ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜   作:つばめ勘九郎

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・まぁた、長くなりました。

????「オリキャラのオンパレードですわぁ!」




魔女達の宴

 

 所変わって、シン達一行は一度ライセン大峡谷に戻り、その峡谷を超えた道のりを歩いていた。

 

 その中には先程まで帝国貴族の護衛達と相対していた魔物カンタロス、改め〝ジュアル〟(命名シン)がリザの妹達をその背に乗せて空を飛んでいた。

 

 

「すごいすごぉーいっ!!」

 

「お空飛んでる〜っ!!」

 

「デュワ!(しっかり捕まっていなさい、兎人の子等よ)」

 

「はわわわわ〜っ、アト〜!サラ〜!お願いだからジュアルさんに粗相しないでよっ?!」

 

「心配するなってリザ。あー見えてジュアルは意外と紳士な奴だ。子供の戯れにいちいち腹を立てたりしないって」

 

「そ、そうかもですけど〜........」

 

 

 ジュアルの背中に乗っている妹二人が何か仕出(しで)かさないかと気が気でならない様子のリザ。そんなリザに対して軽快に笑って安心させようと彼女に声をかけるシン。

 

 

「話は聞いてはいたが..........まさか本当に魔法を使わずに魔物を従わせるとは。相変わらずシンは不思議と言うか、奇妙と言うか...........」

 

「氷雪洞窟でのフロストオーガに続いて、バウキスにも懐かれてますし、今回に至っては()()でしたからね.......。もう何と言えばいいのか.........」

 

「天然の魔物(たら)しと言ったところだな、()()は.......」

 

 

 レオニスとロクサーヌが横に並び歩きながら、そんなやり取りをしていた。

 

 そして二人が先程から()()と口にしている事。

 

 それはほんの一時間と少し前の出来事を指す言葉であった。

 

 一時間と少し前。

 

 シンに対して平伏して見せたジュアル、もとい兜虫の魔物“カンタロス”。元々平伏しているみたいな姿勢のカンタロス。そんな彼は最大限シンに服従の意を示すべく、角と頭を地面に減り込ませ、尻を突き出した。一言で言うなら頭を地面に埋めた土下座、だろうか。

 

 一体何故、カンタロスがこんな体勢を取ったのか。それはシンが帝国貴族の護衛達に放った[覇気]が原因だった。あの時カンタロスも護衛達と一緒にシンの覇気を真正面から受けたのだが、護衛の男達が恐怖を抱いたのに対し、カンタロスは極まった畏怖と憧憬をシンに抱いたのだ。

 

 その結果、カンタロスはシンこそが絶対の王だと仰ぎ、その場で忠誠を誓い、王の忠実な配下の証としてシンから“ジュアル”の賜ったのだった。

 

 

『ヘア!ヘアッ!ダァ!(この様な名を頂けた事、大変嬉しく思います。王よ)』←減り込み土下座

 

『お、そうか?気に入ってくれたなら何よりだ。ところでさっきの話、本当に良かったのか?』

 

『ヘアッ!ヘア、ヘア!ダァ!ヘアーー、デュワッ!!(はい。其処(そこ)に居る兎人の姉妹を故郷へと送る任、しかと(うけたまわ)りました。このジュアル、王の忠実なる配下として必ずや任を遂行して見せましょう!)』

 

『口調が硬いなぁ〜。まっ、お前の力なら問題ないだろう。期待してるぞ、ジュアル』

 

『ヘアッ!(ハッ!有難き幸せ!)』←より一層の減り込み土下座

 

 

 これはシンとジュアルの会話を一部抜粋した内容だが、終始ロクサーヌ、レオニス、リザの三人はジュアルがただ「ヘア!」「デュワ!」「ダァ!」と言っている様にしか聞こえなかった。ジュアルの話した内容は全てシンの翻訳である。シン曰く、ジュアルは忠誠心が厚い紳士らしい。あとお腹の模様が鬼の顔みたいになってるんだとか。そんな話を開いた口が塞がられない思いでずっと聴いていた三人だった。ちなみにリザの妹二人はジュアルの事を気に入ったらしく、最初は戸惑っていたジュアルも今ではかなり慣れた様子で二人に接していた。

 

 そんなこんなで、リザ達姉妹を樹海の入り口からフェアベルゲンまで護衛する任を受けたジュアルはシン達と現在同行し、ハルツィナ樹海を目指し飛んでいるのであった。

 

 

「しかし偶然とは言え、良い情報も手に入りましたね、シン様」

 

「だな。ジュアルのおかげで大迷宮の入り口を見つけれたし、リザ達を送った後はそのまま大迷宮攻略に向かえそうだ」

 

 

 ロクサーヌのシンが話す通り、ジュアルはライセン大迷宮の入り口を知っていたのだ。一度、ジュアルが案内する通りに大峡谷を進んでみると、その先には確かに大迷宮の入り口らしき場所があった。

 

 その場所の中央には石板があり、そこにはこんな文字が刻まれていた。

 

 

〝おいでませ!“ミレディ・ライセン”のドキワク大迷宮へ♪〟

 

 

 妙に女の子らしい丸文字で、そう綴られていた。

 

 最初は半信半疑だったが、試しにその石板をレオニスに殴って壊してもらうと、その石板の跡に文字が彫られていた。そこにはーーーー

 

 

〝ざんね~ん♪この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス〟

 

 

ーーーーなどと書かれていた。

 

 

『完全にこっちを煽ってるな........』

 

『ですね。それもご丁寧に嘲笑の擬音まで付けて.........』

 

『.............』

 

 

 人を小バカにする様な短い文章を見て、そんな感想を漏らしたシンとロクサーヌ。石板を殴って壊したレオニスのこめかみが若干ヒクついていた。

 

 

『........シン、本当にここが大迷宮の入り口なのか?』

 

『どうなんですかね、シン様?』

 

『まあ、たぶんと言うかほぼ間違いなく当たりだろうな。こんな手の込んだやり方、解放者以外あり得ないだろ。それに、ロンさんが言ってたヴィーネの話、その中に“ミレディ”って名前もあったからな〜』

 

『こんな人をおちょくる様な奴が解放者だと?先が思いやられるんだが.........』

 

『その話はまた後にしましょう。今は先にリザさん達を樹海の入り口まで送りませんと』

 

『だな。というわけでお手柄だったぞ、ジュアル』

 

『ヘアッ!(お役に立てて光栄です)』

 

 

 長大で複雑なライセン大峡谷をシンの直感頼りで探っていれば、きっと一日以上はかかっていただろう。だがジュアルと出会ったおかげでその時間を大幅に短縮でき、その上シンは配下を一人獲得したのだった。まさに一石二鳥。

 

 そんなわけでシン達一行は大迷宮の入り口を後にし、リザ達を樹海まで送り届けるべく今に至るのだが、道中は至って平穏そのものである。

 

 ライセン大峡谷で魔物と何度か会敵はしたが、ロクサーヌとレオニスがそれらをあっさり瞬殺。リザ達姉妹は二人の実力に驚きのあまり口を開けて唖然とし、ジュアルは悔しそうに二人を見つめていた。その後はこれと言った障害も無く、ライセン大峡谷を越え、魔物と出会うことも無くなり、リザの妹達がジュアルの背中で楽しそうに声を上げているので、ちょっとしたピクニック気分であった。シン、ロクサーヌ、レオニス、リザの四人は談笑しながら樹海を目指して歩き続けた。

 

 程なくして樹海の入り口が見えてきた。

 

 だが、樹海の他に厄介そうなモノも見つけてしまった。

 

 

「シン様、樹海の入り口付近に複数の人影があります」

 

「ああ、見えてる。さっきの護衛達とは別の奴らだろうな。絡まれのは面倒だし、ここは迂回して..........」

 

 

 樹海の入り口付近に(たむろ)している集団を避けようとしたシンだったが、少し遅かったらしい。

 

 すでにその集団はシン達の存在に気づいているらしく、向こうからこちらに近付いて来ていた。

 

 

「っ!?()()は.......っ!?」

 

「どうしたのです、リザさん?あれが何なのか貴女は知ってるのですか?」

 

「.........はい。アレは帝国の兵士達です。それも()()()()()()()()()()ーーーー〝ワルプルギス〟」

 

 

 ロクサーヌの問いにリザがそう答えた。

 

 

「ワルプルギス.......?魔女の宴ってことか?」

 

「そういえば。先程からあの集団、男がほとんど見当たらないぞ?ほとんどが女だ」

 

「ん?言われてみればそうだな。一人だけえらく豪勢な甲冑の男がいるが、さながら女性だけの戦闘集団って感じだな..........」

 

 

 シンとレオニスの言う通り、その集団は一人を除いた全員が女性達だけで構成された部隊だった。その構成員のほとんどが黒を基調とした軍服を纏い、膝上丈のスカートを着用していた。その上から腕、肩、胸、足の部位ごとに甲冑を身につけている。まさに女性軍隊といった様子だ。

 

 そんな集団の先頭を歩く銀髪の男と金髪縦ロールの女、その半歩後ろを歩く薄紅の髪と()()()()を持つ女性が一人いた。見たところ、その三名が女性軍隊を率いているのが分かった。

 

 するとその集団の中いる数名の女達が詠唱を行い、シン達と自分達を閉じ込める様に結界を張った。

 

 

「シン様」

 

「わかってる。俺達が逃げられない様に結界を張りやがったな。逃すつもりは更々無いってことか」

 

「この程度の結界ならすぐに壊せるだろ?」

 

「ああ。俺達なら簡単に砕ける程度の結界だが、俺的には彼奴らの思惑が知りたい。ジュアル、アトとサラを降ろしておけ」

 

「ヘアッ!(わかりました)」

 

 

 シンとレオニスがそんなやり取りをし、ジュアルにアトとサラを降ろすように命じた。ジュアルの背から降りた二人はリザの背後に隠れた。そして目の前の集団がシン達から五メートル程離れた場所で歩みを止め、その途端に軍服姿の女性達がシン達を取り囲んだ。

 

 

「「「シ、シンさん.......(お兄ちゃん......)」」」

 

「大丈夫、心配するな三人とも。俺達の後ろに隠れていろ」

 

 

 シン、ロクサーヌ、レオニスが自分達を囲む女達に向かって三方向に対峙し、リザ達三姉妹はそんなシン達の間にその体を隠した。ジュアルは空宙で羽を高速で羽ばたかせ、シンと同じ方向を睨んでいた。

 

 するとシンが視線を向ける五メートル先、シンの真正面で腕を組み、卑しい笑顔を向け、シン達を見下す様な態度を取る銀髪の男が口を開いた。

 

 

「お前達は何者だ?狼人族に兎人族、それに魔物まで従えているとは、奴隷商人というわけでは無さそうだな?」

 

「そちらこそ、一体どちら様ですかな?我々に対してこの様な真似、あまり穏やかな雰囲気ではありませんが」

 

「俺を知らないだと?ハンッ、そんな身なりで随分と世情に疎い奴だな。ああ、田舎から見栄を張って出稼ぎに来た、ただの(うつ)け者か」

 

「「「ーーーッッ」」」

 

 

 シンの事を馬鹿にされ、ロクサーヌとレオニス、そしてジュアルがその男に明確な敵意を示した。そんな二人と一匹にシンは片腕を持ち上げて、その敵意を鎮めるよう無言で促した。

 

 

「フン、躾がなってない奴らだ。なら、お前達の目の前に居る存在が一体誰なのか教えてやろうーー俺の名は“バイアス・D・ヘルシャー”。ヘルシャー帝国の第一皇子だ」

 

「っ!?帝国の第一皇子、ですか.........。そんな方が何故この様な場所に?」

 

「樹海に来たのなら決まってるだろ?俺自らの手で亜人を捕まえに来たんだよ。帝国で出回っている上物奴隷はあらかた食ったからな、暇を持て余していたからこうして自分達で調達しに来たのさ」

 

「お兄様。わたくし達は別に、亜人狩りに来たのではなくってよ。わたくし率いる“ワルプルギス”の強化訓練でこの樹海に来ただけでありますから、一緒くたにしないでいただけます?」

 

 

 バイアスの隣に居る見目麗しい金髪縦ロールの女性が、バイアスに何かを抗議していた。「お兄様?」と彼女の発言を訝しんだシンは、なんとなく予想はついているが、一応彼女の名も尋ねる。

 

 

「..........そちらの方は?」

 

「あら、わたくしの事も知らなくて?本当に世情に疎いお方の様ですわねーーわたくしはヘルシャー帝国第一皇女“トレイシー・D・ヘルシャー”、そしてここに居るワルプルギスの隊長でありましてよ」

 

 

 トレイシーはシンに対してスカートの両端を摘んで優雅に挨拶した。シンに対する対応がバイアスとはえらい違いである。

 

 

「っ!?な、なるほど........(皇子と皇女、両方揃ってるとか豪華過ぎるだろ..........!)」

 

 

 女性軍隊を率いていたのは、なんと帝国の第一皇子と第一皇女の二人だった。流石のシンも大物中の大物二人とこんな場所で出会(でくわ)すとは思っていなかったので、かなり驚いていた。

 

 特にトレイシーの存在にシンは驚きを隠せなかった。何せリアルで金髪縦ロールの語尾が「ですわ」口調の皇女様なのだから。吊り目で整った顔立ち、軍服の上からでも分かる魅惑のワガママボディ。それに他のワルプルギスの隊員達とは違い、胸元をガッツリ開け、複数の装飾品を身に纏ってる。見たところその全てが魔道具、又はアーティファクトであった。まさにゴージャス系金髪ドリル美女である。

 

 

「では私も名乗りま........」

 

「お前の名など興味はない」

 

 

 名乗ろうとしたシンの言葉を遮ったバイアス。ちょっとイラっと来たが今は我慢だ。ロクサーヌ達もバイアスの態度にイラついている。

 

 

「左様ですか..............それで。その帝国の皇子皇女が何故私達にこの様な真似を?」

 

「なに、ちょっとした威嚇だ。俺の要件さえ飲めば、俺の妹がすぐにこの包囲を解く」

 

「..........要件というのは?」

 

「そこにいる兎人族と狼人族を俺に差し出せ」

 

 

 ここに来てからこんなのばっかりだ、とシンは怒りを通り越して呆れていた。

 

 

「...............理由を聞いても?」

 

「たまには肌が黒い兎人族を組み敷くのもアリだと思ってな。それと、そこの狼人族は俺好みだ。一目見た時からそこの狼人族は俺を気丈に睨みつけていた。俺はな、そんな気丈に振る舞う反抗的な奴を屈服させるのが好きなんだよ。苦痛で顔を歪み、俺の股下で快楽のままに喘ぎ、絶望で泣き叫ぶ姿が堪らなく俺を興奮させる。そんな姿を俺は見たいんだよ!ーーーーだから、俺の欲求を満たすのにちょうど良いと思ったから、差し出せと言ったのだ」

 

 

 バイアスの言葉にこの場にいる者の殆どが顔を顰めていた。唐突な性癖暴露でワルプルギスの隊員全員を敵に回したバイアス。トレイシーに至ってはあからさまな溜息を吐いて呆れていた。

 

 シンと心底呆れていた。勝手に自身の性癖を暴露した挙句、その欲求の捌け口をロクサーヌに向けようとするバイアス。

 

 

(嗚呼、心底呆れてくる。こんな奴が後に帝国の皇帝になると奴だと思うと余計に..........)

 

 

 それでも一応返事はするべきだろうと、シンは口を開いた。

 

 

「残念ながら彼女達をバイアス殿下にお渡しするわけにはいきません」

 

「俺に逆らうのか?............なら仕方ない。オイ!」

 

 

 バイアスの合図でシン達を囲んでいるワルプルギスの女兵士達が一斉に武器である魔道具を構えた。バイアスの隣に居るトレイシーは「従っていれば良いものを........」と、シンの発言に溜息を吐いていた。

 

 

「もう一度訊いてやる。命が惜しければその亜人共を渡せ」

 

 

 バイアスが再びシンに命令する。その顔は悦に浸る卑しい笑みで、シンがどう命乞いをするのか楽しみにしている様子だった。

 

 そんな彼の態度を見て、シンは盛大な溜息を吐いた。神と戦う為、より多くの仲間が欲しいシン。だが、目の前の男はどうあってもシンの敵になるだろう。先の性癖暴露といい、今の歪み切った笑顔。こんな奴にシンは背中を預けるつもりなどーーーー毛頭無い。

 

 故にシンはゆっくりと左手を持ち上げ、掌をバイアスに向けた。

 

 

「............ならハッキリと答えてやるよ、下衆野郎ーーーー“お断りだ”!」

 

 

 途端、バイアスの体が遥か後方に吹き飛ばされた。

 

 苦痛の声を漏らす事すら許さない爆発的な衝撃波がバイアスを襲い、彼の体は後方に控えていた集団を飛び越え、百メートル後方へと吹き飛ばした。その勢いのままゴロゴロと地面を転がり、ようやくその体が止まった時、バイアスは気絶し、着用していた豪華な鎧の胸部が人の掌の形で凹んまされていた。

 

 そんな光景を目の当たりにしたトレイシーや、彼女が率いるワルプルギスの隊員達はまるで時間が止まったかの様に、動く事も、喋る事もしなかった。全員が只々、吹き飛ばされたバイアスに視線を向けていた。

 

 その場が静寂に包まれる中、シンはロクサーヌ達に向けて口を開いた。

 

 

「つい手が出ちまった。けど、謝る気はないっ!」

 

「はぁ〜〜〜、本当に貴方って人は.........」

 

「まあ、あんな要求をお前が聞くわけがないわな。寧ろ、お前が何もしなければ、俺がアイツを殴り飛ばしていたところだ」

 

「レオニスまで..........。はぁ、どの道ここでの戦闘は避けられそうにありませんでしたからね。それに、私もあの男の発言には虫唾が走っていたので、スカッとしました」

 

「ヘアッ!(お見事でした、王よ!)」

 

「フッ、お前達ならそう言ってくれると思ってたぜ...........さて、トレイシー皇女殿下。俺の意思は示しました。もし、このまま戦闘を始めるというのならーーーー“容赦はしませんよ”?」

 

 

 唖然としていたトレイシー達に対し、シンは軽く[覇気]を放ちながらそう尋ねた。

 

 シンの[覇気]に当てられたワルプルギスの隊員達の顔が引き攣り、目の前の男“シン”に明確な恐怖を覚えた。だが流石は皇女直属の部隊と言うべきか、一度は恐怖で顔を歪ませたが、強固な意思でそれを跳ね返してみせた。もっとも、シンの全力の[覇気]ならそんな余裕など一ミリも与えないのだが。

 

 そしてトレイシーはと言うと........

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ、〜〜〜ッ.......!」

 

 

 ..........何故かハアハアしていた。シンの[覇気]を受け、ビクッと体を硬直させた後、彼女もワルプルギスの隊員達と同様に恐怖を覚えていた筈なのだが、なんか思ってた反応と違った。

 

 視線を下にし肩で息をしてとても辛そうに見えなくも無いが、シンの目はトレイシーが高揚し、頬を赤く染めている様に見えた。

 

 

「..........ぃですわ.......」

 

「.........はい?」

 

「いいぃ!物凄くいいですわぁ!」

 

「「「........................」」」

 

 

 いきなり大興奮な様子のトレイシー。わけが分からずポカンとしているシン、ロクサーヌ、レオニスの三人。

 

 するとトレイシーがビシッ!と擬音が付きそうな程キレのある動きでシンを指差した。

 

 

「貴方、お名前は?」

 

「え、あ、俺?...........シンです」

 

「そう、シンと言うのね。気に入りましたわぁ!貴方、わたくしの夫になりなさいっ!」

 

「「「.............はあああああ〜〜〜ッッ!?!?」」」

 

「先程、わたくしのお兄様を吹き飛ばしたのは貴方ですわよねぇ?見事な魔法でしたわぁ!それについ先程の威圧、思わず失禁してしまいそうな程の迫力がありましたっ!わたくしの部下の中には、漏らした子が何人かいましてよっ!」

 

「「「「「「バラさないでください!殿下ぁぁぁ〜〜ッッ!!」」」」」」

 

「「「..............................」」」

 

 

 唐突のプロポーズに加え、自分の部下の失禁を暴露するトレイシーにワルプルギスの女性隊員の何名かが涙ながらに悲鳴じみた声をあげた。もう訳がわからないシン達。さっきまでの緊迫感はどこへやら。

 

 

「わたくし、人を見る目には自信がありましてよ?貴方の中にある絶対的な自信と力に屈しない姿勢、王者の如き覇気、まさに強者そのもの!実にわたくし好みの殿方ですわぁ!あと貴方の顔もわたくしの好みでもあります!端的に言って惚れましたわ!是非わたくしと結婚を前提に死合ってくださいましぃ!」

 

「あれ?俺、告白されたんだよな?プロポーズされたんだよな?なのになんで決闘するみたいな話になってんの..........?」

 

「帝国の皇女として強者と戦うのは当然のことでしてよ!わたくしが勝てば貴方を夫に貰い受けます!貴方が勝てばわたくしが嫁ぎに行きます!」

 

「選択肢が詰んでる、だとッ........!?」

 

「さあ、シン!いいえ、旦那様ぁ!いざ尋常に、わたくしとの愛の武闘を舞い踊りましょうっ!」

 

 

 高らかにそう宣言したトレイシーが腰の剣を抜き、シンに突撃して来た。

 

 それを見たシンが一旦[力魔法]で動きを封じようとするが、その前にジュアルがトレイシーの眼前に躍り出た。「ヘアッ!(我が王の妃を名乗るなど!狂人め、身を弁えろ!)」とジュアルがトレイシーを迎撃しようとし、トレイシーがジュアルに斬りかかろうとした。だが突然、ジュアルの体が横からの衝撃で吹き飛ばされた。

 

 

「ッ!ジュアルっ!」

 

 

 吹き飛ばされたジュアルの体をシンが咄嗟に[力魔法]で掴み、自分の元に引き寄せた。ジュアルの甲殻は横から来た()()()()()()によって一撃で砕かれ、ジュアルは瀕死の重傷を負っていた。

 

 

「へ、ヘア.......(申し訳ありません、王よ.....)」

 

「喋るな、すぐ治す。ーーー〝癒せ、フェニクス〟」

 

 

 シンはジュアルの体に短剣を当て、すぐにジュアルの体はフェニクスの先黄色の炎に包まれた。だが.......

 

 

(........治りが異様に遅い。さっきの一撃が原因か.......)

 

 

 フェニクスの癒しの炎でジュアルの傷は徐々に治ってはいるが、その速度が異様に遅かった。間違いなく先程ジュアルを攻撃した()()()()()()が原因だとシンは察した。

 

 そして、その赤い液体の塊を操っていた薄紅の髪と()()()()をした女がトレイシーに近付いていた。

 

 

「テルマ。わたくしならあの程度の魔物、造作もなくてよ?」

 

「お言葉ですが殿下。あの様な雑魚、殿下が相手するまでもありません。それともう一つ進言致しますが、あんな得体の知れない男を殿下の婿に迎え入れるなど私は反対です」

 

 

 トレイシーに諫言(かんげん)する〝テルマ〟と呼ばれる薄紅の髪と尖った耳をした女性。彼女もまたトレイシーに負けず劣らずの美しい容姿をしているが、何処となく幼さが残っている風に見えた。

 

 ワルプルギス隊員と同様に軍服姿だが、スカートや靴が改造されている。フリルがついたミニスカートに後付け可能なロングスカート、靴も意匠が凝ってあり、厚底のピンヒールニーハイブーツとかなりこだわりを感じる作りとなっていた。そんなテルマの身の回りには()()()()が彼女の体を中心にして、まるで蛇が(とぐろ)を巻いた様に空中でソレが待機していた。

 

 

「あれは.......まさか()?」

 

「ああ。それも様々なデバフ効果が付与された特殊な血らしい」

 

 

 ロクサーヌの見立て通り、ソレは血だった。シンの[鑑識]によれば複数の状態異常を引き起こす効果が付与されており、ジュアルの傷が治りにくいのはその為である。

 

 

「だが、あいつは森人族(エルフ)だろ?まさかロクサーヌの様に特殊な亜人なのか..........?」

 

森人族(エルフ)だとッ?貴様、今私を森人族(エルフ)と呼んだな.........?」

 

 

 レオニスの言葉を聞き、テルマが憎悪に満ちた声と視線をシン達に向けた。

 

 

「忌々しいあの低俗な亜人如きと私を同列にするとは.........絶対に許さんッ!」

 

 

 途端、鞭の様にしならせた細い血の塊がシン達を襲った。だが、シンがそれを[力魔法]で受け止める。

 

 

「チッ、先程バイアス皇子を吹き飛ばした魔法と同じ類のものか..........」

 

「テルマ、シンはわたくしの相手でしてよ?わたくしの前で堂々と横恋慕するなんて、なんだか嫉妬してしまいそうですわぁ」

 

「誰が横恋慕などするものかッ!........ゴホンッ。殿下、お戯れは程々にして頂きたい」

 

「あらあら。テルマは素直でありませんこと」

 

「ぐっ..........殿下ぁ〜、私の事は放っておいて構いませんから!他の者に命・令・をっっ!」

 

 

 トレイシーに揶揄われたテルマが怒りを抑えながら催促する。そんな彼女を見てトレイシーは「やれやれですわぁ」と両手を使ってあからさまな態度を取って見せる。テルマのイライラがさらに蓄積された。

 

 そんな光景を見ていたシンは“意外と可愛いところあるじゃん”といった目でテルマを見ていると、その視線に気づいたテルマがキッ!と鋭い目付きで睨みを利かせてきた。

 

 

「さあ、貴女達。魔女の宴(ワルプルギス)の時間でしてよぉ!本日のお客様はわたくしの未来の旦那様率いる計六名と一匹。丁重なおもてなしをしてくださいましぃ!」

 

「「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」」

 

 

 トレイシーの号令により、ワルプルギスの全隊員がシン達を包囲し、剣を抜き、槍を構え、矢を(つが)え、杖を向け、いつでも攻撃できる様に体勢を整えた。

 

 それと同時にジュアルの傷も全快した。

 

 

「さて。ここまで完璧に包囲されたとなれば.........」

 

「やるしかないだろ」

 

「ですね」

 

「ヘアッ!(先程は遅れを取ったが、これ以上王の前で不様は晒せんッ!)」

 

 

 シン、レオニス、ロクサーヌ、ジュアルがお互いに背中を向け合い、中心にいるリザ達姉妹を守る様にそれぞれ四方向に向き直った。

 

 

「シン様、あのトレイシーとか言う帝国の皇女は私に任せていただけませんか?」

 

「別に構わないけど、どうしてだ?」

 

「先程から私のことを差し置いて、シン様の事を“旦那様”などと呼んでますのでね.......少々、懲らしめてやりたいのです」

 

「ハハッ!ロクサーヌがいつも以上に燃えているな!俺も負けてられないなっ!」

 

「ヘアッ!デュワ!(流石、王妃殿!私も王のためにッ!)」

 

「まっ、心配なんてこれっぽっちもしてないが........抜かるなよ?」

 

「はい、お任せください!」

 

 

 シンの女としてのプライドなのか、俄然闘志を燃やすロクサーヌが自分からトレイシーの相手をすると申し出た。そんな彼女を見てレオニスとジュアルが、それに負けじと気合を入れ直す。

 

 

「なら、俺はテルマの相手をしようかな。あの血の魔法は厄介だろうからな。ーーーーレオニスとジュアルはリザ達を守りながら周りの連中を相手してくれ。但し殺すのは無しだ。殺さない程度に戦闘不能にさせろ、いいな?」

 

「「任せろ!・ヘアッ!(お任せを!)」」

 

「バウキス、お前もリザ達を守ってやってくれ」

 

「...........(ふるふる)」←首を縦に振ったバウキス

 

 

 ロクサーヌがトレイシーの相手をし、シンがテルマの相手をする。レオニス、ジュアル、バウキスの魔物組がリザ達姉妹を守りながら周りの女達を相手取ることになった。シンの懐から出てきたバウキスは地面に降り、リザ達の前に陣取った。

 

 

「虫の魔物の次は蛇の魔物だと?貴様、まさか魔人族の手先ではあるまいな?」

 

「さあ、どうだろうな.......とりあえず、君の相手は俺だ。よろしく頼むよ、お嬢さん?」

 

「貴様.......!私をその様な呼び方で愚弄するとはっ......!」

 

 

 シンの言葉を挑発だと勘違いしたテルマが血の鞭打をシンに放つ。お嬢さん呼びがまた再発しているあたり、最早それは癖になっているのだが、その事に全く気づいていないシン。これもカトレアの教育の賜物と言えるのだろうか.........

 

 そんな天然女誑しのシンは冷静に血の鞭打を[力魔法]で受け止めていた。

 

 

「君のその固有魔法は厄介だ。“バアル”だと少しやり過ぎてしまうか........?俺の魔法で抑えるのは簡単だが、それじゃあ芸が無い。ならーーー」

 

 

 シンは腰にしまったばかりの短剣を抜いた。

 

 

ーーー〝慈愛と拒絶の精霊“フェニクス”よ、汝と汝の眷属に命ずる。我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ〟

 

 

 シンの詠唱と共に、短剣に刻まれた魔法陣が輝き出し、赤黄色の炎が溢れ出した。

 

 いきなり現れた目を焼く程の眩い炎にテルマが顔を顰める。だが、その炎からは身を焦がす様な熱気は感じず、むしろその炎からは優しく身も心も包み込む様な温かさを感じた。

 

 まるで自身の()()()()()が癒えていく様に........。

 

 次第にその炎はシンが持つ短剣に収束していく。細く、長く、穏やかに、炎が短剣の形を変えていく。

 

 そしてそれは“完成”する。

 

 

「ーーー〝金属器“炎神錫杖(フェイル・アサヤ)”〟ーーー」

 

 

 炎を振り払ったシンの右手。そこに握られていた筈の短剣は無く、代わりに握られているのは()()()()()だった。

 

 〝シャランッ!〟

 

 錫杖の柄が地面に打ち付けられると、そんな綺麗な音色を奏でた。心を律する凛とした響きだ。

 

 黄金の錫杖、それこそが精霊(ジン)フェニクスの武器化魔装である。何処となくその錫杖の形状は以前シンが使っていた錫杖に似ているが、錫杖の先には槍の如き鋭い刃がある。そして刃先から柄の部分にかけて全てが黄金一色。一度(ひとたび)その錫杖を振れば、炎の波紋が広がる。

 

 

「なんだ.......そのアーティファクトはッ.......!?」

 

「フッ..............さあ、始めようか、テルマ。君の血の()()と俺の炎の癒し、どっちが優っているか試してみようじゃないか!」

 

 




・新しいモノを出すたびにヒヤヒヤしてる自分がいる.........。というわけで帝国の皇子皇女の登場と、新キャラ“ジュアル”と“テルマ”、そしてワルプルギス、さらにトドメのフェニクスの武器化魔装の回でした。こうして文字を並べてみると、情報過多な気がして仕方ないです。


補足


『オリキャラ&新キャラ』


「ジュアル」
・兜虫の魔物カンタロス。シンに対する忠節心が厚く、シンこそが絶対の王であると強く信じている紳士的な魔物。背中側は硬い甲殻で守られているが、腹部が圧倒的に脆い。その為、腹部の鬼の顔の様な形になっており、それで相手を威嚇する。草食の魔物のため、基本的には人を襲わない温厚な魔物。だが縄張り意識が強い。強さに対して貪欲な姿勢もある。


「バイアス・D・ヘルシャー」
・ヘルシャー帝国第一皇子。正妃ではなく側室の子だったが、決闘による実力でその地位に登り詰めた。ヘルシャー帝国皇帝“ガハルド・D・ヘルシャー”と同じ髪色をしている。歪んだ価値観を持ち、女性関係はかなり複雑でやりたい放題な皇子。亜人奴隷を複数囲っており、本人曰く「美味そうな奴は大体食った」との事。ワルプルギスのメンバーには彼の被害者である女性が複数人在籍している。今回、シンに負けた事で次期皇帝の座が揺らぎ始めた。
(web版原作“ありふれた職業で世界最強”の第五章 帝国編で登場するキャラです)


「トレイシー・D・ヘルシャー」
・ヘルシャー帝国第一皇女。金髪縦ロールの碧眼ゴージャス「ですわ」口調。素晴らしい属性持ち。天職は“魔導士”、その特性により魔道具、アーティファクトの習熟速度が早く、どんな物でも使い熟せる。自身が発足した皇女直轄の帝国特殊部隊“ワルプルギス(魔女の宴)”の隊長を務めている。初めてシンを見た時から彼の顔が好みだった上、実力も示された事で人生初の恋をした。ぶっ飛んだ性格で生粋の戦闘狂、しかし上に立つ者としてのカリスマ性や指揮の高さが評価されている。かなり自由人で執念深い。
(web版原作“ありふれた職業で世界最強”の ありふれたアフターストーリー トータス旅行記㉓より登場するキャラです)


「テルマ・H・パルテビア」
・薄紅色の髪に尖った耳、凛していて何処となく幼さを感じさせる顔立ち、バランスの取れたスタイル。気丈な性格をしており、基本的にツン、ツンツンツンツンツン........デレな女性。固有魔法[血操術]という特殊な魔法を操る、ワルプルギス唯一のハーフエルフ(半森人族)で、帝国では「血の魔女」と恐れられている。父親がパルテビア男爵の軍人、母親が森人族の奴隷。バイアスと同様に実力で今の地位に登り詰めた女性。森人族を心の底から嫌っている上、ワルプルギスの隊員以外の者とは親しくない。ワルプルギスの副隊長を務めている。トレイシーは旧友の仲。バイアスから高く評価され、度々寝室に呼ばれているが全て拒否し、人間の男を毛嫌いしている。
(イメージは“マギ シンドバッドの冒険”に登場する「セレンディーネ・ディクメンオウルズ・ドゥ・パルテビア」と“FGO”の「バーヴァンシー」と“まじこい”の猟犬部隊「テルマ・ミュラー」を足して3で割った感じです。正直かなりやりすぎたと思ってます。反省してます。けど個人的にこのキャラが、今後の活躍が期待できるオリキャラだと思ってます)



「ワルプルギス(魔女の宴)」
・ヘルシャー帝国第一皇女“トレイシー・D・ヘルシャー”と、血の魔女“テルマ・H・パルテビア”の両名が発足させた帝国軍特殊部隊。部隊員全員が特殊な経歴を持つ者達ばかりで、総勢百名の中隊。その全てが女性。元冒険者や娼館出身、孤児、捨て子、犯罪者など様々な経歴の者達が集められている。魔法適正のある者、武器の扱いに長けた者など数多の才能ある者を起用し、今では勇者パーティに匹敵、或いは勝るとも言われているが、実際練度で言えば確実に勝っている。全隊員が魔道具で身を固め、黒いスカートの軍服と魔女の刻印が刻まれた部位ごとの甲冑を身に付けている。ちなみに軍服の改造はご自由にとの事。信頼関係も厚く、トレイシーや半森人族であるテルマも慕っている。その為、聖教教会からは目を付けられているはずなのに、未だに異端者認定は受けていない。


『登場した金属器』


「金属器“炎神錫杖”(フェイル・アサヤ)」
・精霊フェニクスの武器化魔装。黄金の錫杖でその先端には槍の穂先の様な刃がある。(刃は短剣の名残)何処となく錫杖の形状が、以前シンが使って壊した錫杖に似ている。赤黄色の炎を纏い、燃やす事も、癒す事もできる錫杖。


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