拙的に2000年頃に起こして欲しい草子   作:うすうす

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慧眼(えげん)

 京の近郊、見晴らしの良い山中の土手に人影がひとつ。普段ヒトの立ち入らないであろう低木の生い茂った先、中腹の所。付き人も無くこのように離れて荒れた場所に1人佇んで居ると言うのは怪しさの出るもので、ましてやその服装と佇まいの身綺麗さは山中には余程似つかわしくないものであった。

 

その者は澄ました顔の内に何処か喜色を滲ませて、遠く麓の景色を眺めている。見渡す先の眼下には広く敷かれた京の、整然とした区画が見事に広がっていた。

 

 絶景を前に佇むその胸中は、しかし全くの別所に在った。今関心を占拠しているそれは直近、足を運んだ末の一件。目を向けたきっかけは天与呪縛が平定せしめた大江山の(あれ)らとその仙界(すみか)混淆(こんこう)の進み、ある種の普遍化による希釈の長じたこの島国で仙界(それ)の生じたと言う点も十分に興味深くあったが。殊更に気を引いたのはその仙界跡に残っていた僅かな残穢。

 

「一体何が生じたのだろうね、私の知らぬ間に」

 

 好奇。その者の永き生の中、何もかもの変わりゆく中で唯一(ただひと)つ変わらず有り続ける芯たる所。抑えきれぬといった声色でその充足と渇望を噛み締める。そうして心の有様のまま(わらべ)じみて純真に輝く瞳がふと、一軒の家屋を捉え、すると途端に鼻白(はなじろ)んだ。

 

「また()()()行かないと、と勝手に思っていたんだけどね。どうやら当ては外れたようだ」

 

 平坦に発された言葉は当人の意識にすら掛かること無く、無人の山中に溶け消える。これに何の気も無く続くのは呆れを示す声色であった。

 

「全く、やっと出て来たのかな。あの引き篭もりは」

 

 やれやれ と、親友の悪癖に諦観を示すかのような様だけを残してまた、興味のままの思考に立ち戻って没頭する。

 

 その者の額には、異様な縫い目があった。

 

 

 

 

 祭りの準備だ何だと忙しない明朝。日本の各所の浄界の、調整と新設の為の遠出の一環を済ませた私はここ暫くは京にて過ごしていた。帰る所に人の居るというのも何だか珍しく、多少久しく会う面々に老婆心も沸くものであった。

 

 

 永く時を過ごして来た。多くの世を、時代をヒトを見送って尚、不死の術式は私を時間(とき)の果てへと運び続ける。同時、乖離して行く時感覚はどの共同体にも身を置かせてはくれない。……遠い昔はそう悩みもしたものだったか。

 

 幾許か前、薨星宮に篭っていた折。不死に己が健在の保証されている中とはいえその実、遅々としつつも嵩んだ老化の末に朽ち切った身体を引き摺る心地の私の元に、1人の術師が星漿体を伴いやって来た。薨星宮は隠されてこそいなかったが、寄り着くモノも識る者もそう居ない。同化の期日にも余裕のあるその時点においては尚更に予期せぬ訪問であった。

 

 術師は名を晴明と言った。毅然と理知を示す眼に、小脇に抱えた物騒な土産物が印象にまだ新しい。現在(いま)と同時に何か先の先をも見据えているかのような視線は、あの頃からそうであったか。兎角、来訪した晴明は仮死状態の星漿体の引き渡しと引き換えに、私に要求を提示する。

 

『暫く在野にて過ごせ』

 

 その要求はしかし、不可解に些末であった。京に拠点を用意したというのも何なら渡りに船。もとより在野にて各地の結界の調整を行うというのは、私からして既定路線であったのだ。

 

 

「戻っていたか、天元」

 

 回想にふける私に声をかけたのは杢蓮(もくれん)。特異な眼を持つ、晴明の弟子だ。

 

「ああ。其方も元気そうで何より。活躍は耳にしていたよ、庭師殿」

「……何処で聴いたんだい? 全く、君からも言ってくれよ。師匠は弟子使いが荒いって」

 

 噂話で耳にした呼称で揶揄ってやれば、苦笑を浮かべてそう応じる。術師の間では噂に事欠かない晴明であるが、そのような話に近頃頻出するのが "晴明お抱えの庭師"。晴明の暗躍は枚挙にいとまがないが、飽くまで基本は暗躍である。その実行犯たる杢蓮についていくつかの噂が立つ裏、果たしてどれ程の実働が隠れているかというのは推して知るべしといったところであった。

 

 しかして杢蓮の恨み言の裏に禍根の色は無い。呪いを扱う癖にどうにもやはり、在野の子らには気持ちの良い誠実さを持つ者が多い。

 

冗談混じりの軽いやり取りを交えた後、双子の元へと向かう杢蓮の背を見送り。そうしていれば、いくらか以前に言われた台詞を思い起こす。

 

〝天元。私の後、この眼は貴女に使って欲しい〟

 

「フフ」

「人の顔見てなんじゃ急に、気色悪いの」

 

 想起と同時、丁度私に声をかけようとした所の晴明の顔が目に入り、思わず笑みが溢れた。

 

「済まない。単なる思い出し笑いだよ」

 

 返じて、晴明の顰めっ面があの日と重なる。何でもないと返せば晴明は疑るような顔を向けるが、直後に亜也芽(あやめ)が呼ぶのに応じて離れ行く。

あの日というのもいくらか以前。普段疑っているわけでも無いがこの男もまた確かに、己の力に責任を見出し、世に尽くさんとする誠実者であった。

 

 

『天元。わしが死んだらお前にはこの眼をやろう』

 

 杢蓮に六眼の成り行きを託されてから程なくして。浄界整備の残りの旅程について話す中で、晴明がふと口にしたのだ。

この時は杢蓮も一人前になって暫くの頃で、その悩みは聞いていた。師の晴明は稀代の傑物、如何に「一人前」と言葉内で認められようとも、学べば学ぶほど遠ざかる師の背中はいつまでも遠く及ばないまま。果たして私は学びとるべきを受け継ぐ事を、()()を行えているのだろうか、と。

 

 そうしたら全く同じ事を言い出すのだ、この子らは。これには思わず固まって、その後ゆっくり微笑みが浮かんだ。なんだ、しっかり師弟じゃないか。

 

 晴明は、私に()()()()()()()()()にでもなられたかと訝しんだのだろう、面白く無いという顔を返したが、生憎とそうではない。晴明が善意や(あわれ)みといったものよりも先に、理念にこそ重きを置いていることは承知している。

 

 故にその狙いは単に、実利。私が眼を持つことが、その先に利を産むのだろう。

 

 

 

 

 昼。多少慌ただしくあった朝を過ぎて快晴の、明るく日の照る祭り日和。

 

人々は祭り見物に出払っており、来客も無いであろう日取りにかこつけて。前栽(ぜんざい)を広く見渡せる寝殿の(ひさし)なんかに陣取って、安倍寮一行は各々の団(らん)を過ごしていた。

 

 庭では双子の兄の笙舞(しょうぶ)が、六眼の杢蓮(もくれん)補佐(サポート)の元 "無下限呪術" のコントロールを練習している。無下限の術式行使の結果はその大半が(まと)からズレて生じるがその度、呪力出力は込め方は云々と杢蓮から指示が飛ぶのを繰り返す。

 

安全な術式運用を地道に探り身体で覚える根気の荒療治。もう見慣れた光景だが、以前は付きっきりにしていた妹の亜也芽(あやめ)が今は少し離れている。急な自滅の危険性を低く見積もれる訓練段階にまでは達したのだろう。

 

 杢蓮から下る呪力操作についての、最早当てつけか虐めの(たぐ)いじみた細かい注文に懸命に応え続ける、脂汗の滲む笙舞の所へ。横で亜也芽と呑気に花見をしていた晴明が徐に、手折った木瓜(ボケ)(えだ)を差し向けてこう言った。

 

「これ、裁断(カット)してくれんかの」

 

 訓練の名目で無下限を(はさみ)代わりにしたいらしかった。当の笙舞にしてみれば、ぶっつけ本番の座標を目標に術式を行使するというだけでも大層焦るところ目標は人のすぐ隣、「ほれ、ここまで頼むぞ」とか手を近付け指差して示されるので余計怖い事この上ないのであるが。

 

師匠役の杢蓮は大層乗り気で、やれ距離はこんなだから感覚がどうだとか、込める呪力量はさっきの2割り増しだなんだと注文をつける。その心境は、師たる晴明なら大丈夫という信用が3割、残りはまあ「痛い目見てしまえ」ってところだろう。

 

 そうして振るわれた無下限は些か起点がズレてはいたが、見事木瓜(ボケ)を裁断せしめた。これには皆「おぉ」と声を上げ笙舞を讃える。安定はまだ遠いとはいえ無下限を、そも狙う()()で振るえ得るかというのが、生半では考えられぬ事だと言うのが我々に定着しつつある共通認識であった。

 

「よくできました!」

「で、できた……」

「おぉ〜〜! 兄ぃすごい!」

「ちと想定よりちんまくなったの」

「礼を言えよアンタは」

 

 杢蓮と亜也芽の祝いの言で場が沸いて、その裏で拙が不躾に晴明を咎める。

(にわか)な騒がしさに人の増えて賑やかになったものだなと思いつつ、長さの調整された木瓜の行く末を気にしていると。

 

「花挿しにしようかとな。おい天元」

 

 私を呼びつけた晴明から整え役を振られ、木瓜は我が手元に一旦の落ち着きを得ることとなった。この大きさなら……、拙にあげるのが良いだろう。私が算段を立てる中、晴明も同様に「拙へ」と呟くのを聴く。

 

 そうして今は双子らに目を向けた、()()と気を抜いて呆けている拙を見遣る。大層小さな奴である。これの頭上に、今私の手元には小さな飾りのちょこんと乗って、そうしたら案外主張してしまう様なのは想像すると可愛く思える。

 祭り盛りの今日この日、葵桂で飾るのがよいだろう。決めて、祭飾りの余りを摘んで手元に揃えた後、木瓜の花を立てるように桂の枝を添え、葵の茎を巻いて飾る。

 

 こんなものだろう。出来栄えにそこそこ満足して一息つくと、しみじみとした感傷の沸くのに気付く。私にとって馴染み深いのは、同じ桂の字でも異なるものであるが。この様に迂遠な所にまで目を付けて望郷に偲べるというのは、現世を移ろい行き着いた故の特権であろうか。

 これであとは拙に()()()るのみであるが、しかし、ふと。このまま私が渡してしまうと何処(どこ)か片手落ちであるように思えた。

 

 はて、な。所感のままに見渡せば、笙舞を褒め千切り終えて此方を気にしていた亜也芽と目が合う。そうしたら好奇の喜色を浮かべた亜也芽がとてとてと寄ってきて、木瓜の花挿しをまじまじと眺めた末にこう言った。

 

「わあ、綺麗! ねえこれ、渡しに行ってもいい?」

 

 それは名案に思えた。花挿しを亜也芽に託せば正の力に当てられて、木瓜の(えだ)と葵桂が仄かに生き生きとし始める。

 亜也芽は私の元からとてとてと立ち返って今度は拙に寄ると、一旦拙に花挿しを表裏と見せてやり、そのままその手で拙の頭へと飾った。

 

 うむ。想像通りに似合っている。

 拙は唐突な贈り物に面食らったようだが、見えないであろう己が頭上の花挿しを暫し上目で追おうとして、直ぐに諦めてそわそわと、控え目に周囲を見渡した。

 

拙の目の前では亜也芽が「可愛い!」と絶賛を返しているが、お気楽な彼女では今ひとつ信用ならないのであろう。そのうち此方と目が合って、応じてひらひらと手を振ってやれば、その口角の上向いたのが見てとれた。中々いじらしいものである。

 

 こうして新鮮な反応に満足して周りに目を向ければ、笑む杢蓮に仏頂面の笙舞の他、花挿しを見て変な顔をした晴明が目に入る。如何(どう)したのかと問うてみるが、暫しの間の後。

 

「何、似合うものだと思っての」

 

 と、珍しく双子ではなく拙について肯定的な言及をする。大層まじめな顔をして、出来た孫について語るように述べるものだから些細を問いたくもなったのだが。

 

「さて、そろそろ時間か」

 

 などと述べて何処(どこ)からか、梯子を持ち出して来た晴明の奇行によって期を逸することとなった。

危う気無く梯子を登り行く老体に向け、杢蓮が一際大きな溜め息を溢す。片手で目元を抑えて暫し静止した後、私にこう溢した。

 

「……天元、頼んだ」

「おぅい皆! もう見えとるぞ!」

 

 既に登頂した晴明が杢蓮の言葉を遮る勢いで呼び掛けて、子供らも共にと(そそのか)し出す。

求められるは拙速、醜聞の生じる前に。私はすぐさま杢蓮に応じて印を結び、周囲からの視覚認識を阻害する結界を張るのだった。

 

 

 

 

 祭りも終えて一息ついた、平時の一日。照る日差しを避けて風通りの良い屋内に陣取ってみれば殊更居心地の良い頃合い。

 

「……なぁに」

「何、随分と意識を向けてくれていたからね」

 

 そんなやり取りを経て場所を寄せて、居合わせた止留拙と時間を共にする。力を抜いて自然体の相変わらずのくつろぎ様。年齢に不釣り合いな程長く伸びた黒髪。木瓜の花挿(かざ)しが、その花弁の白色が今は殊更映えて見えた。

ゆったりとした時間が過ぎ行く。さてこちらから話を振るべきか、何を振ろうかなどと特段気負いも無しに黙考する最中、問いかけがひとつ、あちらから届いた。

 

「天元は、何を望んで不死に行き着いたの?」

 

 望み。……望み、と来たか。生得術式は術師の持って産まれるもので、そこに意思など介在する余地の無いものであるが。

 

「望み、ねぇ」

 

 拙にとっては異なるのかもしれない。奇妙な来歴を持つ彼女からの問い越しに、自身の望みなるものを探して思い耽る。遠い昔、在野を生きる中で僅かに、然して確かに培っていた筈のそういった感傷は、今はもういたく遠くに行ってしまっているように感じられた。

 

「そうさね」

 

最中、在りし日のあの子が脳裏に浮かぶ。一度(ひとたび)そうなって仕舞えば、何か思い浮かべようとする度ひとりでに、立ち登る残り香が頭を離れない。

 

「変わり続ける為。そう有りたいとは、思うかね」

 

 ほろ と溢れたそんな自戒は果たして本心であっただろうか。止留拙の不変につられて(ゆえ)、当てつけにでも似た台詞を吐いたのだろうか。それとも、私は。

 

 さらと過ぎていった掴みどころの無い胸中は特段この身に残ることなく、されど拙は何か思う所のあったようで。

 

「それは———、……ちょっと待ってね」

 

 述べて拙は立ち上がり、庭へと降りる。何のつもりかと静かに待てば手元を気にしつつ徐に此方へ寄って、手折った早咲きの菊を私に差し向けた。陰に咲いて居たのだろう、凛と向く鮮やかな紫の花弁が露を弾く。

 

「これ、御守り。あげる」

 

 手渡された紫菊は呪力を伴った。これには彼女の術式、不変が掛けられているのであろうと察せられた。

 そうして少し照れの滲むような、朗らかな顔をしてこんなことを云うのである。

 

「変わらないものが傍にあれば、変わったことにも気付きやすいから。きっと」

 

 

 

 手元の紫菊をじっと見ると、横を揺れる長く垂れた白髪が騒々しく。そうして、深く俯いていた自身に気付く。

 

不変に罹った紫菊の瑞々しい様。そこに己の白髪の掛かった(ふう)に白紫の移ろいを想起して、それではまるで霜枯れのようだと、心中で微笑(わら)いを零した。

 

 

 

 

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