今日は幸せな日。

愛する妹の誕生日を、みんなで______

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オー・ハッピーデイ

世界最大の人工島、ニライカナイ島。

 

創始者である天聖院 閃華の能力によって作られ、戦後の度重なる埋め立て工事によって拡張され続けた結果、現在のニライカナイは約630平方kmの面積を誇る。

干拓地であるオランダのフレヴォポルダーを除けば、日本の関西国際空港やドバイのパームジュメイラを大きく上回る。

東京から約1200km南の太平洋に浮かぶこの島は、4月の頭でも薄着で過ごせるほど暖かい。

 

そしてこの島は、若き能力者達の学舎……あるいは己の能力を存分に引き出せる楽園、天聖院学園のために作られた。

東京23区とほぼ同じ広さを持つこの島全てが、巨大な学園都市なのだ。

 

 

 

始業式を終えた朝倉 奏は、島の商業エリアに足を運ぶ。

このエリアは、ヨーロッパのルネッサンス時代の古い街並みに影響を受けた建物が立ち並び、まるでフィレンツェにいるかのような気分を味わえる。

テラス席で放課後トークに花を咲かせる生徒達を横目に、奏は悩みながら歩いていた。

 

「一体……どんなものが良いのかしらね」

彼女は、自分の愛する妹、巴の誕生日プレゼントを探しにきていた。

何かあの子に似合う可愛いものを、と来てはみたものの、結局このエリアに辿り着くまで思い付かなかった。

夕方にはみんなで集まって誕生日パーティーを開くが、それまでに何か見つけなければいけない。

 

「奏」

あてもなくブラブラしていると、後ろから自分を呼ぶ声がした。

物静かな声の主は、彼女の知る限り一人しかいない。

 

「あら、フレアじゃない」

振り返ると、そこには思った通り背の低い銀髪の少女、星凪 フレアの姿があった。

 

魔術研究の権威、マサチューセッツ州アーカムのミスカトニック大学から来た彼女は、島で唯一ミスカトニック式魔術を用いる魔法使いである。

頭から生えている猫耳は周囲の魔力反応を察知するためのもので、コスプレではない。

戦闘機がレーダーを搭載しているようなものだ。

 

相変わらずの無表情だったが、小脇にはおしゃれな包装に包まった小箱がある。

「何か用?」

「無い。偶然見かけたから、声をかけた」

フレアらしい無機質で必要最低限の会話だったが、これでも奏が出会った頃よりはかなり人間味が増した方だ。

 

もっとも、奏とフレアの出会いは、人と人が出会うケースでは一番最悪の部類に入るが。

 

「アンタは、もうプレゼント買ったのね」

フレアは無言で頷く。

「これが、一番巴を喜ばせられると判断した」

「へぇー?どんなの?」

「本。巴がお気に入りの小説。原語版を手配した」

フレアがプレゼントに選んだのは、異世界での冒険が書かれたファンタジー小説だった。

「あら、良いじゃない?」

「それと、教授からも」

「……ああ、クロニカ?」

奏の脳裏に、ついこの間までこの天聖院学園で教鞭を振るっていた、ピンク髪の女が浮かんだ。

「どんな状況でも、自分を護れる武器を送ったと連絡してきた」

「また物騒な……よくそんなモノ、航空便で送れるわね。まあ、あの女なら直接テレポートぐらいできるか」

「いや……通常の手続きを経て、フェデックスで送られてきた」

「……あいつにも、お礼言っといてね」

マイアミ生まれの大魔術師らしく、面白半分のプレゼントだろうが、巴はそれでも喜ぶだろう。

妹の身を案じる姉としても、ミスカトニック謹製の護身武器は、ありがたい贈り物であるには違いない。

「承知した」

フレアは頷いた。

 

「さてと、呑気にしてられないわね。あたしはまたプレゼント探しに行くけど、アンタはどうするの?」

「一度図書館の部室に立ち寄るつもり。少し雑務が残っている。あと、かーるぐすたふも迎えにいくから」

「そう。時間、分かってるわよね?」

フレアは頷いた。

「時間までには間に合う予定」

「なら良いわ。それと……」

奏は、フレアに向き直った。

フレアもそれに応じて見つめ返す。

 

「いつも、ありがとうね。巴の面倒、見てくれて」

 

かつては自分を敵視し、“スク水娘”などと呼んで罵っていた奏の、素直な言葉。

見た目は16歳前後だが、この世に魔導生命体(ホムンクルス)として産まれてまだ数年のフレアの心は、一瞬大きく揺れ動く。

 

動揺は、やがて心を温める感情へと変わる。

フレアは、口許を緩めて返した。

No problem(気にしないで)

奏も素直に微笑み返した。

 

「じゃ、また後で」

そう言って奏は踵を返し、またプレゼント探しに戻っていった。

 

 

 

ショッピングモールに入り、ファンシーなテナントが立ち並ぶエリアに入った。

巴の好きそうなものがないか物色していると、突然背中を叩かれる。

 

「ちょっと、何すんのよ!」

振り返ると、そこには青髪の幼女が、満足そうに笑っていた。

「にゃはは~っ!びっくりしたかー!」

鬼住山 鬼火はいたずらっぽい笑いを浮かべた。

 

鬼火は弱冠12歳の少女だが、小さな身体からは想像できない超人的な怪力の持ち主だった。

大型トレーラー程度なら易々と持ち上げる腕力、鉄筋コンクリートを容易く砕く脚力、戦車の装甲並みに強靭な身体。

超能力や霊力、魔術などを総合すれば上がいるが、純粋な生身の戦闘力でこの少女に敵う者は、このニライカナイにはいないだろう。

但し中身は、年相応のやんちゃな小娘だったが。

 

「人形ねーちゃんは、もうおたんじょうびのプレゼントきまったか?」

やけに薄っぺらな箱を片手に、鬼火は自慢げに聞いた。

「今探してる最中よ」

「なんだーまだ決まってないのかー?早くしないとパーティーに間に合わなくなるのだ」

「分かってるわよ。で、アンタのそれは?」

「んー?これか?」

鬼火は箱をひらひらさせながら答える。

「よくぞ聞いてくれたのだ!これはな、かつらみたいなやつなのだ。なんだっけ……う、う、ウインクじゃなくて……」

「ウィッグ?」

「そうそう!前に巴と遊んだ時に、これいいね!って言ってたのだ!」

 

巴と同い年の鬼火は、互いにいろんなことを話し合う一番の親友だった。

格闘技連合総大将を務め、大らかで実直な性格も相まって人望に厚い鬼火のおかげで、巴はこの島にも馴染むことができた。

 

「これを着けたら、きっともっとかわいくなっちゃうのだ!」

「ふーん、それは楽しみね」

「……」

鬼火は不思議そうに、奏を見つめた。

「なによ」

「今日のねーちゃん、なんか変なのだ」

「どういう意味?」

「んー」

鬼火は少し考えて、

「今日は、なんかやさしいのだ。いつもはおにーちゃんの名前叫んで暴れまわってるのに」

「暴れてあげようか?今日のパーティーのメインディッシュはアンタね」

「うわっ、出たのだ!やっぱりおっかない奴なのだ」

とはいえ、いつも以上に心穏やかなのも確か。

 

だって今日は、巴の誕生日なのだから。

 

「これからも、巴をよろしくね」

奏は素直に感謝を述べた。

今の巴があるのは、鬼火の存在によるところが大きい。

「……うん、このあたいに任せるといいのだ!」

小さな胸を張る鬼火は、奏にも頼もしく思えた。

 

 

 

再びショッピングモールを探索する。

すると、ショーケースに飾られた、フリルが大量につけられたファンシーな配色のワンピースの前に、見知った顔の女が立っていた。

彼女は、傍から見れば、その店には似つかわしくない威厳と落ち着きをはらっている。

 

「九蓮寺先輩?」

奏の声に、九蓮寺 早苗ははっとして振り返る。

「あ、朝倉か。どうしてここに」

「あたしは巴の誕生日プレゼントを探しに……そういうの着るんですか?先輩」

奏にからかわれ、早苗は慌てて首を横にする。

「そ、そんなわけないだろう!まあ……かわいいとは思っているが……」

「ふーん」

顔を赤くして俯く早苗を、奏はからかうように覗き込む。

 

この学園を運営し、日本の実質的な支配者ともいわれる天聖院家を守護する“九曜”の一角、九蓮寺家の次期当主。

早苗はその肩書に恥じぬ剣士であり、その実力は世界でも指折りと言われ、島に乗り込んだばかりの奏は制圧された。

去年度で学園を卒業した彼女は、今は主の卒業までこのニライカナイにいる他の剣士たちの師範を務めている。

 

「それで、先輩は何しにここに?」

「うむ、今日は巴の誕生日だろう?私も、プレゼントを用意しなくてはな」

「ここで?」

早苗は頷く。

「巴は、こういう洋服を好んでいるだろう?今、仕立てを待っている最中だ」

爽やかな剣士の笑顔に、奏は少し戸惑った。

 

もう一年になる。

トラブルに巻き込まれて島に拘束された幼馴染を奪還するため、奏は“ドールマスター”である己の全力をもって、このニライカナイに乗り込んだ。

フレアと戦った後に、立ちはだかったのが、“剣帝”早苗であった。

戦闘人形を操る人形遣いとして、文字通り殺す気で挑んだ。

結果は、痛手を負わせたものの、奏は剣帝の前に倒れた。

 

そんな早苗が今、自分の愛する家族のためにプレゼントを選んでいる。

なんだか、不思議な気分だった。

 

「なんだ朝倉、まだプレゼントを選んでいないのか?」

「なんだろう。色々あげたくて、迷っちゃっているんですよね」

「早くしないと、パーティーに遅れてしまうぞ」

「そうですね、急がないと……それと」

「なんだ?」

「ありがとうございます。九蓮寺先輩」

奏の言葉に、早苗は頷いた。

「気にするな、巴が喜んでくれれば、それで良い」

 

奏は頷き返すと、またプレゼント探しに戻った。

 

 

 

「げっ」

少年は、目の前にいる奏の、正に鬼の形相を見て冷や汗が止まらなくなった。

一方、隣にいるツインテールの少女は変わらず涼しい表情を崩さない。

 

「ちょっとお~?この大事な日に一体、なにを、しているのかな?かな?」

「ち、ちょっと待て!落ち着け奏!」

「下僕の仕事っていうのは、そうやっていちゃいちゃデートするのも仕事なわけ?あたしの結人を好き放題連れまわさないでもらえる?」

「全く、アンタのその……下僕に関して病的な感情になるのは、本当相変わらずね」

キレ散らかす奏を必死に止めるのは、幼馴染の綺堂 結人。

一方で、金色のツインテールをなびかせて余裕の表情を浮かべるのが、この天聖院学園の支配者。

“天聖妃”と呼ばれる天聖院学園生徒会長であり、天聖院家次期当主、天聖院 麗華であった。

 

超高級リゾートとしての側面をもつニライカナイへのチケットを、運よく手に入れた結人は、そこから運命が大きく変わった。

事件に巻き込まれ、ニライカナイを出られない身体にされた結人は、麗華の命によって異能力を持たないにも拘らず、天聖院学園に半ば強制転入させられた。

生徒資格を得る口実として、結人は麗華の身の回りの世話をする“下僕”の肩書を与えられた。

それは、幼馴染でいつも想いを寄せていた奏の逆鱗に触れた。

 

その後、紆余曲折あり、今は島外に出られるのだが、結人は今も“下僕”として麗華に仕えている。

それが、奏は面白く無くて仕方がない。

 

だが、今日は溜飲を下げた。

「ま、今日のところは許してあげる」

「一度たりとも、貴女に許可を求めた覚えはないけれど?」

「じゃあこの場で、許しを請いたくなるようにしてあげようかな?」

「あらあら、半年前の再戦でボロ負けしたのはどこの誰だったかしら?」

「……ッ」

「やめろよ二人とも!それに、あんまりのんびりしてられないんだし」

結人が間に割って入り、二人は怒りを鞘に納める。

 

「で、なにやってたの?ここで」

「ああ、巴のプレゼントを選んでたんだ」

「結人ったら、アンタの次に付き合いが長いくせに、まだ決まってないのよ。全く、不甲斐ないわね」

「……わるかったわね、決まってなくて」

「アンタも!?」

奏の言葉に、麗華は驚愕し、呆れた。

「二人そろって何してるのよ、もう」

「付き合いが長いと、かえって迷っちゃうんだよな」

「そうよ!色々考えちゃうの!」

二人の言い訳に、麗華はため息を吐いた。

 

「もう時間ないわ。この私が手伝ってあげるから、早くしなさい!」

麗華に伴われ、二人はショッピングモールの中を歩き出した。

 

 

 

ニライカナイ島は、学園生徒と教員、職員、その他学園の運営や商業施設の関係者を除き、一般人の滞在には一週間という制限がある。

これは生徒の家族であっても例外はなかった。

 

しかし巴は、奏の転入に際して特別に居住が許されている。

 

奏達には、頼れる肉親がいなかった。

特殊な戦闘人形を操り、暗殺を家業とした阿鎖玖羅(あさくら)人形劇団。

 

その日、劇団の命運は尽きた。

 

殲滅された劇団もろとも、奏達の家族は殺された。

そしてその心の傷は、巴の精神をも打ち砕いた。

奏は心を失った巴と共に、隠れるように暮らしていた。

その中で出会ったのが、結人だった。

 

巴と結人は、奏にとって守るべき新たな家族。

 

奏は学園の武闘大会“大天聖祭”に乱入し、大混乱を招いた人間でありながら、その能力を認められて天聖院学園生徒としての転入を提案された。

乱入の理由である結人と同じクラスで過ごせる上、カテゴリーAランクという、生徒としては最高待遇に近い扱い。

 

しかし奏は、巴も共にニライカナイに移住できないなら、島を焦土にしてでも結人を奪還して本土に帰ると告げた。

巴のニライカナイ移住が、奏の学園転入の絶対条件だった。

 

麗華はそれを受け入れた。

 

「私にも妹がいるもの。同じ立場なら、やっぱり同じようにしたでしょうね」

奏と結人はなんとかプレゼントを選び、三人はパーティーを開く民宿に向かって歩いていた。

鬼火の幼馴染の家族が経営する民宿は、宿泊の他に大広間での宴会もできた。

麗華のプレゼントは靴、結人は髪飾り、そして奏はカチューシャを選んだ。

巴の好きな、緑色のカチューシャだった。

素朴かも知れないが、あとは気持ちを込めようと、奏と結人は決めた。

 

「ねえ麗華」

「何かしら」

「今日はありがとう」

いつもは敵意むき出しの奏の、やさしい笑顔に対し、麗華も同じように笑って見せた。

「ふん、当然のことよ。生徒皆の笑顔を守るのが、天聖妃の役目だもの」

普段は鼻につく女王らしい言葉も、この時ばかりは頼もしく思えた。

「これからも、巴のこと……よろしくね」

「ええ、喜んで」

 

「おーい!」

民宿の前で、誰かが手を振っている。

今日の主役、巴の姿だった。

他のみんなも、既に集まっている。

 

「良かった!もう間に合わないかと思ったよ、お姉ちゃん」

「ごめんね巴。ちょっと時間かかっちゃった」

駆け寄ってきた巴の頭を撫でながら、奏は答えた。

「さっ、早くいこっ!」

巴は奏の手を引く。

 

 

 

このニライカナイで、巴はみんなに愛されていた。

その安心感は、奏の心を充足させる。

「ありがとう、みんな……」

奏は誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。

 

この島で、巴は感情豊かに成長していくだろう。

 

奏はこれまでの巴の人生を振り返り、

そしてこれからの幸せを願って……

 

 

 

誕生日おめでとう、巴______

 

 

 


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