TS転生貧弱冒涜ロリ 変身願望を持つのは間違っていない   作:アあゝ

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開始

 

 ヒトは誰でも大なり小なり変身願望を持っているに違いない。

 ヴィジョンは心の奥底に重く沈んだやり残しを完璧に成し遂げる自分だったり、もしくは自分じゃ到底成し遂げられない偉業を成す英雄像だったり、はたまたかわいい女の子になってみたいなんて思ったりする人もいるかもしれない。

 

 かくいう自分もその一人だ。昔からあるムーブメント、始まりはエレベーターから行ける異世界、知らない言語に囲まれた未知の世界に迷い込むという都市伝説。それを発端に異世界という言葉に目を惹かれてここじゃない何処かで活躍して見せたい、あわよくばいろいろな人に好かれる人間になりたいという、青臭い夢想を抱いた。異世界転生というやつだ。

 

 もし剣と魔法の世界ならばその世界の技術を習得し、その技術を磨く過程で出会った仲間と酒を飲みあえるほど仲を深めたい。

 もし現代に近い異世界ならば、元の世界で生まれた後悔を無くすように生きてみたい。

 もし創作物として自分の知っている世界に生まれ変わったのなら、物語の都合で死に追いやられる犠牲者をこの手で助けたい。たとえそれが劇的で感動をもたらすものであっても。

 もしも自分が何者かに成り代わる形で生まれたのなら……。

 もしも、記憶の中で輝く彼らのようになれたのなら。

 もし、もしも……。

 

 ……。

 

 言語化するとなんとも小っ恥ずかしくなるが、それが自分だ。

 とはいえ実際に実現するのは不可能だと割り切ることが出来るくらいには現実を直視出来ていたので、ベッドで寝付く前の楽しい妄想として娯楽の一つになっていた。人に聞かせるような冒険譚でもない、英雄譚でもない、敢えて言うなら独り善がりの妄想譚。

 何処かの老人のように頭の中を絵本に書くようなこともない、突然死んだとしても脳という最高峰のハードディスクの中からは掘り返されることのない人畜無害な代物。

 

 ではなぜこんなものを長々と吐露しているのかって? 

 

 単純な事だ。

 どうやら変身願望を持つのは間違っていなかったらしい。

 

『あのガキ、いったいどこに逃げやがった!? 捜せ! あの体格じゃあ逃げられてもそんな遠くねえ』

「────っ」

 

 現実的じゃあない願望を持っていたからか、或いは神の悪戯か、今俺は自分の身長を優に超える身長の悪漢たちに追われている。

 自分の声だとは思えない鈴のような声が、緊張と怯えで震える小さな体が焦りで跳ねた途端に小さく漏れる。幸いこの体に丁度良いサイズの隠れるスペースを見つけたので隠れているが、気付かれるのも時間の問題だ。

 変身願望。それが明確な形を持たなかったのが祟ったのか自分は小柄な少女の姿になってしまったようだ。自分の姿を確認する術も無ければ、自覚した時には悪漢たちに追われていたので鏡を見る機会も無かったのだが、悪漢どもの目的が人身売買ならば恐らく見た目も眉目秀麗なのだろう。

 

 しかし、残念ながらその姿を確認することなく俺は捕まろうとしている。

 今の自分では疎か、元の男だったころであったとしても登ることの叶わないであろう建物に囲まれた迷路のような町を走り抜け、追っ手たちが通れないほどの狭さの通路を見つけては場当たり的に逃げてきたというのに、土地勘があるのだろう悪漢たちは既に俺の近くを捜索している。

 

 今隠れているのはごみ溜めの中、腐った食物などで悪臭が立ち上る狭い空間で気分を害しながら貧相な体躯を震わせている。

 

 詰んだか? 詰んだかもしれない。

 

 刻一刻と迫る絶望の瞬間が少しでも今より遠い位置にあることを祈りつつ、無力な自分はただ考えることを続ける。

 

 命の危機を前に意外と意識は冷静を保っていた。この状況に似た状態に遊びではあるものの何度か陥ったことがあるからかもしれない。

 今よりも変身願望を強く拗らせていた頃に良くしていた事がある。

 TRPG、テーブルトークロールプレイングゲーム。その中でもとりわけ世界観が好みだったからかクトゥルフ神話を題材にしたもので、自分は良く人とのコミュニケーションに特化したキャラクターを作ろうとした。

 説得や信用、言いくるめに特化したそのキャラクターは、現れた怪物の前にはとことん無力だった。怪物でなくともコミュニケーションが通じない相手なら誰にでも。

 

 怪物を悪漢たちと置き換えれば今の状況はほぼ同じだ。APPは説得する際に役立つ。

 

(~~~~!!)

 

 シナリオを進行するゲームマスターも神も試練を与えるのが大好きだ。その在り方に大した違いはない。

 そして試練を与えられた人間がそのまま死ぬよりは、多少箔が落ちようとも乗り越えた姿を見る方が好きなはずだ。そう願う。

 

 ご都合主義。異世界転生ものだとよく見る現象を意図的に呼び寄せる。

 俺という人間が似ても似つかないだろう少女になってしまっていること自体が何者かが仕組んだ都合のいい代物なのだ。

 

 か細い華奢な手指で自分がいるごみ溜めを掘り起こす。この町は悪漢が普通に横行しているくらいには治安が悪い。ならば人の死体、その皮膚があっても問題はない。誰が見ても無謀で無意味な行動。

 最初のテコ入れ。

 臭い。悪臭が空気をより重くする中、自分には予感があった。

 これから行うことは自分を助ける力になるかもしれない、しかしそれは正道を大きく外れた邪道も邪道。異世界で夢見た真っ当な魔法みたいなものを使えることは無くなるだろうと。

 だけど必死に掘り起こす。いつか感じるかもしれない後悔よりも大きな後悔から逃れるために。

 

 

「っあった!

 

 

 そして見つかった。汚物にまみれていたのになお形を保った人の腕。腐りかけてぶよぶよとした触感が不快感を募らせるが仕方ない。我慢する。

 

 

「……。『幽体の剃刀』」

 

 

 まるで皮膚に刻まれた言葉を口ずさむように、脳裏に浮かぶ呪文の名前を吐き出す。

 知識では疾うの昔に知っているそれを、この世界でこの体で初めて触れた。

 

 その瞬間何か心の奥底で作用する力のようなものを感じる。何かがうごめく様な感覚。

 

 今感じたモノがMPや魔力に類するものなのだと信じていいならば成功。よく魔導書の素材として扱われる人皮に覆われた肉塊を魔導書に見立てて未知の魔術を習得したという結果を生み出す。この世界がファンタジーモノだと信じてやった博打も博打、大博打だ。普段妄想を鍛えていなかったら考えもしなかったろう。

 

 ガタリ。

 耳を澄まして聞かなければ聞こえない程の音を立てて少しごみ溜めの蓋を開ける。周囲に敵、悪漢が居るのかを確認するため。

 

 

「あの見た目だ、誰かが見てたら絶対に解るはずなんだがなあ?」

「いた……」

 

 

 男が一人。まるで近くにいることに勘付いているように大きな声を出している。

 内容は確実に黒。敵だ。やるしかない。

 

 

「いあ、いあ……よぐそとーす……。 ……御身の力お貸し頂きたい、畏み畏みもうす……」

 

 

 聞く神が居たら抱腹絶倒モノな粗雑な詠唱。

 いくら妄想しようと実際に使わなければいけなくなるとは夢にも思わないから呪文など練習したこともなかった。流石に羞恥心が勝った。

 誰でも聞いたことがある文言と呪文の詠唱で一番オーソドックスな存在の神格の名前を告げた後、言葉に詰まってしまう。

 何せルールが記された本ではこの呪文だけではないが使用するまでに数ラウンド必要とだけ書いてあるだけでその過程は記されていない。

 だから使用者が使う呪文のことを理解して、指定された時間詠唱を続けることが大事なのだと試しに口ずさんだヨグ=ソトースの名前に力の流れを感じ、その感覚を手放さないようにと続けた結果が祝詞になったのだ……。

 ……生き残ったらちゃんと詠唱を考えよう。

 

 

「おぉ……」

 

 

 詠唱時間分は稼いだようで体内で魔力が迸る。後は対象を目視して呪文を完成させるだけ。

 

 

「『幽体の剃刀』ッ!!」

「何!? ……何イ!??」

 

 

 最早隠す必要もないとごみ溜めから飛び出しながら声を上げて注目を向ける。内心この汚物まみれの環境から抜けたかったという想いもあった。

 予想通りの反応を見せて此方を向く男は汚物まみれの自分を見て後ずさる。塵の中に隠れているとは思い至っていてもまさかここまで汚れているとは思っていなかったようで隙だらけだ。

 

 手を刀に見立てて少し離れた男の首元を横に一閃する。

 瞬間。

 透明な線が標的の首に走ったかと思うと支えを失った頭部は鈍い音を立てて地面に落ちた。

 

 ──幽体の剃刀(SPECTRAL LAZOR)

 それは精神力を変換して透明な刃を生み出す呪文。精神力に応じて伸ばすことが出来る刀身が届きさえすれば、この目で見える限り全てに当てることが出来る。壁を挟んだ場合などはそちらにダメージが行くものの、貫通させれば標的に当たる。そんな呪文。

 真っ当な攻撃手段が少ないクトゥルフ神話系呪文の中では珍しいシロモノ。

 

 

(殺さなければどうなっていたか分からないとはいえ……。流石に堪えるな……)

 

 

 直近の脅威が居なくなったことに安堵して、敵だった死体へと近寄って様子を見る。仮に近くに敵がいたのなら透明な刃で首を断ち切った後直ぐに近寄ってくるだろうから、音沙汰もなく誰も気づいていないうちにできることをする。異常に勘付いた奴が寄ってくる前に情報や金銭を搔っ攫いたい。

 そんな思惑を浮かべて死体を観察していると。一般人でしかなかった自分にも関わらず殺人を為してしまった事実に改めて気づく。

 

 死体を見るなんてありえない、その肉の塊を生み出したのが自分だとは思えない。極限状態で脳内麻薬を大量に分泌していたからか、人を殺すことにも汚物の中にも忌避感を感じることなく身を投じることが出来た。

 けれど目の前の脅威が一つ居なくなったことで緊張の糸が途切れたのか体に纏わりついた汚物が、余りにも綺麗な死体が今まで感じたことのない気持ち悪い感覚を覚えさせる。

 目の前の死体。短い人生の中で形成された価値観をぶち壊す存在。何か自分の中でたがが外れたような気がした。

 

 

(ッ! 悲観するのは安全を確保してからだ!)

 

 

 喪失感を味わう時間は後でもいい。

 死体が着ている服飾の材質、ポケットの中身、そして死体の身体的特徴を観察することが最優先。少しでも自分が生き残る確率を上げる。

 

「これは……金貨?」

 

 今の体では成人男性を持ち上げるのは困難な為、先にポケットを漁る。すると中にはこぶし大ほどの小袋が。持ち上げてみるとジャラジャラと金属が擦れ合う音、それはこの世界で使える通貨が入っていることを示唆していた。

 袋の口を開けて覗き込むとそこには金色に鈍く反射する金貨が詰め込まれている。

 重く感じてきた袋を地面に置き、中から一枚だけ金貨を取り出す。

 円形のその金貨には読めない言語と男の横顔が刻み込まれていた。裏には女の横顔が。

 横を向いた男が被っている兜。その形がギリシャ神話の英雄アキレウスのイメージとしてよく見るものと酷似している。

 

 

「……ヨーロッパに近い文化圏なのか?」

 

 

 元は綺麗だった服の懐に移動に差支えない分まで金貨を入れた。この異世界がギリシャの流れを汲んでいる可能性がある。それが解るだけでも少し気は休まった。

 刻まれた言葉は読めなくとも、追っ手の男の言葉はわかる。言葉が通じなくて詰み。なんてことが無いだけましとはいえ、完全に異文化だったとしたら生きている間、常に疎外感に苛まれる事になっただろう。

 ギリシャから端を発する知識はローマに続き、絹の道を通して故郷にも届いたのだ。

 

 比較的前世に近い世界観ならば、もう二度と食べることは叶わないと思っていた白いごはんも口にすることが出来るかも。その時は泣く。

 

 続いて男の着けていた装身具、刀剣の類を手に取った。

 

 

「~~~~! 重゛い゛」

 

 

 何の金属かはわからないナイフ、いやダガーか。護身用なのか腰部に帯刀されていたそれは刃渡りが20センチほどだ。扱いなれた刃物の包丁とは違う無骨な見た目。

 対人戦闘において打ち合いになった時にすぐに刃こぼれしないようにしているのか分厚い。今の自分の細い指ほどの厚さはある。

 前世なら片手で振るうことが出来たかもしれないその金属の塊も、今では両手で何とか持てるかどうかというところだ。

 

 ……。

 

 如何に高名な伝説の剣だろうと、必要な時に振るうことが出来なければなまくら以下だ。このダガーも自分の中ではそのカテゴリーになった。

 

 

(持っていくことは出来ないか……でも)

 

 

 体を揺らめかせながらダガーを持ち、男の死体の服に押し当てる。

 今の自分の見た目を思えば、身を包むための外套を手に入れるのは急務だ。服装が変わっているだけで人というのは案外気付かなくなる。

 男の服をそのまま頂くことも考えたけれど、ダガーを一つ持つのにも一苦労な今の無力な小娘には不可能だった。

 

 仰向けに倒れた首なしの死体から背中辺りの布をダガーの重さに身を任せて切る。幸い切り取るだけで十分なほどの布地を確保できそうだった。

 

 

「──っ! ~~~~!」

 

 

 不器用に使いにくい刃物を使って現代では到底見ない材質の布を切るのは一苦労。想像していたよりも長い時間がかかっている事に焦りを感じる。

 刃が布を上手く断ち切れなかった度に、幽体の剃刀をさっきみたいに使えば迅速に切れるのではないかと誘惑が何度も何度も脳裏を過るが、呪文を行使した時に生まれた疑念がそれを憚らせていた。

 

 精神力に応じて刀身を伸ばす透明の刃。数メートル離れた男を難なく切り裂いたそれが果たしてどこまで伸び得るものだったのかを自分は知らない。刀身の延長線上。首のあった位置よりも遠くにある建物の壁面には切り付けられた跡が付いており、覗き込むと奥から光が見える……どうやら貫通してしまっているようだ。

 

 問題点はそこだ。初めての行使で数センチ程度しか刀身が伸びなかったのならまだいい。

 だが逆に膨大な魔力を込めていたとしたら。初めて感じる魔力を感覚で行使したために自分の限界が解らないというのに。

 

 目視できる距離が射程ならば、近いものを目標にしたときに生まれる残りの刀身の長さ分の余剰魔力は一体どこへと向かうのか? 

 自分自身を鑑みて大した精神力はないと思っているが、精神力と魔力は同一のものとして扱われることから量はただの人間とは比較ならない可能性がある。TRPG内で行使できる呪文は習得さえすれば一般人であったとしても使える代物だ。低コストといってもいいそれが、魔法がある異世界の人間の体で行使されればどうなるか。

 

 威力の増大。

 

 回答としてあまりにもさっくりと切り落とされた悪漢の首、そして貫通した建物の壁がある。石の壁を容易く切るほどの力を布を切るためだけに使えないし、何よりそんな威力が出るということは多くの魔力を使っているという事。

 自分の中の残存魔力がわからない今の状態では無駄遣いできない諸刃の剣だ。魔力を失うと意識を失うという法則がこの世界にあるかはわからないが、TRPGの法則を持ち込んだ時点で自分には確実に適用される。

 

 

「や、やっとだ……」

 

 

 筋肉の無い腕を痙攣させながら、何とか背中の布を切り取る。ダガーが重さで度々背中に突き刺さり、布がところどころ赤く染まるというアクシデントに陥ったがようやく終わった。

 布をはぎ取り体に覆いかぶせるように身に包む。見てくれはミノムシの様になってしまった。

 

 

(……ん? これは……紋章?)

 

 

 外套を身に着けたことで気が付くことがあった。布を取り払ったことで露になった男の背中にはところどころ血で濡れているものの、背中全体を覆う形で刺青のようなものが描かれている。

 何かをモチーフにしていることは確かだ。

 

 

「壺に……女、天秤か……」

 

 

『Πανδώρα』と刻まれた壺を背景に笑みを浮かべる女の顔。

 その手には天秤が逆さに握られていた。

 

 確実に何か意味があるモチーフ。趣味として片づけてしまえばそれでおしまいだが、この異世界の実態を知らない以上重要な情報だ。

 

 

「……ああっ!」

 

 

 どうして気付かなかったのか。懐の金貨を取り出して見比べる、金貨とは別言語のように見えるが、この言語は確実にギリシャ語だ。文章の意味を理解するのは難しいけれども、それでも普段よく見る字があれば流石にわかる。

『α』がある。

 完全に文明が断絶していれば偶然同じ形になった別言語かと思うこともあるかもしれないけれど、金貨のモチーフは古代ギリシャの戦士に酷似している。そのこともあって自身の中では考えが固まっていた。

 解読したい……。そう思って記された文字を注視しているその時だった。

 

 

「おい、お前さぼってんじゃねえ……ぞ?」

「ひっ」

 

 

 全くの意識外からの声。

 バレることはそうそうないと過信していたところに突如として聞こえた騒音は、無意識に声を荒げさせるのには十分だった。

 振り返る。

 其処には男たちを仕切っていた男。

 

 

「ッ! いあっいあっよぐ!?」

「やらせねえよ!」

「──っかは!??」

 

 

 咄嗟に呪文を詠唱しようとするも男は瞬時に距離を詰めてくる。

 自分の知らないこの世界のチカラ。

 その勢いのままにこぶしが腹部にめり込み、同時に自分は遥か後方に吹き飛ばされる。

 息と吐物が口から漏れた。

 

 

「~~~~!」

 

 

 痛みと嘔吐感から声にならない声が上がるが、痛みをもたらした張本人は無慈悲にも下卑た笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。

 呪文を唱える時間はない、腹を殴ったのは商品価値を下げないためか? もしくは呪文を使わせないためか。

 小さい体躯のお陰で吹き飛ばされた反動は少なく、走り出すことは出来るだろうが、どうせ逃げようとしても追いつかれる。

 

 

「きたねえ……お前、よくもうちのファミリアの団員をやってくれたなあ?」

(ああ……終わったな)

 

 

 手詰まり、震えで奥歯がガチガチ鳴り響く。

 ────結局、試練を乗り越えられなかったか。

 諦めの感情を浮かべた聞き慣れた低い声が脳内で囁かれた。

 変身願望を持った所以。誰かに認められたい、誰かの特別になりたい。そんな俗な願いもあった。

 だけど何よりも、尻込みして飛び込めなかった試練を前に勇敢に立ち向かう、そんな自分になりたかったんだ。

 悔しい。自分には力があったのに何も出来ないことがただただ悔しい。

 

 涙が自然にあふれ出て霞む視界の中、近寄ってくるクソ野郎のことをひたすら睨む。何もできなくなった俺の最後の抵抗。

 薄汚い手が俺のことを掴もうと手を差し出した。

 

 次の瞬間、男の体が中心部から弾け飛ぶ。

 

 

「──えっ?」

 

 

 困惑交じりの間抜けな声。爆心地には銀色の光がきらりと走り、血漿を大いに含んだ風が自分に向けて吹きすさぶ。汚物まみれの体に血飛沫が降りかかる。

 一体何が起きたのか。それは一瞬でこの世から旅立った男の風穴の先に、自身が死んだことに気付き倒れ伏した体を挟んで自分とは正反対の位置にいた。

 

 

「……」

 

 

 少女だ。それも今の自分と変わらないくらいの背丈の非力そうな少女。

 ぽつり。そんな言葉が似合う光景。スプラッタな現象を起こしたのにもかかわらず、その体には一滴たりとも血飛沫は掛かっていない。静寂。

 その手には小柄な体で持つには少し大きいサイズのサーベルが握られている。

 

 ……突きだ。

 どうやってやったかはわからないけれど、そう感じた。人を斬り伏せるには膂力も重さも足りない小柄な体でも、勢いさえあれば突きは刺さる。

 ……魔法とかそういうものを無視した考えだが。

 

 

「……」

「……」

 

 

 無言。ひたすら無言でこちらを伺っている様子の少女。何か声を掛けられるかと身構えていたが何も言ってくれない。

 何も言わずに見つめてくるのでお返しとばかりに自分も見つめ続ける。

 ──軽装だ。

 血に濡れた自分と対を成すような蒼。攻撃から身を守るためというより、動きやすさを重視したような鎧。鎧としてすぐに思い当たるような金属は最小限しか使われていないように見える。

 だがそれ以上に目についたのは金色だろう。自分を見つめる瞳、そして光の届きにくい街並みの中でなお輝きを見せる髪。さっき見た金貨とは別のベクトルで綺麗な金色だ。

 

 

「あの、助けてくれてありがとうございます」

「……うん」

 

 

 可憐な女の子だ、成長すれば傾国の美女にもなるかもしれない。

 でもそれはそれとして無言で見つめ合うのは辛いものがある。果たして行われていたのかも不明な根競べ大会は自分の負けだ。

 言葉を切り出すと受け答えはしてくれる。今にも力尽きそうな状態をアドレナリンなどの脳内麻薬で騙し騙し酷使していたからか、段々体が重くなってゆく。辛くなってきた。

 少女にお願いしても良いのかと抑え込まれていたお願いを息も絶え絶えひねり出す。

 

 

「……できたら安全なところに連れてってもらえませんか」

「いいよ」

「ありがとうございま……す……」

 

 

 ばたりと音を立てて倒れる体。

 助かった。同意の言葉を受け取ってそう捉えた自分の意識は、極度の緊張状態から解放されて暗闇へと落ちていく。

 

 大丈夫、きっと助かる。常日頃思い浮かべていた妄想が現実になり、直面した試練は乗り越えた。

 改めて言える。変身願望を持つことは間違っていない。

 

 

 

 

 




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