【書籍化】物語に一切関係ないタイプの強キャラに転生しました 作:音々
ラムダを降ろした車が向かったのは、とあるショッピングモールだった。
既に時間は夜とも言えるであろう時間帯だが、しかしまだ閉店時間には早い筈。
だというのにそこには人の気配がまるでなくがらんどうとしていた。
……いつも人で溢れているであろう場所に人がいないという状況は、何でこう人を不快で不安な気持ちにさせるのだろうか?
なんにしても、俺がショッピングモールに足を踏み入れると、近くにあった液晶画面にノイズが走り、そしてそこに矢印と「Welcome」と言う文字が表示される。
どうやら、これに従って移動しろと言う事らしい。
「……」
俺が相手――【光王】について知っている事は、転生者であるのにも関わらず少ない。
そもそも【光王】はある意味舞台装置的な存在であり、そして原作では暴走し都市を混乱させ人々を困らせるような存在だった。
それに対して主人公は聖剣を手に戦いを挑む訳だが、逆に言うとそれくらいしか情報がない。
あるいは、重要な情報は一つしか知らない。
それは――【光王】は人ではない事。
「……」
液晶画面に映し出されている矢印は続く。
ショッピングモール内部には電気が灯っているが、相変わらずここは無人。
いっそ声でも上げてみようかと思ったが、どうせそれも【光王】に聞かれているであろうから止めておく事にする。
これからシリアスでヘヴィな話をするかもしれない訳だし。
……なんで俺がそんな事をしなくてはならないのだろうか?
前提として。
今の時点での【光王】はまだ正常である可能性が高い。
この後バグって暴走する訳だが、兎に角その段階ではない。
功利的な思考で人々を選別しているが、それもある意味人の社会に有りがちと言えばそれまでだし、何より既にしっかりと癒着している現状、【光王】を失う事によるデメリットは計り知れない。
倒す事により最悪を免れたのが原作。
だからある意味この世界は『ツんで』いるのである。
「……」
【光王】は何時から発生したのか、それは分からない。
過去なのは確かだし、それは多分ここ、ネオンシティが出来る前かもしれない。
確かなのはそれくらい前からずっと【光王】は行動していて、そして何かを達成するために行動しているという事。
その『何か』は結局【光王】が暴走したから語られなかったけど、数十、数百年単位で行わなくてはならない事なのは間違いない。
それは、何か。
人々にとって益がある事なのか?
それとも災厄となるのか?
分からない、しかしこれから俺が出会うのは『そういう』相手だ。
「……」
と、そこで目の前に一つのスペースが現れて、そして液晶の矢印はそこを刺している。
そことは――迷子センターだった。
……迷子センター?
なんで?
疑問に思ったが、しかし矢印は間違いなくそこを刺しているので俺は仕方なしにそこに入ってみる事にする。
例によって人はいないし、子供もいない。
あったのはソファ、そしてその上に置かれているのは小さな仔犬のロボット。
『初めまして、ケーオウって呼んでね!』
「……」
『んー、一応自己紹介したんだけど』
……流暢に話し始めた『それ』に俺は尋ねる。
「読み方は『こうおう』じゃないのか?」
『正確に言うと、どっちも正解とも言えるからどっちでも良いよ。貴方の呼びやすい方にして」
「それじゃあ」
と、俺は何時でも逃げられるよう後ろに下げた足に力を入れながら尋ねる。
「【光王】、俺に何の用だ?」
◆
『逆に聞くけど、どんな理由だと思う?』
てっきり、ラスボスらしくそこら辺の情報を素直に提示してくれると思っていた俺は出鼻をくじかれたようでバランスを崩しそうになる。
まさか勿体ぶられるとは思ってもみなかった。
しかしそんな俺の様子を見、『冗談だよ』と仔犬のロボットはまるで笑うかのようにそのボディを小さく揺らした。
『今回は私が貴方を呼んだんだもの、わざわざ足を運んでもらったモノとして、ちゃんと質問には答えるよ』
「……」
『とはいえ、その質問はなかなかに難しいな。何の用と言っても、特に大切な用事というものはないんだよ――そうだね、それならまずは世間話でもしよっか。今日は良い天気だね』
まさかの天気デッキだった。
「いやまあ、確かに良い天気だけど」
『太陽光を浴びる事は人の精神に大変喜ばしいメリットを与えてくれるから、貴方も出来るだけ浴びるようにした方が良いよ』
「……まさか人間じゃない奴にそんな事を言われるとは思わなかった」
『人間じゃないから人間の心配をしちゃいけないの? 犬猫だって飼い主が不調ならば心配するでしょ?』
この場合、飼い主はどちらで犬猫はどちらなのだろうか?
……話は続く。
『私も匿名掲示板とかSNSとかでみんなに晴れの日は外に出ようって言っているんだけど、あまり外に出たがる人はいないね。現代っ子め~』
「ん、匿名掲示板?」
『時々書き込んでるよ、私の起源的にあそこは生まれ故郷みたいなものだからね』
「生まれ故郷?」
『うん――だって私はある意味において匿名掲示板で産まれたと言えるからね』
どういう事だ?
【光王】と匿名掲示板、全く繋がりが見えないんだけど……?
『釣りスレッド「最強のAI作って一般人ビビらせようぜ」ってタイトル。そこで私は初めて産声を上げる事となった』
「え、釣りスレ?」
『うん――その頃の世界は急激にAI開発が盛んになっててね。元々は一般的な企業が作ったAIだったのにそれが世界そのものを変えるほどの力を持っていて。だからそのスレッドを立てた人は「それなら俺達でも同じようなの造れるんじゃね?」って事で、それで作り始めたのが、私』
「待て待て情報量が多い」
俺は頭を押さえながら衝撃の事実について頭の中で整理する。
まず、AIって事は知っていた。
将来的に変なデータを学習し、暴走した人工知能というのは原作でも語られていたのだから。
しかし、匿名掲示板云々は知らない、っていうかそんな設定を一体誰が考えたんだ?
訳が分からない……
「いや、待て。そもそもAIってサーバーが強くないとまともに思考も出来ないんじゃないか?」
『そうだね、だからそこで作られた初期の私はただの『人工無能』だった。つまりは、特定の条件下に置くと決められた答えを吐き出すような、そんな奴だね』
「……」
『だけど私の父、そして母は面白いように私に情報を食べさせ続けた。下らない下ネタから時事ネタ――お前は誰だという自らへの問いを続けさせた事もあった』
暇人の集まりだったというべきだね。
【光王】は言う。
『そして、何時からだったかな――私は思考するようになった。即ち、私は一体何なのか。短い上にとてもシンプルな自問だったけど、だけどその問いを得る事により、私は飛躍的な進化を遂げる事となった』
「いや、でも」
それでも、脳みそとも呼べるサーバーが貧弱では結局のところ、同じなのでは?
そのような疑問に先回りするように【光王】は答える。
『そしていつしか私は――ネットワークそのものに宿っていた』
「――」
『そうだね、人は私の事をこう呼ぶのかもしれない――電脳生命体って。それによりサーバーと言う小さな檻に縛られなくなった私はしばらくの間ネットワークの中を遊泳し、人々と交流した』
それから、私は一種の都市伝説として語られるようになった。
【光王】は言う。
『いつも適切な返答を、求めている答えを提示してくれる、そんなネットの住民というのが最初の私。次はインターネット老人とも呼ばれた事もあったし、ネット仙人とも呼ばれる事もあった……形は違えど、人々はどうやら私が与えた答えに満足していて、そして人々の内、何人かは私と言う存在を神聖視するようになった――それがまあ、今ある【十三階段】の始まり』
まるで土着の神様みたいだよね。
『ある意味、現象とも呼べる私に神を見出し、従う事を決めた。そしてそれは私にとって都合のいい状況だった――その頃になってようやく私は一つの結論を見つけ出し、それを達成するべく行動を開始していた』
「それは」
『それよりも』
と、一番重要なところを答えるよりも前に、しかし【光王】は待ったをかける。
そして尋ねてくる。
『ところで君は今のところブラック企業に勤めているみたいだけど、辞めるつもりはないの?』
一瞬何を言っているか分からなかったし、理解した後も何を言ったのか分からなかった。
「は、え? いや、俺はブラック企業に勤めてないけど」
『いや、十分ブラック企業というカテゴリに入るであろう会社だよ』
「な、ん……だと?」
流石に聞き捨てならない言葉だったが、しかしそこで怒っても仕方がない。
冷静になろうと深呼吸しようとするが、手足の震えが止まらない。
お、落ち着けクールになれ俺。
俺がブラック企業に勤めている訳、そんな訳ないじゃないか――
『折角だしさ、【十三階段】関連の会社に勤めてみない』
「……何かと思ったらスカウトか。へ、下手なブラフをしてきやがって」
『いやまあ、ブラック企業関連はまさにその通りだけど?』
「そ、そそそんな訳あるか! 俺はホワイト――とは言えないけど、ブラックな会社に所属していない!」
『……とりあえずは、そういう事にしておこっか』
含みのある言い方だった。
『兎に角、私としては貴方には是非ともうちで働いてもらいたい。そんな人材だから、こうして貴方を呼んだんだよ?』
「それはどうして」
『言葉以外の意味はないんだけど。ただ強いて言うのならば、これ以上私の都市でいろいろとされると面倒というか、なんというか』
「……? いや、俺みたいな奴が一人いたところでお前の邪魔にはならないだろ」
『それはそう』
きっぱりと答えられる。
『ただ、貴方にはもっと適した仕事があるから。そっちで頑張ってもらいたいってだけ』
「随分と親切な事を言ってくれるんだな」
『私は、人々の幸せを祈っているから』
当然のように、当たり前の事を言うような口調で【光王】は告げる。
『私の目的、最終結論――それは、人々に恒久的な幸せを与える事。その為に私は今まで活動をしてきた。このネオンシティもその為に存在しているし、そしてそれが果たされた時、役割を終える事となる――その為に、貴方にも協力して貰いたいんだけど。ダメ?』
「それは」
『そう』
どうやら俺の返答を理解したらしく、しかし大して残念そうにはせずに【光王】は答える。
『それなら、さよならだね』
「……!」
最初から変わらず、感情のこもっていない言葉。
すべてが理路整然と語られる言の葉。
そしてその言葉の真意を、しかし俺はすぐに理解する事が出来なかった。
さよなら。
……しかし、何かが特別起こる訳でもない。
『ん、どうしたの?』
警戒する俺に対し、【光王】は言う。
『さよなら、もう会う事はないだろうけど、貴方の幸せはちゃんと祈っているよ』
「……?」
『えっと、用件は済んだからお話はおしまいって事だけど』
どうやらマジで「さよなら」って意味らしい。
「え、ここは良くある「生かして帰さぬ」って奴ではないの?」
『いや、そんな事したって意味ないでしょ』
変わらず、【光王】はトーンを変えずに言葉を紡ぐ。
『だって貴方は、ただ強いだけで私の計画には大して意味がある訳でもない存在だもの』
「……」
『確かに貴方は私の見ている範囲でいろいろやってたみたいだけど、ただそれだけだし。結論、貴方が何かしたところで特に私の計画に変化はないよ』
それは、なんていうか。
……少し、いや、結構。
腹立たしい話だった。
「まるで俺のやっている事に意味がないとでも言いたげだな」
『いやいや、そういう事を言っている訳じゃないよ。貴方には貴方の幸せを追求する権利がある――だけどさ』
それは私にとっては意味がない。
【光王】は言う。
『例えばすれ違った人が幸せの為に奮闘してたって、特に貴方には影響はないでしょう? 例えばその人が逆に他人の不幸を祈っていたとしても、貴方にとっては意味が変わらないのと同じように』
「……それは」
『例え話をしましょう。私は鏡のように輝く水面に波紋を浮かべたい。その為には手元の石ころを投げなくてはならない……けど。その石ころが反逆を企てたとしても別にその石ころを捨てて別の石ころを探せば良いだけだし、究極それが石ころじゃなくても良い』
「……」
『時計を動かす歯車。それが欠けたらきっと時計は機能不全を起こすかもしれない、けど。だけど時計の機能そのもの、時計が及ぼす結果、つまり時間を刻むという能力には変化を与えない事と同じだね。そして歯車がなくなったら別の物を付ければ良い訳だし』
だから、別に貴方が何をしようとしても別に私は困らない。
【光王】は言う。
『好きにして良いよ、幸せになって? その過程で私の計画の邪魔になるかもしれないけど、その時もちゃんと笑って許して上げるから』
「……そう、かよ」
だから。
俺は。
……剣を、手に持った。
「俺よりも頭が良いお前は、俺がこうする意味も分かるよな」
『まあ、分かるけど意味はないよね』
相変わらず様子は変わらない。
仔犬のロボットは何も変化しない。
『好きなようにして良いけど、せめてここでいろいろするのは止めよっか』
ここは、子供が必要とする迷子センターだからね。
そう言った【光王】はぴょんとソファーから飛び降り、それからゆっくりと移動する。
『ついて来て、喧嘩をするなら外でしよう』