超法規的組織シャーレ で 仕事をしたくない サトウカズマ先生   作:奈音

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 青春の物語って何だろう…、忘れられない記憶のことかな?とか考えて、「僕の心のヤバイやつ」第二期主題歌を聞きながら書きました。


プロローグ(2)

 

――ミレニアムサイエンススクール 一年生の記憶 ノア

 

 

 ――輝く星を見ていた。

 

 

 ミレニアムサイエンススクールという科学の園に入学して以来、私は、そこに溢れる才能の輝きと、稚気に塗れた知的欲求によって乱造される、無駄に洗練された廃材の山がうず高く積まれていくのを、あっけにとられた顔で、ただ見ていた。……なんて勿体ないんだろう。最初はそう思うだけだった。そして、その日から。廃材の山の様子を見に来るのが日課になった。

 工学に関して深い関心を持っていた私は、それらがミレニアムと取引している業者によって再利用されるために、そこに集積されていることを知って。それらが、本来なら解体しておかなければならないものばかりだと。その事実に気が付いてからの私の行動は実に、ミレニアムの生徒らしかった、といっていいだろう…。――迅速に、私は行動に移した。

 

 ひたすら解体した。解体して、解体して、解体して。設計図が脳髄に刻まれ、なにがどう作用して動作するのかという原理が体の奥に深くに染み込んでいくことを全身で感じ取りながら。満足して、満足して、満足して、満足して。それだけでよかった。

 

 

 ――輝く星を見ていた。

 

 

 少し気になった。あの廃材の山を造り上げた人たちの事が。丁寧な溶接、丁寧な設計、無駄に洗練された無駄な機能。どうしてそんなことをするのだろうか、もっとあの機能を補助向きにすれば廃材にならずに済んだだろうに…。人差し指を顎に当てて考え込みながら、廊下を進む私は、うーんと考える。ミレニアムの生徒は、拘りの強い人種が多いから、ストレートにどうしてそんな無駄なことをするのですか?なんて聞いてしまえば、逆上させてしまって話すら聞いてもらえないだろう。と、半ば呆けながら歩いていると、ドン!と体の芯に響くような爆発音が聞こえた。

 

 ………そういえば今日は。中等部と高等部の合同展示が開催される日取り…、ミレニアムEXPOではなかっただろうか。ならば爆発音もそう珍しいことではないと思いつつも、自然と足はその方向に向いて。

 

 

 「――もう! あなたたちねぇ…!!」

 

 

 「ははは、また失敗してしまったね…」

 

 

 「……ケホッ、ゴホッ。おかしい、ね? 試算だと…」

 

 

 「――説明しましょう! これはですね――」

 

 

 早瀬ユウカという同学年の生徒のことは知っていた。というかミレニアムで最早、彼女の名を知らない者はいないだろうというぐらい有名な生徒だから、私が知っているのも当然のことだった。彼女は、入学して以来めきめきと頭角を顕し、かといって邪険にされるでもなく、色々な困った生徒たち――ミレニアムの在学生は困った生徒たちばかりなので、犬も歩けば棒に当たるという諺くらいには見かける――を助けて回っているようだった。時には甲高い悲鳴が上がり、時には黄色い賞賛の声が上がる。

 それが不幸なことなのか、幸福なことなのかは分からないが。彼女が通った道の後には、笑顔が残っていることが多かった。でもそれは、私には理解できないことだった。ミレニアムサイエンススクールは、科学の園だ。そして科学とは、工学とは。効率化や能率化と言った、無駄を省くことを主体に置く学問であると私は捉えている。故に、現在、生徒会長を務める調月リオという上級生は、まさしくその効率を体現したような性格であるらしく、彼女が唱える理論や、発表される方針に関しては、私も深く頷くところにあった。だから――

 

 

 「……いい?! これは貸しだからね!

  ――成果が出たらきちんと徴収します!」

 

 

 「――ふぅ。

  怖い怖い、スポンサー様が成果をお望みのようだよ」

 

 

 「……だ、だいじょう、ぶ。今度は、爆発しない」

 

 

 「しかし自衛用搭載ロケットランチャーがいらないだなんて、

  セキュリティ面に問題が出ないでしょうか?」

 

 

 「――そんな無駄なものいらないわよ!」

 

 

 「「「――……浪漫なのに」」」

 

 

 「――じゃあ、お金止めていいのね?」

 

 

 早瀬ユウカが、じとっとした視線で問題を起こしている三人の生徒を睥睨し、

 

 

 「――くっ」

 

 

 「お、鬼、悪魔、ユウカ…」

 

 

 「生徒会にスカウトされているだけありますね!

  なんて慈悲がないのでしょう…、もう少し科学の発展(ロマン)に理解を示してもいいと思います!」

 

 

 「――本気で止めるわよ…?(ギリギリギリギリ」

 

 

 それは傍目に見ずとも、まったく効率的ではなかった。能率的でもなかった。でも、その場にいる彼女たちは、誰もが楽しそうにしていた。そこには笑顔があった。私には理解できないことだった。でも分かったこともあった。早瀬ユウカという同級生のやり方が、ミレニアムの中では、いいやそれがどこであっても、一番効率が良く、そして生徒たちのやる気、能率を上げると言うことに。

 それは、いままでの、どの生徒を見てもそうだった。悲鳴を上げながら、急かされるように動くミレニアムの生徒たちに確かな変化が感じられた。義務感でいやいややっている者や、夢を諦めて立ち止まってしまう生徒たちが激減していたのだ。

 

 

 「………………」

 

 

 私は不思議なことに、その日の、その光景が頭から離れず、気が付くとモニターの前に座っていて、それらを統計的に纏め始めていた。私は、生塩ノアは、全部…、文字通りすべての事実を覚えていた。早瀬ユウカが辿ってきた功績(みちのり)の全てを。私は、なにもかもを、忘れることができないから。そういう特殊な能力を生まれつき持っていて、自覚的に活用できるものだった。だから、そうするべきだと思った。それが一番効率的で、能率的だと思った。それが正しいのだと信じた。私が全て見て来て、すべて覚えているからこそ、そうしなければならなかった。

 

 そして、その完成したデータを、生徒会への提出書類として、無記名で投函して。ほどなくして、早瀬ユウカという同学年の生徒は、ミレニアムサイエンススクールの生徒会である、セミナーの所属となった…。

 

 

 

 

 ――輝く星を見ていた。

 

 

 

 

 「――貴方が生塩ノアね」

 

 

 ミレニアムサイエンススクールで、一等に輝く星が、私の目の前にいた。セミナーの生徒会長を務める調月リオという上級生は、特に自己紹介をするでもなく、堂々とした威容で、それが当然とばかりにそこに立っていて。私は、きょとんとした表情でそれを見ていた。

 

 

 「――なにを呆けているの? 早く来なさい」

 

 

 優しく手を掴まれて、しかし有無を言わさずにそのまま手を引かれた。

 

 

 「……え、えっと?」

 

 

 ズンズンズンと、大海を掻き分けるが如くの、その歩みを止められるような勇者がミレニアムにいるわけもなく。廊下を進み、エレベーターに乗り込み、限られた者しか入れないその部屋の中まで連れていかれて。

 

 

 「――ユウカ、連れて来たわよ」

 

 

 ふっ、私仕事したわ、という雰囲気を漂わせる調月リオ会長。………私は首を傾げながら、会長が声と視線を向ける先を追いかけて。そこには、おそらくは未決済の、書類の山、山、山といった具合の長大な山脈が築かれていて。当然ながら、早瀬ユウカの影も形もなく。

 

 

 「………ユウカ?」

 

 

 反応がないのを不審に思った調月リオ会長が、その書類の山を回り込むように歩みを進めて、私から離れていく。カツン、カツン、カツンと。規則正しく大理石を打ち鳴らす音がして。しばらくすると、そのテンポよく打たれていた音が止まり、何かを考えこむような沈黙があって。

 

 

 「………そう、仕方ないわね。

  ノア、悪いのだけれど、少しこちらに来てもらえるかしら」

 

 

 「はい」

 

 

 タタッと、呼ばれた方まで駆け足で。大きく、大きく、回り込むように。乱雑な書類の山で構成された迷路のような隘路を。足を取られないように気を付けて。……ようやく見えてきた。その中心部の執務机に、突っ伏すようにして力尽きている様相の、早瀬ユウカの姿があって。

 

 

 「――見てのとおりよ」

 

 

 「……えっと、見ての通りとは?」

 

 

 説明するまでもないわね、と言った具合に言葉を切る会長の言葉に、私は状況が分からぬまま、思わずオウム返しのように言葉を返してしまい、そしてそれを肯定と受け取られたのか、そのまま話は進んでしまう。

 

 

 「――えぇ、その通りよ。

  じゃあ今日からしばらくの間、貴方たちは同部屋になるから。

  荷物は…、AMAMSの権限を貸し出すから、好きに使ってちょうだい」

 

 

 「は、はぁ…?」

 

 

 状況が何も理解できないまま。すととととーん、と。なにやら重要な話が、勝手に進んでいることだけは理解するも、それを把握するよりも先に。

 

 

 「あとは…、そうね。

  ――()()()()()()、最初の仕事よ。

  ()()()()()()()を、部屋まで送り届けてちょうだい」

 

 

 後でリオ会長にこの時のことを聞いたところによると、”あの仕事をした生徒の捜索を、ユウカに頼まれていたの”という話から、”あなたの正確無比な仕事…いいえ記録というべきかしら。それを、全て調べたわ。だから、私の権限で、貴方を書記に任命することにしました。あの程度のアナログの情報の山程度なら、一度読めば整理できる貴方を。――そのほうが効率的でしょう?”に繋がった結果が、生徒会長直々の奇襲的な連行からの生徒会への役職付き強制所属ということだったらしい…。

 とにかく。その日から、私は輝く星々の側で、キラキラ光る、青春を見守る日々が始まって。

 

 

 ――――だから。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――ミレニアムサイエンススクール 第二防衛都市ウルの記憶

  中央管制塔 セミナー ヴェリタス 特異現象捜査部

 

 

 『『『――セイクリッドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』』』

 

 

 目に入るものすべてが、輝いて見えた。

 

 

 『『『ブレイクッ――、スペル!!!!!!!!!!!!!!』』』

 

 

 ――それは。ありとあらゆる現代兵器が通用しない。この世のものでは測れない、なにかを。あっという間に吹き飛ばしてしまうような、ひかり。

 

 

 「――光の剣、直撃を確認…! 障壁を観測できています…!!!

  でもこれは…、威力がこれでも足りていない……?!?!?!」

 

 

 神秘によって編まれた力を霧散させる、カズマ先生のその魔法(ちから)は。リオ会長とヒマリ部長によって、一定の解析をされていて。光の剣の出力に乗せて撃ち放てば、一撃で打ち砕けると試算されていたそれが通用せず。私は絶望することしかできなくて。

 

 

 「アトラ・ハシースが直撃を受けて動けなくなっていることから、効果は十分にあるわ…!!

  しかし、先生、あと一息、もう少し威力が足りません…」

 

 

 でも、リオ会長は少しも諦めた様子を見せず。両の拳を、血が滲むほど握りしめ、睨みつけるように。ひかりが放たれ続ける(そら)を、見つめ続けることを止めず。

 

 

 「――いっけぇえええええぇえええええええええええぇえええええええええええ…!!!!!」

 『――ぬ”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お…!!!!!』

 

 

 そして、その結果が訪れることを露ほども疑っていなかったユウカちゃんが、そこにいて。――その祈りに応えるように、(そら)が砕け散る音がした。

 

 

 「……………………!!」

 

 

 リオ会長は無言のままガッツポーズを小さくとって。

 

 

 「結界の破壊を確認……! 

  お疲れ様です、カズマ先生、コユキ、アスナさん…!!!」

 

 

 ヒマリ部長が発した言葉の意味に、私はようやく自分の役目を思い出したかのように。 

 

 

 「――今です!!

  第二作戦ラインの温泉開発部、カスミさん、メグさん、両脚の破壊を!!」

 

 

 だから。

 

 

 『――その言葉を、待っていたぞぉ!!』

 

 

 温泉開発部が。エンジニア部が。C&Cが。美食研究会が。ゲーム開発部が。トレーニング部が。ヴェリタスが。特異現象捜査部が。セミナーが。この場に集った全ての……、そう、私も。………ひかり、よ。

 

 

 『『――――――――発っ破ぁ!!!!!!!!!!!』』

 

 

 ――光り輝いていく星たちが、そこにいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――連邦捜査部シャーレ カズマ先生の執務室の記憶

            リオの逃亡阻止要員 ノア

 

 

 『――アリスは、リオ会長もトキも、カズマ先生にも。

  責める資格を持ちません…、なぜならあの時のアリスは、間違いなく魔王だったからです。

  それを止めるために立ち上がった皆は、間違いなく勇者でした…』

 

 

 『そして、勇者が魔王になることもあれば、

      魔王が勇者になることもあると、アリスは理解しました。

  ――だから、アリスはリオ会長とトキに、これを受け取って欲しいと、願います』

 

 

 室内に設置された防犯カメラを通じて、聞こえてきたその光景に、ノアは。その瞬間だけ、己に課せられた役割を忘れそうになった。

 

 

 『誰かを、助けたいと思う気持ちが「勇者」の資格であるのなら――、

  「勇者の仲間」も、また同じ「勇者」であると、アリスは信じます!!

 

   そして――

  このキヴォトスを救うために、真っ先に立ち上がったリオ会長とトキは、

  間違いなく「勇者」です…!!』

 

 

 『――だからこれは、そんな二人に私から贈る…、

  「今代勇者」よりも「先代勇者」よりも、偉大な証である「初代勇者」のバッチです。

 

  誰よりも早く、世界滅亡の危機に気が付き、誰にも頼れずに藻掻き苦しみ、

  それでもと足掻き続けた、偉大さの証です…!!』

 

 

 そして、そこまでを耳目に入れて。通信と映像を遮断した。これ以上、ここにいるべきではないと思った。忘れられない能力を持つ者が、聞いてはいけない声や音を聞いてしまう前に、この場から去らなくてはならないと思った。だから。ノアは、カズマ先生宛に勝手に帰ってしまったことのお詫びをモモトークで送信した後、足早にその場を離れ、ミレニアムサイエンススクールへの帰途についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――ミレニアムサイエンススクール 生徒会室の記憶 コユキ

  

 

 生徒会室前に到着したノアは、いつものように自身のIDカードで扉を解錠して。軽く空気の抜ける音のような、扉が自動で開いていく音がして。――目が合った。

 

 

 「……………」

 

 

 「――あ”っ」

 

 

 何故か反省室に入っているはずの黒崎コユキと。

 

 

 「――――コユキちゃん…?(ニッコリ」

 

 

 「――ピィ! ちちちちちちちがうんですよこれはあはははははっやだなぁ待ってください待ってくださいニコニコしながら近寄らないでください怖い怖い恐いですって全部白状するので許してくださぁい…!!(囧」

 

 

 「全部白状…ですか?」

 

 

 「はィイ…!!」

 

 

 さっと室内を見る。キーボード、マウス、そして椅子。

 

 

 「――ユウカちゃんのが7センチ、私のが12センチ、会長のが21センチ」

 

 

 「………へ、へぁ?」

 

 

 「椅子の高さが変更された、おおよその長さです。

  あぁ…、コユキちゃん。パソコンに、触りましたね…?」

 

 

 「はいそうです触りましたでも誓ってイタズラはしてませんカズマ先生と約束したので何もしてませんんんっ――!!」

 

 

 「………なるほど」

 

 

 ノアはしばらくの間、少し前に様子がおかしかったような気がしていたコユキのことをじっと見つめて。腰が引けておらず、両足は綺麗に揃えられていて、両手を体側につけて微動だにせず、指先までもが綺麗にまっすぐ伸ばされている様子を観察し終えて。――黒崎コユキの様子が、可愛い後輩の所作が、明確におかしいことを確信した。

 

 

 「――コユキちゃん」

 

 

 「はははははいなんでしょうかぁ…」

 

 

 「もしかすると、コユキちゃんは。

  この前、コユキちゃんが作ってくれた。

  ――セキュリティソフトの更新をしてくれていたのでは、ないですか?」

 

 

 「……………ふぇ?」

 

 

 コユキの過去を、ノアは自身で参照を行う。体の姿勢、向き、態度、言動。視線の動き、眼球運動、顔面にかかる緊張の度合い。発声、声色、口数、言葉の速さ遅さ…。一瞬でそれは終わり、推論は出揃って。

 

 そう。今まさに、思わぬことを聞かれてしまって驚きを隠せぬままに。間の抜けた相槌を反射のように声に出してしまった様子の後輩には。逃げ出そうとする意志が。そのために、全身の筋肉に伝達しなければならない前兆ともいうべき意思が、一切感じられないのだ…。思い起こせば。黒崎コユキという、七囚人にも並び立ちかねない違法行為の塊だった少女が。今回の騒動の始まりから、自発的にカズマ先生の今後を保守するような行動を起こし、そのついでとばかりにノアの道行きを助けるように暗躍し始めて。セミナーに協力的な姿勢を取り、アトラハシースに浸食されていくエリドゥでも。全員で逃げ切るために、最後までその全能をふるっていたことが連鎖的に記憶の中から引き出されて。

 

 

 「なんで、分かっちゃうんですか…?」

 

 

 「――そうだったらいいなと、思ったからです」

 

 

 そしてそのすぐ後に、力尽きるようにして意識を失ったその表情は。悔恨に満ちたものだった事を覚えている。だから、きっと。これはそういうことなんじゃないだろうかという、祈りにも似た想像だった。………そう、私の祈りは、想像に届いていた。だから――

 

 

 「――に、にはは…、だって。

  ………だって、恥ずかしいじゃないですか」

 

 

 ―――そこには、褒められ慣れていない少女が、恥ずかしそうな表情を作っていて。

 

 

 「だ、だから! そうやって褒められるのが恥ずかしいんですってば…」

 

 

 ――………悪いことをしたわけでもないのに、まるで言い訳をするかのように。

 

 

 「私は…、私は。

  自分で言うのもなんですが、いろんな人にいつも迷惑をかけてるじゃないですか?

  まぁだからといって、今後もやめるつもりもないんですけど…」

 

 「――ピィ?! え、えーっとぉ?

  違うんですよ違うんですえへへへへなんていうか言葉のあやってやつですよ?いやだなぁノア先輩そんな怖い顔しなくってもいいじゃないですかぁ…。

  ――え、ええっと? と、とにかくっ!だからなんです…」

 

 「………私はいくら反省させられたって、どんな人と関わったって…。

  きっと、このままなんだろうなってことですよ。

  先輩たちに怒られても、カズマ先生と遊んでても…でも。

  ――そんな私にもやりたいことが初めて出来たんです…、だから」

 

 「だからなんです。

  素行の悪い私が、人の見える場所で一生懸命にしててもきっと。

  きっと口さがない人たちから馬鹿にされます。

  そんなの絶対辛いし、私は短気だからすぐに行動に移しちゃうと思います。

  そしたらまた怒られて捕まって…。それに、一生懸命に頑張ったところで。

  結果が伴わなければ、それに輪をかけて馬鹿にされちゃいます…」

 

 

 ――だから。その弱気な心と。

   それでも何かを成し遂げたいというような意志を、私は応援したくて。

 

 

 「にはは…、ありがとうございます、ノア先輩。

  でもでも、私、気付いちゃったんです。

  人の見えないところで一生懸命にしてれば、結果が伴わなくても馬鹿にされなくて済むし…。

  それはそれでうまくいけば、ドヤ顔が出来ます!!

  ――恥ずかしい思いもしなくて、一石三鳥です!!!」

 

 

 「…………………………」

 

 

 ――輝く星を見ていた。

 

 

 自分自身と向き合い、その裡に生まれた光を。生き汚く藻掻きながらも輝かせようとする。そして、その儚い光が陰らないように、灯し続けようとする為の意思が、そこにはあって。それは幼く、幼稚で、要領を得ず、先の見えない暗闇の中を、手探りで歩くような愚かさで。栄光を得るための行動という意味においては、あまりにも緩慢かつ鈍重な、お伽噺の亀のような話に聞こえた。

 

 だから、それはきっと、尊いものなのだ。

 

 

 「どーですか、この完璧な作戦?!!

  ノア先輩にはバレちゃいましたけど、いざという場面でこれが決まれば。

  ちょーっと怒られるようなことをしたとしても、

  ユウカ先輩が見逃してくれるようになるかもしれませんし…、

  反省部屋を出し……ては貰えないかもしれませんが、待遇が良くなるかもしれません!」

 

 

 「……………(スッ」

 

 

 「――?? なんで私の頭を撫でるんですか? ノア先輩?」

 

 

 「コユキちゃんはいい子ですね…」

 

 

 「――????」

 

 

 もともと、鈍くともきらめきを放っていたものでさえ、もっともっと輝いていく様を、私は見ていた…。だから。忘れることの出来ない私が、私の裡に光るそれに気が付かないままで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――廃墟アミューズメントパーク スランピア調査の記憶 カズマ ノア

 

 

 ”いろいろな所から、なんか妙な空耳が聞こえて恐い”というカズマ先生の、カズマ先生以外に再現性のない非科学的な一言から、”では三点観測してみましょう”というノアの科学的アプローチによって辿り着いた場所が、この廃墟アミューズメントパーク スランピアであり。

 

 

  ”――誰も、来なくなっちゃった…”

  ”で、でも、キヴォトス流で盛大におもてなしをすれば…”

  ”やった”

  ”みんな、みんな。いっぱいきてくれた!”

  ”たった数人だけど、それでも”

  ”誰も、見向きもしなくなった遊園地(ゴーストタウン)に、きてくれた!”

 

 

  ”だから、だから…!”

  ”もっと頑張らなきゃ…、強くならなくっちゃ”

  ”そうすれば、見たこともないような人たちが”

  ”ここを訪れてくれる人たちが、新しいお客さんが”

  ”もっと、もっと!!”

  ”だから”

  ”――めいいっぱいの笑顔(鉛弾)で、お迎えしなくっちゃ!!”

 

 

 「……………」

 

 

 「……………」

 

 

 沈黙。

 

 

 「――だとよ」

 

 

 「なに、を…、言ってるんですか? カズマ先生」

 

 

 あっという間にこの場に到着してしまったのは。カズマ先生が、聞こえ続ける空耳から気を逸らすために、ここ数日の間はシャーレ当番に当たっていた生徒たちのお誘いに乗って。一緒にゲームセンターや遊園地で遊んだり、美味しい飲食店や手料理などで持てなされていたからだそうで…。その時の、空耳が強く聞こえたとの証言場所のみをピックアップした結果、地図上のスランピアを半ば囲むように円弧が描かれてしまって。

 

 

 「俺も分からん…」

 

 

 「えぇ…??」

 

 

 カズマ先生と一緒に、その座標上の地点を目指して。無駄な戦闘を避ける為、カズマ先生の不思議スキルを頼りに、敷地内をどうにかこうにか大回りして辿り着いた結果、オカルト的な話が本格的に始まってしまった。

 

 

 「分からんが…、それが。この喋れない遊具(おもちゃ)が。

  こいつが、言いたかったことなんだろうなって言うのが、なんとなく伝わってきた。

  寂しい、嬉しい、だからもっと頑張なくっちゃっていうのがな」

 

 

 「ええっと…?

  じゃ、じゃあ、以前から、調査に来た人が襲われてた理由は――」

 

 

 「歓迎されてたんじゃないか?」

 

 

 「………そんなことあります?」

 

 

 本末転倒なのでは?というノアの視線を受けて、カズマは腕を組んでうんうん考え込みながら。

 

 

 「まぁ…うん。多分というか、俺の勝手な想像なんだが…。

  お前らが普段から、バカスカ撃ち合ってるのを見て学習した結果なんじゃないかというか。

  不良と、それを取り締まる行政側の戦いを見て、出来る範囲で真似をすれば、

  人が集まってくる、イコールお客さんがやってくる、みたいな…?」

 

 

 カズマ自身も言っている傍から自信がなくなってきのか、どんどんと言葉が尻すぼみになっていって。ノアは、一般的なキヴォトスでの小競り合いを脳裏に浮かべ。

 

 

 「……お互いに増援を呼び合ったりしてるだけでは?」

 

 

 「それはー…、人が集まってるだろ?」

 

 

 苦しい。苦しすぎないかと顔を歪ませながら話の整合性をとろうとするカズマの様子を見て。

 

 

 「ん-……、そ、そうですね?」

 

 

 ノアは一旦いろいろなものを棚上げした。それで納得するのか、納得するんならじゃあいいかと、カズマは気楽そうに口を開き始める。

 

 

 「で、決着がつくと追いかけっこが始まるだろ?」

 

 

 「………追撃戦ですね」

 

 

 「無機物にそんなの分からないだろ」

 

 

 「そもそも遊具(おもちゃ)に知能があると言うことについて、突っ込んでいいのでしょうか?」

 

 

 「だから最初に分からん、って言ったろ?

  理屈も理論も分からんが、とにかく遊具(おもちゃ)が勝手に動くんだ。

  じゃあ、遊具(おもちゃ)が勝手に考えて、おかしな行動を取ることもあるんじゃないか?」

  

 

 「………なる、ほど?」

 

 

 全く科学的な話ではなかった。カズマ先生の情緒豊かな感性に頼った想像の範疇を超えない感想でしかないと思った。しかし、目の前の不可思議な遊具(おもちゃ)は、玩具(おもちゃ)たちは。カズマ先生が話しかけてからは、攻撃してこなかった。その事実が、ノアの口から、否定的な言葉を紡がせるのをやめさせた。

 そんな、科学的根拠によって説明できない状況にノアが思考を回している間に、カズマ先生は懐からチョークを取り出し、地面に幾何学模様を描き始める。

 

 

 「…………なにをしているんですか?」

 

 

 ノアはまたもや。一旦、消化しきれない感情を棚に上げ、突如奇行に走り始めたカズマ先生の手元を覗き込むようにして。

 

 

 「………ん?

  あぁ、おまじないみたいなもんだよ、俺が知ってる神様…神様?

  まぁ、神様か…」

 

 

 カズマ先生は心底嫌そうに溜息を吐きながらも、手を休めることなく奇妙な模様を円形状に描いていき…。ノアは、気のせいかその模様の部分から、光があふれているような気がして、目を何度かこする。……………気のせいじゃない、光ってる。

 

 

 「――カズマ先生カズマ先生」

 

 

 「――はいはいカズマです」

 

 

 「光ってます」

 

 

 「なにが」

 

 

 「先生が描いている模様が、光ってます」

 

 

 「………はぁ~? そんなわけ――…、光ってるな」

 

 

 「光ってますね…」

 

 

 ちなみにカズマがアズサと一緒にアリウスの霊安所に遺体を運び込んでいた時に。一生懸命に、この模様を描いていた時にも仄かに光を放っていたのだが…。カズマ自身がこの模様を思い出しながら描くのに忙しかったのと、死者蘇生の呪文(リザレクション)を唱えたのは、外界から日差しが差し込み始めるような時間帯だったのもあって、アクシズ教とエリス教の御本尊たる神秘の象徴が、世界を超えて顕現していたことにカズマは気づいていなかったのだ。――この時までは。だから…。

 

 

 「輪廻の先に、祝福がありますように(ターン・アンデッド)

 

 

 ――なんとなく出来ると思ったと、後のカズマ先生は言っていた…。そんな風に。ノアが今後、何度も何度も述懐することになるその光景は、神秘に満ちていた。その唱えられた言葉は聖句となり、聖句は神秘に昇華され、この世界(キヴォトス)に存在しない魔法(しんぴ)は、奇跡をもたらした。

 

 

 ”――そっちに行けばいいんだ…”

 ”ありがとう! ありがとう!”

 ”さようなら、またのお帰りを、お待ちしております!”

 

 

 誰かの声が聞こえた気がして。地面から、遊具(おもちゃ)から、大気から。黒い靄のようなものが、ふわりふわりと漂って。立ち昇って。それらが霞のように薄れて消えていくような幻影が見えた気がして。

 タイミングを計ったかのように、電源が入らないまま動いていた遊具(おもちゃ)が次々と停止していく。ただし、次のお客様を待つかのようにお行儀よく、開始地点に戻ってから。不穏な気配のようなものを消していって。

 

 

 「………………」

 

 

 「………………」

 

 

 静寂。

 

 

 「………………………まずい

 

 

 「――カズマ先生、これは――」

 

 

 突如起きた超常的な光景と、それを生起させたであろうカズマ先生に、ノアは声をかけようとして、そのカズマ先生の顔が真っ青になっていることに気が付く。そして間髪おかずノアは体がぐぐんっと、強く引っ張られる感覚を覚えて。

 

 

 「――逃げるぞノア!」

 

 

 「ええっ…?!!」

 

 

 訳も分からず手を引かれて逃避行を強要されることとなった。……それもこれも、今日この日も、今日この日までも。カズマがキヴォトスという無法地帯でなんとか生き残ることのできた要因の…、二つであるところの。キヴォトスでカズマだけが、数え切れない程に保有する神秘(スキル)の内の二つ。『敵感知(エネミー・ディテクト)』と『千里眼』の組み合わせによって、視えてしまった絶望から逃走するためであり…。

 

 

 ”――ドドドドドドドドドドドドドドドドドド…”

 

 

 説明する時間も惜しいというか、説明したうえで納得を求めている間に磨り潰されかねない。それほどの”救い”を求める無機物たちの、多すぎて数えきれない大行進を感知してしまったことで逃げるほかなく。

 

 

 ”――ドドドドドドドドドドドドドドドドドド…”

 

 

 「――カズマ先生これはっ…、どういうっ…?!!」

 

 

 「いいから死にたくなかったら死ぬ気で走れ!

  ――というかチクショウ!

  連中、居場所が分かってるみたいに俺にまっすぐ向かってきやがる!!」

 

 

 「連中っ…?! なにかが複数っ…、向かってきてるのですかっ…?!!」

 

 

 ”――ドドドドドドドドドドドドドドドドドド…”

 

 

 遊園地大行進…、とでも呼ぶべき非科学的な光景が、そこにはあって。それぞれの巨大な重量を以て大地を揺らしながら、お互いに邪魔することなく整然と”救い”に向かってひた走る姿をなんと形容すればよいのか。

 

 

 「――カ…、カズマ先生カズマ先生?! うっ…、後ろから!!

  ゴ…、ゴーカートが、メーリーゴーランドが、観覧車が?!!」

 

 

 「――ちくしょう…ちくしょぉおおおおおおおおお!!!

  俺は絶対に認めない…、認めたくないが、その前提でやるしかないのか?

  あんのダ女神、余計な体質(モン)までよこしやがってぇえええええええええええええええ!!!」

 

 

 ”――ドドドドドドドドドドドドドドドドドド…”

 

 

 「――おっ、追いつかれっ…!!」

 

 

 「――セイクリッド!! クリエイト!!!」

 

 

 必死に逃げ惑うカズマとノアの直上を付き従うように、巨大な水球が浮き上がる。その巨大さに内包された、詰め込まれた、大いなる浄化を司る水の女神の神秘をこの場に。

 

 

 「ウォォオオオオオオオオオオオオタァアアアアアアアアアアアアおぼろろろろろろろろろろろろ!!!!!!!」

 

 

 水の媒介となるものが何一つないその地に、それは津波のように押し寄せ。

 

 

 「――いけないっ…!!」

 

 

 成す術もなく、自らが巻き起こした大災害に飲み込まれていくカズマに向かってノアは飛び込み、抱きしめて…。そのまま。聖なる大洪水が、遊園地すべてを飲み込み、押し流していった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 

 目を閉じていられないほどの光輝が、瞼を焼くように刺激していることに気が付いて。

 

 

 「…………う、ん」

 

 

 目元に手を翳しながら、ノアは薄く片目を開いて。

 

 

 ――――目に入るものすべてが、輝いていた。

 

 

 「セイクリッド・ターンアンデッド!」

 

 

 舞うように。あるいは揺蕩うように。空から舞い落ちる雪のような光のかけらが、さかしまに舞い上がっていく。それは。それらは時折、カズマ先生の体の周りを駆け回るようにして。あるいは、全身をすっぽりと覆ってしまうような形態をとったりもして。十人十色に、多種多様に、百人百様に、千差万別を以て、喜びを示しているように見えた。ノアはそれを見てようやく、カズマ先生が最初に言葉にしていた”なんとなく伝わってきた”ことの意味を理解した。

 

 これがカズマ先生に最初から視えていた景色であるのなら…、こんなにも切実な。言葉にならない叫びを、感情を顕わせないモノたちの表情を、こんなにも必死に、必死な。――祈りを。

 

 

 「………お、目が覚めたのか。

  今回も本当に助かったわ…、ノアが庇ってくれなかったら多分死んでたろうからな」

 

 

 「………………」

 

 

 ――――……あぁ。

 

 

 「ずぶ濡れになったのは…、あー…、その。本当に悪い。

  帰りにシャーレでシャワーでも浴びて…、着替えがないか。

  シャーレ温泉隊の業務服でもいいか?」

 

 

 「………………」

 

 

 私は、だからそうなんだ。

 

 

 「――………お、おい、ノア? やっぱり…、もしかして怒ってるか?」

 

 

 「いえ。いいえ、私は――」

 

 

 解体して、満足して。それだけでよかったはずなのだ。いつしか私は、そんなミレニアムに住む生徒たちが。それだけだと、勿体ないと思ったから。よくなればいいとおもったから。よりよくなればいいと思ったから。輝いていくのを、遠くからでいいから。輝きが、手元になくとも。私がその一助になったのだと。一人それを眺めながら、あるいは思い返しながら、満足感を覚えていればよかったはず…なのに。私は。私は結局。

 

 解体されたものが正しく組み立てられて。正しく組み立てられたものが、より多くの人の目に届く場所で輝いてくれればいいと。だから。そう、これは。これも同じ。

 

 私は。私は、きっと。打ち捨てられた生徒たちの祈りを、拾い上げる手伝いがしたかっただけなのだ。だから私は、ユウカちゃんのことが大好きで。その、キラキラとした。誰かの輝きではなく。輝いていく誰かじゃなくて。私の手元でもなく。私の胸に。私の胸の奥深くに輝く、祈りにも似たその、名前は――

 

 

 「――ただ少し、眩しくて」

 

 

 ノアは、莞爾として微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――現在。ミレニアムサイエンススクール セミナー ノア

 

 

 「――――んん…」

 

 

 瞼の上から微弱な日差しを受けていることに、ようやく気付いたかのように、意識が浮き上がっていくような感覚がして。嗚呼、自分は今まで眠っていたのだということに、脳がじんわりと覚醒していくにつれて、認識が追い付いてくる。

 

 反射的に体を起こすと、布が滑り落ちるような柔らかい音がして。目をこすり、辺りを見渡してから、なぜこんな場所で眠ってしまったのかを思い出す…。そうだ。キヴォトス路地裏大祭の後片付けの指示出しや、お金周りの事務仕事で半ば缶詰め状態になってしまって。限界を迎えた者からバタバタと倒れていく中、少し仮眠をとろうという話になったはずで。

 

 

 「……………ユウカちゃん?」

 

 

 すぐそばのソファで眠りについたはずの親友の姿を探して、見当たらず。人の体の形が抜けて空洞のできた、毛布の抜け殻とでも呼ぶべきものがそこにはあって。

 

 

 「――ふふっ…」

 

 

 そんなに気を遣わなくていいのに、と。ノアは微笑んで。手を伸ばせば届く位置にある、サイドテーブルに置かれた新品のペットボトルと、付箋紙に書かれたメッセージを目に入れて。なんだか元気が出てきて、今日も頑張ろうと気を張って。朝と呼ぶには少し遅い時間を指し示す時計を横目に、生塩ノアに与えられた書記用のデスクに座り、違和感。いいや、異和感とでも呼ぶべきものを感じた。

 

 

 「………………?」

 

 

 セミナーの一員である黒崎コユキによって。このキヴォトスでは、もはや万全と言っても過言ではないセキュリティを施された状態にあるのが、現在のセミナーが扱っている端末だ。そのはずだ。だから目の前のそれは。パソコンは、起動してすらいない。だがしかし、”なにか”を感じる。カズマ先生と一緒に行った、廃墟アミューズメントパークで遭遇したものにどこか似たような…、目に視えない”なにか”を強く、強く、感じたような気がして…。

 

 いいやそんなまさかと首を振る。ここは科学の園、ミレニアムサイエンススクールの、更にその奥深くにある中枢。セミナーの執務室なのだ…。あらかじめ定められた規則を入力された機械群が、規則正しく効率的かつ能率的に、人間の生活を最高効率で補助するための電脳で溢れかえっているような場所に、あんなものが介在する余地はないと考え直し…。

 

 どこか奇妙で、静かな恐怖感を振り払うように、ノアは再度、大きく首を振って。はやく仕事を終わらせなければと電源スイッチに触れた。触れて、しまった…。

 

 

  【――――転写開始】

 

 

 暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

――ウトナピシュティムの本船 デッキ入り口前 ノア

 

 

 その怪しいお面と腕輪の両方を装備した、カズマ先生の居所を、ノアはすべてが手遅れになる前に。何とか突き止めることが出来た。その巨大な船の手前で、途方に暮れたように佇む後姿を認めて。

 

 

 「――カズマ先生」

 

 

 ノアは、記憶の裡を幾度も幾度も掘り返し、何度も何度も形を整え続けないと、今すぐにでも忘れてしまいそうになるその姿を、一秒ごとに更新して思い出しながら、何とか言葉を続ける。カズマ先生は、後ろから掛けられた私の言葉に振り返って。

 

 

 「……え? マジで?

  ――ははっ…。 ノア、お前はまだ覚えられてるのかよ、すごいな。

  ゲマトリア謹製のアイテムにも、穴はあったってわけだ」

 

 

 「……なんで、なんで笑ってるんですか?」

 

 

 ノアにとっては全く笑えないことに、瞬間記憶能力で忘れることなく覚えているはずの、その姿、その声、その身長、その息遣い、その後姿を。いままさに、一瞬と一瞬の間で忘れては、思い出すことを繰り返し続けている…。頭が痛い。目も痛くなってきた。めまいがする。

 

 

 「――許しません」

 

 

 ノアは、目や鼻から水が零れ落ちていくような感触を肌に感じながら、まず名前を忘れた。

 

 

 「…お、おいおいっ、大丈夫か、ノア!

  止めとけって! ここまでたどり着いたお前なら分かってるかもしれんが…。

  お前が今、考えてる通りなんだよ。 いつも通りだ…、全責任は俺がとる――」

 

 

 「――そして、誰からも忘れ去られることで、その役職に責任だけかぶせて。

  先生は、どこかへ雲隠れする。そういうシナリオですか?」

 

 

 「――………そーだよ。

  シッテムの箱も、シャーレに置いてきたしな。

  ちょうどいい機会だ、もういいだろ、俺が元の世界に帰ってもな」

 

 

 ■■■は、降参だ降参とばかりに、両手を上げておどけてみせて。その仕草を忘れた。奥歯を噛み締める。今まで間違いなく覚えていたことが、両手からすり抜ける砂粒のように消えていく。ダメだ、悠長に会話している暇なんかない。消える前に、すべてが消える前に、私の裡に灯る光がなくなる前に言わなくては。間に合わなくなる。

 

 

 「――もう覚えているのは、私だけです。先生の思惑通りになっています」

 

 

 「そりゃよかった」

 

 

 その声を忘れた。

 

 

 「――グッ…。

  時間がありません、でもどうしても伝えたいことがあります」

 

 

 「なんか愛の告白の前振りみたいだな…」

 

 

 消えていく、消えていく、なにもかもが、なにもかもを、私の中から消していく。奪っていく。その姿、その身長、その息遣い、その後姿を。だけど、まだ忘れていない、その顔を、まだ私は忘れていない。絶対に忘れてやるものか。

 

 

 「――貴方が、キヴォトスに残した足跡は絶対に消えません!

  ――貴方が、私たちにもたらしてくれた新しい日常も、絶対に消えない!

 

  誰も覚えていなくても、最後の私が忘れてしまっても…!

  キヴォトス中に、貴方がそこにいたという象徴(シンボル)は、残り続けます!!

 

  だって、だって――!!」

 

 

 あ、ダメだ。と思った。とうとう目の前の誰かがなんなのかすら分からなくなった。いいや、そうだとしても、だとしても! 私の裡に残る、誰にも冒せない熱は! 記憶じゃなくて記録じゃなくて、胸をこんなにも熱くするこの想いは! 目の前の誰かが、誰だかわからなくったってそう叫べと、絶叫のような悲鳴を上げ続けているのだから…!

 

 

 「――貴方のようになりたいと! 少しでも…、寄り添いたいって!

  私は! 私も! 私たちは、そう思って、ずっと…、ずっと――!」

 

 

 あぁ、私はどうして、こんなにも悲しいのだろう。こんなにも嬉しいのだろう。涙が流れるその理由さえ、もう理解できない。体から力が抜けていく。まるで空気の抜けた風船のように萎れていく。足元から崩れ落ち、そのまま上体を地面に打ち付けそうになったところで抱き留められて…。なぜかは分からないが、それはひどく安心するような、優しい…。

 

 

 「………悪いな」

 

 

 ――そうして。

 

 世界中から忘れ去られたその男は、ようやく条件が整ったことを確認すると、少女の体を優しく、その場に横たえて去っていく。その足取りに迷いはなく。振り返ることもなく。ただ最後に、腕輪と仮面をその場に置いて。

 本船を起動させ、その駆動音が轟音を発し、突然に消え失せて。そして、その場には。最初からそこには何もなかったような巨大な空洞と、泣き疲れたような様子を見せる、白い少女を残して…。その物語は、ようやくの終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Hurrah(ばんざい)! Congratulations(おめでとうございます)!!!

 

 TRUE END(あなたは) #00「行きて帰りし物語の結末」(せいかいにたどりついた)

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――え?」

 

 

 目の端から、なにかが零れ落ちていく感触がして。

 

 

 「………え?」

 

 

 思わずといった具合に頬に触れた手が、それが涙であることを認識するまでに。そして、いままで忘れていた…、忘れさせられたことが。瀑布の様に記憶野に叩きつけられて。

 

 

 「あっ…、ああっ…!!!」

 

 

 ガタガタと全身を震わせながら崩れ落ちていく。なにかに手を伸ばそうとして、何もつかめないまま手は空を切り、碌に受け身もとれぬままに。机にぶつかり、椅子にぶつかり、棚にぶつかって。いろいろなものを台無しにしながら。生塩ノアは。腕と足を絡ませながら、床向かってに投げ出されていって。強く体を打ちつけ、けれども痛みすら感じる余裕すらもなく、はらはらと、なにかに急き立てられるように涙が流れ。

 

 ――カラカラと音がする。机の上に置きっぱなしにしていたノアの業務用携帯電話が、先ほどのノアと同様に転げ落ちたのか、回転しながらノアに向かって迫ってくる。まるで導かれるように、偶然を装うかのように。

 

 けれども。ノアの体は。全身は。まるでその全てが痙攣したような動きしかできず、思い通りに、意思通りに動かせない。だからそれは、ノアの眼前に。見せつけるようにして。それは転がりながら、謀ったかのようにピタリと停止して。

 

 

 ――ピコンと、携帯電話から通知音がして。

 

 

 顔認証によって携帯電話のロックが自動で解除され、同時に。インストールされていない筈の、MOMOトークが、音声入力モードで起動する。

 

 

 

MomoTalk

XXX_

▶︎
視えましたね?

▶︎
このままだと、未来が収束します

_ノア

◀︎
……

◀︎
貴方は、誰ですか

XXX_

▶︎
あなたの味方ですよ

▶︎
そして、貴女だけが手の届く位置にいる

_ノア

◀︎
?!

◀︎
何を言ってるんですか?

XXX_

▶︎
シッテムの箱を持っていって下さい

▶︎
その時に、間に合うように

既読

 

 

 そして二つの画像が、おそらくはそれを示す座標と共に。そのメッセージ上に送信されて。

 

 

 「………………こ、れは?」

 

 

 それは。その座標は。生塩ノアが佐藤カズマの仕事を手伝った中でも特に初期のもの。連邦捜査部シャーレの業務で、慣れ親しんだ座標位置にとても近いもので。しかしながら、地図上でそれを追いかけるのはともかく。人の足でそこまでを踏破し、辿り着くことは非常に困難と言わざるを得ない、そんな場所に。その二つの巨大建造物があるということを指し示していた。

 

 

 そう、二つの――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――地下に格納された、巨大な艦船と。

 

 

 ――天に雄々しく掲げられた、巨大な砲台の存在を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ”忘れられない”って大変なんだな、とか。
コユキがカスコユキじゃないのは、キャラ崩壊かなとか考えたりもするのですが、人は人との出会いによって良きにせよ悪きにせよ影響を受け、その精神性を変容させるものだと考えると、ノアがここまで変容してもええやろの二次創作的な精神。

 そんな感じで、このままだとめでたし、めでたし(メリーバッドエンド)になるという話でした。
ブラック労働から逃げ出すのは女々か? 名案にごつ。

 私としてはカズマさんをアクセルの街に返してあげたいんですよ本当に…、でもいくら考えても許してくれなくて帰れそうになくってぇ。ですので穏便に帰還するために、第三部で「ゲマトリア製の仮面と腕輪」を出しておく必要があったんですね…。なんてかんぺきにおんびんなほうほうなんだ…。つまり私は一貫してカズマさんを帰還させてあげたいと思ってるんです、カズマさんが可哀そうですよね…? まぁ私は可哀そうなカズマさんが好きなんですが。

 ところで、そのぉー…、感想とか感想とか感想とか評価☆10とか☆10とか☆10とかお気に入りとかお気に入りとかお気に入りとかを頂けると嬉しいなって…。モチベーション的な意味でぇ…承認欲求モンスターが成長しなくってぇ…
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