【書籍化】物語に一切関係ないタイプの強キャラに転生しました   作:音々

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情操教育のすすめ

 ここがこれから戦場になるのかとヒヤヒヤしながらラーメン屋さんに入店する。

 昔ながらの、このように表現すれば聞こえはいいが、実際はただ古臭いだけである。

 とはいえ伊達に年を取ってないのはその通りで、この店のラーメンが美味い事は前もって知っている。

 だからこそ、この店で大事を起こしたくはないのだが……

 

「そう怖がるなよ、非凡な俺の非凡な恩人に対して悪事を働く訳ないだろう?」

「……」

「俺の名前は、ルアン。孤児院を経営している」

「孤児院、ですか」

 

 その顔で?

 人を殺してそうな形相してるのに?

 とは、殺されても言えない。

 言ったら殺される。

 

「まあ、ガキどもには怖がられて嫌われるか真似されるかのどっちかだよ。あんたの言いたい事は分かる」

「真似?」

「キャラ付けだよ。元々はみんなに覚えてもらうように特徴的な言葉遣いをしてたんだが、気づいたら何人か真似してた」

「……ふむ」

 

 そういえば、この世界のヒロインは昔特徴的な一人称を使っていて、それを黒歴史として恥ずかしがっていたな。

 もしかしてこの人、ヒロインの関係者だったりするのだろうか?

 あるいは、孤児院の大人は変な言葉遣いをするのがこの世界の流行りなのか。

 

「お前もこれの正体、知りたいだろう?」

 

 男は足元に置かれたジュラルミンケースを足で叩く。

 

「……いえ、知りたくないです」

「特別に教えてやるよ」

 

 知りたくないっつってんだろうが。

 

「と言っても、特に特別なものでもないよ━━マジでうっかりあそこに落としたんだ」

「見つかって、それで手元に戻って良かったです」

「まあ、道中変なのに追われた所為で落としたんだが」

 

 変な方向に話を持っていくな。

 

「しかし、変だよな。あいつらこれを狙ってきたと思ったのに落ちたやつを持っていかなかったし、こうして手元に戻ってきたんだからな━━もしかすると、非凡な恩人であるお前に見つかってしまったから、なのか?」

「大丈夫ですよ、では俺はここで」

「へい、ラーメンお待ち!」

「……」

 

 席に着く。

 箸をぱちっと割る。

 綺麗に割れたそれを使ってラーメンを食べ始める。

 ……うん、美味しいな。

 美味しいって感じられるから、まだ大丈夫って事か。

 

 とりあえず、話を変えよう。

 

「しかし、孤児院を営まれているんですね」

「ああ、『光の園』って名前の孤児院だ」

「へえ!」

「ちなみに【十三楽土】ってところがスポンサーだ」

「……、へえ……!」

 

 ガッツリ関わってるじゃん。

 

「まあ、うちが特別って事ではねえよ。今時、【十三楽土】がスポンサーの施設、特に児童に関わる施設にはほとんどそこの息が掛かってる」

「そう、なんですか?」

「子供が好き、って訳ではないと思うよ。教育に対して妙な熱意を持ってるって感じ。ほら、最近も【十三楽土】が大型の最先端教育学校『シネマ』の開発を完了させたってニュースに出てただろ?」

「それは、まあ」

 

 聞いたが、しかしそれはこの世界でであって前世では一度も聞いた事がない。

 物語の舞台にも、設定資料集にも出てこなかった施設。

 興味がないといえば嘘になる。

 

「うちによくメールしてきては指導してくる━━えっと、なんだったかな」

 

 彼は少し考え込んだのち、「ああそうだ」と手を叩く。

 

「コーオウ、ってやつ」

 

 俺は出来るだけ表情を変えずにラーメンを啜りながら尋ねてしまう。

 

「……その人は、なんと?」

「普通な事だな。曰く『子供の情操教育はとても大切だ』とさ」

「なる、ほど」

「こうも書いてたな。『間違った大人からは間違った大人しか生まれない。その輪廻を断つためには、正しい大人が教育に着手するしかない』ってさ」

 

 それは、確かに。

 

 

 ……狂っていない頃の【光王】が言いそうな事だ。

 

 何より、よくよく考えると今既に【光王】がその事業に手を出していない筈もなかった。

 つまるところ━━【新世代プロジェクト】。

 曰く、大人から生まれた時点で全ての子供を預かり、一切の社会からの情報を絶ち、そして『平等に正しい教育』を施す。

 大人が築いてきた『習慣』を一掃し、文字通りの新世代を教育する。

 

「……」

 

 それもそうか、と嫌な方向に合点がいってしまう。

 

「大丈夫か?」

「……ええ、大丈夫ですよ」

 

 俺はラーメンを啜りながら答える。

 

「ルアンさんは、この社会がどのようになってほしいですか?」

「んあ?」

 

 俺の問いに対し一瞬だけ惚けた彼だったが、しかしすぐに真面目そうな表情をして、「そうだなぁ」と顎に手を置く。

 

「俺みたいな職業の人間がいなくなる事、じゃねえか?」

「そうですか」

 

 確かにそれはその通りで。

 しかし、【光王】にはそれを実現可能なのかと問われると━━

 

「……」

 

 まあ、良い。

 とはいえ、現状【光王】は色々な事を並行的にやっていて、これはそのうちの一つ。

 それが社会にどのような影響を及ぼすか、それは原作で語られなかったから俺も分からない━━

 

 

「怪我をしたくなかったらそれを渡せ」

 

 ……なんかいかにも反社会的な格好をした武装人間がそこにいた。


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