ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜   作:つばめ勘九郎

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幽鬼の慟哭

 

 視界全体を眩しく覆う光に包まれた要達は、いつのまにか知らない場所に放り出されていた。

 

 そこは巨大な石橋、その下は何もない真っ暗な暗闇だけが広がっている。そしてその石橋の中腹部に兵士達、クラスメイト達がまとめて居た。

 

 そして橋の前方、後方に魔法陣が出現した。後方には無数の骨の魔物“トラウムソルジャー”がざっと百体、それがまだまだ増え続けている。そして前方、黒く巨大な体躯に二本の大きな角、牛のようにも見える巨獣ーーー

 

 

「まさか、アレは....!」

 

「おい、ハジメ!」

 

「うん、間違いないアレは!」

 

 

 ーーーベヒモス!?ーーー

 

 

 かつて最高位の冒険者達が到達した階層の主、つまりここは六十五階層。瞬間的に要とハジメは現状の戦力では絶対に敵わないと直感した。それはメルドも同じだったようだ。

 

 

「直ちにここから撤退する!後方のトラウムソルジャーを蹴散らして向こう側の階段に逃げるんだ!」

 

「何言ってるんですか、メルドさん!俺たちならやれます!」

 

「馬鹿野郎!!アレがもし本当にベヒモスなら今のお前達では絶対に勝てない!お前達はすぐに撤退しろ、俺達が時間を稼ぐ!」

 

 

 敵わない、と言われなおも食い下がろうとする天之河。だが、魔物達は待ってくれない。言い争っている暇などないほど、状況は逼迫していた。

 

 要やハジメ以外のクラスメイト達は、もはや魔法も訓練で鍛えた技もへったくれも無いと言った様子で武器を振り回し、パニック状態に陥っていた。

 

 その中で一人、園部は一番トラウムソルジャーの近くに転移していたため最初に狙われてしまう。そして震える体で武器を持とうとして取り落としてしまう。それを拾おうとした時、一体のトラウムソルジャーが剣を振り下ろした。

 

 ガキィィィンッッ!!

 

 振り下ろされたトラウムソルジャーの剣は園部もよく知る人物の錫杖で受け止められていた。

 

 

「要....!」

 

「大丈夫か、園部?」

 

「う、うん.....」

 

「お前はそのまま後ろに下がってろ、あとは俺達がなんとかするから、よぉっ!!」

 

 

 受け止めていた剣を要は錫杖で弾き、続け様に刀剣でトラウムソルジャーを切り伏せた。園部は要に言われた通りに行動し、兵士たちがようやくトラウムソルジャー側に集まってきた。

 

 

「ハジメ!!」

 

「わかってる!ーー“錬成!!」

 

 

 要の掛け声に合わせてハジメが錬成を使ってトラウムソルジャーの足元を滑らせ、石橋の下へと突き落としていく。

 

 この状況下でも二人は冷静に対処していた。

 

 天之河でさえ、この戦況に対して適切な行動が取れていない中、目の前にいる二人の少年に兵士達は思わず感心してしまうほどだった。

 

 そして要は撤退するための道を切り開くため、兵士達と一緒にトラウムソルジャーに突撃する。周りの兵士達にも身体強化を施し、手早く間引くために奮闘していた。

 

 

「くっそぉッ!俺じゃあ火力が足りない!何やってんだ、こんな時に勇者は!」

 

 

 そんな悪態をついていると要達の遥か後方から衝撃音が聞こえてくる。どうやら天之河や坂上、メルド率いる数人の兵士達がベヒモスに吹き飛ばされていた。

 

 それを見てハジメが動き出した。要と反対側の方へ走っていく。そう、ベヒモスのところへ。

 

 それを見た要はハジメに声をかけるが彼の耳には届いていなかった。

 

 

(まったく....こんな時でもお前はよぉ!!ーーーお前一人でカッコつけさせるかっての!)

 

 

 要は自身に再び強化を付与する。この時、要は新しい派生技能の[重複付与]を獲得し、完全に天之河のステータスを上回った。そして膂力、敏捷値が劇的に上昇した肉体でトラウムソルジャーを屠る姿は、さながら鬼人の如き活躍だったと、後にそれを見ていた兵士達は語った。

 

 

「よし!全員、早くこちらに!!君もよくやってくれた!あとはーーーー」

 

 

 兵士が要に言葉をかけ、それを言い終える前に要は駆け出した。ハジメの方へ向かって。

 

 後ろから要を止めようとする声が聞こえるが、それらはまったく要の耳には届いておらず、重複付与の効果で強化された要の足はあっという間にハジメのところに辿り着いた。

 

 ハジメはベヒモスを一人食い止めようとしていた。天之河はどうやらベヒモスの攻撃で気絶しているらしい、その上、白崎は足を挫いたらしくうまく歩けない様子だった。

 

 これは来て正解だった、と要は内心焦りつつも状況を把握した。そしてやってきた要を見て、メルドが声を荒げる。

 

 

「シン!何故来た!!」

 

「シンっ!?」

 

「そんなことよりメルド団長は早く白崎達を!ハジメの錬成に俺が付与して時間を稼ぐ!その間に早く!」

 

「....わかった、頼むぞお前達!」

 

 

 二人の決心を汲み、メルドは天之河を抱え、白崎に肩を貸して撤退していく。後方でもまだトラウムソルジャーが数体残っているが、それは時間の問題だろう。クラスメイト達も着々と階段の方に集まっている。

 

 

「なんで来たのさ、シン!」

 

「馬鹿野郎が、俺が来て正解だっただろうが。それよりーーーー“譲渡”!」

 

 

 要がそういうとハジメは少しずつ魔力が回復していった。これは魔力回復の魔法ではなく、付与魔術師の派生技能の一つ[魔力譲渡]である。要は残り少ない魔力を全てハジメに注ぎ込み続ける。ハジメが魔力は徐々に回復していく。[魔力譲渡]は直接譲渡する相手に触れないといけない上に、少しずつしか譲渡できない。

 

 だが、それでもハジメにとっては充分すぎる援護だった。魔力が尽きかけていたさっきに比べれば、十分時間稼ぎができる。

 

 

「南雲くん!要くん!」

 

「待たせたな、二人とも!!全員魔法による一斉攻撃の用意だ!!二人が離脱したら一斉に魔法を放てよ!」

 

 

 どうやらメルド達は無事に後退できたようだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

 だが、ハジメが驚愕したように声を漏らし、それを聞いて要はハジメの方を見ると、ベヒモスの角が赤熱化し出したのだ。どうやら豪を煮やしたベヒモスが無理矢理ハジメの錬成から逃れようと本気の抵抗をしてきたのだ。

 

 

「いくぞハジメ!俺の背に乗れ!」

 

「え!?」

 

「いいから、早く!!」

 

 

 ハジメは言われるがまま要の背中に乗った。すると要は物凄い速度で駆け出し始めた。重複付与の効果はまだ持続しているのでハジメ一人背負っても対して苦にならない。だが、錬成が解かれたことでベヒモスが自由に動き出し、赤熱化されながら要達に迫ってくる。巨大のくせに物凄いスピードで駆けてくるので、要でなければギリギリ追いつかれていただろう。

 

 さらに要達が駆けていく前方からはベヒモスを狙撃する魔法の援護射撃。これなら難なく撤退できる。

 

 そう思った時だった。

 

 要の重複付与の効果が切れ、ガクリと要は膝を折った。

 

 それだけに止まらず、猛烈な倦怠感に襲われた。先程とは明らかにスピードが落ちた瞬間、それはやってきた。

 

 何故かベヒモスを迎撃するはずの魔法の一発が要とハジメに向かってきていた。それにいち早く気づいたのはハジメだった。

 

 

「シンッ!!」

 

 

 要が必死で走っていた時、後ろから蹴り飛ばされ、そこにちょうど魔法が飛び込んできた。

 

 

「ガハッ!!」

 

「ぐあぁぁぁッ!!」

 

 

 要はクラスメイト達側の方に吹き飛ばされ、後方から飛んできた石橋の魔法で砕けた破片が要の頭に物凄い勢いでぶつかった。そのせいで一瞬視界がぼやけたが、地面に衝突した衝撃で気絶せずに済んだ。しかし、頭からの出血がひどい。

 

 そしてハジメはベヒモス側に吹き飛ばされ、そこに飛び込んできたベヒモスが石橋を砕いた。

 

 崩壊する石橋、それを見た要はハッとなりハジメの方に駆け寄る。視界も悪く、ふらふらする意識を強く保ち、ハジメに手を伸ばす。

 

 必死で伸ばした手は、無情にもハジメの手を掠めるだけだった。ハジメの手を掴むことが出来ず、奈落の底へと落ちていくハジメの姿とハジメの絶叫が要の目と耳に残る。

 

 

「ハジメぇぇえええええええええええええ!!!!!」

 

「いやあぁあああああ!!」

 

 

 要がハジメの後を追って石橋から飛び降りようとするのをメルドが強引に掴みかかり止まる。白崎も八重樫に阻まれ、伸ばした手は何も掴めずにいた。

 

 

「くそっ!くそぉっ!!クソォォォォッッ!!!」

 

 

 要の絶叫が沈黙したこの状況に響き渡る。地面を拳が壊れるぐらい殴り続ける要にメルドは拳を受けた、これ以上要が傷つかないように労った。

 

 

(なんであの時、手を掴めなかった。そもそもなんで俺はハジメを担ぎなんてしたんだ!なんで俺はーーーこんなに弱いんだ.......)

 

「シン、まずはその怪我を治療してもらえ。綾子....頼めるか?」

 

「は、はい.....」

 

 

 メルドと入れ替わるように治癒師の少女が要のところに駆け寄ってくる。

 

 メルドは未だパニック状態の白崎の元へと向かい、白崎を気絶させた。

 

 

「ひ、酷い怪我....すぐ治すから」

 

 

 辻に声を掛けられるが、それにも反応しない要。要は俯いていた血塗れの顔をあげ、それをたまたま見つけてしまった。 

 

 檜山大介がうっすらと笑みを浮かべ、白崎を見ている姿を。

 

 その時、要の中で何かが弾けた。確実な証拠は無いが、要の中では答えが出てしまったのだ。あの時、要とハジメを襲った魔法は檜山が意図的に放った物で、普段からハジメや要を目の敵にしている檜山ならやらかねない、と。そしてここ最近、檜山とは訓練場での一件もあるし、檜山が白崎を意識しているのを要は知っていた。白崎がハジメを想っていることを檜山が知ってることも、要は知っていた。そしてクラスメイトが橋から落ちたというのに、あの笑み。

 

 だからだろう。

 

 要は幽鬼のように、ふらふらと立ち上がり歩き出した。

 

 そして明確な殺意を宿して檜山を睨む。

 

 

「要、くん....?」

 

「要....?」

 

 

 要の治療をしていた辻と、それを見守っていた園部が不思議そうに要の名を呟いた。だが、それは要の耳には届かず、途端、要の怒りの咆哮が響いた。

 

 

「檜山ァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 まるで怪物の咆哮の如き、怒りと憎しみがこもった雄叫び。

 

 それを聞いた檜山が要の顔を見て、酷く怯えていた。

 

 檜山に向かって要は走り出した。何事かと兵士が要を止めようとするが要は止まる気配がなく、あっさりと檜山の元に辿り着くと力いっぱい拳を握り込み、それを檜山に振り抜いた。

 

 だが檜山の意識を刈り取ることは出来なかった。出血多量であまり力が入っていなかったらしい。だが、殴られた檜山は痛みよりも要の血塗れでふらふらな癖に瞳だけは真っ直ぐ檜山を射抜き、殺意を滾らせる姿にいつも以上に怯え縮こまり、小さな声で「ごめんなさい、ごめんなさい」と連呼していた。

 

 追撃をしようとする要だが、兵士に天之河、坂上が要を地面に押さえつける。

 

 

「何をしているんだ要!錯乱しているのか!」

 

「こいつ、なんでこんな力強いんだよ!」

 

「離せぇぇっ!!こいつがぁ!こいつがハジメを殺した!!」

 

「何を根拠に!檜山が何をしたって言うんだ!よく見ろ、檜山も酷く怯えているじゃないか!」

 

「何をしているんだシン!!」

 

 

 場は騒然としていた。

 

 ハジメが橋から落ち、錯乱し暴れる要、それを必死で抑える天之河達。周りのクラスメイト達は何がなんだかわからずにいた。メルドも駆けつけてくる。そして兵士達に介抱される檜山は殴られた顔を腫らしながら真っ青になっていた。

 

 

「檜山ァアアァ!!てめぇは絶対に許さない!!絶対だァァアア!!」

 

 

 あまりの狂気と怒りに、天之河達はまるで要が何かに取り憑かれているのではと思ってしまう。それほど要の殺意の慟哭は真に迫っていた。

 

 しかし、大量に血を流しすぎた要は貧血で目を回し、ぱたりと気絶した。

 

 やっと落ち着いた要。

 

 そして天之河は要が危険な人物であると再認識した。

 

 

「地上に戻るぞ、お前達.....」

 

「......はい」

 

 

 静かに交わされるメルドと天之河の言葉。

 

 メルドの言葉に従い、クラスメイト達も地上への道を歩いていく。気絶した白崎と要は兵士が運んでいく。

 

 

 

 

 その後、要 進は五日間の謹慎、地下室への拘禁処分を言い渡された。

 

 そして、銀髪のシスターは動き出す。

 

 主の邪魔になる存在を、排除する準備のためにーーー。

 

 

 





 ようやくハジメが落ちた。描きたいところはまだまだ先、ここから作者の想像力が試される。


補足

付与魔術師の派生技能

[+重複付与]
・一度付与した魔法をさらに重ねて付与することができる。しかし付与を重ねる分、持続時間が短くなる。

[+魔力譲渡]
・文字通り魔力を譲渡できる。回復魔法とはまた分類別のもので、譲渡したい相手に触れながらでないと使えない上に、徐々に魔力を送るので戦闘中は割と使い所が難しい。

技能
「英傑試練」
・文字化けしていた要の技能のひとつ。今回の一件で文字化けを解消。実は勇者以上の破格な性能を秘めていたりする。

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