「ッ!?ああぁぁ!!?ぁぁぁぁああーー!?」
振り向いて、思わず僕は叫び声を上げた。
なぜなら・・・醜く嗄れたお爺さんが、目玉潰れていて見えないはずの眼でこちらをじっと見つめていたからだ。
その姿はまさに異常と言うべきだろうか。
腰が曲がりきっており、骨と皮だけの体格にボロ布を身につけている。
手には木材の
よく見ればその何かは赤色の液体に浸されており、丸い形状をしている。そしてそれが、何十個とかき混ぜられている。
部屋の中が薄暗くて見えにくいが、かき混ぜられているソレは白と黒の配色をしており───まるで、目玉のようだ。
「小豆はいらんかね?」
グルグルと目玉のような何かをかき混ぜながら、僕に問い続けるお爺さん。
僕にはそのお爺さんが、とても自分と同じ人間だとは思えなかった。
だからこそ、僕はあえて何も答えないことにした。
答えたら何かろくでもない結果になりそうだからだ。
というかそもそも、こんな明らかにヤバい雰囲気のお爺さんの質問に答えられる人が何人いるんだろうか。
少なくとも僕は少数派ではないことは確かだ。
「小豆はいらんかね?」
「小豆はいらんかね?」
「小豆はいらんかね?」
・・・ヤバい。
どんどん顔を近づけてきている。
怖い。
恐ろしい。
でも体は蛇に睨まれたように動けない。
「・・・あーあ、死ぬのかな僕」
なんて余裕ありげに言ってるけど、これはただの強がりだ。
本当は逃げ出したい。
まだ生きたい。
けど・・・こんな絶体絶命の状況で助かるわけが無い。
あぁ、くそ。
まだやりたいこともやってないのに。
可愛い彼女作って、大勢の友達と遊びに行って、体育祭で目立ってキャーキャー言われて・・・そんなちょっとした願望。
青春のほとんどは僕達若者の願望で出来てるけど、叶わないわけじゃない。
でも僕にはもう・・・可愛い彼女なんて。
「小豆はいらんかね?」
「・・・いや、可愛い彼女?」
そうだ、可愛い彼女だ。
まだ僕には彼女なんて出来たことない。
そこそこ顔がいい方だとは思ってるけど、今まで生きてきて一度も告白されたことはおろか、女友達すらいなかった。
本当に、このままでいいのか?
男として、一人の生き物として、本当にここで終わってもいいのか?
可愛くて優しくてボインボインの女の子と付き合うんじゃないのか?
男に二言はないはずだ。
「小豆はいらんかね?」
いや、男に二言はない。
なら僕がすべきことは・・・今僕がすべきことは───
「小豆はいら「小豆小豆うるさいんだよぉーーー!!!」」
ドゴンッ!
我ながらなかなかいいストレートだったと思う。
座っていながらも放たれた僕の拳は、正確にお爺さんの顎に命中し・・・そのまま振り抜かれた。
見た目通り結構軽かったのか、後方に吹き飛ぶ。
だが油断してはいけない。
相手は見た目通りただのお爺さんじゃない。
このままうだうだしていたら、すぐに復活して殺されそうだ。
ならもう、トドメを刺しに行くしかない。
ポケットをまさぐって、しまっていたイヤホンを取り出す。
「これほどワイヤレスじゃなくて良かったと思った日はないね」
このイヤホンはなけなしのお金をつぎ込んで買ったそこそこ高いものだが、生きるためには犠牲にするしかないだろう。
じゃあねイヤホン君。
今までありがとう。
今まで大変お世話になってきたイヤホンに別れを告げ、お爺さんが吹き飛んで行った方へ向かう。
見れば丁度起き上がろうとしていたところだった。
そんなお爺さんに───
「小豆は「うぉぉぉぉおおおおーーー!!」」
───イヤホンの紐を首にかけて、思いっきり縛った。
まるで比較的軽いお爺さんを背に担ぎ、まるで背負い投げをするように首を絞めあげる。
「小豆は・・・小豆はいらんか・・・」
どんどん声が小さくなっていくお爺さん。
抵抗する様子はなかった。
故に思う・・・本当に僕はこの人に殺されかけていたのか?
もしかして実は、かなり友好的な人?なのではないだろうか。
本当にただ小豆?らしきものを僕に売ろうとしていたのではないだろうか?
「いや、迷うな僕!」
逃げる時に感じたあの視線の恐ろしさ、まじかに迫った時に向けられた殺意・・・あれは本物だった。
なによりあの移動速度。
到底ただのお爺さんではない。
意思疎通が測れるようにも見えなかった。
ならもう、今は迷うべきではない。
殺されかけているのに、自分が情けをかけてどうする?
「死ねぇぇぇぇーー!!」
「あ、ずき・・・はいら・・・」
メキメキと骨と皮を絞めあげる音が、耳に伝わる。
自分のしている残虐な行為に今にも手を止めてしまいそうだけど、手を止めたら今度は僕が殺されるかもしれない。
だから・・・死ね。
頼むから死ね。
どうか死んでくれ。
そんな気持ちを込めて、思い切り力を振り絞った。
そして───ゴリッ。
何かが外れた音ともに、お爺さんの体が弛緩した。
「はぁ、はぁ・・・ようやく殺れた」
後ろを振り向いて死んだことを確認し、ドサリと尻もちを着く。
怖かった。
ただただこのお爺さんが怖かった。
それだけの理由で僕はお爺さんを殺した。
だけど後悔はしていない。
殺していなければ今頃自分が死んでいたのは間違いない。
「はぁ・・・もう二度としたくない」
溜息をつきながら、周りを確認する。
するとお爺さんの持っていた盥から、中身が溢れていることに気が付いた。
「なにこれ・・・ッ!?」
まず、赤い液体。
濁ったようにぬらぬらと溢れていたのは・・・血液だった。
誰の血か分からない。
追いかけられていたから気づかなかったが、どう考えても濃厚な血の匂いだ。
そして目玉のようなもの。
これは・・・本物では無いと信じたい。
近くで確認したところ、間違いなく目玉だ。眼球だ。
しかし、信じたくない気持ちの方が強い。
そして何よりも信じられないのが、こんなものを平気な顔してかき混ぜながら、小豆はいらないかと囁いてきたお爺さんだ。
もし、もしも・・・もしも僕が、いらないって答えていたら。
もしも僕がいるって答えていたら。
僕はどうなっていたんだろうか?
想像しただけで身震いする。
そう考えると、今僕がこうして無事なのは運が良かったのかもしれない。
「はぁ、はぁ・・・し、死ななくて良かった」
『ほう、なかなかやるではないか』
まだ心臓の鼓動が止まらない。
てもじっとしていたら、また同じ目に会いかねない
1人だけとは限らないからだ。
まぁ、だからといってどこに進むのかって話だけど。
『貴様は逃げたいのか、ならば案内してやろう』
おじいさんの後ろには扉らしきものがあって、一応先には進めそうではある。
でも・・・奥に進むべきじゃないって、全力で警報を鳴らしている。
なのに───なんで。
『こっちじゃ』
「なんで・・・体が勝手に!?」
あぁ、くそ。
最悪だ。
こんなことならさっさと逃げれば良かった。
「ちっ、今更悔やんでも遅いか!」
薄々察していた。
僕は確かに摩訶不思議な冒険や、普通では味わえないアブノーマルな体験をしてみたいとは思っていた。
けど・・・こんな命懸けならごめんだね!
正体不明のお爺さんに追われて、殺されかけて。そして僕が殺した。
ここの空間で僕が何分過ごしていたか分かんないけど、体感1時間くらいでこんな生死を賭けた戦いをしないといけないなんて。
早く異世界転移とかされないかなーなんて呑気なことを考えていたあの頃の僕を、全力で殴ってやりたい。
「うぅ・・・くそ、抵抗できないッ?」
『抵抗するでない』
足が勝手に進み出すのを必死に抑えるが、今度は体が引っ張られるような感覚とともに、ズルズルと奥へ奥へと体が勝手に引き寄せられる。
畳の部屋を何度も通り抜け、襖が勝手に開かれていくのを眺めながら、必死の抵抗を続けた・・・が抵抗虚しく、変わらず奥へと引っ張られ続ける。
「・・・ついに1番奥まで・・・うっ!?」
『着いたぞ』
やがて最奥へ到着したのか、引っ張ってきた力がなくなり、慣性の法則に従って体に圧がかかったために床に叩き付けられた。
そのせいで、我ながら牛蛙みたいな声が出たのは否定しないけど、せめてもう少し優しく扱って欲しいと思う。
まぁ、問答無用で僕をこんな奥まで引っ張ってくるくらいだから、優しい扱いは期待していなかったけど。
いてて・・・と畳にキスした顔を抑えながら立ち上がる。
周りを見渡すと、陽の光が届きにくいせいかかなり暗い。
だがよく目を凝らせば、部屋の中央に何かある。
「ってこれ、ついさっき見た首塚だ・・・なんでここに?」
汚れて見えない文字も、崩れかかった墓石も、全て先程見た首塚と一緒だ。
そして、それが何故か部屋の中央に鎮座している。
そもそも、なんで僕はこんな最奥にまで引っ張られたんだ?
試しに後ろの襖を開けようとしたら、ビクともしなかった。
どうやらこの部屋から出させる気はないらしい。
「だとすれば・・・手掛かりはこれか?」
眼前に見すえるのは、古びた墓石。
畳の上に土が被されかなりシュールな光景になっているが、当事者の僕は笑えない。
これを一体どうしろと?
・・・まさか壊す?
いやいや、まさか。
こんな見え見えの罠に引っかかりたくない。
「・・・でも、それしかなさそうだもんなぁ」
どう考えても怪しい気配ビンビンである。
だがこれをどうかしなければ、恐らく僕は外に出られないだろう。
じゃないとここまで引っ張ってきた意図がわからない。
よし、と気合を入れて墓石の目の前まで行く。
比較的小さな墓石をしっかりと掴み、思いっきり引っ張った。
「ふんぬぅーーー!!」
ダメだ。
ちょっと抜けるような感覚はあるけど、引っ張っても全然取れない。
というか、コレじゃない気が凄い。
・・・なら押してみるか。
急な地面を走ったりしたせいで血だらけの靴下を脱ぎ、裸足で端の襖まで寄る。
タックルしてみるのもありだけど、小さいからかなりしずらいだろうし、そもそも石だからタックルしたら痛そうだ。
「蹴った方が良さそうだね」
格闘経験はないけど、助走をつけて思いっきり蹴飛ばしてみた。
ゴグンッ!
「・・・いけちゃった」
歪な音ともに墓石が首塚の土から離れ、墓石の下が顕になる・・・が、畳の上で盛り上がってる砂があるだけで、特に変化はなかった。
・・・本当に何なんだ?
正直疑問しか浮かばない。
でもまぁ、これで多分襖は開いただろう。
そのまま逃げ出してしまおう。
そう思い、踵を返そうとした───その時だ。
「待たぬか」
何か背後から、身の毛もよだつような恐ろしい気配がした。
先程から耳元に響く人の声のような何か。
気のせいかと無視していたが、どうやら気のせいではないらしい。
なぜならその声の主が、今自分の真後ろにいるのだから。
「こっちを見よ」
振り向いてはいけない。絶対に、振り向いてはいけない。
さっきのお爺さんもやばかったが、“これは”その比じゃない。
声を出すことすら危うく、息をすることすらもはや苦しい。
肺の中で細胞が悲鳴をあげ、空気を吸い込みたがっているのがわかる・・・が、それすらも許さないとばかりの重圧を僕は今感じとっていた。
───死ぬ。
「そう怖がるな。取って食おうというわけではない」
蠱惑的でつい後ろを振り向いてしまいたくなるほどの色気のある声。
だが勝手な振る舞いを許さないという絶対の意志を感じる。
怖がらないという方が無理がある。
「ほう・・・精神力も忍耐力も高いか。良かろう、気に入った」
「・・・っへ!?」
急にグイっと肩を掴まれ、後ろを振り向かされた。
その力は万力のように、肩を固く掴んで離さない。
せめてもの抵抗として目をぎゅっとつぶり、その存在を直視しないように後ろを向いた。
「
そんな僕を見てか、顎をグイッと掴まれ上に上げられる。
祝福?
祝福と言ったのか?
何故か、という疑問は浮かばない。
恐らくあの首塚は何かを封印していて、それを僕が破った。
つまり僕は利用されたわけだ。
それゆえの祝福だろう。
だが、恐らくこれは祝福ではない。
神社の中で封印されているナニカ・・・どう考えてもヤバいやつだろう。
そんな存在が授ける祝福が、本当に文字通りの祝福なんて与えるわけがない。
絶対ろくでもない奴だ。
そう考え、この存在から与えられる祝福とやらに身構えていた。
だが・・・。
「んっ」
唇に何かが触れる感触があった。
「ッ!?」
びっくりして思わず目を開ける。
するとそこには───頭から赤黒く捻れた角?を生やした女の人が───僕の唇に自分の唇を触れ合わせていた。
「「へっ?えっ?え、え?な、なん」口を開けよ」
・・・えっ?
え?え?え?え?
と混乱したのも束の間、今度は閉じていた口に舌をねじ込まれた。
動けないようにがっちりと頭を固定されて、だ。
・・・あまりに突然のことで、呆然とする。
僕は今、何をされてるんだろう?
これは、所謂きっすというやつではないだろうか?
しかもかなりディープなタイプのきっすではないだろうか?
もしかして僕は、今とんでもない状況なのでは無いだろうか?
「~~~~~ッ!?」
それを自覚した瞬間、僕は抵抗を諦めた。
暗くて見えなかったけど、よく見ればめっちゃ美人だし、グラマラスなのかめちゃくちゃおっぱい当たってるし。
彼女作れなかったけど、もうここで死んでもいい。だっておっぱい当たってるし。
ていうか、僕もそこそこ身長はある方だけど、顎クイされるレベルでこの女の人の方が身長が高い。
かなりの美貌だ。
・・・明らかに人じゃないけど。
角生えてるし、目は黒と金色だし、人とは思えない力だし。
でももう死んでもいいと思う。
こんないい思いをして死ねるなら、僕は裸で近所を徘徊しながら「オッパイダイスキ」といいながら立ちションできる自信がある。
それと・・・なんだか、眠くなってきた。
手足に力が入らない。
「ん・・・ふっ、んっ、んっ、はぁっ・・・」
「・・・う・・・ぁぁ・・・」
搾り取られていくかのように、体の力が抜けていく。
お互いの舌と舌が絡み合い、唾液が伝う。
僕はただ、その行為を受け入れることしか出来ない。
しばらくそのままキスを受け入れていると、突如として体に何か異物が入り込むかのような感覚が僕を襲う。
「っ、?~~~~っァがァァァァーーー!?」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!?
体の節々、骨、皮膚、目、鼻、口、足、腕、首、頭、胸、背中、腰・・・その全てが痛みを訴えている。
だから分かった。
これが
今にも体が破裂してしまいそうな程に、苦痛が身体中を支配しているこの感覚が祝福だ。
「ぷはっ・・・よく我を解放してくれた。礼として授けよう」
恍惚とした面持ちで僕にそう告げるこの女の人は、艶めかしくペロリと唇を舐め、僕の様子を観察している。
まるで愉快そうに、楽しそうに歪む口元からは、加虐的な性格が伺えた。
何が礼だ。
何が解放してくれただ。
そうせざるを得ない状況を作ったのはこの女の人じゃないか。
「そう睨むな。これは我からの祝福だ。故に、精々意地汚く生き延びることだ・・・期待しているぞ?」
怒りが顔に出ていたのか、その僕の様子をまるで嘲笑うように長々と告げた女の人に、腹立たしい気持ちが芽生える。
だがそれに相反して、僕の意識は闇に落ちようとしていた。
「アァ・・・がッ!?・・・グゥ・・・」
痛みと眠気で頭がどうにかなりそうな中、必死に抵抗するが・・・。
「抵抗するな、と先程も言ったであろう」
「うっ・・・」
耐え難い眠気と痛みに加え、何故か抵抗してはいけないという命令に応えるように、更に体が脱力していく。
必死の抵抗虚しく、冷笑を含みながら告げられたその一言に、強制的に僕の意識は闇に包まれた。