ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜   作:つばめ勘九郎

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めっちゃ長くなりました。一万七千文字超えです。

オリジナル要素盛り沢山の回です。




父と娘

 

 猛吹雪が吹き荒れる雪原の中、ロバートは重く降り積もった雪の大地を軽い足取りで疾風の如く駆けていた。

 

 吹き巻く雪風がロバートを視界を塞ごうと彼の顔に雪が幾粒もぶつかり溶けていく中、瞬きの間にーー〝一閃!〟

 

 魔物が上下に両断され、ズルリと落ち、血肉をばら撒く。

 

 四方八方から襲いかかる魔物の軍勢。

 

 数はざっと見積もっても三万強、その殆どが雪原に生息している魔物達ばかりで、おそらく何らかに強化が施されているのだろう。ロバートに肉薄する魔物達の強さが通常の個体よりも数段上がっているのだから。

 

 しかしその強さが数段上がっていると言えど、驚く程の強さではなく、ロバートの剣撃の前では呆気なく斬り伏せられていく。

 

 二刀流の構えで迫り来る魔物達を片っ端から斬り殺していくロバート。剣に付与された魔法の効果なのか、突き刺し、斬りつけた魔物達は、まるで肉体がブクブクと泡立つ様にして爆散していく。

 

 ロバートが手にしている二刀の長剣もまた彼が作ったアーティファクトで、変成魔法が付与されている。その変成魔法の効果で肉体を爆発的に活性化させ、その活性化に耐え切れなかった相手の肉体を爆散させるというエゲつない効果が付与されている。

 

 そんな魔剣を巧みに操り、代わる代わる目の前に現れる魔物達を容赦なく斬り伏せていく。

 

 剣の能力も相当な物だがそれを操るロバートの無駄な動きが無い華麗な体捌きや、的確に急所のみを狙う剣の技術はまさに歴戦の剣士と呼ぶに相応しい姿であった。

 

 

ーーー乱れ咲く剣閃の嵐が魔物の肉を断つーーー

 

ーーー鋭い剣閃を浴びた魔物が泡吹き爆ぜるーーー

 

ーーー疾く駆ける両脚は雪原を踏み締め、縦横無尽に踊るーー

 

ーーー彼に伸ばした魔物の腕はその腕の端から剣閃が走り、魔物の巨体を細かく寸断し、血肉をばら撒くーーー

 

ーーー拳も魔法も牙も爪も届かない。ヒラヒラと舞う木葉の如き体捌きで気づいた時には首が宙を舞うーーー

 

ーーー細く鋭い眼光の中で敵を見据える瞳孔。その瞳と視線が合う事は無く、肉薄した彼が剣で心臓を穿つーーー

 

 

 そんな彼を見ていた魔人族の女将軍アリエルは実に愉快そうな笑みを浮かべていた。

 

 

「いいじゃねェかァッ!ロバート・ヴィラム!まさに英雄と呼ばれるに相応しい実力だァ!伝説の英雄が生きてると聞いて最初は半信半疑だったが、アイツは間違いなく本物だァ!」

 

「アリエル様、このままでは魔物の大軍があの男に壊滅させられます。フリード様から貸して頂いた魔物をここでみすみす使い潰すのは得策ではありません」

 

「わかっている。ちょうどオレ様もあの男と矛を交えたいと思っていたところだ............邪魔はするなよ?もし、お前の()()でオレとあの男の戦いに余計な手出しをする様なら容赦はしない」

 

「分かっていますアリエル様。ですが私との約束は守っていただきます」

 

「ああ、分かっている........トドメはお前に譲ってやる」

 

 

 そう言ってアリエルはロバートに向かって一直線に駆け出した。目の前に居る魔物達はアリエルの突進によって轢き潰され、またはアリエルが持つ銀の三叉槍を高速に振り回した斬撃によって挽肉にされて行く。それを見たアリエルの部下達が溜息を吐いていた。先程アリエルと会話をしていた魔人族の女は顔を引き攣らせていた。

 

 そしてロバートの目の前までに迫ってきたアリエルは嬉々としてその槍を振り上げた。

 

 

「ロバートォオオオオオッ!」

 

「チッ......!」

 

 

 アリエルが槍をロバートの脳天目掛けて振り下ろしたが、それを両手の長剣をクロスさせて受け止めたロバート。

 

 

(ッ!?.........なんだ、この重さはッ.........?!)

 

 

 受け止めた槍からどんどん力が加わり押し込まれていく。

 

 衰えたと言えロバートは剣の達人。勿論腕力にも自信がある。並大抵の競り合いではロバートの防御は小揺るぎもしない。

 

 しかし現状ロバートは一方的に力で押し込まれていた。

 

 

「随分驚いてそうな面だなァ。そんなにオレの力が不思議か?言っておくが、今テメェを押し返しているのは魔力による強化じゃねェ。オレ様の純粋な腕力さァッ!」

 

 

 途端、さらに力を込めたアリエルはロバートの二刀を砕き、その槍の矛先がロバートの右腕を掠め、浅い切り傷を刻んだ。

 

 まずい!と思ったロバートはアリエルから距離を取ろうと後方に跳躍した。アリエルは追撃してこない。何故ならその必要が無いからだ。

 

 

「ーーー〝灰塵と成せ〟ーーー」

 

 

 アリエルがその言葉を小さく呟いた刹那、ロバートの右腕がアリエルに付けられた切り傷をから波紋の様に燃え尽きた灰屑の様にボロボロと崩壊し始めた。

 

 悪態を吐きながらロバートはその波紋が右肩に広がる前に、腰から抜いた長剣でその腕を切り落とした。そして新しく抜いた長剣に付与された火属性魔法の爆発で傷口を焼き、止血する。

 

 切り落とされたロバートの右腕はそのまま灰塵になり果て、吹き荒れる猛吹雪で簡単に腕の原形を崩し、跡形も無く消え去った。

 

 

「殺す気は無かったが、やはりこの“力”を使ってしまうと加減が効かなくなるな.......」

 

「はぁ、はぁ....ふぅー........その槍、お前の様な女が()()を使っているとはな」

 

「ああ。魔王様から賜った物だが、話は聞いているぞ?()()()()()()()()()()()()()()()()、ロバート」

 

 

 そう。アリエルが持っている銀の三叉槍。

 

 それはかつてロバートが作り出したアーティファクト。

 

 だが、正確にはロバートのみで作り上げた物では無い。亡き友ガイルとオルクス大迷宮で出会った吸血鬼の友()()()。二人の協力があって初めて完成した一撃必殺の槍なのだ。

 

 その名も〝三叉槍ダインスレイヴ〟

 

 様々な鉱石を掛け合わせた事で高い硬度と靱性を持つその槍は敵を即死させる事に特化した代物。

 

 先程ロバートと受けた攻撃、あれは生物の肉体を灰塵の様に崩壊させるガイルの変成魔法が付与された物。さらに吸血鬼の友ディンが考案した魔力の蓄積と解放、そして循環が付与されており、蓄積された魔力を使用者に分け与える事も出来るうえに、魔力を一気に解放して爆発を引き起こす事も可能。その上、ロバートがオルクス大迷宮で獲得した生成魔法で様々な効果を持つ複数の鉱石を掛け合わせた事で使用者の手元に任意で戻ってくる能力も備わっている。

 

 三人の男がこの槍の製作に携わっていた事から槍の形状は三叉となり、友情の証でもある。

 

 その槍こそがロバートが生み出した最初で最後の()()()()()()()()であり、()()()()()()()死の槍なのだ。

 

 

「正直この槍を使うのはオレの主義に反する事だが、生憎これ以外の槍はオレが使うと壊れちまうからなァ。今はありがたく使わせてもらってる。さて、片腕を失ったテメェは一体どこまでやれるのか見物だなァ」

 

 

 挑発的な態度を取るアリエル。

 

 すると周りにいた魔物の数体がロバートの背後から襲おうとした。

 

 それに気づいていたロバートは背後の魔物達を切り伏せようと左腕の剣を構えた時、アリエルが槍を投擲しロバートに近づいていた魔物達を串刺しにした。そして串刺しにされた魔物達はあっという間に灰塵と成り、吹雪と共にその塵が舞い上がっていく。

 

 そしてダインスレイヴは一人でにアリエルの手に戻って行った。

 

 

「どういうつもりだ?さっきも言ったよなァ、オレ様の邪魔はするなって........返答次第ではまずお前からぶち殺すぞ、()()()()?」

 

「......カトレア、だと........?」

 

「アリエル様こそ、何故先程追撃なされなかったのですか?あのままもう片方の腕を切り落として仕舞えばすぐに終わっていたものを......」

 

「アア?戦士であるオレに、フリードの駒使いの分際で意見しようってのかァ?幾らお前がコイツの息女(むすめ)だからって、オレの戦場に私怨を持ち込むんじゃねェよ」

 

「これは私怨ではありませんよ、アリエル様。私はさっさとその男を殺してフリード様の元に帰らねばならないのです。ですから早めにその男を動けない様にして欲しいのですがね......」

 

 

 アリエルと赤髪の魔人族の女がそんな会話をしていた。

 

 この会話を耳にしていたロバートはこの場に来て初めて大きく動揺し、アリエルと話している女に視線を向けた。

 

 そこには深く被ったフードで顔を隠し、僅かにフードの中からはみ出している赤い髪が見てとれた。

 

 そんなロバートの視線に気づいたのか、その女はフードを外し、その顔を露わにした。

 

 

「お久しぶりですね、()()

 

「.........カトレア、魔王軍に入ったのだな.........(やはり()()()()()()()()、魔王軍に与していたか.......)」

 

「貴方の仰る通り、私は魔王軍の者です。正確には魔王軍魔導兵団の将軍フリードバグワー様の部下ですが.........父上を....いいや、“()()”を殺す為に、私は魔王軍に入った」

 

「......母親はどうした?.........あいつは、()()()()はお前を止めなかったのか?」

 

「母は既に死んだわ。十年前、病でね。本当に憐れな女だった.......貴方が迎えに来てくれるとずっと信じて、心を病ませ、体も病気で侵され........最後は私に父を許してやれなんて馬鹿みたいな事を言って死んでいったわ」

 

 

 ロバートには妻と子供がいた。

 

 ロバートが妻と出会ったのはロクサーヌを雪原で拾う十二年以上前の事だ。

 

 当時、神に対する復讐を掲げ、アーティファクト製作とカタルゴ大陸の赤獅子や穏健派の魔人族達に会う為行き来をしていた時、偶々(たまたま)雪原を移動していた彼が見つけたのが、雪原で行き倒れていた魔人族の女性“カーリー”だった。

 

 カーリーを助けて以降、彼女は頻繁にロバートの元に訪れる様になった。

 

 ロバートに助けられ、一目惚れしたカーリーはロバートに猛アタックをし続け、絆されたロバートは長い人生で初めて妻を娶り、子も授かった。子供の名前は“カトレア”。二人と同じ赤毛の女の子だった。

 

 家庭を持った事でロバートは穏やかになった。だがそれを良しとしなかったロバートは妻の静止を振り切り、工房に籠り続け、頻繁に家を空ける様になった。

 

 友を奪われた怒りと悲しみが消える事を恐れたロバート。

 

 ロバートを心配するカーリー、当時四歳になっていたカトレア。

 

 次第にロバートとカーリーは口論が増え、カトレアが五歳になった年のある日、二人はロバートの元を去って行った。

 

 当時はそれほどショックでは無かった。

 

 自分の復讐に妻と子供の人生を巻き込むわけには行かないなどと様々を理由を並べ、自身の過ちを正当化しようとしていた。

 

 そんな時、ふと昔の記憶が蘇った。

 

 古い記憶だ。まだロバートが若かりし頃の話。

 

 ガイルと冒険を始め、オルクス大迷宮で吸血鬼の男“ディン”と出会い、その果てで世界の真実を知った後の何気ない別れの会話だ。

 

 

『“ダインスレイヴ”も完成した事だし、そろそろ地上に戻ろうか』

 

『ああ、そうだな......ディン、お前はどうする?俺達に着いてくるか?』

 

『いや、私は国に帰るよ。近々兄の子供が産まれるんだ。エヒトの事もある、私は国に帰ってここで得た力と知識を国の為に、生まれてくる子供の為に使うよ』

 

『そうか.....なら、次に会う時は酒を酌み交わしながらお前の甥っ子の話を聞かせてもらおうじゃないか!』

 

『おい。ディンは甥だなんて一言も言ってないぞ?』

 

『そうだぞガイル。もしかしたら姪かもしれない。もし生まれてくる子供が女の子だったら、きっと兄の奥さんの様に綺麗で聡明な女性になる事間違い無しだ!』

 

『そして甥なら、お前に似て大雑把な男になる.......』

 

『いやいや、そこはディンの兄に似て、だろ?』

 

『どっち道、その子供とコイツは血縁関係だろ?なら当たらずとも遠からずって奴だ』

 

『あはは....相変わらず酷い言い草だなぁロンは。大体私のどこが大雑把だって言うんだ?』

 

『『隠し味などとぬかして、作った料理に余計な事をするところだ(だな)』』

 

『ほんと君達って息ピッタリだね.......まあ、さっきガイルが言ってくれた事はいつか必ず叶えよう。その時は是非とも私の国に来てくれると嬉しいかな。美味しいお酒も用意するし、兄の子供も会わせられるしね』

 

『しっかし、子供かぁ〜〜。ディンは自分の子供を作ろうとは思わないのか?』

 

『私はいいかな。国に帰ったらそれどころじゃ無さそうだし』

 

『この中で先に結婚しそうなのはガイルだな』

 

『あ〜、この前話してくれたっけ.......確かエリセンで出会った“海人族の女性”と恋人関係なんだってね。ふふ、いいじゃないか。二人に子供が出来たらそれもお祝いしないとだね!ロンはそういう関係の人はいないのかい?』

 

『俺は興味無い。この馬鹿を王にするまでは余計な事に時間を費やすつもりはないからな』

 

『余計な事って........結構大事な事だと思うんだけどな』

 

『ま、俺が王になった暁にはロンを強制的に結婚させるから心配するなディン!』

 

『おい、さらっと王権濫用を宣言するな』

 

『お母さん、アンタの為に良い人見つけてくるからね?』

 

『しれっと母親ポジションに就こうとするな!』

 

『あはははは!本当に君達は面白いね!出来る事ならもっと早く君達と出会いたかった』

 

『遅いと早いもの無いだろ?俺達の人生はこれからなんだから』

 

『ああ、そうだね......ガイル、ロバート、君達と出会えて本当に良かった。君達の夢を私は応援している。手伝える事があればなんでも言ってくれ。吸血鬼の国“アヴァタール国”は君達の来訪を歓迎する』

 

『ありがとう、ディン。俺もお前に会えて本当に良かった。その時は是非頼むよ、ディン.....いや、吸血鬼の国の次期宰相ーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()殿』

 

『.......じゃあな、ディン。また会おう』

 

 

 それが吸血鬼の友“ディン”との別れだった。

 

 ガイルの死後、色々あったロバートは吸血鬼の国が滅び、生き残りが誰もいないという事をあとで知る事になった。

 

 もう二人はこの世にいない。

 

 酒を酌み交わす事も、ディンの姪の自慢話を聞くことも出来ない。

 

 だが、ロバートは父親になった。

 

 きっと今のロバートを見た二人は、彼を叱責するだろう。

 

 そんな自身の不甲斐なさにようやく気づけたロバートだったが、それはあまりに遅く、気づいた時には妻も子供も家を去った後だった。

 

 そして妻子が出て行った五年後に、ロバートは雪原でロクサーヌを拾った。

 

 そんな経緯があった事からロバートは不器用ながらも幼いロクサーヌを男手一つで育て上げた。

 

 弟子として自分が教えられる事を拙いながらも教えてきた。

 

 それは二人に対するせめてもの罪滅ぼしだったのかもしれない。だからと言ってロバートは自身をロクサーヌの父だと思う事も語る事もしなかった。

 

 ロバートにその資格がないからだ。妻と子を蔑ろにした事実は決して消えない。

 

 もし名乗る事が出来る日が来るとすれば、それは家を去った妻と娘と再会し、ふたりに許された時のみだとロバートは思っていた。

 

 そして今、ロバートの目の前に自分の娘が現れた。

 

 最も忌むべき神の配下である魔王軍の一人として。

 

 

 

「お前は母を殺したも同然の男。トドメは必ず私が刺す、これは復讐なんだよ。私達を捨て、母を見殺しにしたアンタに対するね!」

 

 

 皮肉な話だ。

 

 神に対する復讐に囚われた父。その娘もまた復讐に囚われている。

 

 

「その前にまずは、オレ様がお前のもう一つの腕を切り落とす。オレにとっちゃお前と戦えるだけで十分なんだ。だからせいぜい足掻いてオレ様を楽しませてくれよ、ロバートォッ!!」

 

「チッ.....!」

 

 

 瞬間、力強く踏み込んだアリエルがロバートに肉薄し、三叉槍の高速連続刺突を繰り出した。

 

 僅かに傷を負うだけで致命傷となる刺突の嵐に、舌を巻き左腕一本で長剣を振り続けるロバートはそれを凌ぐ。

 

 剣の速さでならロバートはアリエルを凌ぎ、力ではアリエルに及ばない。

 

 今アリエルの槍撃を凌げているのは、(ひとえ)にロバートが長年積み重ねてきた研鑽と技術、そして圧倒的な実戦経験の差があるからだ。

 

 

「たかだか二十年とそこらを生きた程度の小娘如きに、これ以上遅れを取るわけにはいかんッ!」

 

「ッ!?」

 

 

 その瞬間、ロバートの左手の中指に嵌められていた指輪が光を放った。

 

 咄嗟にアリエルはロバートから距離を取った。

 

 そして現れたのは銀の鎖だった。

 

 鎖の太さはロバートの持つ長剣の刃渡りと同等程度。鎖の両端にはV字型に尖った赤い楔と白い楔が備わっている。長さは多く見積もって十メートル前後。もしかしたらそれ以上かも知れない。

 

 そんな鎖が指輪の光と共に、ロバートの体にまるで()()()()巻き付いた状態で現れたのだ。ロバートの体に巻き付ききれず余った鎖は雪原に垂れ落ちている。

 

 

「そんな物で何が出来るってんだァ、アアッ!」

 

 

 突然現れた鎖には多少驚きはしたアリエルだったが、「そんな物は関係ねェ!」とロバートに突っ込んで来る。

 

 そんなアリエルの突進をロバートは見据えながら、垂れ下がっていた鎖の一方の赤い楔を切断された腕の断面に差し込んだ。

 

 その瞬間、銀の鎖が(うね)り、まるで意思を持った生き物の様に鎖の端に付いている赤い楔が鎌首をあげアリエルに襲い掛かった。

 

 真っ直ぐにアリエルの胸を貫こうとする鎖をアリエルは躱す。だが、躱わされた瞬間に鎖は方向転換し、アリエルの背後から襲い掛かった。

 

 

「鬱陶しいッ!」

 

 

 背後からの鎖の攻撃も躱わしたアリエルは、その鎖を断ち切ろうと槍で斬り付ける。だがダインスレイヴの斬れ味ですら切断、または砕く事も敵わず、斬りつけられた鎖はその衝撃で一度は地面に叩きつけられるが、そこから跳弾して再度アリエルに襲い掛かった。

 

 何をしても無意味な程に、何度も何度もアリエルに向かってくる鎖。

 

 それを本格的に対処しようと隙を見せれば、今度はロバートがアリエルに肉薄し剣閃を見舞う。

 

 鎖とロバートの攻撃を槍で逸らし、躱わし、弾き返すが徐々にその足が止まり、完全にアリエルが足を止めた瞬間鎖がアリエルの周囲を囲み螺旋状に鎖の籠となって閉じ込めた。

 

 そして楔がアリエルの胸に突き刺さり、物凄いスピードで自分の魔力が鎖に吸われているの感じ、次の瞬間には鎖が完全にアリエルの体に巻き付き身動きが取れない様に雁字搦めにした。

 

 

「へッ、オレ様を拘束したつもりだろうがこの程度の鎖.............。ッ!?これはッ.......!」

 

「気づくのが少しばかり遅かったな。お前の胸に突き刺さっている楔、それはお前の魔力を吸って鎖の拘束力を強化にする。いくらダインスレイヴの力が強力だろうと腕を振れなければ意味は無い。ダインスレイヴの魔力供給も無意味だ」

 

 

 今アリエルを閉じ込めている鎖。

 

 その名は〝縛鎖フィレモン〟

 

 ロバートが生み出した拘束用アーティファクトで、赤い楔を持つ方が鎖を操作する事ができ、長い鎖の先にある白い楔が相手に刺さればその瞬間から相手の魔力を際限なく吸い取り、その魔力で鎖の強度を高め縛りを強くする。さらに相手を弱体化させる効果もある為、肉体強化系の技能を有していようと保有する魔力量が多ければ多い者ほどその餌食となる。その名の由来の様に獲物に食らいつく、執念深い蛇の様なアーティファクトだ。

 

 そして拘束した相手が魔力を全て吸い取られて仕舞えば、あとはロバートの思う壺。魔力を空にした相手などロバートの相手になり得ない。

 

 操作するのにかなりの魔力消費を強いるが、相手を捉えさえすれば後は勝手に拘束し続ける。

 

 アリエルはまさにこの鎖にとって格好の餌食なのだ。魔人族特有の魔力量の多さに加え、ダインスレイヴの魔力供給がある為、縛鎖フィレモンの力が最も刺さる相手なのだ。

 

 

「アリエル様ッ!!」

 

「アリエル様、今お助けします!」

 

「おのれぇッ!よくもアリエル様......!」

 

 

 アリエルの部下と思わしき魔人族の男達が魔法による攻撃を放とうとし、カトレアは魔物達を操りロバートに(けしか)けようとする。

 

 それに気づいていたロバートは左手に持っていた剣を地面に刺し、背中に背負っていた四本の剣を抜き取り、四本の剣の柄を器用に指の間に挟み込んだ。

 

 そしてそれを魔物の大軍とカトレア以外の魔人族の男達の上空に向けて投擲し、その切先が彼等に向いた。

 

 その瞬間、投擲された四本の剣が強い光を放ち剣は自壊。だが自壊した剣は千の小刃となって雪原を突き刺す様に降り注いだ。

 

 〝千刃ヘッジホッグ〟

 

 ガイルとロバートが旅の途中で遭遇したハリネズミの様な魔物の能力を参考に制作したアーティファクトで、一本の剣の中に千の小刃が詰め込まれており、魔力を通すことで剣を自壊させ一方向に小刃の雨を浴びせる事が出来る代物だ。

 

 本来は切先から小刃を一本ずつ射出し、中距離から牽制攻撃に使う物だが、大軍を相手に使用する場合はこういう風な使い方もできる。その場合は自壊させることが前提なので一回きりの大技になってしまう。

 

 だが、この戦場に於いてはそれが最も有効な手段だった。

 

 千の小刃を浴びた魔物や魔人族が肉を裂かれ、大量に出血し倒れている。

 

 魔物の数もかなり減り、生き残っている魔物達は目の前の惨状を目の当たりにして酷く怯えていた。

 

 そしてそれは目の前で同族が無惨に殺されたカトレアも同じだった。

 

 

「そ、そんな.....ッ、魔物の大群が一瞬で.....!?」

 

 

 目の前に広がる地獄を目の当たりにして、カトレアの足が震え、膝を折り、尻餅をついた。

 

 ザクっ、と雪を踏み締めたロバートの足音が聞こえ、カトレアが怯えた表情で彼を見上げる。

 

 そしてカトレアに歩み寄って来たロバートが口を開いた。

 

 

「カトレア、お前が俺を父として認めない事は理解しているつもりだ。今更父親面をするつもりも無い........だが、お前に母を想う気持ちがあるのなら、魔王軍から手を引け」

 

「なっ......!?」

 

「この世界の神は狂っている。神エヒトは盤上の遊戯の様に一時の気まぐれで世界の秩序を崩壊させる。まるで玩具の様にな.......そんな神の配下を名乗る魔王の軍に身を置くなど、お前の母は絶対に許さないはずだ」

 

「わ、私達の神はアルヴヘイト様だ!魔王様はエヒトの配下じゃないっ!」

 

「違うぞ、カトレア。魔王の正体は()()()()()()だ。そして、そのアルヴヘイトは神エヒトの眷属.........俺が最も憎み続けた、殺したい相手だ..........!」

 

 

 アルヴヘイトの名を口にした途端、彼の語気が重い物となった。ロバートの剣を握る手の力が強くなり、彼の表情はとても険しいものとなっていた。

 

 そんなロバートを見て、カトレアは彼がどれだけアルヴヘイトを強く憎んでいるのかを本能的に理解させられた。

 

 

「お前も知っているはずだ。三百年以上も昔、魔国を崩壊寸前まで追い込んだ地獄の様な惨劇を」

 

「.........“ゴライアス”と“マンティコア”の襲来......?」

 

「そうだ。あれらは全て神が仕組んだ物だ」

 

「ッ!?うそだ.......そんな出鱈目っ.........!」

 

「お前も魔王軍に入っているのなら理解しているはずだ。アレがどれだけ異質で醜悪な物かを........自然発生する様な魔物ではないという事も。アレらは全て人為的に発生させられた物。そして唐突に魔国に現れた......まるで()()()()()()()()()()()な」

 

 

 そう。魔国に惨禍を(もたら)した“ゴライアス”と“マンティコア”の群勢はなんの前触れなく魔国内で唐突に現れたのだ。

 

 そのせいで当時の魔王軍は対処に遅れ、被害が甚大化し、多くの犠牲者を出す事になった。

 

 

「当時魔国には戦争の均衡を崩す程の力を持った存在が二人居た。それは魔法の天才“ガイル”と、“俺”だった。神エヒトはその均衡を保たせる為にわざと魔国にあの魔物達を解き放ち、魔人族の戦力を削らせたのだ.........これは、俺が直接魔王から......いや、アルヴヘイトから聞いた事実だ」

 

「..........そんな話、信じられるわけ....ないじゃないか........ッ」

 

「あれだけの数の魔物を人為的に一瞬で発生させる事など、いくら優れた魔法使いでも不可能だ。無限にも等しい膨大な魔力が無ければまず実現できない.......そんな事ができる物がいるとすれば、それは神以外に他ならない」

 

「..............ッ」

 

 

 正直なところ話の根拠としてはあまりに情報が少ない。

 

 だがカトレアは目の前の男が語る言葉がとても出鱈目だとは思えなかった。

 

 何せ彼の目がとても真っ直ぐで、力強く、幼かった頃に見た昔の父の瞳だったからだ。

 

 幼い頃のカトレアはよく父であるロバートの工房を出入りしていた。

 

 その時に見た父の背中と真っ直ぐな瞳に彼女は憧れていた。いつか父の様に魔道具を作る事を夢見て。

 

 そして工房に入って来たカトレアを見たロバートは溜息混じりに笑って見せ、昔の冒険の話を語り聞かせてくれた。その時に父の親友“ガイル”の話も聞いていた。

 

 あの時の不器用ながらも優しさを感じさせる、真っ直ぐで力強い瞳を、今ロバートはカトレアに向けていた。

 

 カトレアがロバートを憎んだ本当の理由は、父が自分と母を迎えに来なかった事にある。

 

 母はずっと待っていた。カトレアもずっと待っていた。

 

 だが父は来なかった。

 

 二人を自分の戦いに巻き込まない為にと敢えて迎えに行かなかったロバート。それを知る故も無い妻子。両者の間で一番足りなかったのは、お互いの理解を深める為の話し合いだったのだ。

 

 それを怠った結果、カトレアは父を憎む羽目になった。

 

 

「カトレア.......先程俺はお前に父親面をするつもりはないと言ったが、あれは本心ではない。本当はお前やカーリーを心から愛している。だからこそ言わせてほしいーーー......すまなかった。お前とカーリーを迎えに行く事ができなくて。俺はお前達を俺の戦いに巻き込む事を恐れ、遠ざけてしまった.......本当にすまない......」

 

 

 ロバートはカトレアに頭を下げ、謝罪した。

 

 その姿を見たカトレアは、自分が本当に求めていた事を(ようや)く理解した。

 

 父に謝って欲しかったのだ。

 

 自分達が本当に愛されていたのかが知りたかったのだ。

 

 その事に気づいたカトレアは胸の内で様々な感情が複雑に絡み合い、思いが強く迫り上がり、そして込み上げて来た感情が涙となって溢れてしまっていた。

 

 

「ぅっ......ぅっ.....いまさらっ....ぅぅッ.....」

 

「カトレア......」

 

「ほんとぉは.......ゆるしたくないのに.......ぅっ.....おそいわよぅ......()()()()().......!」

 

 

 泣きじゃくるカトレアを見て、ロバートは幼い頃のカトレアを思い出した。

 

 

(嗚呼、お前は昔からそんな泣き方だったな........)

 

 

 そんな彼女の肩にロバートが優しく手を触れようとした時、突然後方から物凄い爆発音が轟き、その震源地である雪の大地がまるで火山の噴火の様に爆ぜた。

 

 そしてロバートはすぐにそれが何なのかを理解した。

 

 

「まさかッ.......自力で抜け出したのか.......ッ!?」

 

 

 爆発の震源地付近には吹き飛ばされた雪塊や土砂、そしてアリエルを縛っていた筈の鎖の残骸が空から降って落ち、辺りに撒き散らされた。

 

 

「ったく、復讐がしたいっつうから連れて来たってのによォ。とんだ三文芝居を見せられたぜ」

 

 

 三叉槍を肩に担ぎ、首をポキポキと鳴らすアリエルが平然とその震源地から歩いてくる。

 

 アリエルの体は酷くボロボロになっており、全身至る所から血を垂れ流していた。槍を持っていない腕が折れ、ぶらりと垂れ下がっている。その上、顔の半分が酷く焼け爛れ、彼女の豊満な胸部も抉れた様に焼き消されている。おそらく先ほどの衝撃は自分ごと爆発させた影響だろう。生きているのが不思議なくらいな重傷だ。だがーーー

 

 

「ーーー何をした?お前の魔力は既に枯渇寸前だった筈だ。何故縛鎖から逃れられた?」

 

「アア?んなもん決まってるだろォ。魔力が完全にカラになる前に鎖をぶっ壊したんだよォ」

 

「それは不可能だ。お前がどれだけ魔力や肉体で優れていようと、お前の魔力で強化された鎖の力を破壊する事など出来るわけがない!」

 

「なら()()()()()()()()()()()()()?それを可能にする力を」

 

「まさか......お前も持っているのか!?[()()()()」を.......!」

 

「へぇ〜、その様子だとやっぱりアンタもオレ様と同じ力を持ってるみたいだなァ!」

 

 

 ロバートの言う通り、アリエルもまた英雄になる為の試練を与えられる存在。つまり[英傑試練]を持つ者なのだ。

 

 その力でアリエルは鎖を破壊し、強引に縛りを解いた。

 

 

「オレ様にしか使えなねェ力だと思ってたが、まさかもう一人居たなんてなァ。ハハハッ、これだから強い奴と戦うのはやめらねェんだァ!」

 

「だがお前は既に満身創痍。それだけの傷を負って俺と戦えるなど.......」

 

「傷だァ?んなもんどこにあるってェ?」

 

「なっ!?」

 

 

 アリエルがそんな訳のわからない事を口にしロバートが怪訝そうな表情を浮かべようとした時、それは一気に驚愕の表紙へと塗り変わった。

 

 先程まであったアリエルの傷がどこにも()()()()()()()()()()

 

 抉れた胸部も、折れた腕も、焼け爛れた顔もまるで元からそんな傷は負っていなかったかの様に元のアリエルの姿だった。

 

 

「〝超速再生〟ーーーそれがオレ様の固有魔法だァ。魔力が僅かにでも残ってればすぐにでも傷は塞がる。ダインスレイヴ(コイツ)の魔力爆発とオレ様が新しく獲得した[自爆]で鎖の縛りをぶっ壊したが流石のオレ様でも今のは堪えたぜェ?まあ、見ての通りだがなァ」

 

「だが、それだけの力を使えばお前はもう動けまい」

 

「そうでねェさァッ!!」

 

 

 ロバートの推測に対し、アリエルは槍を適当に振って答えた。

 

 ただ無造作に振られた槍。だがそれによって引き起こされた風圧がアリエルの近くで怯えていた魔物達を吹き飛ばした。その余波がロバートとカトレアにも到達し、激しい暴風となって二人の体を後退させた。

 

 あり得ない......!?

 

 あれだけの力をまだ隠し持っていた事に驚きを隠せないロバート。そもそも鎖の拘束によって肉体能力は低下し、魔力もほとんど無い筈の彼女がここまでの力を発揮できるわけがないのだ。

 

 

「アリエル様は魔力量もかなりの物だけど、真に恐ろしいのは肉体能力そのもの........あの人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ステータスは平均で一万以上なの」

 

「ッ!?魔物を、食っただと......!?そんな事をすれば肉体が...........なるほど、それで[超速再生]か......」

 

 

 カトレアの説明を聞き最初は驚いたロバートだったが、アリエルの馬鹿げた力の源が全て彼女が保有する固有魔法に起因している事に気がつく。

 

 本来魔物と人は相容れない存在同士。人が魔物を捕食すれば、立ち所に肉体が崩壊し死に至る。ダインスレイヴも元はそこから着想を得た物だから、当然その事を理解しているロバート。だがあろう事か、アリエルはそれを意図的に行い、肉体の崩壊を[超速再生]で無理矢理食い止め、それを超えた先にある“進化”に自力で至ったのだ。

 

 アリエルのステータスの平均値は一万強とのこと。

 

 正直化け物染みている。

 

 

「オレ様のステータスの事をペラペラと......カトレアァ、お前は復讐はもう良いのかァ?もう良いんだろォ?なら、その獲物はオレ様が喰い殺すァッ!!」

 

 

 ここに来て()()本気になったアリエルが、さっきの攻防とは比べ物にならない速度でロバートに迫った。

 

 一瞬でロバートに肉薄したアリエルがカトレアごとロバートを叩き斬ろうとしたのを見て、即座にロバートはカトレアを蹴り飛ばした。

 

 振り下ろされた三叉槍を受け止めた左手の長剣で受け止める。だが、受け止めたロバートの剣はあっさりと砕かれ、槍刃が深々とロバートの上半身を切り裂き、血飛沫を上げた。

 

 

「お父さんッ!!」

 

 

 カトレアが父の名を叫ぶ様に呼んだ。

 

 いつの間にか彼女のロバートに対する呼び方が“お父さん”に戻っていた。

 

 だがそんな事を気にする余裕は無い。

 

 斬られた以上、崩壊(アレ)が来る。

 

 そう思って身構えていたロバートだったが、崩壊は起きなかった。

 

 

「もうダインスレイヴ(コイツ)の力は使わねェよ。言っただろ?オレ様の主義じゃねェってェ.......それにもうダインスレイヴ(コイツ)の魔力もカラだ。オレ様もさっきの回復で魔力が殆ど尽きてる。つまり、こっから先はガチンコの勝負ってワケさァッ!!」

 

「くっ.......!!」

 

 

 ロバートは再び指輪に魔力を通して新しい剣を出現させ、それを掴んだ。

 

 先程からロバートが光らせている指輪。それは空間魔法が付与された魔道具で、バウキスの異袋をヒントに開発された物。

 

 ロバートが制作した武器などがその異空間に保管されており、魔力を通せばいつでも収納や取出しが可能なのだが、今のロバートは残りの魔力が少ない為、取り出せて後二、三本が限度。

 

 その上、ロバートはここに来て肉体の衰えと変成魔法で延命し続けて来た反動が現れた。

 

 ロバートの髪の色がどんどん白く染まり出し、鮮やかな赤い髪はもう何処にもなかった。肉体能力も格段に落ち、正直なところ剣を振るのがやっとの状態。だが、アリエルを見据える瞳だけは気高く覇気を放っており、俄然ロバートの戦意に衰えは無かった。

 

 

「何だその姿はァ?まるでさっきと別人じゃねェか。フンッ、三百年も生きてる伝説の英雄も老いには敵わねェって事か.......だが、流石と云うべきか。未だ衰えないその敵意は誉めてるよォロバート・ヴィラム.......!」

 

「お父さん........」

 

「カトレア.......こんな惨めな父ですまなかった......せめてお前だけでも生きながらえてくれ........情けない駄目な父からの、最後の願いだ.........ッ」

 

 

 そう言ってロバートは重い体を引き摺るようにアリエルに剣を向け、振り降ろす。

 

 だがそれをアリエルが簡単に掌で受け止め、ロバートを蹴り上げた。

 

 宙に浮くロバートの体、さらにアリエルが追撃してロバートに回し蹴りを喰らわせ、雪原の地面に叩きつけた。

 

 もはや先程までのロバートの勇ましさは見る影もない。

 

 只々アリエルに痛めつけられるロバート。それでも立ちあがろうとし、その度に槍で傷をつけられ、痛ましい姿になっていく。

 

 

「ガハッ.....!!」

 

「オレ様とてこれ以上テメェを無闇に辱める事は気が引ける。せめてもの慈悲だ、魔人族最強の戦士であるオレ様の手でかつての英雄に引導を渡そう.......」

 

 

 ロバートにトドメを刺そうとするアリエル。

 

 それを見たカトレアが「待ってください!アリエル様!」とアリエルの名を呼びながらそれを中断させた。

 

 

「その男は不思議な魔道具を作る事が出来ます!この男を魔国に連れ帰り治療すれば魔王軍の戦力拡大に繋がるかも知れません!」

 

 

 カトレアそんな事を口走った。

 

 それはロバートを殺さずに済むための、咄嗟に思いついた苦し紛れの言い訳だった。

 

 

「アア?何言ってやがる。オレ様達はコイツを殺せと魔王様から命じられてんだぞ?一度は勧誘したがコイツは既に断った。なら生かす理由はもう無ねェ.......カトレアァ。テメェ、最初はコイツを殺すだの言ってた癖に次は助けろだァッ?オレはテメェの部下じゃねェんだよォッ!!」

 

 

 そう言ってアリエルは槍の矛先を払い、それによって発生した風圧の衝撃がカトレアを吹き飛ばした。

 

 その重たい衝撃にカトレアの体は雪原を転がり、苦しそうに顔を歪ませた。

 

 

「テメェがなんと言おうとコイツはここで殺す!テメェも軍人なら親を殺す程度の事は覚悟しろォ!」

 

「.........私には、まだ.....その人から聞かなければいけない事があるんですッ......!」

 

 

 カトレアが聞きたい事。それは何故父が家族を遠ざけてまで魔王と離反しているのか、そして何故父が自分達を迎えに来なかったのか。

 

 聞きたい事が山程ある。話したい事が山程ある。言い足りない文句が山程ある。だからこそ、カトレアはここで屈する訳にはいかないのだ。

 

 彼女にとって家族は魔王軍よりも優先されるべき存在なのだからーーー!

 

 その覚悟の現れなのか、未だに生き残っているごく僅かな魔物達がアリエルに殺気を放ち出した。

 

 

「........本気か?オレ様と事を構えるつもりなのか、カトレアァ?」

 

「例えアリエル様が相手でもこれだけは譲れません......」

 

「いい度胸だァ.....ならァ、テメェから先に殺してやる....!」

 

「そんな事、させる訳ないだろッ.....!」

 

 

 既に死に体だったロバートが立ち上がり、アリエルに剣を投げつけた。

 

 だがその剣はあっさりとアリエルの三叉槍に弾かれる。

 

 酷く荒い呼吸をしているロバート。止めどなく溢れ出すロバートの血が地面の雪を赤く染め上げていく。

 

 そしてふらついたロバートを見てカトレアがロバートの体を支えようと駆け寄った。

 

 

「ハッ!随分親子らしくなったじゃねェかァ。だが今のロバートと周りの魔物だけでオレ様を止められると思ってるのかァ?」

 

「ぐっ......!」

 

 

 カトレアが魔物達に指令を出し、アリエルを襲わせる。

 

 今度はアリエルが魔物の群れに囲まれているが、焼石に水程度の時間稼ぎにしかならない魔物(それ)はアリエルが槍を振った途端に次々と血肉をぶち撒けていく。

 

 

「.........カトレア、逃げろ.....俺はもう長くない。世界の真実を知ったお前が、魔王軍に戻れば.......神に、アルヴヘイトに何をされるかわからん.....!」

 

「逃げる訳ないだろバカ親父っ!アンタを置いて逃げるくらいなら、私はここで戦う!そんでアンタと二人でここを逃げ切る!それ以外の道は私にはないのよ!」

 

「........ふっ、強引だなぁ........まるでカーリーみたいだ.......」

 

「こんな時に冗談言ってる場合じゃないんだよッ!」

 

 

 どんどん魔物が無惨な骸に変えられていく。

 

 そしてとうとうアリエルの前に魔物が居なくなった。

 

 

「これで終いだァ。親子共々ここでオレ様がテメェらを葬り去ってやるァッ!!」

 

 

 そう言って遂にアリエルが二人に向かって突進してきた。

 

 もはやこれまでかと思われた矢先、それは突然起こった。

 

 

「ーーー〝雷光剣(バララーク・サイカ)!〟ーーー」

 

「ッ!?」

 

 

 詠唱の様な言葉が聞こえた時、青白い雷撃の太い柱が雪原の大地をなぞる様に伸びた。まるで竜が咆哮を上げたかの様な轟音を鳴らし、一帯の雪原を焼き滅ぼした。

 

 それはロバート達に突進したアリエルの進路を妨げ、咄嗟にアリエルはその場から飛び退いた。目の前の異質な光景を凝視した後、アリエルはそれが伸びて来た先に視線を向けた。

 

 

「一体、何が.......!?」

 

「........ふっ、まったく.....これは運命を変えたと言うべきなのか、ヴィーネ.......」

 

 

 驚くカトレアと呆れた様な声を漏らすロバートも、雷光が伸びて来た先に視線を向けた。

 

 アリエルとカトレア、そしてロバートが見たのは二人の男女だった。

 

 女は狼人族。もう一人の男は人間族だろう。

 

 だが、人間の男が持つ刀剣とその腕の様子が少しおかしかった。

 

 ()()()()()()()()()は緩やかな反りが入っており剣先に向かうほど若干刃渡りが太くなっている。さらに鍔には青い鱗の竜の様な物が巻き付いており、鍔の中心には赤い宝石が見てとれた。そしてその刀剣を握っている彼の腕、これが最も異能な物で、まるで刀剣から何かに侵食されたかの様に指先から前腕部にかけて青い鱗で覆われていた。

 

 

「テメェ.....一体何者だァ.....?」

 

「俺か?俺の名前はシン。そこにいるロバート・ヴィラムを迎えに来た王だ」

 





補足



『登場したアーティファクトor魔道具』


「三叉槍ダインスレイヴ」
・ロバート、ガイル、ディンリードの三人で生み出した最強の槍。傷つけた相手の肉体を灰塵の様に崩壊させる変成魔王が付与されており、他ににも魔力蓄積、魔力循環、魔力解放といった使用者を魔力枯渇させないための機能が備わっている。さらに使用者の任意で槍を手元に引き寄せる効果もあり、槍を投擲した後勝手に手元に戻ってくる。攻撃力、破壊力共に優れた頑丈なアーティファクト。ロバートが言う〝一番目の最高傑作〟がこのダインスレイヴである。


「縛鎖フィレモン」
・拘束用アーティファクト。カタルゴで採取された珍しい鉱石を掛け合わせて作られた鎖。鎖の太さはロバートの持つ長剣の刃渡りと同等程度。鎖の両端にはV字型に尖った赤い楔と白い楔が備わっている。長さはおよそ十二メートル。赤い楔を持って鎖を操り、白い楔で相手を捉え拘束する。拘束した相手の魔力をガンガン吸い、さらに肉体に対して弱体化、または衰弱化をもたらす。魔力量が多ければ多いほどその餌食となり、拘束力を強め、弱体化を早める。


「千刃ヘッジホッグ」
・一つの刀身に千の小さな刃が埋め込まれている。剣先を相手に向け、魔力を通す事で一本ずつ小刃を射出する事ができる。自壊させる程の魔力を送り込むと、剣先から刀身が弾け、千本の小刃の雨を降らす。
カタルゴ大陸に生息するハリネズミの魔物から着想を得た。

「指輪型魔道具〝武器庫〟」
・簡単に言えば南雲ハジメがオスカー・オルクスの隠れ家で手に入れた“宝物庫”と同じ物だが、宝物庫と違い収納できる物の数は限られている。


「変爆の魔剣」
・ロバートが使っていた二振りの長剣。肉体を強引に活性化させる変成魔法が付与された魔剣。変成魔法の魔物を強化させる力を敢えて失敗させる。

「火爆の魔剣」
・ロバートが使った火属性魔法の爆破が付与された魔剣。



『登場したキャラクター』

「アリエル」
・魔物を食い、ステータスや技能を獲得しまくった女戦士。三叉槍ダインスレイヴの使い手。ロバートやシンと同様に[英傑試練]を持ち、戦士としての能力は超一流の魔人族の将軍。戦闘を楽しむ悪癖があるため、スロースターター気味である。ステータスの平均値は一万以上。南雲ハジメと同等以上の化物である。[超速再生]という珍しい固有魔法を持っていたおかげで魔物を食っても生きていた。


「カトレア」
・ロバート・ヴィラムの娘。ロクサーヌより五つ歳上。五歳の時に父と離れ離れになり、その後は魔国で母と二人で暮らしていた。母が亡くなった時に父が迎えに来なかった事を恨み続けていたが、本当は誰よりも父を愛していた。そしてロバートからただ一言謝って欲しかった。母と自分をどう思っていたのかがずっと気になっていた。母の死後、魔王軍に入りフリードの部下になった。父への復讐ばかりを考え、仕事に明け暮れていた為恋人はいない。


「カーリー」
・カトレアの母で、ロバートの妻。雪原でロバートに助けられて以降、恋に落ちた彼女はロバートに猛アタックをし、籠絡し、既成事実を作った。ロバートの復讐については聞かされていなかった為、彼の体を労っていたが、口喧嘩ばかりになりカトレアを連れて一度はロバートの元を離れた。外で生きていたということもあって、周りの魔人族達に非難を受け続けていた。その結果、カーリーは心労で倒れ、病に侵され、カトレアが二十歳の頃に亡くなった。


「ディン」
・ガイル、ロバートと共にオルクス大迷宮を攻略した吸血鬼の友。本名は“ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタール”。のちに滅んだ吸血鬼の国の宰相を務めていた。大雑把で味音痴な金髪の男。三叉槍ダインスレイヴを作るのを協力した。


『登場した技能』


[超速再生]
・アリエルの固有魔法。魔力がある限りどんな傷も立ち所に癒すが、痛みは残る。即死さえしなければどんな重傷を負っても治してしまう。


[自爆]
・アリエルが[英傑試練]で獲得した技能。自身の肉体を魔力で爆発させる。使用者の精密な魔力操作がなければ即死する頭のおかしい技能。
(アリエルはこれをダインスレイヴから供給させた大量の魔力で行い、同時にダインスレイヴの魔力解放で内側と外側の爆破で鎖を破壊した)

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