埃をかぶっていた作品を見つけたので、供養がてら投稿させていただきます。短い作品なので良ければどうぞ。



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幸せなネックレス

 

 

~1~

 

 皆さんは、日常で誰かを殺めようと思ったことがありますか?少々考えてみてください。

 

 まあ、恐らくないでしょう。法律だって、世間だって許してはくれません。その人の家族だって悲しむかも……。そう考えれば実行に移すことなど出来ようはずがないのです。

 

 しかし、殺意と言う話ならどうでしょう。日常で誰かを殺したい、こいつはそれほどに腹立たしい人間だ。そんな風に思うことはあるのではないでしょうか。無論、実行に移すことなどないにしてもです。

 

 殺意は日常の不幸せから生まれます。この世で最も幸せな人間は、殺意など持ちようはずがないのです。……これは、そんな幸せになった女のお話です。

 

 

 

~2~

 

 

 私の人生はずっと不幸だった。幼い頃には集団でいじめらた。学校を卒業し、やっと解放されたかと思えば意地の悪い上司に責め立てられる毎日だった。もう死のう、今日死のう、それだけを考える毎日だった。

 

 そんな日に、私は一つの赤黒いネックレスを拾った。どうしてか道端に無造作に置かれたそれは、確かに私を魅了した。

 

(……私は不幸な女だ。ここで細やかな幸せを得ることの、何が悪い。)

 

 私はそれを胸元にしまい込むと、いそいそと帰宅した。幸い、私の事を見ている人間は誰もいなかった。

 

 そして、次の日私の何かが変わっていた。職場に着けていったネックレスを褒められたからだろうか?自信がついたのだ。私はいつも以上に仕事を頑張った。先輩にも褒められてしまった。

 

 ……しかし、あの男。直属の上司だけは私を睨みつけていた。彼はいつも以上に私を叱責したのだ。

 

……許せなかった。そう思った。いいや、もとより許しているのがおかしかった。私はその日の晩そんなことを考えていた。そうだ、今日は全てが上手く行っていた。きっと、()()だって上手くいくはず。

 

 私は上司を殺すことにした。そのためにまず計画を立てた。彼は私と同じ社員寮に住んでいる。そして度々女を連れ込んでは遊んでいた。彼女たちがいつでも来れる様に、玄関に鍵はかかっていないというのは会社では有名な話であった。

 

 つまり寝ている間に、ナイフ一本でも持っていけばそれで事足りるということだ。私は決心をすると台所まで歩いていき、そして包丁を取り出して……。

 

 そして笑った。もう充分であった。だってそうだろう?この勢いのまま、上司を刺したって逃げる手段も隠れる手段もない。警察に捕まって終わりだ。

 

 もう寝ようと考えて、そしてふと気づいた。ずっと着けていたはずのネックレスがなくなっていた。まあ、どこかに落としたのだろうと考えて私は眠りについた。

 

 

 

 次の日、上司は会社に来なかった。彼は社宅で死体となって発見された。首には何か細いもので絞殺された跡があったという噂を聞いた。

 

 後日、ネックレスが私の部屋の玄関先に出会ったときと同じように無造作に置かれているのを見つけた。私は再びそれを胸元にしまい込んだ。

 

~3~

 

 それからはもう、順風満帆であった。私は世界で一番幸せになっていった。同窓会の前日に、私をいじめていた女が死んだ。私と好きな人が同じだと知り、いじめが始まった切っ掛けになった女だ。おかげで彼とは深く知り合い、結婚することができた。

 

 それから浮気をしていた彼が死んだ。私を裏切り、若い女にうつつを抜かした彼はホテルでその女と抱き合いながら死んでいた。おかげで私は彼の莫大な財産を受け継ぐことができた。

 

 探偵をしていた姉が死んだ。彼女はずっと私を助けてくれなかったくせに、私の周りで変死が立て続けに起こることを怪しんでいた。鍵のかかった自室で死んでいた彼女と、私の関係性を疑う者はいなくなった。

 

 私は幸せになったのだ。敵はみんな、みんな死んでしまった。私は、かすかな金属音を立てるネックレスを握りしめた。きっとこれは、神様が私に使わしてくれた幸福の使者なのだ。タクシーで揺られながら、私はそう思った。

 

手の中のネックレスが少し熱くなったような気がした。

 

~4~

 

 私が自宅に着くころ、ネックレスが奇妙な音を立て始めた。ガチガチとやかましい音を立てている。ああ、もう待ってくれ。そんなに()()()()()()()()

 

 自宅に飛び込むと、途端にネックレスが自分の意思を持つかのように跳ね回る。私はそれに別に驚きもしない。()()()()()。夜中にひとりでに動き出して、殺人をしに行っていることも。その()()()が決して天然のものではないことも。

 

 知っていて、放置したのだ。だって、これのどこが犯罪かしら?私にとって、こいつは気味の悪いペットでしかない。そいつが()()()()()()()()を殺したって、何も問題ないんじゃない?私にとっては、ウフフ。

 

 私は幸せの絶頂であった。敵はみんないなくなった。殺したい人間は、もうみんな死んでしまったのだ。きっと幸せとはこういうことを言うのだろう。私は最高の気分のまま、床についた。

 

 眠りに落ちる直前、ネックレスがこちらをじっと見る様に立ち止まっているのを見た。そういえば、こいつは最近こんなことをする。以前は知らなかった。だって前は夜中にコイツがいることなんて、殆どなかったから……。私は眠りに落ちた。

 

~5~

 

(……苦しい。何?これは、息ができない。なんだ!?)

 

 私は夜中に荒い息のまま目を覚ましたが、それが落ち着くことはない。首元には赤黒いネックレスが巻き付いていたからだ。

 

(何で!?こいつ今までこんなことしてこなかったのに!!)

 

 私は必死にネックレスを引きはがそうとあがくが、力をこめればこめるほど、その締め付ける力も強くなった。遂に私は呼吸が一切できなくなった。

 

「……最近、願ってくれないじゃないか?前はあんなに殺したい人間の事ばかり考えていたのに。」

 

「……!?」

 

 その声は、喉元から聞こえた。ネックレスが動くたびに、生暖かい風が吹くのを感じた。そこから、濃密な血の匂い、死の匂いが香っていた。私は恐怖した。

 

「なあ、願ってくれよ、今すぐ。()()()()()()を。誰でもいるだろう?そうしたらこんな事止めるさ。」

 

「だ……でも……い。」

 

 私は何とかそれだけを絞り出した。しかし、ネックレスは不満げに息を吐きつけた。どんどん締め付ける力が強くなる。

 

「誰でもいい?駄目なんだ。それじゃあ。君の殺したい人間でなきゃあ。俺はそういう風に生まれたんだ。」

 

「……!」

 

 殺したい人間?そんなのもう、居る訳がない。だってもう、みんな死んでいる。お前が殺したじゃないか!

 

 私は口をパクパクとさせて、適当な名前を並び立てる。しかし、ネックレスの力は少しも収まらない。

 

「はあ、そうかい。アンタならと思っていたのに……。」

 

 彼がため息をつくのが聞こえた。それと同時に、彼の顔が目に映る。ああ、これはネックレスではなく……蛇であったのか。

 

「俺も()()になりたいだけなんだ。それが出来ないなら、もうお前は用済みだよ。」

 

 私は鈍い音を聞いたような気がした。最後に見たのは、迫ってくる床と首のない胴体であった。

 

~6~

 

「昨夜未明、とある会社の社員寮で女性の変死体が見つかりました。なんとそれは首が切断されていたということです。警察は連続変死事件と関連性があるものとして捜査を進めています。また被害者の手記では謎のネックレスについて言及されており……。」

 

 ふふふ、冗談です。いかがでしたでしょうか。彼女は『幸せ』になったが故に、蛇に殺されてしまったのです。そうであるならば……幸せとは何なのでしょうね?

 

 幸福には、いくつも形があります。彼女は嫌いな人間が皆いなくなることを幸せと表現しました。蛇は誰かが殺したいと願った者を、殺すことを生きがいとしていました。

 

 もしも貴方が、歪な『幸せ』をお持ちならば……。道に落ちているものには気を付けた方が良いでしょう。時計、財布、ブレスレット。そいつは、貴方を利用して願望を満たそうとしているのかもしれません。

 

 

 

 


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