ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜 作:つばめ勘九郎
オルクス大迷宮内でのハジメと、ベヒモスとのリベンジ戦後の雫のサイドストーリーです
side:変質したハジメ
シン達がライセン大峡谷に出発した頃、オルクス大迷宮の最深部にあるオスカー・オルクスの隠れ家で旅の準備を進めていたハジメとユエ。
ハジメはオルクス大迷宮攻略によって獲得した神代魔法“生成魔法”で強力なアーティファクトや旅の道中で使えそうな物を次々と生み出していた。
そして彼が寝食を忘れ、今生み出していたのは移動用アーティファクト、魔力駆動二輪“シュタイフ”。ありていに言えば大型バイクである。
「ふぅ、これであらかた完成だろ。我ながらいい出来栄えだ」
「..........ふわ〜。ハジメ、もしかして寝てない?」
「ん?ああ、ユエか。おはようさん」
「........ん、おはようハジメ。それでまた寝ないで何してたの?」
「言ってなかったか?移動用の魔力駆動二輪を作ってたんだよ」
「..........ん?この前、完成させてなかった?えっと、シュタイフだよね、それ」
「ああ、前に完成させたと思ってたんだが、俺とした事が肝心な事を忘れてたんだよ」
「..........肝心な事?」
「サイドカーをつけ忘れてたんだよ」
「..........さいど、かー.....?」
ハジメが丸一日近く寝ないで試行錯誤していたのは、シュタイフ本体ではなく、そのシュタイフに取り付ける取り外し可能なサイドカーであった。
そしてハジメの手で生み出されたサイドカーはシュタイフのボディカラーに合わせて青と黒の二色で統一されており、流線型の箱の形をしている。乗りやすい様にサイドステップも付いてあり、片側には闇夜を照らす単眼のライトも備わっている。そんなサイドカー製作で
サイドカーの側部に取り付けられたボックスから小型のバルカン砲が飛び出し敵を一掃する上、搭乗席の前方からは[遠見]が付与された対物ライフルが出現し、サイドカー搭乗者が狙撃できるという代物だ。勿論走行中、狙撃対象への照準が悪路のせいでズレない様に、耐ショック性能に優れたサスペンションが搭載されている。その上、シュタイフから切り離してサイドカー単体での走行も可能とする。そんな高性能サイドカーは、まさに小さな玩具箱と言った代物である。
しかし何故ハジメがここまでサイドカーに拘ったのか。
寝起きでサイドカーの説明を徹夜テンションで語り聞かせてくれたハジメに対して、ユエは純粋に疑問を浮かべた。
「..........ハジメ、そんなにこのサイドカー?作りたかったの?」
「ん?あ〜................別にそういうわけじゃないんだよなぁ。ただちょっと昔の事を思い出してな。悪ノリしちまっただけだ」
「..........昔って、ハジメがいた世界でのこと?」
「悪いユエ、その話はまた後でだ。俺はそろそろ寝る」
そう言ってハジメはスタスタと工房を後にした。
残ったのはユエとサイドカー付きのシュタイフ。
するとユエはそのサイドカーに何か模様が小さく刻まれているのを見つけた。
「..........ん、なんの模様だろう?」
ユエにわからないのは無理からぬ話だ。何せそこに刻まれた模様は、模様ではなく文字なのだ。但し、トータスで使われる一般言語ではなく、
そこにはこう記されている。
〝BMC RR1200〟と。
....................
..............................
........................................
寝室に辿り着き、ベッドに潜り込んだハジメは小さく舌打ちし、ガラにもない事をしたと若干の気恥ずかしさを交えながら反省していた。
(ここでのユエとの生活に慣れたせいか?何が
何故あんなサイドカーを作ってしまったのか。そして何故あんな文字を彫ってしまったのか。
その原因はハジメがまだ元の世界、高校に入りたての頃の話にある。
あの頃、白崎香織がハジメに話しかけてくる様になり、本格的にクラスからはみ出し者の様に扱われ、友人もまともに作れなかった。いや、正確には作らなかったというのが正しいだろう。
だがそんなハジメにもたった一人だけ友人と呼べる存在がいた。
『ヨっ、南雲!おはようさん』
『あ、要くん。おはよう』
その友人とは同じクラスの男子“要 進”である。
彼はハジメとは違い、バスケ部に所属するスポーツ選手。将来を期待される優秀なスポーツマンでありながら、体格も良く、顔も良く、自分とは違う世界の住人だと最初は思っていた。
だが、話してみればそんな事はなかった。
『南雲。俺昨日久しぶりに遊○王、見返したんだけどよ。初代も捨て難いが、やっぱ俺的には三期のシンクロが熱いと思うんだよ、うん』
『また結構前の作品の話を持って来たねぇ。ちなみにその心は?』
『バイクでのデュエルが楽しそうだから』
『あぁ〜なるほどね。だからSNSのアイコンがバイクになってたんだ.......。あれ、でも要くんのアイコンって普通のバイクだったよね?D・ホ○ールじゃなくて』
そうハジメが訊くと、要は机の上に両肘を乗せ、顔の前で両指を組んだ。ゲ○ドウポーズだ。脳内でヤシマ作戦のBGMが流れて来そうな程、完璧に踏襲されたポーズ。だが残念、眼鏡が足りない。
『南雲、俺は気づいてしまったんだ...........バイクは男のロマンだとッ!!』
クワッ!と目を見開く要。知らねぇよ。
『いや最初な。俺もD・ホ○ール乗りたいなぁって思ってたんだけどさ、無いじゃんアレ。いくらグー○ルで検索してもライディングデュエル出来そうな奴が無いんだよ......』
『そりゃあ、まあ、現実でアレがあったら普通にやばいよ?特にキングのD・ホ○ールとか、普通に前見えないし、前方不注意どころの話じゃないよ?』
『え?それが良いんじゃん。あの不利としか思えない独創的な車体が最高にクールなんじゃん。俺はな南雲、遊星じゃなくてジャックがいいんだ..........』
『要くんって妙なこだわりあるよね.........それでなんで現実のバイクがアイコンなの?』
『おお、話がすっかり脱線してたな。それでさ、無いなら作ればいいじゃんって思ったわけよ』
(ほんと要くんって、たまにぶっ飛んでいくなぁ〜........)
『それでバイクを作るにはどうすればいいのか、色々調べたわけよ。パーツと普通のバイクとか色々見比べたら、構造がどうなってるのかとかさ。そしたら俺、気づいたんだよ........現実のバイクもカッケェって』
『キングどこ行ったの.........?』
『そんで俺が今一番乗りたいバイクを見つけて、それをアイコンにしたってわけ』
『要するにバイクに乗りたいって事だね』
『そっ!そういう事!でさ、俺が将来バイクの免許取ったら一緒にツーリング行かないか?』
『ええ〜!?僕が要くんと?』
『なんだよぉ、嫌なのか..........?』
『別に嫌ってわけじゃ無いけど。維持費とか免許取るのにも色々お金かかるし、あと事故して、破損でもしたら大変じゃん。それにもし怪我でもしたら親になんて言われるか......』
『..............................』
『要くん?』
『.........あぁ、いや、なんでもない。なら俺が免許取って、バイク買ったら俺の後ろに乗せてやるよ!』
『いや、要くんの後ろでも怖いよ........』
『俺そんな危険運転する様な奴に見えるか?世紀末みたいな声とかあげたりしないぞ?う〜ん......ならサイドカーだ!南雲、コードギ○ス好きだろ?俺がリ○ァルポジションで、南雲がル○ーシュポジションだぞ?どうだ!』
『ぐぬぬ〜...............................................まぁ、サイドカーなら........』
『よっしゃ、決まりだな!んでどこ行くよ?』
『え?今から決めるの?』
『あくまで仮の予定だ。やっぱアニメの聖地巡礼は欠かせないだろ』
『まだ先の話なのに............まぁでも、たまにはそういうのもいいかもね』
『お?乗り気になって来たな、南雲ぉ。んじゃまずはーーーーー』
そうしてハジメと要は行きたい場所をノートにずらっと書き綴り、近い将来二人でバイク旅の計画を立てた。
ちなみにそんな二人の様子を見ていた白崎が「どうしよう雫ちゃん!私もバイクの免許取った方がいいかな?かな?」と幼馴染に八重樫に迫っていたのを、ハジメは知らない。
そして、そんな過去の思い出話の中で、要がリ○ァルポジだとか、ル○ーシュポジだとか言っていたバイクの名前が〝BMC RR1200〟なのである。
別に干渉に浸っている訳ではない。ただ、ふとした時にそんなどうでもいい昔の事が蘇り、ついそんな名前の文字をシュタイフのサイドカーに彫ってしまったのだ。
(やっぱ浮かれてんだろうな.........)
「..........ハジメ」
「うん?ユエか。どうした?」
「..........ハジメと一緒に寝る」
「なんだよ二度寝か?」
「..........そうとも言う。けど、ハジメがなんだか寂しそうに見えたから......」
寂しそう、か。確かにそうなのかも知れない。
心も体も変貌してしまった今の自分は、アイツと交わし約束をどうでもいい事だと思っている。そして、そんな自分を俯瞰的に見た時、本当に自分は変わってしまったんだと実感させられた。それを受け入れていたつもりだったのに、まるで思い出に浸る様にあんな物を作ってしまった。
これはきっと浮かれてたんだ、ただの気の迷いだと自分に言い聞かせていたハジメ。それはまるで、そんな自分は変わってしまった今の自分ではない、全てを敵に回しても進み続けると誓った自分ではないと思い込ませる様に。
そんな彼の心情を察し、ユエは寂しそうだと言った。
確かにハジメは変わった。心も体も。
だが残り続ける物はある。
それは家族との思い出だったり、好きな物だったり、昔交わした小さな約束だったり。
そんな何気ない物を捨て去ろうとする自分に、寂しい事だと教えてくれた愛しい存在。
やはりハジメにとって彼女は楔なのだ。
人間としての心や思い出を、変貌した自身に繋ぎ止めてくれる、特別な存在。
「ユエ、起きたらさっきの話の続きをしてやる。ものすごくくだらない、馬鹿みたいな約束の話だ」
「..........ん、聞かせて。ハジメの事ならなんでも知りたい」
「そうか。愛してるユエ」
「..........私も。ハジメのこと愛してる」
そうして二人は真っ白なシーツに包まれて、眠りについた。
大迷宮の奥底だというのに、何処からか風が吹き、二人の髪をそっと撫でた。
その風の匂いに、ハジメは少しだけ懐かしさを覚えながら意識を深く潜り込ませた。
そう。その匂いは、まるで青い春の様な爽やかな物で、くだらない小さな約束を交わした時と同じ様な気がした。
それから数日後、ハジメとユエは世界を越えるための旅に出た。
シュタイフのサイドカーに刻まれた文字を消さずに残したまま。
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side:苦労性のケモミミ娘?
世界各地で歴史上類を見ない程の異常現象が発生したあの夜から一ヶ月と少しが経過した。
あの異常現象の原因を探ろうとする多くの研究者達が激しい論争を繰り広げていたが、最終的にあれは神エヒト様が示した奇跡の現象だと言う話で収まったそうだ。
その話を友人であるリリィことハイリヒ王国第一王女リリアーナから聞いたは雫は、そういう話のまとめ方は大昔の地球とよく似ているなと思った。
雫は現在、王宮内の小さな庭園で一人素振りをしていた。
そこはかつてリリィと要がよく話をしていた場所で、今では雫と親友の白崎香織がリリアーナと話したりする場所にもなっている。そしてたまに素振りする場所として、雫は使わせてもらっていたりもする。
そんな雫が剣を振り続けてかなりの時間が経っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ.......少しやり過ぎたかしらね」
そう言って雫は素振りをやめ、庭園のベンチに腰を下ろした。そして額から流れる汗を持って来ていたタオルで拭い取り、
(オルクス大迷宮でようやくベヒモスは倒せた........けど、今のままじゃまだまだ力が足りないわ。愛ちゃんについて行った優花のためにも、もっと力を付けなくちゃ........!)
数日前、天之河光輝率いる勇者パーティはオルクス大迷宮六十五階層のボス“ベヒモス”を倒し、歴代最高到達階を更新した。その中には雫と香織の姿もあった。
二人はベヒモス討伐後、降りた階層で南雲ハジメの痕跡を探していたりした。だが、結果は何も痕跡は見当たらず、その時の遠征はそこで終了した。王都に帰還する前に、雫はホルアドにある冒険者ギルドに訪れ、要の情報が何か無いかと探ってみたが、そこでも何も情報は見つからなかった。
香織と約束した“南雲ハジメ”の捜索と、優花の要請に協力を約束した“要 進”の行方を探るための情報収集。
どちらも未だに目ぼしい情報は得られていない。
しかし、焦る事は無い。
南雲くんはもしかしたらずっと下の階層に落ちたのかも知れない。要はもしかしたらまだホルアドに到着していないのかも知れない。
可能性が僅かにでも残っているのなら、それを手繰り寄せる。
「そのために、私が今できる事を頑張らなくちゃね........(それに、私は要にもう一度会いたい。会って自分の気持ちを確かめないといけない........だから要、ちゃんと生きてなさいよ。そうじゃないと私、許さないから.......)」
そんな事を思いながら、雫はベンチに座りながら、トレードマークのポニーテールを風で揺らした。
「それにしても香織とリリィ、遅いわね。もうそろそろ約束の時間なのに........」
訓練後、久しぶりにリリィも交えた三人でゆっくり話す予定だったのだが、手持ち無沙汰で雫はつい予定の時間より早く合流場所であるこの庭園に来ていた。香織は王宮のメイド“ニア”に何か用事があるらしく、今は別行動。
結果、先に庭園についた雫はただ待ってるのもアレなので、手早く素振りをしていたのだ。
約束の時間まであと少し。いつもなら五分から十分の間に二人は来ているのだが、今日は遅れているみたいだ。
「もう少し素振りでもしていようかしら........」
「ナー......」
ベンチから立ち上がった雫の耳に何かの鳴き声が聞こえた。
足元を見ると、小さな
「はぅッ!」
その黒猫の愛くるしい姿に雫はドキンッと胸のときめかせた。
雫は可愛い物が大好きな女の子。
元の世界の自分の部屋にはクマのぬいぐるみや淡い桃色の小物、猫の愛くるしいポーズ集のカレンダーなどなど、可愛い物が集められている。勿論それら全て、八重樫雫という女の子の趣味で集められた物ばかりだ。
昔から彼女の事を知っている周り人間にとってそれは周知の事実であり、高校に入ってから知り合った要ですらその事を知っている。
ちなみに可愛い物好きな雫のお気に入りはデフォルメされた狐のぬいぐるみ。クレーンゲームの景品だったそれをプレゼントしてくれた相手が実は偶然居合わせた要で、それが要との最初の出会いだった事は二人だけの思い出であったりする。
話は戻り、現在雫は素振りの事などすっかり頭から抜け落ち、キラッキラした瞳で黒猫を見つめていた。
「はぁぁ〜、よしよしよしよし!一体どこから来たのかにゃ〜?」
「ナー......クシュンッ」
黒猫の体を優しく撫でながら、ついつい語尾がニャーニャーしてしまう雫。黒猫がくしゃみをするが、そんな姿も愛くるしく思えた彼女だった。
すると雫はある事に気づいた。
黒猫が何かを口に咥えていたのだ。
「にゃにゃ〜?何を咥えてるのかにゃ〜?」
「ナ〜......クシュン」
黒猫がまたくしゃみをした。花粉症かな?
「どこかの飼い主さんから逃げて来たのかにゃ〜?いけにゃい子にゃ〜」
「ナー」
そう言って雫は黒猫から
妙に人に懐いているうえ、人の言葉を理解している
受け取った物から誰の飼い猫なのかわかるかも知れないと思い、雫は
それはアラベスク調の繊細な金のフレームに赤い宝石を嵌め込んだ小さなペンダントだった。
「近くで見ると結構綺麗ね......このペンダントを口に咥えてたって事は、やっぱり貴族の飼い猫よね、この子.......」
程よい大きさで、下手に飾らない装飾の美しさ。それを見て雫は素直に賛辞の言葉を漏らした。
「うーん.......放っておいて、飼い主の人が困るのもアレだし、リリィに相談した方がいいかしらね」
ーーー〝その必要は無いよ〟
「ッ!?誰ッ!?」
途端、声が聞こえた。頭の中に直接響く様な声。
辺りを見回しても誰もいない。
では一体どこから?
ーーー〝君もわかってるんだろ?ここだよ、ここ〟
その声の主が言う通り、彼女もなんとなく察していた。
この場に居るもう一人の存在。いや、正確には一匹と言うべきだろう。
その一匹の視線が、まるでこちらに話しかけているかの様に、ずっと自分の方に向けられていた。
「まさか、喋る猫がこの世界に居たなんてね........」
話しかけて来たのは黒猫だった。その黒猫に再度、視線を向ける時、雫は驚きのあまり声が出なかった。
何せその黒猫の額には、先程まで見当たらなかった
普通では考えられない異常な姿。
それを見た瞬間、雫はバックステップを踏み、黒猫から距離を取って、腰の剣を抜き構えた。
(いくらなんでも普通の猫が喋るわけない。それに額にあるあの目.......間違いなく魔物だわ。でも、どうしても魔物が王宮内に...........?)
ーーー〝まぁまぁ落ち着きなって。僕は君を取って食おうとしてるわけじゃないんだ。それに、僕は君に力を与える存在なんだよぉ?〟
「力を与えるですって?魔物にそんな事ができるのかしら?」
ーーー〝ふむ、どうやら君は僕の事を勘違いしているみたいだね。僕は魔物じゃなくて、精霊。正確には
「ジン.......?」
ーーー〝そう、僕は“虚偽と信望の精霊ブァレフォール”。君を僕の主と認めたのさ〟
「
流石にいつもは冷静沈着な雫も考える事が一気に増え、訳のわからない話をされて頭がこんがらがっていた。
ーーー〝う〜ん、しかし参ったなぁ〜。今の君じゃあ弱過ぎて僕の力も使い熟せそうにない。かと言って
「ちょっと!なに勝手に話進めてるのよ!ちゃんと説明してっ!」
ーーー〝残念だけど、ここでは話せないし、その時間も無い。
そう言って
「ちょっ、待ちなさい!王様って誰のことよ!」
ーーー〝心配しなくても君はいずれ王様と会う。その時までその
そう言って黒猫は姿を消した、と思ったら一瞬だけ消散する黒猫の姿が止まった。
ーーー〝あ、そうそう。僕の事やそのペンダントの事をこの世界の神に関係する人間が知ったら、君殺されちゃうから話す相手は選んだ方がいいよ?〟
物のついでみたいに物騒な事を言って、声も姿も完全に消え去った黒猫“ブァレフォール”。
何もわからず一人取り残された雫は、こめかみをピクつかせ、ペンダントを握る手が込み上げてくる怒りでワナワナと震え出していた。
そしてーーー
「なんなのよもぉーーっ!!」
地団駄を踏みながら、心が赴くままに声を張り上げた。
すると、ようやく庭園にやって来た白崎とリリアーナが、そんな雫の姿を見て驚いていた。
「雫ちゃん、どうしたの!?」
「雫がこんなにも怒ってる姿、私初めて見ました.......」
雫に駆け寄った二人は、一先ず彼女を落ち着かせる事にした。
その後、とりあえず場所を移す事にした三人は、リリィの自室にやって来た。その提案をしたのは怒りをなんとか抑え、ようやく冷静になった雫である。
先程のブァレフォールの言葉を思い出し、なるべく人目が付かない場所を選んだのだ。
そして雫と香織はリリィの自室にあるソファに腰掛けた。リリィは自室の窓を開け、風の通りを良くした後、三人分の紅茶を用意し、二人の対面にあるソファに腰掛けた。
専属侍女であるヘリーナには雫の要望で席を外してもらっている。
「リリィ、ごめんね。急にリリィの部屋に場所を移させてもらって........」
「かまいませんよ。シンさんの話をする時はいつもあの箱庭か、私の自室でしたし............それで雫、一体なにがあったのですか?」
「そうだよ雫ちゃん。私、あんなに取り乱した雫ちゃんなんて初めて見たよ」
「その........実は二人に、聞いてほしい事があるの。これなんだけど.......」
そう言って雫は手に持っていた赤い宝石のペンダントを二人に見せた。
「そういえば雫ちゃん、ずっとそれ持ってたよね?よく見るとそれ、魔法陣みたいな模様が刻まれてるし、凄く綺麗.......」
「魔道具でしょうか?かなり高価そうな物ですね。細工が凝ってますし、細やかで見た事が無い模様、それにその赤い宝石も市場に出回っている物より価値がありそうです。雫はこれを一体どこで.......?」
魔道具という言葉を聞いて、雫は再度そのペンダントを注視した。
香織の言う通りペンダントには魔法陣が刻まれていた。ブァレフォールと話す前には見当たらなかったのに。
「う〜ん.........信じられない話かも知れないけど、実はーーー」
そうして雫は二人に、自分が見た事、聞いた事を全て話した。
その話の中で、ブァレフォールが口にした神に対する発言でリリアーナが若干複雑そうな顔をしたが、最後まで彼女の話に耳を傾けた。
「
「残念ながら私にもわかりません。北の山脈近くにあるウルの町には精霊の伝承があると聞いた事がありますけど、詳しい事は何も残ってなかったはずです」
「リリィでもわからないとなると、やっぱり一番有力そうなのはブァレフォールが言ってた
「王様って事は国王って事だよね?リリィのお父さんが何か知ってるってこと?」
「それは無いと思います。父からそんな話を聞いた事は一度もありませんし、何より父は教会と根強い関係を持ってます。そのブァレフォール?の話から察するに、その王という者は神と関わりを持たない方を指していると思います」
「それを踏まえて、この世界の神様にあんまり興味無さそうな王様って言ったら.............」
「.............ガハルド陛下」
「「あぁ〜........」」
ヘルシャー帝国の皇帝“ガハルド・D・ヘルシャー”。
その名前が頭に浮かんだ時、雫はどっと疲れた様な表情となり、そんな彼女の心中を察し、香織とリリィが何とも形容し難い同情した面持ちになった。
実は数日前、このハイリヒ王国にヘルシャー帝国から使者がやって来たのだ。なんでもベヒモスを倒した勇者の話を訊くために。と思ったら勇者である天之河光輝と帝国の使者が模擬戦をする事になり、結果光輝は敗北。そして光輝の相手をしていた使者が実は帝国の皇帝で、勇者に興味を失せた皇帝が雫を口説いて来たのだ。もちろん丁重にお断りした八重樫だったが、帝国に戻る際にも口説いていたので諦めた様子は微塵も無かった。
そんな事があって、雫はガハルドと会うのを極力避けたい気持ちなのだ。
「ま、まあ、ガハルド陛下が
「それって..........?」
「そ、そうだよ雫ちゃん!ペンダント!そのペンダントに何かヒントがあるかも知れないよ!」
「た、確かにそうね........でもコレ、どうしたらいいのかしら.......?」
「魔法陣が刻まれていると言う事は、何かの魔道具なのかも知れません。なら魔力を送り込んでみてはどうでしょう。何か反応があるかも知れませんよ?」
「そうね。少し試してみるわ」
そうして雫はペンダントに魔力を込めてみた。
するとペンダントに刻まれた魔法陣から眩い白い光が溢れて出し、部屋全体を包んだ。
それはすぐに収まり、ペンダントに魔力を注ぎ込んだ雫自身は何も起こらなかった事に落胆した。
だが雫の隣にいる香織と、正面に座っているリリィは何かに気づいたらしくワナワナと口を開いていた。
「二人ともどうしたのよ?そんな鳩が豆鉄砲を食ったよう顔して」
「し、雫......貴方、自分の状況がわからないんですか!?」
「え?特に変わった様子はないみたいだけど......?」
「し、雫ちゃんが......私の雫ちゃんが........!」
「香織、落ち着いなさいって。私がどうしたって言うのよ?」
未だに二人の動揺に理解出来ていない雫。そんな雫の不思議そうな顔を見て、香織とリリィは視線を合わせ頷き合った。
そしてリリィは自分の机の引き出しに仕舞っていた手鏡を取り出し、それを雫に手渡した。
「雫、これで自分の姿を確認してください」
「はわわ〜、雫ちゃんが、雫ちゃんが..........」
「ほんとどうしたのよ、二人して。私の顔になにか.........」
雫はリリィから手渡された手鏡で自分の姿を確認した。
その瞬間 雫は固まり「んん!?」と声を漏らし、もう一度手鏡で自身の姿を確認し、今度は自分の手で頭を触って確認してみる。
そしてようやく二人が動揺している訳を理解した。
手鏡に映った自分の姿、正確には頭の上に身に覚えの無いモノが生えていた。手で触ってみた感触でも間違い無い。
自身の黒い髪と同じ色の獣の様なモフモフした二つの耳。
そう、それは紛う事なき
「ななな、なによこれぇええ〜〜〜〜っっ!!??」
「きゃ〜〜っ!雫ちゃんがケモ耳生やしてるぅっ!すっごく可愛いぃ〜っ!」
「これは確かに、神に関係する方々には言えませんね......」
驚きのあまり、つい声を張り上げてしまう雫。そんな雫がケモ耳を生やしている姿を見て、香織はときめく乙女の如く黄色い歓声をあげる。リリィはリリィでなんとか冷静さを保とうと紅茶に口をつける。
そして三人がいる部屋の中にそよ風が吹き込み、リリィは遠い目で紅茶を飲みながら、その風に心地良さを感じていた。
「風が気持ちいですね〜」
「リリィ現実逃避しないでぇーーっ!!」
「雫ちゃん!ちょっとそれ触ってみてもいいかな!かな!」
「香織は香織で落ち着きなさいっ!もぉーーっ!なんなのよぉ〜〜〜!」
ひょんな事から摩訶不思議な力?を手にした八重樫雫。
それが一体何で、どんな存在なのかを知るのはもう少し先の話。
だが確実に何かが変わった。
それはまるで大きな嵐を予感させる変化。八重樫雫という苦労性の少女は、後にその嵐を巻き起こす台風の目に導かれる。
今部屋の中に吹き込む風とは比較にならない強い風だ。
その
ずっと思ってたんです。雫にブァレフォール持たせたら、きっと可愛いだろうなって。
さて、雫が金属器使いになるという事は、他にも........?
前話にレオニスの人化した姿の補足を書き足しました。普通に書き忘れですので、すいません。
補足
『登場したアーティファクト』
「BMC RR1200サイドカー」
・シュタイフ専用取り外し可能なサイドカー。ハジメお得意の武装盛りサイドカー。単独での走行も可能。あと数台作れば、みんなでマ○オカートができそうな程よい大きさ。
(元ネタはコードギアス叛逆のルルーシュより、リヴァル=カルデモンドのバイク)
『登場した精霊(ジン)』
【ブァレフォール】
・虚偽と信望の精霊。八重樫雫が持つ赤い宝石のペンダントに宿っているが、現状雫はジンの力を使いこなせない。そのため、変な形でその力が顕現した。神山の大迷宮に異界からの門が開き、そこでシンの到着を待っていたが、教会近くという事で、ミニフォールちゃんになってさっさと出て行った。赤いペンダントは元々ブァレフォールが宿っていた金属器。