「邪魔するぞ」
チャイムも無しに入って来たのは、大男だった。開けてもない鍵がいとも簡単にカチャリと開いた時点で、一家はハリーの同胞が家にやって来たのを察した。
ハリーが出迎えた。
この中で、一番なんとか出来そうなのがハリーだからだ。いざとなれば吹き飛ばす心意気のハリーが対面したのはバーノンより大きい男性だった。
もじゃもじゃな髭に隠れてほとんど見えない顔の奥に、黄金色の瞳がキラキラ輝いている。
「よう、ハリー。ちと見ないうちに大きくなったな」
「こんばんわ、ミスター? 挨拶も無しに押し入るのは失礼だよ?」
「いやあ、すまねえ。うっかりしとった。目は母さんそっくりだが、顔は父ちゃん似だな」
素直に詫びれる。悪い人じゃなそうだ。ハリーはにっこりと笑った。
「おばさんと叔父さんも言ってくれる。リビングにどうぞ。二人が待ってます」
「どうも、バーノン・ダーズリーです。で、こちらが嫁のペチュニア。で、あちらで隠れてるシャイでハンサムな少年がダドリー。自慢の息子だ」
リビングで心配そうに伺っていたバーノンであったが、少なくとも服装はマグルに近いハグリッドを見て安心したのか、家族を紹介する。
ペチュニアはハグリッドにお茶を出し、ダドリーは大きくて強そうなハグリッドを警戒してソファに隠れている。
「丁寧にどうも。俺はルビウス。ルビウス・ハグリッドだ。マグルにハリーを預けてからずっと心配しちょったんだが、話の分かる人間で安心したぞ。リリーの家族なら俺の家族も同然だ。ハリーも、バーノンも、俺のことはハグリッドでええ。それよりハリーにはどこまで教えた?」
ペチュニアの出した紅茶を美味しそうに飲みながら、ハグリッドはバーノンたちに、ハリーに自分のことをどこまで教えたのか聞いた。
「わしらで教えれることは全部。両親が、ロクデナシの大量殺人鬼に殺されたことも。だが、それ以上は当事者じゃないから教え切れていませんぞ。憶測で語るには、重大すぎる。両親についても……その仲が良いわけじゃなかったら大したことも教えあげれてない。チュニーが分かる限りのことをハリーには教えたが、とてもとても」
まともじゃない一家とレッテルを貼ったせいで、親戚らしいことを何一つ出来なかった。あのときは、そのことが誇らしかったのだが、今は後悔しかない。
ハリーがこれだけ素晴らしい存在なのだ。きっとハリーの両親も、魔法使い的なイカれ具合が目立つだけで、きっと立派な人格者だったに違いない。
バーノンの声は、後悔で少し震えていた。
「ううむ。それもそうか。俺にも荷が重いしな。ハリー、お前さんが自分は何者か知っとるな?」
「はい。ミスター・ハグリッド。僕は魔法使いです」
そう言ってハリーは、近くの新聞に手招きをした。すると、新聞が浮かび上がり、ハリーの手に収まる。おおっとハグリッドが関心した唸り声を出し、バーノンは得意げに鼻の穴を膨らませた。
ハリーなりのバーノンの喜ばし方で、バーノンは事実気分を良くした。
「大したもんだハリー。ふつうは学校で訓練するもんなのに、大したもんだ。お前さんの両親でも、入学前はこうもいかねかった。まひてや、杖なしで魔法を使いこなせる者は……っといけねえ。ハリーはホグワーツに入学するっちゅうことでいいよな?」
「当然だとも」「もちろん! 僕通いたい!」
「うし、じゃあ行くぞ。ダイアゴン横丁に! お前さんらもついてくるか?」
「オレ行きたい! ハリーと一緒に行きたい!」
「これダッダーちゃん。お前さんは学校があるだろう。……わしは会社に行かねばならんからなぁ。前もって手紙を寄越してくれれば休みを取れたんだが。チュニーはどうする?」
「じゃあ私もついていきます。ハグリッドさんとは、妹のことで話がしてみたかったの。それに、こちら側の常識がなさそうなハグリッドさんに任せっきりじゃあ安心できないわ。ここまではどうやって?」
亡き妹曰く、いい人なのだが、どこか抜けていて信用は出来るけど信頼を預けるのは難しい人物。
とてもではないが、安心できない。
「ああ。オートバイで空を飛んで来た。後ろにハリーを載せていくつもりなだんが……まずかったか?」
いくらなんでもな計画に、ハリーとバーノン、ペチュニアの3人は顔を見合わせた。
ペチュニアの同行が決まった瞬間である。
ダドリーだけが、ハグリッドの超ヘヴィー級の体格をうらやみ、ボクシングをやっていたら最強のライバルになるな、とただひたすらに睨んでいた。
――――
ペチュニアの叱咤があり、ハグリッドとハリーの二人は、何とか問題を起こすことなくロンドンにたどり着いた。それもこれも、すべてハグリッドが変なことをしようとすれば、鋭くペチュニアが注意したおかげである。
くたびれたパブ『漏れ鍋』に3人は入る。ハリーが言わねば、ペチュニアは見落としていただろう。そのことにハリーは、このパブは魔法使いにしか見えないようになっているのだと理解した。
古ぼけたバーには、たくさんの魔法使いや魔女らしき客で賑わっている。
「大将、いつものかい?」
「悪いなトム。今日は仕事なんだ」
ハグリッドはバンバン、ハリーの肩を叩いた。ハリーの膝がカクンカクン揺れた。
「で、では。……このお方が?」
トムと呼ばれたバーテンの老人は、目に涙を浮かべてハリーの手を取った。手はうっすらと汚れていた。潔癖症のペチュニアは目を吊り上げた。
「僕、ハリー・ポッターだよ」
と、言ってハリーはにっこり笑う。叔母さん曰く、ハリーは赤ん坊のころ、とある悪い魔法使いに狙われて生き延びた唯一の存在らしい。ハリーの母が、全力を賭して魔法を掛けて、結果としてハリーがその悪い魔法使いを退けたら、魔法使いの間では有名になっているのだと、ペチュニアは昨日ハリーに教えた。
ハリーとしては、両親が魔法使いに殺されたことは知っていたが、自分が生まれたばかりの時から有名なんだとはイマイチ信じ切れなかったのだが、周囲の様子を見るに、有目人であることは間違いないようだ。
ハリーは、大の大人が遜るさまを見て、いい気分になった。ペチュニアも誇らしそうだった。
ホグワーツ教授との挨拶もそこそこに、ハリーたちは店を出る。
レンガの壁の前に立つとハグリッドは
「順番を覚えとくんだ」
と言って、レンガを叩き始めた。
ハグリッドが叩き終えると、レンガがうねうね動き出しアーチになった。
「ダイアゴン横丁にようこそ」
老若男女、魔法使いでごった返す通り。箒やら羽ペンやら、大鍋やら様々な専門店が賑わい、中でも箒のショーウィンドウは少年たちが熱い視線を向けていた。
「ここってすごい場所だね叔母さん!」
「……ええ、そうね。賑やかね」
ペチュニアの美的センスに反する光景だったが、ハリーが目を輝かせているのだ。否定はできない。
「まずは、グリンゴッツ銀行だな。リリーもジェームズも、お前さんに金を遺してるんだ。ダーズリーたちの金を使うのもええが、親の金も使ってやらんとな。それにどのみち、マグルの金の両替もせにゃならん」
グリンゴッツ魔法銀行。
白い白亜の建物が、一際高く聳えている。
ブロンズの扉の脇には、小柄で指の長い人間がたくさん立っていた。背丈はハリーよりも小さいが顔はしわくちゃで、ハリーよりも年老いてる様だ。
「彼らは?」
ペチュニアは厳しい顔のまま、ハグリッドに訪ねる。
「小鬼、ゴブリンだよ。グリンゴッツを経営しちょる。連中ときたら金勘定を任せたら右に出るもんはいねえからなぁ。侮辱されることを何よりも嫌う種族だから礼儀正しく接するんだぞ
その言葉は、ペチュニアに向けられているようなものだ。ペチュニアは、短く頷く。
3人が近づくと、2人の小鬼は丁寧にお辞儀して扉を開け放った。銀の扉には、仰々しい文句が彫られている。
《見知らぬ者よ、入るが良い。
欲の報いを知るが良い。
奪うばかりで稼がぬ者は、やがてはツケを払うべし。
己の物に非ざる宝、我が床下に求める者よ、盗人よ。
気をつけよ、宝の他に潜むモノあり》
「見たか? グリンゴッツの地下にはドラゴンが飼われとる。だから、安全なんだ。ま、ホグワーツの次にだがな」
中には大理石のホールが広がっていた。百を超える小鬼が働いている。大きな丸椅子に座り、帳簿に何やら書き込んだり、秤でコインの重さを測ったり、あるいはルーペを片手に宝石を吟味する。
それらの表情はとても、真剣なものでプロ意識を感じさせる。ペチュニアは、小鬼に対する評価を少し改めた。
「おはよう、ハリーの金庫に行きたいんだが」
ハグリッドは手すきな小鬼に声を掛ける。
「金庫の鍵はお持ちですか?」
「もちろんだとも。ちと待ってくれ」
そう言うとハグリッドはコートの中をひっくり返し初めた。色んな物がハグリッドのコートのポケットの中から出てくる。カビの生えたビスケット。犬用のクッキー。
見てられなくてハリーは助け舟を出す。
鍵というからには、一般的な鍵の形をしている筈だ。ハリーが手招きすると、ハグリッドのポケットの中から鍵が一本飛び出して、ハリーの手に収まった。
「僕の金庫の鍵ってこれのこと?」
「おう、ハリー。助かったぞ」
ハグリッドは、鍵をハリーから受け取ると小鬼に手渡す。ついでに、小さな声でコソコソ何かを囁く。
「例の金庫のあれを」
「畏まりました」
コソコソする小鬼とハグリッドを尻目に、ハリーはペチュニアと話していた。
「本当にここで待ってるの? 母さんの財産だよ? 母さんの姉さんなのに」
「ハリー、リリーのお金は貴方のためにあるの。ご両親が自分の子供を育てるために遺したお金。私たちが貴方の為に貯めたお金も使ってほしいけど、リリーのお金は貴方が使うべきよ。私はここで私たちのお金を魔法使いのお金に両替しているから、行きなさい」
「……ふうん」
なんとなくそれだけでない気がしたが、ハリーにはペチュニアの傷を蒸し返すつもりはないので、食い下がることはしない。
そんなハリーの様子に、ペチュニアは良い子ねと微笑みハリーの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「それより、グリンゴッツは色々と大変と聞いているわ。楽しんで」
「どういうこと?」
と聞くハリーに、ペチュニアはウィンクするだけで喋らなかった。
「どうだった? グリンゴッツは?」
「とても楽しかった! ハグリッドはそうじゃないみたいだけど。ハグリッドは、気分良くなるまでバーに行ってるから、杖以外の学用品を観光がてら叔母さんと買い揃えておいてって言ってたよ」
「そう。じゃ、行くわよ」
ペチュニアはそう言うとハリーの手を取って、ダイアゴン横丁を勝手知ったる堂々たる歩みで歩き出した。
幼き日は、妹と共に家族全員で散策した通り。ペチュニアにとってダイアゴン横丁は、妹との数少ない思い出が詰まった大切な場所なのだ。
魔法とは決別し、魔法と関わり合わずに暮らしいく決意をしたペチュニアは、もう二度と訪れることはないと思っていたのたが、こうしてリリーの息子と一緒に歩くことになるとは
……人生なにがあるか分からない。