【書籍化】物語に一切関係ないタイプの強キャラに転生しました 作:音々
「あ、おじさま」
戻ってみると、そこで待っていたのはなぜかタナトス1人だけだった。
「あれ、リヴィアは?」
「……テレビの予約をしてなかったからって、先に帰りました。なんでも絶滅危惧種の珍獣特集をやるとか?」
「ふーん?」
「で、その人は?」
ちらり、とラムダの方を見る。
対して彼は首を傾げ、それから俺に対して逆に尋ねて来た。
「娘さんではないよな、年齢的に。というと、恋人か何かなのか?」
「いや、違うけど」
「そんなところです」
「いや、違うけど」
「しかし、おじさま。私とおじさまの関係というのはもはや恋人同士レベルで、それこそ一言では言い表せないレベルなのでは?」
何故か食い下がってくるタナトス。
「いや、お前」と彼女に諭そうかと思ったが、しかしそういえば隣に一応危険な人物がいる事を思い出す。
「……とりあえず、場所を変えるか」
そんな訳で、当初の目的地である『マリンスカイ』近くにあるレストランに入り、席に着く。
早速タナトスはコーラを頼み、そしてラムダは店員に対して「これは仕事の一環なので」と断っていた。
店内には客の姿はなくとても違和感を感じたが、そういえばトイレでの一幕の時も人が全くいなかったし、間違いなくテーマパーク側が何かしたのだろう。
「さて、という訳だが」
俺は早速ラムダに尋ねる。
「なんで、俺を襲ったんだ?」
「危険人物が入って来たら、それをどうにかするのがスタッフである俺の仕事だからな」
彼は堂々と答える。
「【十三階段】所属の人間の間では有名だよ、お前。なんか得体の知れない危険人物だって」
「俺にその事をバラしていいのかとは尋ねないとして」
俺は少し考えた後、気になった事を尋ねる。
「それは、俺が騎士の家系だからか?」
「キシってなんだ?」
そこからなのか?
「所詮俺は木端な下っ端だし、そこら辺の事は知らない。ただ、ルクス・ライトという名前だけは知っていて、そしてそれは危険人物であると共に排除すれば相応の報酬が貰えるのは間違いない」
それこそ、幹部になったりもしかしたら階位を貰えるかもしれないな。
ラムダは言う。
なるほど、だとすると俺は一応【十三階段】の間には知られていて、半ば指名手配みたいな感じになっている、のか?
しかし、同時に優先度はそこまで高くはないのだろう。
それこそ【十三階段】は既にネオンシティのほとんどを掌握している訳だし、俺の事をどうにかしようと思えば簡単に出来る。
それをしないのは━━
「【光王】が指示を出していないからか?」
俺の言葉にラムダは反応する。
「お前、【光王】様の事を知ってるのか?」
「……」
「いや、まあ【光王】様は俺でも知ってるし、【十三階段】に関わっている人間は誰でも知ってるか。下っ端な俺でもメール、してもらった事あるし」
「……フットワーク軽くて、フレンドリーなんだな」
「理想の社長って感じ。メールでとはいえちゃんと相談を聞いてもらえるし、すぐに的確な答えを出してくれる━━なあ、ルクス・ライト」
ラムダは少し悩んだ素振りを見せた後、告げる。
「俺の見た限りだと、お前ってばそこまで悪い奴じゃないじゃん? だったらさ、むしろ【十三階段】に入らねぇ?」
まさかのスカウトだった。
流石に黙ってしまう。
「給料も良いし、福利厚生もしっかりしてるぜ。まあ、俺みたいな暗部ってなると後ろ暗い仕事になるけど、でもお前はそういうのには結構慣れているんじゃないか?」
「申し訳ないけど、人死には慣れてないよ」
「そうか……なら、それ以外のもっと安穏とした仕事に就けるよう、俺も頼んでみるからさ。お前を敵のままにするよりは仲間にしておく方が良いって上も判断するだろうし、大抵の要望は通ると思うぜ?」
「……」
そもそも。
これは俺もこの世界に転生してからある程度生きてきて思った事だが。
悪の組織【十三階段】。
闇に紛れて悪事を働き、この世界の支配を目論む。
既にネオンシティの大半は組織の手中にある。
しかしそれは逆に言うと、このネオンシティに住んでいるものならば多かれ少なかれ組織の恩恵を受けているという事でもある。
このテーマパークもそのうちの一つ。
……客である親子、カップル、1人で来たらしい若者。
みんな、笑顔だった。
ここで支払った資金はすべて組織の手の内へ入る事になるが、しかしその事を知る者はほとんどいないし。
薄情な話だが、たとえ人体実験など非人道的な事が行われていても、大半の人間は無関係であり。
何なら、組織によって幸せな生活が成り立っている者の方が多い。
民なくては国は成り立たない。
……組織は圧政を敷くかも知れないが、しかし飼い殺しにしたとしても実際に死ぬまで搾り取ろうとはしない。
そもそも【光王】の正体から考えるに、むしろ大抵の人間よりもまともな都市運営をしているのは間違いない。
この世界の主人公。
彼はそれでも虐げられた者であり、犠牲者であり、間違いなく【十三階段】の被害者だ。
そんな者達が集い、徒党を組み、二度とそのような者達が生まれないよう剣を手に取った。
誰かの野望のために消費される者がいるのは間違っている。
━━しかし、この都市は消費される者よりも恩恵を受ける者の方が多い事もまた、事実なのだった。
一応。
主人公と【十三階段】が戦う原作。
その時の【光王】は狂い暴走していて、結果、多くの犠牲が出た。
そのため主人公が【光王】を打倒するのは筋が通っている。
実際、原作は間違いなくハッピーエンドで終わっていた。
多数の人が救われ、間違いは正され、汚濁は流され清められた。
悪は消え去り善が勝つ。
だが、それはある意味においては物語が物語だからこそのご都合主義であり、物語のような流れでないと成り立たない。
……分からない。
答えを簡単に出せないくらい、現状の【光王】は『悪』という肩書きを持ちながらも利益を生み出し多数の人々の生活を支えている。
少数の犠牲者を絶えず生み出しながら、人々を生かしている。
今後も犠牲者は出続けるだろうし、【光王】が完全に世界を支配した後、どうなるかは分からない。
そして俺は【光王】のように多数の人々の生活を左右する判断は、下せない。
それこそ、ブラックな会社だとしてもそれがあるから助かっている人がいるように。
俺は自身が辛いから、嫌だからなんて理由で「はい、上司をバッサリ」とはいかないのと同じように。
どっちつかずな、モブ。
物語に登場する勢力のどこにも所属していない、ちょっと強いだけの人間。
悪を絶対に倒すというモチベーションもなく、かと言って悪に加担するための野心もない。
現状に半ば、満足してしまっている。
そんな、そう。
物語に一切関係ないタイプの転生者なのだから。
「おじさま……?」
心配そうな声を出すタナトスに「大丈夫」と答えてから、ラムダに向き直る。
「悪いけど、今のところ俺はどこか大きな組織の仲間になろうとは思わないし、敵対する意思もない。そうとしか答えられないよ」
「……一応、上にはそう伝えておくよ。まあ、それでもなんか上のどっかが刺客を送るかもだけど」
「その時はこっちでどうにかするよ」
「そうか」
ラムダはそれから懐に手を突っ込み、何かをこちらに差し出す。
チケットのようなものだった。
「割引券、だけど。何か話がしたかったらスタッフのラムダを出せって言えば伝わると思うから」