ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜   作:つばめ勘九郎

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ここからが因縁の始まり。





最恐の魔人族 VS 付与魔術師の王

 

「王だァ?ハン、人間の分際でエラく大きく出たじゃねェか。そこでくたばってやがるロバートがテメェみたいな雑魚を王と選ぶとは思えねェなァー」

 

「くっ.....!!」

 

 

 アリエルの言葉を聞いてロクサーヌが今にも食ってかかりそうな程の怒りの表情を浮かべていた。

 

 自分の師匠を痛めつけた上に、敬愛する愛しい男性を侮辱された事で冷静さを欠いていた。

 

 そんなロクサーヌをシンが嗜める。

 

 そしてシンはバウキスに一つ質問し、バウキス(彼女)がそれに頷いたのを見てロクサーヌに命じた。

 

 

「ロクサーヌ、バウキスの“異袋”の中に僅かだが神水があるらしい。それを使ってロンさんを回復させてやってくれ、バウキスもロクサーヌについてやってくれ」

 

「...........わかりました」

 

「(ふるふる.......)」←首を縦に振る

 

「あと、ロンさんの隣に居るあの魔人族。彼女の事も聞いておいてくれ。おそらくロンさんと何らかの関係があるはずだ、必要なら一緒にカタルゴに転移する。その為の準備も済ませておいてくれ」

 

「わかりました。シンさんは........」

 

「もちろん、あの女の相手をする......見たところ、かなり厄介そうな相手らしいからな」

 

「...................」

 

「.......心配か?」

 

「いいえ、私は貴方の強さを誰よりも知ってます。ですから叩きのめしてください!」

 

「ああ!」

 

 

 ロクサーヌの激励にシンが力強く頷くと、ロクサーヌはバウキスを伴ってロバートの方に駆けていった。

 

 そんな彼女達の行動を無視してシンだけを見つめてくる槍使いの女魔人族。どうやら彼女達に何かするつもりは無いらしい。

 

 

「作戦会議は終いかァ?」

 

「........てっきり問答無用で襲ってくるかと思ったぞ」

 

「ハン、亜人風情に構う様な安い槍をオレ様は持ち合わせちゃいねェんだよ。それに今オレ様が興味を持ってんのはテメェだ、シン!」

 

「お前に興味を持たれても嬉しくないな.......。それで、アンタの名前は?」

 

「アリエルっ!魔王軍武装兵団将軍にして最強の魔人族、それがオレ様だ」

 

 

 アリエル。それが彼女の名前らしいが、洗濯物の汚れがよく落ちそうだ。

 

 背も高く、容姿も整い美しく、スタイルも抜群な白髪の美女だ。そんな彼女はその容姿からは想像出来ないほど野生的な笑みをシンに向けていた。まるで腹を空かせた獣が獲物をじっくりと値踏みする様な視線を向けながら。

 

 そんな視線を向けられながら、シンは自然にロクサーヌ達から距離を取る様に歩き出す。それに釣られてアリエルも歩き出し、徐々にシンとの距離を縮めて来る。

 

 そしてアリエルはさらに言葉を重ねて来る。

 

 

「伝説の英雄と呼ばれたロバートですらオレの飢えは満たせなかったが、テメェはオレ様の飢えを満たせるのかァ?」

 

「生憎だが俺はお前の餌じゃない。だが、戦いたいなら相手になってやる。魔王軍の将軍だろうが最強の戦士だろうと関係なく、お前を握り潰してやる」

 

「ハハッ!いい啖呵だァ、ゾクゾクするぜェ。お前からは強者(つわもの)の匂いがプンプンする。オレ様はなァ、強い奴と戦うのが大好きなんだァ!」

 

戦闘狂(バトンジャンキー)って奴か........」

 

「さァ!オレ様と血湧き肉踊る死闘をしようゼェッ!」

 

 

 そう言うとアリエルは槍を巧みに槍を振り回し、一足でシンに距離を詰めてきた。

 

 まるで砲弾の様な爆発的な速度だが、アリエルがシンに向かって踏み込んで来たと同時に、シンもまた強化した脚力と豪脚でアリエルに向かって踏み込んでいた。

 

 瞬きの間に、互いが互いに肉薄し、両者の得物がぶつかる。途端、その衝撃で二人を中心に積雪が外側に向かって巻き上げられる。

 

 ギチギチと槍と剣が鍔迫り合いする音が聞こえる。

 

 

「いいじゃねェかァ、シンッ!オレ様の踏み込みに反応するとはなァッ!!」

 

「お前こそッ、魔王軍の将軍なんかにして置くには惜しいぐらいだ、よォッ!!」

 

 

 鍔迫り合いを制したのはシンだった。シンはアリエルの槍を上段から力任せに叩きつけ、槍の矛先が僅かに下を向いた瞬間、それを片足で踏みつけ地面に縫い止めた。そして槍の持ち手を一歩踏み出し、渾身の飛び後ろ蹴りをアリエルに向けて放った。この動きはシンが以前檜山達との模擬戦で見せた軽技。

 

 しかしアリエルは槍を握っていた手を離し、上体を反らしてシンの飛び後ろ蹴りを回避した。その勢いのまま彼女はサマーソルトキックをシンに喰らわせた。そしてそのまま全身を捻らせ、まるでブレイクダンスをするかの様に続けざまに蹴り技をシンに浴びせた。

 

 流石に防御はしていたシンだが、その一瞬でアリエルが戦士としてどれだけ秀でているのか理解した。

 

 

(チッ、上手いな。ただの戦闘狂じゃないってことか........)

 

「まだまだァ、これからだぜェッ!!」

 

 

 雪に埋もれるていた槍を足で掬い上げ、それを掴んだアリエルが再度シンに突撃して来る。その速度はさっきよりもさらに上がっている。

 

 [瞬光]と[天眼]を合わせる事でその速度に反応してみせたシンは、懐に潜り込んできたアリエルが放つ刺突の連撃をいなし、逸らし、躱し、弾き捌く。

 

 一撃一撃の刺突が致命的なダメージを負いかねない威力。

 

 だが、シンとてただアリエルの攻撃を防ぐばかりではない。肉体をさらに強化し、剣を振る速度を跳ね上げ、防御と同時に攻撃も織り交ぜていく。

 

 すると二人の攻防はより激しくなり、何合か打ち合えば距離を開け、再び距離を詰めまた撃ち合う。そんな激闘を何度も繰り返す二人がぶつかる度、積雪が巻き上げられ、白い柱が何度も立ち上がっていた。

 

 

 ガキンッ‼︎キンッ‼︎ドガンッ‼︎ガンッ‼︎キンッ‼︎キィンッ‼︎カンッ‼︎ギカンッ‼︎ズドンッ‼︎

 

 

 音を置き去り、雪原の大地を舞台に二人は剣槍の閃きが無数に舞う。

 

 二人が激しい攻防を繰り広げている中、ロクサーヌとバウキスはロバート達の元に駆け寄り、バウキスの“異袋”に収納されていた神水を使ってロバートを回復させていた。

 

 その際、ロクサーヌは軽くカトレアと会話をし、彼女が何者なのか聞き、驚いた表情を浮かべた。しかしロクサーヌはそれ以上は何も訊かず、真剣な表情で撤退の準備を済ませ、シンの戦う姿を目に焼き付けていた。

 

 そして少しだけ回復したロバートはカトレアに支えられながら上体を起こし、ロクサーヌと同様に二人の戦闘を見つめる。

 

 ロクサーヌとロバートは、目の前のシンとアリエルの攻防をなんとか目で追うことが出来た。だが自分があの場所に立ち、同じ様にしろと言われてもハッキリ無理だと断言するだろう。それ程二人の攻防は隔絶した領域の闘争だった。

 

 ロクサーヌは瞠目すると同時に歯痒い思いだった。

 

 

(今の私ではあれ程までの戦闘は出来ません..........。私はシンさんの剣であると言うのに...........ッ!)

 

 

 悔しさでつい拳に力が入る。そんなロクサーヌをロバートは見ていた。

 

 

「........焦るなロクサーヌ。今は届かなくとも、お前なら必ず届く.......今はその為にも、アイツの戦いを見届けろ」

 

「.............はいっ」

 

 

 ロクサーヌは真剣な表情で二人の戦いを注視する。

 

 一方、カトレアはシンとアリエルの攻防を目にして戦慄していた。

 

 

(これが、アリエル様の力..........!?ハッキリ言って次元が違いすぎる!それにアリエル様の攻撃に対応?してるのかわからないけど、あのシンって男も相当だ..........。一体何者なんだい..........)

 

 

 目の前の光景に只々慄くばかりのカトレア。

 

 シンとアリエルの攻防はより激しさを増す。

 

 

「最高だァ....最高だぜェ、シィィィンッ!!」

 

「チッ......!(スロースターターって奴かぁ?動きがさっきよりも断然鋭い、段々コイツの槍がノッて来てやがる........!)」

 

 

 シンは舌を巻く思いで冷静に分析していた。

 

 シンの分析通りアリエルは基本尻上がりに調子を上げていくタイプの戦士で、膂力や速力、そして槍技の冴えや戦闘センスが徐々に上がっていく。まるで一速ずつギアを上げていく暴れ馬(モンスターマシーン)の様に。

 

 このまま戦闘が長引けば不利になるのは間違いなくコチラだ。

 

 

「どうしたァどうしたァァッ!!!テメェの力はそんな物かァッ!!」

 

「ならこれはどうだッ!ーーー〝雷光剣(バララーク・サイカ)‼︎〟ーーー」

 

「ッ!?」

 

 

 アリエルから一度距離を取ったシンは、アリエルが自分に突っ込んで来るタイミングを見計らい、横薙ぎの雷撃をお見舞いする。まるでシンの刀剣から(しな)る様に伸びた青白く太い雷撃がアリエルを襲った。

 

 絶好のタイミング。アリエルは躱わす事が出来ず、雷撃が直撃した。はずだったーーーー

 

 

「ハッハハッ!!」

 

「なッ!?嘘だろッ!?」

 

 

 なんとアリエルはバアルの雷撃をまともに受けながらシンに突っ込んで来ていた。彼女の身体中から体を焼いた煙が上がり、肉が焼け爛れた跡が無数に残っている。

 

 雷撃で自分がダメージを負う事などお構い無しにアリエルは特攻して来たのだ。ハッキリ言って異常な選択。

 

 だがアリエルにとってはこの選択こそが()()

 

 そして一瞬の隙を突かれたシンはアリエルが振り抜いた槍に嫌な予感がした。

 

 

(この槍、さっきと()()()()()ッ!?)

 

 

 咄嗟にシンは力魔法でアリエルの槍撃を受け止め、再び距離を取った。そして距離を取った後、この戦闘中()()()()()()()()力魔法での捕縛をシンは試みたが、やはりアリエルにはそれが()()()()()らしく、躱わされる。

 

 

(やっぱり効かないか........魔力感知が高い証拠だな)

 

 

 そんな事が考えているとアリエルが足を止め、口を開いた。

 

 

「やっぱ()()()()勘がいいみてェだなァ。それともロバートから聞いてたかァ?」

 

「..........なんの話だ?」

 

「ふ〜ん、()ぼけてるわけじゃなさそうだなァ。いいぜェ、教えてやるよ。ーーーーこの槍の名は“ダインスレイヴ”。そこにいるロバートが作ったアーティファクトさ。貫いた相手の肉体を一撃で崩壊させる最恐の槍、それがこの凶槍の力だ」

 

「肉体の崩壊..........」

 

 

 おそらく変成魔法の事だろう。変成魔法の、それもかなり高度な魔法の付与。ロバートがその槍を作ったと言うのはあながち嘘では無さそうだ。そこら辺の事情も今回ロバートが単独で戦場に赴いた理由と関わりそうだ。

 

 しかしーーーー

 

 

「良いのか?敵に情報をペラペラと喋って?」

 

「気にするな。これがオレ様にとっての戦いの流儀だ。それに隠したところでいつかはバレる。だが、バレたところで最後にオレ様が勝てばいいだけだからなァ」

 

「なるほどな。ならもう一つ聞こうか........アリエル、お前は傷を一瞬で癒す固有魔法を持っているな?」

 

「フッ。ああ、待ってるぜェ。“超速再生”って言うオレ様だけの力をなァ」

 

 

 シンの言葉が指す傷とは、さっきバアルの雷撃でアリエルが負った火傷の事だ。それが今のアリエルには見当たらない。いや、シンはアリエルから視線を外していない為何が起こったのか見えていたし、その様子から予想もついていた。

 

 アリエルが負った重度の火傷が治る様。まるで時間が巻き戻っていくかの様に傷が塞がって行く様子をシンは見ていた。

 

 そしてシンの予想通り、アリエルは己の肉体を再生させる固有魔法を持っていた。

 

 シンの正直な感想は「化物(チート)かよ......」の一言に尽きる思いだった。こんなのを相手に今の天之河が善戦するなど到底不可能だとシンは内心苦笑いを浮かべていた。

 

 

「さっきまで魔力は殆どカラだったがァ、オレ様の魔力回復速度は常人の比じゃねェ。こっからは(崩壊)の力も、この超速再生もバンバン使ってやるから、もっとオレ様と楽しい事しようぜェ!」

 

 

 アリエルは実に楽しそうな笑みを浮かべながら、そんなことを口にした。まるで無邪気な子供が遊び相手を見つけてはしゃいでいる様だ。

 

 

(これが戦いじゃなければ、相手してやっても良かったんだがなぁー.......)

 

 

 ついついアリエルの子供っぽい一面に、シンの兄貴肌な一面がそんな事を思わせた。

 

 しかし、これ以上戦いを長引かせるのは肉体的には魔力的には負担が大きすぎる。それにいつまでもロバートをあのままにする訳にはいかない。

 

 かと言って、現状ではどうする事も出来ない。

 

 ならば、切るしかないだろうーーーーー

 

 ーーーーーー()()()を。

 

 

「ロクサーヌっ!()()をやる。いつでも撤退出来る様に準備しておけ!」

 

「ッ!!シンさん、まさか完成させていたんですか!?」

 

 

 そのロクサーヌの問いにシンは振り返り、笑って見せた。

 

 

「何をする気かは知らねェがァ、撤退だァ?そんな事をこのオレ様が許すとでも思ってんのかよォ?」

 

「例えお前でもこの力の前では無力だ。それを今ここで証明してやる」

 

 

 途端、シンが待つ刀剣がより一層強い輝きを放った。

 

 心臓の鼓動の様に脈動するシンの刀剣。いや、正確に言うならそこに宿る存在が何かが胎動しており、シンの膨大な魔力がそこに注ぎ込まれる。

 

 

ーーー〝憤怒と英傑の精霊よ。汝に命ずる〟

 

 

 シンが詠唱を始めた。

 

 嫌に響くシンの声。それはまるで祝詞の様だ。

 

 

ーーー〝我が身に纏え、我が身に宿れ〟

 

 

 さらに綴られる詠唱。

 

 そしてシンの体に異変が起き始めた。

 

 まるでシンの体を内側から突き破る様に肉が盛り上がり、衣服の飲み込み、新たな肉体を形成していく。

 

 両腕が硬く鮮やかな青い鱗に包まれ、まるで竜鱗の様に密集し鎧となる。両肩には腕からはみ出した竜鱗が鋭く突き出し、雄々しさを感じさせた。さらに露出された上半身の上部にも竜鱗が纏われ、黄金の装飾を首から飾り、シンの鍛え抜かれた肉体がより強固な物となる。

 

 腰には白い布が巻かれ、シンの魔力の奔流によって靡いている。下半身には青い竜の鱗で作られた脚部全体を覆う鎧。そして再三、竜の鱗などと表現していた理由。それはシンの背後、正確には尾骶骨あたりから太く長く伸び生えた竜の尾が要因だ。アレを見れば誰もがその姿形を“竜”と表現したくなるだろう。

 

 だが、まだ終わらない。

 

 

ーーー〝我が身を大いなる魔神と化せ、“バアル”〟

 

 

 シンの髪色が変色し青色へと成り、その額には第三の目の様に赤い宝石が輝き、その両端から折れ曲がった雷の角を生やした。

 

 そして青白い膨大な魔力が溢れ出し、雪原の巨大な雲海に天に登る柱を突き立て、曇天の中ただ一人太陽の光を一身に浴びるシン。

 

 バアルの力をその身に纏い、青白い稲妻を帯電させ、シンは人型の青い竜として顕現した。

 

 これこそがシンの奥の手である〝全身魔装〟であり〝魔装バアル〟。

 

 そんなシンの姿を見てカトレアとロバートが戦慄く。

 

 

「なんだい........アレはッ.........!?!?」

 

「竜人族.......?いや違う......あれは人が成せる技なのか.....!?」

 

「あれこそが精霊(ジン)の本当の力。以前は未完成だったのですが、いつの間に.........」

 

 

 ロクサーヌの言う通り、シンの全身魔装は未完成だった。

 

 しかし雪原への道を開くために極限に集中し、より緻密な魔力制御と魔力の圧縮を成したシンは、全身魔装を可能とするレベルまで引き上げられていた。

 

 怪我の功名と言うべきか、塞翁が馬と言うべきか。

 

 あの過程があったからこそ、シンはこの極地へと至れた。

 

 そしてもう一人、シンの姿を見て驚愕しつつも興奮が抑えられない女がいた。

 

 

「クククッ、クハハハハハハハハハッ!!!!最高だぜェ、シィンッ!!お前みたいな化物がこんなところに居やがるとはよォーッ!!」

 

 

 圧倒的なシンのオーラと魔力の重圧に歓喜の声をあげるアリエル。

 

 アリエルは直感した。今のシンには到底敵わないと。

 

 圧倒的だったと思われたアリエルという壁を軽々と踏み越えたシンを見て、最早興奮なんて言葉では片付けられない程に狂喜乱舞するアリエル。

 

 

「お前みたいな男をオレ様はずっと待ってたんだァッ!」

 

「ふっ。そう言ってくれるのは嬉しいが、遊びも終わりだ。もしお前が生きてたら魔王にはこう伝えておけ。ーーーー“俺が必ず、お前達神を殺すとな”」

 

 

 そしてシンは刀剣の矛先をアリエルに向けた。

 

 それはまるで長い首を持った竜が鎌首をあげ、咆哮(ブレス)を放つ姿に見えた。

 

 

「ーーー〝雷光剣(バララーク・サイカ)‼︎〟ーーー」

 

 

 放たれた雷神の咆哮。

 

 さっきまでとは明らかに質も桁も違う、圧倒的な破壊の一撃。

 

 光の速さで青白い極大の雷光が駆け走り、雪原の大地を割った。

 

 回避不能の雷撃を受けたアリエルはどこにも見当たらない。吹き飛ばされたのか、或いは再生もままならない程に肉体を消滅させられたのか定かではない。

 

 だがこの一撃がどれ程の威力だったのかを見れば、おそらく後者なのではと察してしまう。

 

 何せ雪原の大地を割った極太で超高火力の雷撃は辺り一帯の積雪を消滅させ、その下にあった硬い岩盤をも焼き抉り、さらにその直線上にあった山脈に巨大な風穴を開けたのだから。

 

 そんな一撃をまともに喰らっては例えアリエルとて掻き消されるのは必然。

 

 そんな光景を目の当たりにしたカトレアとロバートは、只々開いた口が塞がらなかった。

 

 

「流石です!シンさん!」

 

 

 ロクサーヌは割と平然としていた。目の前の光景を目の当たりにして、さも当然の様に受け入れていた。

 

 

 そして魔装を解いたシンは少しフラつきながらもロクサーヌ達の元へ歩み寄っていく。

 

 

(流石に魔力を使いすぎたな。転移魔法に続いてアリエルとの戦闘、それに初めての完全な全身魔装。なんとかアリエルを退ける事は出来たが...........)

 

「まだまだ研鑽が必要だな........」

 

 

 そんな事を呟きながらシンはロクサーヌ達の元に辿り着いた。

 

 

「お疲れ様ですシンさん!魔装の完成、おめでとうございます!」

 

「いや、まだまだ完成と呼ぶには程遠い。あっちに戻ったらレグルスに稽古を頼もうと思う」

 

「ッ!わかりました。私も自分の未熟さを痛感していましたので一緒に稽古をしたいと思います!」

 

「ああ、一緒に強くなろう」

 

「はい!」

 

「さて.........貴方のお名前を聞いてもいいかな?それとロンさんとどういう関係なのか?.....と言ってもここで話すのは得策じゃないか.......」

 

「........シン、カトレアも一緒に連れて行ってくれ。頼む......」

 

「..........ロンさんがそこまで言うなら彼女も連れて行きましょ。ロクサーヌ、俺の魔力を譲渡するから転移魔法を起動させてくれ」

 

「わかりました」

 

「..........あんた達は一体........?」

 

「その話も後でしよう」

 

 

 そうしてシンはロクサーヌに自身の魔力を譲渡し、ロクサーヌがバウキスから受け取っていた蛇型の指輪に込められた転移魔法を起動させた。

 

 そして四人は現れた魔法陣の光に包まれ、雪原から姿を消した。

 

 

....................

 

..............................

 

........................................

 

 

 四人が姿を消した雪原の遥か彼方。

 

 シンの雷撃で出来た山脈の風穴部分に横たわる肉塊、アリエと思わしき姿があった。

 

 片腕片足が吹き飛び、両目も蒸発し、綺麗な白い髪も焼かれたアリエル。豊満な胸や秘部を隠していた鎧は全て砕かれ一糸纏わぬ姿となっているが、全身焼け爛れ、傷を負った痛々しい姿を見ればとてもじゃないが性欲を掻き立てられる物ではなかった。

 

 しかし、そんなアリエルの肉体は徐々に治り始めていた。

 

 熱い鉄鍋に水を浸す様なジュゥ〜、という音を立てながら肉体が徐々に再生していく。

 

 そして片目の再生を終えた時、その目が見開かれた。

 

 

「くくく......くふふふ、くッハハハハハハハハハッ!!!」

 

 

 止まらないアリエルの笑い声。まさに抱腹絶倒と言った様子。

 

 

「最高だァ〜、本ッ当に最高だぜェ!ここまでの傷を負ったのは魔物を初めて食った時以来.....いや、あの時以上の痛みだァッ!!シン、シンかァ。覚えたからなァ、シィン!オレ様に火をつけた事、たっぷりと教えてやらねェとなァ!」

 

 

 アリエルはあの雷撃を受けて生き残っていた。

 

 元々ステータス値が高いアリエルは耐性も魔耐も桁外れに高かった。しかしそれを上回る一撃を受けた事で、アリエルは固有魔法[超速再生]で雷撃を受けた段階から再生を始め、英傑試練の派生技能[戦闘続行]によってギリギリのところで生きながらえていたのだ。 

 

 そして漸く再生を終えたアリエルは元の美しく気高い姿に戻った。

 

 但し全裸である。

 

 そんな彼女が何もない空に手をかざすと、その手に収まる様に槍が何処からか飛んで来た。

 

 雷撃を受ける直前で咄嗟に槍を投げ捨てていたアリエル。しかし、その槍には幾つか傷が見て取れた。

 

 それを見て益々笑顔を浮かべるアリエル。

 

 

「さて、フリードにはどう報告すべきかねェ。それより、シンを倒すには力が足りねェよなァ..........。そう言やフリード(アイツ)が以前攻略したって言う大迷宮が近くにあったな............魔国に戻る前にちょっと寄ってみるかァ」

 

 

 もう一度言おう、彼女は全裸である。

 

 側から見れば痴女も同然の姿。

 

 そんな彼女はフリードへの報告が面倒なのか、はたまたシンへの対抗心で燃えているのか、或いは両方か定かでは無いが、軽快な足取りで山脈を降りて行った。

 

 その足が目指すのは七大迷宮に数えられる大迷宮“氷雪洞窟”。

 

 出会(でくわ)した魔物を簡単に屠りながら、アリエルは進んでいく。

 

 

「嗚呼、楽しみで仕方がねェぜェ!待ってよろ、シン!」

 




初の全身魔装バアル登場回でした。あとアリエルが痴女みたいになりました。
次回はロバートの過去話がメインです。


補足


『奥の手』

「全身魔装」
・今回全身魔装が出来たのはシンが転移魔法の再構築をしたおかげです。それがなければ魔装は完成していませんでした。と言っても魔力消費がデカいので訓練次第でその魔力消費を抑える事が出来ます。
全身魔装で必要な技術はまず[魔力操作]。これは基本中の基本。さらに全身を覆うために必要な[想像構成]。魔力を高密度に圧縮する魔力操作の派生技能[魔力解放]と[魔力圧縮]。そして高密度に圧縮された魔力を操作する魔力操作の派生技能[緻密操作]。以上五つの技能が無ければ全身魔装は完全な物とはなりません。


[緻密操作]
・魔力操作の派生技能の一つ。神代級空間転移魔法“進空”の構築時にシンが獲得した技能。より高度な魔力操作を可能とする技能。

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