこと、教わったことを活かし、要は徐々に変わっていった。壊すのではなく、生み出す様になった。友を、仲間を、居場所を、絆を。
その全てのきっかけをくれたあの少年。大事なことに気づかせてくれたあの土下座少年。彼には心の底から感謝していた。もしもう一度会えたなら、その時は自分から声をかけて友達になろうと、そう要は決意していた。
そして高校受験を終え、迎えた登校初日の春。要はその決意を実行する為に教室の窓際に座っていた彼へと歩み寄った。勇気を振り絞って。以前とは全く別人の様な明るい笑顔を浮かべながら。
ーーーそれが君とハジメとの出会い。そして君は変わった。でもね、君がハジメと出会う事が出来たのは過去があったからなんだ。君は
(..............)
ーーーそれでも君は自分は産まれて来なければ良かったって言える?
(.......俺は.....
ーーーその答えを君はすでに持ってる。いや、掴んでいるよ。
要は自分の震える手を見つめ今までを振り返った。
確かにこの手で傷つけた物は数多く存在する。でも、それでも、この手が掴んだ大切な物は確かにあった。
友人や仲間、家族、恩人、親友、そして愛しい女性。
彼らの笑顔がふと脳裏に過ぎる。その明るい笑顔、楽しかった思い出や、馬鹿みたいな思い出、甘酸っぱい思い出、託された想い、辛く苦しかった出来事。そして守りたい存在と掛け替えのない日々達。
「うっ....うっ....くっ......」
目頭が熱くなり、要の口から嗚咽が混じった声が漏れ出した。頬を伝って泥の底に落ちていく涙。流れていく涙がとめどなく溢れてくる。
いつ以来だろうか。こんな風に泣いたのは。八重樫に振られた時よりずっと酷い泣き顔だ。こんな風に泣いたのはきっと幼い頃以来だろう。
伯母の家で虐待を受け続け、苦しくて、辛くて、でもどうしようもなくて、小さて暗い部屋に閉じこもって泣いていたあの時以来だろう。
弱い自分を切り捨てたあの暗い場所に、過去の自分はずっと取り残されたままだ。
勇気が出せず、誰かが助けてくれるのを、今も待っている。
ーーーどうか
「........そうか......俺は、また臆病になってただけなんだな.....」
ーーーそうさ。君の力は君自身の物さ、それを壊すことに使うのも、生み出すことに使うのも、望んだ物を掴むのも、全て君次第なんだ。だからどうか恐れないで。君を、
「俺は........
ーーーそうだよ。今の君ならそれが出来る。
今の要がいるのは過去の自分がいたから。
大切だと思えるモノと出会えたのは過去の自分がいたから。
そんな
そんのは最初から決まっている。
「........長いこと待たせたみたいだな」
ーーー本当だよ。
要は涙を拭い、立ち上がった。
ーーー怖くないかい?
「正直、まだ怖い。過去を認めるってことは
ーーーそっか........君はようやく
「..........一つ、聞いてもいいか?」
ーーーなんだい?
「君は一体
ーーー........僕は
「........そうか。はは、そうだったんだな......」
ーーーショックかい?
「はは、まさか。感謝こそすれど、君を責める気なんてこれっぽっちもない...........ありがとう。君のおかげで俺は
要は幼い自分の姿をした彼を抱きしめ、心の底から湧き上がった感謝の気持ちを伝えた。そして彼もそんな要の抱擁を受け入れ、抱きしめ返してくれた。
ーーーこれでも一応僕は魔物の分類に入るんだけどね。君ってやっぱり変わってるよ。
「はは、そうかもな。でも
ーーーッ.......!ふふ、君は本当に不思議な人だ。魔物と心を通わせる存在なんて聞いた事ない。でも、それが君本来の力なのかもしれないね。魔物も、人も、亜人や、魔人も、全ての存在を導く王の器があるのかもしれない。
「王の器、か。そこら辺はまださっぱりだが........でも一つ、やりたい事ができた」
ーーー........聞かせておくれ。君の願いを。
「冒険さ!昔、俺がアニメや漫画を見て心を躍らせた様な冒険を、今度は俺がチビ達に見せてやりたい。俺がやってみたい!時には悲しくても、辛く苦しいものでも、最後は笑顔で前に進む冒険を!そしてこの世界を!もちらん今までずっと一人だった昔の俺にも見せてやるつもりだ。何年と孤独だった
自分がそうであった様に。
要が施設の子供達と仲良くなれたきっかけであるアニメや漫画の世界にある大冒険。
今でも思い出せる。
娯楽が少なかった施設で、要が語って見せた漫画やアニメに目をキラキラさせていた子供達の姿を。
今度は自分の物語であの子達ワクワクさせたいと要は思った。
そんな要の言葉を聞いて彼は微笑えんだ。
ーーーそうか、なら見せてあげるといい。
「何か勘違いしてないか?君も一緒に見るんだよ」
ーーーえ?
「俺と一緒に来い!君には俺を焚き付けた責任がある。なら俺がこの先どう進み続けるのか見守ってもらわないと困る」
ーーー何を......僕は魔物で、それに.......。
「君はすでに俺の一部だ。なら、俺と共に居るのが普通じゃないか?」
ーーー............ぷっ、ははほははははははははっ!!君って奴は、はは、本当に.......僕にもついて来いって、それはちょっと強欲すぎないかい?
「そうかもな。けど、俺は君にも一緒に俺のこれからを見て欲しい」
彼はきっと、もう大丈夫だろう。
こんなにも前を向いてキラキラしている。
本来、ここで僕の役目は終わりだ。
でもどうしてだろう。ただの、試練で生まれただけの存在だと言うのに、彼の言葉でこんなにも心が躍ってしまう。
彼について行きたくなる。
ーーーやっぱり君は変わってるよ。ふぅ、なら見せておくれ。僕と
「ああ!」
彼がそう力強く返事をすると、僕の手を掴んで歩き出した。
その先には
暗く閉ざされた小さな部屋の中、そこに彼はいた。
そして彼と僕はその子の手を掴みんだ。
泣きじゃくる
その先で待っている大切なモノ達と会う為に、共に進み冒険を始める為に。
「準備はいいか、お前達!ちゃんと俺を見ておけよ」
嗚呼、見せておくれ。
君が進むその先の光景を。
修正入りました。叔母× 伯母○
補足
新しい技能
[発勁]
・豪腕の派生技能のひとつ。魔力変換の派生技能[衝撃変換]に少し似ているが、発勁は掌や拳に込めた魔力を相手の内部に浸透させる技能。打撃破壊というより、内部破壊系の格闘技です。
登場人物
『要の伯母』
・伯母は要の母の姉。旧姓は要の母と同じ「要」だったが結婚後は別の苗字になっている。離婚後は消息不明。要の母とは少し顔立ちが似ているらしいが、性格が正反対。平気で人を蹴落とすような性悪女。学生時代から要の母と反りが合わず、妹である母に手を挙げていたらしい。ストレスが溜まると物に当たり散らす悪癖があり、そのせいで何度も諍いを起こしている。旦那とはデキ婚のため、割と若い。
『伯母の元旦那』
・浮気性で普段から他の女性と性的関係を持っていた上に、援助交際の常習犯。女癖が悪く、女の前ではいつもカッコつける様にいい面をする。しかし、肉体関係を築くと暴力的な性格が表に出てくるクズ男。
離婚後、多額の賠償金に頭を悩ませ追い詰められた結果、逃亡し今は行方不明。
『伯母の子供達』
・男二人の兄弟。典型的な悪ガキ。クラス内でも威張り散らしていたため、周りからはかなり嫌われていた。しかし、精神的にはまだまだ子供だった為、転校してからはその性格のせいですぐにいじめられた。上級生からも酷い仕打ちを受けた結果、一人は自殺。もう一人は下校途中に溜まったストレスを発散しようと盗みを働き、その逃走中に大型トラックに轢かれて死亡。
『伯母の両親(要の母の両親・要の祖父母)』
・「要」の姓だった頃の夫はすでに他界しており、今は名前も変わっているを現在の祖父は再婚相手。要の母が「要」の姓を使用しているのは要の母が現在の両親が嫌いだった為でもあり、無くなった「要」姓の父が好きだったため。
要の母とその現在の両親(祖父母)は仲が悪く、昔から姉ばかり贔屓にする母とは口喧嘩ばかりしていた。その上、再婚相手も要の母を嫌らしい視線で見てきていたので逃げる様に実家を出たらしい。
この親(祖父母)にして、この子(伯母)ありと言ったところ。
要に文句を言った帰り道に、高齢者の不注意運転と暴走によって轢かれ、二人とも死亡済み。
『弁護士のお兄さん』
・正義感が強く、基本的には誰にでも優しい眼鏡の男性。しかし、いざという時に現実から目を背ける事が多々あり、それを自覚していた事もあって精神的に追い詰められていた。要の母とは友人だが、弁護士の彼は要の母に恋していたらしい。しかし、突然現れた要の父に母を掻っ攫われ自暴自棄に。だが友人として母を支えようとしていたが、その母も他界し、残った彼女の遺産と息子である要を守ろうとしていた。
だが、結果は要に精神を振り回され再び自暴自棄になり、家庭を蔑ろにしたため離婚。
少し性格的なところは天之河光輝に似ているが、全体的スペックは天之河より数段劣る。
要が天之河を避け続ける理由でもあったりする......
『過去の写し身』
・白い要と要が同化した事で、試練の本質が過去の要の姿や思いを写した存在。挑戦者に試練を超えて欲しいという願いのみが残ったモノで、分類上は魔物に該当する。しかし、立ち直った要と同化した事で...........
『過去の要』
・怪物の象徴であり破壊の権化。しかしその本質は自身を守るという弱者ゆえに生じる怯えと恐怖、他者に認めて欲しい、愛されたいという願望などの塊。
立ち直った要が優しく抱きしめたい事で彼は要と同化し...........
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ーーーーーー奇跡を起こす。