TS転生貧弱冒涜ロリ 変身願望を持つのは間違っていない 作:アあゝ
「イデア、おそいよ」
「──っ、アイズと同じ速さで走るのはちょっと勘弁してほしいかなって……」
息も絶え絶えな状態で、通りの先で立ち止まっていたアイズへと追いつく。
上機嫌な様子で待っているアイズの目的はそう、ジャガ丸くんだ。
さっきまでダンジョンに籠っていたのにも関わらず、元気に走り抜ける姿は少し羨ましい。
自分が魔導士へと舵を切らなかったら今頃、あの子の様に飛ぶように駆け回っていたのだろうか……。
「無理だよ。だって久しぶりにお店が開くんだもん」
「確か、流通がせき止められてるとか……」
「うん、だから売り切れちゃうかもしれない」
ジャガイモをはじめ、オラリオの外からやってくる交易品は闇派閥の脅威によってオラリオへと入ることなく消費されてしまっている。
オラリオ外周を警備するファミリアのお陰で、やっとのことで商品の流入が出来ている様子だった。
生産系ファミリアが事態を重く見て、オラリオへの援助を考えている事、そして安全な流入の為に私の呪文を行使することが考えられている事をフィンさんから聞いた。
そんな状況で開店するジャガ丸くんの屋台は凄いと思うが同時に、店主のおじさんは無理をしていないかと不安になる。
現在オラリオの物価は急上昇の一途を辿り、軽食として愛されているジャガ丸くんでさえ高級品として扱われている。
オラリオの経済を潤すのは冒険者と魔石を加工した製品だが、物価が上昇した事によって冒険者たちは生活に困窮すると共に、闇派閥によってダンジョン攻略に消極的な姿勢な者が多く、客が減った冒険者ではない人々も満足な生活を送れない悪循環に見舞われていた。
「──っはあ、っなら先に行っても、構わないけど……?」
高級品になったとはいえジャガ丸くんはジャガ丸くん。
アイズの様に熱狂的なファンもいる人気料理。
久しぶりに開店したとなれば、ファンは僅かな手持ちをもっと寂しいものにしてでも食べに来るのかもしれない。
私の圧倒的フィジカルを前にジャガ丸くんが絶滅の危機に瀕しているのであれば、アイズには是非ともジャガ丸くんの保護に努めてもらいたいのだ。
「だめ。駄目だよ」
「へ?」
アイズなら嬉々として飛んで行きかねない提案を前に、毅然とした態度で首を横に振るアイズ。
想像だにしない返答に困惑した声を上げると、アイズは忘れたの? と言わんばかりの表情で近寄ってきた。
「一緒にジャガ丸くんを食べに行くって約束、まだ叶ってないよ」
「あっ……」
アイズと初めて出会った日、私がこの世界で存在を認識した日。
様々なことがあったあの日の終わりにアイズと交わしていた約束を思い出した。
差し出された右手を左手でしっかりと握る。
約束を持ち掛けた側でありながら、忘れてしまった自分を恥じた。
この子は自分の好きなものと約束を天秤にかけ、約束を選んでくれたというのに。
──もし売り切れていたら私が『門』で産地直送、手作りでジャガ丸くんを作ってあげよう。
私たちが風になる寸前、そう固く誓った。
「うひゃああああああああ!???」
レベル3の握力で私の左手を強く掴み、人通りがあって速度を維持しにくい通りではなく、屋根を跳び渡りながら屋台を探すアイズ。
空中を風に乗って縦横無尽に飛び回る景色が、何とか保っている意識の中で流れる。
──灰色掛かった空でも、スリルは晴天の時と変わらないかもしれない。
「──あった!」
前にジャガ丸くんを売っていた所と同じ場所に陣取って屋台を開いている店主の姿を見つける。
少なくない人だかりが出来ているのを見たアイズは急降下、勢いをそのままに屋台の前へと降り立った。
……咄嗟に肉体の保護を唱えていなかったら死んでいたんだけども。
「……ない」
「おっ、来たな~! お目当ての品はこいつかな? 来ると思ってキープしてたぞ~!」
空からやってきた常連客の少女を前に狼狽えることなく笑顔を浮かべる店主。
ジャガ丸くんが並べられている筈だった場所には何も無かったので落胆の声を上げるアイズだったが、店主はそんなこともあろうかとと、屋台裏から小さな紙袋を取り出してきた。
「みんな慣れ親しんだジャガ丸くんの味をまた味わいたいみたいでな、すこし割高になったのにも拘らず大盛況だよ。アイズちゃんの為に取っといたこの小豆クリーム味以外全部売り切れちまった」
「それは……困った。私たち、今日は二人で来たから……」
「どうも……」
「あ、あの時の嬢ちゃん……参ッたなあ~……」
店主の人はぼろ雑巾みたいになっていた自分を──無理は無いが、まさか人だとは思っていなかったみたいで、アイズが一人でやってくる想定で残していたジャガ丸くんだけでは足りなくなった事を理解すると頭を抱えてしまった。
「悪りぃ嬢ちゃん……折角二人で来てくれたのに、好きな味を渡すこともたらふく食わせてやることも出来ねえなんて、ジャガ丸くん売り失格だ……!」
「いやいやいや、気にしないでください……。平和になって流通が穏やかになったらまた、嫌になるくらい買いに来ますから!」
「そうかい? じゃあおっちゃん、炊き出しがんばって仕入れの割合増やしてもらうから、また再開できるようになったらロキ・ファミリアに一番に手紙を送るぞ!」
これはサービスだ! とアイズの手にジャガ丸くんを包んだ紙袋を渡すと、店主は店を畳み始めた。
あっという間に店を片付けた店主さんは、これからデメテル・ファミリアに向かうと告げると冒険者通りを外壁の方向に向けて走り抜けていった。
立ち尽くす私たち。
アイズはジャガ丸くんが一個しか無いので葛藤しているみたいだった。
久しぶりのジャガ丸くん、しかも小豆クリーム味、決断を下すのは難しそうだった。
「……」
「……食べちゃっていいですよ?」
「でも、約束。一緒に食べなきゃ」
「はあ~……アイズがどれだけジャガ丸くんを食べたがってたのかは知ってますし、店主さんはアイズの為に取っておいてくれたんですから、食べなきゃ損ですよ」
アイズのジャガ丸くん欠乏症を重く見ていたのは確かだ。
同室で寝ている時に寝言でジャガ丸くんが出てくるのは良い方で、最悪な例としてはダンジョン内でジャガ丸くんの幻を見始めるようになっていた。
足が速く、魔法の効かないジャガ丸くん。
アイズ曰く、足が早いので新鮮なうちに得物でサクッと味わうのが乙らしい。
いや動きが俊敏なのか腐りやすいのかどっちなんだ……。
……それを踏まえて。
ねんがんのジャガ丸くん小豆クリーム味を手に入れたアイズからどうして奪うことが出来ようか。
「でも……──むう~……」
「じゃあ……そうだ、もう一回約束です。また一緒にジャガ丸くんを食べに出かける、それでダメなら何度でも!」
「……っ! うん、そうしよう」
約束をする。
今は無理でもいつかはきっと。
一緒にいる限り、何度でもチャンスはあるのだから。
「もしかして……此処にあったジャガ丸くん屋さん、食べに来たの?」
約束を嚙み締めるアイズを見ていると、視界の外から声がする。
私たちに向けた言葉であることを悟り振り向くと、そこには蒼がいた。
「良かったらこのジャガ丸くん、食べる?」
蒼い、という印象を持つ少女。
ショートカットに切られた髪も、着ている服も、澄んだ青空のような青色をしている。
ジャガ丸くんを差し出してきた手甲には、象を模したデザインが刻まれていた。
「えっ……悪いですよ、ええと……」
「私はアーディ! ガネーシャ・ファミリアのアーディ・ヴァルマ!」
「──私はイデア、こっちの子はアイズです。……せっかくのお心遣いですけど頂けませんよ……。アーディさんだって、ジャガ丸くんを待ち望んでた人ですよね」
ガネーシャ・ファミリア。
オラリオの治安維持活動を行うファミリアの中で、最も規模の大きいファミリアだったか……。
主神の声も大きく、数キロ先から自己紹介が聞こえてくることも珍しくないので、数あるファミリアの中で名前は憶えていた。
主神、ガネーシャの首をシヴァによって象の首と取り換えられたという逸話からか、象をモチーフとした仮面を着けた団員の姿を見たことはあったけれど、顔を出している団員と会うのは初めてだ。
差し出されたジャガ丸くんを拙い身振りで拒否すると、安心させるような笑顔を浮かべてアーディさんが告げた。
「気にしないで、実はこれ、二個目なんだ~! 美味しいからもう一個買っちゃったんだけど、まだ食べられてない人に渡ったほうがこのジャガ丸くんだって幸せだもん!」
「……イデア、これはありがたい申し出、貰うべきだよ」
アーディさんの言葉に同調して、すこし黙りこくっていたアイズが急かす。
ジャガ丸くんを食べられるチャンスを逃すなんて正気か? と言わんばかりに脇腹をつついてくるので、断るのは不可能に等しかった。
「──ごめんなさい、ありがとうございます……いただきます」
「うん! プレーン味だけどいいかな?」
「コロッケは塩派なので、大丈夫です……あっ、ジャガ丸くんか」
通りの分岐点に差し掛かる辺りにあった噴水のある広場。
そこに設置されていたベンチに三人で座ってジャガ丸くんに噛り付く。
「ねえ、二人はお友達?」
「……どうだろう、考えたことが無かったです」
ジャガ丸くんを一緒に味わっている姿を見てか、アーディさんがそう問いかけてきた。
ロキ・ファミリアに所属する者同士、仲間であり家族ではある。
だけど、友達と呼べるかどうかは自分では自信を持てなかった。
返答に困る私を尻目に、アイズは少ない口数で答える。
「……友達、だよ?」
「そうなんだ……」
アイズの言葉に反応を示したのは他ならぬ私だった。
自分の存在理由に悩んでいると、自然と周りとの間に壁を作ってしまっていることがある。
自信が無いと言い換えてもいい。
本当に親しい間柄になっても良いのか、そのためには相手が望む姿になるべきではないのか。
変わりたいという欲求を自身の行動で発散させるのではなく、何者かによって起こされてしまったために、自分自身の
だから主観の混じらないアイズからの言葉は私の心に強く響いた。
──相手が信じる自分を信じろ。
いつかどこかで聞いた言葉、そんな事を言っていた人がいた気がする。
アイズは友達だと信じてくれたのに、私は一体何をしているのか。
心なしか悲しそうな顔に見える無表情に、心が痛んだ。
だから答えた、反射的に、まとまってさえいない回答を。
「アイズは友達です。それもいつか親友になる、そんな友達です……!」
「イデア……! っうん」
「──そっか! さっきの二人のやり取りを見てたから、友達じゃない訳ないかな~って思ってたんだけど、いい答えが見つかってよかったよ!」
二人の答えを確かに聞いたと笑顔で頷いたアーディさん。
「悩んでることを同じ視点で考えてくれる友達っていいよね。私の友達もさ、真面目なところがあって何時も抱え込んじゃうんだけど、自分の悩みみたいに私の事も考えてくれるんだ。だから私もあの子の悩みを解消してあげたいんだけど……」
「簡単に解決できない問題……なんですか? お礼っていえば調子いいかもですが、話聞きますよ」
「そう? ──じゃあお願いしようかな」
人との壁を知らないようなコミュニケーションの取り方をしてくるアーディさんでさえ解決してあげられない悩み。
自分たちでは力にはなれないような気もするが、猫の手も借りたいのかもしれないと尋ねてみた結果、予想通りに打ち明けてくれる。
「それで、内容は分かってるんですよね?」
「正義とは何か、だって」
「はあ、これまた大きく出ましたね……」
噴水から溢れ出る水を眺めながら考える。
アーディさんの友人は、どうやら人類の命題ともいえる疑問に突き当たってしまったようだ。
様々な神話世界が善悪を語り、世界観を造り上げた。様々な哲学者が善悪の定義を語った。そして私たちは過去の影響を受けて培った自分だけの倫理観を信じて善悪を判断する。
要するに、答えが無いのが答えなのだ。
しかし正義に疑問を呈するのも分かる。
オラリオに生きる人々は、全人類の意識を統合してみれば割合的に悪と分類される者たちに怯え暮らしている。
潰しても潰しても湧いてくる不快な害虫たちを根絶できない正義とは何か、そう思ってしまう事もあるのだろう。
「もしかして……そのお友達って、アストレア・ファミリアの人だったりしませんか?」
「えっ、イデアちゃんすごい! どうしてわかったの!?」
理由は単純、自警団を運営しているガネーシャ・ファミリアの団員が交友を持つ相手であること。
そして、今を生きる人々は正義や悪といった思想について考える余裕はないという事。
同じく自警団をしているファミリアで、正義について考える隙が生まれるとしたら主神が正義を司る女神であるアストレア・ファミリアしかないだろう。
「悩みの内容が少し不可解だったけれど、腑に落ちました。多分、この事態を重く見ているんですよね」
隣で黙々と小豆クリームを味わっているアイズと私は、ロキという特定のナニカを司っている訳ではない神の眷属だ。
ラグナロクという厄ネタはあるモノの、この世界で起こる事は想像し難いので、家で待ってるオカン程度の認識で済んでいる。
しかし、正義を司る女神の眷属となれば別の事。
その友人は、暗黒期と呼ばれている今を憂いて、根絶できない自分の非力さを嘆いているのだ。
正義のシンボルを背に受けて戦う重み、自分なりの答えを見出せない状態でそれを背負い続けるなら、この惨状は正義の意味を問いかけるには絶好の時期ともいえる。
私の言葉の続きを待っているアーディさんは、打開策を期待しているように見えた。
「たぶん、私の答えは当てにならないと思います」
「そうなのかな、でも、聞かせてほしいな」
私の中でも正義の定義は決まっていない。
何せ世界に混沌を齎す方法を使わなければ生き残ることが出来ない貧弱な存在が私だ。
深淵を覗き込んだつもりは無いが、呪文を使えている以上、いつ覗き込まれるかはわからない。
従って、結果次第では私は、闇派閥以上の悪になりうる爆弾だった。
曇天の空に手を伸ばす。
雲の上から鈍く光る太陽を見つけて手のひらを握りしめた。
「善も悪も、混沌とした世界の一側面に過ぎないんじゃないでしょうか……? ──欲に塗れた醜悪な正義もあれば、高尚な理念の上で成り立つ悪もある。その上で自分にとって、正しいと思った道を苦しみもがきながらも生き遂げる事が正義だと、私は思います」
何の答えにもなっていない回答。
生き遂げた先で悲惨な真実が待ち構えている可能性すらあるのに、無責任すぎる言い分。
不定形で形容しがたい物で、一生のうちに何度思想が流動するかもわからないモノに頑張って定義づけした結果がこれ。
恐る恐る窺ったアーディさんの顔は、そういう考えもあるんだ、という盲点に気付いた顔だった。
気まずい雰囲気になり、丁度ジャガ丸くんを食べ終わったアイズに目配せすると、分かった様子で頷いて見せた。
「アイズちゃんも、何かあるかな」
「ジャガ丸くん」
「────えっ?」
「ジャガ丸くん!????」
と可笑し気に談笑を続ける三人がいるベンチを遠くから眺める影が一つ。
通りの壁に寄りかかって目立たないように、平凡な冒険者然とした見た目を取り繕っている男が、卑屈な笑みを浮かべた。
「やっと、見つけたぜぇ……これで、おれは使い捨てじゃあなくなる……!」
男の視界の中心に映るのは銀髪の少女。
やっと俺たちの計画が進められる、と焦燥した様子で独り言を呟くと、今すぐに襲い掛かろうと歩みを進めて、止まる。
「『
横に座る蒼い少女がガネーシャ・ファミリアである事に気付いた男は、分が悪いと判断して冒険者通りの雑踏の中に消えた。
諦めたからではない、ファミリアの参謀を務めている神官に指示を仰ぐため。
イデアの身を取り巻く因縁は、本人の知らぬ間に再び襲い掛かろうとしていた。
『大抗争』まで、後八日────。