ある日、行方不明のトレーナーからアドマイヤベガに手紙が届いた。何やら、ディナーのお誘いのよう。料亭に着いた彼女はトレーナーを探すも、いないようだった。そんな時、彼女は女将さんから手紙を渡される……

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ざんむのカストール

 

アヤベさんへ

 

久しぶりだね。突然居なくなってごめんなさい。

 

アヤベさんにトレーナーを辞めるなんて言ったら、きっと引き留められてしまうって思ったからなんだ。強引に辞めてしまった事は謝るよ

 

で、ここからが大切なんだ。アヤベさんにはディナーに来て欲しいんだ。そこで、どうして辞めたのか話そう。

それとね、ここのディナーは特別なんだ。全部食べて欲しいから、お腹は空かせておいてね?

 

日時は─────

 

場所は────────────

 

着いたら、先に席に座ってて貰えるかな?入る時にこの手紙を見せて、名前を言えば通して貰えるハズだ。

 

それじゃ、楽しみにしてるよ。◯◯より。

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

ある日、私に一通の手紙が届いた。

 

呆れた。

 

一週間前に突然あなたが居なくなって、トレーナーを辞めたってたづなさんから聞かされて、連絡も無い、LINEも電話も出ないし、人が本当に心配して、怒っているのに、たったこれだけの謝罪と、ディナーのお誘い?

 

つくづくよくわからない人だと思っていたけど、人としてどうかと思う。

 

ビリッ

 

手紙を持っていた手に力が入って、手紙にシワができて、少し破れてしまった。

 

会って、その理由とやらを聞いてあげる。

 

下らない理由だったら本気でひっぱたいてやるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手紙に書かれた時間に、お店に着いた。柘榴俱楽部(セキリュウクラブ)っていう料亭だった。

 

「すみません、アドマイヤベガです」

 

「お待ちしておりました……こちらの席へどうぞ」

 

カウンター席に通された。

 

さて、これで遅刻でもしてきたら本当にどうしてやろうかしら。

 

 

 

「アドマイヤベガさん。これをどうぞ。今読んで下さいね」

 

そう思っていると、女将さんから手紙を渡された。

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

アヤベさんへ

 

この手紙を読んでいるってことはお店には来てくれたみたいだね。

 

短く簡潔に話そうと思う。

 

僕は死にたかった。中学の時からぼんやりと思ってたんだ。高校生の時には、このまま社会の歯車になって、何も成せずに死んでいくんだ、つまらない人生を送るんだって。

 

辛うじて、レースをするウマ娘の手助けをしたいって思ったから、頑張ってトレーナーにはなれた。それでも、死にたいって思ってた。

 

そして、アヤベさんに出会えた。初めて走りを見た時、凄く惹かれるものがあったし、君の態度を見てたら、ほっておけなくなっちゃったんだ。君を担当している間はとても頑張れたし楽しかったよ。

 

でもね、でも、君がダービーで一着になっても、ジャパンカップでオペラオー達をねじ伏せても、僕の死にたいって気持ちは消えなかったんだ。

 

少し話は変わるけど、僕の大親友が死んだんだよ。その時にね、ここで親友を食べたんだ。

比喩じゃない、彼の体を、石榴(ザクロ)肉を食べた。アイツはアイツの彼女と俺にどうしても食べて欲しいって。人間は人間に食べられて、自然に還る。そうあるべきだって。

 

俺は泣きながら食べたよ。アイツの彼女とアイツはどういう人間だったとか、思い出話をしながら食べたんだけどさ、彼女の食べ方を見て思ったんだよ、ゆっくり、一口づつ味わうように食べてて、まるで神聖な、祈りの儀式みたいだったんだよ。

それにならって僕もそういう風に食べた。彼女は彼の事を深く愛してたんだって良くわかったんだよ。

 

だから、僕もそういうようになりたいって思ったんだ。そういう風に最後を飾れるのは幸せな事だと思うからね。

 

本題に移ろう。これから出されるディナーは僕の石榴(ザクロ)肉を使っているんだ。

これが凄く自分勝手でワガママで、社会の常識から外れているのは重々承知な上でのお願いだよ。

まさに、"一生のお願い"ってやつ。

一口だけでもいいから、食べて欲しいんだ。本当の気持ちを言えば、全部残さず食べて欲しい。

 

捕まっちゃうんじゃないかって心配もあると思うけど、ここは会員制の倶楽部で、通報したりする人はいないから、心置きなく料理を楽しんで欲しい。

 

アドマイヤベガのトレーナーだった◯◯より

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

何よ……何なのこれは………!

 

信じられない!理解できない!ふざけないで!勝手にいなくなったと思ったら、死にたい!?食べて欲しい!?自己中なのもいい加減にして!

 

私や皆がどれだけ心配したと思ってるの!ほんっとうに下らない!今すぐにでもぶん殴って

 

「お待たせしました、胸ローストのサラダです………」

 

やる………わ…………

 

運ばれてきたのは、見た目は完全にローストビーフのサラダ。さっきの文からすると、"そういう事"なのがわかってしまった。

 

…………………

 

………はぁ…………

 

………………どうしたらいいの……………

 

 

 

 

 

人の肉を食べることは常識的に有り得ない。

 

でも、それがトレーナーの望んだ事で、トレーナーは泣いても叫んでも戻って来ないのだったら。

 

私はトレーナーを食べるべき…………かもしれない……………

 

ただ、あの自分勝手なトレーナーの思惑通りになるのは癪だ…………

 

ため息をつきながらフォークを取って、ローストされた肉と野菜を突き刺して食べてみた。

 

しゃきしゃきした野菜と柔らかい肉の食感、その後に簡素な塩気と薄い旨味がした。

 

これが、トレーナーの味………?

 

肉そのものは特段美味しいとは感じない。

 

食べてしまえば、なんてことはない。

 

はぁ………………お腹は空いてるし、食べれない訳では無いから、全部食べてあげる。あの世で私の心に広さに感謝しなさい。

 

そうして、サラダを食べ切った。

 

 

 

 

 

女将さんが食器を片付けている。

 

手紙には、人は人に食べられるべきとか、神聖な祈りの儀式とか書かれてたのを思い出す。

 

くだらない………

 

どんな理由があっても、人の肉を食べるなんて人間としてどうなの?

 

理由………理由…………

 

そもそも、どうして私なの………?

 

そんなに大切なら、親友とか恋人とか家族とかに食べて貰えばいい。

 

 

 

 

「根菜のスープです」

 

見た目は普通のコンソメスープ、それとパンだった。

 

どうせ、これもあの人の肉が入っているのでしょうね………

 

はぁ…………

 

少し冷ましてから一口啜ると、至って普通のコンソメの味がした。

 

スープの中を肉片が漂っているのが見えた。

 

 

 

私には、肉の味がよくわからなかった。

 

 

 

パンで乾く口内をスープで潤しながら、トレーナーとの日々を思い出す。

 

勝手に着いてきて、勝手に支える。

 

そんな、書類上の関係でいいと思ってた。

 

あなたは、一歩踏み込んで来て。

 

私をプラネタリウムとか天体観測とかに連れてって星の話を熱心に聞いたり、パンケーキを一緒に食べに行ったり、誕生日プレゼントに最高級のタオルを用意したり、私を理解しようとした。

 

ケガだって妹だって、あなたも背負う必要はどこにも無いのに、痛みを分かち合おうとした。

 

だから、私はあなたを信頼するようになった。

 

───信頼

 

それが、トレーナーが私に食べて欲しいと思った理由なの…?

 

家族や友人や恋人じゃなくて、私を選んだのは一番信頼しているから、一番大切だから……?

 

 

 

………………バカね…………本当にバカよあなたは………

 

本当に信頼してるなら、本当に大切なら、その人の喜ぶような事をしなさいよ………!

 

 

 

「腿肉のステーキです、熱いのでお気をつけてお召し上がりください」

 

メインディッシュ………

 

パチパチと油が跳ねる音と焼けた肉とソースの匂いが食欲をそそる………

 

……………でも………あなたはこんな姿になってまで食べて欲しかったの………?

 

こんな………!こんなのってあんまりよ…………!

 

涙が流れてしまう。

 

…………あぁ…………わかったわ、どうしてこんな気持ちにさせられるのかが…………

 

バカでどうしようもない、よくわからないあなただけど、私はあなたを大切にしたいと思っていた…………私はあなたを愛していたって、今、やっと気づいたわ…………

 

そして、あなたも同じように私の事を大切に思っていた…………

 

なのに、なのに………!

 

どうしてあなたは先に行ってしまったの……?

 

勝手に踏み込んで来て、自分の人生飽きたらおしまい!?私は弄ばれたって事じゃない!

 

あなたにとって、私は大切な人じゃなかった!私がいるから生きようと思えるような人間じゃなかった!

 

行きたいカフェも残ってる!冬の星を見に行こうって約束したじゃない!私が学園を卒業したって、友達の関係で居られたでしょう!?

 

これも全部、あなたにとっては死ぬことを止める理由にはならなかったのでしょう?

 

………………あぁ……………ああ!

 

私は大粒の涙をとめどなく流して、大声で泣いてしまった

 

 

 

 

油の跳ねる音がしなくなってから、私は落ち着き取り戻せた

 

………………食べよう

 

食欲も残っていて、お腹は空いたままだから美味しく食べれる。

 

もう、不気味だとか、常識的じゃないとかは気にしない。

 

私とあなたの最後の関わり、デートだから。

 

葬式でもあり、儀式でもあり、祈りでもある。

 

 

 

ナイフで一口大に切って、口へ運ぶ。

 

ウェルダンに焼かれて、柔らかくて、肉の旨味を感じる。

 

けれど、完璧な味って訳じゃない。

 

雑味というか、癖のある風味も感じる。

 

それをステーキソースで食べやすいように誤魔化した。

 

あなたってこんな味なのね…………いいえ、私は前から知ってた。

 

あなたの人柄を、人格を、思いを、味蕾を通して思い出させる。

 

そんなあなただったから、私はあなたを信じた。

 

そんなあなただったから、私はダービーにも、ジャパンカップにも勝てた。

 

そんなあなただったから、私はあなたと一緒に居たいと思う。

 

 

 

美味しい………美味しい………

 

でも、美味しいと思ってしまう自分が憎い。

 

美味しいから、全部食べてしまいたいと思うから。

 

全部食べるということは、本当にこの世から居なくなってしまうことだから。

 

切り分けて、一口、また一口食べていくごとに、あなたはいなくなっていく。

 

自分でも、もう止められない。

 

だから、一口一口、祈りを込めて食べる。

 

あなたが私に食べられることで満足できるように。

 

幸せに、あの世へ旅立てるように。

 

 

 

皿は空になってしまった。

 

 

 

 

 

それから、デザートが運ばれてきた。普通のアイスクリームだった。口直しだから当然だ。

 

それも食べきってコース料理は終わり。

 

全て、終わってしまったのね。

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 

 

 

「今日のお代は頂きませんので、そのままお帰り頂いて結構です。最後に、○○さんからの手紙です」

 

女将さんが手紙を渡してきた。

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

アヤベさんへ

 

全部食べてくれたかな?気持ち悪いって思って残したかな?それとも、ひとかけらすら食べなかったかな?少しでも食べれくれたら僕は嬉しいよ。

 

僕の肉は美味しかった?プロの人達に頼んだから、始めての人肉料理でも美味しく食べられたんじゃないかな?

 

君が僕を食べて、少しでも記憶に残ってくれたら嬉しい。こういう人間がいたこと、君を応援して支えたってことを

 

アヤベさんへ、大学でちゃんと勉強するんだよ?ちゃんとサークルとかにも参加して友達を作るんだよ?仕事もがんばるんだよ?あ、でも、アヤベさんはがんばり屋さんだから、がんばりすぎて体を壊さないようにね。

それと、付き合う男の人はよく考えた方がいいよ?世の中、悪い人でいっぱいだから、騙されないようにね。結婚する時はちゃんとアヤベさんの事を大切にしてくれる人を選びなよ?

 

夢を叶えてね。幸せに生きるんだよ。

 

それじゃ、先に僕はあの世に行ってくるね。僕が行くのは地獄かな?天国にはいけないんじゃないかな?まぁ、もしかしたらまたあの世で会えるかもね。もし、転生して、会うこともあるかもね。そうなったら、また、よろしくね。

 

これから屠殺される○○より

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

────………あなたが………それを言うのね………

 

私を大切にしてくれる、そんな人間が一人居たのに……!

 

あなたはそれに気づかないで行ってしまったのよ………!

 

本当にバカ………とんでもない大バカ者よ!

 

そんな人間は天国になんて行けるわけない!地獄に落ちて当然!大地獄行きよ!

 

バカ!…バカバカ………!………………ばか………

 

液体の粒が紙に落ちて広がっていった。一滴、また一滴。ただ、紙を少しふやかすだけだった。

 

 

 

 

泣き疲れて、少しお腹が空いた。ステーキの量は結構あったけど、私にとっては物足りない量だった。

 

もっと、食べたかった………あなたと一緒に同じ時を刻めないことが悲しい。今は、あなたを食べるとだけがあなたと繋がることで、そして、全て食べてしまったのだから。もう二度とあなたを感じることはできない。

 

「アドマイヤベガさん………彼はきっと喜んでいますよ。あなたのために細かい注文までして、あなたは本当に愛されていたのですよ。そして、ベガさんは完食してくださった。彼にとって、これ以上無い喜びだと思いますよ」

 

「女将さん………、………………私、もっと○○さんを食べたいです。これだけだなんて、私は嫌です。だから、もし、彼がまだ残っているのだとしたら、私に食べさせてもらえませんか?」

 

まだ、あるはず。彼の体の大きさだったらまだ肉は残ってるはず………!肉じゃなくても内蔵でもいい……!

 

「ふふ………ベガさんも○○さんのことが好きなんですね………。もしも、もっと食べたいって言われたら、心臓を出すようにと言われていました。少し、癖が強いですけど、それでも食べますか?」

 

「────っ!はい!」

 

 

 

 

 

女将さんは厨房に行って、注文を伝えて戻ってきた。

 

料理ができるまで、彼がどんな人だったか女将さんに話した。

 

料理ができて女将さんが運んでくれた。

 

「心臓の香草焼きです………」

 

こぶし大の大きさで、香ばしく焼けた肉だった。

 

今は、悲しみよりも、彼をまた味わえる喜びが勝っていた。

 

ナイフで切り、一口。

 

確かに、上品な味ではない。血の匂いと味を感じる。

 

でも、そういう所まで許容してこそ、でしょ?

 

女将さんが癖が強いと言っていたからもっとキツイものだと身構えていた。そうでもないのは調理法のおかげなのか、彼の心臓だからなのか。

 

おいしい

 

コリコリとした食感で食べるのに時間がかかってしまう。私は長く味わいたいからそれでいいのだけれど。

 

よく嚙んで、飲み込んで、また次を一口。

 

おいしい、おいしい

 

そういえば、心臓移植された人がその心臓の性格や記憶を引き継いだっていう不思議な話を聞いたことがあったのを思い出した。

 

だとしたら、私達の繋がりはより強くなる。あなたが私の中で一緒に生きることなのかもしれない。

 

ただ、私も死にたいとか誰かに食べられたいとか思うのだけは勘弁して欲しい。

 

 

 

少しずつ、ゆっくり食べていたけど、最後の一切れになってしまった。

 

これで、おしまい。

 

私が彼に伝える最後の言葉は

 

「ありがとう。ご馳走さまでした」

 

 

 

私は席を立って、帰路に着いた。

 

 




CC BY-SA 3.0
柘榴俱楽部
著者:不明
URL:http://scp-jp.wikidot.com/goi-formats-jp#sekiryuclub
作成年:不明

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