ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜 作:つばめ勘九郎
オリキャラ登場回です。
転移魔法陣の光に包まれたシンとロクサーヌ、そして人化したレオニスの三人は、視界を覆っていた光が晴れ、自分達の足が硬い土の大地を踏み締めていいる事に気づいた。
「............ここが、ライセン大峡谷ですか。初めて来ましたが、師匠が言っていた通り何もない谷底みたいですね.........」
「俺はてっきり、その峡谷の前に転移するのかと思ったが.........それよりロクサーヌはこの近くの樹海出身なんだろ?ここに来た事無かったのか?」
「私が樹海で暮らしていた時はまだ幼かったですし、フェアベルゲンから追放された時もこの峡谷には一歩も入っていませんからね」
「あ〜......すまない。嫌な事思い出せてしまった」
「大丈夫ですよ、レオニス。私は気にしていませんし、両親を亡くした場所もここではありませんから」
ロクサーヌの反応からレオニスが意外そうな声で尋ねると、彼女はあっさりとその問いに答えた。
レオニスもロクサーヌの過去を所々掻い摘んだ説明ではあったが、彼女自身から事前に聞かされていた。亜人の国から追放されたことや、両親が人間族に殺されたことも。
それを思い出したレオニスは自身の無配慮な言動に頭を下げたが、ロクサーヌは気にしていなかった。
確かに辛い過去ではあったが、それはすでに彼女は乗り越えている。
悔しいと思う気持ちはあるが、それでもあの過去があったからこそ今があり、その今を大事にするべきだと理解しているのだ。
そして、そのキッカケをくれた最愛の男性に自分の全てを捧げ尽くすとロクサーヌは決意している。
そんなロクサーヌがその最愛の男性ことシンに、声をかけた。
「それよりも
「ぅっ.................」
「..............
「.......な、なぁロクサーヌ。その呼び方、ほんとに続けるつもりなのか........?」
「何を言ってるんですかシン様?そんなの当たり前です!」
「ぇぇ、あの時だけのおふざけじゃ無かったのぉ........?」
「おふざけだなんてとんでもない。カトレアも言ってたじゃありませんか。シン様は私達の王なのですから、他の者との呼び方は区別しませんと!」
「ぅ〜ん、だけどよぉ........」
「.........お気に召しませんか、シン様?」←潤んだ瞳で上目遣い
「おっふ........!わ、悪くないっス.......」
「ではこのままシン様とお呼びいたしますね!」
「.............シン。お前、ロクサーヌにチョロすぎないか?」
「うん、自覚してる.........」
天然の魔性ロクサーヌ。彼女の言動で一つで、シンは素で“おっふ”してしまう。その破壊力は凄まじく、つい様付けを許してしまう程。それは対
ロクサーヌの言う通り、その敬称はカトレアが提案した事で、カタルゴ大陸にいた時から何度も提案されていた。しかし、今まで“さん付け”だった呼び方が今度は“様付け”になる事に対して、シンはそれとなく拒み続けていた。そんな煮え切らないシンの態度に業を煮やしたカトレアが、ロクサーヌに“男を落とす作法”のあれこれを伝授したのだ。
その結果シンは見事に陥落。だが、せめてもの抵抗として、たまには“さん付け”に戻す様にとお願いし、二人っきりの時は“さん付け”に戻すとロクサーヌは約束した。これが決まったのはライセン大峡谷に向かう前夜で、二人の激しい夜の営み中の話。ちなみにロクサーヌがカトレアから教わったものの中には夜の営みに関するテクニックもあったらしく、シン的にはいつもと違う夜になり興奮したとか。そこら辺はカトレア、グッジョブ!
そんなわけで心も体もロクサーヌに掴まれているシンは、彼女にはチョロいのだ。
「それで話を戻しますが、この後はどうしますか?」
「そうだな〜、とりあえずこの辺りを探索して大迷宮の入り口がどこにあるか探ってみよう。水と食料の蓄えは十分あるから数日野宿しても平気だしな。まっ、そう時間も掛からず見つかると思うけど」
「その根拠は?」
「勘だ」
「勘ですね」
「お、おいおい、勘って.........そんな物で本当に見つかるのか?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。シン様の勘の良さは既に氷雪洞窟で実証済みですし、そのおかげで私達は氷雪洞窟を攻略できましたから。それに手掛かりが無い以上、ここはシン様の勘に頼る他ありません」
「へぇ〜。今更だがお前って、ほんとなんでもありだよな〜」
「そのセリフは物理でなんでもありにするお前の親父に言ってやれ」
そんなこんなで三人はライセン大峡谷の探索を始めた。
途中、峡谷に棲まう魔物と何度も遭遇するもシンは力魔法で圧殺、ロクサーヌの剣撃で一刀両断、加減したレオニスの蹴撃で魔物の頭部を一撃粉砕して歩みを進めた。
そんなシン達が歩き始めて数十分が経過した頃、三人は峡谷の出口である岩の階段に辿り着き、ふとレオニスの足が止まった。
「シン、ロクサーヌ。上の向こう側から何か聞こえるぞ」
「ん?ロクサーヌはどうだ?」
「私にはまだ何も聞こません」
「ここからかなり距離がありそうだからな。赤獅子の俺だからギリギリ聞こえてるんだろう」
「ほんと赤獅子は身体能力が優れてるなぁ。それで、その音の正体はわかるから?」
「少し待て...........これは、人の話し声か?それと.............悲鳴?」
「「っ!?」」
レオニスの発言を聞き、シンとロクサーヌの表情が一気に引き締まった。
悲鳴と言うことは何かが起こっていると言うこと。おそらく魔物か、盗賊か。どちらにせよ何かしらの問題が発生しているのは間違いない。
「ロクサーヌ、レオニス!すぐにそこに向かうぞ」
「はい!」
「良いのか?大迷宮に向かわずに?」
「知ってて見殺しにするのは後味が悪いからな。それになんとなくだが、
「その根拠は?」
「そんなの決まってるだろーーーー勘だ!」
「フッ、わかった!二人とも俺の背中に乗れ!」
レオニスがそう言うと、彼は[人化]を解き、元の赤獅子の姿に戻った。
それを見てシンとロクサーヌは迷わずレオニスの背中に飛び乗り、レオニスは一回の跳躍で大峡谷の谷底から頂の地面に着地した。その瞬間からレオニスは風を切る様に一直線に大地を駆け出した。
そんなレオニスとロクサーヌ、そして自身に対して、シンはとある魔法を付与した。
その魔法は付与魔法の一つ、[認識阻害付与]である。
それは読んで字の如くの魔法で、魔法が付与された対象をそれ以外の存在からの知覚、認識を妨げる効果を持っている。平たく言えば周りから認識されなくなるという魔法だ。だが気配感知や魔力感知では居場所を特定されるため、それを保有している相手には効果は薄いという弱点もある。
これはレオニスの人化訓練を始めた際、赤獅子姿のレオニスがその巨体を晒して走り回れば色々と厄介な事になりかねないと思い、シンが密かに透明になれる魔法を会得しようと試みた結果得られた魔法なのだ。
これを使えばいつでもどこでもレオニスは人目を気にせず走り回ることが出来る。そんなレオニスの背中に乗れば気分はまさに、となりのト○ロに出てくるネ○バスである。「メェ〜〜イちゃぁ〜〜ん」と叫ぶお婆ちゃんの前を通り過ぎることもできる。
そんな魔法が付与されたレオニスが走り出して数十秒、何も無い荒野を数キロ駆けた先に見えたのは森だった。
その森の手前、ちょうど森の入り口辺りに馬車が止まっており、その周りにいる鎧を着た四人の男達とでっぷりと太った男が人間大の昆虫型魔物に襲われているのをシン達は目視で捉えた。
「お、お前達っ!私と
「言われなくてもやってるッ!」
「くそッ!なんなんだよ、この魔物は!!刃が全く通らねぇ!」
「愚痴言ってないで、そいつを抑えやがれッ!ッ!?また来るぞッ!!」
「クソッタレがぁッ!こんな筈じゃねぇだろぉッ!」
人間大の昆虫型魔物。それは黒光りする甲殻を持ち、大小異なる二本の角を頭部から生やす、六本足の魔物だった。シンが元いた世界で言うところの兜虫であり、この世界での名前は“カンタロス”と呼ばれる存在。
飛行能力を持ち、頑丈な甲殻と鋭い大剣の様な角で相手を叩き切る。その上、固有魔法[魔法反射]を持っており、下手に魔法を当ててしまえば、それが自分達に跳ね返ってきてしまうのだ。
そんな相手に苦戦を強いられる鎧を着た男達は、突然その場に吹き込んだ強風で尻餅をついた。
途端、ドゴンッ!!という音が響き、男達が気づいた時には、カンタロスが地面に減り込んでいた。動こうとするカンタロスは、まるで何かに
「一体..........」
「大丈夫か、お前ら?」
何が起きているのかわからない男達に声をかけて来たのは、真っ白な服装に身を包んだ長髪長身の男だった。その男は高価そうな装飾で身を飾り、一目見ただけで身分が高い存在なのだと鎧の纏った男達は理解した。
「あんたが俺達を助けてくれたのか.......?」
「まあな。それで、一つ聞きたいんだが構わないか?」
「あ、ああ。なんだ?」
「
そう言ってシンが指を
シンにそう問われた男は、立ち上がりながら答えた。
「
「..........。帝国の貴族、ねぇ........」
鎧の男がそう答えると、シンの後ろに居た身なりが良さそうな巨腹の男が立ち上がってシンに声をかけてきた。
「そこのお前!よくぞ私をあの魔物から救ってくれた!今日からお前を私の部下にしてやろう!」
「.............はぁ?(いきなり何言い出しての、こいつ?)」
「そういう訳には参りません。シン様は私達の王、残念ながら貴方如きが従えさせれる人ではあらません」
するとロクサーヌがシンとその巨腹男の間に割って入った。そのロクサーヌの後に続いて、人化したレオニスもシンのそばにやって来た。
いきなり現れた狼人族の女と赤髪の大男に、周りの男達が驚いている。どうやら二人はシンの認識阻害を解除したらしい。
ロクサーヌの前に立つ巨腹の帝国貴族は、彼女の整った容姿とその美貌、特にたわわに実った胸を下卑た目でジロジロと見ていた。それはシンが助けた鎧を纏った男達も同じだった。
そして巨腹男がニタッと笑みを浮かべて、再び口を開いた。
「ならそこの白い奴はいらん。だが代わりにお前を私の妾にしてやろう!」
「はい?」
「ア゛ン?」
「シン、落ち着け。顔が怖いことになってるぞ?」
「む、そうだな.........ゴホンッ、えー失礼。ここに居るロクサーヌは、すでに私と将来を誓い合た女性です。なので貴方にお渡しするわけには参りません」
なるべく冷静に丁重に断りの言葉を述べたシン。いつもの砕けた話し方とは違い、丁寧で上品な口調の話し方である。この話し方はカトレアから教わったもので、人の上に立つ者としての作法なのだとか。
なるべく笑顔で話しているシンだが、こめかみは若干ピクついている。先程の視線といい、ロクサーヌを妾にするという発言でかなりキレてる様子のシン。彼が力魔法を問答無用で使わなかっただけ、かなり抑制出来ている。
「お前には聞いていない!さあ、こっちに来い!」
そう言って巨腹男がロクサーヌの手を掴もうとしたその時、シンがその腕を掴み上げ、止めた。
「先程も申し上げましたが、彼女は私の大切な女性なのです。その汚い手で触れないでいただきたい......!」
「イテテッ!お、お前ぇ、私を誰だと思っている!」
「存じ上げませんね。ただ、品位の欠片も感じない貴方が生まれた家など、これっぽっちも知りたくはありませんが」
一応まだギリギリ丁寧な口調ではあるが、完璧に相手を煽りに行っているシン。
そんなシンと自分達の主人を見て、周りの護衛達が動き出した。
「おいおい、白服の兄さんよぉ。助けてくれた事には礼を言うが、それ以上うちの雇い主に手を挙げるなら容赦はしないぞ?」
四人の護衛達がシン達を囲む様に移動して来た。
「へ、へへへへへっ。お前達がどれだけ強いか知らないが、ここにいる私の護衛はあの勇者に匹敵する実力派なのだよっ!お前達なんかゴミだ!それに、そんな
(はぁ.........。この男の護衛が天之河に匹敵する?そんなハッタリでこちらが手を引くと本気で思っているのなら、随分と能天気なお貴族だな)
シンは鼻で笑いながらそんな事を考えていた。
そしてさらに、掴んだ腕に力を込めてみる。シンの指が巨腹男の腕の肉を圧迫し、その圧力が徐々に骨に達しようとしていた。
その様子を見て周りを囲む護衛の男達が動こうとすると、レオニスの視線による威圧で男達の足が竦み、それ以上進もうという気にさせなかった。ロクサーヌもまた腰の剣を手をかけ、“斬るぞ?”という闘気を放っている。その凄みで周りの男達は、目の前の狼人族がただの亜人ではないと理解させられた。
「イダダッ!!お、お前ぇ!離せ、離せっ!!」
「よろしいのですか?
「いいからさっさと離せっ!でなければ、ここに居る私の護衛達でお前を襲わせるぞっ!」
「それは困りますね。では
シンがそう口にした途端、地面に減り込んで動けなかった筈のカンタロスが羽を広げ、一直線に帝国貴族の巨腹男に向かって襲い掛かって来た。
そしてカンタロスの突進を受けた巨腹男は、まるで轢き潰されたカエルの様な声を漏らしながらボールの様に地面を跳ね、十メートル後方へと吹き飛ばされた。
護衛の男達がそれを見て、吹き飛んだ帝国貴族の名前を口にしながらの彼の元へと駆け寄っていき、再びカンタロスと戦闘になった。護衛の男達がシンを忌々しそうに視線を向けてくるが、すぐにそんな余裕はなくなる。
先程よりも早い速度で護衛の男達に襲いかかるカンタロス。
今は助ける気にもならないシンは、一先ずそれを放置した。
「シン、お前.........」
「俺は別に
「お前なぁ........」
シンの言う通り、離したのは掴んだ男の手ではなく、カンタロスを地面に減り込ませていたシンの[力魔法]の
ロクサーヌにしつこく迫るあの巨腹の態度、下卑た視線、そしてロクサーヌの事をお荷物などと抜かした事が腹に据えかね、ついついシンはやってしまったのだ。
「シン様。怒ってくれるのは嬉しいですけど、あの人達死んでしまいますよ?」
「大丈夫、大丈夫。骨の二、三本は覚悟すればなんとかなるだろうよ、多分だけど..............それよりロクサーヌ、今のうちに馬車の荷台にいる
「っ!?」
「どう言う事だ?」
「力魔法で荷台に被さってるあの布をチラッと捲ったら見えたんだよ、首輪をつけられてる亜人族の女子供が。どうやらあの布は匂い消しと内側の音を遮断する効果が付与された魔道具らしい。おそらく五感に優れた亜人族の戦士に気づかれないための物だろうな」
「くっ........わかりました。今すぐに解放してきます!」
「ロクサーヌ.......平気か?」
「..........思うところはあります。ですが、今の私はシン様の剣です。ですから大丈夫です」
「そうか。なら頼む」
「はい!」
ロクサーヌは力強く返事をして馬車の方に向かった。
「レオニスも、あっちを頼む」
「わかった。だが、奴らに見つかっては事だぞ?」
「そこは抜かりない。さっきお前達にかけてた認識阻害を施すから心配するな。あ、それとレオニス、嫌がらせとして荷台の中に適当な魔物を捕まえてぶち込んどいてくれ」
「わかった。手頃そうな奴を見つけてくる」
そうしてレオニスもロクサーヌを手伝いに行った。だがすでにロクサーヌが捕えられていた亜人族の女子供を解放していたので、レオニスは森に入って行った。
それを見届けたシンはフィンガースナップをして、囚われていた亜人族の三人の女子供に認識阻害を付与した。その間も、帝国貴族の護衛達はシン達に一切目もくれず、必死な形相でカンタロスの相手をしている。帝国貴族の巨腹男はいつの間にか気絶し、泡を吹いて地面に横たわっていた。
そしてロクサーヌが捕えられていた亜人族の人達を伴ってシンの元に歩み寄って来た。もちろん亜人達の姿は見えないままだ。
「シン様、捕えられていた方々を解放しましたがレオニスは?」
「あいつにはちょっとした用事を頼んでおいた」
「用事、ですか?」
「ああ。おっ、意外と早かったな」
と、レオニスが猪みたいな魔物を担いで森から出て来た。そしてその魔物を馬車の荷台にある檻に放り込み、適当に檻の扉を捻って歪め、魔物が外に出られないようにした。
「..........何してるんですか、あれ?」
「ちょっとした嫌がらせだ。ほら、あいつらを逃がすにしても馬車の荷台が軽過ぎるとすぐバレるだろ?要は時間稼ぎみたいなもんさ」
「な、なるほど..........。それよりシン様、あれはどうするのですか?」
「あいつらか?う〜ん、相手は帝国の貴族らしいからなぁ。後々面倒な事になってもあれだし、やっぱ助けたい方がいいんだろうなぁ」
するとレオニスがシン達の元に戻って来てた。馬車の荷台に覆い被さっていた布で、しっかり檻の中身が見えない様にしてから。
「あんまり乗り気にはなれないが仕方ない。それに、さっさと
そう言ってシンは力魔法でカンタロスの動きを封じ、空宙で停滞させた。
ようやく苦戦から解放された護衛の男達は疲労困憊で肩で息をし、脱力と共に地面にへたり込んだ。だが目だけはしっかりとシンを強く睨んでいた。
「ぜぇ、ぜぇ........て、テメェ.....!どういうつもりだッ!」
「お、俺達を見殺しにするつもりか!さっさと助けやがれってんだよッ!」
「クソがっ、あとで絶対ぶっ殺してるやるっ.......!」
口々に護衛の男達がそんな悪態を吐いてくるが、動く気力もないらしく、口だけは威勢が良い護衛達だった。
「シン様に助けてもらっておきながら、なんですかその態度はっ.......!」
男達の態度の悪さにロクサーヌが剣を抜こうとする。
「まあ待て、ロクサーヌ........。お前達、これ以上は何もしてやらないからさっさとこの場から去れ。そして二度と、ここに来るなーーーーー“いいな?”」
「「「「ッッ!?!?」」」」
シンが[覇気]を放ち、溢れ出た膨大な魔力の重圧が男達に乗し掛かる。極まった精神的重圧を受けた護衛の男達は背筋を正し、思わず頭を下げた。
解き放たれた覇気から男達は、目の前の立つ存在が絶対的な覇者であると本能的に理解させられた。敵うわけがない、逆らえるわけがない、そもそもそんな考えを抱く事が間違っていると、そう思わされた。それはまるで、君臨する絶対的な王による沙汰が下されるのを、ただ恐怖しながら待つが如き心境だった。
ビクビクと怯える様に地面に額を擦り付ける男達。
「も、もうこの様な事は、二度と致しませんッ!」
「「お、お許しを.........」」
「ハァ、ハァ、ハァ........やべぇ、なんだこれ、胸がキュンキュンする........?!」
「なら、さっさとこの場を立ち去れ。そこの気絶してる貴族もちゃんと拾って帰れよ?」
「「「「ハ、ハイッ!(ひゃい....)」」」」
一人様子のおかしい奴が混じってるが、彼等の態度を見てシンはさっさと帰る様に促した。すると彼等は立ち上がり、貴族の巨腹男を重たそうに担ぎながら馬車と共に速やかに去って行った。
のちにその中の一人がドM性壁に目覚め、罵り系お兄さんとSMプレイが出来る夜の宿に足繁く通う事を誰も知る由はなかった。
「よぉ〜し、一件落着!.......悪かった二人とも、色々と我慢させて」
「気にするな。誰もがお前の様に理解し合える相手ではない事は、ちゃんとわかってるつもりだ」
「不快な人達でしたが、最後にシン様に対して平伏する姿を見れたので気分が晴れました。ですから私も平気です」
「そうか。さてと..........」
シンは二人の言葉を聞いたのち、捕まっていた亜人族の彼女達に付与していた認識阻害を解除した。魔力操作を行えない者では、シンが付与した認識阻害を自力で解除する事は出来ない。
認識阻害を解除した事で姿を現した彼女達。一人はシンと同年代ぐらいの黒髪褐色のナイスバディな兎人族の女性で、残り二人も兎人族だが見た目からしてまだ七歳前後の女の子と言ったところだ。
三人の手足に枷が着けられていたので、シンが[鑑識]でなんらかの魔道具でない事を確認した後、手早く外した。
するとその黒髪褐色の兎人族がシンに一歩近付き、頭を深々と上げた。それに倣って小さな兎人族二人も頭を下げた。
「あ、あの!助けていただいて本当にありがとうございます!」
「「ありがとうございます!」」
三人の兎人族がお礼の言葉を言い、それを聞いたシンは爽やかな笑顔を浮かべながら三人に近寄った。
「気にするな。今回助ける事が出来たのは
「キュン.......///」
「シンさん.......?」
「おっと、いかんな。ついついやってしまった。あっはは...........」
ナチュラルにイケメンムーブをかましてしまい、黒髪褐色の兎人族の女性が顔を赤らめていた。それを見たロクサーヌが刺々しい微笑みを浮かべ、含みのある声でシンの名を呼んだ。
そこで自分がやってしまった事に気づいたシンは、それを誤魔化す様に兎人族の子供達の頭を撫でながら「お菓子いる?」と聞いていた。
シンがついやってしまった“お嬢さん”呼び。それはカトレアから教わった話し方の一つで、無駄に顔が良いシンの容姿や声を活かすコミュニケーション方法である。これを体得する為にカトレアの指示で、シンは魔人族の里に暮らしている女性と手当たり次第特訓をさせられ、そのおかげもあって早い段階でそれを体得する事が出来た。しかし、ついつい素で“お嬢さん”呼びなどをしてしまうようになり、結果そのせいで魔人族の里にいる女性達に絶大な人気を獲得し、ロクサーヌが目だけは笑っていない笑顔を向けるようになったのだ。
もっとも、それは話し方だけの問題では無く、元々シンの天然な部分のせいでもあるのだが。
そんな天然女誑しのシンは懐から魔人族の里で作って貰ったお菓子を取り出し、兎人族の子供達に渡した。ちなみに懐からと言うより、バウキスの異袋からと言うのが正解である。
嬉しそうにお菓子を受け取った子供達を見て懐かしい気分になったシン。するとそんなシンに、黒髪褐色の兎人族が声をかけた。
「あ、あの.....!お名前を伺ってもよろしいでしょうか!」
「ん?あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺の名前はシン。そこにいる狼人族の女性はロクサーヌ、そっちにいる大男はレオニスだ」
「シン、シンさま.......はい、わかりました!」
「ところで君達の名前は?」
「あ、はい。私は“リザ・ハウリア”と申します。この子達は“アト”と“サラ”、二人とも私の妹です」
「アトー!」
「サラー!」
お菓子を口いっぱいに頬張っている二人が元気よく名乗った。そんな二人に「もぉ、お行儀が悪いでしょ?」とリザが優しく注意している。
そんな光景を見てシンやロクサーヌ、レオニスもなんだかほっこりした気分になった。
「それでシン、この子等はどうする?」
「とりあえず兎人族の村に送り届けた方がよろしいでしょうね。ここで別れて魔物に襲われては元も子もありませんし、先ほどの様な一党にまた攫われる可能性もあります」
「だな。てことで、君達を故郷に送り届けようと思う。亜人族の国フェアベルゲンまで俺達が君等を護衛するから安心してくれ」
シンは自分の胸をドンッと叩いて見せ、三人を安心させようとした。そんなシンを見てリザやアト、サラの顔が明るくなった。
「ありがとうございます!ですが、その.......私達が暮らしているフェアベルゲンは他種族を強く排斥する国ですので、護衛は樹海までで大丈夫です」
「ふむ。だが樹海には魔物もいるだろう。そんな中を子供を二人も抱えて進むのは少々心配だぞ?」
「レオニスの言う通りですが、私もフェアベルゲンが他種族をどう扱うのかを知っている身ですので、少し悩みますね」
「ロクサーヌさん、フェアベルゲン出身なんですか?」
「はい。と言っても私があの国で過ごしていたはずもう十五年以上も前の事です。私は生まれながらに魔力持ちでしたので、十五年程前にフェアベルゲンを追放されましたが」
「ロクサーヌさん、魔力持ちなんですかっ!?」
「え、ええ。そうですよ.......?」
「................まさか、
「あの子.........?」
「ああ、いえ、こちらの話です!」
ロクサーヌが魔力持ちだと聞いて驚いた様子のリザが何やらブツブツと独り言を漏らしていだ。忍ぶように抑えた小声だったのでロクサーヌは僅かな単語しか聴き取ることができなかった。
そんなやり取りをしていた二人を他所に、シンが歩き出した。
「シン様?」
「ああ、いや。フェアベルゲンにはリザやロクサーヌの言う様に他種族を嫌う傾向があるんだろ?特に人間族ともなれば尚更」
「ええ」
「もしリザがフェアベルゲンに戻った時、俺達と関わっている姿を他の奴らに見せちまったら、多分リザ達に迷惑をかけちまうからな。リザと提案通り樹海までの護衛としよう」
「それでいいのか、シン?」
「良いわけ無いだろ?あくまで
「「「別の奴?(ですか?)」」」
シンの言葉の意図がまるで理解出来ていない三人が、声を揃えて疑問符を浮かべた。
そしてゆっくりと歩いていたらシンの足が止まり、彼は自身の頭上にいる
「そそ。
シンが指差した先にあるモノ。それは先程からずぅ〜っとシンの[力魔法]で空宙に停滞させられていた兜虫の魔物
「いつまで経ってもトドメを刺さないと思ったら。そう言う事か..........」
「あぁ〜、
「え?え、えぇ〜と......どういう事ですか?」
レオニスはシンの言葉の意図を理解し、ロクサーヌは遠い目で少し前の記憶を思い出し、納得した表情を浮かべている。ただ一人、意味がわからないリザは只々困惑していた。アトとサラはお菓子を食べる事に夢中である。
シンがここに来る前、レオニスに話した“
愉快そうな笑みを溢したシン。
すると空宙で停滞させられていたカンタロスは、シンの[力魔法]から解き放たれ、ボトッとその体を地面に着地させた。
そしてシンに向き直り、彼を数秒見上げ一人と一匹の視線がぶつかった後ーーーー。
「へアッ!」
カンタロスがシンに対して、立派な角を地面に食い込ませながら頭を下げた。シンは初めて聞いたカンタロスの鳴き声に某ウ○トラ戦士を思い浮かべ、その声に反応した。
「おお、そうかそうか!はははっ!......だってよ?」
「「「いやいやいやいやいやっ!!!」」」
何故かコミュニケーションが成立しているシンとカンタロス。
ロクサーヌ、レオニス、リザの三人が揃って同時に突っ込んだ。
現状シアはの存在はまだ他の亜人に知られていませんが、数日後にバレます。
補足
『登場人物』
「リザ・ハウリア」
・長い黒髪と褐色の肌を持つスタイルが良い少女。シンより少し歳下(シアと同じ歳)妹二人と樹海の木の実を探しに行った時に、帝国貴族とその護衛に捕まってしまったが、その後でシン達と出会う。
(イメージはブルアカの角楯カリンです。黒髪褐色でカリン以外イメージに合う他作品キャラがいなかった..........。性格は全然違うので悪しからず)
「リザの妹“アト”と“サラ”」
・リザの妹。二人ともリザと同じ黒髪の可愛らしい幼女。好きな物はシンから貰ったお菓子。
「帝国貴族の巨腹男」
・親が奴隷商会をしている。親の威光で権力を振りかざす、ただのデブ。肉付きが良いのでよく跳ねる。普段から亜人狩りをしており、その際必ず四人の護衛を同行させる。シンとの一件後、護衛の四人全員が退職した。
『登場した魔物』
「カンタロス」
・兜虫の様な魔物。人間大の大きさをした体に、硬く頑丈な黒光りする甲殻、頭部には大小異なる角と六本の足を生やしている。一番大きな角はまるで大剣の様になっており、その角で的を叩き切る。固有魔法[魔法反射]を持っているため、基本的に物理で倒す以外方法がない。しかし、相手との実力差が大き過ぎると魔法反射も意味がなく、魔法の規模の違いで押し負ける。シンの力魔法にもそのせいで簡単に捕まえられた。
鳴き声は「ヘアッ!」「シャアッ!」「ダァ!」「デュワ!」のバリエーションがある。